再投稿だが色々と書き直していないとは言っていない
温かいおかえりに感謝の再投稿です
「──ではレオナルド様、イザレア様。行って参ります」
「いってきます!」
リリアがオラリオ行きを所望してから数日後のこと。
ウィーシェの森に住む
旅装として侍女のお仕着せの上から外套を羽織り、各所に革で出来た軽鎧を装着したリフィーリアが「主を守る」という決意に満ちた真剣な表情で集まった皆に出発の挨拶をする中、同じように外套を羽織ったリリアの表情はいつも通りである。
常日頃と変わらない茫洋とした瞳のまま、リリアと同じく
「リリア、くれぐれも身体には気を付けてね。外で怖いことがあったらいつでも戻ってくるのよ?」
「はい!」
「大変な役目とは思うけど、リリアの事を頼んだよ、リフィーリア。暗黒期を抜け出したとはいえ、オラリオの治安は良いとは言い難い。いざとなったら私の名前を出してリヴェリアを頼りなさい、力になってくれるはずだ」
「かしこまりました。この命に変えてもリリア様をお守りします」
一度は納得した事だが、やはり娘が旅立つのが寂しいのだろう。涙ながらにリリアの事を抱き締めて色々と言い含めているイザレアを横目に、レオナルドとリフィーリアは最後の打ち合わせとして、リリア達がオラリオに着いた後の予定を軽く話し合う。
その後ろでは、屋敷の前に集まったエルフ達が皆一様に心配そうな表情で、リリアの事をじっと見つめていた。
それから少しして、旅立つ前のやり取りを終えたリリア達にとうとう出発の時がやってくる。
リフィーリアの手を借りたリリアが跨るのは、この森で一番の名馬。半日で千里を走破するという駿馬であり、今回の旅における「足」として選ばれた馬だ。
「いってきまーす!」
「……ハッ!」
軽やかな身の熟しでリリアの後ろへと座ったリフィーリアが手綱を引き、合図を受けた馬がゆっくりと走り出す。
ポコポコと特徴的な馬の足音と共に手を振るリリアの姿は、緊張感の欠片もない声色と合わさって、まるでお使いに行く子供のようだ。
その姿を見て寂しさがぶり返したのか、しくしくと泣き始めたイザレアを抱き締めながらレオナルドは噛み締めるように呟いた。
「……『同胞よ。森を飛び出せ、世界に目を向けろ。絆を繋げ、妖精の輪を広げろ。エルフよ、どうか真の誇りの意味を知れ』か……」
それは、ウィーシェの森に古くから伝わる言葉。
この里を築いた始祖が遺したとされる一節は、最終的にレオナルド達がリリアの旅立ちを認める要因の一つとなっていた。
もちろん、彼らが旅立ちを認めたのには、それ以外にも様々な理由が存在するのだが……その諸々がリリアに関わってくるのは、まだ先の話。
「リリア様、見えてきましたよ。あの白亜の塔──バベルを中心とした都市が、目的地の迷宮都市オラリオです」
「おお〜。凄い、ウィーシェの森より大きい」
さて、そんなこんなでオラリオへ旅立つ事になったリリア達の道中はと言うと──意外にも、旅の初心者であるリリアがいながら目立ったトラブルは無く、むしろ想定よりも遥かに順調な旅路となってオラリオへ到着する事が出来ていた。
ウィーシェの森からいくつかの宿場町を経由して、馬の背に揺られること数日。
リフィーリアとの相乗りも板に付いてきたリリアは、都市をぐるりと囲うように築かれたオラリオの外壁と、その遥か上へと伸びる巨大な塔の威容に感嘆の声をあげた。
リフィーリアは『学区』の生徒だった頃に「特別実習」として訪れているが、ウィーシェの森から出た事の無かったリリアにとっては生まれて初めての大都市だ。
アニメや漫画でしか見たことのない中世の街が実際に目の前に広がっているという事で、この時ばかりは米狂いも鳴りを潜め、お上りさんの顔になる。
