大理石の胎児は加速世界で眠る   作:唐野葉子

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その影響か筆がとてもよく乗ったので、筆者本人も驚くハイペースで更新です。


底篇

 

 バシイイイッ!

 

 普段の倍する音量の衝撃波とともに、視界が暗転する。

 しかしその暗闇はすぐに虹色の光に吹き払われ、無制限中立フィールドの姿が見えてきた。

 自分の体は通常加速とは違い、まるで乱入された時のようにいきなり純銀のデュエルアバター、シルバー・クロウに変身する。

 自宅マンションのリビングは、まるでファンタジーに登場する魔王の城のような寒々とした金属製の、重厚な造りに変貌を遂げた。

 そしてベランダのあった方向からは、ぼこぼこと腫瘍のように無数の目が飛び出た異形の巨鳥の頭部が突っ込まれ、こちらを見据えている。

 

「って、ぎええええ!?」

「グギャシャアアアアア!!」

 

 ハルユキは恥も外聞もない悲鳴を上げた。

 話に聞く無制限中立フィールドはとても刺激的で、正直とても憧れていた。その気になれば手が届く場所であるがゆえに、逆にどのような場所なのだろうと想像を逞しくしていたのだが……なのに現実は開始一秒にしてこのありさまである。

 やはりブレイン・バーストは甘くない。

 

「落ち着けクロウ、無制限中立フィールドではよくあることじゃ」

「出合い頭に巨獣(ビースト)級エネミーとエンカウントなんてそうそうあってたまるかっ、私でさえ数えるほどしかないわ!」

「儂らは二回に一度はこんなもんじゃぞ。のうスノウ?」

 

 黒雪姫がいた場所には芸術的なまでに洗練された生ける漆黒の断頭台、ブラック・ロータスが静かな迫力を放出しながら出現し、ライハのいた場所にはのっぺりとした造形のザコキャラめいたマーブル・ゴーレムがひょっこり出現する。

 嘴でさえシルバー・クロウを丸呑みにできそうな大きさの怪物の咆哮を前に、冷静に会話する先輩たちの姿は頼もしいと言えば頼もしかった。

 

「はあ……。やっぱりししょおのせいだったんですね」

 

 そう言って疲れたように深々とため息をつく、スノウと呼ばれたF型デュエルアバター。この中で唯一見覚えがないことから、逆算的に彼女がユキカゼだろうとわかる。

 それは透明感のある白の、小柄なアバターだった。大きさといい雰囲気といい、ニコことスカーレット・レインの強化外装を召喚する前のそれによく似ている。

 ただ、こちらの方が頭に丸い付け耳を思わせるアンテナパーツがついていたり、丈は短いがスカート状のアーマーがついていたりと、より女の子っぽい可憐で華奢なデザインだ。武装の類は一切見られず、なんだか守ってあげたくなるような雰囲気がある。

 

「おいおいスノウや。儂が悪意をもってこの状況に持ち込んだというのならともかく、これはどう考えても完全無欠に偶然の産物じゃろう? なのにたった一人に責任を押し付けるのは、間違っておると儂は思うなぁ」

 

 言っていることは間違いではない。むしろとても正しいのだが、何故だろう、すごく納得できないのは。

 それでもハルユキなら何も言えずに黙り込むことしかできなかっただろうが、さすがは師弟関係、あっさりスノウは言い返していた。

 

「偶然だからこそ、過負荷(マイナス)であるししょおが絡んだ限りこうなるのは当然ってことですよねえ?」

「むう、減らず口を。的確すぎて何も言い返せんではないか。まったく、擦れてきおって。いったい誰のせいじゃ」

「ツッコみませんからね」

 

 どう考えてもあのシニカルな弁舌はライハの悪影響である。きっとさぞかしニコは嫌そうな顔をしているんだろうな、と予感にかられてちらりと怪物から目を逸らしてみれば、意外なことにスカーレット・レインは何やら上の空で、巨獣級にもスノウの言動も気に留めた様子はなかった。

