TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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 その他の豆腐も可。
 献立に困ったら豆腐丼を食べがちな作者です。



冷や奴、木綿で食うか、絹ごしで食うか?

 

 

 

 

 

 極東とは違い、米がマイナーな食材であるオラリオでは稲作だけで食べていくのは無理があるということで、日々の生活費を稼ぐため迷宮(ダンジョン)での探索も行っている【ニニギ・ファミリア】の団員たち。

 極東の神々から千穂を保護する際に何度か死線を乗り越えた事もあって、伊奈帆たちの神の恩恵(ファルナ)は全員レベル2まで昇華されており、最近入団したリフィーリアは『学区』出身ということで言わずもがな。

 団員の実力は担保されているため、怪物(モンスター)の魔石やドロップアイテムを換金した際の稼ぎは中々のものとなっていた。

 這々の体でオラリオに来たばかりの頃と比べると、稲作で稼ぐ(ヴァリス)よりも探索で得た金の方が多いくらいで、曲がりなりにも「稲作系派閥(ファミリア)」を名乗る身としてこれで良いものかと主神(ニニギ)は裏で頭を悩ませている。

 さて、そんな少し世知辛い事情もあって今日も元気にダンジョン探索を行った伊奈帆たちは、運良く換金性の高いドロップアイテムを複数入手出来たため、いつもより温かくなった懐にホクホクとした笑顔を浮かべながら大通りを歩いていた。

 太陽が外壁の向こうへと沈みかけた空は茜色に染まり、通りの脇に設置された魔石灯が都市を照らし始める時間帯になっても、商人たちの威勢の良い声は変わらない。

 古今東西から集まった様々なジャンルの商品が並べられた見世棚をみんなで冷やかしながら歩いていると、最近オラリオでの生活に慣れてきたリフィーリアがなにかに気付いた様子で呟いた。

 

「あれは……」

「どうしたリフィーリア、気になるものでもあったか?」

 

 そんな彼女に気付いた伊奈帆が問いかけると、リフィーリアは軽く微笑んで首を横に振った。

 

「先ほど妹が見えたように思ったのですが。人が多くて、もう見失ってしまいました」

「えっ、リフィーちゃん妹がいたの!?」

「……ええ、そうですよ?」

 

 そう驚きの声をあげたのは、小腹満たしに近くの出店でリンゴを買おうか悩んでいた千恵だ。

 伊奈帆と穂高もこのカミングアウトには驚いたらしく、各自思い思いのリアクションを見せる彼らに、リフィーリアは昔を懐かしむような目で妹の事を話し始めた。

 

「私の妹──レフィーヤ・ウィリディスというのですが、昔から外界への興味が強い子でして。私が『学区』に入学したのも、あの子に引っ張られるようにして受験したからでした」

「……あの『学区』の入学試験に合格した事をこうもサラッと流されると、実は簡単に入学出来るんじゃないかと勘違いしそうになるな……」

「ていうか妹の名前、レフィーヤ・ウィリディスって言った!? それって、あの【ロキ・ファミリア】の……!?」

「ええ。多分そのレフィーヤで合っていると思います」

 

 2人とも世界最高峰の学術機関である『学区』を卒業し、片や王族(ハイエルフ)の専属侍女、片や都市最強派閥の有望な冒険者。

 伊奈帆たちはウィリディス家のエリート具合に戦慄すると同時に、そんな生粋のエリートの片割れが心酔している()()()()()の事を思い浮かべた。

 

『いってらっしゃい。今日の夜ご飯は出汁巻き玉子に根菜の煮付けだよ、ふふん』

 

 今朝も、ダンジョンへ赴く伊奈帆たちを謎のドヤ顔と宣言で見送っていたリリアは、主神のニニギですら時折エルフである事を忘れてしまいそうになるほど、色んな意味で「エルフらしからぬ」幼女だ。

 マイペースの権化であり行動力の化身、それでいて複雑な出生をもつリリアだからこそ()()()()()()()()として選ばれたのだろうが──たまに突拍子もない行動をとる彼女を見ていると、時々エルフの事を変人の集まりかなにかだと誤解しそうになる。

 