そんな無邪気な顔を見せるリリアの姿を脳内アルバムに焼き付けながら、リフィーリアはリリアの持つ「力」の大きさを改めて再認識していた。
──リリアは『精霊の愛子』である。
それは、ウィーシェの森に住むエルフであれば皆が知る事実だ。
神が下界に降臨する以前の古代において、英雄たちに加護を授けていた精霊。
その精霊の「血」を分け与えられ、ただ加護を授けられるよりも強力な繋がりを得た者、それが精霊の愛子と呼ばれる存在なのだ。
リリア以外だと、数々の国やエルフの森を焼き払った『クロッゾの魔剣』の作り手であるクロッゾ家、その初代が精霊の血を与えられたと言われている。
「ライスインパクトも、お疲れさま」
「……ンブフ」
愛子の血筋ですら、ある分野では他の追随を許さない程の力を持つのだ。リリアの身に秘められた力の強大さは言わずもがな。
必ずちょっかいをかけてくるだろうオラリオの神々から私が
それからしばらくして。
オラリオの治安維持を担う【ガネーシャ・ファミリア】の検問を無事に通り抜けたリリア達は、ライスインパクトを本日泊まる予定の宿に預け、観光がてらオラリオを8分割するメインストリートのひとつを歩いていた。
オラリオまでの旅も一段落し、旅装を脱いだリリアがその身に纏うのは、鮮やかな緑色に染め抜かれた王家の紋章付きのローブ。
「リフィー、リフィー。あの人は? すごくもふもふ」
「あれは獣人の中でも
「エルフもいるんだね」
「はい。地上に降臨した神々の大半がここに住んでいることもあって、オラリオには多くの同胞たちがいます。中でも【ロキ・ファミリア】には、私の妹やリリア様と同じ王族──リヴェリア様も在籍されていますよ」
オラリオは「世界の中心」とも呼ばれるほど人々の活動が盛んな都市であり、エルフだけではない様々な人種が老若男女関係なく歩いている光景は、リリアの興味を強く惹きつけた。
店先で威勢よく客引きをする店主たちに、真剣な目付きで品物を冷やかす冒険者。
「メイドエルフとロリエルフ発見!」
「ロリ……この匂いは、ペロ!」
「ロリエルフの一人くらい攫っても……バレへんか」
そして、常人には理解出来ない世迷言をほざく
「ねえリフィー、あれは?」
「見ちゃダメですよリリア様。御目が汚れます」
欲望に塗れた目で自分たちを見る変態からリリアの視線を外させたリフィーリアは、
次の瞬間、涎を垂らしながらリリア達へ近付こうとしていた変態共は、背後に表れたエルフたちによって瞬く間に絞め上げられ、迅速に回収されたのだった。
「──ヘイ! そこのエルフの嬢ちゃんたち! ちょっと待つニャ!」
「んむ?」
そうやって時折暗闘が起こりつつもオラリオでしか見られない光景の目新しさに感動していたリリアは、通りかかった店先で特徴的な語尾の声に呼び止められた。
大人しくそちらの方を見ると、リフィーリアのような実務的なお仕着せとはまた違う、可愛らしさが含まれたデザインの給仕服を身に纏った
どうやら彼女が二人を呼び止めたらしい。
「不敬な……!」
「リフィー、下がって」
「しかし……。いえ、出過ぎた真似をしました」
「な、なんかごめんニャ……」
彼女の呼び掛けがフランクすぎたのか、眉根を寄せたリフィーリアが前に出ようとするのをリリアが抑える。
その様子を目にした猫人の店員──アーニャ・フローメルは、もしかして面倒くさい客に声かけちゃったかニャ? と数秒前の行いを軽く後悔したが、だからといって金を持ってそうな上客候補をむざむざと返す訳にもいかない。
「えっとぉ、お腹が減ってたらミャー達の店で食べて行かないかニャ〜って思ってたんニャけど……」