 ガチガチと嘴を打ち鳴らす巨大な怪鳥相手を前にぼんやりできる胆力はさすが王と言えるが、いったいどうしたんだろうとハルユキが怪訝に思う横で、顕現した重量級アバター、シアン・パイルが声を上げる。

 

「とにかく、逃げましょう! 戦えば勝てるかもしれませんが、今のぼくたちの目的はエネミーではなく災禍の鎧討伐です」

 

 至極まっとうな意見だった。むしろどうしてすぐに逃げろと言い出す者がいなかったのか不思議なくらいである。

 

「マスターの『終決之剣(ターミネート・ソード)』なら《魔都》ステージの構造物破壊も可能なはずです。背後の壁を破壊して外に出ましょう。

 赤の王、クロム・ディザスターが池袋に到達するのは現実世界で何分後でしたか?」

「あ、ああ……。あと二分、ってとこだ」

「ハル、聞いての通りだ。クロム・ディザスターとエンカウントするまでこちらの世界では三十三時間以上の猶予がある。本来ならここでゲージを溜めて一気に飛んでいきたかったけど、それは道中でやっても時間の余裕は十分だ。

 君の飛行アビリティはゲージがなくとも、グライダーのように滑空は可能だったよね? それでマスターと赤の王を抱えて脱出してくれ。二十三階の高さがあれば、それで十分距離が取れるはずだ」

 

 次々と的確な指示を飛ばすタクムは参謀としてだけではなく、指揮官としての才能もあるのかもしれない。そんな状況にそぐわない的外れなことを考えてしまうほど、その姿は堂々と様になっていた。ちりっと心の奥底で劣等感と痛みがうずく。

 しかし、すぐにその脱出計画の中に半数も含まれていないことに気づいたハルユキは慌てて声を上げた。

 

「おい、タクたちはどうするんだよ!」

「……このエネミーの名前は百目鬼鳥。決まった縄張りを持たず、一度ターゲットを取れば地平線の果てまで追ってくる厄介な相手だ。普段なら巨獣級程度、マスターや赤の王の手にかかれば雑魚だろう……。

 でも、災禍の鎧という強敵を相手にしなければならない今、回復手段が限られているこの世界ではHPゲージの一ドットだって惜しいんだ。こいつには飛行能力もあるから、両手にマスターと赤の王を抱えたハルじゃ逃げきれない。

 どうせぼくは現場にいっても戦力にならない。だからここでライハ先輩たちと足止めを……」

「おいおい、何を言っておるんじゃ」

 

 タクムの自虐的な言葉をライハが不満そうにさえぎった。タクムは余裕のないしぐさでライハの方を見る。

 

「確かに、勝手にライハ先輩たちを足止め要員に入れたことは申し訳なく思っています。だけど、戦力的にそれが一番――」

「違うわ、そうではない。この程度の獲物、儂ら二人だけで十分じゃと言っておるのじゃよ。

 パイルよ、両腕が塞がっているというのなら足にでもぶら下がっておけ。おぬしの体力なら十分可能じゃろう?」

「あの、ししょお。もしかしなくてもスノウ、その二人に数えられてますよね?」

 

 ものすごく嫌そうなユキカゼを無視してライハは胸を張った。

 

「時間稼ぎは儂らがしようぞ、ネガ・ネビュラスよ。なあに、こんな相手すぐに撃退して追いつくわ。勢い余って倒してしまうかもしれんが、それはそれでありじゃろ?」

「ししょお、ししょお。フラグ立てるのは構いませんけど、スノウもそれに巻き込まれるってわかってます?」

「つまり、何が言いたいかと言うとじゃな……」

 

 ライハはビシッとハルユキめがけて親指を立ててみせた(サムズアップ)。隣でアンニュイな空気を醸し出しているユキカゼとは、どこまでも対照的だった。

 

「ここは任せて先に行け。待っている人が、いるんじゃろう?」

 

