TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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 ここ数日はお米を食べる暇がなかったので難産でした。




冬はやっぱりお鍋の季節

 

 

 

 パチパチと薪が弾ける音がする。

 仄暗い薄闇を押し返すように優しく照らし出す炎の周囲には、嗅ぐだけで眠っていた腹の虫が目を覚まし、主へ空腹を訴え始めるほどの暴力的な旨味の香りが漂っていた。

 香りの元凶は、大きな平鍋の中でぐつぐつと音を立てながら煮込まれている具材たちだ。

 ネギや白菜、椎茸などの野菜と霜降り肉がたっぷりと入った鍋を真剣な表情で見つめるリリアは、ちょうど背後を通りかかっていた蜥蜴人(リザードマン)のリドに向けて手を伸ばした。

 

「リド、そこのお酒とって」

「おいおいリリア、子供に酒はまだ早いぜ?」

「リフィー。リドはお腹減ってないってさ」

「ごめんなさい」

 

 からかった代償として昼食を人質に取られたリドは即座に平謝りしながら、リリアでは手の届かない場所に置いてあった料理酒を素直に手渡してどうにか昼飯抜きの刑を免れる。

 くるしゅうない、と()()()顔で頷いてみせたリリアが鍋に料理酒を回し入れる横で大袈裟な身振りと共に冷や汗を拭ってみせるリドを、リリアと一緒に料理をしていたリフィーリアと歌人鳥(セイレーン)のレイがくすくすと笑っていた。

 

 人と怪物(モンスター)──本来であれば相容れない存在であるはずの両者が共に並び立ち、あまつさえ笑顔を交わしながら料理をするここは、迷宮(ダンジョン)第20階層に存在する『未開拓領域』のひとつ。

 

 理知を持つが故に人間との共生を望みつつ、しかし人と怪物の長過ぎる闘争の歴史にその願いを否定され続けていた異端児(ゼノス)たちは今、母なるダンジョンの中で料理と開墾に精を出す立派な農業集団へと成長していた。

 ダンジョンの未開拓領域を間借りする形で点々と存在する異端児の里は、農業に目覚めた彼らの手によって既にその半数ほどが里内に田んぼを併設する形へと変貌しており、特に首謀者(リリア)がいる第20階層は食文化すら着々と変化しつつあるのだ。

 人型ではないはずの一角兎(アルミラージ)ですら前足()を合わせて食前の挨拶をする光景を目の当たりにしたフェルズは、自分の中の常識が粉砕される音を聞き、久方ぶりの目眩を覚えたという。

 

「もう私より仲が良くなっていないか?」

 

 招き入れた側──それも言い出しっぺであるはずのフェルズがそんな危機感を覚えるほど異端児(ゼノス)たちに受け入れられた米狂い(リリア)は、しかし周囲の思惑などいざ知らず、秘めた野望である『ダンジョン田んぼ化計画』の実現に向けて今日も奮闘するのであった。

 

「うん、いい感じ」

「不思議な香りですネ。癖になリそうでス」

「甘いようなツンとするような、嗅いだことのない複雑な匂いだな。……ま、オレっちは美味ければ何でもいいけど」

 

 加熱することで酒精を飛ばし、料理酒を使った際の独特の香りを振りまき始めた鍋の様子を確認したリリアは、満足そうに相好を崩す。

 火を使って肉や魚を焼く事こそあれど、わざわざ鍋で煮込むなどの「料理」をした経験が無いリド達は、出会ってから毎日作られる料理の数々に興味津々だ。

 その証拠に、鍋の中を覗き込むリドの舌は、チロチロと出し入れするスピードがいつもより早くなっていた。

 

「レイ、隣の火をもうちょっと強くしてもらってもいい? リドはサボってないで代掻きを手伝ってきて」

「分かりましタ」

「……オレっち、リーダーのはずなんだけどなぁ……」

 