「うーん……リフィー、お金はある?」
「はい。大丈夫ですよ」
「ならここで食べよう。お腹減ってきたし」
「かしこまりました」
権力握ってそうな小娘の方に媚び売るニャ、と接客の方針を素早く決めたアーニャは、もしエルフに聞かれたら路地裏で
「店員さん、ここのオススメ料理は?」
そんな訳で、少し早めの昼食を摂る事となったリリアとリフィーリア。
案内されたカウンター席に座ったリリアは、まるで嫁の家事の出来栄えを測る姑のように店内の様子を伺うリフィーリアもなんとか隣に座らせた後、愛想良く隣に控えていたアーニャへとオススメはないか問い掛けた。
リリアの見立てでは酒場と食堂の中間くらいの飲食店であり、こういった店では下手に自分で料理を選ぶよりも偶然の出会いを楽しむ方が得策だったりする。
そしてリリア達からのその問い掛けを予想していたアーニャは、獲物を罠に追い込む猟師のような笑みを内心で浮かべながら、しかし真剣に料理を選び出した。
「ニャー、ミア母ちゃんの料理は全部美味いけど……嬢ちゃん達はエルフだし、ガッツリした肉料理は合わないだろうからニャ……パエリアとかどうニャ?」
「ぱ、
結果は──大・正・解。
まさかここで
「パエリアって、あのパエリア!?」
「ンニャ!? た、多分そのパエリアだと思うニャ……?」
「じゃあそれで!」
「リリア様……?」
リリアの勢いに半ば圧される形で注文を受け付けたアーニャが厨房に戻ってから、待つことしばらく。
食べた事は無いはずなのに、パエリアがどんな料理か知っている様子のリリアに不思議そうな表情を浮かべるリフィーリア。
しかし、脳内の全てがパエリアに占拠されてしまった
「おっしゃ! パエリア二人前お待ちニャ!!」
「わぁ……!」
「これは……」
そして、遂にその時が訪れる。
アーニャが運んで来たのは、パエジェーラと呼ばれる平底の浅く丸い形をしたフライパンに盛り付けられた、前世ではスペイン発祥とされる米料理、パエリアだ。
米料理──そう、米である。
米断ちを強いられてから苦節約10年。ウィーシェの森では手がかりすら見つける事ができなかった米料理が、今リリアの目の前にあった。
まるでかけがえのない宝物を前にしたかのようなキラキラと輝く瞳で、出来立てのパエリアを見つめるリリア。
自分が作った訳ではないとはいえ、店の料理に喜ぶ子供を見て微笑ましさを覚えたアーニャと、今まで見たことがない程に喜びを露わにする主の姿を魂に刻みつけるリフィーリアの二人に見守られながら、リリアは自然と両手を合わせていた。
「──いただきます!」
「リリア様!? ど、毒見を……!」
真剣な表情でスプーンを持ち、パエジェーラの底からこそぎ取るようにしてパエリアを掬うリリア。
ソカラと呼ばれるお焦げがしっかりと付いたオレンジ色の米に頬を緩めた彼女は、リフィーリアの制止も聞こえずに、この世界に生を受けてから初めての米料理を頬張った。
──次の瞬間、口の中に広がったのは、ソカラの食欲を唆る香ばしさと海鮮の旨味がたっぷりと濃縮された風味。
惜しげもなく使われたサフランが彩りを加えた米は程よく汁気の飛んだ絶妙な炊き加減で仕上がっており、具材であるエビや貝から出た旨味成分をぎゅっとその身に染み込ませて、米自体の柔らかな甘さで包み込む事で味わい深さを増している。
また、米の上に散りばめられた具材たちも主役である米に負けず劣らずの美味しさで、特にプリプリとした食感のエビが持つ独特の塩気は、米だけで食べた時よりも味の幅を演出することに成功していた。
そこにダメ押しのソカラも加わる事によって、味と食感、香り、そして見た目という全ての面において食材たちの潜在能力を引き出していると言える。
