TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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 特に天丼やカツ丼系。
 今回ニニギ様がかなり情けなくなっていますが、まあ古事記にもそう書いてあるんで許してください。




うどん屋の丼ものはどれも美味い

 

 

 

「スペシャルうどん、完成! むふふ、見よ、この艷やかなうどんと具材、そして透き通った出汁……!」

「お見事です、リリア様!」

「うむ、くるしゅうない」

 

 完成したスペシャルうどんを前にして、むふん、と自慢げな表情を浮かべるリリア。

 前世で自炊した時のようなインスタント麺のうどんではなく、きちんと小麦から手打ちした本格的なうどん作りを体験できた事が嬉しかったのだろう。

 いつもは曖昧な対応をする事が多いリフィーリアからの賛辞(よいしょ)にも、気を良くした王女サマは鷹揚に頷くことで応えるのだった。

 

「リリアちゃん、今日はいつにも増して絶好調だねぇ」

「うーん、やっぱり甘酒のせいなんじゃ……」

 

 そんなエルフ組のやり取りを苦笑いで眺めていた千恵と千穂だったが、玄関の戸が叩かれる音を聞いて応対する事になる。

 今日は来客が多い日だな、と感じながら千恵が引き戸を開けた先にいたのは、少し大きな木箱を抱えたタケミカヅチであった。

 

「あら、タケミカヅチ様。なにかご用ですか?」

「サクヤヒメ殿がオラリオ(こちら)に来ていると風の噂で聞いたのでな。ニニギの見舞いがてら、様子を見に来たという訳だ。……ニニギの奴はまだ送還されてないな?」

「ニニギ様たちの仲の悪さ、そこまで有名なんですね……。ニニギ様は半死半生ですけど、会っていかれますか?」

「……いや、良い。あの夫婦の間に首を突っ込むと碌な目に合わないからな」

「あはは、そうですか……」

 

 苦虫を噛み潰したような表情でそう漏らすタケミカヅチの姿に、こちらも苦笑いを浮かべるしかない千恵。

 自分よりもニニギノミコトと付き合いの長い伊奈帆達から、夫婦の間に何があったのかは聞いているが──まさかタケミカヅチが心配して様子を見に来るまで仲が拗れているとは思いもしなかった。

 当事者では無いはずなのに、気不味い沈黙が彼女らの間に流れる。

 その空気を変えようとしてか、タケミカヅチはひとつ咳払いをしてから手に持っていた木箱を千恵へと手渡した。

 

「そうだ。会わない代わりといってはなんだが、運良く手に入ったのでな。先の騒動(豆腐戦争)の詫びも兼ねて、お裾分けをしに来たのだ」

「これは……海老ですか? また随分と立派ですね!」

「そうだろう、そうだろう。しかも港町(メレン)からの産地直送、天然黒虎海老だ!!」

 

 そう言ってタケミカヅチが蓋を開けた木箱の中には10匹ほどの丸々と肥えた海老が、整列する様に保冷用の氷の上に並べられていた。

 全体的に灰色の身に、黒い筋が虎の毛皮のように刻まれたその海老の名は黒虎海老。別名「牛海老」とも呼ばれ、食用海老の中では大型で味も良い事から高級食材と名高い逸品だ。

 タケミカヅチからの予想外のお裾分けに、思わず千恵は驚きの声をあげた。

 

「あ、あの黒虎海老ですか! こんな上物、良く手に入りましたね!?」

「塩の調達でメレンに赴いた際、開かれていた懸賞に応募していてな。その結果が今さっき現物で届いたところだ」

「わあ〜! 本当に頂いちゃっていいんですか?」

「ああ。サクヤヒメ殿もこれで矛を収めてくれるだろう」

「ありがとうございます、助かります〜!」

 

 極東出身の性と言うべきか、美味しい食材を前にして喜色満面の笑みを浮かべ、和気藹々と会話をする千恵とタケミカヅチ。

 その後、他愛もない世間話を終えたタケミカヅチが自らの拠点(ホーム)へと帰っていき、思わぬ収穫を得てほくほくの千恵が厨房のある土間に振り返ると。

 

「──むふふ、えびてんどん」

 

 そこには不穏な呟きと共にギラギラと目を光らせながら天ぷら用の衣液と鍋を準備するリリアの姿があった。

 

