ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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 夏季休暇に入り、キングス・クロス駅に降り立ったドラコ・マルフォイを出迎えたのは、表情を硬く強張らせた両親だった。

 

「ただいま戻りました──父上、母上」

 

 「あぁ」とも何ともつかぬ低い声だけを返しさっさと背を向けてしまう父と、言葉一つないままにそっと肩に手を置く母。その手が僅かに震えていることに気付いた瞬間、ドラコは己の運命が既に混沌の渦中に叩き落されていることを強烈に理解した。

 夏季休暇の間、父は毎日のようにどこかへ出かけ、酷く疲れた顔で帰ってくる。母は明らかに口数が減り、後ろ姿が一回り小さくなったような錯覚さえ覚えた。ドラコは息の詰まるような心地で、それでもせり上がる恐怖を表に滲ませぬよう必死で掌に爪を立て続けた。──ヴォルデモート卿の復活は疑う隙も無く、両親の左腕に浮かび上がった闇の印が服従の呪い(インペリオ)によるものではないことも、もはや確信せざるを得なかった。

 

 ドラコ・マルフォイは【マルフォイ家】嫡男として完璧に育てられた。

 ドラコは幼いころから徹底的に純血主義を叩き込まれ、貴族(上に立つ者)として在るべき姿を身につけた。

 いずれは良き当主となり、良き伴侶を得て、正(・)し(・)く(・)次代を育て上げる──はずだったのだ。

 ホグワーツでのたった一つの出逢いが、完璧な調和を狂わせるエラーとなってしまった。

 

 ルーカス・ポッター

 

 その存在こそ、ドラコの人生における最大の誤算であり、唯一の瑕疵。

 もしもこれがパッと燃え上がる花火のような恋であったなら、華やかに咲き、散り際まで美しく在れただろうに。

 しかし、四年間だ。

 気づいた時にはもう全てが遅かった。

 少年から青年へと移行する青い春にじっくりと育てられた感情は、花と呼ぶには香りが強くなりすぎた。

 

 ──好きだ、と。

 言葉にするのはあまりに難しかった。こんなにも重たく胸を満たす感情を、そんな単純な言葉に当て嵌めてよいのかと迷うほどに、彼(ルーク)の存在は特別とな(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)から。

 

 夏は長く、長く続いた。

 住み慣れた屋敷に立ち込める、慣れない昏さ。じわじわと脳を侵食するその闇を、ドラコはそれでも断ち切ることができない。

 

 結局、ドラコは両親に何も聞かなかった──聞けなかった。

 

***

 

 新学期特有の色めきだった空気の間を割くように、ドラコ・マルフォイは悠然と歩いていた。いかにも貴族らしい余裕と威厳のある態度は、一朝一夕で身に付くものでは無いからこそ目を引く。

 大人と子供の間(あわい)特有たる爽やかさを纏ったプラチナブロンドの髪に、知性を滲ますアイスブルーの瞳。冷然たる顔立ちは芸術品にも優る美しさ──故に、すれ違う幾人もの女子生徒が頬を赤らめ振り返る。

 ローブの胸元に監督生のバッジが光る以上、衆目のある中でみっともなく廊下を駆けるという行為は許されない。そのことに激しいもどかしさを感じながら、ドラコは内心の焦りをおくびにも出さずひたすらに足を動かした。

 

 そうしてようやく辿り着いた『必要の部屋』。

 少々地味だがセンスの良い刺繍が施されたソファでくつろぐ少年の姿を見止め、ドラコはわかりやすく相好を崩した。

 

「ルーク! すまない、遅くなった」

「ぁ、ドラコ。僕もいま来たところだよ」

 

 少年──ルークはパッと顔を明るくし、読んでいた書籍を放り投げる勢いで閉じた。ちらと目をやると、どうやら変身術の教科書らしい。……なるほど、とドラコは目尻を緩ませる。『いま来たところ』というのは確かなようだ。

 

「一週間ぶりだね。授業はまぁ、何個も被ってたけどさ」

「そうだな。……ルーク」

 

 隣に腰を下ろしたドラコは、す、っと表情を引き締めた。誰が見てもわかる真剣な眼差しを向けられ、ルークの表情が一瞬で不安一色に染まっていく。

 

「な、に……?」

「……眠れていないだろう」

 

 ルークの肩がぎくりと揺れた。

 

「そんなに酷いかな」

「誰が見てもわかる」

 

 ごく自然に、ドラコの手がルークの頬に添えられた。長い指が、翠緑の瞳を曇らせる濃い隈をそっと撫でる。

 

「……寮内は過ごしづらいのか」

「大丈夫だよ」

 

 ルークは微睡むように目を細め、ひやりとしたドラコの手に頬を柔く擦り寄せた。

 

「表立って僕たちを嘘つき呼ばわりして来る人はいないよ」

「……それなら良かった。グリフィンドールの連中は思い込みが激しい。あの、出鱈目な新聞の読者様が多いと思っていたんだが」

「ふっ、棘のある言い方だなぁ。……まぁ、君の予想はあながち間違いでも無いけど」

 

 一年生たちからの信頼は未だ得られていないのが事実だし、関わりの薄い先輩や後輩の中にはあからさまに胡乱な眼差しを向けてくるものも多い。

 

