TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

11 / 14

 10万UA突破おめでたい記念。
 みんな米を食え。米は良いぞ。



同じ釜の飯を食えばみんな友達

 

 

 

「──リド。本当ニフェルズカラノ提案ヲ受ケ入レルツモリカ?」

「またそれかよ、グロス。前にも話した通りだよ」

「納得ガイカナイ。フェルズハ何ヲ考エテイル?」

「何って、オレっち達の事だろうよ」

 

 そう言ってガリガリと後頭部を掻いたリドは内心の溜め息を噛み殺して、不満げな態度を隠そうともしない同胞(グロス)へと振り返った。

 そこは、人知の及ばぬ秘境である迷宮(ダンジョン)の中でも冒険者と神々の心を惹きつける『未知』として名高い『未開拓領域』のひとつ。

 壁や天井などに自生するヒカリゴケが発する淡い光に照らされた広間(ルーム)にて向き合った彼らの姿は、冒険者を始めとする人類とは対極の存在──怪物(モンスター)そのものだった。

 

「ドウセマタ失敗スルニ決マッテイル! リドモフェルズモ、イッタイ何度裏切ラレレバ気ガ済ム!?」

「そう言いたくなる気持ちもわかるけどよぉ、今回はいつもとは少し違ったじゃねえか」

 

 片言のぎこちない発音で相手に詰め寄るのは、岩のように硬質な皮膚を持ち、見る者全てに恐怖を刻み込む恐ろしい彫刻のような形相をした石竜(ガーゴイル)

 怒りが収まらず、身体を震わせて興奮する彼を落ち着けようと試みているのは、赤緋の鱗に覆われた体を 胸甲(ブレストプレート)で覆い、手甲や肩当てなどの装備一式を身に着けた蜥蜴人(リザードマン)だ。

 どちらも下級冒険者には勝ち目の無い凶悪なモンスターとして知られており、その評判に恥じぬ大量の被害者を日夜生み出している。

 しかし、全身が凶器とも言える彼らは意見が衝突しているものの()()()()を続けており、暴力という決定的な手段を取る気配を見せない。

 見れば、彼らの目には迷宮に巣食う怪物たち特有の暴力の気配に満ちた獰猛な光は無く、冒険者──ひいては人間と同じ理性の光を湛えている。

 

 彼らの名は異端児(ゼノス)

 ()()()()()()()()()()

 

 未開拓領域の広間には、地上の冒険者や神々にその存在が知れ渡れば間違いなく未曾有の大混乱を巻き起こすであろう『未知』が、蜥蜴人(リド)石竜(グロス)以外も大勢集まっていた。

 

「フェルズだって今までの失敗を忘れたわけじゃねぇ。それに、今までもアイツはオレっち達に良くしてくれてるじゃねえか」

「ソレトコレトハ話ガ別ダロウ! シカモ何ダ、今回ハ子供ヲ連レテクルダト!? フザケルナ!! 足手マトイ以外ノ何モノデモナイ!!」

「おい……それは新しく来る子に失礼だろ」

 

 怒りに任せたグロスの余りの言い草にリドは目を細めて窘めるようにそう言うが、心の奥底には彼と同じような思いが渦巻いていることを否定しきれなかった。

 周囲に視線を走らせれば、 一角獣(ユニコーン)人蜘蛛(アラクネ)などの人間に対してあまり良い感情を抱いていない──いや、むしろ憎んですらいる同胞たちがリドとグロスの言い争う様子をじっと見つめている。

 彼らの瞳に宿る光は皆一様に仄暗く、グロスのように表立って批判こそしないものの、フェルズが連れて来る子供とやらに懐疑的な事は一目瞭然だった。

 

(本当に大丈夫なんだろうな、フェルズ……)

 

 胸中に芽生えた不信と不安を拭えぬまま広間の天井を見上げたリドは、元賢者の生ける骸骨へ向けて心の中でそう問いかけるのであった。

 

 

 

 さて、予想外の闖入者(サクヤヒメ)によって混沌と化した【ニニギ・ファミリア】とフェルズの秘密の会合から数週間が経ったある日。

 双方の準備が整い、リリアが異端児(ゼノス)と人類の架け橋となれるのか──その検証が始まった。

 人気の少ない早朝に【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホーム)から出立したフェルズ一行は、冒険者であれば喉から手が出るほど欲しがるだろう『透明状態(インビジビリティ)』になれる魔道具(マジックアイテム)や各種モンスター避けの道具などを贅沢に使って、一気にダンジョンを攻略していく。