「はむっ……はくっ……」
「めちゃくちゃ真剣に食ってるニャ……」
これだけの美味しさを生み出すためには、料理人の腕ももちろん必要だが、同時に使う食材の質も必要だろう。
例えば、パエリアに使われる具材の中で一番目を引く真っ赤に茹で上がったエビ。
その身に歯を突き立てた瞬間、薄皮を破くような心地良い食感と共に塩気の効いた肉汁が口の中へ飛び出し、噛み締める度にエビの旨味がじわりと広がっていく。
付け加えると、エビだけでなく貝や魚の白身など目に見える具材の全てがリリアの想像よりも一回りずつ大きく、色合いや味の良さも相まって、豊饒の女主人で使われる食材が選び抜かれていることを如実に示していた。
総じて、10年ぶりに食べる米料理としては文句無しのパエリアである。
強いて言うならば、元日本人として和食ではなかった事が非常に残念だが、中世ヨーロッパ風の異世界でそう簡単に和食が食べられるとはリリアも思っていない。
そんな事を考えながらパエジェーラの半分、きっちり一人前を平らげたリリアは、リフィーリアが残りのパエリアを食べ始めるのを尻目に、食後の水を持ってきたアーニャへと話しかけた。
「パエリア、とても美味しかった」
「んニャ。ミア母ちゃんの料理は世界一ニャ。お目が高くて食べっぷりも良い嬢ちゃんには、アルヴの清水をサービスニャ〜」
「ありがと」
アーニャから渡されたコップには、よく冷やされた清水がなみなみと注がれている。
色の無い澄み切ったそれは、肉や酒の類を嗜まないエルフが珍しく嗜好品として飲んでいる事で有名な、アルヴ山脈で採れる湧水だった。
こういった店側の善意はありがたく受け取るべし、ということでコップを受け取ったリリアはその冷たさと与えられた善意の温かさに頬を緩めながらアルヴの清水を一気に飲み干した。
不純物のない純水の冷たさが喉に染み渡り、水特有の透明な味がパエリアの後味が残る口内を洗い流してリフレッシュさせる。
ぷは、と息を継いでコップをカウンターに置いたリリアは、豊饒の女主人を心のミシュランガイドに星三であると記した。
一見さんな癖に、めちゃくちゃ上から目線である。
「店員さん」
「アーニャで良いニャ、エルフの嬢ちゃん。どうしたニャ、何か質問でもあるニャ?」
「あ、ども。……アーニャさん、食材の仕入れ先はどこか教えてもらえたりする?」
「ニャ……?」
リリアからの質問に、一瞬眉根を寄せるアーニャ。
てっきりパエリアについてや料理のコツ、料理人の名前辺りを聞かれるかと思っていたら、そこを飛ばして食材の仕入れ先と来た。
リリアの身なりと金を持っていそうな気配から、すわ商売敵か、と考えたアーニャだが、だから何だという結論に至り気にすることを止めた。
商売敵なんてこのオラリオには掃いて捨てるほどいるのだ。今更商売敵が一人増えた所で、ミアの料理がぽっと出の飲食店に負けるはずがない、という彼女たちの自信に基づいた考えもある。
それに──そもそも、オラリオで飲食店をやるのであれば、食材の仕入れ先はあまり関係無いのだ。
「あー、ウチ……というかオラリオの飲食店は大体【デメテル・ファミリア】から食材を仕入れてるニャ。嬢ちゃん達はオラリオ初めてニャ? 【デメテル・ファミリア】の事は知ってるかニャ?」
「ん、知らない」
こてん、と首を傾げて見せるリリア。
外の世界に出ること自体が初めてな彼女にとって、
オラリオについて書かれていた例の本に載っていたような気がしなくもないが……米以外に割ける脳のリソースが雀の涙である今のリリアでは、思い出せるはずもなく。
普段とは異なり誰かに物を教えるポジションに立てて嬉しいアーニャは、上機嫌でリリアに教えを授けた。
