TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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 のんびり再投稿です。
 誤字報告、たくさんの感想や評価ありがとうございます。
 これからもよろしくお願いします。



割と暇な王女の午前中

 

 

 

 

 

 米を求めてウィーシェの森を飛び出し、導かれるように稲作系派閥(ファミリア)の【ニニギ・ファミリア】に入団してから1ヶ月ほど。

 無事、お米を毎日腹いっぱい食べられる理想の生活を手に入れたリリア。

 しかし、人間とは一度理想を叶えてしまうとさらなる欲望が芽を出してしまう業の深い生き物であり、基本的に米を食べる事しか頭にないリリアでさえ、その例外ではなかった。

 

「ブニニ、ブルヒン」

「……冒険者、とても気になる」

「ヒヒン」

 

 洗濯や洗い物、拠点(ホーム)の掃除など一通りの家事を終え、暇を持て余したリリアは手慰みにライスインパクトの鼻を揉みしだきながらそう呟いた。

 伊奈帆やリフィーリアたち戦闘員組はダンジョンへ、ニニギは田植えが終わった田んぼの手入れへとそれぞれ向かい、現在拠点にはリリアと千穂の二人しかいない。

 もちもち、もみもみ。

 毛皮や人肌とはまた違う、独特だが癖になる触り心地の鼻を好きにされているライスインパクトは「はいはいそうですね」とリリアの言葉を聞き流す姿勢だ。

 仔馬の時からウィーシェの森で手塩にかけて育てられ、一時期は王族への献上も考えられていたほどの名馬はその才能を遺憾なく発揮し、短い付き合いの中で米狂い(リリア)の扱い方を本能的に理解していた。

 

「やっぱり、迷宮(ダンジョン)が存在すると聞いたら行きたくなるのが男の(さが)。一度は命を賭けた冒険とかやってみたい……もう男じゃないけど」

「ヒーン……ブルヒヒン?」

「あと、ダンジョンにはニニギ様でも見たことのない新種のお米が生えているかもしれない。お肉みたいな果実があるって、伊奈帆が言ってたし」

 

 ダンジョンに米を求めるのは間違っているだろうか? 

 結論。

 何もかもが間違っている。

 確かに下界の「未知」が凝縮されたような()()()()()の秘境であるダンジョンだが、基本的には入り込んだ者の命を魔物(モンスター)(トラップ)などで容赦無く奪いにかかる、悪辣な殺意が介在する魔窟だ。

 そんな魔窟がある種の撒き餌として用意した、誰も見たことがない「未知」への誘惑と、英雄としての名誉に魅入られた冒険者がどれだけの屍を積み上げてきたか。

 正確な数など、神でさえ分からなくなって久しい。

 だからこそ、それぞれの権能こそあるが戦闘力は無いに等しい千穂とリリアは、非戦闘員としてニニギたちから拠点の留守番を任されているのだ。

 

「むむ……めちゃくちゃ気になる、気になるけど。流石にひとりじゃ危ないよね」

「ヒヒン、ブルヒン」

「んふふ……くすぐったいよ、ライスインパクト」

 

 ライスインパクトの下唇をぷるぷる揺らしながら、リリアは独りごちる。

 幸運なことに、いかに米以外の物事に興味が無く、鶏以下の判断力と記憶力で死地へと飛び込む要介護生物(リリア)であっても、ダンジョンの危険性についてはリフィーリアや敬愛するニニギから口を酸っぱくして注意されていたため、躊躇するだけの頭が残っていた。

 ライスインパクトも彼女の英断をたたえ「そうそう、その通りですよ」と言いたげに首を縦に振る。

 手の平を彼の髭が擦るくすぐったさに思わず笑い声を漏らしたリリアは、その感触が癖になったのかしばらくライスインパクトと戯れた後、考えの纏まったすっきりした表情で今日の予定を決定した。

 

「──よし、今日はオラリオを探検しよう」

「バヒヒン!?」

 

 訂正。

 この米狂いにまともな思考力は無い。

 

 

 

