メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
たより
「賞賛っ!ウマ娘とトレーナー揃って皆勤賞とは見事である!と、いうわけで……ささやかながらご褒美を用意させてもらった!二人仲良く、分け合って食べるように!」
「えっ!?あ、ありがとうございます……!」
「ふふ、ありがとうございます、理事長さん♪」
綺麗に埋まった二人分のラジオ体操カードと共に、なんだか高級そうな菓子折りを受け取った僕とアルダン。皆の前で表彰されるなんて、小学生の頃の自由研究の発表以来……という訳で、笑顔でもなんでもない微妙な反応しか出来なかった僕を、彼女はいつも通りのその爽やかなはにかみで笑い飛ばした。
「さて!しおりに書かれている通り、帰りのバスは十一時出発っ!朝食の後は、各自帰り支度を済ませておくように!それでは、今年最後の夏合宿朝礼は以上である!解散っ!」
理事長の号令を合図に、わらわらと散開していくウマ娘とトレーナー達。切なさを抱えた日焼け顔を一様に浮かべた彼ら彼女らの姿、僕はぼんやりと目に焼き付ける。
「ふふふ、早起きは三文の徳。とはよく言ったものですね、トレーナーさん?」
「あ、ははは……表彰があるんだったら、先に言っといて欲しかったけどね?」
受け取った菓子折りの箱を、後生大事そうにぎゅっと抱え込むアルダン。その顔もまた、どこが憂いを帯びたような儚い雰囲気を醸し出していて、思わず僕は、目頭をこする。
「帰りの準備、もう出来てる、かな?」
「ええ、もちろん。この合宿所も今年は見納めですから、出発までもう少し……ゆっくり過ごしたいと思っていましたので」
「うんうん、それならよかった。せっかくだし、最後に海にでも……」
「アルダンさんっ!」
僕らの他愛もない会話に、するりと入り込んでくる朗らかな声。その声の主は……
「あら、ヤエノさん。どうされましたか?」
「ええ、実は先程、合宿に来ているクラスメンバーで最後に記念写真を撮ろうという話になりまして……少し、お時間よろしいですか?」
「あら、それは良い提案ですね?もう皆様お集まりで?」
「ええ、クリークさんもオグリさんもディクタさんも、皆さん集まっています」
「あらあら、それでは急がなくては……トレーナーさん?」
「うん、行っておいで?」
「ふふ、ありがとうございます♪」
菓子折りの箱を預かり、ヤエノムテキとのどかに談笑しながら歩き去るアルダンの背を、しばし眺める僕。本当に、彼女の周囲は常に誰かの笑顔で満ち溢れている。彼女の持つ、その何者にも変え難い程の優しい雰囲気が、周囲の人々の心すら変貌させているのだろうと、その華奢で、けれども頼り甲斐のある背中を見つめながらぼんやりと考えた。かく言う僕自身も、その中の一人なのだけど。
「…………」
けれども、何故だろう。何かが足りない気がする。
この夏合宿は、きっと彼女自身にとっても、間違いなく心身ともに有意義なものになったはずだ。本当に、間違いなく『来てよかった』と思う。けれども……
「なんか、寂しいな」
メジロアルダンとヤエノムテキ、二人並んで歩く姿を見つめて、わずかばかりの切なさを感じる。『メジロアルダン』という存在を証明するのに必要不可欠なものが、一つ抜け落ちているような感覚。自分でも行方不明なこの気持ちを如何も出来ずに、思わず僕は、目頭をこすった。
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「ここの朝ごはんも、食べ納めかぁ」
パリッと焼けたウインナーに、絶妙な半熟加減の目玉焼き。名残惜しさから三杯もおかわりをしてしまって、必要以上に膨れたお腹を抱えながら、僕は何気なく合宿所の外に出る。
「本当に、いい合宿だったなあ」
目の前に広がる、かつて想像していたよりもずっとずっと広大な海と砂浜。それを眺めているとなんだか、今日を迎えるまでの一日一日の記憶が、ひとつも漏れることなく波のように揺り返してきた。
そんなことを、またアルダンとも共有したくなって辺りを見渡す。けれども、やはりというか、そう都合よく彼女の姿を見つけることは出来なかった。きっとまた、最後の思い出作りということで沢山の学友たちに囲まれて、賑やかな時を過ごしているのだろう。まあ、焦らずとも僕らには、沢山沢山時間がある。ひとつ寂しさを抱えたまま、僕は砂浜へ足を踏み入れ……
