TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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 最近、豚テキ丼の美味しさに気付いた。



ずぼらの味方、豆腐丼

 

 

 

 世界の中心と呼ばれるほどの経済規模を備え、世界三大秘境のひとつである迷宮(ダンジョン)や天界から降臨した神々の居住地でもある神の塔(バベル)などが存在する世界有数の大都市、オラリオ。

 その南西に位置する第六区画の交易エリアでは、冒険者どころか市民すら巻き込んだ、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 

「──そこのお嬢さんッ!!」

「ひえっ、は、はいっ!?」

「お代はいらねぇ、この豆腐を食っていきなッ!! 喉越しつるりと爽やかで、優しい甘さが美味しいこの()()()()()をなァ!!」

「ひえぇ……!」

 

 食材の買い出しに来た少女がうっかり交易エリアに踏み込んだ次の瞬間、目にも止まらぬ速さで物陰から現れた筋骨隆々の男たちが彼女を取り囲み、有無を言わさぬ圧の強さでなにかが乗った小皿を手渡した(おしつけた)

 小皿の上には謎の白い直方体と木製の小匙が鎮座しており、直方体は恐怖で震える少女の手に合わせてぷるぷると小刻みに揺れていた。

 

「食べるだけでいいッ! 無理に美味しいと言わなくてもいいッ! だが、君が絹ごし豆腐を食べた後、自然と口から零れるだろう──『美味しい』の一言がッ!!」

「試食! 試食! 試食!」

「た、食べれば解放してくれるんですか……!?」

 

 生まれたての子鹿の如く怯えている彼女を逃さぬよう、無駄に息のあったコンビネーションで周囲を回る男たちに圧されるまま、少女は初めて食べる白いなにか──絹ごし豆腐を小匙で掬い、ごくりと生唾を飲み込みながら口の中に放り込む。

 緊張の一瞬。

 男たちの筋肉にも汗が伝う中、毒の入った盃を煽ったように顔を顰めていた少女は、口の中で豆腐を転がす度に少しずつ表情を和らげていき、やがて思わずといった様子で呟いた。

 

「……お、美味しい、かも?」

「だよなァ!?」

「美味しいよなァ!?」

「豆腐と言ったら絹ごしだよなァ!?」

「ひぅ、ひえぇ……!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、我が意を得たりと満面の笑みで少女に詰め寄る男たち。

 完全にある種の犯罪としか思えない悪夢のような光景だが、残念なことに今の交易エリアでは似たような事が同時多発的に起こっていた。

 老若男女構わず、頭に鉢巻を巻いて腰には「豆腐」と大きく書かれた前掛けをした人々が、他の地区から交易エリアにやって来た全員に豆腐を押し付け──いや、試食を勧める。

 普段はその強面で周囲の人間を威圧している冒険者ですら、なす術もなく「豆腐屋」に囲まれて試食を余儀なくされている始末だ。

 

「いらっしゃいませええぇぇ!!」

「いらっしゃああああいッ!!」

「美味しい美味しい、木綿豆腐だよぉぉぉおおお!!」

 

 お前たちは戦場の真っ只中にいるのかと問いたくなるほど声を張り上げて、道行く人々に豆腐をアピールする謎の豆腐屋たち。

 よく見ると、彼らは同じ勢力の人間という訳ではないらしく、耳を澄ますと刺々しい言い争いが各所から聞こえてくる。

 

「そこの道行くお姉さん! あなたにはどんなお豆腐よりも木綿豆腐が似合う! そう、見るだけで分かる貴女の包容力と同じように、薬味や醤油の味が良く沁みる木綿豆腐がねッ!」

「なァ〜にが木綿豆腐だ! 冷奴は絹ごし豆腐に生姜と葱をのっけて醤油で頂くのが至高であり絶対だろうが! お前ら木綿の本領は鍋だよ、鍋!」

「はぁ〜!? 何言ってんだお前、とろりと口当たりのいい絹ごし豆腐の方こそ鍋に最適のお豆腐じゃねえか! 歯ごたえがしっかりしていて味も良く沁みる木綿豆腐の方が冷奴に最適なんだよ、馬鹿かお前は!?」

「「よく言ったテメェ表出ろやァ!!」」

 

 飛び交う殺気、罵声に悲鳴。

 なんの前兆もなく始まったこの大騒動に巻き込まれてしまい、さしもの娯楽に飢えた神々でさえこれは参ったと困り果てている──訳がなく。

 

『ヒャッハ〜ッ!! 宴だ祭りだァ〜〜!!!!』

 

