不気味な夢に悩まされる下半身透明。
そうなった背景にはある縁起物の存在があり…

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福を招くのは黒い誰か

『ガチャン!!』

その音でハッと目を覚ます。

「はぁ…またあの夢か…」

気怠くて重い身体を起こし、枕元に置いていたペットボトルの水を飲み干すと深い溜息を吐いた。

ここ数日、下半身透明は妙な夢に悩まされていた。

 

遡ること約10日ほど前のことだ。

いつものように友人たちと遊んだ帰り道。ちょっといつもとは違う道を進んだ俺は路肩で地面に何やら並べて物を売っている人物の前を通りがかった。

そこに並んでいたのはいくつかの招き猫だが見慣れた小判を抱えたものではなく単に首元に鈴があるのみの物だった。

「へー、小判とか持ってないやつもいるんだ」

思わず足を止めたものの別に然程興味があったわけでもなかった…筈だった。

「いらっしゃい、ひとつ、如何かね?」

店主らしきフードを被った老人に声をかけられ断ろうと顔を向けた瞬間、老人の臙脂(えんじ)色した瞳と目があって……

「陶器製だから取り扱いには注意するんじゃぞ?」

その声ではっと我に返ると売られていた招き猫をひとつ購入していた。

その招き猫は左手を挙げているから、“人(客)を招く”、つまり商売繁盛になる。1000円という価格。目立つ場所に飾るといい。

そんな情報は断片的に記憶に残っているが他の会話やら抱いた筈の感情は靄がかかったようにさっぱり覚えてない。

首を捻りながらもとりあえず持ち帰った招き猫は玄関ホールの壁に設置してある棚に置くことにした。

あっちゃんには壊れたら危ないから触らないように伝えると素直に頷いたが、何故かこれが気に入らないらしくあまり近寄ろうともしなかった。

それから数日計算するにいつもより3割ほどお化け屋敷の客入りが良くなった。

(あの老人、商売繁盛とか言ってたしもしかして招き猫ちゃんのおかげかな〜?)

なんて事を楽観的に考えていた。

しかし徐々に異変が起き始めた。

それが冒頭の、妙な夢を見るようになったことである。

ただ真っ暗な中にひとりで立っていてキョロキョロと暫く見渡している。すると遠くのほうで何かが割れる音が聞こえ、近寄ってみるとあの招き猫が後頭部がちょっと割れた状態で転がっていて…。

そんな内容の夢だった。

最初に見たときは思わず目が覚めたあと、あっちゃんを起こさないようそっと様子を見に行った。

「はぁ…全くもう」

何事もなく鎮座する姿にほっと胸を撫で下ろした。

しかし翌日もその翌日も【暗闇の中で招き猫が割れる光景】が夢として現れた。

しかも日を重ねる毎に当初より割れる場所が近くなり、そしてただの暗闇に思えていた周囲もただの闇ではないことに気付いた。

その闇は靄だった。しかし自然現象で発生するようなものではなく、もっとどす黒く重苦しくて息苦しくなるような…

そして発生源はまさに割れて転がっている招き猫の中で。

そしてそのすぐそばには手招きをする影の姿が見えて………。

「おに い ちゃ、おき て」

身体を揺り動かされ目を開けるとあっちゃんが泣きそうな目で覗き込んでいた。

「あっちゃん…おはよう」

最近ますます重くなったような気がする頭を起こすと、軽くコツンと額を小突かれた。

「おはよう、じゃねぇんだよ。何時だと思ってんだよ、あっちゃんに心配させんじゃねえぞ」

 

 

無料(タダ)飯と宿目当てにVRC入っていたり今川焼きの屋台で稼いでいたりビキニ着た弟の家に泊まりに行ったり、まぁ転々としていて久々に末弟たちに会いに来た野球拳大好き(オレ)だが。

どことなくいつもより暗い雰囲気になっているここの有様に良くないことが現在進行形で起こっている事態に思わず渋い顔をしながらため息をつく。

「やれやれ、独立して妹と二人でちゃんとやれてると思えばたまにこんなことになってんだよなぁ。ビキニ(あいつ)といいコイツといい…全く兄ちゃんは心配が尽きないワ〜」

そうボヤきながら末弟の寝室に向かうと俺らの可愛い妹(あっちゃん)が心配そうな顔で弟の顔を覗き込んでいた。

「あっちゃん、どうした?まだそいつ寝てんのか」

振り返り俺を見た途端、安心したような、でも泣き出しそうな表情を見せて頷いた。

「とお る に い ちゃ ん、くる しそ う」

見ると何やら苦しげな表情をしているうえ何となく目の下に隈らしきものもうっすら見える。もしかしたら数日ほどこんな感じだったのではなかろうか。

「こりゃ事情聴取と説教が必要だな。よし起こしてくれるか、あっちゃん」

というわけで先程起こしてもらい、事情聴取をしたところだ。

「なるほどなぁ…その老人は催眠術でも使って売り捌いてるのかもしれねぇなぁ。さてその問題の招き猫だが…玄関のとこにあったアレか?遠くからでも黒いヤツが絡みついてるのが見えて気持ち悪ぃと思ってたんだが…やっぱアレが原因かぁ」

