TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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 博多うどんや伊勢うどんなど、コシの無いうどんにも美味しいものがたくさんある。
 コシのあるものだけが美味しいうどんだと安易に決めつけるのは人生の可能性を狭める行為だと思うタヌキであった。


コシの無いうどんもオツなものですよ

 

 

 

「──さて、話がしたいと言っていたな。聞こうか」

「感謝する、神ニニギ」

 

 夜空の中を隠れるように(ふくろう)が翔ける。

 まるで影が人の形をとったような不気味な人物──フェルズの腕から飛び立った梟の行く先を見送りながら、ニニギは彼と気負うこと無く対峙していた。

 場所はオラリオ郊外の【ニニギ・ファミリア】が所有する水田。

 用水路を流れる水が夜の静けさに解けていくのを聞きながら、あぜ道に佇むニニギから口火を切る。

 

「単刀直入に聞く、貴殿たちの狙いはリリアだな?」

「その通りだ。貴方の派閥(ファミリア)に入団した王族(ハイエルフ)の少女──彼女の身柄をこちらで預かりたい」

「……本気か?」

 

 大神ウラノスの名代としてフェルズが要求を告げた瞬間、眉をひそめたニニギから神威が溢れ出す。

 フェルズに向けられた瞳は、普段眷属(こども)たちに向ける慈愛に満ちたものではなく、ただひたすらに無機質で冷徹。

 根本が我々とは違う存在なのだと相対した者に知らしめるその冷たさは、神々が超常存在(デウスデア)と呼ばれ、時に畏怖の対象となる所以だ。

 しかし、ウラノスの私兵として常日頃から莫大な神威に晒されているフェルズは、ポーカーフェイスを保つ余裕を見せながらニニギの威圧を受け流し言葉を続けた。

 

「彼女の存在は政治的な側面、能力的な側面のどちらから見てもこの都市において危険極まりない。もし彼女が不測の事態に陥った場合、周囲に齎す被害は『暗黒期』をゆうに超えるものとなるだろう」

「だから()()()()()が出来る自分達にリリアの身柄を引き渡せと? また随分な自信だな」

「こんな(なり)でも魔道具製作者(アイテムメイカー)としての自負はあるつもりでね。少なくとも、貴方たちよりは彼女の身体に仕組まれたものを理解しているさ」

「……何も分かっていないではないか」

「なに?」

 

 淡々と神伐兵器(リリア)の危険性やフェルズ自身の技術力を根拠に、彼女の身柄を確保する為の論理的な説得を試みるフェルズ。

 しかし、それに対するニニギの返答は、兵器の基礎理論を組み上げたフェルズにとって不可解なものだった。

 呆れたと言わんばかりの雰囲気で肩を竦めて見せたニニギは、()()()()()から目の前の人物が米狂い(リリア)の事をなにひとつ理解出来ていないのだと確信し──それ故に忠告する。

 

「お前たちにアレの手綱は握れん、諦めろ。断言するが、素直に私がリリアの身柄を引き渡したとて、早晩に限界を迎えるぞ」

「……それは流石に看過できない発言だな、神ニニギ」

 

 挑発と受け取ったのかフェルズも思わず雰囲気を固くする中、これ以上話すことは無いという風にフェルズへ背を向けたニニギは、去り際にこう告げた。

 

「明日、我々の拠点(ホーム)へ来るといい。人としてのリリアがどのような存在なのか教えてやろう」

 

 

 

 そんなやり取りがあった次の日のこと。

 立場上公に事を構える訳にもいかず、かといって闇派閥(イヴィルス)の主神ではないニニギを無視することも出来ず。

 彼の言葉に従って【ニニギ・ファミリア】の拠点へとやって来たフェルズだったが、訪れた先で繰り広げられていたのは、中々に混沌とした(カオスな)光景だった。

 

「はぁ、そうですか。私との子供には目もくれなかった癖に、貴方は私達の『希望』を横から奪い去った挙げ句、子育ての真似事をしていたと。へーぇ、そうですか」

「さ、サクヤ……これには複雑な事情があってだな……!」

 