 自室に戻り、オラリオ探検のために準備をするリリア。

 ウィーシェの森からこの都市へやって来る際に使っていたポーチを腰に巻き、米を炊く際に使っていた白い枝を手に持てば、彼女なりの冒険者装備が完成だ。

 ()()()()()()()()()に何回か枝を素振りしてみるリリアの姿を、部屋の隅で寝転がりながら本を読んでいた千穂が不思議そうに見た。

 

「リリアちゃん、どこかにお出かけ?」

「うん。冒険者としてオラリオを探検する」

「……危ないとこ行っちゃ駄目だよ? ダイダロス通りとか」

 

 ドヤ顔で胸を張るリリアの宣言に、心配そうな表情を見せる千穂。

 彼女は一旦読書を中断して立ち上がると、箪笥の隣にある本棚から一冊の本を引っ張り出して、探検する気満々のリリアへと手渡した。

 

「えっとね、オラリオであんまり治安が良くない──危ないのは、このダイダロス通りもそうだけど、特にこことここ。裏通りは気になっても入っちゃ駄目だよ? 絶対メインストリートだけ歩くこと。分かった?」

「分かった!」

 

 千穂が手渡したのは、リリアがウィーシェの森を飛び出す原因にもなった『迷宮都市オラリオについて』だった。

 だが、リリアが読んだものとは版が違うのだろう。

 千穂が開いて見せたページには、大雑把ながらもオラリオの全体図と各地区の名前などが書き記されていた。

 迷宮都市に住まう先達として、本を片手に滔々とオラリオの歩き方をリリアに言い聞かせる千穂の姿は、まるで我が子を心配する母親のよう。

 だとすれば、千穂の注意に対する返事と笑顔だけは満点なリリアは、突発的な思いつきで親を振り回す悪ガキだろうか。

 

「……ちゃんと帰ってこないと、ニニギ様も私たちもみんな怒るからね? リフィーリアさんなんて、心配しすぎて泣いちゃうかも」

「うっ……ちゃんと帰ってきます」

「はい、分かりました」

 

 返事と笑顔だけは満点だったリリアに騙されず、腰に手を当ててしっかりと釘を刺す千穂。

 リフィーリアが自分に過保護な自覚はあるのだろう、ばつの悪そうな表情で約束するリリアにしたり顔で頷いた千穂は「少し待ってて」と言い残して厨房へ向かい、しばらくすると曲げ物で作られた小さな箱をひとつ持ってきた。

 受け取ったリリアが箱を開けて中を見ると、焼き海苔が巻かれた三角形のおにぎりが2つ詰め込まれていた。

 

「はいこれ。歩いてたらお腹が空くと思うから、おやつ代わりのお弁当だよ」

「……千穂ちゃん、お母さんみたい」

「ふえっ!?」

「ありがとう、大切に食べるね」

 

 急な出発だというのに、手早くおにぎりを用意してみせた手際と気配り。

 その一連の流れに思わずそう呟いたリリアは、予想外の言葉で驚く千穂に微笑みながら感謝の言葉を贈ると、受け取った弁当箱を丁寧にポーチへとしまい込んだ。

 

「それじゃあ、行ってきます」

「お夕飯の前には帰ってきてね、()()()()

「がってんしょうち」

 

 意気揚々と玄関を飛び出し元気に手を振ってみせるリリアに、千穂は苦笑いを浮かべながら手を振り返した。

 ──故郷ではその出自と特性から籠の中の鳥に近い育て方をされていたと聞くリリアが、ぐんと広がった外の世界に興味を示すのは自然なことだろう。

 世界中から様々な人や神が集まる関係上、オラリオは治安が良いとは口が裂けても言えない都市ではあるが、きちんと約束も交わしたのだからリリアは無事に帰って来る。

 何故かそんな確信が千穂にはあった。

 やがてリリアの背中も見えなくなり、自分がオラリオにやって来た時はどうだっただろうかと過去を懐かしみながら、読書の続きをするため自室へと戻る千穂。

 