 ここでリソースを出し惜しみしてはいけない。

 下手を打ってモンスターや闇派閥(イヴィルス)に自分たちの存在が悟られてしまうのもそうだが、半ば人外の域に達しつつある上級冒険者の目を誤魔化すためには万全を期すほか無いのだ。

 ──だが、その価値はある。

 零細冒険者が卒倒する勢いで高価な魔道具を使い倒すフェルズは、自分が犯した過去の過ちの象徴であるリリアに対し罪悪感を抱いていたが、それ以上に期待していた。

 元賢者として魔法に傾倒したフェルズから見ても、神殺しの為に作り出された命という特殊な生まれのためかリリアの価値観は非常に異質だ。

 もしモンスターが言葉を話すとしたらどう思うか、という質問に対しても「一緒にご飯を食べれたら友達になれると思う」等という頓珍漢な返答をしてみせるほどで、安心して良いのか不安がるべきなのかまだ見当が付かない。

 

「そろそろ目的地に着くが……疲れてはいないか?」

「うい、問題なし」

「リリア様に関してはご心配なく。私も、むしろ普段の迷宮探索より楽をさせて頂いてます」

 

 懸念点を挙げるとすれば、仮にも王女であるリリアをひとり迷宮の奥へと行かせる事は出来ないとリフィーリアも一緒について来た事だが──彼女のリリアに対する忠誠心は目を見張るものがあるため、最悪の事態は避けられるだろう。

 今も先導するフェルズの後頭部には警戒を解かないリフィーリアからの極寒の視線が突き刺さり、繊細な賢者心にちくちくと継続(スリップ)ダメージを与えているのだが、フェルズは必要経費と割り切って歩みを止めることはなかった。

 

 

 そうして辿り着いたダンジョン第20階層の未開拓領域にて、リリアとリフィーリアを異端児(ゼノス)たちに預けたのが数日前のこと。

 

 

 連絡用の眼晶(オクルス)をリフィーリアに預け、ウラノスから下される様々な命令やギルドでは表立って処理出来ない問題をこなしていたフェルズは、再びダンジョンの奥深くへと潜りながら、久方振りの緊張に見舞われていた。

 リフィーリアやリドとの定期連絡では、双方特に大きな問題も無く過ごしているという報告を受けているが、それすなわち友好的に交流しているという意味に捉えるのは早合点である事を、フェルズはこれまでの苦い経験から学んでいる。

 異端児側が人間の横暴な態度を我慢している場合もあれば、逆に人間側が心の奥底ではモンスターへの恐怖を拭えていない場合もあった。

 リリア達には再三の確認と十分な報酬を確約し、異端児側も納得済みの上で検証に望んでいるため、定期連絡の言葉通り本当に問題なく過ごせているのだろうが……それでも不安を抱いてしまうのは致し方ない事だろう。

 単独行動ということもあり、リリア達を連れていた時よりも遥かに速い攻略速度(スピード)で20階層の未開拓領域へ到着したフェルズは、例の広間へと続く薄暗い通路を歩きながら、答え合わせの時が近付いている期待と不安で胸が一杯になった。

 ──異端児はリリア達と上手くやれているのか? 

 ──そもそも人類と異端児の共生は本当に可能なのか? 

 一歩、また一歩と足を踏み出す度にフェルズの脳内でそのような自問が繰り返される。

 言い出しっぺの身でありながら、結果を直視する恐怖から逃げたい気持ちでいっぱいになるが、それでも、あの規格外の牛人(アステリオス)と絆を結べたリリアなら。

 僅かな希望と大きな不安を胸に、リリア達が待っているであろう広間へと踏み入れたフェルズの眼の前には──。

 

 

 

「田起こし隊ッ!! (すき)は持ったかッ!?」

『ウォォォオオオッ!!』

「リリア様とお米が食べたいかッ!?」

『ウォォォォオオオオッ!!!』

「私もだぁぁぁ!!」

 

 どこから調達したのか、皆一様に鋤を持ち鬨の声をあげる異端児たちと。

 

「空が見たいか!? 人類との共生を望むか!?」

『ウォォォォォオオオオオッ!!!!』

「ならば行くぞ!! 耕せェ!!!」

『ウォォォォォォオオオオオオッッッ!!!!』

 

 彼らの前で剣の如く鋤を掲げ、まるで戦争に赴く将軍のような全身全霊の演説を行うリフィーリア、そして彼女の後ろで石造りの玉座に座り腕を組むリリアという光景(カオス)が広がっていた。