 太陽が空を登りきり、青いキャンバスの頂点から殺人的な光を浴びせかける。

 熱が籠りやすい大通りの石畳に陽炎が出来ているのを見て、これだけは不死となった利点だと、熱を感じない己の体に感謝しながらニニギ・ファミリアのホームへとやってきたフェルズ。

 人目を避けるように入り組んだ裏路地を抜け、異国情緒溢れる日本家屋の前にやって来た彼を出迎えたのは、なにやら言い争っている2柱(ふたり)の神だった。

 

「その前になにか言う事は無くて?」

「ハイッ! 誠に申し訳ありませんでしたッ!!」

 

 なにやら優勢らしき片方は女神であり、フェルズが見覚えのない彼女は、この都市に住む『美』を司る女神たちにも負けず劣らずの美貌を備えていた。

 しかし今は、その形の良い眉根は憤怒によって歪み、常であれば優しげな印象を与えるのだろう射干玉(ぬばたま)色の瞳もきつく吊り上がっている。

 対する男神の顔はというと、声から察するにニニギである事は確かなのだが、威勢の良い謝罪と共に額を地面に擦り付けていたため、フェルズがその顔を見ることは叶わなかった。

 民草が王へ平伏する姿勢にも似たそれは、極東において最上級の誠意を示す謝罪法──DOGEZAである。

 ほぼ毎日何処かしらで騒動が起こるオラリオでも中々見る事の出来ない神の土下座、それも昨晩したり顔で拠点へ来るように言付けていたニニギのものを見てしまい、言葉にし難い気不味さを覚えるフェルズ。

 どうしたものか頭を悩ませていると、カラカラと静かに開いた玄関の奥から団員らしき青年が手招きしているのが見えた。

 

「あんたがウチのリリアに用があるって客人か? 悪いな、ニニギ様は今朝方やって来たサクヤヒメ様の機嫌取るのに忙しくて、しばらく相手が出来なさそうなんだ」

「……その、神ニニギは大丈夫なのか?」

「まあサクヤヒメ様も送還はしないでしょ」

「あっサクヤ待って曲がらない、(ひと) の体ってそっちには曲がらなァァアア!?」

 

 彼に誘われるまま【ニニギ・ファミリア】の日本家屋へと足を踏み入れたフェルズは社交辞令的にニニギの心配をするが、反対に主神の心配など欠片もしていない様子の青年がそう言った次の瞬間、外からニニギの断末魔を聞くのであった。

 

 それからしばらく時間が経って。

 

 青年──伊奈帆によって回収された神の残骸(ニニギだったもの)が土間に雑に転がされたのを横目に、サクヤヒメを含めた【ニニギ・ファミリア】の面々とフェルズが板の間で向き合っていた。

 

「……その、神ニニギは本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。社でも時々ああなってたし、きっと夫婦なりの愛情表現なんだよ」

「あ、愛情表現……アレが?」

 

 リフィーリアが見てはいけません、とリリアの目を隠すほどの惨状となっているニニギを見て、自分の理解が及ばぬ世界に思わず骨だけの身を震わせてしまうフェルズ。

 この動揺を狙ってサクヤヒメから挽き肉にされたのならばとんだ策士だが、フェルズは長年の経験から、彼がこのような悲惨な事故に見舞われたのは偶然だということが分かる。

 

「俺は【ニニギ・ファミリア】の団長、ミスミ・伊奈帆。こっちは弟で副団長の穂高」

「女性陣にはサクヤヒメ様の相手を任せているため、自分たちでの対応となること、了承していただきたい」

「……あ、ああ。分かった。こちらとしても、後でリリア本人と少し話をさせてくれれば十分だ」

「約束しましょう」

 

 派閥の顔役として矢面に立った伊奈帆たちと徐々に落ち着きを取り戻したフェルズが色々と話を進める横では、怒れる女神の機嫌をなんとかとろうと奮闘する少女たちの姿があった。