「……えーっと、聞かなくても大体察せるけどさ。何をしているのかな?」

「てんどん! えびてんどん!!」

 

 天高く拳を捧げ、高らかに天丼コールをするリリア。

 どうやらタケミカヅチから黒虎海老を受け取った事を目敏く見つけ、うどんのお供に海老天丼を食べたいという欲求に囚われてしまったようだ。

 だとしても明らかに素面ではないその振る舞いは異様と言う他ないのだが、米狂い(リリア)の食に対する執着を知る千恵たちからすればあり得なくもないラインであったため、いつも通りだと流されてしまう。

 これが「日頃の行い」というやつである。

 

「リリア様があんなにもお元気になられて……!」

「うう、私たちじゃリリアちゃんを止められないよ……」

「まあアレを止められるのはニニギ様くらいだよね」

「てーんどん! てーんどん!」

 

 海老天丼が食べられるまで訴えを止めない、という強い意志を示すリリアからの強い要求を受けた千穂たちは、顔を見合わせてため息を吐くと、仕方がないと言いたげな様子で海老天を作り始めた。

 天丼ならニニギ様も食べられるかな〜、などと考えを巡らせる千恵が、火が通ることで綺麗な赤色に虎模様を染めた黒虎海老の天ぷらを手早く作っていく横で、米狂い(リリア)は歓喜の舞を踊る。

 

「やったぜぃ!」

「リリアちゃん、ごはんの準備お願い」

「がってん承知!!」

 

 天ぷらの揚がる小気味良いぱちぱちとした音を聞きテンションが最高潮になったリリアは、小躍りしたまま全員分の丼へ蒸らしの終わった米をついでいく。

 その間に千穂はうどんの出汁を少し拝借し、それにみりんや醤油を混ぜ合わせて即興の()()を作る。

 綺麗なきつね色がついた海老天とうどんの具材の残りであるかき揚げをいくつか丼に乗せて、その上からさっと回しかければ──海老天がかき揚げの荒波をかき分けて丼に橋をかける立派な天丼の完成だ。

 

「ご注文の海老天丼、完成だよ! さーて、リリアちゃん。出来栄えはいかがかな?」

「……おお、おおぉ……!!」

「うんうん、泣くほど喜んでくれると私たちも嬉しいよ」

 

 合わせ出汁と天つゆの芳醇な香りがふわりと広がる。

 ついに完成した「うどんと天丼」の黄金コンビを目の当たりにリリアは感激のあまり目尻から涙を零しながら、問い掛けた千恵に向けてぐっと親指を上げてみせた。

 

 リリア、今世で2回目の男泣きであった。

 

 

 

 さて、そんなリリア垂涎ものの昼ご飯が完成してから少し経ち。

 食事ということで一旦矛を収めたサクヤヒメとボロ雑巾(ニニギ)、そして伊奈帆たちも板の間に集まり、食前の挨拶を交わす。

 

「いただきます」

『いただきます』

「いただきますっ!!」

 

 既に板の間には天丼のタレと出汁の匂い、そして天ぷらの衣が放つ香ばしい匂いが混ざり合い漂っており、リリアにとってはフェロモンにも等しいその香りを胸いっぱいに吸い込んだ彼女の視界には、もはや海老天丼と特製うどんしか映っていなかった。

 パン、と音を鳴らしながら元気良く手を合わせたリリアは箸を手に取るのももどかしそうに、しかし慣れた手つきでうどんを何本か掬い取ると、つるつると啜ってみせる。

 出汁の絡んだ半透明の手打ち麺を口の中で噛み締めて、コシのある()()を何度も咀嚼することで味わったリリアは、味に集中するためか、いつの間にか閉じていた目蓋をゆるゆると開くと一言。

 

「美味しいっ!!」

「……本当に私達と同じ様に食べるのね」

「もちろんです、リリア様ですから」

「いや、それはなんか違うと思う」

 

 下手をすれば本場の極東出身者よりも滑らかな仕草で完璧にうどんを啜ってみせたリリア。

 生まれてこの方ウィーシェの森に引きこもっていた王族(ハイエルフ)とは思えない食べ方に驚きの表情を隠せないサクヤヒメだったが、もはや「ツッコんだら負け」と生暖かい目を浮かべる【ニニギ・ファミリア】の面々を見て言葉を飲み込んだ。

 

