完結しておりやす。
「愚かなことは悲しいことね。だって、愚かさは変わりようがないもの」
深く掘られた落とし穴の下、昨日降った雨がたまったのだろう泥水が地面についた手を濡らした。
荒げた息を振り絞って上を見上げれば、そこには長い銀髪を後ろで括り軍帽を被った怜悧な女が仲間とそっけなく話す声。
彼女の周りの奴らが口々に賞賛する声に彼女は慣れたことのように涼し気に対応する。
「なぁ、なぁ!お前、お前!エステヴァン・・・!エステヴァン・ブラデフツキ!何が愚かだ、何が変わり様がないだ!たった一回勝ったくらいでそれがどうした!お前なんかな・・・お前なんか、名家の生まれだからちょっと賢しいくらいで・・・!」
そんな如何にも負け犬みたいなことを言う気はなかった。しかし、あまりにもこちらを気にかけないような態度についかっとなって口に出た言葉に、ブラデフツキはただ冷ややかに視線を返す。
「それ、その態度。自分の知性の限度を分からない人間を、世間では愚かというのよ」
そう言い残して去る姿を周りの信奉者さん方が追いかける。俺は周りで同じように土に濡れた仲間の視線に耐え切れず、ただ土を握りしめるだけだった。
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エステヴァンの野郎は教師の言うところによるとこの軍学校が始まって以来の才女ということらしかった。
成績は帝国の三名家、「懐刀のブラデフツキ」の名に相応しく優秀、運動能力は女生徒の中でもピカイチで男子顔負け。そして、何よりもうざったいことに奴は指揮訓練において無類の才能を発揮した。
帝国の中でも限られた人材、将来、軍の中でも幹部になることを期待されるこの帝国第一軍学校には週に一度、指揮学において好成績を収めた生徒を中心として各寮ごと対抗の訓練が行われる。
親父が軍の戦略部にあった俺はもはや指揮学くらいしか強みとするところがなく、必死に努力して我が寮の戦略担当を任されることになったのだが、この対抗訓練において奴の率いる寮に勝てたことはいまだかつて、この一年間、何十回の訓練を通しても一度としてなかった。
時には落とし穴にはまり、時には周囲を囲まれ、時には気づくと寮のメンバーが散り散りになっていたり。何よりも負けるたびに「勝って当たり前でしょう」というあの冷ややかな顔と「まぁ、負けるよな」という寮の奴らの当然そうな顔が心をがしがしと搔きむしる。
「負けて悔しくねぇのかよ!あいつだって、あの寮だって俺たちとは何一つだって変わりゃあしねぇ、普通の学生なんだ!何がフラデフツキだ、何が懐刀だ!ただのパンピーの女だろうが!」
そう鼓舞する俺の声にうざったそうな仲間が返す。
「いやぁ、違ぇだろ。だってフラデフツキだぜ?三名門だぜ?俺らみたいなもんがちょっと頑張ったくらいで追いつける訳ねぇんだ。あれだよ、あれ。生まれ持ったモンが違うのよ。無理ってやつだな、無理。諦めた方がよろし。お前、バカなんだからそんなことも分からねぇんだ。肉食え、肉。結局、俺らは走ってなんぼなんだ」
そんななんも分かってないような仲間の声に俺は激怒した。もう、頭から湯気が出るほどに怒り心頭、怒りが形に出来るならそれはこの寮の建物、いや軍学校全体を覆いつくしたかもしれなかった。
俺は走り出した。「というか、お前が指揮して毎回負けてんだからそろそろ分かんだろ?お前、やっぱりバカなんだよ」、そんな言葉が後ろから飛んできたが何も気にならなかった。
奴に勝つ、ブラデフツキの野郎に勝つのだという熱い心が俺の足を駆り立てた。走り出した俺の頭に「しかし、どうすれば勝てるのだろう」という疑問が浮かび、しかし、その疑問はその後に即座に頭を反響する昔の親父の言葉によって答えられた。
「ゴウキ、可愛いゴウキ。分かるか、強くなることとはすなわち真似をするということ。勝ちたいと思う相手の良い所をとにかく真似していけばいずれ成果は出るものだ。お前はあまり賢くはない。しかし、兎に角やるということにかけては、手が早いということにかけてはその考えのなさがむしろよく働くのだ。いいか、ゴウキ。真似をすることだぞ」
脳内を反響する言葉が俺に道筋を指し示した。そうだ、真似だ!とにかくやつの真似っこをするのだ!走り出す足が向かう先は奴の住む貴族寮、一から百まですべてを観察しお前の全てを盗んでやるぞ、ブラデフツキ!