 

「まぁ! 私との子供は放ったらかしの癖に、こんなに可愛らしい眷属(こども)達を私に隠れて育てていたなんて、あの(ひと)は相変わらずね! あなた達お名前は? 甘酒は飲める?」

「ひぇ……み、ミシマ・千穂です。……いただきます」

「御身の前では桜さえも霞む程の美貌をお持ちのコノハナサクヤヒメ様にお褒めいただき、恐悦至極に存じます。我が名はリリア・ウィーシェ・シェスカ。女神の御慈悲を拝受する光栄に与りましたこと、大変喜ばしく思います」

「リリア様、なんと立派なお姿……!」

「わあ。しっかり王女様モードだね」

 

 今でこそ慈愛の微笑みを浮かべ甘酒の入った竹筒を差し出してはいるが、数分前にスプラッタ映画顔負けの残虐ファイトを繰り広げてニニギを再起不能に追いやった光景が印象強いのか、サクヤヒメに対して少し怯えた様子を見せる千穂。

 反対に、千恵から王女様モードと名付けられた王族(ハイエルフ)らしい振る舞いを見せるリリアは、米の神であるニニギと同等か、あるいはそれ以上の敬意を以てサクヤヒメに接していた。

 王族としての英才教育が遺憾なく発揮されたその姿にリフィーリアが感涙し、他2人はリリアがサクヤヒメに敬意を払う理由が分からず首を傾げたが、リリアがこのような対応をする理由は単純明快。

 サクヤヒメが敬愛するニニギの妻であり、大好きな米が原材料となる甘酒を手ずから振る舞ってくれたからだ。

 

 サクヤヒメ──またの名を木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)

 安産や育児を司る女神として知られ、日本の代表的な花である桜は()()()()()()()()()()()()今の流麗な花を咲かせているのだ、という逸話を持つほどの美神(びじん)でもある。

 夫のニニギノミコトとは色々な意味で凄まじいエピソードを持っており、彼女がニニギに当たりがきつい理由はその辺りも関係しているのだが──それは後々紹介しよう。

 

 さて、自己紹介をしながらそれぞれ甘酒の入った竹筒を受け取ったリリアたちは、筒口から漂う独特の香りを楽しんだ後でこくりと甘酒を飲み始めた。

 

「……美味しい、ですね」

「米麹から作った甘酒よ。栄養満点で美味しく飲める、私の派閥(ファミリア)で扱う主力商品でもあるの」

「こめこうじ……!」

 

 相手が主神の身内であるとはいえ、毒を警戒して緊張した表情を浮かべていたリフィーリアだが、そんな彼女でさえ素直に「美味しい」と感想を吐露してしまうほど優しい味わいが口の中に広がった。

 酒と名前に入っているが酒精を感じる事はなく、甘酒のとろりと柔らかい口当たりから、意外にも強い甘味が舌を包み込む。

 麹によって発酵させる事で生み出された自然な甘味を飲み込めば、隠し味として何かしらの果実を入れているのかエルフにとって馴染み深いスッキリとした後味で、気が付いた時にはリフィーリアの持っていた竹筒から甘酒は無くなっていた。

 まさか自分が夢中になって頂き物の甘酒を飲み干すとは思いもせず、はしたない真似をしてしまったと恥じる彼女だが、その様子を見守るサクヤヒメは嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「美味しかったです、サクヤヒメ様。ありがとうございます。お返しという訳ではないのですが、お昼ご飯を食べていきませんか?」

「あら嬉しい。それじゃあご相伴に与ろうかしら」

「はい、腕によりをかけて作りますね! 献立は何にしようかなあ」

 

 そんな訳で、昼の食卓にサクヤヒメも加わる事が決まったその時。

 姦しい少女たちの声で目が覚めたのか、土間に転がされていた神の挽き肉(ニニギ)が、産まれたての子鹿のようにプルプルと震えながら手を挙げて昼食の注文を行う。

 