 

 

 

「……?????」

 

 瞬間、脳内の処理限界(キャパ)を超え背景に宇宙を背負う骸骨(フェルズ)

 思わず何も入っていない眼窩を擦り、しばらく両手で視界を塞いだ後に恐る恐る手を外すものの、無情にも目の前に広がる混沌が消えることはなく、ただこれが現実の光景であるという事実をフェルズに叩きつけるだけであった。

 

「おっしゃあああ!! 耕せ耕せェ!!」

 

 気炎を吐きながら蜥蜴人(リド)曲刀(シミター)の代わりに振るうのは、ヒカリゴケの発する燐光を受けて鈍く光る黒鉄の鋤。

 土煙をあげる勢いで突き立てられた鋤はダンジョンの地表を容赦なく抉り、石を砕き、下層の土と混ぜ合わせて柔らかな農作地へと変えていく。

 そんな異端児たちが振るう鋤。

 土に塗れながらも鈍い金属光沢を放つ農具に使われている素材を、趣味でとある魔道具(ゴーレム)を作成したフェルズは一目見ただけで見抜く──否、見抜いてしまった。

 

 あの鋤の刃は最硬精製金属(アダマンタイト)製だ。

 

 金回りの良い一級冒険者ですら、己の命を預ける得物の全てにこれを使うとなると莫大な借金を背負うことも珍しくないほどの希少金属(マスターインゴット)

 そんな農作業ごときでは役不足の代物を、現在進行形でダンジョンを耕す異端児全員が装備しているという事実を目の当たりにして、フェルズは無くして久しい胃袋が断末魔をあげる錯覚に襲われた。

 

「みんな頑張れ〜」

『しゃあッ!! 頑張ります、お嬢ッ!!』

 

 こんな馬鹿げた状況を生み出したのは誰だ? 

 考えるまでもない。今も玉座の上で呑気に異端児へ手を振っていやがる米狂い(リリア)だ。

 小賢しくも神伐兵器として己に搭載された権能を振るえるらしい此奴は、大地を司り、金属や宝石などの鉱脈を掘り当てる事で有名な土精霊(ノーム)の力を以て、アダマンタイト製の農具一式を用意したらしい。

 もし人の手によってこの光景を再現しようと思えば、大手派閥(ファミリア)の年間予算が吹き飛びかねない程の巨額のヴァリスが必要だろう。

 

「……」

 

 もはや言葉も出ない様子のフェルズは、異端児たちによって耕された農耕地の前に佇むと、そっとしゃがみ込み土を手に取って感触を確かめる。

 地面に埋まっていた大きな石ころは完璧に砕かれ取り除かれて、表土と赤土が混ざり合い、水分を幾らか含むしっとりとした粘土質の感触。

 

 分かりやすく言えば、農地としてこれ以上ない程に理想的な土が出来ていた。

 

「リフィー、お願い」

「撤収!! これよりリリア様が仕上げを行う!!」

『応ッッッ!!』

 

 実は【ガネーシャ・ファミリア】の団員だったのかと疑いたくなるほど堂に入った仕草で指示を出すリフィーリアと、二つ返事でそれに従う異端児たち。

 その声音は付き合いの長いフェルズが聞いたことのない生き生きとしたもので、数日前まで人間への隔意を持っていたはずの悲しき怪物の姿はどこにも見当たらなかった。

 

「むふー。水精霊(ウンディーネ)土精霊(ノーム)、お願い」

『──』

『──!』

 

 絶句するフェルズを他所に、玉座から立ち上がったリリアが懐から取り出したるは、米炊きの際によく使っている白い枝。

 リリアがウィーシェの森で暮らしていた頃、屋敷の中庭を散歩した際に拾った『いい感じの枝』なのだが、その正体は杖の素材としても名高い霊樹の枝だ。

 王族(ハイエルフ)が住まう屋敷に生えていた事も相まって、エルフ垂涎の品となっているそれを指揮棒(タクト)のように振れば、リリアの身体に宿る精霊の欠片達が喜び勇んで彼女の望みを叶えだす。

 広間の真上に現れた巨大な水球から恵みの雨として農地全体に水が染み渡り、農地の縁を囲うように地面が盛り上がって、簡単な(あぜ)が姿を表した。

 

「よし。モーさん、出撃!」

「承知した」

 