 ハルユキの銀の装甲の下で、脊髄を下から上へと電流が駆け上がる。もう、それ以上の言葉は不要だ。

 ただ黙って敬礼をすると、黒雪姫とニコに向かって駆け寄る。

 

「行きましょう、先輩、ニコ! ライハさんたちの犠牲を無駄にしないためにも! いくぞ、タクっ、グズグズすんな!」

「……あー、うん。理解できないわけじゃないんだ。残念なことに」

 

 何故だかバイザー越しでもわかるくらい微妙な表情をした黒雪姫が両手を一閃させ、バカンと背後の壁が三角形に切り取られた。

 いまだにぼんやりしているニコの手を引き、迷いを振り切れない様子のタクムを叱咤して、ハルユキは新たに切り開かれた通路を突き進む。振り返らないのは、背後の仲間に対する信頼の表れだ。

 

「ニコちゃん、また後で! ――ししょお、本当にやるんですか?」

「当たり前じゃろスノウ。儂らの構成じゃ必然的におぬしがアタッカーじゃ。サポートはしてやるからしっかりやれよ。こいつが低確率でドロップする『名状しがたき卵のようなもの』は加速世界の七大珍味の一つとして有名での」

「うう、仕留める気満々じゃないですか……。本来、巨獣級は第一線のバーストリンカーが二十人がかりで計画的に討伐する相手だってわかってます? それに珍味って、珍しい味ってだけで美味しさを保証するわけじゃないですし」

「なあに、最悪死ぬだけじゃ。さっき渡したものの慣らしと思えばよい」

 

 後ろからかすかに聞こえてくるのは、師弟間の軽妙なやり取り。巨大な敵を前にして、悲壮感は一切ない。いや、片方は悲壮感に溢れている気もするが、それは勝てない相手と戦わなければならない絶望とは無縁のものだった。

 

 ふと、スノウについて考えてみる。HPバーが自分一人分しか表示されないこの世界ではアバターのフルネームさえわからない、ライハの子について。

 ぱっと見た感じ、純白にかなり近い白系統のデュエルアバターだ。つまりライハと同様に、プレイスタイルは実際に見てみるまでまったくわからない。

 リアルの幼く可憐な少女をそのまま写し取ったかのような外見は、悪く言えばかなり貧弱に見える。武装らしい武装も見えないから、消去法で考えれば近距離格闘型だろうか。しかしニコのように強化外装を後付けで召喚するということも十分考えられる。

 

 その実力はライハによれば、一人で小獣級を倒せる程度。レベル4ということを考えれば、これは破格を通り越してありえない申告だ。

 

 無制限中立フィールドに存在するエネミーを狩ると、バーストポイントが手に入る。しかし、このゲームの制作者はブレイン・バーストをあくまで対戦格闘ゲームとして作成したということに拘っているらしく、ひどく割に合わないバランスに設定されているのだ。

 つまり、そこらのMMORPGのように気軽に狩れる強さではない。集団で戦術を練りに練り、何十分も、下手すれば何時間もかけて相手のゲージを削り、そして手に入るのは対戦一回分に勝利したのとほぼ変わらない程度のバーストポイント。対戦なら最大三十分で済む成果に、何倍もの過程と労力をかけてようやく並ぶことができる。

 

 具体的には、レベル7のバーストリンカーの登竜門として小獣級エネミーの単騎撃破が挙げられるくらいだ。

 確かに格ゲーとして作成されているブレイン・バーストは、レベルによるステータスの格差が小さい。一般的に3差以内であれば、ステージ属性との相性と戦術次第でいくらでもひっくり返せると言われる程度に。

 レベルアップによるメリットはステータス上昇など微々たるもので、レベルアップボーナスで獲得できる新たなアビリティ、強化外装、必殺技の獲得、あるいは既存のそれらの強化による戦術の広がりが主と言われている。

 しかし、それでも裏を返せば4以上の差があればステータスの格差が無視できなくなるわけであり。

 ユキカゼのレベル4はエネミー単騎撃破の適正レベルである7とはぎりぎり3差以内ではあるものの、それでもやはりレベル7のスペックと、そこに至るまでに積み上げた膨大な経験値を持つハイランカーと同じ功績を残すというのは、はっきり言って異常であった。