「……神ニニギ、彼女に極東式の礼儀作法(マナー)を教えたのは……」

「私ではない。というより、オラリオに来た当初からあの娘は極東式の礼儀作法や食事文化に馴染んでいた。なぜリリアがこれ程箸を使えるのか、むしろ私たちが聞きたいくらいだ」

「なん……だと……!?」

 

 呆れ顔のニニギから返ってきた驚愕の解答に呻くフェルズを他所に、周囲の目など知ったことかと心ゆくまでうどんを味わうリリア。

 出汁に浸したかき揚げを一口、次にうどんを啜っては海老天のぷりぷりとした身を齧りと、久方ぶりのうどんを全力で楽しむ彼女は、前世での思い出の味から色褪せぬ美味しさに心を震わせ感激していた。

 

「はふ、はふ……!」

 

 つるりとした食感の麺を啜れば、麺と共にやってくるのは黄金色の出汁だ。

 鰹節と昆布から取った2種類旨味成分が完璧なハーモニーを奏でながら舌を刺激し、コシのあるうどんの歯ごたえや僅かな塩気が引き立たせる小麦の甘味など、全てが自分たちの役割を果たし、口の中でオーケストラを開催する。

 リリアと千穂の2人がかりで作り上げたうどんの麺はその出来栄えを示すように半透明の黄金色に輝いていて、しっかりとしたコシで噛めば噛むほど心地良く歯を押し返してくる。

 

「ふへへ、至高の味わい……」

「リリアちゃん、おうどん美味しいね!」

「美味しい!」

 

 もっちもっちとうどんを噛み締めながら恍惚とした表情のリリアが次に手を出すのは、出汁の大海原を漂う大きなごぼう天だ。

 千恵の手によって生み出されたごぼう天は、斜め切りのごぼうをかき揚げの要領で揚げた天ぷらで、まるで丼に蓋をするかのように丼の半分ほどを占拠していた。

 そんな巨大ごぼう天を前にしてリリアはどうするかというと──なんら躊躇することなくかき揚げ状のごぼう天を崩し、出汁の中へと沈めた。

 そして、ごぼう天の衣が黄金色の出汁をしっかりと吸い込むまでしばらく待ち、頃合いを見計らってざばっと出汁から取り上げる。

 すると当然、取り出したごぼう天は出汁でふやけ、衣がきつね色から白へと変色していたのだが、むしろそれこそがリリアの狙い。

 出汁の旨味をいっぱいに吸った衣は味の奥行きを増し、さらに柔らかい食感とごぼうの繊維質な歯ごたえがコントラストを生み出して食べる者の口を楽しませるのだ。

 

「〜〜っ! う〜ま〜い〜ぞ〜!!」

「あの子、実は極東出身だったりしない?」

「リリア様ですから!」

「だからそれ答えになってないって」

 

 その後に海老天丼の米を頬張れば、口の中に少し残った天ぷらの油分と出汁の後味を吸い込んで、さらなる味わいをリリアにもたらしてくれる。

 感動のあまりどこぞの味皇のような叫び声をあげた彼女は、口内の味をリセットするためにうどんを啜ると、海老天丼の本格的な攻略へと乗り出した。

 食材である黒虎海老と同じく天つゆが衣に縞模様を描く海老天に噛みつけば、プリッとした身の心地よい食感と共に、衣に染み込んだ天つゆの味が口いっぱいに広がる。

 甘味の強い天つゆと見事に息を合わせる潮の風味豊かな味わいは、さすが高級食材といったところか。

 

「あら……ふふ、こんなにも美味しい海老をお裾分けしてくれたなんて。タケミカヅチにはお礼を言わなくちゃいけないわね」

「これだけ上等な海老、今の港町(メレン)では相当な貴重品のはずだが……タケミカヅチめ、どんな豪運を使った?」

「美味しい〜!! 凄いよ、流石は産地直送の天然もの!」

「わあ、美味しいです!」

「いくらでもいけるなぁ、これ!」

「……」

 

 サクヤヒメや団員たちも口々に海老天の味を讃えながら食べ進め、穂高にいたっては感想を言う暇も惜しいとばかりに黙々と食べ進めていた。

 食事には煩いはずの極東人たちが口を揃えて褒め称えるその光景は、どんな吟遊詩人が詠う美味よりも雄弁な宣伝となるだろう。

 事実、骨だけとなった身体では食事を摂ることが出来ずに、ただニニギたちの味の感想を聞くだけとなっているフェルズは、心の奥底で禁呪に手を出してしまった過去の自分を張り倒したいと強く願うほどだった。