「……あれ?アルダン?」
いや、いた。あまりにも見覚えのある、線の細い、華奢な背中。メジロアルダンの背中が、視界の端に映り込んできた。
予想に反して、ただ一人、海辺の見えるベンチに腰掛ける彼女の姿。少し柔らかくなった八月の陽射しと水面の反射光に照らされたその姿は、まるで何者にも例えようのないほど美しく、けれどもまるで、僕と同じような寂しさまでも内包しているようで、僕は思わず、息を飲む。
「……あ、アルダン?何してるの?」
「あら?トレーナーさん、いつの間に……」
少しだけ躊躇して、息を整えてから、彼女に声をかける。少しだけ驚いた表情を浮かべた彼女の顔に一通り見蕩れたあと、僕が目を移したのは、彼女の手元。
「……手紙?」
そこに握られていたのは、小さな桜色の便箋。丁寧な文字で彩られ、几帳面に三つ折りにされた、一目見ただけでひたむきさが伝わってきそうな、暖かな手紙だった。
「ふふ、ええ、お手紙です。私の大切な友人……チヨノオーさん、からの♪」
「……!」
なんだか喉の奥につっかえていた違和感が、一気に抜け落ちたような、そうか、チヨノオー。
アルダンの大親友にしてルームメイト、そしてかつて、府中の舞台で雌雄を決しあった最大の好敵手、『サクラチヨノオー』。かつては、学園内でもトレーニング中にも、とにかく頻繁にアルダンと共に居る所を見かけたものだが……
「このお手紙は夏合宿前日、知らぬ間に私達の部屋に届いていました。ヒシアマゾンさんに聞いてみると、彼女のトレーナーさん伝手に、内緒で届けて欲しいと言われたとの事で……」
「なるほど、ね」
しかし、夏合宿が始まる少し前から。まるで春が過ぎ去ったあとの桜の花の如く、彼女はぱたりと、僕らの前に姿を表さなくなった。
『日本ダービー』、歴史に名を刻む程の輝かしい勝利。その代償は、僕らが思っていたより途轍もなく重たいもの、だったのかもしれない。なんとか早期に退院できたアルダンと違い、彼女は今現在もその殆どの時間を病院内で過ごしているらしい。
そんな彼女の姿を改めて想像すると、ひたすらに胸が傷んだ。もしも、もしも彼女とアルダンの境遇が逆だったら……なんて無意味なたらればを、どうしても僕は想起してしまうのだった。
「ごめんね、『二人の時間』邪魔しちゃったかな?」
「いいえ、いいえ。むしろこのお手紙は、トレーナーさんにも是非、読んで頂きたいと思っていましたので」
「えっ?僕に?」
少し、沈んだ表情を浮かべてしまった僕を、これまた笑い飛ばすかのようにふんわりと優しい笑顔で包み込むアルダン。少しだけその様に胸を鳴らしながら、僕は彼女から、その小さな『便り』を受け取った。
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拝啓 メジロアルダンさん
いよいよ夏も盛りといった頃合になりましたが、そちらはいかがお過ごしでしょうか。
学校も寮もしばらくご無沙汰してしまい、アルダンさんやクラスの皆さんにも大変なご負担をかけてしまっているかと存じます。ご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません。どうかご無理はなさらず、元気にお過ごし頂ければ幸いです。
さて、夏と言えば、もうすぐ夏合宿ですね!
トレーナーさん伝手に、今年はアルダンさんも参加されるということをお聞きしました。毎年、今年こそは参加できるようにと、一切手を抜かずに努力を重ねられていた貴方の姿を見ていました。だから今、私もまるで自分のことみたいに嬉しいです!
ですので、アルダンさんに一つだけお願いがあります。
どうか夏合宿の間は、私の事を思い出さないでいてください。
本当に、心から優しい貴方の事です。きっと、きっと私の想いまで一緒に夏合宿に連れて行こうとしてくれていることでしょう。その気持ちは、何よりも嬉しく思います。
けれども、そんなことよりも私は、貴方が誰よりも自由に、何一つ気を追わずに真っ直ぐ成長を遂げて欲しいと、そう願っています。
恐れ多い話なのは分かっていますが、今の貴方は、私にとっての光なんです。同じレースを走って、同じように怪我をしてしまった。それは偶然の事なのでしょうが、だけども、私にとってそれは、救いにもなっているんです。
勿論!アルダンさんも一緒に怪我をしてくれて良かったっていうわけではありませんよ!