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そうして、俺のブラデフツキ観察生活は始まった。
あの日、決意の日から俺は朝から晩までびっしりと奴の背後をつけて回った。
朝、奴が自室から出てこればドアの前で奴を待ち、授業は全く同じ講義を取り、昼飯は奴と同じ飯を食った。授業が終われば放課後はやつの行く店にこそこそとついて回り、夜寝るときは自室ではなく奴の部屋の前の廊下、いや、奴の取り巻きから廊下に敷いてあった寝床を撤去されてからは奴の部屋の外の貴族用の庭の中で夜を明かした。
取り巻きどもからは最初は冷ややかな視線、徹底的な抵抗にあったが俺がそれでも続ける意思の強さを見せれば「こいつはもうどうしようもない阿呆だ。如何ともしがたい」と次第に無視されていくようになった。俺の圧倒的勝利だ。
そうして、俺は何か月もの間、徹底的に真似っこを続け、奴の行動を徹底的に観察し続けた。寮の仲間からの「エステヴァン狂い」「どうしようもない阿呆」という汚名に耐え、その対価として一つの成果を手に入れた。誰にも明かすことの出来ない、莫大な秘密である。
エステヴァン・ブラデフツキは大体、友人、取り巻きたちと午後八時ごろになると解散し自室に帰る。外で外食をしたり、パーティがあったりすればこれが少し遅くなることはあるが、しかしどこまで遅くなっても九時までには自室に帰った。そこから教官の周回が来る12時まではどうやら、部屋の中で勉強をする。
そこまでは普通なのだが、秘密はここからなのだ。
夜、教官の周回が終わった12時半ごろ本来は消灯外出禁止が義務付けられている時間に毎度、ブラデフツキは自室を抜け出した。
初めてその事実に気づいた時は驚いたものである、用意周到なことに奴はばれない様に正規の扉ではなく庭に面した窓からこそこそと抜け出す。そうして、黒いマントで体を隠しながら走り出すのだ。俺が庭で寝泊まりをしていなければ気づくことはなかっただろう隠密行動である。
俺は驚きの声を何とか押しとどめ、ひっそりと奴の後を追いかけた。奴は周囲を警戒しながら廊下を歩き、南棟に設置された図書館の裏口から何やらカギを使って入った。追いかけようとした俺はしかし、閉められたドアを前に右往左往したが換気扇からどうにか体を滑り込ませ、侵入を果たす。そうして、中に入って奴のこんな夜中にしていることが何なのかはっきり分かった。
何重にも置かれた本棚の奥、見回りも来ないだろう片隅で奴は熱心にペンを片手に本を読み、勉強をしていた。
題名は何やら分からなかったが指揮学の本であることは兎に角理解が出来た。俺は衝撃を受けた、脳内に雷が走るようだった。
天才だと思っていた。名家だから昔から指揮のことなど、戦略のことなんて分かっているとばかりに思っていたのだ。
しかし、奴は努力をしていた。周りの席を見渡してももちろんそんなことをしている奴は一人だっていなかった。
暗い図書館の片隅、毎日のようにこいつは必死に本を読んでいたのか。俺は正直に自分が恥ずかしくなった。何が天才だ、何が名家だ、何が同じ人間だ。そんな世迷言の定義づけではなくこいつは個人として必死なのだ。
俺は黙々と勉強を続ける奴の前に座った。突然現れた人物に奴は一瞬驚いたようで顔を固くしたが、俺の顔を見てむっとこちらを睨みつけた。
「凄いよ・・・、凄い。お前は凄い奴だよ、エステヴァン・ブラデフツキ。だから、俺は、お前には負けない」
せめてもの礼儀として、これまでの非礼の一応の謝罪をして俺は近くからかっぱらってきた本に向き合った。ふと顔を上げればブラデフツキは唖然とした顔でこちらをみている。
「そう、そうね。本当に貴方は愚かだわ」