「リリア、今何やってるかな」

「この時間帯ですと、恐らくはお米を炊いている頃かと」

「流石は専属侍女。リリアちゃんのことは何でもお見通しだね!」

「いいえ、まだまだです。もっと精進しなければ」

「……今思えば、王族(ハイエルフ)が飯炊き女など不敬の極みだな……」

 

 そうやってころころと話題が変わる他愛もない会話を楽しみながら、拠点(ホーム)への帰路を辿る少年少女たち。

 彼らが大通りの喧騒をBGMに歩みを進めていくと、徐々に立ち並ぶ店の趣が変わり始めた。

 オラリオではよく見かける食材や様々な種族の衣装、果ては無名の鍛冶師が打った武器や防具まで売られている出店から、極東周辺では有名な山菜や独特の風味が人を選ぶスパイス、怪しげな漢方薬などが並べられた旅商人の露店へと。

 まるで、ある地点を境に別の国へ転移してしまったような変わり具合。

 これが迷宮都市オラリオが「世界の中心」と呼ばれる原因のひとつ、世界中から多種多様な旅商人が商機を求めて集まる交易エリアだ。

 定住する場所を持たず、根無し草としてあらゆる場所を転々とする旅商人にとって、娯楽好きの神々たちの影響で経済の動きが常に活発なオラリオは商売の最前線。

 辺境で安く仕入れた商品が神の目に留まり、数千倍もの価値を持った金の卵になるなど日常茶飯事なのだ。

 また、これは売れると確信して高値で仕入れた商品が泣かず飛ばずで全く売れなかった場合は、目も当てられない悲惨な結果に終わる。

 特に、極東や北方から長旅を経てやって来た旅商人などは、オラリオに到着するまで少なくない路銀を費やしている事が多い。

 そのため、客足が衰え始める夕方になっても一発逆転を諦めきれない者たちが、必死に声を張り上げては金蔓を探して目を皿のようにしているのだ。

 そんな博打に負けた敗北者たちに捕まらぬよう、慣れた様子で旅商人の客引きを躱し続けていた伊奈帆たちは、ようやくお目当ての商人の下へと辿り着く。

 

「お婆ちゃん、来たよ〜!」

「……ひえっひえっ。待ってたよ」

 

 千恵が明るく声を掛けたのは、見たところ齢60を超えようかというヒューマンの老婆だ。

 お得意様である【ニニギ・ファミリア】の団員たちに気付いた老婆は、独特な笑い声と共に優しく目を細めた。

 彼女の名はリンカ。

 行商人を始めて40年以上の大ベテランであり、主に極東の品物を扱うため【ニニギ・ファミリア】をはじめとした極東系ファミリアに贔屓されている行商人だ。

 

「いつもの奴で良いかい?」

「ああ。ただ最近団員が2人ほど増えてな。その分金は出すから量を増やしてもらえるとありがたい」

「……ほーお。お前さん達のような変わり種に入団希望者なんて、蓼食う虫もなんとやらだ」

「正直、俺達もそう思う」

 

 リンカと穂高が主だって商談を纏め、極東由来の味噌や漢方、オラリオでは中々育たない山菜などをまとめて購入する。

 商談を終えた男衆が購入した品物が入った麻袋を担ぐ横で、極東の品々をリフィーリアに紹介していた千恵がとある大きな麻袋を見つけた。

 ずっしり重たそうに膨らんだ袋の口からは、千恵も見覚えのある丸い豆が大量に顔を覗かせている。

 

「お婆ちゃーん、これってもしかして大豆?」

「うん? ……ああ、そうだよ。今年は珍しく豊作だったみたいでね、余った分を仕入れてきたのさ」

 

 もしやと当たりをつけた千恵がリンカに問いかけると、その問いに頷きを返した彼女は枡で袋の中身を掬い、千恵たちがよく見えるように持ち上げた。

 

「へー、そっか大豆か! いつもはデメテル様のお店で買ってるけど、極東産のは久しぶりかも! ……ねえ穂高、これどうする?」

「どうするって、問いかけの体で強請るなよ……」

 