 一番の新入りに顎で使われ、哀愁漂う背中で代掻きが行われている新しい田んぼへと向かう異端児のリーダー。

 とはいえ、リリア達との気の置けないやり取りに嬉しさを感じているのも、紛れの無い事実であった。

 

「リリア様、そちらの仕上げは私とレイにお任せください。既に食材の下処理は終えているので、新しい鍋を用意くださればと」

「分かった。よろしくね、リフィー」

 

 パタパタと小走りで調理台の方へと向かう主の背中を、慈愛の微笑みと共に見守るリフィーリア。

 ここ数日、日本食普及のためにリリアが小さな体で動きまわり、大勢いる異端児たちの昼食を用意する様はさながら幼妻のようだ──とは彼女の談。

 いじらしい主の働きを観察しながら鍋の世話を完璧にこなすという無駄に器用なスキルを披露するリフィーリアの隣で、翼を使い燃える薪へと風を送り込んだレイは、勢いを増した炎をじっと見つめていた。

 誰かを抱きしめることも出来ない自分の翼が、料理に役立つなど思いもしなかった彼女にとって、自分が育てた火というのはそれだけで特別な意味を持つものなのだ。

 

 ──そして、それは他の異端児たちにとっても同じ。

 

 人との共生を望む彼らだが、度重なる失敗や人間からの裏切りの経験によって、心の奥底では「諦観」という名の毒が澱のように降り積もっていた。

 人と異なる見た目、人よりも強い力は、後天的な努力では決して埋まらない。

 冒険者が落とした装備を身に纏い、武器の扱いを学んでみたところで、所詮は()()()()()()にしか過ぎない事を皆理解していたのだ。

 異形であるが故に人に成れず、理知を持つが故に怪物に堕ちる事すら出来ない、文字通りの()()()

 そんな異端児(ゼノス)に齎された「農業」という生産的文化が、どれだけ彼らの心を救ったのか。

 その答えは、リリアたちが反人間派だった異端児にすら受け入れられている現状を見れば分かるだろう。

 

 

 

「すっきすき、すき焼き〜。お好み焼きとは違う〜」

 

 さて、そんな異端児たちの心情など知る由もないリリアは、リフィーリアの指示に従って追加の鍋を仕上げるために厨房の調理台へとやって来た。

 なんとも気の抜ける歌を口ずさみながら薄切りの牛肉が並べられた板を手に取った彼女は、リフィーリアとレイが仕上げを行っている鍋の隣、牛脂が塗られた鉄板の上に薄切り肉たちを置いていく。

 網目状にサシの入った上質な肉は、うっすらと煙の漂う熱した鉄板の上に乗せられた瞬間、雨が降る時のような音と共に脂の焼ける香ばしい匂いを広間(ルーム)一帯に撒き散らす。

 その匂いだけでも丼1杯食べられそうなほどの牛肉の質は、酪農も営む【デメテル・ファミリア】が取り扱うものの中でも最高級の等級(ランク)

 その日の夕食代すら怪しい零細派閥(ファミリア)では肉の1枚にも手が届かないほどの大金が、リリアたちの作る鍋に注ぎ込まれていた。

 ちなみに、資金の出処はフェルズのポケットマネー。

 口が裂けても【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホーム)より居住性が良いとは言えない異端児の里にリリアが滞在するにあたって、せめて食べるものくらいは最高のものをと考えたリフィーリアが、フェルズを強請(ゆす)ったのである。

 リリア至上主義者(リフィーリア)によって一気に寒くなった懐に震えながら、フェルズは今日もウラノスの使い走りとしてオラリオ中を東奔西走しているのであった。

 

「レイ、ここの鍋は弱火にしてね」

「分かりましタ。横の鉄板ハどうしますカ?」

「まだ使うよ。それじゃあお鍋の世話はリフィーに任せて、お米の方をお願いしようかな」

「お任せヲ。レット、手伝って下さイ」

 