 誰もいなくなった拠点の庭では、厩舎から全てを見守っていたライスインパクトがえらいこっちゃと身体を震わせていた。

 

 

 

 という訳で、千穂から貰ったお弁当の効果もあって元気百倍のリリアは、しっかりと千穂の言いつけに従ってメインストリートを歩き、自分なりの「探検」を楽しんでいた。

 千穂やリフィーリアと共に派閥の厨房を預かる一人として、リリアは【ニニギ・ファミリア】に入団してから何回か他の団員と共に食材の買い出しなどで街へ繰り出した経験がある。

 しかしそれらはあくまで目的地が存在するお出掛けであって、今日のようにあてもなく、リリアの心の赴くままに歩くといった事は初めてなのだ。

 道行く冒険者たちの装備する剣や鎧に目を輝かせ、すれ違った獣人のふわふわした尻尾に興味を惹かれ、豊満な身体を惜しげもなく晒して歩くアマゾネス達には目のやり場に困って少し赤面する。

 そうやって米や稲作以外の物事に関心を向けて見てみると、少しずつ見慣れてきたはずのオラリオの街並みが、リリアに新たな一面を見せてくれているような気がした。

 自然と笑顔を浮かべ、オラリオ散歩を心の底から楽しんでいるリリアだが、意外なことに千穂の言いつけはしっかりと守り、視線を向けていた冒険者が裏路地に入って行ったとしてもそれ以上興味を示すことはなく、路地の入口にも近付かなかった。

 だが、その程度で安全を確保出来るほど、オラリオという都市(まち)は甘くない。

 リリアが歩くメインストリートの両脇、様々な店や建物が軒を連ねることで生まれた影に潜むようにして、彼女の様子をうかがう怪しい影がいくつもあった。

 

「ここからロリの匂いが、するンゴねェ……!」

「どうか忘れないで欲しいお散歩幼女は神々(われら)の光であり──」

「ロリ()()()()()()の一人くらい攫っても……バレへんか」

 

 そう、リリアがオラリオに到着した日にも何柱(なんにん)か姿を見せていた、色々と手遅れな神々である。

 枝を片手に、にこにこ笑顔を浮かべてメインストリートを歩くリリアの姿は、夜道に置かれた誘蛾灯のように数多の変態(かみがみ)を引き寄せた。

 しかしリフィーリアの護衛も無い今、米狂いの中身に目を瞑れば世間知らずなエルフの幼女でしかないリリアは、神々にとってまな板の上の鯉に等しい。

 そのはずだった。

 

 変態たちがその牙を剥き出しにして(リリア)へ食らいつこうとした瞬間──彼らの鼻先を掠め、なにかが飛来する。

 

 それは飛んできた勢いのまま地面や壁に突き刺さり、微かな金属音を立てながら、込められた力を示すように震えていた。

 飛来した「なにか」の正体は、刃先が黒く変色している薄茶色の諸刃の投剣。

 着弾後の反動でポロリと後端が欠けたところを見ると、 足元の土塊を固めて射出したようだが、ただの土塊と侮るなかれ。

 レンガや石畳を、隙間に潜り込むでもなく貫いたそれが直撃していれば神などひとたまりもなく送還され(ころされ)ていただろう。

 掠めた鼻先や耳から、つつ、と血を流した変態(かみ)共が、油の切れたロボットのようにぎこちない動きで飛んできた投剣を見ると。

 

【次はコロス】

 

 そんな内容の神聖文字(ヒエログリフ)が、刀身に一言だけ彫り込まれているのが見えた。

 ──あっ、これ本気(マジ)だ。

 謎の下手人から送られてきた殺気(物理)に恐れをなした変態たちは、それぞれの捨て台詞を吐きながら自分たちの拠点(ホーム)へと帰っていくのであった。

 

「あれ。土精霊(ノーム)、どうかしたの?」

『──』

 

 初日と同じく、変態共との暗闘が繰り広げられていた事すら気付いていないリリアの側では、淡く光る黄色の光点が、一仕事終えたように明滅すると彼女の手に持つ白い枝へと帰っていった。