 むしろ喜び勇んで豆腐屋達に駆け寄っては、彼らの振る舞う試食用豆腐で卑しくも腹を満たしていた。

 神々も参戦しはじめた狂乱は交易エリアを飛び出してオラリオ全土に広がりを見せており、都市の警護を担当する【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちもどうにかしてこの騒ぎを収束させようとしているが、この祭りを終わらせたくない神々の妨害によって中々上手くいかず四苦八苦する羽目になっていた。

 

 ──さて、一体何故ここまでの騒ぎになったのか。

 

 その答えに辿り着くためには、極東系派閥(ファミリア)の歴史、および彼らを取り巻く事情などを紐解いていく必要がある。

 そもそもの話だが、極東系派閥の団員たちは基本「故郷への仕送り」のために迷宮都市まで赴き、日々死の危険と隣り合わせの危険地帯へと突貫している。

 冒険者家業というのは危険がつきものであるが、同時に得られる報酬も大きい。

 駆け出しの冒険者でも、ある程度の初期投資や才能が必要とはいえ、迷宮(ダンジョン)探索を初めてから短期間で衣食住を満たせるだけの収入が得られるほどだ。

 しかし、冒険者の稼ぎが安定しているかというと、正直なところ()()()()()()()という他ない。

 なにせ冒険者家業という職業は、常に命の危険と隣り合わせなのに体が資本。

 重傷を負えば長期間収入を得ることは出来ず、腕の一本でも失えばほぼ確実に引退を余儀なくされ、それからの収入は零となる。

 また、探索する度に消耗する傷薬(ポーション)類や武具の補充・整備費にも金はかかるし、自分たちの拠点(ホーム)を購入することができていない場合は賃料もかかる。

 さらに、その運営費用(ランニングコスト)は派閥の人数が増えれば無条件で軽くなる訳でもなく、派閥の戦力拡大を続けながら一大派閥として世界中に名を馳せている【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】などの超巨大派閥はまさしく「神の所業」なのだ。

 では、極東系派閥の懐事情はどうなのか。

 当然のことながら、彼らの懐は寒い。

 極寒とも言える。

 なにせ派閥として活動する費用に加えて、故郷への仕送りも支払い続けているのだ。

 しかも団員の個人的な仕送りではなく、派閥全体で送る仕送りなのである。

 当然派閥の支出の大きな割合を占めているし、表現は悪いが、仕送りのせいで彼らは貧乏を強いられているといっても過言ではない。

 しかし、経済的な困窮を理由に仕送りをやめるなど、自他共に認めるお人好しな彼らがするはずがなく、むしろ自分たちのことを後回しにする悪癖が出てしまうほど。

 ──そんな彼らが唯一受け入れられなかったものが、何を隠そうオラリオでの食事だった。

 極東といえば、どんな強者でも呆気なく死んでしまう猛毒を持つ魚を相手に、()()()()()()()()その調理法を確立させてしまうほど「食への探究心」に溢れた連中である。

 そんな食狂い(かれら)が、米や味噌、その他もろもろが存在しないオラリオの食生活を受け入れる事が出来るだろうか。

 否。

 そんな生活に順応出来るはずがない。

 特に米がない点が致命的だった。

 極東の主食であり、人々の力の根源──あるいは魂とも呼べるジャポニカ米が、当時のオラリオには存在しなかったのだ。

 オラリオの食料庫として様々な作物を栽培、または輸入していた【デメテル・ファミリア】だが、遠い極東から米を輸入するにはコストがかかりすぎる上に、既存の畑を使い回せない事が足を引っ張って取り扱う量は雀の涙。

 それでも、デメテルの厚意で「米」を入荷してもらったのだが、渡されたのはジャポニカ米とは適した調理法が違う長粒種だった。

 不幸中の幸いとして大豆は流通していたものの、価値観が違う大陸の食文化で味噌や醤油が発明されているわけもなく。

 オラリオでの生活の基盤がある程度整うまで、極東系派閥の者はパンや洋風のスープでの生活を余儀なくされた。

 

『……不味くはないんだがな』

『米が食べたいよ〜、お味噌汁が飲みたいよ〜!』

『思っても口に出すな、こっちまで食べたくなるだろ』

 

 そして、それぞれの派閥が自分たちの拠点(ホーム)を持つようになった頃。

 ようやく食生活の改善に取り組めるだけの余裕が生まれた彼らは、必ずこの生き地獄から抜け出さねばならぬと固く誓ったのだ。

 そこで最初に動いたのは、我らが【ニニギ・ファミリア】の主神ニニギノミコト。

 彼は単身【デメテル・ファミリア】の拠点(ホーム)にほぼ殴り込みの勢いで突貫し、主神であるデメテルと団長のペルセフォネを相手に侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を交わし、見事オラリオにおける米の栽培権を勝ち取った。