 もちろん、自分たちが使っている最高等級の牛肉の悲しい秘話など知る訳が無いリリアは、出資者であるフェルズが見れば思わず一言申したくなるような躊躇いの無さで肉を焼いていき、鍋に入れる。

 レイと小鬼(ゴブリン)のレットが米を炊き始めるのを横目で見守りながら、背後の広間へと振り返ったリリアはその半分ほどを占めるようになった田んぼの中で代掻きを行う異端児の1人に声をかけた。

 

「モーさん、そろそろ代掻き終わりそうかなー?」

「ああ。そろそろ終わらせる」

「流石はモーさん。馬力が違うねぇ」

 

 食欲を大いに刺激する香りにあてられて他の異端児たちが空きっ腹を抱える中、リリアの質問に答えたのは、土精霊(ノーム)の欠片によって作られた特大サイズの馬鍬を牽く大柄な牛人(ミノタウロス)だった。

 リリアからは「モーさん」というド直球なあだ名で呼ばれる彼の名はアステリオス。

 他の異端児とは異なる『憧憬』を抱いて生まれた生粋の戦闘中毒者(バトルジャンキー)である。

 日頃からダンジョンの深層にて武者修行に勤しむ彼の肉体は、鍛え上げられた鋼よりも硬い筋肉に覆われており、その腕はリリアが抱き着いても両腕が回せないほどに太く力強い。

 オラリオの上級冒険者にも匹敵するほどの特記戦力であるアステリオスは、友人であるリリアの要請を受けて田んぼの代掻きの主力として汗を流していた。

 

「正しくは『馬力』じゃなくて『牛力』じゃねえか?」

「リドは口より手を動かして。モーさん以外の子にも負けてるよ」

「普通の鍬1本で代掻きしてるオレっちが馬鍬使う奴らに勝てる訳ねえだろ!?」

 

 リリアとの口喧嘩を楽しみながら緋赤の鱗を泥で汚してせっせと代掻きに勤しむリドの他にも、一角獣(ユニコーン)水馬(ケルピー)など四足歩行の異端児たちが馬鍬を用いて代掻きを行っているが、アステリオスは他の追随を許さない圧倒的なスピードで仕事をこなしていく。

 あっという間に整地されていく田んぼの様子を眺めて満足げな笑みを浮かべたリリアへと、かまどの火の調整を終えたレイは小首を傾げながら問いかけた。

 

「そういえバ聞き忘れていタのですけれド……私たちは何の料理ヲ作っているのですカ、リリア?」

「すき焼きだよ」

「スキヤキ……」

 

 肉が加わりグツグツと煮え立つ鍋にダンジョンで採れた葉物野菜や食用のキノコなどを入れていくリリアは、端的に料理の名前を答えると煮込みながらすき焼きに関する豆知識を披露する。

 

「すき焼きの()()は、農作業で使う『鍬』のこと。元々は本当に鍬を使って調理していたらしいんだけど、今はこうしてお鍋で食べるんだって」

「なるほド……! 勉強になりまス」

「そしてお鍋はご飯に合う。むふふ、最高の相棒」

「キュー!」

「アルル、ありがとう」

 

 豚しゃぶ、すき焼き、水炊きに湯豆腐。

 数々の鍋料理に思いを馳せてほくそ笑むリリアは、足下で一角兎(アルミラージ)のアルルが差し出していた果実をお礼と共に受け取った。

 赤い皮が特徴的なその果実は肉果実(ミルーツ)と呼ばれており、地上では高値で取引される高級食材(レアアイテム)のひとつだ。

 現在リリアが滞在している第20層近辺──通称「大樹の迷宮」で採れる果実で、上質な肉を思わせるジューシーな果肉と果汁が人気を博している。

 拠点(ホーム)で厨房役を担っていたお陰か、リリアが器用にナイフを操ってミルーツの皮を剥くと、中から顔を出した黄色の果肉から透明な果汁が滴り、鉄板に落ちてはパチパチと音を立てた。