 

 

 

 さて、海老天自体の味を楽しんだ後は、お待ちかねの米との実食タイムとなる。

 先程と同じく海老天を齧り──続いて米を口の中に放り込む。少し行儀が悪い食べ方だが、口内丼という呼ばれる食べ方だ。

 

 そのまま咀嚼すれば、口の中に天国が広がった。

 

 回しかけされた天つゆがじわりと染み込んだ白米は、本来の優しい甘さから味を変化させ、つゆに濃縮された旨味を吸い込んだまま、ダイレクトに舌に伝える。

 口内に溢れた幸せで思わず目が眩むリリアに、さらなる追い打ちをかけるのが海老天だ。

 揚げたてサクサクの衣が粒立ちながらも柔らかい米のアクセントとして食感の幅を広げ、衣に包まれていた海老の風味と身のプリプリ具合が相まって、美味しさの終わらぬ波状攻撃を叩き込んでくる。

 例えるなら、そう。

 食が持つ「幸せ」という概念が形を持ったような。

 そんな完成された一口を至福の表情で飲み込み、口の中を空にした後で深く鼻から息を吸えば、海老天丼の残り香が更なる食欲を掻き立てる。

 この欲求は、もはや理性で抗う事は不可能だ。

 もっと、もっと食わせろと本能が身体をせっつき、我々は首根を引っ張られるように箸を進めるしかない。

 そうして本能の赴くままに海老天丼を食べ進めることしばらく。少し濃い目の味付けがされた天つゆの甘さに少し飽きを覚えたら、再び箸をうどんに戻す。

 時間が経ったことで直接飲める程度の温度まで下がった出汁をこくりと口に含めば、海老天丼の油でこってりしていた口内を、酸味を感じる程に効かせた強い出汁の旨味が洗い流していった。

 味変を終えたら、うどんを啜ってフィニッシュだ。

 

 ──天丼、うどん。

 ──天丼、うどん。

 

 完璧なコンビネーション。

 最高のコラボレーション。

 うどんと丼物という、うどん屋において一種のテンプレート的献立は、あらゆる日本食に飢えているリリアの食欲を十二分に満たすものであった。

 

「ふうぅ……ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした」

「リリア様、こちらに。頬にお弁当を付けていますよ」

「むっ。ありがとうリフィー」

 

 けぷ、と満足そうに一息ついたリリア。

 一足先に食べ終えていたリフィーリアから食後の世話を焼かれる彼女を優しい眼差しで見つめていた千穂は、客人として共に食卓を囲んでいたフェルズが一口も食事に手を付けていないことに気がついた。

 

「すみません、フェルズさん。料理がお口に合いませんでしたか……?」

「……いや、そうではない。本心から実に魅力的で美味しそうな料理だとは思っている」

 

 不安げな千穂の言葉にそう返し首を振るフェルズ。

 そんな彼女達のやり取りを見て、ニニギが声をかけた。

 

「誤解はしないでくれ、千穂。伝え忘れていたが彼は体質的に食事を摂ることが出来ないのだ。すまないな」

「そ、そうなんですか!?」

「……ああ。神ニニギの言う通り、私は食事が出来ない」

「そ、それは、大変な失礼を……」

「いや、大丈夫だ。伝え忘れていたこちらに非がある。むしろ突然押しかけた私にもこうして食事を用意してくれた心遣いに感謝したい」

 

 食事が出来ない者の前に、まるで見せつけるかのように膳を用意してしまった──その事を理解し、慌てて謝罪をする千穂へ、フェルズは気にするなと手を振った。

 むしろ不死への執着に取り憑かれていたとはいえ、軽々しく肉体を捨ててしまった過去の自分への怒りが生まれてしまったくらいだ。

 それでもバツが悪そうな表情で肩を竦める千穂。

 すっかり落ち込んでしまった彼女をサクヤヒメが慰め始めるのを見たニニギは「さて」と前置きをひとつ、フェルズに話しかけた。

 