 巨大な水球がその全てを農地に注ぎこみ、姿を消した後に出来たのは、畔の中に貯まった泥状のトロ土だ。

 ちょっとした沼地のようにも見えるそこへ、ザブザブと掻き分けるように踏み入ったのは、岩肌のように屈強な肩へちょこんと腰掛けたリリアと、さも当然のように(くわ)を持った規格外の牛人(アステリオス)だった。

 自分達の制止も聞かず、更なる強さを求めて深層へと単身武者修行に向かったはずのアステリオスが下層の未開拓領域──異端児たちの里へと戻っている事に目を瞑ったとしても、その特級戦力が何の不満も見せずに農作業に従事している姿を見たフェルズは、再び背後に宇宙を背負うこととなる。

 

「ごーごー!」

「落ちないように気を付けろ」

 

 紅蓮に輝く牛人(ミノタウロス)の角をハンドルのように握り、笑顔で前進を指示するリリアは恐らく、いや確実に自分がどんな化け物の肩に乗っているのか理解していない。

 しかし、アステリオスはそんなリリアの態度を疎むことはなく、むしろ自ら友情の証(ハンカチーフ)が揺れる角を差し出して彼女の指示通り鍬を振るうのだった。

 その巨体に見合った特注サイズの鍬でトロ土を畦に押し付けたアステリオスは、その外見からは想像出来ないほどに繊細な力加減でトロ土を塗りたくっていき、その後を追いかける様に、残りの異端児達がせっせと畦の形を整えて綺麗にしていく。

 畦塗(あぜぬ)りといい、田んぼの水漏れを防ぐために精密さを要求される作業ゆえ、ゆっくりと進行していくその作業が終わると、後にはピカピカと光沢を放つ完璧な防水処理を施された畦が出来上がっていた。

 

火精霊(サラマンダー)土精霊(ノーム)にもうひと頑張りしてもらって……よし、これで完成!」

「お疲れ様でした、リリア様」

 

 畦塗りも終わり、農地──田んぼから出たアステリオスの肩から降りたリリアが、最後にもう一押しとばかりに権能を振るう。

 そして仕上げも終わり、満足げに両手を腰に当てたリリアの目の前には、ニニギから教わった通りに完成した入水前の田んぼが広がっていた。

 作業開始から、時間にして2時間ほど。

 異端児と精霊の力をふんだんに使った、人の身では不可能な速度の田作りであった。

 

「後は入水と代掻きだけど、みんな疲れてるだろうし田植えも含めて明日からやろう」

「──さあ。何があったのか、()()()、説明してもらおうか、リリア?」

「あ、フェルズさん!」

 

 リフィーリアから顔に付いた泥を拭って貰いながら、明日以降の予定を笑顔で呟くリリアに、フェルズは色々な感情を抑え込んだ声で問いかける。

 彼女たちの周囲では初めての農作業を終えた異端児達が朗らかな雰囲気で互いを労っており、その光景は彼らがモンスターである事以外、ただ農作業に励む人間の共同体(コミュニティー)と同じだった。

 自分たちの力ではどう足掻いても見ることの出来なかった異端児の姿を目にして胸に込み上げるものを感じたフェルズだったが、それはそれ。

 フェルズは努めて冷静さを保ちながら、リリアに事情聴取を行う。

 

「君達にはあまり大っぴらに動かないでくれと言い含めていた筈だ。特に最初の掛け声。あれのせいで里の所在が冒険者たちにバレたらどうするつもりだ?」

風精霊(シルフ)に壁際の空気を固定してもらってるから大丈夫。防音完備だから毎日宴会しても無問題(もーまんたい)

「……そういう問題ではない!」

「あだっ」

「リリア様に何をするのですか!?」

 

 しかし、腹の立つ笑顔と共にぐっと親指を立ててみせたリリアの小憎らしさに耐えきれず、フェルズは彼女の額に割と本気の指弾(デコピン)を打ち込んだ。

 魔力と精霊、アダマンタイトの無駄使い。

 後衛職とはいえレベル4の能力値(ステイタス)で放たれたデコピンは、自重を知らない米狂いの額を強かに打ち据えて悶絶させるのだった。

 続いて詰め寄ってきたリフィーリアも同じようにデコピンで沈め、悶絶するバカ主従を尻目にどう収拾をつけるべきか頭を悩ませるフェルズへと声をかけたのは、緋色に染まる身体の所々を泥で汚したリド。

 彼はいつになく楽しそうな様子で、長い舌をひっきりなしに出し入れしながらゲラゲラと笑っていた。

 

