TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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 書いているとお腹が減ってくるので再投稿です。
 一緒にお腹を空かせてご飯を食べよう!



君の味噌汁をたべたい

 

 

 

 

 お米を探して三千里。

 故郷の森を飛び出して迷宮都市オラリオにたどり着いたリリア達が【ニニギ・ファミリア】に入団してから2週間ほどが経った。

 派閥の拠点(ホーム)である日本家屋の一室では、故郷の最高級ベッドよりも寝心地良さそうに眠るリリアと、彼女と同じ年頃の見た目をした団員の少女──ミシマ・千穂が同じように穏やかな寝息をたてていた。

 時刻は午前5時を目前に控えたところ。

 草木も寝静まり少ししたくらいの時間帯だが、すやすやと寝入っていたはずの千穂はごく自然に目を覚ました。

 何度か瞬きをして眠気を追い払うと、まだ(ぬく)い布団の中から這い出て、夜の名残である肌寒さに震えつつも可愛らしく伸びをする。

 ある日突然増えた家族の存在にまだ慣れないのか、隣で爆睡しているリリアをチラチラと気にしながら、普段着である小袖に着替えた千穂は、少し悩んだ後でリリアの身体を揺さぶり起こしにかかった。

 

「──リリアちゃん、起きて。ご飯の用意しなきゃ」

「ごはん」

 

 食い意地ここに極まれり。

 強めに体を揺すられても起きる気配すら見せなかったリリアだが、ご飯の単語に反応してパチリと目を覚ます。

 初めて会った時から相変わらずの食いしん坊に思わず苦笑いを浮かべる千穂を尻目に、リリアは肌寒い空気に臆することなくすっと立ち上がると、千穂とお揃いの夜着を躊躇いなく脱ぎ捨て、これまた千穂と同じ柄の小袖を着る。

 入団して2週間とは思えないほど手慣れた様子で和服を着付けたリリアは、その上から王家の紋章が入ったローブを羽織ると、キリッとした表情で千穂の方を向いた。

 

「今日の朝ご飯は何でしょうか」

「どうしよっか。うーん、昨日いい鯖を買ったから、朝は塩鯖とお味噌汁……かな?」

「うむ、素晴らしい」

 

 まだ寝ている他の団員たちを起こさぬよう、なるべく足音を殺して土間へと向かう二人。

 小声で今朝の献立について相談していた彼女たちを、土間で出迎える者がいた。

 

「おはようございます、リリア様、千穂さん」

「ん。おはよう、リフィー」

「おはようございます、リフィーリアさん」

 

 リリアの侍女兼【ニニギ・ファミリア】団員となったリフィーリアである。

 流石は王族付きの侍女、慣れない筈の和服も完璧に着付けており、お仕着せのエプロンに代わって身に着けた割烹着がやたらと様になっている。

 

「リリア様、やはり今日も……?」

「当然。働かざる者食うべからず」

「……そうですか」

 

 リリアと共に派閥へ入団した者として、自分が他の団員たちと一緒になって働くのは受け入れたものの、エルフの中で何よりも尊ばれる王族(そんざい)のリリアが従者のように食事の準備をするというのは、やはり受け入れ難いらしい。

 何故かドヤ顔で胸を張るリリアの返答に苦い表情を浮かべたリフィーリアだったが、軽く頭を振ると意識を切り替えて千穂へ──派閥の厨房を預かる者へ、これからの指示を仰いだ。

 

「私は何をしましょうか?」

「あ、はい。今日の朝ご飯は塩鯖とお味噌汁にしようと考えているので、リフィーリアさんは氷室から食材を出して下拵えをしてもらえると。リリアちゃんはご飯の用意をお願い」

「かしこまりました」

「ふふん、任せて」

 

 台所の床下に設置された氷室兼倉庫から、ザルに並べられた鯖や人参、じゃがいもなど、今から使う分の食材を取り出す。

 品数はそこまで多くないとはいえ、派閥の主なメンバーは食べ盛りの少年少女たち。氷室から取り出す食材の量はかなりのものだ。

 リフィーリアが食材を取り出している横で、千穂はリリアにこれから炊く分の米を渡していた。

 虫除けのために乾燥させた唐辛子が入った米櫃から、朝食分の米を取り出す千穂。

 氷室から取り出す食材の量に比例して【ニニギ・ファミリア】では一回に五合ほど米を炊くのがデフォルトとなっている。

 