 続いてスクナビコナが極東式の銭湯を、タケミカヅチら探索系派閥が資金集めを──という風に、オラリオにやって来た極東の者たちは一丸となって生活環境改善のために動き。

 その結果、彼らは迷宮都市オラリオでも異質と称されるほどに密接な独自のコミュニティを築き上げるまでに至ったのだ。

 

 ──さて、前置きが長くなってしまったが、そんな彼らが久しく食べていない「極東産大豆を使った豆腐」を目の前にぶら下げればどうなるか、言うまでもないだろう。

 端的に言えば、暴走した。

 禁酒した人間に酒瓶を見せる行為や、禁煙中の人間に煙草を渡す行為に近い。

 

「豆腐が……もう一度あのお豆腐が食べたい……」

「オデ、トウフクウ、ムシャムシャ!」

「なんちゅうもんを食わせてくれたんや。こんな旨いお豆腐は食べたことない……。いや、そやない、何十年か前に食べた記憶がある。旨い、ほんま旨い……これに比べると山岡さんの豆腐はカスや」

「誰だよ山岡さんって」

 

 ニニギが「お裾分け」を終えた次の朝、派閥の拠点前には懐かしの豆腐(あじ)を求めるお豆腐ゾンビたちが大挙して押し寄せたのだ。

 全員が異口同音に豆腐を求める恐怖の光景を前に、お裾分けした残りを朝ご飯にしよう、などと考えていた千穂たちが抗えるはずもなく。

 急遽その日の予定を変更して、お豆腐ゾンビを成仏させる為に彼らの協力のもと第2回お豆腐作り大会が開催されたのだが……ここで問題が発生した。

 曰く「絹ごしが冷奴に一番ふさわしい」。

 曰く「木綿の方こそ冷奴にふさわしい」。

 みそ汁の出汁は白か赤か、具にはキャベツを入れるか入れないか。

 鯛焼きは頭から食べるか尾から食べるか、白あんか漉し餡か、はたまた粒餡か。

 果ては御座候か大判焼きか今川焼きか、それともきのこかたけのこか。

 極東出身ならば一度は経験する食の派閥戦争(ウォーゲーム)が、彼の地から遠く離れたこのオラリオでも勃発してしまったのだ。

 そして更に不幸なことに、迷宮都市オラリオにいるのは常人ではなく、()()()()の神々とその恩恵を受けた冒険者たち。

 祭りの匂いを嗅ぎつけた他の神々(ハイエナたち)の支援もあって盛り上がった極東コミュニティは、派閥の垣根を超えて複数に分断。

 冷奴はどの豆腐で食べるのが至高か? という、外野からすればどうでも良いお題目を掲げ、交易エリアで豆腐の販売数対決を行うことになったのである。

 

「リリア様、こちらの『オトウフ』をいただけますか。同胞達の言う通り、口当たりが良くて好みの味です」

「──はい、どうぞ。絹ごし豆腐は木綿豆腐に比べて崩れやすいので気を付けて持ち帰ってくださいね?」

「はっ、肝に銘じます!」

 

 という訳で、リリアとリフィーリア含む【ニニギ・ファミリア】の面々もそれぞれが美味しいと思う豆腐の派閥に分かれて売り子として働いているのだが、リリアたち以外の売り子は極東出身の者ばかり。

 黒髪黒目の集団の中で派手な容姿をしたエルフはよく目立つようで、他の同胞(エルフ)や鼻の下を伸ばした男神が彼女たちの下に集い、次々に豆腐が売れていく状況になっていた。

 

「リリア様! 我々にこちらのトウフを全て買い取らせてください! せめて、少しでも売上げに貢献を……!」

「それはいけません。この催しはオラリオに住まう皆に豆腐の美味しさを伝えるためのもの。貴女達の心遣いと申し出は嬉しく思いますが、それに甘えてしまっては本来の意義を見失ってしまいます」

「で、ですが、御身の派閥がヒューマンに負けるなど!」

「大事なのは勝負の勝ち負けではなく、どれだけの人々が豆腐の美味しさとお米の尊さを知ったかという事。それに私にも王族(ハイエルフ)としての矜持(プライド)があります。貴女達の応援を受け取りこそすれ、助力はまたの機会に請わせていただきますね?」