「そう責めてやるなよフェルズ! リリアだってちゃんとバレない様に考えてやった訳だし──何より2人が来てから毎日退屈しねえんだわ!」

「だからそういう問題ではないと言っているだろう。……いいか、もしリリアの隠蔽工作に綻びがあって、それに気付いた他の冒険者が今の光景を目の当たりにしたとする。そしたらどうなるか、君なら理解出来るだろう?」

「はい! 一緒に稲作をしたくなる!」

「まだお仕置きが必要なようだな?」

 

 懲りた様子を見せないリリアの頬を思いきり抓ってやりたい衝動に駆られたフェルズだが、それは流石に大人気ないと自重する。

 両手でおでこを押さえてそそくさと退散するリリアの姿で溜飲を下げる事にしたフェルズは、異端児の中でも随一の反人間派であり、副リーダーとして皆のストッパー役を担っていたはずのグロスへと非難の声をあげた。

 

「──グロス! 君が手綱を握らなければこうなる事は分かっていただろう!?」

「ソウヤッテ俺ニ責任ヲ被セルノハ止メテ貰オウ。……ナラバ逆ニ問ウガ、オ前ハ興ガ乗ッタコイツラヲ止メル事ガ出来ルノカ……!?」

「ぐっ……し、しかしだな……!?」

 

 フェルズの非難、もとい八つ当たりに目を見開いて反論するグロス。

 その反論に対してぐうの音も出ないフェルズの耳に、更に追い打ちをかけるように米狂い(リリア)達の会話が流れ込んできた。

 

「キュ、キュウ!」

「ん、アルル。ご飯炊けたの?」

「キュー!」

「火加減は覚えましタ。後はご飯が美味しく炊けていればいいのですガ……」

「だいじょぶ。結局は心がこもってるかどうかだから」

「ハァッ!?」

 

 ぐりん、と首を痛めそうな勢いで振り向いたフェルズの視線の先には、不安そうな表情で釜の様子を見やる歌人鳥(レイ)一角兎(アルル)の姿が。

 気付けば辺りには米の炊けた良い匂いが広がっており、リリアは米炊きの先達としてレイ達に料理をする上で大切な心構えなどを説いていた。

 

「リリア!? 彼らに一体何を教えている!?」

「お米の炊き方!」

「レイッ!?」

「わ、私の()デ、皆を笑顔に出来ル美味しいご飯が作れると思っテ、つイ……」

「ぐぅっ、絶妙に責め立てにくい理由をッ……!」

 

 もはや元賢者としての体裁など彼方へと吹き飛び、自分の手に負えない事態へ陥っているという事実を噛みしめることしか出来ないフェルズ。

 そんな協力者の哀愁溢れる姿を見て、グロスは半ば諦め混じりの達観した表情で頷いていた。

 出会った当初──数日前こそ、リリアとリフィーリアに対して悪感情を隠そうともしなかった彼も、今では斜め上にカッ飛んだ行動をするリリアとそれに同調する同胞(ゼノス)たちに胃を痛める苦労人へとジョブチェンジしている。

 

「気持チハ分カル。痛イホド分カル」

「グロス……! 私の理解者は君だけだ……!」

「アッ、ソレハ結構デス」

 

 自分の人生を完全否定したに等しいかつての主神を殺すため、錯乱した精神状態で理論を組み上げた神伐兵器。

 そんな元賢者(フェルズ)の黒歴史が自分の知らないところで完成されていた上に、こんな形で自分に牙を剥くなど誰が分かるだろうか。いや、神でさえ見抜けるはずがない。

 

 ──異端児と上手く馴染めないかも知れない? 

 リフィーリアを見てみろ、常人寄りの感性を持つはずの彼女でさえ、下手をすればフェルズよりも異端児たちに馴染んでいる。

 

 ──異形の姿をした異端児(ゼノス)への拒絶反応? 

 リリアを見てみろ、人から大きく外れた異形の姿などあの米狂いの前では些事でしかない。

 今だって、下半身は自分の身の丈よりも大きな蜘蛛、上半身は血の通わぬ女の死体を継ぎ接ぎしたような異形の異端児へとおにぎりを持っていき──。

 

「はいラーニェ。おにぎり」

「ああ……ありがとう、リリア」

「いや誰だお前」

 

 思わず普段の口調まで放り出したフェルズがツッコんだのは、反人間派の異端児の中でもグロスと同じかそれ以上に人への悪感情を抱いていたはずの人蜘蛛(ラーニェ)