「これくらいかな。よろしくね、リリアちゃん。……もう分かってると思うけど、後で使うから」

「とぎ汁は捨てない。分かってる」

「うん、なら大丈夫。私はリフィーリアさんと一緒にお味噌汁と塩鯖の準備してるから、米とぎが終わったら炊いてね」

「お任せあれ」

 

 千穂から渡された、米研ぎ用の鉢に入った大量の白米に目を輝かせるリリア。

 自信満々に薄い胸を叩いてみせた彼女は、勝手知ったるとばかりに水瓶へと向かい、夜の間に冷えた水を少しだけ注ぐと、山盛りの白米に手を突っ込んでシャカシャカと研ぎ始めた。

 

「むふー」

 

 前世では、毎日欠かさず米を炊いていたリリア。

 彼女の魂に刻み込まれた日本人の中でも洗練された部類であったその経験値(エクセリア)は、10年近くのブランクと体格の差異を帳消しにして余りあるほどの手腕として発揮されていた。

 前世では精米技術が発達していた為にゴシゴシと強く研ぐ必要は無かったが、中世に近い技術体系のオラリオで作られた米ではそうはいかない。

 現代日本の白米と比べると多少見劣りする白さのそれは完全な精米とは言えず、前世で研いだ時よりも少し強い力を込める必要がある。

 

「しかし白さだけが白米にあらず、その一粒一粒に込められた『魂の白さ』こそが白米の真髄。そして玄米も美味しい」

 

 何やら怪しげな文言を呟くリリアは、少しだけ水を含んだ米をかき混ぜると、親指の付け根の辺りで優しく擦るようにしてシャッシャと米を押し、それを数回繰り返した後に水瓶から追加で水を注ぐ。

 二、三杯ほど水を注げば、白く濁った()()()が出来上がるので、水流で米が流されないように気をつけながら、別に用意した桶の中にそれをためる。

 そして、水を切った米を再び研いでは、水を注いでとぎ汁を捨てるのを繰り返すのだ。

 

「鉄則そのいち──お米を炊く時は水をケチるべからず」

 

 贅沢な水の使い方だが、こうしなければ真のお米の美味しさには辿り着けないのだと、リリアは前世で学んだ。

 そんな訳で、水瓶の水を使い切る勢いで米を研ぎ続け、水を注いだ時にうっすらと米粒が見える透明度になれば米研ぎは終了だ。

 

「鉄則そのに──とぎ汁はいい感じに濁るべし」

 

 あまり研ぎすぎて透明なとぎ汁になっても、美味しいご飯は炊けない。リリアは前世でそれを嫌というほど学んだのである。

 研ぎ終わった米を鉢から釜に移し、水に浸して吸水させる。

 米は研ぐ時とこの時に水を吸い、旨味を生み出す。

 ここで水を吸わせなければ、食べられはするが美味しいご飯とは言えないのだ。

 

「うむ、美味しくなれよ」

 

 釜をかまどに設置し、中で吸水している米に激励の言葉をかけたリリアは、吸水が終わるまでに時間があるので、厨房で八面六臂の活躍をしている千穂の手伝いをすることにした。

 それなりに料理の経験があるリフィーリアも手伝ってはいるが、慣れない異国の料理を作るにはまだまだ経験不足で、主に動いているのはやはり千穂だ。

 火にかけた鍋を手早くかき混ぜ、味噌を溶かし、具材を投入する彼女にやる事がないか尋ねると「庭からかぼすを取ってきてくれると嬉しいかも」と言われた。

 

「かぼす、かぼす、酸っぱいやつ〜」

 

 親の仇のように容赦なく大根を摩り下ろしているリフィーリアを尻目に、かぼすの歌(作曲:リリア)を口ずさみながらまだ薄暗い庭へと繰り出すリリア。

 土間から漂う味噌の良い匂いをお供に白み始めた空を見つめたリリアは、故郷とは全てが違うその光景にしばらく見入った後、はっと自らの役目を思い出して庭へ向かう。

 

「ブフン」

「おはよう、ライスインパクト号」

「ヒン……ブヒヒン?」

「おっと、かぼすかぼす」

 