 

「ちょっと食べる?」

「ムキュキュー!」

「ふふ、つまみ食いだね」

 

 薄切りにしたミルーツの欠片を物欲しそうな瞳で見つめていたアルルにお裾分けしながら、手早く鉄板の上に並べていくリリア。

 ミルーツは「肉」果実というだけあって、美味しい食べ方がほとんど肉と一緒だ。

 唯一の違いといえば、生で食べても食中(しょくあた)りを起こす心配が無いくらいか。

 

「肉のかたちと味は上から下まで、俺の一部なんだ……。肉の内側から俺の想いが溢れ出し、塩を振る時、肉の上に落ちていくのさ……」

「キュキュ?」

「……まあ伝わらないよね」

 

 肉に対して一家言あるのか、そう得意げな表情でのたまったリリアは削った岩塩をひとつまみすると、肘に当てて拡散させながらパラパラとミルーツの上にまぶす。

 この場に神がいれば大興奮間違いなし、100点満点の完璧な塩振りだったが、生憎と見物客はアルルだけ。

 渾身のネタがスベってしまったリリアは、切なげな表情で少し肩を落とすのだった。

 

 

 

 そんな他愛もないやり取りを挟みつつ、料理と代掻きは無事に終了。泥で汚れた身体を洗った異端児(ゼノス)たちは集まって昼食を食べていた。

 彼らの前に並べられているのは、食器代わりの大きな葉に乗せられた肉果実(ミルーツ)の塩焼きと、複数の鍋で用意されたすき焼き、そしてメインディッシュのお米だ。

 

「フム、今日モ美味ソウダ」

「それじゃあいただくか!」

「いただきまーす!」

「いただきまス」

 

 リーダーであるリドの号令を皮切りに、その場にいる全員で食前の挨拶を交わして食事が始まる。

 立派な鍋奉行と化したレットがそれぞれの器にすき焼きをよそっていき、箸を持てる身体の者は箸を、そうでない者は前脚や顔を直接器につけて食べていく。

 

「おお、美味ぇ! 酒を入れたとは思えない複雑な味になったなぁ! でも美味ぇ!」

「……コレハ……」

 

 呵々大笑し、用意された酒と一緒にガツガツとすき焼きを腹に収めていくリド。

 蜥蜴人である彼が持ち前の器用さを遺憾なく発揮し、人間のように箸を使って食事をする姿は、いささか珍妙な光景だ。

 その隣では同じく箸を操るグロスが言葉少なにすき焼きを食べ進めていて、肉を主体に食べているリドとは異なり、肉と野菜をバランス良く織り交ぜて食べる様子から彼の性格が滲み出ている。

 異端児の中でも強面ということもあり、黙々とすき焼きを食べる姿は不満がある様に見えてしまうが、よく見れば箸の進むスピードは早く、彼もすき焼きを気に入っていることが容易に伺えた。

 

「肉に鍋の汁ガ染みテ、とても美味しいでス。野菜モ素材自体の甘さに加えテ汁の甘味と旨味が加わっテ……」

「リフィー、味はどう?」

「とても美味しゅうございますよ、リリア様」

 

 すっかり料理の楽しさに目覚めたらしいレイはこと細かに味を評しながら笑顔ですき焼きを食べ進めており、柔らかく目を細めながら噛み締める様子は、彼女の容姿が優れている事も相まって絵画のように様になっている。

 彼らの他にも一角兎(アルル)小鬼(レット)など多種多様な異端児たちが同じ料理に舌鼓を打つ中、リリアはリフィーリアをはじめ周囲の者たちに料理の味を聞いて回っていた。

 

「モーさん、どう? 美味しい?」

「……ああ、美味い。米と合うな」

「その通り。やはりモーさん、話の分かる(おとこ)

 