胡座をかいて頬杖を付きながら話を聞いていた俺は先程ひと通り見て回ってきたここの様子を思い出していた。

「え?何それぇ…アレってただの白い招き猫じゃないの?」

「ただの招き猫はあんなどす黒いモン(・・)憑いてねぇよ。招き猫も人形の一種だからな。話を聞くにおそらく売り捌いていた奴が、タチの悪いモノを中に捩じ込んだ感じだな」

えぇ…?と未だにどこか半信半疑の末弟に対し本物の幽霊であるあっちゃんは俺の話に頷いた。

「あっ ちゃ ん、あ れや だ、こわ い」

何か感じ取っていたのだろうか。こちらはあまり近づく事は無かったようで安心した。頭を撫でてやるとニコッと嬉しそうに笑った。

「なんだよ…とんだ縁起物じゃん…。買ってからお客さんの入りが良くなったからマジで人を招いてくれたのかと思ったのに」

「客が増えたのは単にインスタ宣伝とかクチコミのおかげじゃねえの?だいたいお前、あっちゃんもイヤだって言ってんだ。んなもん置いとくな!」

ここまで言ってようやく手放す事にしたらしく弟は「分かった」と小さく溜息をついた。

「よし、じゃー俺がどっか捨ててきてやるから、透は換気して玄関ホールを中心にファ○リーズでも撒いとけ。その後飲むもの飲んでもう一度寝ろ。目の下クマ出来てるぞ」

そう頭と肩をぽんぽん叩きながら、さり気ない動作で身体に憑いていた小さめだが黒い靄の塊を握り潰した。

「終わらせたら戻ってくるから、あっちゃん悪ぃがそれまで頼むな」

「わ かっ た!」

頼もしい妹の返事を受けて軽く手を振ると、玄関ホールへ向かい件の置物を手に取る。

何か感じ取ったのか抵抗するかのように唸り声をあげ、どす黒い靄でこちらを覆い精気を吸い取ろうとしてきた。

「ハッ、そうやってアイツからも奪ってやがったな。この悪霊風情が、いい気になるんじゃねぇぞ。あぁん?」

そうドスの利いた声でギロッと睨みつけ、手に力を込める。すると唸り声は小さくなり靄はスーッと霧散し招き猫の中へ吸い込まれていった。

 

「さぁて、どうすっかなぁ。ただゴミ捨て場に放り込むわけにもいかねえだろうし、本当は寺とかに持っていくほうが良いんだろうが、オレ(・・)が厄払いってかお焚き上げ?ってなぁ…逆にこちらがされちまわねぇかな」

そうボヤきながらホラーホスピタルを出て歩いていると聞き覚えのある話し声が向かい側からやってきた。

「おっ、良いところに…うし、彼奴等に押し付けるか(任せるか)!おーい!」

にやりと笑うと赤い退治人とクラシカルな衣装を身に纏い肩に丸い小動物を乗せた吸血鬼のコンビへ手を振りにこやかに近付いていった。

「あっ、野球拳大好き!!テメェ今夜は大人しくしてただろうな!」

こちらに気付いた退治人が指を指しながら吠える。

「残念ながらそんな気分じゃなかったもんでなぁ。だが、用事さえ終わりゃ相手してやってもいいんだぜ〜。せいぜい厚着してろや。ひん剥いてやるからよ〜」

そうやってからかえば、あぁ?!と青筋たて拳を握った退治人がイイ反応を返してくれる。これだから面白くてからかう甲斐があるってもんだ。

「ところで野球拳くん。その用事と言うのは抱えているソレ(・・)のことかね?…あまり愉快なモノじゃないようだが……」

「そうかぁ?確かになんか薄汚れてるっぽいがただの招き猫じゃねぇのか?」

そう退治人は訝しげに覗き込んでくる。やはりただの人間であるコイツには視えないようだな。

「あまり近づくなよ、激(にぶ)ルドくん。ただの招き猫だって?冗談じゃない、アレからは何やらドス黒い靄みたいなモノが出ているぞ」

「流石にお前さんには分かるか。いやぁ実は透のヤツがな、誰かから買っちまったようでな…今、本人あんまり良くねぇ状態だからオレがなんとかと思ってたんだが…。丁度いいや、ほれ人助けだと思って貰ってくんねぇか」