 庭へ向かう道中、リリア達の入団に合わせて宿屋から拠点の厩舎にお引っ越しとなった里一番の駿馬こと、ライスインパクトに挨拶をするリリア。

 相変わらず「マジでその名前じゃないと駄目ッスか」と言いたげに嘶く彼にガン無視を決めたリリアは、庭の小さな池の側にあった木から緑色の小さなの実を2つもぎ取ると、何とはなしにかぼすの木に手を合わせて「いただきます」と呟いてから千穂の下へと戻った。

 

「かぼす取ってきた」

「それじゃあ、大根をおろしてるリフィーリアさんに渡してあげて。そろそろ吸水も終わるだろうから、リリアちゃんは米炊きをお願い」

「がってん承知」

 

 厨房に帰ってくると、味噌汁の匂いに魚の焼ける香ばしい匂いが加わっていた。

 その匂いだけで笑顔になったリリアは、大根丸々一本をおろし終えて達成感に満ちた表情のリフィーリアにかぼすを手渡すと、釜を設置していたかまどの前に移動した。

 釜を覗いて米が十分に水を吸っていることを確認し、分厚い木蓋をすると、懐から指揮棒に似た真っ白な枝を取り出してかまどの中に積まれた薪へと向ける。

 そして一言。

 

火精霊(サラマンダー)、強めでお願い」

『──』

「ありがと」

 

 すると、次の瞬間。

 彼女が枝を向けた先──かまどの下に積まれた薪を包み込むように、真っ赤な炎が生まれた。

 火種もないのに薪を燃やす紅炎は、かまどの前に立つリリアにも伝わる確かな熱量を以て、メラメラと釜を熱している。

 ここからは自分の忍耐力との勝負だ。

 かまどの火が強過ぎず弱過ぎず、丁度良い火加減であるかを監視し続けながら、同時に釜の様子も確認する。

 それから5分ほど経った時、熱され続けた釜の様子に変化が現れた。

 

「お、来た」

 

 カタカタと音を立てて蓋が動き出し、その際に出来た隙間から水が溢れ出す。

 釜の縁に作られた受け皿にその水が受け止められるのを見たリリアは、再び枝をかまどの火に向けて構えて一言。

 

火精霊(サラマンダー)、次は弱めで」

『──』

「うん、いい感じ」

 

 するとどうだろう、満足気に頷くリリアの目の前で、先ほどまで煌々と燃え上がっていた炎が勢いを弱め、パチパチと音を立てながらも儚げに揺れる弱火へと変化したではないか。

 明らかな超常現象。

 しかし、リリアはその事について何も気にした様子を見せず、煮える釜を観察し続けた。

 弱火になったことで吹きこぼれが収まった後も謎の集中力を発揮して、じっと釜の様子を見ていると、徐々に釜の中から芳醇な米の香りが漂い始める。

 

「まだまだ、まだ我慢……」

 

 米に鳴く腹の虫がいるのであれば、きっとオラリオ中を揺るがす程の大音声で鳴いただろう()()に襲われるリリアだが、米炊きに関する事だけに発揮される聖職者も顔負けの鋼の理性で己の欲を捻じ伏せた。

 それからしばらくして、再び謎の力で強火に戻し水気を飛ばした後、かまどの側に置いてある団扇で火を消し、釜の蓋を取らずに「蒸らし」の工程へ入る。

 どのように米が炊きあがったかを想像しつつ、蒸された米の柔らかい香りを楽しむ、食事前の至福のひと時である。

 

「──お、3人とも朝からありがとな」

「美味そうな匂いだ。今日は魚か」

「おはよぉ〜……」

「うむ。リリア、リフィーリア、千穂。毎朝ありがとう」

 

 この時間帯になると、厨房から屋敷全体に広がる朝ご飯の匂いにつられてニニギ達が起きてくる。

 手を上げて、食事を用意してくれたリリアたちに礼を言いながら板の間にやって来たのは、【ニニギ・ファミリア】の団長を務める青年、ミスミ・伊奈帆(いなほ)

 その後ろで今朝の献立を予想しているのは、伊奈帆の弟であり副団長のミスミ・穂高(ほだか)