 さて、そんな一幕がありつつも、要介護生物(リリア)のオラリオ散歩はまだまだ続く。

 豊饒の女主人の側を通った時には、客引きをしていた鈍色の髪をした店員から話しかけられたため、いくつかの質問に答えたあと優しく頭を撫でられ。

 屋台が立ち並ぶ通りでは、じゃが丸くんなる謎のジャンクフードを売っていた女神から、初めてのお散歩記念ということでひとつサービスしてもらい。

 近くに設置されていたベンチに座り、ほくほく笑顔でじゃが丸くんを頬張るリリアに影響されたのか、妙にエルフの客が増えたその日のじゃが丸くん屋台の売り上げは、いつもの数倍になったという。

 

 

 

「……ここ、どこ……?」

 

 さて、順調にお散歩を楽しんでいたリリアだが、じゃが丸くんを食べた後、調子に乗ってあちらこちらと色々な場所へ行き過ぎた結果──気付けば道に迷っていた。

 言いつけを守って大通りを歩いていたはずが、いつのまにか左右を見ても壁、前を見ても壁。

 後ろを見れば、少しの道はあるものの、すぐに壁へと辿りついてしまう。

 普通に考えれば侵入すら出来ないはずの場所で小首を傾げるリリアは、事前に注意されていた「迷宮街」と名高いダイダロス通りに迷い込んでしまい、そのまま迷子となっていた。

 初見の者はまず間違い無く遭難し、慣れた者も気を抜けば遭難するとまで言われる、オラリオの「第二の迷宮」ことダイダロス通り。

 千穂の注意を受けて、ダイダロス通りには近付かないという意識自体はあったリリアだが──肝心の「そもそもどこがダイダロス通りなのか」という知識が抜け落ちていたのが命取り。

 ダイダロス「通り」と言われているのだから、きっと見た瞬間に分かるほどガラの悪い商店街みたいなものだろう、と考えていたリリアは、まさか第三区画の広域住宅街そのものであるとは気付くことも出来ず、気がつけばこの通りに迷い込んでいたという訳である。

 

「うーん、どうしよう。困った」

 

 旅慣れた冒険者ですら冷や汗を流す場面だが、あまり大事だとは考えていない様子のリリアが首を傾げると、入団後もリフィーリアが毎日欠かさずケアをしてくれている()()()()()()が揺れた。

 さらに髪から覗く尖った耳は、ヒューマンよりは長いものの、エルフと比べれば半分ほどの長さまで短くなっており、容姿が整いすぎている事に目を瞑ればハーフエルフのような外見へと変貌していた。

 とりあえず周囲の壁を調べてみようと考えたリリアが少し動くと、蜃気楼のように彼女の周りの空間が揺らめく。

 その周囲をふわふわと漂うのは、淡く光る人魂のような不思議な物体──リリアに宿る精霊たちの欠片である。

 欠片とはいえ、名のある大精霊から分かたれた彼らにはかなりの力とはっきりとした意思が存在し、火と水、そして風の力を持つ精霊の欠片たちは、自分達の権能を最大限に行使して、リリアの外見をハーフエルフのものと誤認させているのだ。

 とはいえ、そこに誰かの指示はなく、散歩を始める前から暇を持て余した精霊の欠片達が、リリアへのイタズラとしてやり始めたことである。

 もっともイタズラを仕掛けられたリリア本人が気付いていないため、本当に「(いたずら)」となっているのだが──幸運なことに、彼女が王族(ハイエルフ)である事を隠す良いカムフラージュになっていた。

 

「なるべく早く帰らないと、みんなが心配するだろうし。なによりご飯も食べられない……!」

 

 千穂との約束を気にした様子で、その場でぐるぐると歩き回りながら解決策を考えるリリア。

 うんうんと唸った彼女は、やがてなにかを思いついた明るい表情を浮かべると、ポンと手を叩いた。

 

「道がないなら作ればいい!!」

 