「ニャフフン。しょーがないニャ、教えてやるニャ。【デメテル・ファミリア】ってのは……うーんと、こう……デメテル様が主神のめちゃくちゃ凄い生産系のファミリアで……」
「生産系? ファミリア?」
「……ウニャ! とにかく、オラリオの食材は大体【デメテル・ファミリア】が作ってるニャ! だからミャー達以外の店もそこの直営店で売られてる食材を使ってるのニャ!」
「ふむ、なるほど。お米を作っている場所も?」
「米ニャ? うーん……多分同じと思うニャ」
「ありがとう、アーニャさん」
しかし悲しいかな、アーニャの脳味噌ではロクな知識を教える事が出来ず、説明の内容もあやふやなものになってしまった。
それでも、リリアの知りたい事は知れた。
米を作っているであろう場所は見つけた為、後はそこに向かうだけだ。
オラリオに米が存在すること、そして米の生産元らしき団体があることを把握したリリアの次なる目標は、【デメテル・ファミリア】と交渉してウィーシェの森に米を輸入すること。
欲を言えば【デメテル・ファミリア】に所属して稲作を実習形式で学ぶことが出来れば万々歳なのだが、それは高望みし過ぎだろう。
さて、リリアとアーニャがそんな内容の会話を交わす横でリフィーリアもパエリアを食べ終わり、食後の祈りを終えた彼女はパエジェーラを見つめながら何やら呟いていた。
「ふむ……流石に城で出すには格が落ちますが、庶民の料亭で出すものとしては上々でしたね」
「リフィー、次に行く所決まったから勘定お願い」
「かしこまりました」
「また来るニャ〜」
リリアの言葉を受けて、アーニャとパエリアの代金の精算を済ませたリフィーリアは、横で聞いていた二人の会話を元に、オラリオへ旅立つ前に頭に叩き込んでいた情報を軽く思い返す。
──生産系でかつ等級も高い【デメテル・ファミリア】ならば、
レオナルドとイザレアから託された
それからしばらくして。
アーニャから聞いた【デメテル・ファミリア】の直営店を目指して豊饒の女主人を出発したリリアは、街の至るところから自分に向けられている同胞の視線に気付かぬまま、リフィーリアの案内に従ってメインストリートを練り歩いていた。
久し振りに米を食べた事でその足取りは軽く、気力も体力も万全な状態の彼女は迷うこと無く目的の直営店へと辿り着いた。
「ここが【デメテル・ファミリア】の直営店……」
「確かに、オラリオ全土の食材を一手に賄っていると言われるのも納得の大きさですね」
店先に並んだ芋のひとつを摂ってもウィーシェの森で採れたものに勝るとも劣らない程に色や形が良い上質さで、販売する食材の全てがこの質なのだとすれば、さぞ名のある豊穣の神が運営しているのだろう。
「……ハッ! お米の気配!」
「リリア様!?」
──その時、リリアに電流走る。
パエリアを食べた事によって彼女の全身に漲るお米パワー(別名:オコメニウム)が、直営店の奥からそれと似た気配を察知したのだ。
そんな摩訶不思議パワーが存在する訳ないだろ、と正論を述べる事の出来る者はおらず、感じた気配に誘われるように店の奥へと入っていくリリア。
慌ててリフィーリアが追いかけると、店の奥で何やら話をしていた
「あら、可愛いお客さんだわ。ふふっ、いらっしゃい。何を買いたいの?」
「客人か。ではデメテル、私はここいらでお暇しよう」
もう一柱は黒々とした豊かな髭を蓄えた男神で、首には翡翠の色をした勾玉や石が連なった首飾りを掛けており、異国情緒溢れる貫頭衣や伸ばした髪を不思議な形に結っている事から、オラリオから遠く離れた地からやって来た異国の神なのだろう。
「……どうした、人の子よ。私は帰りたいのだが……」