「実際に米狂い(リリア)を観察してどう思った、フェルズ殿?」

「……確かに、神ニニギの言う通りだ。あのまま彼女を保護した所で、私たちでは管理しきれないどころか早々に暴走を招くだろうな」

「ハハハ、そうだろうそうだろう。なにせ我々ですら御しきれぬのだからな」

「そこは自慢げにしないでほしいのだが……」

 

 満面の笑みでアレの手綱は握れないと言い放つニニギに対し、ローブ越しでも分かる程げんなりとした雰囲気で愚痴をこぼすフェルズ。

 いくら極東圏の食事に並々ならぬ執着を抱いているらしいとはいえ、その本質は神を殺す為に作られた特攻兵器なのだ。

 リリア本人がその事を自覚しているかは分からないが──お米が食べられないから神を殺します、なんて馬鹿げた理由で世界が滅ぶ事態など何があっても御免被りたい。

 

「……何の話をしているのですか、ニニギ様?」

「ああ、リフィーリアか」

 

 千穂を慰めるサクヤヒメが食後の甘酒を取り出し、ついでに飲むかと勧められたのを受け、喜び勇んで彼女の下へと駆け寄るリリア。

 そんな米狂いの姿を見ながら言葉を交わすニニギ達の姿に怪しさを感じたらしいリフィーリアが2人の会話に割り込むと、ニニギは何もやましい事はないと示すように軽い口調で話し始めた。

 

「リリアについて少し、な。入団当初にお前から聞いた話と私の見解を交えて彼と話をしていた」

「……主神であるニニギ様の判断に異を唱える事はいたしませんが……フェルズ様は我々の秘密を知って問題ない立場なのですか?」

「ああ。私はそう考えている」

 

 すっと目を細めたリフィーリアの視線が、未だにフードの奥にあるはずの顔を見せないフェルズへと向けられる。

 敵か、味方か。

 返答によっては斬り伏せると言わんばかりの殺気が首筋に押し当てられている錯覚すら感じたフェルズは、ここで話を有耶無耶にするのは得策ではないと感じ、リフィーリア──ひいては【ニニギ・ファミリア】の団員たちにも己の正体と目的を開示する事にした。

 白旗の代わりとして諸手を挙げ、他の団員たちの注目も引いた後に、フェルズは一呼吸おいてから話し始める。

 

「改めて自己紹介をさせてもらおう。私は愚者(フェルズ)迷宮都市(オラリオ)の創設神、ウラノスの使い走りとして動いている、しがない魔道具製作者(アイテムメイカー)だ」

「……神ウラノスの。という事は、あなたはギルド側の人間と認識して良いのですか?」

「厳密に言えば、私はギルドの者ではなくウラノスの私兵と言うべき立場だが……まあ、そうだな。概ねギルド側の存在と言っても差し支えはないだろう」

 

 リフィーリアの質問に対し、肯定の意を示すフェルズ。

 その言葉に嘘が無いか(ニニギ)に確認を取ったリフィーリアは、主に害をなす者ではないと判断し侍女としての警戒心を少し収め、フェルズの話を聞く姿勢を見せた。

 他の団員たちも特に気にした様子は無く、ひとまず最低限の信頼を得ることができたフェルズは、内心で安堵の息を吐きながら話を続けた。

 

「今回ここに来たのは【ニニギ・ファミリア】に入団した王族(ハイエルフ)の少女──そこにいるリリア・ウィーシェ・シェスカの様子を確認するためだった。かの【九魔姫(ナインヘル)】をはじめ、王族という存在はただでさえエルフに対する影響力が凄まじい。更に彼女には()()()()()もあるため、下手を打てばオラリオどころか世界中を巻き込む騒動に発展しかねないと思い、最悪我々が保護する事も視野に入れてここに来たのだが……」

「はぁ……?」

「リフィーちゃんステイ! まだ早い!」

「……来たのだが?」

 

 と、そこで話を区切り、我関せずと言わんばかりにサクヤヒメ印の甘酒をくぴくぴ飲んでいるリリアへ、複雑な心境で視線を向けるフェルズ。

 ギルドが保護する、という言葉に反応して険しい表情を浮かべたリフィーリアを千恵が宥め、伊奈帆が話の続きを促すと、フェルズは少し言いにくそうに何度か視線を泳がせた後、深いため息と共に結論を述べた。

 

「……米や極東圏の文化に関する伝手が無い我々では彼女の保護は難しいと判断し、変わらず君たちにリリアの保護を頼む運びとなった」

『ああ〜……』

 