 白米色の脳細胞が導き出したのは、単純明快、脳筋の極みな解決策。

 だというのに、まるで智将が考えた策謀かのようにほくそ笑んだリリアは持っていた白い枝──精霊の欠片たちに対する指揮棒──を振りかざすと、多分こっち、と勘で行き先を指した。

 

土精霊(ノーム)、道を作って!」

『──!』

 

 謎に自信満々なリリアが枝で指し示したのは、石畳が敷き詰められたダイダロス通りの地面。どうやら他人の住居に大穴を開けるのは流石の米狂いでも躊躇ったらしい。

 リリアの無茶振りとも言える指示を受けた土精霊(ノーム)の欠片だが、愛し子に頼られて嬉しいのかやる気に満ち溢れた様子で明滅すると、他の欠片たちと同じく少しの遊び心を織り交ぜて権能を振るい、彼女の望む「道」を作り上げた。

 

 リリアが枝で指した方向へ一直線に全てを貫き、そのままダンジョン20階層まで繋がってしまったバカのトンネルを。

 

 迷宮都市を代表する建造物「神の塔(バベル)」の生みの親であり、複雑怪奇なダイダロス通りの名前の由来にもなった奇人ダイダロス。

 彼と彼の子孫が何百年もかけてコツコツと作り上げていた執念の結晶たる人造迷宮(クノッソス)は、リリアと土精霊の欠片によって劇的なビフォーアフターを迎える事となったのだ。

 

「おおー、中々のお点前で」

『──』

 

 ──なんということでしょう。

 ──恐怖と絶望の象徴としてクノッソスの各所に配置されていた怪物(モンスター)の彫像は、生成中のトンネルによって貫かれ上半身の消し飛んだ無惨な姿となり。

 ──闇派閥(イヴィルス)での犯罪行為にも手を染めて資金調達に勤しみ、素材からこだわり抜いた最硬精製金属(アダマンタイト)製の階層は「そんな事知らん」とばかりに最上層から最下層までを繋ぐ最短経路(トンネル)が付け足されたのです。

 

 それは例えるなら、誰かが黙々と並べていたドミノを横から思いきり蹴飛ばすような蛮行。

 奇人ダイダロスが今のクノッソスを見れば、迷宮に魅入られた時を遥かに超える発狂を見せてくれることだろう。

 この一瞬でダイダロスの子孫と彼らの所属する闇派閥全てを敵に回したリリアだが、当の本人にそんな大事をしでかした自覚があるはずもなく、実行犯である土精霊の欠片もリリアの賞賛に嬉しそうな点滅を見せるのみだ。

 常識という必需品(もの)をウィーシェの森に置き忘れてしまったらしいリリアは、先の見えない暗闇が続くトンネルの中をそっと覗き込むと、ひとつ頷いてから躊躇なく穴の中へと身を投じる。

 

風精霊(シルフ)、着地とその他諸々よろしく」

『──!?』

 

 まさかの丸投げに風精霊の欠片が驚く気配を引き連れて、リリアは探検の続きへと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──()()は、生まれながらにして餓えていた。

 無数の同族(モンスター)を殺し、無数の闘争に身を委ねてもなお収まることのない強烈な餓え。

 素手で撲殺し、足で圧殺し、肉体で粉砕する。

 激しい闘争を経る度に皮が裂かれ、骨が砕けた。

 無限に現れる外敵に肉を溶かされ、腐り落ち、それでもなお彼は同族を殺し、闘争を続けた。

 しかし、どれだけ「それ」が強くとも文字通り無限に続く戦いの中に居続ければ、やがて限界がやってくる。

 

 飽きるほど繰り返した闘争の末に、彼は膝を折った。

 

 いつしか芽生えていたそれの自我が力尽きる前に想ったのは、いつか経験したはずの、血湧き肉躍る真っ白な闘争の憧憬(ゆめ)

 迫りくる殺意の津波を前に彼が想うのは、あの興奮と楽しさ、そして恐怖を二度と味わえないのだという淡い後悔だった。

 その時だ。

 

 同族の海をかき分けて、()()たちが現れたのは。

 