「……はい、承知しました。……ご武運を」

 

 女神にも劣らない容姿から慈愛の微笑みを浮かべたリリアは、カートの中から絹ごし豆腐の入った枡をひとつだけ取り出すと、王族への敬畏から暴走しかけていたエルフの少女に手渡した。

 説得の甲斐あってか、まるで戦場に赴く主を見送るかのようにリリアを見送るエルフの少女。

 その後ろに出来上がった長蛇の列と、次から次へとやってくる客を完璧な笑顔のまま対応するリリアを見て、伊奈帆たちは困惑の表情を浮かべていた。

 

「……あれ、本当にリリア本人なのか? 実は双子がいるとかじゃなくて?」

「はえぇ、ああしてると本当にお姫様だねえ」

「普段は米のことしか考えてないのにな……」

 

 図らずも先日のリフィーリアの発言が証明された形となり思わず呆けた彼らだったが、互いが豆腐戦争において別派閥である事を思い出したのか、豆腐を崩さないよう繊細な身のこなしながら素早く距離を取ると、そっぽを向いて客引きへと戻っていくのであった。

 ちなみに【ニニギ・ファミリア】内では、エルフ組と千恵が絹ごし豆腐派、伊奈帆と穂高が木綿豆腐派にそれぞれ分かれ、ニニギは高野豆腐派で千穂は無所属という配属になっている。

 

「次の方、どうぞ」

「……えっと、ごめんなさい。私は人の波に飲まれてここに来ちゃっただけで……」

 

 さて、王族(ハイエルフ)パワーで絹ごし豆腐を売り捌き、着実に木綿豆腐派との得点差を広げていたリリア。

 長年の英才教育で完璧になった愛想笑いの裏で「帰って千穂ちゃんのおにぎり食べたい」などと益体もないことを考えていた彼女の前に現れたのは、白銀の鎧を身に纏った冒険者と思しき1人の少女だった。

 秋の稲穂を思わせる美しい金色の髪に、黄金の瞳。

 顔立ちはハイエルフであるリリアに負けない精緻な人形のようで、腰に細身の剣を佩いた姿は「戦乙女」という言葉が似合う。

 王族との触れ合いに言葉少なに感動していたエルフ達でさえざわめかせる彼女は、迷宮都市オラリオにおいて知らぬ者はいないとされる程の有名人。

 名はアイズ・ヴァレンシュタイン。

 都市最大派閥【ロキ・ファミリア】の幹部であり、神々から【剣姫】の二つ名を与えられた第一級冒険者だ。

 その気になればこの騒動を起こした極東系派閥の団員たちを単独で()せるほどの圧倒的強者なのだが、米の事以外は全て右から左に聞き流すリリアは幸か不幸かアイズのことを知らなかった。

 

「なるほど。それではこれも何かの縁という事で、美味しいお豆腐を買っていきませんか? 口当たりが良くて食べやすいですよ」

「……オトウフ?」

「はい、極東由来の美味しい絹ごし豆腐です。冷奴にして食べるとご飯によく合うんですよ? 丼の上に乗せて豆腐丼なんかも良いですね、お米の持つ無限の可能性です」

「そ、そうなんだ……じゃあ、ひとつだけ買おう、かな」

「ありがとうございます!」

 

 豆腐を推しているのか、お米を推しているのか。

 どちらかと言えば後者であるリリアのセールストークに圧されたアイズは、周囲のエルフから送られる視線にも背中を押される形で絹ごし豆腐を1つ購入することにした。

 また1つ絹ごし豆腐の売り上げを伸ばすことになったリリアは、代金分のヴァリス金貨を受け取り見事な営業用スマイルを浮かべると、カートから絹ごし豆腐を取り出してアイズへと手渡した。

 ちなみに、それぞれの豆腐が入った枡の側面には、どの種類か一目で判断できるように絹や木綿などと、豆腐の種類を示す漢字が彫り込まれている。

 この豆腐戦争を見越していた──訳ではないが、暇潰しに量産していたスクナビコナの会心作だ。

 

「はい、どうぞ! ……あと、お米も食べた事が無いのでしたら、一度は食べた方がいいですよ。お米を食べた事のない人生なんて、それは人生とは呼べませんから」

「そんなに……?」

「はい。なにせお米に出会うまで、私の狭い世界は灰色に染まっていたのですから」

「……そうなんだ、凄いね、お米って」

「はい!」

 

 絹ごし豆腐の入った枡を渡すついでに、米の布教(ダイレクトマーケティング)も済ませてしまう米狂い(リリア)

