生意気な後輩を泣かしたい!   作:もっふもっふもふ

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31話 後輩と甘い言葉

 

 

 

 三月に宣戦布告され、脳がブレイクしたその翌日。ポカポカと暖かい陽の光が差す保健室で、僕は頭を垂れていた。

 

「教えてください山形先生! 僕はどうすれば三月の奴に勝てますか!?」

「そうね……まずは頭を垂れて蹲うのを止めてくれないかしら。騒ぎになってしまうから」

 

 とても困ったといった表情で山形先生が告げる。

 けれど僕はその言葉に反し、先生に向けて全身全霊の土下座を披露した。僕にだって形振り構っていられない事情がある。恥や外聞をかなぐり捨ててでも、希望を捨てるワケにはいかなかった。

 

「強く……強くなりてぇ!!」

「う、うーん……困ったわね。生徒に土下座をさせる趣味なんて私にはないのに。取り敢えず頭を上げて、事情を説明してくれないかしら。ほ、本当に問題になってしまうから」

 

 ワタワタと本気で混乱気味の先生の声が聞こえたため、僕は仕方なく頭をあげる。しかし、決して地面に付いた両の手のひらを上げるつもりはなかった。

 

 ……僕だって混乱してるんだ。今日一日の授業内容がまるで頭に入っていない程度には神経と脳みそを酷使しまくっている。

 だから、こんな瞳が今も渦巻き巻いてるパンク寸前のダメな僕じゃなくて、的確なアドバイスをいつもくれる山形先生を逃すワケにゃいかねぇんだ。

 

 ごめんね、先生。絶対いつか御礼をするから……。

 

「先生……三月に、勝ちたいです」

「う、うん、それは解ったわ。けれど、なぜそれと蹲うことが結び付くの?」

「なんかシてないと……『覚悟』くらい見せないと……僕が納得できない」

「貴方が混乱を極めているのはよく解ったわ」

 

 事の重大さを理解できたのだろう、先生は自らの眉間に指を当てた。

 

「なぜ三月さんに勝ちたいと思ったの? 理由を理解できないと、的確なアドバイスなんて掛けてあげられないわよ」

「そ、それは───」

 

 

私が、完膚なきまでに日和のことを落としてみせる

 

 

「理由は、ご、ごめんなさい……今は言えない、ですっ」

 

 昨日の言葉がフラッシュバックし、僕は説明することが叶わなかった。

 い、いやだって……こういうのってデリケートな問題だし、許可なく他者に話すとか個人的に受け付けないというか何というか。

 

 あとアレが僕の反応を見るために三月が仕掛けた『からかい』の可能性だってあるもの。今の段階で全部語ってしまえば、アイツの言葉が全て虚偽だった場合とんでもなく恥をかく恐れがある。その光景を見て、三月が『私は何時だって本気ですよ、先輩限定で♪』とか言って僕の頭を撫でてくるまでがセットだ。

 

 あ、あれ……『虚偽』ってなんだっけ。

 

「身勝手で言い加減なことを言っているのは解ってます。でも、お願いします……今の状況は僕の心に全く優しくない。このままだとあっという間にチェックメイトになっちゃうっ」

「私の心にも良くはないのだけれども……仕方ないわね。事情は聞かないわ、今はどういう風に三月さんに勝ちたいのかだけ教えてくれる? 大切な生徒の頼みよ、出来る限りのことはやらせてもらうわ」

「せ、せんせー!」

 

 華麗な微笑みが、僕の心にグサグサと刺さっていく。僕の圧倒的無理強いを『仕方ない』で済ませてくれた先生が、僕には女神様に見えた。

 

「当初の目標を忘れたくないんです! あの生意気な後輩をグチャグチャのメチャクチャに打ちのめしてブチ泣かしたい! これが僕の『どういう風に勝ちたいのか』の内容です!」

「ち、ちょっと時間をくれるかしら」

 

 眉間を抑え、またしても先生を難しい顔で考え始めた。

 

 な、なんか変なこと言ったか僕……?

 

「人って、本当に見た目じゃ判断できないわよね……」

「ど、どうかしましたか先生」 

「いいえ、只、三月さんが誰かに負ける姿が想像出来ないだけよ」

「た、確かに……」

 

 実際アイツは真剣勝負で負けたこととかないだろう。しょうもない手抜きの勝負なら空気を読んで負けることとかもあるかもしれないけれど、僕との決戦では一回も負けていない。

 

 ババ抜き、花札、じゃんけん、缶蹴り、かくれんぼ、パズル、腕相撲、押し相撲。とんなどんなジャンルの勝負だろうと、アイツは一度たりとも苦戦することなく僕を下している。

 

 アイツの顔色を変える勝負すら、未だに僕は達成できていない。忌々しい限りだ。

 

「……日和くん、貴方は三月さんのことが嫌い?」

「へ、あ、はあ? 急になんですか、先生」

 

 いきなり突拍子もない質問がきたな。何かアドバイスに影響がある情報なんだろうか。

 

 ……三月のことが嫌いかと問われると、僕は回答に困ってしまう。や、変な意味じゃないが。

 

「貴方は普段から三月さんのことを愚痴っているでしょう? 『生意気な子』って。さっきも彼女のことを泣かすのが目標だと言っていたじゃない。なら、やっぱりそういうことだと解釈したのだけれども」

「え、えっと……」

「“仲良し”と認識していたけれど、どうやら私の勘違いだったようね、ごめんなさい……」

「あ、い、いやそうじゃなくって!」

 

 『仲良し』では絶対にないけど、そ、そんな悪辣に語るほど嫌いじゃないっていうか! あー、どう言えばいいんだろうこの感情!