単純でお人好しな退治人に対し少しでも情に訴えられるようにと神妙な也でソレを差し出してみる。

「ハァ?厄介なもんを押し付けようとするんじゃないハゲ!お断りじゃ!!」

「チッ。良いじゃねぇか、お前さんとこの親父とか爺さんとかなら何とか出来んじゃねえの?そしたらコレはただの招き猫。退治人の事務所にでも置いてさぁ」

小さく舌打ちしつつ、なんとか引き取らせようと舌戦を繰り広げ始めたその矢先だった。

「ロナルドさん、進捗状況の確認に参りました」

突如、ロナルドの背後に亜空間が開き、長髪の男性が顔を覗かせた。

「アピャラバー!!フ、フクマさん!」

「おわぁーーー!?」

阿鼻叫喚が轟くなか、亜空間から周囲を見渡していた彼の真っ黒な瞳が先程まで言い争い野球拳大好きが押し付けようとしていたものを捉えた。

「おや、それは招き猫ですか?形から拝見するにかなり古い物のようですね。私もいくつか持っていますが猫グッズは幾らあっても良い……素晴らしいものです…。見せていただいても?」

「あ、あぁドウゾ…」

そう言いながらいつの間にかすぐ傍まで来ていた彼が手を差し出して来たため気圧されるように野球拳は件の招き猫を手渡した。

その瞬間だった。

「ギャ゛オ゛ォ゛ーン゛」

招き猫から出ていた靄がビクリと身震いしたかと思うと突然奇声をあげ悶えだした。

「ヴァッ」スナァヌー 「うぉっ?!」

断末魔の叫びと藻掻く様を目撃した吸血鬼2人はあまりのことに戦慄し、涼しい笑顔で靄がある程度散ってしまう迄その置物を眺めていた男性に対して畏敬の念を感じた。

「フ、フクマさん、実は彼がそれを手放したがっていたのです。宜しければお持ちになりますか?良いかね野球拳くん?」

「え、あ、あぁ…まぁちょっと汚れてるというか色がくすんでしまっているが…アンタが気に入らなければ処分してくれても構わないぜ」

一瞬惚けていたが復活した吸血鬼に肘打ちされ、我に返ると慌てて首肯する。

するとぱあっと頬を赤らませ笑顔になった彼は目を爛々とさせてずいっと顔を寄せた。

「本当ですか!ありがとうございます!処分なんてとんでもない。確かに少し汚れがついているようですが持ち帰って綺麗に致しますので問題ありません」

そこで一度言葉を切り、じっと手元の招き猫(宝物)を見つめ呟く。

「外側も内側(・・)も、ね」

最後の一言にその場にいた3人は凍りついたが、それには気をとめず長髪の彼は亜空間ゲートの中に再度入る。

「一度コレを置いてからまたお伺い致しますね、ロナルドさん。それでは1度失礼致します」

「ゔぇっ、アッはい!」

そうしてにこやかに去っていった彼を見送り暫くその場に留まっていたが、一度大きく深呼吸して野球拳大好きはくるりと踵を返す。

「○✕公園傍の路肩でフードを被った老年の男が地面に何体か同じような招き猫を並べて売ってたらしいぜ。アイツ、そういう縁起物なんざ興味無かった筈なのにソイツと目があってからの記憶が曖昧で我に返ったらいつの間にか買っちまってたらしい。吸対にでも連絡してさぁ、くそつまらねえモン売るなって取り締まってくれや」

「お、おい、どういう事だよ。俺にも分るように説明しやがれドラ公」

先程からの一連の流れについていけずにいた退治人が相方に説明を求めているのを背に受けながら野球拳大好きは歩き始めた。

「あー、やれやれ助かった。しかしあの長髪の男 (兄ちゃん)何者だ?本当に人間なのか……い、いや考えるのはやめとこ」

余計な事を追い出すように軽くかぶりをふって可愛い弟たちが待つ家への帰路を急いだ。

たどり着いたホラーホスピタルは先程までよりは重い空気がかなり減り幾分か明るく思えた。

宿直室へ向かおうとした所で玄関の隅でかすかに蕩く影を見つけたため、ズカズカ近づくと無言のまま下駄で踏み潰した。

「ここはな、弟たちが愉しく過ごせる居場所なんだ。悪霊(テメーら)なんざいらねえよ」

 


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