 なにやら()()()()を浮かべて己を見る千恵に、げんなりした表情で言い返す穂高。

 派閥内での立場的には団長である伊奈帆を頂点に、副団長の穂高、ヒラ団員の千恵やリリアたちと続くピラミッド構造になっているが、実際には遠慮など無くなって久しい間柄である千恵がこうして男性陣(特に穂高)を尻に敷いてくるのだ。

 頭の中で算盤を弾きながら、あーでもないこーでもないと大豆購入の費用を捻出し始める穂高の隣で、伊奈帆はふとした疑問を抱きリフィーリアに問いかけた。

 

「うーん、大豆か。そういえば、エルフって大豆とか食べたりするのか? リリア以外は基本菜食主義なイメージあるけど」

「そうですね。個人の好みに依るところが大きいですが、ウィーシェの森ではリリア様も含め皆基本的に野菜や果実を食べていたと思います。ただ、こういった豆類は……基本は砕いて鳥の餌にしていたかと」

「あー、まあ、美味しい果実とかが他に沢山あるならそうなるよな……」

 

 さもありなん、と頷く伊奈帆。

 大豆は「畑の肉」と称されるように栄養価も高く非常に用途の多い食材なのだが、如何せん大豆自体の味や食感が淡白すぎる。

 大豆と同じだけの栄養があり、かつ味も良い果実や野菜が豊富に採れるのなら、わざわざ調理法を確立してまで食べる必要は無いのだ。

 かくいう伊奈帆も、大豆を使った調味料や料理を食べるのは好きだが、大豆自体は苦手な部類に入る。

 ──まあ、とりあえず買っておけば、千穂が上手く献立に活用してくれるだろう。

 厨房に立ち始めてまだ数年といったところだが、既に自分達よりも美味い飯を作る料理番(ちほ)に大豆を丸投げすることを決めた伊奈帆は、後に持ち帰る麻袋の重さを考慮に入れなかったことを深く後悔するのであった。

 

 

 

 

 

 そんな訳で、いつもよりも重たい荷物に四苦八苦しながら拠点(ホーム)へと帰還した伊奈帆たち。

 食欲をそそる匂いが拠点の周囲までふわりと香る中、水浴びで探索中の汚れや汗を落とした彼らは、疲労と空腹でくたくたになりながらも待望の夕飯にありついていた。

 献立は今朝のリリアの宣言通り、出汁巻き玉子と根菜の煮付けに、味噌汁と白ご飯の王道な組み合わせ。

 手を合わせるのももどかしく、食欲の赴くままに煮付けを口に放り込めば、迷宮探索で疲れた体に甘じょっぱい味が染み渡る。

 味噌汁と出汁巻き玉子も、普段のものより味付けが濃い目にされていて、作り手である千穂が少しでも伊奈帆たちの疲れを癒やしたいと気を配ってくれたことが分かった。

 

「皆、今日も無事に帰って来てくれた。それこそが……」

「くぅっ、味噌汁が染みるぅ〜! 千穂ちゃんおかわり!」

「はい! まだまだいっぱいありますよ!」

「ご飯もたくさん炊いてるよ」

「……うん、それこそが私の一番の喜びだ、うん」

 

 美味しい夕飯を、団員(かぞく)皆で食卓を囲み食べる。

 せっかくの祝辞を聞き流されて少し悲しそうなニニギを尻目に、まるで競うようにおかわりをして夕飯に舌鼓を打った伊奈帆たち。

 彼らは食後の挨拶を交わした後、どこか哀愁漂う背中で神室(しんしつ)へと戻っていったニニギを見送り、今回の主な戦利品となった大量の大豆の処遇について話し合っていた。

 というのも、冷静になった後でリンカから購入した大豆を見返してみると、彼らだけでは中々食べきれないだろう凄まじい量だったのだ。

 

「いっそのこと全部納豆にする?」

「ナットウ、ですか?」

「保存は効くけどさぁ。俺、納豆嫌いなんだよな……」

「昆布ダレを作れば美味いとは思うが……俺達だけで消費すると仮定した場合、この量を食べきるまでに何ヶ月かかると思っている?」

「だよねぇ〜……」

 