 そして朝に弱いのか、寝ぼけ眼のまま間延びした挨拶をするのが、千穂の姉代わりでありミスミ兄弟の幼馴染でもあるミシマ・千恵だ。

 冬眠から目覚めたばかりの熊のようなのっそりとした動きの千恵に、とぎ汁の入った桶を差し出すリリア。

 彼女はむにゃむにゃとお礼らしき何言かを呟きながら桶を受け取ると、そのままとぎ汁で顔を洗い始めた。

 

「……ぬあーー! 冷たい、目ぇ覚めた! おはよう皆!!」

「寝坊助がよ」

「なんだとう!?」

 

 夜の冷気でキンキンに冷えたとぎ汁は、その刺すような冷たさで、寝ぼけ眼だった千恵の目を覚ました。

 年頃の女子としてはいささかお淑やかさに欠ける千恵の朝支度を見た伊奈帆がボソリと嫌味を呟けば、それを聞き逃さなかった千恵が勢い良く彼へと摑みかかる。

 その一連の流れを呆れた様子で見守る穂高とニニギも合わせて、ここで毎朝見られる日常風景であった。

 

「今日のご飯は味噌汁と塩鯖とご飯。絶対美味しい」

「おうリリア。サンキュー」

「ありがとうございます、リフィーリアさん」

「いいえ、お構いなく」

「うわっ、今日も美味しそう! 千穂ちゃん愛してるー!」

「あはは……」

 

 千穂とリフィーリアが主だって焼きあがった塩鯖などを配膳している間に、リリアは蒸らし終えたお米を釜から茶碗についで皆の前に置いていった。

 

「はい、リフィーも」

「リリア様が自ら炊かれた米……! ううっ、今日もこの噛み締めた味を忘れぬよう、魂に刻み込みます……!」

「うむ、よろしい」

 

 王族(ハイエルフ)が炊いた米という、他のエルフが聞けば耳を疑うような代物を前に、感動と敬畏がない混ぜになった複雑な感情を抱くリフィーリア。

 しかも彼女が敬愛してやまないリリアの手料理でもあるのだ。

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 近頃聞いた極東の言い伝えによれば、意中の人にプロポーズする際は「その人の手料理を毎日食べたい」という旨で好意を伝えるらしい。

 ならば、もう実質結婚したと言っても過言ではないのではなかろうか。

 まるで褒美を下賜された臣下のような感涙と共に、リリアから受け取った茶碗を捧げ持つリフィーリア。

 普段は【ニニギ・ファミリア】の事を、王族(ハイエルフ)を匿うには少し頼りなく感じている彼女も、この時ばかりはこの派閥に入団した事を心から感謝するのであった。

 

「……ねえ、エルフって皆こんな感じなのかな」

「あの2人が特別に変なだけだと思うぞ」

 

 リフィーリアも米の美味しさに目覚めたか、としたり顔で頷くリリアを横目に、小声で話し合う先輩団員たち。

 彼らの中では、エルフという種族への誤解がどんどん強まっていた。

 

 

 

 さて、そんなやり取りを挟みつつも、朝食の時間がやって来た。

 

「いただきます!」

「いただきまーす!」

「……い、いただきます」

 

 伊奈帆たちが食前の挨拶で自然と手を合わせる中、リフィーリアもまだ慣れない様子でおずおずと手を合わせる。

 エルフの食文化にも食前の祈りは存在するが、極東のそれは祈りと称するにはあまりにも短く、簡素なものだ。

 その程度の文句で良いのかと初見の際に驚いたリフィーリアだが、隣に座っていたリリアが何も言わずに彼らのやり方に従ったため、こうして極東式に倣っている。

 

「むふん、最高の朝ご飯」

 

 今日の献立は、かぼすと大根おろしが添えられた塩鯖と、わかめや小さく角切りにされた豆腐、大根などが入ったシンプル・イズ・ベストな味噌汁。

 そして、リリアが全身全霊をかけて炊いた白ごはんだ。

 まさか中世ヨーロッパ風の異世界で食べられるとは思っていなかった純和風の朝ご飯を前に、ぷくっと小鼻を膨らませたリリアは満面の笑みを浮かべていた。

 

 ──そうそう、これだよ。こういうのが食べたかったんだよ、こういうのが。

 

 心の中で何度もそう呟きながら手を合わせ、極東出身の団員達と大差ない見事な箸の使いっぷりで朝ごはんを食べ始めるリリア。

 まずは何と言っても米からだ。

 炊きたての米は宝石の様につやつやと白く光り、こだわり抜いて炊かれた米は一粒一粒が粒立っている。

 米の香りと共に湧き立つ湯気を切り裂くように、リリアの操る箸が米を摘み取り、彼女の口へと運ぶ。

 