毎度の如く、お決まりのようにそういうブラデフツキ。彼女もまた、そっぽを向くように本へと向き合った。近くに置いてあった蝋燭のせいだろうか妙に奴の頬が赤くなっていたような気もしたが、夢中になっていた俺にはあまり気になることではなかった。
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あれから毎日のように部屋を抜け出すブラデフツキについて回り勉強をするようになってから三年が過ぎ、俺たちは軍学校を卒業し大人になった。
着慣れた軍服にも成績優秀者のみがつける白銀勲章がつき、堂々と軍人を名乗れるようになる。
ちなみにブラデフツキは成績最優秀者のみがつける黒鷲勲章も重ねてつける。結局のところ、俺が奴に訓練で勝利することはなかった。指揮訓練において獲得した総合二位という成績も一位でなければ意味がないのだ。
しかし、俺にとっては意味がない成績であってもそれなりに評価はされるようで俺は希望通りに戦略部への配属、親父と同じ道を歩むことになった。
「ゴウキ・ラフクラトル三等戦略陸佐、入ります!若輩者でありますが、皆さんの力になれるよう精いっぱい努力いたします!これからよろしくお願いいたします!」
配属命令に従い戦略部本部へと入る。
これから上官として仰ぐことになる諸先輩方への挨拶と思い、緊張して頭を上げればそこには如何にも厳しそうなガタイの良い上官、ではなく、いかにも賢そうな眼鏡をかけたインテリな上官、でもなくいかにも気の強そうな足の長い女、忌々しい面をした銀髪の女が並み居る戦略部の真ん中に堂々と座っていた。
にやにやと性格の悪そうにこちらを見つめる瞳が鬱陶しい。
「どうもこんにちは、ラフクラトル三等戦略陸佐。相変わらず頭の悪そうな面で安心しました。私も初めて戦略部の管理を父上から仰せつかったものでしていささか気に病んでいたのです。やはり、一人は阿呆がいると馬鹿さ加減で皆も安心できるものでしょう?閣下に貴方の配属をお願い申し上げて本当に良かったわ・・・。楽しい仕事になりそうね、そうでしょう?」
まさか、こんな上官たちも見守るところで反抗できるわけもない。
俺は精いっぱい取り繕って敬礼をしてエステヴァン・ブラデフツキを、戦略部統率長閣下を見つめた。
奴は苦虫を潰したような俺の顔を見てまたにやにやと性格の悪そうに笑った。
許すまじ、ブラデフツキ。いつか、革命を起こします。
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今日も大勝、明日も大勝、明後日も明後後日もきっと大勝だろう。
我が軍は破竹の勢いで敵国を殲滅し、時には懐柔し、時には征服をして領土を広げた。
まさに歴史上まれにみる戦勝の数々、その中心にいるのは奴、エステヴァン・ブラデフツキだった。
奴の神算鬼謀、戦略の緻密さは実践を経て精度がましまさに神がかり的に我が国を戦勝に導いている。国内では奴のことを「勝利の女神」だのなんだの言うやつもいるらしいが全くあの性格の悪さには似合わない異名である。
その功績と共に戦略部統率長から着実に出世を果たしエリート街道をひた走る性悪の女神殿だが、しかしなぜか毎度の如く俺を副官に指名する仕業によって俺の立場も膨れ上がった。
そのたびに段々と奴のいびりも強くなっていくのであるからプラスマイナスでいけば全くマイナスである。
そして勿論膨れ上がる仕事は能力の高そうな人間に適当に振っておけば良いのだが、しかしどうあがいても他人には任さられない仕事というのもいくつかはある。
重要な予算の配分であったり戦略の大観の決定、奴との会議などがそうだが、目下最も面倒なのは個人的な年齢に伴う用事、つまりは親からの結婚の催促である。