「でもまぁ、本当に大丈夫だよ」

 

 言いながら、ルークはごく自然と右手を背に隠そうとし───

 

「……!」

 

 その腕をあっさりと掴まれた。

 

 ドラコは元より気付いていた。言葉を交わす隙こそなかったが、廊下で、教室で、大広間で──ルークの姿を見止める機会なんぞはいくらでもあったのだ。

 兄弟揃って右手を隠そうとしている不自然さは、無視できる程度ではなかった。

 新学期早々既にだらしなく伸び切ったセーターの袖を強引に捲ったドラコは、端正な顔を険しく歪ませた。

 

「これは、何だ」

「…………」

 

 【僕は嘘をついてはいけない】

 手の甲に赤く刻まれた傷(ことば)は、あまりにも痛々しい。

 

「まさか、アンブリッジか?」

「書き取りの、罰則で」

「書き取り? これが?」

 

 有り得ない! と再び傷口に視線を落としたドラコは、ようやくその筆跡がルーク自身のものであると気付いてしまった。

 

「特殊な羽根ペンを使うんだ。……多分、使用者の血液をインクの代わりにするものなんだと思う」

 

 ドラコは思わず舌を鳴らした。普段なら到底しないだろう下品な行為だが、爆発的に込み上げた怒りを発散する手段がほかに思い付かなかったのである。

 生徒に課する罰則として身体に傷をつけるなど、このご時世で到底許されることでは無い。ましてや、彼はただ真(・)実(・)を叫んだだけ。そもそも罰を受けるべきでさえない。

 

「あの女も、アレをよこした魔法省も腐ってる」

 

 そう吐き捨てた直後、ドラコの胸を強烈な罪悪感が突き刺した。

 胃液が逆流するような苦さが喉元に込み上げ、視界が滲む。

 

「……ドラコ……?」

「…………すまない」

 

 か細い声が空気に溶けた。

 ドラコは掴んでいたルークの右腕を弱く引き寄せ、そのまま彼の骨ばった肢体を己の両腕に閉じ込める。抱き締めると言うよりも、縋り付くの方が相応しい。

 

「すまない」

 

 同じ言葉を繰り返すのは、それ以上の言葉が思いつかないからだ。

 ルークを苦しめる元凶はアンブリッジでも魔法省でもない──ヴォルデモート卿だ。

 それが分からないほど、ドラコは馬鹿では無い。

 

「…………好きだよ」

 

 ──そんな、ドラコ・マルフォイの立場を、ルークだって心底理解できている。

 

「君のことが好きだ……心から」

 

 何の免罪符もなってくれやしない、軽い言葉を重く吐き出す。そうすることで、必死に互いを縛り付けようとしているのだ。どうせいつかは離れなくては行けない日が来るのに、そ(・)の(・)日(・)から少しでも逃れようと身を縮めて。

 傍から見たら、なんと滑稽なことだろう。

 

「……手を」

「うん……?」

 

 そっと身を離したドラコはローブから杖を取りだし、ルークの手の甲に杖先をあてた。

 

「【エピスキー】」

 

 祈るような声で、癒しの呪文を唱える。

 淡い緑の光が呪いの言葉(僕は嘘をついてはいけない)を包み、魔法らしく消してしまった。

 

「……はは、すごいや、綺麗に消えちゃった」

「言っておくが、2年生で習う初級魔法だぞ」

「そういう怖いことは言わなくていいんだよ。──ありがとう」

「……僕は、」

 

 ドラコは再び、ルークの肩に顔を埋めた。

 

「君を、守ってやることは出来ない」

 

「でも、傷を癒すことぐらいはできる。──させてくれ」

 

 自分でも、傲慢だと思う。

 最も、彼(ルーク)を傷付けているのは、紛れもなく己(ドラコ)であるのに。

 

「……じゃあ、僕は君に、何ができるかな」

 

 春の若葉を映す瞳と冬の湖面を映す瞳が、至近距離で交わった。

 

「傍に居てくれ」

 

 ──今だけは、この傲慢を赦して欲しい。

 

***

 

 日に日に空気は冷たく冴え、冬の気配が忍び寄る。

 ドラコ・マルフォイは、充実したま(・)ま(・)ご(・)と(・)のような学生生活を謳歌していた。

 積み上がる課題をこなしつつ、クィディッチの練習や魔法薬学の授業外演習に励む。見つけた隙間の時間は全て『必要の部屋』に籠っていた。──誰と、など、わざわざ口にするのも野暮だろう。

 時(・)間(・)が(・)無(・)い(・)とわかっているからこそ、二人は触れ合うことを躊躇わなかった。現実に背を向けて微温湯に揺蕩う罪悪感を、背徳感という言葉で誤魔化して。

 

 そんな日々に冷水を浴びせるかの如く、ドラコの元へ一通の手紙が届いた。

 父、ルシウス・マルフォイからの手紙だ。

 そこには酷く簡潔に、そして遠回しにこう書かれていた──ドローレス・アンブリッジに従え、と。

 

 魔法省が、ヴォルデモート卿という毒に侵されていることを、暗に示す言葉であった。

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