 次の瞬間──彼女の口の中に「感動」が広がった。

 

「……ん〜っ!!」

「本当にリリアは米が好きなんだな」

「やっぱり米には焼き魚だよね、リフィーちゃん!」

「すみません今リリア様をこの目と記憶と魂に焼き付けてるのでお静かに願います」

「あっはい、なんかごめんなさい」

 

 リリアが【ニニギ・ファミリア】に入団してから既に何回も白米を食べたというのに、毎食毎食、彼女自身も驚くほどの感動で心が打ち震える。

 彼女にとって、食べた米が美味しいのはもはや()()だ。

 晴れた空が青色であるように、太陽が東から登るように。リリアにとって「米」という食材は常に美味しく在るものとして位置付けられている。

 米の旨味を全力で感じるために、リリアはそっと目を閉じ、ゆっくりと米を咀嚼する。

 一度二度、噛みしめるたびにふわりと口の中に広がる優しい甘味。

 粒立った米の食感はしっかりと存在しながら程よく柔らかく、今回の米炊きも会心の出来である事に、リリアは深い満足感と安堵を覚えた。

 そして、ここからが重要なのだが。

 

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 さらなる米の味わいを求めてリリアが箸を伸ばすのは、美味しそうに焦げ付いた皮がぷくりと膨らむ塩鯖。

 背中から腹にかけて白黒の美しいグラデーションを描く皮に箸を入れると、破れた皮のパリパリと小気味よい感触と共に脂の乗った身が砂城のように崩れていく。

 そして丸く整えられた大根おろしから少し削り取って白身に添える時の気持ちを例えるなら、そう──まだ誰の足跡もない新雪を踏んだ時のような、ほんの少しの罪悪感とそれ以上の高揚感。

 既に料理として完成していると言っても過言ではない白身と大根おろしの強力タッグに、ダメ押しとばかりに搾りかけられる朝摘みカボスの新鮮な果汁。

 極東出身でなくとも食欲をそそられる一切れを、躊躇なく口に放り込んだリリアの第一声は言わずもがな。

 

「おいしいっ!」

 

 神でなくとも本心からの言葉だと分かる満面の笑み。

 それは千の言葉を尽くすよりも遥かに雄弁に作り手の心へ訴えかける賛辞であり、隣で黙々と朝ご飯を食べていた千穂はリリアの女神じみた容姿と相まって、思わず箸を止め赤面してしまうほどだった。

 

「塩鯖も美味しいね、リフィーちゃん!」

「……」

「リフィーリアちゃん? えっと、あのぉ……リフィーリアさん? し、死んでる……」

 

 この世に未練など無いと言わんばかりの安らかな微笑みを浮かべて息を引き取ったリフィーリアをなんとか蘇生しようと千恵が奮闘するなか、食事に夢中なリリアは口内に塩鯖の後味が残るまま、一息に米を頬張った。

 

 そう、これこそが米の真骨頂。

 

 主食という食事を牽引する主役でありながら、味に彩りを添える名脇役たるおかずと一緒に食べてこそ、米はその真価を発揮するのだ。

 例えば、塩鯖の旨味が凝縮されているとはいえ、人によってはくどく感じる事もある鯖の脂。

 脂が乗った良い鯖を使っているが故に身から溢れる量も多いその脂が、米と合わさる事によってさらなる高みへと昇華される。

 母親が我が子を抱き締めるように、口内に残る余分な脂を吸い取った米には、ただ米だけを食べた時とはまた違う深い味わいが生まれる。

 甘味、塩味、酸味、苦味──そして旨味。

 全ての味が複雑に絡み合い、舌の上で弾ける様はさながらオーケストラの様であり、その美しいハーモニーはウィーシェの森で食べる果実たちでは決して味わえない悦楽としてリリアの舌に刻み込まれる。

 

「なんというか、本当に和食が好きなんだなあ……」

「これだけ美味しそうに食べてくれると、作った本人でなくとも嬉しくなるな」

 