 猫を被っているせいで謎の説得力を持つ狂言を聞いたアイズや他のエルフたちは、思わず米の持つ力とやらに感心してしまっていた。

 

「……それじゃあ、私はこれで」

「はい。ご購入ありがとうございました」

 

 豆腐を買い終わったアイズを見送り、次の客への対応に移るリリア。

 少し離れると、リリアの周囲には大量のエルフが集まっている事もあって、互いの姿はすぐに見えなくなった。

 第一級冒険者と王族の少女、本来であれば何か運命的なものを感じるはずの初対面は、なんとも言えない形で終わりを告げたのであった。

 

 

 

「……買っちゃった」

 

 リリアから絹ごし豆腐を購入した後、なんとか交易エリアから脱出してオラリオの北へと足を進めるアイズは、手に持った謎の白い物体を見つめながらそう呟いた。

 周りのエルフから圧をかけられていたとはいえ、いつものアイズなら難なく断れたはずの客引き。

 それに乗せられてしまったのは、ひとえにあのエルフの少女が纏う()()()()()()が原因だった。

 

 ──泣きたくなるほどに懐かしい、もう今でははっきりと思い出せない誰かの気配。

 

 まるで抱きしめられているかのような居心地の良さ。

 彼女は自分に悪影響を及ぼす存在ではない、むしろ逆だとさえ、アイズの本能は訴えかけていた。

 リリアなるエルフの少女は自分の()()なのではないかと、そんな事を一瞬だけ考えたが、心の中にいる小さなアイズがそれは違うと即座に否定した。

 あれはもっと、根源的な──。

 

「……うん。よく分かんないけど、不思議な子だった」

 

 リリアの正体が少し気になりはするが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分を納得させるようにそう呟いたアイズは、手に持った枡の中で揺れる絹ごし豆腐を見つめながら、自分たちの拠点(ホーム)へと帰還する。

 少しだけ運命の辿る道が違えば自然と交わったであろう両者の道は、盤外から伸ばされた手によってそっと正されたのであった。

 

 

 

「……えっと。それでは、結果発表に参ります」

『……ッ!!』

 

 ところ変わって【ニニギ・ファミリア】の拠点。

 豆腐戦争が規定の終了時刻を迎えた今、拠点の庭は結果発表を待つ者たちの緊張に包まれていた。

 固唾を呑んで、何故か集計・判定係を押し付けられた(つとめる)千穂を見つめる神々と団員達。

 それは伊奈帆や穂高たちも例外ではなく、あまり豆腐に対する思い入れの無いリリアとリフィーリアだけは、並んで池の縁に腰掛けて、おにぎりを頬張っては仲良く笑みを交わしていた。

 

「き、極東産大豆を使用した販売用の豆腐を生産、売上高によってどのお豆腐が人気なのかを図るという今回の企画ですが──」

「早く結果を」

『そうだそうだ!』

「う、うぅ……」

 

 千穂は緊張で胃が痛かった。

 どうして自分が結果発表役となっているのかさっぱり理解出来なかったし、助けてくれそうだったリリアとリフィーリアはおにぎりに夢中だしで、まさに踏んだり蹴ったりといった具合だった。

 しかし、それでも与えられたお役目は果たすのが立派な団員であり、神の稚児たる己の役割というもの。

 ぐっと握りこぶしを作って気合を込めると、気丈にも顔を上げて結果発表を続けた。

 

「け、結果は──き、絹ごし豆腐派の勝ち? です……」

『うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおッ!!!』

『ちくしょぉぉぉぉおおおおおおッ!!!』

「おにぎりおいひいね、リフィー」

「はい! 絶品ですね、リリア様!」

 

 これは勝負なのか? と若干不安になりながらも千穂が結果を告げると、絹ごし豆腐派の者たちは喝采を、木綿豆腐派の者たちは慟哭をそれぞれあげる。

 

「やはり冷奴は絹ごしでなければな!!」

「まあ、木綿が好きな奴に絹ごしを食えと強制するつもりはないが、これで決着はついたな! 絹ごし万歳!!」

「でも木綿も美味しいのは認める」

「というか豆腐は何でも美味しい。合う食べ方が種類で違うだけで」

『それな』

「むふ……今日のよるご飯は豆腐丼もいいかもしれない」

 

 ひとしきり騒いだ後、思い思いに歓談する極東出身者たちの姿や、何やらほくそ笑むリリアを見ながら、千穂は苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

 こうして、極東出身者による豆腐騒動はひとまずの収束を得る事となった。

 

 

 

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