 同胞たちと同じ『憧憬』こそ持つものの、人間に対する姿勢は過激なものだった彼女は今、恋する乙女のように頬を赤らめながら、気恥ずかしげにリリアからおにぎりを受け取っていた。

 周囲を見渡せば、他にも反人間派だったはずの異端児たちが揃って楽しそうにおにぎりを頬張り、同胞やリリアたちと談笑している。

 

「うん、しっかり美味しいおにぎりだよ!」

「うまく炊けテ安心しましタ……ふふっ、美味しイ」

「やっぱり米は美味えなあ! だろ、グロス?」

「……マア、他ノ食物ニ比ベテ多少味ガ良イノハ認メルガ」

「素直じゃねえなぁ」

「煩イ!」

 

 和気藹々と自分達で炊いた米で作ったおにぎりを頬張る異端児とリリアたち。

 アステリオスや獣蛮族(フォー)といった大型の異端児には体格に合わせた特大サイズのおにぎりが配られ、口数の少ない彼らは感想こそ述べないものの、満足そうな表情で黙々と食べ進めていた。

 

 

 

 春の終わり。

 大陸の季節は暑い夏へ向けて準備を進めており、オラリオの気温も徐々に高まっている最中。

 地上への進出を渇望し、遥か頭上の空を仰ぐ事を夢見ていた彼らは、リリアによって僅か数日で立派な稲作集団へと進化を遂げるのだった。

 米狂い(リリア)が胸に宿す大きな野望、『ダンジョン田んぼ化計画』の第一歩である。

 

 

 

 

 

 

 さて、ところ変わって【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホーム)

 桜や梅の花が咲き誇る季節が終わりを迎え、夏らしい暑さが足音を響かせる中で、リリア達を送り出した彼らはどうしているかと言うと──。

 

 ジメッとしていた。

 

 より具体的に言うと、生まれて初めて出来た友達としばらく会えない事を理解した千穂が、まるで梅雨のようにジメッとした雰囲気を纏い、部屋の隅でいじけていた。

 

「おい穂高、なんとかしろよ。このままだと千穂のやつ、頭からキノコを生やしかねないぞ」

「なんで俺が……千恵、ここは姉の領分だろ」

「あんな千穂ちゃん初めて見るし、私だってどうしたらいいか分からないよ〜!? ここは主神としてニニギ様! お願いします!」

 

 初めて見る千穂の年相応な姿に戸惑う伊奈帆たちは、どう対応したものか勝手が分からず、主神であるニニギへと助けを求めたのだが。

 

「天界では全知全能の私とて、下界では他の神々と同じく全知無能。出来ないことは少なからず存在するものだ」

「……いや、仮にも妻子持ちだろアンタ。三つ子の父親なのに子供ひとりあやせないのかよ」

「ワ……ァ……!」

「伊奈帆言い過ぎ。ニニギ様泣いちゃったじゃん」

「めんどくさっ」

 

 子供に関して小器用に物事をこなせるのであれば、例のサクヤヒメとの一件など起きない訳で。

 自信満々に情けない発言をするニニギへ伊奈帆からの容赦無い罵倒が突き刺さった。

 その言葉のナイフが心の弁慶の泣き所を貫いたのか、神としての恥も外聞もなく泣き始めたニニギだったが、面倒くさそうに彼を見る眷属(こども)たちの背後から放たれたトドメによって、とうとう言葉も無く床に沈むこととなる。

 

「これは私からのアドバイスだけれど、特に子供についてソレに頼るのはやめなさい、あなた達。国譲りにしたってタケミカヅチ達のお膳立てあっての事だもの、子供の機嫌なんて取れるわけが無いわ」

「──」

「ああっ、ニニギ様が死んだ!」

 

 最近居候となったサクヤヒメも加わって姦しさの増したやり取りを聞きながら、先程やけに疲れた様子のフェルズから渡されたリリアの手紙を握りしめる千穂は、最初の一文を親の仇でも見るように睨みながらボソリと呟いた。

 

「……私が一番の友達だもん」

 

 ──たくさん新しい米仲間ができました。

 ここで友達ではなく「米仲間」という言葉を使うあたりがいかにもリリアらしい一文だが、千穂はそれを読んで、誰とも知らない馬の骨に初めて出来た友達を盗られてしまったような気持ちになったのだ。

 なんともいじらしい嫉妬からの言葉は、しかしダンジョンでせっせと田んぼを作るリリアには届かない。

 

 生まれて初めての嫉妬を覚えた千穂は、それからしばらくの間ジメッとした生き物として拗ね続けるのであった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。