 思わず口を揃えて納得してしまう団員たち。

 日頃から極東の食文化に関して暴走しがちなリリアを見てきた彼らだからこそ、フェルズの言葉に確かな説得力を覚えたのである。

 むしろ、伊奈帆や穂高からはフェルズに対して同情の視線すら向けられる始末。

 そこで、ようやく自分が話の槍玉にあげられていることに気付いたのか、空になった竹筒を手に周囲を見回すリリアへと、ニニギが笑いながら話しかけた。

 

「まあ、これからもよろしくという事だ、リリア」

「……うぃ!」

 

 元気良く手を挙げて返事をするリリア。

 相変わらずその仕草は王族らしからぬものだったが、本心を取り繕わぬその振る舞いは、ある種の愛らしさをもって団員たちに受け入れられるのであった。

 

 

 

 その後、リリアに関する情報交換や彼女を異端児(ゼノス)と交流させる計画などをニニギやリフィーリアと共に一通り話し合ったフェルズは、日頃の暗躍よりもどっと疲れた様子でウラノスの下へ帰還した。

 路地に点在する影のひとつへ紛れるように姿を消したフェルズを見送ったニニギは、オラリオ陣営に米狂い(リリア)の気質を理解させる事に成功した達成感に浸りながら拠点へと戻る。

 食後の片付けも終わった板の間では、満腹で眠たくなったのか仲良く手を繋ぎながら眠る千穂とリリアを、サクヤヒメが膝枕と共に慈母の微笑みで見守っていた。

 側に伊奈帆たちの姿は見えない。ニニギたち夫婦に気を遣ってか、自室へと籠もっているのだろう。

 

「サクヤ」

「あら、お話は終わりまして?」

 

 昼下がり、木窓から差し込む日差しに照らされたその姿は、我が子を愛でる母親そのもので──ニニギは居た堪れない気持ちになりながらも、逃げる事なくサクヤヒメの前へと腰を下ろした。

 そんな夫へ、変わらぬ微笑みを浮かべたまま問いかけるサクヤヒメ。しかし細められたその瞳の奥には()()()()()()()瞋恚(しんい)の炎が燃え盛っており、ニニギが犯した過去の過ちを許してはいない事が伺える。

 彼女の怒りを心身ともに刻み込まれた今、ニニギの生存本能が逃げろとけたたましい警報を鳴らしているのだが、それでも彼は主神としての責務を果たすべくその場に踏み止まり、サクヤヒメに問い掛けた。

 

「ああ、無事に終わった。だから君の言葉で聞かせてほしいのだが──()()()()()()()?」

「……それは、どういう意味です?」

 

 その言葉に対するサクヤヒメの反応は劇的だった。

 息を呑み、まるで罠にかけられた事に気付いたかのように動揺を示した彼女だったが、次の瞬間には完璧に表情を取り繕って見せる。

 しかし、(ニニギ)の目を誤魔化す事は出来なかった。

 

「惚けずとも理解しているだろう。神の稚児(ちほ)への願いを抱く者は、この場所(いえ)に辿り着けない。その時点で彼女の願いが叶うための障害になり得るからだ」

 

 サクヤヒメの逃げを許さぬニニギが語ったそれは、神ですら抗う事の出来ない絶対の理。

 否、神の稚児を──神々の『希望』として千穂を生み出した神だからこそ抗う事が出来ないと言うべきか。

 下界の人間(こども)たちと同じく心を持ち、天界にて悲喜こもごもの神話を紡いできた神々。

 人の身では想像も出来ない程の時間を積み重ね、同じだけの後悔を経験してきた彼らが抱いてしまった『やり直したい』という祈りを実現するための願望機(システム)が作り上げた、箱庭への入場門なのだ。

 

「だというのに、君はこの拠点(ホーム)へとやって来た。それはつまり──」

「勘違いしないでくださいね。もし私があなたの言う通り、神の稚児への願いを捨てたとして。それは私があなたを許した証ではありません。……例えホデリたちがあなたを許したとしても、私はあの時の悔しさを、恨めしさを絶対に忘れない」

「……ああ。そうだろうな」

 