「ゴウキ、お前ももう25になるだろう。俺もそのくらいの年に妻を貰い結婚をしたものだ。軍人というのはいつ死ぬか分からん、だからこそ家族の支えが力となり生きようという活力になるものだ。嫁をとれ、嫁を取るのだ」
軍隊を引退し暇になったからか我が家に毎度来てはそういう親父の説教、いつ孫を見れるのと期待する母親、立場が高くなったからだろう次第に増えた見合いの誘い、そういった数々が俺を苦しめる。
こういった俺では本来対応できない要件はいつもはブラデフツキに相談するのが常なのだがあまりに個人的なことなので流石に相談は出来ない。
もし相談したとすればどうだろう、「あなたのような阿呆の遺伝子を持った子供が生まれれば世界にとって損失ですからやめた方が良いでしょう。許可のない産業廃棄物の生産は帝国法違反ですよ?」だのなんだの言われそうな気もする。非常に忌々しいがありありと想像がつく光景である。
いやだいやだ、見合いは受けんと泣く両親を無視してさんざん親不孝をかましたものだったが、どうやら何においても潮時というものは来るらしい。
ある日、我が家に届いた見合いの誘いの差出人はまだ軍内でも立場の低かったころ、ブラデフツキの信奉者擁する一派から嫌がらせを受けていた俺を庇ってくれていた恩人からであった。
性格の良い、軍内では珍しいくらいに人間の出来た上官である。
何度も飯もお世話になり、家にも泊めていただいた。
そうか、あの時に飯をよそってくれた娘さんはもうそんな年になるのか。
向こうとしても覚悟して送った見合いに違いない、これを断るのならば男が廃る。
これまでのように仕事が出来なくなるかもしれぬ、家族が足かせになるかも、そんな不安とそして一瞬なぜか浮かんだブラデフスキの顔を振り払って俺は見合いに承諾の旨を返した。
恩義には恩義で返すのが男というものだろう、仕方のないことなのだ。
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無事、見合いが終わり語ればいくつかの話もあったが、しかし最終的には婚姻に同意する運びになった。
お互い、個人として好意は持っているが恋愛的に本気ということでもあるまい。
向こうの娘さんも親の勧める相手だからということで、またこちらとしてもお世話になった方の娘さんということで、少しずつ仲を深めていく必要はあるがお互いに大きな問題点はなかったようだった。
代々、帝国の軍人というのはそういうものなのだ。
恋よりも戦、仕事、いつ死ぬかも分からない中で恋人など見つけられない。親父とていわば親が進めた結婚であったが今ではあんなに仲が良いのだ、時間が経てばいずれ好き合うようになるに違いない。書類にサインし義務的に婚姻を交わし結婚をした。
唯一不安だったことと言えば俺が死んでしまった後の彼女の生活くらいか、まぁ、名には不相応だがブラデフスキは女神様なぞ呼ばれる輩らしい、神頼みというのも悪くないだろう。
何はともあれ、人生において一度になるだろう結婚をしたということでこれまでお世話になった方にお礼参りをしなければならない。
戦中にお礼回りも何もあるかいなというのが通常であるが、しかし現在は協働国側とも停戦合意中、いわばつかの間の休息であった。
学校時代の恩師、昔お世話になった上官、同僚などと立場上結構な人数に報告しなければいけなかったので少し遅れてしまったが、本来、何よりも先に報告すべき直属の上司、つまりはブラデフツキへの報告は最後になった。
最後に残しておきたいやら感慨深いやらそういうことではなく、ただ単にどんな嫌味を言われるか分からないからである。
「知ってたわよ、結婚することくらい」
共和国対策の会議の場、重い口を動かして話をするとブラデフスキは何のこともないようにそう言った。