「おお、おおぉ……!」
さて、彼らの会話から察するに、女神の方が直営店を経営している神デメテルなのだが、リリアが感じた「米の気配」を漂わせているのは逆──男神の方であった。
何故かデメテルではなく自分の目の前に立ち塞がり、ぷるぷると感動に打ち震える
そんな彼の全身から発せられる米の気配を浴び、もう辛抱堪らんとばかりのリリアの頭からは
「急にどうした!?」
「リリア様ぁ!? どうか頭を上げてください! 目が、同胞たちの目が……!」
「御身の名を教え賜ることは出来ますでしょうか!! 我が名はリリア・ウィーシェ・シェスカ!! エルフの里のひとつ、ウィーシェの森出身のしがないエルフの一人にございます!!」
「分かった! 分かったからひとまず頭を上げろ! デメテルも笑わずに助けてくれ……!!」
米
王族として前代未聞の奇行に走り始めたリリアは、相手が神とはいえやり過ぎだというリフィーリアの必死の嘆願も聞かずに、服従の姿勢を崩さない。
対する男神は、リリアが跪いた瞬間に店の内外から飛んできた「なんかめちゃくちゃ面白そうな事件起こってね?」という
「──んで、ニニギ様はまーた犬猫拾う感覚で子供連れてきたんですか? しかも
「千穂と同じかそれ以上の厄ネタ持ち込むじゃん」
「いや、連れて帰るつもりではなかったのだが……」
呆れた表情と共に己を見る眷属の視線に耐えきれず、男神はまるで浮気の言い訳をするかのように、苦し紛れに口を開く。
「とりあえず頭を上げましょう、リリア様……!」
「いいや、畏れ多いからだめ」
「リリア様ぁ……!」
そんな彼らの側では、エルフの侍女が土下座の体勢から動こうとしない主をどうにか立たせようと必死に言い募っていた。
【デメテル・ファミリア】直営店の裏口から複雑な裏道を抜け、オラリオを八つに分割する大通りを横切り、人目を避けるように入り組んだ路地を更に行った先。
オラリオの端に位置する事を示すように外壁のほど近くに建っていたその一軒家は、この都市に住む大半の人間にとっては見慣れない純和風の建築様式で建てられていた。
藁葺きの屋根は日に焼けて黒く染まり、しかし強い雨風も凌げるしっかりとした作りだ。
その屋根を支えるのは、漆喰と木で出来た白い壁。
庭は広く、鯉と思しき魚の泳ぐ小さな池の側にはいくつかの石灯篭が置かれている。
そんな日本人が想像する「田舎の日本家屋」に、リリアとリフィーリアは案内されていた。
彼女たちを連れてきたのは当然、直営店でリリアが奇行に走った相手──先程己の眷属から「ニニギ様」と呼ばれた男神である。
彼の神の名はニニギ。
本名を
日本神話の「天孫降臨」において、
天孫降臨の際、神勅によって高天原から現世に稲を持ち込んだというニニギは、いわば日本における「米の始祖」と言っても過言ではない存在。
リリアの世迷言である米のオーラもあながち間違いではない──そんな神を前にして、
否。出来るわけがない。
「……リリアよ」
「はいッ!!」
「顔を上げよ、そなたと話が出来ないだろう」
「承知しましたッ!!」
周囲の目も気にせず土下座を続けるリリアを見かね、軽く神威を込めて指示を出すニニギ。
彼の声が聞こえた瞬間、これまでの頑なな姿勢が嘘だったかのように勢い良く頭を上げるリリアの姿は、極東でも中々見ないほど気合の入った信者っぷりだった。
間違ってもウィーシェの森のエルフ達には見せられない有り様のリリアに涙を流しているリフィーリアへ憐れみの視線を向けながら、ニニギは己の眷属たちに
「元々彼女たちはオラリオで入団する
「ここで働かせてください!!」
「……こうなった」
「いや分からんて」