「胃に……なにか胃に優しいものを作ってくれ……」

「あら、まだ息があったのね。シメが甘かったかしら?」

「アッ死ぬ……! ホントに送還(ころ)されちゃう……!」

 

 そんな旦那の態度が気に食わなかったのか、はたまた彼にまだ息があったこと事態が気に食わなかったのか。

 凍える程に冷たい目と共にニニギの背に足裏(ストンプ)を叩き込みトドメを刺そうとするサクヤヒメを、伊奈帆たちが慌てて羽交い締めにするのだった。

 

「さ、サクヤヒメ様、流石にそれ以上は不味いです!! こんなのですが、いちおう私たちの主神ですので!!」

「サクヤヒメ様の気持ちも分かりますけど、私たちの生活もかかっているので送還はどうかお止めください……!!」

「……まさか、極東の神々は皆して()()なのか?」

 

 サクヤヒメの手弱女(たおやめ)の如き体から鬼神と見紛う程の気迫が溢れ出し、それに常人を超えた力を持つはずの男2人が怯えながら必死に主神の命乞いをするという地獄のような光景。

 それを目の当たりにして、骨だけとなった筈の身体を冷や汗が伝う錯覚に見舞われながら先日の豆腐戦争(だいそうどう)を思い出したフェルズの呟きは──悲しいかな、おおよそ当たりと言っても差し支えなかった。

 

 

 

 さて、そんな地獄を努めて無視しつつ、昼食の準備をするために土間へと移動した女性陣。

 半死半生のニニギは板の間へと再度転がされ、いつもより人手の多い厨房に女性陣のリーダーである千恵の指示が飛んだ。

 

「んー、よし。それじゃあ、ニニギ様の遺言に従って今日のお昼はうどんにしようか」

「千恵、ニニギ様はまだ死んでませんよ……!?」

 

 自分の主神を躊躇いなく死んだものとして扱いだした千恵に思わずそうツッコミを入れるリフィーリアの隣では、何故か甘酒を飲んでから大人しいリリアの肩を叩く千穂の姿があった。

 

「んむ、お米……」

「リリアちゃん、お昼ご飯つくるよ」

「……うぃ! ごはん!」

 

 うとうとと船を漕いでいたものの、朝の身支度と同じように魔法の言葉を聞いて即座に覚醒するリリア。

 頬に若干の赤みが差しているのは王女様モードの反動だろうか。米狂い(リリア)にも不意の寝顔を見られて恥じらう乙女らしい感情があったのか、などと謎の感動を覚える千穂だったが、そんな高尚なものが彼女に搭載されている訳がなく。

 

「おうどんの歌! どっどどうどんどうどんどうどん! 青いくるみも吹きとばせ!」

「り、リリアちゃん?」

「どっどどうどんどうどんどうどん! すっぱいかりんも吹きとばせ!」

 

 不思議と耳に残るリズムと共にそんな歌を歌いながら腕を振り上げるリリアの姿は、いつもの米狂いそのものであった。

 いや、いつもより数割増しで挙動不審かもしれない。

 

「まさか、甘酒で酔っ払ったんじゃあ……」

 

 そんな思考が頭を過った千穂だが、サクヤヒメは甘酒を酒粕ではなく米麹で作ったと言っていたし、たとえ酒粕で作った酒精入りのものだったとしても、竹筒1本程度の量で前後不覚になるほど酔っ払うとは考えにくい。

 だとすると、今のリリアは完全な素面ということになるのだが──それはそれで怖い。

 

「よっし、千穂ちゃん、リリアちゃんと一緒にうどんの生地作ってね。私とリフィーリアは出汁とか上に乗せる天ぷらとか作っておくから」

「あ、はーい……大丈夫かなぁ」

「おうどんどーん!」

 