 異口同音に美味しいと言われ、厨房を預かった者としてご満悦なリリアがアステリオスの下へ行くと、彼はその巨体と比べるとひどく小さく見える丼を片手に黙々とすき焼きを食べているところだった。

 よほどすき焼きとの食べ合わせが気に入ったのか、昔話もかくやといった勢いで見事な食べっぷりを見せるアステリオス。

 彼から贈られた「米と合う」という感想は、あらゆる言葉を尽くして美味しさを語るよりも雄弁なすき焼きへの最大級の賛辞だろう。

 米の魅力を理解し始めているアステリオスにしたり顔で頷いたリリアは、一通り感想をもらって満足したのか自分の席に戻り、ご飯を食べ始めた。

 

「ん〜、おいひい」

 

 まずリリアが箸を伸ばしたのは肉果実(ミルーツ)の塩焼きだ。

 ステーキほどの厚みでカットされた黄色の果肉を噛み締めれば、鶏肉のような歯ごたえのある食感と共に塩気の効いた果汁が溢れ出す。

 肉汁の脂とは違い口の中はさっぱりした状態だが、舌が感じ取っているのは明らかな肉の旨味。相反する感覚を同時に受けた舌が、狐につまされたように困惑するのを感じる。

 とはいえ、そのままでは味が淡白になりがちな所を、振りかけた塩が程よく引き締めてメリハリのある味に仕上げていた。

 少し気取った言い方をするなら、ヘルシーでありながらジューシー。

 鶏、牛、豚といった有名な肉の良い所だけをかけ合わせたようなミルーツの味わいに高級食材である所以を垣間見たリリアは、その後味が消えぬようすぐに米を口の中に放り込んだ。

 白米のお供として漬け物が愛されているように、どんなに癖の強い味のおかずであっても米は無限の包容力でそれら全てと調和してみせる。

 時に漬け物やおかずとの関係に対して米単体での魅力が無いからだと言う口さがない者もいるが──そのような戯言は米の魅力を理解出来ていない事の証拠だ。

 おかずだけ、漬け物だけで食べ進める食事ほど侘しいものはないだろう。

 隣人として米が側にいるからこそ、おかずや漬け物のパンチのある味が生き、互いが互いを引き立て合うことで米だけ、おかずだけを食べるよりも豊かな食の快楽を得ることが出来る。

 

「……甘い系でも酸っぱい系でもないし、種を持ち帰ってウィーシェの森でミルーツを栽培するのも良いかも」

「なるほど。里に帰還した際は挑戦してみる価値はありそうですね」

 

 ミルーツの果汁に凝縮された旨味と塩気を吸って、これまで食べた事のない新しい味わいへと昇華された米を噛み締めたリリアは、まだ見ぬ米の可能性に打ち震え、己が打ち立てた『ダンジョン田んぼ化計画』は間違いではなかったと確信を強めた。

 ミルーツの塩焼きを見つめながら、リフィーリアと共に取らぬ狸の皮算用を進めるリリア。

 口の中に広がる後味をスパイスに2口目の米を頬張った彼女が次に食べるのは、異端児(ゼノス)たちが誰よりも先に食べ尽くさんと激闘を繰り広げているすき焼きだ。

 

「リリア様、こちらをどうぞ。肉は脂身の少ない部分を取り分けておきました」

「わ、ありがとうリフィー」

 