「ここで働かせてください!!!」
湯屋の女主人へアピールするかのように、凛とした姿勢で頼み込むリリア。
公衆の面前で土下座をかまし押しかけた挙げ句、理由も述べずに入団を迫っている目の前の
「とりあえず、あー、その……リリアさんだっけ? なんでそこまでしてウチに入りたいわけ? あと、眷属の俺が言うのもなんだけど、ニニギ様ってそこまで
「
他の団員達からアイコンタクトで押し付けられ、困り果てた様子で後頭部を掻きながら問い掛ける「穂高」と呼ばれた青年。
己の主神に対して割と辛辣な質問を受けて、リリアは一寸の曇りも見受けられない澄み切った瞳で答えた。
「米を愛する者のひとりとして、
「……あ〜、うん。なるほどねぇ……」
怖い。
遠く離れた異国の神だろうに、噛むこともなく本名を言い切った
謎の信仰心を向けられた
「……エルフって米好きなの?」
「……っ!?!?」
正座のまま器用に擦り寄ってきた少女からの小声の質問に、慌てて首を横に振って否定するリフィーリア。
極東に移り住んだ
王族の侍女として様々な食材と料理を見てきたリフィーリアでさえ、見たことも聞いたこともない──と、リフィーリアがそこまで考えた瞬間。
脳裏に
そういえば、何年か前にリリアが自分達にこういう食材を知らないかと質問してきたものの名前が「オコメ」なるものでは無かったか。
日頃は何事にも興味の薄いリリアから質問された事が珍しく、屋敷に出入りしている商人などに聞いてみたが結局見つけられなかった謎の食材。
「まさか、リリア様は『オコメ』を探すために……?」
「えっ、もしかしてあの子、お米のために遠路はるばるオラリオまで来たの? うわ、凄い情熱だね〜」
「リリア様にとって『オコメ』がそこまで重要なものだったなんて……! くっ、リフィーリア一生の不覚……!」
「君も凄い情熱だね」
血涙を流さんばかりに悔しがるリフィーリアに若干引き気味になる少女。
切腹とかしないよね、と不安になる彼女だったが、リリアの米に対する情熱が本物だとすれば、いくらか納得出来るものがあった。
──何を隠そう【ニニギ・ファミリア】はオラリオの外に田地を拓いており、オラリオで唯一の「稲作系
このオラリオで【ニニギ・ファミリア】の米といえば知る人ぞ知る名米。
豊饒の女主人でパエリアに使われていた米もここで作られたものであり、その品質はオラリオの食糧事情を一手に担う【デメテル・ファミリア】に卸せているほどだ。
ならば米に関して一流の派閥ということで、他の極東系ファミリアの構成員のように、ニニギに対して敬意を持ってもおかしくはない……のか?
団員達は揃って首を傾げた。
「私はここで稲作について学びたいと考えています」
「……米を作りたいと?」
「はい!」
リリアの元気の良い返事を聞いて、ニニギは大きな溜め息をついた。
この小娘、嘘は言っていない。
「うーん、稲作って結構な重労働だぞ? 出来るか?」
「やります!」
「食生活も生活リズムもガラッと変わると思うぞ? 極東の料理なんて、エルフにとっては食べ慣れないものばかりだと思うけど」
「むしろ本望!」
「そっかぁ……」
稲穂の念押しすら意に介さない熱量自体は認めるが、
だが、それを理由に入団させられないと断れば、この小さな狂信者がどう行動するかが読めない。
悲しいかな、彼女たちを
「……やむを得まい。リリアとリフィーリア、そなた達の入団を認めよう」
「はい! よろしくお願いします、
「ニニギでいい。毎回フルネームで呼ばれるのはむず痒いからな」
「了解です! ニニギ様!!」
諦観混じりの苦笑いを浮かべたニニギの差し出した手を、満面の笑みと共に握り返すリリア。
世にも珍しい稲作エルフが