 統率の取れた戦い方をする彼らは、襲い来る同族から見ず知らずの彼を守りきり、見事死地から救い出した。

 それだけではない。

 自分達の「家」に彼を運び、闘争の傷が全身に刻まれている彼の体を、対価も無しに癒してくれた。

 異端児(ゼノス)──そう自分たちを呼称する彼らとの暖かいやり取りは、生まれ落ちたその時から無限の闘争に身を置いていた彼にとって「餓え」以外の何かを芽生えさせる程度には良いもので、良い存在であった。

 異端児は彼に、自分の持つ餓えの正体を教えてくれた。

 

 ──()()()()()

 

 同胞の戦士は言った。

 それはお前の「願い」なのだと。

 戦う事しかしてこなかった彼は、戦士の言う願いとはどう言うものなのか、いまいち理解出来なかった。

 それでも同胞たちは嫌な顔ひとつせず、彼は他にも様々なものを教わった。

 知恵を、強さを、そして武器を。

 そして今、彼は同胞達の家を出立し、自らが生まれた場所へ──深く冷たい黒鉄の迷宮へ向かおうとしていた。

 同胞たちの家はあの迷宮に渦巻く悪意から遥か遠く、いつまでも居たくなるほどに暖かい場所だ。

 

 しかし、駄目だ。

 このままではいけない。

 このままでは、あの憧憬に手を伸ばす事は許されない。

 

 もう行くのか、と同胞の戦士は言った。

 まあお前なら大丈夫だとは思うが、と戦士は彼が持つ強さへの信頼を見せる。

 自分の肉体を使う戦い方しか知らなかった彼に、武器の使い方を教えてくれた戦士は良き練習相手であった。

 だが、それでは満足することが出来なかった。

 もう少しゆっくりしていっても良いのだぞ、と黒き同胞は言った。

 彼に数々の知恵を、そして強さというものの本質を教えてくれた智慧者の同胞は、君は言っても止まらないのだろうな、と若干の諦観を滲ませながら彼にそう言った。

 

 そうだ。

 自分はこんな所では止まらない。

 止まれないのだ──あの光ともう一度「闘う」為に。

 

 森の様になっている迷宮を歩く。

 冒険者に見つからぬよう、己の気配を殺しながら。

 時折周囲の壁が割れ、大量の同族達が生まれては彼に襲い掛かるが、その程度の悪意など、彼にとっては武器を用いた戦いの練習にもならなかった。

 同胞から貰った両刃斧(ラビュリス)を振るい、瞬く間に鏖殺する。

 魔石を砕かれ灰になっていく同族達を見ながら、彼は不満げな鼻息を漏らした。

 両刃斧を背負い直し、深層へ向かって再び歩き出そうとしたその時。

 

『──!』

「んぎゃっ、ぺぐぅ!?」

 

 まるで空から落ちてきたかのように、不格好な着地を決めながら1人の冒険者が姿を現したのだ──いや、冒険者と言うには少し幼すぎるか。

 彼の腕よりも細い、枝の様な体。

 迂闊に触れば砕いてしまいそうなほど小さな顔。

 そして、さらりと流れる蒼銀の髪。

 その色を見た瞬間、彼の脳裏を「憧憬」が過ぎった。

 いつか見た、真っ白な光。

 

「いったたた……土精霊(ノーム)、ちょっと頑張りすぎたね。風精霊(シルフ)もお疲れさ……ま……?」

「……」

 

 小さな()()()()が、彼に気付く。

 彼はこのいきものが取る行動によって、自分がどう動くかを決めようと思った。

 常ならば先手必勝として襲いかかるはずの彼が様子見に徹するのには、別にどうと言う理由はない。

 強いて言うならば、いきものが纏うその「色」だ。

 そして、小さないきもの──リリアが動く。

 

「……えっと。牛の獣人さん、おにぎり食べますか?」

「何?」

 

 普通ならばあり得ない、怪物(モンスター)への昼食のお誘い。

 それが、雷光(アステリオス)米狂い(リリア)の出会いであった。 

 

 

 

 

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