 どこか祈るように呟いたニニギの言葉を、割り込むようにしてぴしゃりと否定するサクヤヒメ。

 彼女の怨嗟に満ちた声と神威を真正面から受けたニニギは、しかし悲しそうな表情を浮かべてサクヤヒメの憎しみを肯定するだけだった。

 何故なら、サクヤヒメがここまでニニギへの悪感情を募らせる原因となった出来事において、彼は完全なる加害者の立場であったからだ。

 

 古事記において、夫婦となったニニギとサクヤヒメは三つ子を出産している。

 名をそれぞれ火照命(ホデリノミコト)火須勢理命(ホスセリノミコト)火遠理命(ホオリノミコト)と言うのだが──問題の事件は彼らが生まれる際に起こった。

 

 ニニギは何をトチ狂ったのか、妊娠を告げたサクヤヒメに対して「たった一度の交わりで子が出来るのはおかしい」と彼女の不貞を疑ったのだ。

 

 その言葉を受けたサクヤヒメは当然ながら大激怒。

 売り言葉に買い言葉で「天津神であるニニギの子供ならたとえ火の点いた産屋であっても無事に生まれるだろう」と言い放つと、丁寧に土で入口を塞いだ産屋に火を放ち、地獄の様相を呈するその中で三つ子を出産した。

 母子共に無事だったためサクヤヒメの不貞疑惑は晴れることとなったが、そのような事件を起こしてなお出産以前と同じように夫婦円満といくはずがなく。

 現在のような険悪な関係まで拗れてしまったのである。

 

「だいたい、初めはあなたも稚児を使いやり直す事に賛成していたではありませんか。それを突然何も言わず横から掻っ攫うように、しかも無関係な眷属(こども)たちまで巻き込んでオラリオくんだりまで逃げるなど……! 恥を知りなさい、恥を!」

「はい。誠にすみませんでした……!」

 

 もはや何の言い訳も出来ぬと床板に額を擦り付け、平身低頭して妻の許しを乞うニニギ。

 千穂を神々の下から攫ったことに関しては色々と事情があるにせよ、サクヤヒメとの関係をここまで拗らせたのは弁解の余地が無い。

 素直に自分の罪を認め土下座するニニギに対して殺気を滲ませるサクヤヒメだが、大きなため息を吐いてなんとか自分を落ち着かせると、少し寝苦しそうに唸る千穂とマイペースに爆睡するリリアの頭を撫でながら話しかけた。

 

「ハァ……単純に、過去をやり直すことの無意味さに気付いただけです。あなたが私の不貞を疑わず、あの子達の誕生を祝福された世界を願ったとして──望み通りにその未来を得たところで、あなたが私の不貞を疑った記憶は、事実は消えませんから」

「……すまない」

「恐らく『やり直し』を望んでいた神の大半はその事に気付いたのでしょう。極東で神の稚児に拘っている者は、もう昔ほど多くはありません。あなたも、そうだったのでしょう?」

「……」

 

 サクヤヒメの問い掛けに、ニニギが答えることはなかった。その質問を肯定したところで、彼が過去に犯した罪が消える訳では無いし、なにより今更そうだと言ったところで言い訳にしかならないからだ。

 だが、この場での沈黙は肯定を如実に示していた。

 長い付き合いからその事を察し、なんとも口下手な夫のつむじを射抜かんばかりに睨みつけたサクヤヒメは、千穂とリリアを起こさぬようにゆっくり膝から下ろすと、手早く帰り支度を整える。

 

「……帰るのか? 部屋は空いている、ここに居ても……」

()()スクナヒコナの宿を取っているから結構です。折角の宿泊代がもったいないわ」

「そ、そうか……残念だ」

 

 草履を履き、玄関の戸を開けようとした妻を引き止めるようにニニギが手を伸ばすが、サクヤヒメはふいと顔を逸らして跳ね除けた。

 妻の塩対応に肩を落として落ち込むニニギは、サクヤヒメの言葉に含まれた真意に気付かず。

 彼女はその鈍さに対しても苛立ちを覚えたが、ここで口論しても近所迷惑になるだけだと怒りを堪え、廊下の奥からこちらの様子を覗く伊奈帆たちへ笑顔とともに手を振ってみせた。

 

 サクヤヒメの挨拶に「うちの主神(ヘタレ)がすみません」とバツの悪そうな笑みで答えた彼らの見送りを受けて、女神は宿へと帰っていくのだった。

 

 

 

 

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