 穂高の冷静なツッコミに力無く同意した千恵は、食器が片付けられたちゃぶ台の上に突っ伏した。

 伊奈帆と穂高は慣れたもので、そんな彼女の仕草を呆れた表情で見守るだけだったが、それに待ったをかけたのは今もリリアの侍女としての意識を欠かさないリフィーリアだった。

 

「千恵、年頃の女子がはしたないですよ。千穂さんの姉なんですから、身近な淑女のお手本としてきちんとしなければ」

 

 極東の礼儀に倣って、折り目正しく正座したリフィーリアからの正論パンチ。

 しかし、正論が常に人の心に響く訳ではなく──むしろその言葉を受けて不満そうな表情を浮かべた千恵は、厨房で千穂と共に食器を洗うリリアを指し示し反論した。

 

「私はリフィーたちと違って一般庶民だから関係ないんですぅ〜。というか、はしたなさで言ったらリリアちゃんもいい勝負でしょ! 仮にも王族(ハイエルフ)なんだからそっちを注意しなよ!」

「え、呼んだ?」

「──今リリア様の事を侮辱しましたか!? 確かに今は()()()()()ですけど、やる気を出せばきちんと王族として振る舞える方なんですからね!?」

「なんで急に悪口言われた?」

 

 何故か口論の槍玉に上げられたリリアは、彼女の言葉も聞こえない様子で姦しく言い争いを始めた2人に憮然とした表情でため息をつく。

 巻き込まれないように部屋の隅へ退避した伊奈帆たちと肩を竦めあったリリアだが、リフィーリアと千恵が遠慮なく口喧嘩の出来る間柄になった事を喜ぶように、その口元には微笑みが浮かんでいた。

 

 閑話休題(それからしばらく)

 

 女子2人の言い争いはなんとか無事に決着を迎え、千穂とリリアも洗い物を終えて【ニニギ・ファミリア】団員総出での大豆消費対策会議が始まった。

 議題はもちろん、買い込んだ大豆をどうやって消費するかなのだが、別に大豆の品質が悪いわけではないという点には留意する必要がある。

 むしろ、極東からはるばる運んできたと考えると高品質な部類であるほどで、既にある程度は味噌や納豆の材料にしてオラリオ産の大豆(もの)と味の違いを比べてみようという事になっていた。

 

「お味噌、黒豆、納豆……あとは、お醤油とか?」

「ひじきの佃煮とかどうよ?」

「きな粉餅も捨てがたいな……!」

「はい! 豆乳にして湯葉つくろう!」

「リリアちゃん、どこでそんな料理覚えてきたの……?」

 

 あれこれと提案、というより大豆を使った料理を挙げていく伊奈帆たち。

 真剣な表情で自分の食欲に正直な発表をするリリアだったが、極東出身者たちの反応は良くない。

 というのも、千穂が不思議そうにしているように、精進料理の材料として有名な湯葉は、極東ではあまりメジャーな食べ物ではない。

 伊奈帆たちもリリアに言われて初めて「そういえばそんなものもあったな」といった反応をしており、むしろリリアがどこで湯葉を知ったのかという疑問が生まれていた。

 その場にいた全員から向けられる追求の目。しかし、そんなもので狼狽えるような性格であれば、リフィーリアを巻き込んでウィーシェの森から飛び出したりはしない。

 

「部屋にあった料理の本で読んだ」

「……精進料理の本なんて買ってたかなあ」

「買ってた買ってた」

 

 嘘も嘘、大嘘である。

 それでも、謎の自信で堂々と胸を張るリリアには不思議な説得力があるもので、千穂たちは「……買ってたかも?」とそれぞれ自分を納得させてしまった。

 自分に勝利の女神が微笑んだことを確信し、なんとも腹の立つドヤ顔を披露するリリア。

 勝利の女神とやらは目が節穴なのかもしれない。

 

「豆乳といえば……お豆腐とかも作れちゃいますね」

「豆腐……豆腐かぁ。そういえばオラリオに来てから随分と食べてないな」

「お豆腐を食べたことの無い2人がいるんだし、ここはシンプルな冷や奴にしようよ! 元が大豆だからきっとエルフも食べられるはず!」

 