 声にならない歓声をあげ、中々の勢いでご飯と塩鯖を食べるリリアをしみじみと見つめるミスミ兄弟。

 風変わりなエルフとしてリリアを見ている彼らだが、彼らはいつでも和食を食べられるという点で遥かに恵まれているのだ。

 この世界に生まれてから、約10年。

 ニニギも認める米狂いのリリアにとって、今食べている食事は長い禁煙生活の後に吸う煙草に等しい。

 米を食べる事を半ば諦めていた彼女がこの食生活を知ってしまえば最後、ウィーシェの森での菜食生活にはもう戻れない。

 リリアの脳内では、既にウィーシェの森が広大な田園地帯になっていた。

 

「ふふ、ここでお味噌汁をズズッと……」

 

 そんな恐ろしい文化侵略(いなさく)計画を思い描く米狂い(リリア)が次に手を伸ばしたのは、湯気と共に出汁の良い香りを漂わせている味噌汁だ。

 器から手に伝わる味噌汁の熱さすら、今のリリアには心地良い。

 茶を飲む時と同じく両手で包むように器を持ったリリアは、そのまま器の縁に口をつけ、出汁と味噌が分かれ始めていた汁をズズッと啜る。

 王族(ハイエルフ)としては、少しはしたない飲み方。

 けれど、それを注意する者は現在息を引き取っているため無問題(もーまんたい)

 

「あ゛〜……」

「おい、エルフが出しちゃいけない声出てるぞ」

「それ以前に女子としてどうなんだ」

 

 幸せの極致に至り、全ての体裁をかなぐり捨てて至福に呻くエルフの王女。

 

 美味い。

 

 ただ一言、味の感想として最も陳腐なものしか浮かばないほどの完成された味わい。

 稲作や迷宮(ダンジョン)探索で日々汗を流す伊奈帆たちのために、味噌の塩気がよく効いた濃い目の味付けが為された味噌汁は同じく出汁もよく効いている。

 昆布といりこを贅沢に使った出汁は、千穂が丁寧に溶かした味噌と合わさって、塩鯖と米の組み合わせとは違う方向性の芳醇な旨味でリリアを歓待した。

 もはや伊奈帆と穂高の言葉など聞こえていない。

 誘われるように具材のワカメやよく火の通った大根を頬張れば、しっかりと味噌汁の味が染み込んだ丁寧な仕上がりで、作り手の力量と心遣いが見て取れるようだ。

 こんなに素晴らしい味噌汁を毎日飲める──なんと幸せな人生だろうか。

 

「千穂ちゃん、結婚しよう」

「……え、ええっ!?」

「毎日この味噌汁が飲みたい」

「ハ???」

「あっ、生き返った」

 

 思わずリリアの口から飛び出たプロポーズに千穂が驚き、泥棒猫の気配を感じたリフィーリアが修羅を背負い現世へと舞い戻る。

 だが、和食を食べる幸せに酔い、自分が何を言ったのかもよく分かっていない米狂い(クソボケ)は我関せずとばかりに米を食べ続けていた。

 ──塩鯖を頬張り、米を食う。

 ──少し味噌汁を飲んで、また米、塩鯖、そして米。

 まさに至福。

 少し騒がしくなった周囲を他所に黙々と朝ご飯を食べ続けたリリアは、他の皆が食べ終わるのと同時に手を合わせた。

 

「ごちそうさまでした!」

「今日も美味しかったよ、3人とも!」

「ごちそうさま」

「お粗末様でした」

 

 みんなで食後の挨拶をすれば、後は各々がやるべき仕事へと移っていく。

 派閥の非戦闘員である千穂とリリアは食器の後片付け、伊奈帆たち冒険者組は今日の迷宮(ダンジョン)探索の準備だ。

 

「リリアちゃん、残りのとぎ汁ちょうだい」

「りょうかい」

「千穂さん、先程の事について少し──」

「はぁいリフィーちゃんはこっち来ようね〜! 今日も元気にダンジョンでお金稼ぐよ〜!」

 

 土間で作業を始める幼子2人と、その邪魔をしないよう千恵に引き摺られていくリフィーリア。

 そんな慌ただしい眷属(こども)たちの様子を板の間から眺めながら、まあ……馴染んでるしいいか! と少し投げやりな納得をするニニギであった。

 

 

 

 【ニニギ・ファミリア】に加入してから約2週間。

 リリアたちの日常は、今日も平和に過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

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