 よし、単純にうどんに興奮しているだけという事にしよう、そうしよう。

 とうとう謎の踊りすら始めてしまったリリアに一抹の不安を覚えるも、挙動不審な彼女からそっと視線を逸らして自分を納得させた千穂。

 うどんに興奮してる()()という結論で自分を納得させられる時点でかなりリリアに毒されてきている証拠なのだが、残念ながらそれを指摘する者はこの場にはいなかった。

 

「──さて、リリアちゃん。うどんを作る時に一番大事なものは何でしょう?」

「あいじょう!」

「ふふ、正解。でも今から作るのはおうどんの生地だね」

 

 そんな他愛もない会話を交わしながら、うどん生地の材料を揃えていく千穂とリリア。

 美味しいうどんを作るにあたって拘るべきは、小麦はもちろん、水も大事な要素だ。

 千穂が井戸から汲み上げ、リリアが水精霊(ウンディーネ)の権能で浄化した最高品質の清水に、いつも料理に使っている港町(メレン)印の食塩を投入する。

 この時、水の温度や塩の量を季節に合わせて上手く調整するのも美味しいうどんを作るコツのひとつだ。

 次に行うのは、俗に()()()()と呼ばれる工程。

 大きなすり鉢に【デメテル・ファミリア】の直営店で購入した良質な小麦を惜しげもなく入れて、先ほど作った塩水を全体の三分の二ほど回し入れると、幼子たちは小さな手で生地のタネを一生懸命かき混ぜていく。

 

「リリアちゃん、大丈夫? そろそろ交代しようか?」

「ぬん、うん、しょっ! だい……じょぶ!」

「分かった、頑張れー!」

 

 小麦がダマにならないよう、素早くかつ丁寧に。

 技術と体力を同時に要求されるこの工程を、千穂とリリアは交代でこなしていく。

 神の恩恵(ファルナ)のお陰で幼いながらも力があるとはいえ、どうしても手が届かずに粉が固まってしまう箇所が出るが、そこは気が付いた相方が手で摘んでほぐすことで解決した。

 

「うんうん、頑張ってるねぇ。私たちも負けないように頑張るよリフィーリア」

「ええ。最近は極東式の料理にも慣れてきたので、色々と任せてください」

「よーし、思っきし頼りにしちゃう」

 

 元気いっぱいに生地作りを進める千穂たちを見て満足げに頷いた千恵は、リリアに触発されてやる気満々といった様子のリフィーリアと共に、自分たちの役割である出汁と具材作りに取り掛かる。

 千穂を連れて極東を出るまでは【ニニギ・ファミリア】の厨房を担当していただけあって、手慣れた様子で食材と調理道具を取り出した千恵は、ふと思い出したようにリリアへ問い掛けた。

 

「男どもはいつも通りきつねと肉で良いとして……私と千穂ちゃんはわかめときつね、リリアちゃんとリフィーリアは何が食べたいとかある?」

「あまり詳しくないので、私は千恵に任せます」

「ごぼ天いっちょう!」

「あいよ〜」

 

 ──渋いとこ攻めてきたな。

 やはりと言うべきか、うどんにも自分なりの拘りがあるらしいリリアの返答に驚きながら、注文を受けた千恵は脳内で調理の方針を素早く固めていく。

 リフィーリアに昆布といりこで出汁を取るよう指示を出した彼女は、鼻歌交じりに肉うどんの豚肉を炒め始めた。

 厨房に肉の焼ける香ばしい匂いが広がる中、水まわしを終えたリリア達はうどん生地をひとつにまとめ、()()()の上に移動させる。

 

「うっ、結構重たい……」

「今日はいっぱい人がいるからね」

 