 リリアの湯葉が食べたいという発言を受けて、材料である豆乳からお豆腐を連想した千穂。

 彼女の言葉を皮切りに、久しく豆腐を食べていなかった極東出身者たちの中で豆腐を作ろうという雰囲気が強まっていく。

 エルフでも食べられるという千恵の言葉が耳を惹いたのか、リフィーリアも少し興味が湧いた様子で、お豆腐とはいったいどんな料理なのか、具体的な外見や味などを千恵に教えてもらっていた。

 

「それじゃあ、今思いつく大豆の使い道としてはざっとこんなもんかな。明日は探索後の休養日だし、俺たちも大豆料理を手伝うぜ」

「はい! ありがとうございます、伊奈帆!」

 

 買い込んだ大豆を、とりあえず全て食べる方向で使い道を考える様は、まさしく食に対する探究心の塊。

 そんな極東の民らしい話し合いを終えた【ニニギ・ファミリア】は、皆明日に備えて探索の疲れを取るために就寝の準備を始め、千穂も「豆腐丼の舞」なる怪しげな踊りを続けていたリリアを回収し、自室へと戻るのであった。

 

 

 

 そして後日。

 派閥の規則(ルール)に従って拠点での休息日を送っている伊奈帆たちは、朝食後どこからかニニギが持ってきた木箱に驚愕の視線を向けていた。

 

「に、ニニギ様。これって……」

「ああ、『豆腐箱』だ。せっかく極東産の大豆を使うのだから、代用の箱で作るのは勿体なく感じてな。今朝スクナのところから借りてきた」

「流石はスクナビコナ様、なんでも作っていらっしゃる……」

 

 それは言葉で表すなら、枡をそのまま大きくしたような箱の両脇にいくつかの穴を空けて、同じように穴の空いた底を取り外せるようにした、風変わりな構造の木箱。

 名前はそのまま「豆腐箱」といい、豆腐を作る際に使う型箱である。

 そこそこ使い込まれた痕跡が見える豆腐箱を前に、団員たちの脳裏には、背丈の低い老神(ろうじん)が朗らかに笑う姿が思い浮かんでいた。

 穂高がしみじみと呟いたその神の名は、少名毘古那(スクナビコナ)

 古事記において大国主(オオクニヌシ)と共に国造りを行ったとされる神で、医療や農業、建築などのあらゆる物事に精通しており、オラリオでは「スクナの湯」と称して銭湯を営む傍ら技術屋として様々な道具や機械を開発している。

 豆腐箱も、その一環というわけだ。

 

「うおぉー!! スクナビコナ様ありがたやぁー!!」

「また始まったよ」

 

 銭湯で会ってからスクナビコナの事を「稲作の神」として崇めているリリアは、豆腐箱が彼の手製である事を知るや否や、霊験あらたかな宝でも見たかの如く震える手を合わせて拝んでいた。

 だが、そろそろ彼女の奇行にも慣れ始めた【ニニギ・ファミリア】の団員たちは、そんな米狂い(リリア)を見てもさらりと受け流し、用意した大豆と調理器具を用いて豆腐作りを始める。

 置いてけぼりを食らったリリアが正気に戻ったのは、彼女を慈母の微笑みで見守っていたリフィーリアがしばらくして肩を揺さぶった時だった。

 

 

 

「もっと腰を入れて潰せ。美味い豆腐が出来ないぞ」

「うおおおおぉぉぉぉ!!」

「フン! フンッ!! フンヌッ!!」

「頑張れー」

「が、頑張ってくださーい!」

 

 すり鉢に入れた吸水の終わった大豆とそれよりも少し多いくらいの水を入れ、雄叫びと共に棒でひたすら磨り潰していく。

 鬼の形相でごりごりと大豆を粉砕する男子たちの奮闘を板の間で観戦しながら、ニニギと女性陣はお茶を啜り、彼らにお気楽な声援を送っていた。

 

「お前らも……! 見てないでッ、手伝えよッ……!」

「やだぁ〜、男子ったらか弱い()()()()()に力仕事させるつもり? ねぇ、リフィー」

「……千穂たちはともかく! 千恵はレベル2で、『力』の能力値(ステイタス)も俺達より高いだろうがッ!」

「そのまま歯ァ食いしばれ」

 