 ラッキーパンチが発生する対戦フィールドの出来事ではない。経験と技術がモノを言う、MMORPGのボス討伐に性質が近いものなのだから尚更だ。

 

 考えられる可能性は、大きく分けて三つ。

 

 第一に、スノウはエネミー狩りに特化した能力の持ち主という可能性。

 

 デュエルアバターはバーストリンカーの心の傷から生み出されるものだけあって、その能力は千差万別。中には対エネミーに特化した者もいるだろう。

 もっとも、同レベル同ポテンシャルの原則に即して考えれば、レベル7との経験、技術、スペック差を埋めるだけの性能をエネミー相手に発揮するアバターが、対人戦を苦手とするであろうことは想像に難くなく、対人戦に限定されるレベル4までの道のりは茨の道だろうが。

 この可能性は低いとハルユキは思っている。

 

 ライハはユキカゼを指して、『役に立つだろう』と言った。信じがたい状況下でくだらない嘘をつくライハだが、同時に彼女はひねくれものなので、嘘をついていることを隠しはしない。

 変な言い方だが、ライハはフェアに卑怯なのだ。自分はこういう生き物ですから騙されるのならそちらの落ち度と言わんばかりの態度で、堂々飄々と嘘をつく。その上で考えると、ライハはユキカゼを評価したとき、嘘をついている様子も、隠している様子もなかった。

 先述の通り、対エネミー特化型ならクロム・ディザスター討伐作戦で『役に立つ』とは言い難い。確かにリプレイで見たクロム・ディザスターは下手なボスキャラよりもよっぽど凶悪な風格があったが、あくまで中身はエネミーではなくバーストリンカーなのだから。

 

 第二に、スノウはレベル差や経験の少なさを超越できるほど強力な強化外装を、ライハから与えられているという可能性。

 

 これが一番可能性が高いとハルユキは考えている。

 デュアルアバターが初期段階から強化外装を取得している場合、アバターはその強化外装と合わせて同レベル同ポテンシャルの性能として構築されている。極端な話、強化外装の方にアバターのポテンシャルの大半ががつぎ込まれている場合も多々存在する。

 ハルユキのライバルであるアッシュ・ローラーがいい例だろう。彼はバイクに乗っている限り初見殺しと言っても過言ではない強さを発揮するが、アバター単品だとレベル1の新人(ニュービー)相手でも互角以下の戦いを強いられるほど弱くなる。

 

 かつて黒雪姫から、ライハのストレージの中には過去に全損させたバーストリンカーたちの遺品が複数眠っていると聞いた時から、ハルユキは強化外装についてもいろいろ調べてみた。

 

 それによれば、初期装備として強化外装を持っているアバターは、その初期装備に沿う形でレベルアップボーナスを取得していくのが一番無理なく自然かつ効率的に強くなれると言われており、今の加速世界では定石とされている。

 もっとも『沿う形』と一口に言ってもいろいろあり、強化外装を使った必殺技、強化外装の性能を上げる『習熟系』のアビリティ、既存の強化外装に追加される形での新たな強化外装と、その選択肢は多岐にわたる。

 大抵は『既存の強化外装と連動する新たな何か』であり、当人以外がその強化外装を使用しても、初期性能しか発揮されない。それは何らかの理由で強化外装が移譲されても、最低限のゲームバランスを保つための仕様だと言われている。

 しかしごくまれに、『強化外装そのもの』を強化するレベルアップボーナスが存在することがあり、その選択肢だけにレベルアップボーナスをつぎ込んできた高レベルバーストリンカーの強化外装が他者の手に渡ったりして、同レベル同ポテンシャルの原則を完全に逸脱したぶっこわれ(バランスブレイカー)が誕生した例も、過去に少数だが存在している。

 