 幼子にはいささか重たいずっしりとした生地の感触に思わず呻いたリリアへ、千穂は苦笑いでそう答えた。

 そう、突然やって来たサクヤヒメとニニギの(一方的な)喧嘩のせいでいまいち印象が薄いが、今日の拠点(ホーム)にはフェルズも来ているのだ。

 いつもの団員たちに加えて2人──合計8人分となったうどん生地は、水を吸った事も相まってかなりの重量となっている。

 ひいこら言いながら生地を()()()へと移動させたリリア達は、次に生地を立派なうどんへと進化させるため下駄を脱いで生地の上に立った。

 生地の上と言っても直接生地を踏みつけるのではなく、のし台に敷いていた清潔な風呂敷で包み、その上から踏む形だ。

 そして、まずは見本として経験のある千穂が先陣を切り、うどんの生地をぎゅっと踏みつける。

 

「はい、はい、はい」

「よいしょ」

「ほい、ほい、ほい」

「よいしょ」

 

 葡萄を使ったワイン作りのように生地を踏み、平たくなったら上から退いて生地を三つ折りにする。そして再び風呂敷で包むと、足で踏んで生地を平たくしていくのだ。

 うどん生地の畳や土とも違う、むにむにとした独特の感触にこそばゆさを覚えながら仲良く生地を踏み捏ねていく千穂とリリア。

 最初は生地の表面にひび割れが目立ち、まとまりに欠ける印象だったが、30分ほど踏み続けると生地がしっかりとまとまって、表面のひび割れも少なく滑らかになっていった。

 こうなれば、生地の完成まであと半分ほど。

 乾燥しないように生地を少し湿らせた風呂敷に包み、直射日光を避けられる場所で1時間ほど寝かせる。

 

「お米を炊いてきます」

「よろしくね。私はお姉ちゃん達を手伝ってくる」

「うい」

 

 生地の熟成を待っている間に米炊きや具材作りの手伝いなどをこなしながら過ごすことしばらく。

 表面を指で押し込むとくっきり跡が残るほどに熟成できたうどん生地を風呂敷から取り出すと、今度は踏まずに麺棒を使い捏ね直す。

 

「ふっ……ふっ……」

「おおー。麺職人の手付き」

「あはは、そこまで言われると少し恥ずかしいかも」

 

 まず、球状に丸めた生地の中心に麺棒を押し当て、手前と奥の交互に押し込んでいく。

 ある程度生地が伸びて楕円状になったら、今度はそれを90度回転させて同じことを繰り返し綺麗な円形を目指すのだ。

 そうやって丸く生地を伸ばした後は、全体に打ち粉を振りかけて麺棒に生地を巻き付けて、今度は四角形に生地を伸ばす。

 

「これで麺は完成、かな」

「わぁ……! うどんだ! 手延べうどん!」

「うん。後は茹でるだけだね」

 

 まるで魔法のように四角く伸ばされた生地を屏風折りにして、包丁で麺を切り分ければ──千穂とリリア特製うどん麺の完成だ。

 千穂の幼子らしからぬ見事な包丁捌きによって等間隔に切りそろえられた麺は、リリアも前世で見た覚えがあるうどんそのものだった。

 

「出汁の方はもう出来上がってるから、麺もちゃちゃっと茹でちゃって〜」

「はーい」

 

 あらかじめ沸騰させておいたお湯に麺を入れ、一度底に沈んだ麺が浮き上がってくるのを待ってから火加減を調節する。

 菜箸で麺を切らないように注意しながら茹でていくと、徐々に透明感が出てくるため、そのタイミングを見計らって手早くざるにあげるのがコツだ。

 

「リリアちゃん、シメはお願い」

「がってん承知」

 

 千穂からザルいっぱいのうどんを受け取ったリリアは、白米の山を前にした時と同じ喜色満面の笑みで麺を水洗いし、シメの工程をこなす。

 そうして出来上がったうどんの麺をそれぞれの丼に取り分け、千恵とリフィーリアが作っていた具材たちを上に乗せれば──。

 

「完成! 【ニニギ・ファミリア】特製スペシャルうどんだよ!!」

「やったー!!」

 

 ほかほかと湯気を立ち上らせながら黄金色に輝く出汁に身を沈め、それぞれ好きな具材の王冠を被った特別(スペシャル)なうどんの出来上がりである。

 

 

 

 

 

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