 途中、虎の尾を踏んだ穂高が千恵によって粉砕されかける事件が発生したが、伊奈帆たちが全身全霊をかけて大豆を粉砕した後に出来たのは、粉物の生地のようにどろりとした大豆の汁。

 

「リリアちゃん、これは生呉(なまご)って言うんだよ」

「へー、知らなかった」

 

 疲れ果てた伊奈帆と穂高が言葉も無く床に転がる中、出来上がった生呉についてリリアに説明する千穂は、土間のかまどでそれを煮込み始めた。

 底の浅い鍋に生呉を注ぎながら、焦げ付かないようにしゃもじでよくかき混ぜる。

 注いだ生呉がぐつぐつと沸騰し始めたら、リリアが火の勢いを調節して弱火にすること約10分。

 あらかじめ用意しておいたザルに()()()を敷き、それを大きい丼に被せた後、その上から煮込んだ生呉を注いで取り出した。

 

「お姉ちゃん、リフィーリアさん、お願いします」

「リフィー、頑張って」

「はい! 一生懸命絞らせていただきます!」

「ちょっとリフィー!? 火傷するって!」

 

 丼に取り出したばかりの生呉は沸騰したてでとても熱いため、最初の方はしゃもじを使いながらこし布で生呉を絞っていく。

 その後、手で触れても大丈夫な温度まで冷めれば、両手を使ってしっかりと生呉を絞りあげるのだ。

 この時に分離する液がいわゆる「豆乳」で、こし布に残る繊維質が「おから」と呼ばれている。

 ニニギが伊奈帆たちを板の間に運び介抱する中、絞り終わったこし布とおからを除いて豆乳を再び鍋の中に入れると、今度は弱火でゆっくりと温めていく。

 

「……これくらいかな?」

 

 上に手をかざして豆乳が十分に温まったと感じたら、次はぬるま湯で溶いた()()()を加え、豆乳を凝固させる工程だ。

 普段は煮付けなどの灰汁取りに使用しているにがりを加えた後、数回かき混ぜてから鍋に蓋をして蒸す。

 

「うん、いい具合だねぇ」

「本当にあの液体が固まるんですね……」

「ぷるぷるしてる」

 

 しばらく蒸してから鍋の中を覗いてみると、水のような透明な液体の下で白い沈殿物が固まっていた。

 この白い沈殿物こそが今回の目的である「豆腐」であり、このままザルなどに出したものが、いわゆる「寄せ豆腐」と呼ばれる種類の豆腐なのだ。

 

 ここからの工程を経て、我々のよく知る「木綿豆腐」や「絹ごし豆腐」が出来上がる。

 

 まず、豆腐箱を水洗いした後にさらし布を敷き、水を受け止めるための大皿と豆腐箱の間に棒を数本敷いて、箱が大皿から少し離れた状態を作る。

 そして、箱に適量の豆腐を入れたあと蓋をして軽めの重石を乗せて水をきっていく。この後は程よく豆腐が固まるまで放置だ。

 

「美味しくなれよー」

「まだ半分ほど残ってますが、これはどうされるので?」

「これはこれで美味しいのですよ、リフィーさんや」

 

 豆腐作りの作業はこれで終わりだが、箱に入り切らなかった分はどうするのか、とリフィーリアが残りの豆腐を見ていると、したり顔の千恵が彼女に匙を手渡した。

 

「あっちで水を切っているのが木綿豆腐。こっちのぷるんぷるんの奴は寄せ豆腐ね」

「……絹ごし豆腐は?」

「あれ、リリアちゃん絹ごし豆腐も知ってるんだ。あれはちょっと別の作り方だからまた今度。というか、これが半分絹ごし豆腐みたいなものだしね」

「へー」

 

 リリアと千恵の会話を聞きながら、リフィーリアは少し緊張した面持ちで寄せ豆腐を掬い、一口いただく。

 

「……美味しい……!」

「でしょ〜?」

 