 エルフの体質か、前世と比べて胸焼けしやすくなってしまったリリアは、侍女の気遣いに感謝しながら溶き卵に浸かった牛肉を食べる。

 よく火の通った薄切り肉を口の中に放り込めば、まず料理酒の効いた甘ったるい風味が鼻腔をくすぐり、続いて溶き卵でコーティングされた肉がつるりと舌の上を滑る。

 牛肉を噛む度に溢れ出す割り下の味は全体的に甘味が強めに調整されていて、しかし料理酒や醤油によってただ甘いだけではない奥深い味に仕上がっていた。

 脂身が少ない箇所とはいえ、すき焼きに使ったのはミルーツではない本物の牛肉。

 割り下の味が濃い目なこともあり、少しこってりとした口内をリセットしようと、リリアは一緒に取り分けられていた白菜にも箸を伸ばす。

 煮込まれたせいで葉の部分がくたっとした白菜を、少し割り下が混ざり始めた溶き卵に漬けて頬張れば、牛肉の時とはまた違う風味と食感を楽しめるのだ。

 火が通っていても歯ごたえある白菜の芯をもぐもぐと咀嚼しながら、焼き豆腐やエノキタケ、しらたきといった他の具材たちも一通り味わったリリアは、ニヤリと策士めいた笑みを浮かべる。

 

「むふふ、ここでお米を一口……」

 

 それは、ミルーツの後に食べる米とはまた違う、もうひとつの米の顔。

 元より丼飯には割り下が付きものということもあって、すき焼きと米の相性は抜群だ。

 もはや味の素晴らしさを語るまでもなく、すき焼きと米、ミルーツの塩焼きと米の組み合わせ(コラボレーション)を交互に頬張り噛み締めれば、リリアの満腹中枢を存分に刺激する幸せの味が口いっぱいに広がるのだった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくの間、リリア達は急かされるようにすき焼き定食を食べ続け、止まることなく箸を動かし続けた結果、10分ほどで全ての鍋が空になってしまった。

 

「ふぅ……おいしい……」

「もう、リリア様。食べてからすぐに寝ると牛になっちゃいますよ?」

「モーさんみたいなカッコいいミノタウロスになるから問題なし!」

「なにもよくありませんよ!?」

 

 至福のひととき、とはこの事を指すのだろう。

 すき焼きとミルーツの塩焼きをお供に大盛りご飯を平らげたリリアは、少しぽっこりしたように見えるお腹をさすりながら満面の笑みで余韻に浸っていた。

 ここがダンジョンの中だとは思えないほど無防備に脱力した四肢と、赤子のように無垢で蕩けるような笑顔。

 全身全霊で「食の幸せ」を体現するリリアに、周囲でその様子を見守っていたリドたちも釣られて笑顔を浮かべてしまう。

 

「本当に美味しそうに食べるよなぁ、リリア」

「だって、ごはんが本当に美味しいから!」

「ふふ、ご飯を食べていル時のリリアはとても魅力的で可愛らしいでスよ」

「……フーム。肉ト米、コレハ中々……」

 

 日々を彩る美味しい食事に、自然と明るい雰囲気になる異端児たち。

 

「ブフン、ブルルン……」

「……キュキュ〜」

「ヒーン!? ブルヒヒン!!」

 

 プライドの高い一角獣が口の端に米粒をつけたまま、夢中でご飯を食べていた事実を隠そうと格好つけ、食事中の様子を見ていたアルルに茶化されて彼女を追いかけ回す。

 それを見た半人半鳥(フィア)人蜘蛛(ラーニェ)が笑い、酒を飲んでテンションの上がっているリドは面白がって囃したて。

 食べ終わった皿を見つめ、すき焼きと米の食べ合わせについて何かを呟き続けているグロスの背後では、金属獣(メタルガゼル)銀毛猿(シルバーバック)が言葉こそないものの、身振り手振りで互いの好物を教え合っていた。

 

 人と怪物(モンスター)──この場には異種族しかいないものの、流れているのは他のどの共同体(コミュニティ)よりも暖かく、そして賑やかな時間。

 

 仲の良い者同士で食卓を囲むという、地上では当たり前の──異端児にとっては夢のような「当たり前」がいつまでも続く事を願う。

 そんな彼らの下に、新しい同胞と3人目の希望がやって来るまで、あと少しであった。

 

 

 

 

 







 米に堕ちろ、ベル・クラネル。


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