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蛙と蝉の鳴き声が響く夕暮れ時、茜さした日差しが二人きりの部室に降り注ぐ。テーブルを隔てて向かい側に座る彼女――セアミンは僕と同じように本のページをめくっていた。セアミンは隣に住んでいるいわば幼馴染というもので、長い時をともに過ごしたからか、本を読むのが好きだったり和風趣味だったり――読む本の傾向など細かい部分は違うが――好みがほぼ似たり寄ったりに成長してしまった。チラと彼女の方を見やると、普段の寡黙な雰囲気も相まって、黙々と本を読み進める姿は可憐な文学少女の様子を演出している。
「……どうしたの?」
「あぁ、いや、なんでもないよ」
視線に気づいたセアミンに疑問を投げかけられるが、素直に見惚れていたというのも照れくさくて咄嗟に誤魔化す。セアミンは「ふぅん?」とだけ腑に落ちない様子で疑問符を漏らしはしたものの、それ以上の追及はされなかった。
少しだけ気まずい雰囲気になったものの、お互い何もなかったように目の前の文章を読み進める。
ページをめくる音が再び部室内をこだましてからしばらくして、パタンと本を閉じる音が聞こえたと思えば、セアミンはおもむろに椅子をこちらへと移動させて隣に座った。
「〇〇のも気になっちゃって、ダメ?」
セアミンとの距離が急に縮まって頭が熱暴走を起こしてしまったようで、僕はただ頷くことしかできなかった。
彼女は僕の真横から手元をのぞきこむようにしているわけで、夏を思わせる汗の匂いと女の子らしい甘い香りを僕の嗅覚が感じ取る。しかも、彼女の肩ほどまで伸ばされた金髪が、風にそよいで僕の首筋をくすぐってこそばゆい。当然、こんな状況だから何も頭に入ってこない。セアミンの本を読むペースに合わせてゆっくりとページをめくるが、文字が目に入ってもそのまま後頭部をすり抜けてどこかへ飛んでしまうようだった。
外面には出さずとも内心はあたふたと狼狽しているというのに、セアミンは追撃するかのように爆弾を投下した。
「そういえば、さっきのカップル、すごかったね」
「え?!あー、体育の時のか」
2限目の体育の時間の少し前、体育館へ移動する途中、僕とセアミンは空き教室で口づけを交わす男女を目撃した。恋は盲目というべきか、彼らは見られていることにも気づかず、僕らはそそくさと目的地の体育館へと向かったのである。
「相当、熱い関係だったね」
僕は辛うじて答えた。親しい仲の――少なくとも僕はそう認識している――女の子と密着してただでさえ胸が騒いでいるというのに、その先の関係の二人組を思い浮かべてしまい、蛙や蝉の鳴き声が聞こえなくなったと錯覚するほどに胸が鳴動する。
セアミンは少しうつむき加減に、遠慮しがちにぼそりと呟いた。
「……わたしたちも、ああなりたくない?」
夕焼け空の日差しを受けて顔を朱にそめたセアミンの急な告白に、声を詰まらせた。セアミンとはいつも一緒にいて好ましく思ってはいたものの、彼女は多くを語らず表情も硬いため、思いを寄せられているとは全くの想定外だったのである。刹那の沈黙ののち、僕は回らない頭で雑然とした言葉を発した。
「えっと、急というか、セアミンのことは大事に思ってるし、思ってるからこそ今の関係が心地よいというか――」
僕の煮え切らない態度に業を煮やしたのか、あるいは押せば陥落すると看破されたのか。彼女はグイと体を更にこちらに寄せてしなだれかかり、耳元でささやいた。
「わたしは、今の関係より先に進みたい。○○は、イヤ……?」
直球な好意に、もはや脳みそは思考する機能を放棄してしていたが、イヤと聞いてくるのはズルい、そう思った。きっと、まとまらない言葉で返すよりも、彼女のように直接答えを示すべきだ。僕は言葉でなく態度で示すため、両腕をセアミンの肩に回した。