 口の中に入れた瞬間、淡白な中にも確かに存在する大豆の風味が広がり、出来たてなのも相まって心地良い香りが鼻を抜けていく。

 まだ温かい豆腐は舌に乗せた時点でほろほろと解け、今までリフィーリアが食べた食材のどれとも一致しない不思議な食感だ。

 一般的なエルフのお眼鏡に適ったことで会心の笑みを浮かべた千恵は、千穂が用意してくれた小皿に自分の分も取り分け、醤油をかけて一口。

 

「うーん美味しい。大満足の仕上がりかも!」

「なあぁー!? な、何勝手に食ってんだよ、一番の功労者にも食わせろよ!?」

「ニニギ様、寄せ豆腐をどーぞ!」

「うむ、ありがとうリリア。……後でスクナの所にも持っていかねばな」

 

 歓声をあげて満足げな千恵に気付き、伊奈帆たち男性陣は抗議の声をあげていた。

 そんな中、リリアは手際よく豆腐をいくつかに取り分けると、板の間で苦笑いを浮かべていたニニギの下へと運んでいく。

 相変わらずニニギには出所の分からない忠誠心だが、幼子の気遣いに微笑ましい気分となった彼は、リリアの蒼銀の髪を優しく撫でるのであった。

 

 そして、皆で黙々と寄せ豆腐をつつく時間が始まった。

 

 食べているうちに皆のお腹が空いてきたため、ここで少し遅めの昼食を摂ることに。

 伊奈帆たち年長組が豆腐の仕込みを追加で行う隣で、千穂とリリアが厨房に立つ。

 

「お米は大事」

「豆腐が出来上がるまではしばらくかかるし、豆腐に合う料理といえば……うーん、やっぱり焼き魚?」

 

 勝手知ったるとばかりにテキパキと分担して動く2人の様子に相好を崩しながら、ニニギは千穂とリリアが順調に仲を深めている事を実感する。

 あわよくば、このまま何事も起こらずに過ごせればと願うニニギだったが、残念ながら米狂い(リリア)がいる時点でその願いは叶わぬというもの。

 先の見通せない不安をひしひしと感じつつ、ニニギは出来上がった昼食を前に食前の音頭を取った。

 

「いただきます」

『いただきます!』

 

 挨拶を終え、鯵の焼ける香ばしい匂いを楽しみながら箸を手に取る。

 リリアは毎食のルーティンとして真っ先に米を頬張ると、それはもう嬉しそうな満面の笑みを浮かべ、続いて今回のメインディッシュである冷や奴に手をつけた。

 

「ん、美味しい!」

「作りたてだからか、風味も豊かだな」

「豆腐はやっぱり冷や奴だよねぇ」

 

 箸で切り分けた豆腐を口の中に放り込めば、豆腐の淡白な味によって醤油の濃い塩味が程よく中和され、風味豊かな味わいがふわりと広がる。

 そのまま醤油をつけて食べても十分に美味しいが、そこに薬味として添えられていたおろし生姜や細かく刻んだ細ねぎを上に乗せれば、豆腐はその味をがらりと変えた。

 生姜の強い風味や細ねぎの食感が、柔らかい冷や奴の味に更なるアクセントを加え、これまでよりも引き締まった印象を食べた者に与えるのだ。

 薬味の効いた冷や奴で、焼き魚の後味をさっぱりさせたニニギは、眷属(こども)たちが用意してくれた昼食に舌鼓を打ちながら、豆腐箱を返すついでにスクナビコナへお裾分けしようと食後の予定を再確認した。

 これは、ニニギとスクナビコナの関係が特別深いからという訳ではなく、こうした近所付き合いは他の派閥(ファミリア)間でも行われ──特に極東系派閥の間では珍しくない。

 元々横のつながりが強いお国柄という事もあるが、基本的に穏やかな性格の善神(ぜんにん)の多い極東の神々は、オラリオでも強固なコミュニティを形成していた。

 田植えや家の建築を初めとして、それぞれが自分達に出来ることで助け合い、支え合う。

 そんな主神(おや)の姿を見ているからこそ、極東系派閥の団員たちも互いに手を取り合う事を学び、実践して、極東系コミュニティはまさに理想的な関係と呼べるだろう仲の良さを実現していたのだ。

 

 

 

 ──【ニニギ・ファミリア】が豆腐をお裾分けしだす、その時までは。

 

 

 

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