「貴方、まるで野生の猿みたいね。あっちこっちで結婚するだのどうこう話して、盛り声がうるさいって苦情が来るぐらいよ。まぁ、あなたの人生なら起こるはずもない幸福だものね、おめでとうとだけ言っておくわ」
やけに簡単な態度に少し拍子抜けする。
なんだ、なんだこいつ。いつもならもう少しひと悶着、あと何小言くらいあると思っていたのだが・・・。
案外、ちゃんと祝ってくれるものなのか。まぁ、いいさ。藪蛇をつつくものでもない。俺は賢い男なのだ。
「了解、了解。そいじゃあ式の日だがな。流石にお前は直属の上司だし式には来てもらわんといかんそうでな。えっと、何日が開いて―――――」
「ううん、式の日取りはいいよ。行くことはなさそうだし」
「いや、行くことはないって・・・だから、お前には来てもらわないといけないって親にも言われていてだね」
「行くことはないもの、それで話は終わり。それより、今はそんなことではなくて会議をしないと、来月には停戦合意が外れること。その猿以下の頭でも分かっているの?今は国家存亡の危機でしょう?」
「あぁ、まぁ、そりゃあそうだが・・・」
こいつ、やけに今日は強引だな。
まぁ、いい。俺もたぶんこいつは来ないだろうと踏んでたんだ。結婚式にニコニコで参加って面でもない、責任感のあるやつなのは昔から分かっていることなのだ。
気を取り直して地形図を取り出して机の上に広げる。
「よし、それじゃあ会議を始めよう。まずは、レナト地方の現状からで、ここには三つの山脈があって、その中でも―――――」
話は進み、会議はつつがなく進行する。
俺の説明に頷くブラデフスキ。
いつもは軽口と悪口の山なのだが今日はそれもない。
不思議と思って前を見れば、どういう訳か微笑む彼女がそこにはいた。なんだよ、お前。そんなに俺の説明が可笑しいか。
「なんでもないの、本当に。あぁ、つくづく貴方って愚かね」
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頭が回る、目が回る。
気を紛らわせようとバカバカと飲んだ酒が頭の中でサイレンを鳴らしているようだった。
今日は共和国との間の戦勝会、今回も今回で大勝を得た我が国だったが俺の気分はちっとも晴れない。
そんな俺を見かねたのか若い軍人の二人組が肩に手を回してくる。うっ、酒臭い・・・・!
「ラフクラトルぅ、おまえ、結婚相手が共和国の情報スパイだったってまじかぁ。お前ぇ、あいつらに情報もらしてらんじゃらいのかぁ・・・!」
「ちょ、先輩!何言ってるんですか!すいません、こいつ酔ってるみたいで悪気はないんです・・・。ただの阿呆で酔っ払いで、申し訳ありません!」
必死に頭を下げる若い子にひらひらと手を振って返す。いいさ、今日は無礼講だ。気にすることじゃあない。
それに、間違っているわけでもないのだ。
共和国との一年に渡る戦争、その途中、帝国内に巡らされた共和国の情報網を打倒する作戦がブラデフスキによって打ち出され、そしてその逮捕者の中に俺が結婚するはずだった娘の父、つまりは俺の恩人だと思っていた上官が入っていた。
彼は軍内の情報を得るべく昔から組織に潜入していたらしく、それが今回明るみに出ることになったという。
結局のところ、情報取引によって彼ら家族は共和国方面へ逃がされることになったのだがもちろん俺は破局、むしろ情報を流していたのではないかと今は疑われる始末である。
「あぁぁ、もう世の中分かんねぇ、分かんねぇよなぁ。俺、この年でバツイチ・・・いや、バツすらついてないのかぁ。良い人だと思ってたんだがなぁ、駄目かぁ。おらぁ、結婚できないんだなぁ」
スパイ疑惑がついてからというもの俺の周りには人っ子一人よっては来ない。
今日も端の方で酒を飲み干すしかやることがないのだ。
さっき絡んできた二人、寂しいからもう一回来てくれても構わないんだよ?