貴方が後ろを振り返らずに、怪我を乗り越えてこれからもずっと走り続けてくれる。暗闇の中でもその灯りを『頼り』に、私もこれから走り続けることが出来ると、そう思うんです。辛いリハビリだって、耐え抜くことが出来る。
そして、そしていずれは追いついてみせたいんです。追いついて、また。今度は怪我なんてせずに、余裕で貴方を追い越してみせたい。
勝手なお願いなのは百も承知です。けれどもアルダンさん、貴方にはこれからも私の光でいてほしい。絶対に、絶対に追いついてみせますから、貴方はこれからも、私の目も、誰の目も気にせずに、貴方だけの道をひたむきに走り続けて下さい。
……あ、でも夏合宿のお土産話は沢山聞かせて欲しいです!合宿が終わる頃には絶対に退院できるようにしますから、いつもみたいに少し夜更かしして、お茶でもしながら沢山お話しましょうね!約束ですよ!
サクラチヨノオー
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「……ふふ、そっか、光、かぁ」
「ええ、ええ、とっても素敵なお手紙でしょう?」
一文字一文字、きっちりと丁寧に、ひたむきに向き合って書かれたその『便り』を、これまた丁寧に折り畳んで彼女に返す。なんだか、説明もつかないような胸の熱さに包まれて、僕は大きく、鼻から息を吸い込んだ。
「夏合宿、やはり楽しいことばかりではありませんでした。辛くて、苦しい事だって沢山あった。けれども、けれど、辛いことがある度にこのお手紙を読み返して、彼女に、チヨノオーさんに力を貰っていたのです」
「……やっぱりずっと、彼女は君と共にいたんだね」
「ふふ、まあ、『私の事を思い出さないでいてください』なんてお願いは、結局果たせませんでしたけれども♪」
「まあまあ、黙ってればバレないでしょ?」
「ふふふ、そうですね♪」
くすくすと、爽やかに……けれどもやっぱり、寂しさを内包したような笑顔を浮かべるアルダン。どれだけ取り繕っても、やっぱり彼女だってまだまだ学生、やっぱり寂しいものは寂しいに決まっている。
「チヨノオー、もう退院出来てるのかな?」
「どうでしょうね?退院できていれば良いのですが……」
「もしかしたら、学園で出迎えてくれたりして……」
「ふふふっ!なんだか目に浮かびますね?大声で私の名を呼んでくれるチヨノオーさんの姿……」
「ふふ、ほんとにね?」
少しの間、二人で目を閉じ想像した、彼女の姿。いつも通りの鮮烈な春風のような笑顔が、僕のまぶたの裏にも、すぐに浮かんできたのだった。
「トレーナー、さん?」
「アルダン?」
「いかがでしたか?私は……この夏合宿で、トレーナーさんの想像を超えることが出来たのでしょうか?」
「ああ、もちろん。本当に本当に、君はこの夏でずっとずっと強く……そして、綺麗になった。そう思うよ、アルダン」
「──ふふ、ありがとうございます。やっぱり貴方におまかせして良かったです。チヨノオーさんは私の事を光だなんて言っていたけれども、けれども……私はひとりで光ってる訳ではありません、貴方に、輝かせてもらっているのですよ?」
「──ああ、だってさ、それこそが僕の願い、なんだもん。まだまだまだまだ、これからも。誰かの願い事も全部背負って走れるぐらい、輝いて貰いたいな。ね?アルダン?」
「ええ、ふふ……これからも『頼り』にしていますよ?トレーナーさん?」
揺り返す波の音も、誰かの歌声も、遠くから迫ってくるバスのエンジン音も。何もかも少しだけ無視をして。
切なさを少し抱えた日焼け顔を一様に浮かべた、互いをしばらく見つめ合う。なんだか、昔よりも似通ってきたその照れ顔が少しだけ面白くって、爽やかなはにかみを返しあった、夏の、終わり。