 

「い、言いたいことは色々ありますけど……そ、その、嫌いではないです」

 

「あら、そうなの?」

 

「は、はい。確かに三月は生意気、傲慢、強欲、無神経、強引、嘘吐き、鬱陶しい、人の話を一切聞かない、恥ずかしいことを平気で言う、他人の心に全く寄り添わない、他人の顔を覚えようとしない、癪に障ったら誰であろうと潰そうとする、僕をからかっては笑い転げて頭を撫でてくる性格最悪娘ですが」

 

「随分と罵倒するわね……」

 

 何故か頭を抱え出す先生。い、一体なんだ。本心しか言ってないのに先生がすんごい眉を顰めてる。僕の発言って、何か可怪しな所があるのかな。

 

「えと……性根が腐った性格最悪娘ではありますけれど……一緒にいる分には、もう慣れました。だから、嫌いじゃないです。僕は嫌いな奴と一緒に居てあげるほどお人好しでもないので。……へ、変な意味じゃないですよ!」

「そう……やっぱり貴方も悪いところがあるわね」

「なんで!?」 

 

 僕の何処が悪いのさ! 三月やせーくんみたいなこと先生まで言うのか! 

 

「ふふ、ごめんなさい。少し本音が漏れてしまったわ」

「それ一番傷付くやつなんですけど」

「私の個人的な見解では、三月さんに一泡吹かせるのに必要なのは、真っすぐな『純粋』さよ。もう少しくらい、解りやすく本心を伝えても損はないと思うわよ?」

 

 『三月さんのこと、ふふ、嫌いじゃないならね』と、先生は蹲う僕に手を差し伸べた。

 

 本心か……大体いつもブツケてやっている気はするが、もっと違う言葉が必要ってことだろうか。言ったところでアイツ真に受けないし、受けても100倍で返してくるんだが。

 

「敵愾心ではなくて、好意の方を全面的に表に出すべきってことね。それほど難解じゃないでしょう」

「好っ!? べ、別に僕は三月のこと好きなんかじゃ──や、嫌いではないけれど!」

「まあ答えは貴方が自分で見つけないと意味がないわね。嘘はあの子には通用しないと思うし。……案外貴方のは効きそうではあるけど」

 

 え、どっち……?

 しかし、三月はせーくんの嘘も簡単に見破ってたな。元々人の顔や心は理解する気がないのに、妙なところはしっかり見てるんだ。判断基準は解らないが、そこら辺が突破口になったりするのかな。……泣く姿は想像できないけど。

 

「取り敢えず、三月さんに笑顔で優しく、甘やかすように接する所から始めてはどう? 案外それだけであの子の珍しい表情が引き出せるかもしれないわよ」

「あ、あの生意気な後輩を笑顔で甘やかす……」

「ええ。貴方は家に猫を迎え入れているでしょう? その子に注ぐ対応を、三月さんにもシてあげるの。きっと効果があるわよ」 

「そ、そんなことしたら一生揶揄われ続ける……」

「何かを捨てないと、求める結果なんて得ることは出来ないわ。羞恥心だろうとプライドだろうとね。……貴方の三月さんに勝ちたいという『覚悟』は、その程度のことにも折れる半端なモノだったの?」

 

 先生の言葉に、僕はハッとなった。

 

 そうだ、何のために僕は今這いつくばってるんだ。あの娘っ子に勝つためだろうが。

 

 どれだけ過酷な道、恥で心が押し潰されようとも、譲れないから先生にこうして僕は頭を下げてるんだ。

 なのに僕は先生との問答の意味が理解できず、疑問を抱こうとまでして……本当にどうしようもない馬鹿だ。

 

 先生の手を取り、僕は立ち上がった。

 

「先生……僕が、僕が間違ってました! 僕、アイツを思いっきり甘やかしてみます! もう二度と折れたりしない、『覚悟完了』です!」

「え、えぇ……頑張ってね」

 

 何故か冷や汗をかいている先生に御礼を言い、僕は保健室を後にした。

 

 

 三月が何を考えているにしろ、思い通りになんていかせるか……最後に笑うのはこの僕だ。

 

 

 僕の覚悟をお前に見せてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 放課後。

 

「先輩、今日も今日とて態々可愛く負けるためにやって来てくれてありがとうございます! そういう学習しないところも私は──」

「三月」

「へ?」

 

 ドアを開けて入ってきた後輩の手を両手で包み込み、僕は家の猫──みーちゃんに見せるような慈愛の笑みを見せた。

 

 先手必勝、今のコイツはみーちゃんだ。ならば、言う言葉なんて決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

お前は、今日も世界一カワイイね

 

「!!!??」

 

 今までにないくらい、三月が狼狽しまくっている。

 そ、そんな狼狽えること言ったか。お前は言われ慣れているだろう、この程度の言葉。

 

 

 困惑しつつも、僕は三月の指と自分の指を絡めるように握り、耳元で囁いた。

 

ずっと、一緒に居てね

 

「────」

 

 ピシリッと、三月の方から何かに罅が入るような音が聞こえた気がした。

 

 気のせいだな、うん。

 

 





先生「冗談半分で言ったらすごい真に受けられた……」

日和「もう何も怖くない!」

三月「(ピシリッ)」
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