ちらりと座敷の奥を見ればブラデフスキは幾人もの連中に囲まれてニコニコと酒を飲んでいる。
あんな性格の悪い野郎でも楽しそうに・・・くそう、くそう。こんなんじゃあ酒がないとやってらんねぇ!飲むしかないね、これは。見よ、これが帝国式ラッパ飲みの神髄よ。
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「---------閣下。良いんですか、その男を御車に乗せるなど。そいつはスパイ疑惑までかけられた―――」
「構わないわ。スパイだろうが何だろうが私の副官。こいつの責任は私の責任ですもの、それよりさっきも言ったでしょう?このことは、秘密に。出来るわね?」
頭上の声が脳内を反響してずきずきと痛む。
柔らかいクッションの上に放り投げられ、そうしてしばらく呻いていると遠心力に体が引っ張られた。
馬車?馬車のようだ。馬の蹄音が小さく鳴っている。
目を開ければ柔らかいクッションに広い作り、高級そうな馬車に乗せられて道を走っていた。なに、なんだこれ。
「あぁ、やっと起きたんだ。随分、早いお目覚めね。もう少し寝ていてもいいのに」
隣の席には知った顔がいた。美しい銀髪を後ろにまとめ上げ、軍服ではなく余所行きの高級そうな白いドレスを着ている。戦勝会の時とは少し違う装いだ。
「綺麗だ・・・。綺麗だね、ブラデフスキ。いつもの軍服でなくても君はいつだってきれいだよ。」
酒に頭がやられてしまって、不意に気障なことが言いたくなった俺はそう口に出した。
「・・・ありがとう、嬉しいわ。貴方は本当にお酒を飲んでいる時だけ素直ね、そこが憎らしくもあり、可愛くもあるの」
笑顔を浮かべた彼女は倒れるように肩に寄りかかってきた。
首元につけたのだろう、柑橘系の香水がふわりと漂う。彼女の動く所に花が咲いているようだった。
思わず抱き寄せればその方の小ささに驚いた。こいつ、こんなにほっそい体で生きていけるのか。
「でもね、ラフ・・・・。私のラフクラトル。今回はダメ。今回のことは許せないわ」
ぎゅうと強く体を抱きしめられる。
背中に回った手が強くなって彼女の顔が首元に近づく。吐いた息が耳に当たってこそばゆくて、体に押し付けられた熱がじっとりと伝わった。
「許せないって、何がぁ?」
「全部よ。ぜぇんぶ。貴方が知らない奴と勝手に付き合ったことも、私の気持ちに気づかないことも、あの女ごと飛ばした私の愛情表現に気付かないことも、私に頼ろうと少しだってしないことも。ぜんぶ、ぜぇんぶ許せないの。だからね、今日は一日じゃあ済まない。いつもみたいに酔ってる一晩だけって訳にはいかないんだ・・・」
足元でなっていた音が砂利の上、いや、砂の上だろうか?を走るような音に切り替わる。
俺はいまどこにいるんだろう、どこに向かっているのだろうか。
頭がぐらぐらとして体の力が上手く伝わらない。どこかに飛んでいきそうな気分だった。
「ずうっと我慢してたんだけど・・・もういいよね。私、我慢したよね。ねぇ、ラフ?」
「うん、そうだよ・・・ブラデフスキはずっと頑張ってるよ。あの頃からずっと頑張ってる・・・!」
曖昧なままそう口に出すと、喜ぶようにブラデフスキは柔らかい唇を押し付けてきた。
覚えている限り初めてのキスの味は酒の味だった。
案外、キスというのはそんなにロマンチックなものではないらしい。物語のようではないんだね。
暫くして、名残惜しそうに口を離したブラデフスキは「ラフ、一緒に来てくれるよね?」とにっこりと、美しく、問いかける。
「あぁ、勿論。なんたっておらぁ、お前の副官だからよぅ!」
曖昧に、反射的に返した答えにブラデフスキはしばらく黙って、「あぁ、本当に貴方は愚かだわ」と舌を舐めた。
じゃあ、残ったお見合いしてた子はおいらがいただいとくで!
高評価あったら、おなしゃす。
感想あったら次のヤンデレを書くのでぜひ下さい!
追記
いつも拙作を読んでいただきありがとうございます!
下らない作者の我が儘ですが、この度、夏に行われるコミックマーケット106に当選し、サークル「世界ヤンデレスキーの会」より「『別れよう』と上位存在の彼女に言うだけの短編集」という本を出すことが決まりました!やったぜ!
ここから8月まで練りに練ってよだれが出るようなぞっくぞくするヤンデレシチュを考えていく予定(知り合いの絵描きにヤンデレ絵も発注する予定)ですので是非宜しければ日曜日 南地区 “f”ブロック-25a(南2ホール)に足を運んでくださると幸いです!
怖いので10部(もう少し減るかも)しか刷らない予定なので悪しからず。うっひゃあ、楽しみ!!
ハーメルンでの次回作もなんか関連して書いていきます!遅れてすいません!