 スノウもそのタイプなのだとすれば話は早い。単純にスペックが水増しされているのだから、レベル4を逸脱した動きも可能だろう。基本は格ゲーのゲームバランスであるブレイン・バーストでは、数人分のポテンシャルをつぎ込めば『レベルを上げて物理で殴る』類の暴力が簡単にまかり通ってしまう。

 百戦錬磨では効かない、数千数万の対戦を積み重ねたレベル8以上のトップランカーたちにオーバースペックにモノを言わせたゴリ押しが通用するかは疑問だが、所詮AI操作の小獣級エネミー相手なら何とかなるはずだ。ハルユキ程度の中堅相手なら無双だってできるかもしれない。まあ、『役に立つ』と言っても嘘ではない程度ではある。

 

 ただ、単純に強さを積み重ねる行いはライハの美学に反するとは思う。金や物さえ与えていればそれで愛しているのだと誤解している愚者たちとは違い、彼女は屈託なく強大なな力を弟子に与えることを良しとしないだろう。

 まあ、あれで身内に甘いところのあるライハだから、災禍の鎧という非常事態に即してあっさりストレージの中身をすべて譲渡してしまいそうな気もする。甘やかし方が人とはずれているとはいえ、あれでかなり甘やかすのが好きな人間なのだ。

 親切にするには相手を思いやる必要があるが、甘やかすのは自分のことだけ考えていればいいから。

 ライハが美学を取るのか、甘やかす快楽を取るのか、ハルユキには判断がつかない。

 

 そして第三。スノウが、レベル差を凌駕するほどの技術を身に着けている可能性。

 

 ハルユキはその考えにぶるりと身震いする。

 常識的に、これが一番ありえない。しかし、可能性が低いとはハルユキはどうしても思えなかった。

 理論的に考えて、レベル4からレベル7までレベルアップするのに必要なポイントは5400ポイントである。つまり安全マージンを考えず、日常生活の中で加速に消費されるポイントも考えず、同レベル相手から仕掛けられる対戦にすべて勝利したとしても、レベルアップ直後のレベル4とレベル7の間には、のべ五百四十回試合の経験差が存在する。

 格上狩りに成功すればより多くのポイントが獲得できるとはいえ、レベルアップすればするほど格下と戦う機会が多くなるのだし、現実的に考えて勝率百パーセントはありえないから、実際に存在するその差は開くことはあっても縮まることはないだろう。

 

 相互不可侵条約の存在によって、昨今のレベルアップの主流は対戦ではなくエネミー狩りらしいが、それも経験の内容が変わるだけであり、質としての劣化は望めない。

 また、バーストリンカーというのはその制限により例外なく子供だ。ほぼ確実に、そこに至るまでに馬鹿の一つもやるだろう。休日にふらりと遠征して百人抜きに挑戦してみたり、その場の勢いで最低限の安全対策だけして神獣級エネミーの討伐に出かけてみたり。

 そんな非効率極まりない重厚な経験は、永い時間をかけて加速世界を戦い抜いてきた者たちにしか備わらない。

 

 ゲームを初めて一か月の少女が、何をもってその差を埋める?

 

 何十年、何百年といった経験を一足飛びに追い越す、暴力的な天稟か。それとも常識を遥か彼方に投げ捨てた、幾年もの歳月に匹敵する超過密度の修行か。

 どちらであろうと、ただで済むはずがない。たった三か月しか加速世界を経験していないハルユキにだってわかる。この世界は多くのものを与えてくれるが、その分冷酷に対価も要求する。

 

 彼女はそれを手に入れるために、いったい何を犠牲にした?

 

 わかっている。あくまで仮定の話だ。しかし、ライハが一番好みそうなのがこの三番目の可能性とあって、ハルユキは嫌な予感を隠し切れなかった。

 

 黒雪姫が三つめの壁を切り崩したところで外の景色が見え、ハルユキは意識を切り替えた。

 屋内から急に外に出たためか、降り注ぐ白い外光がまぶしく感じる。《魔都》ステージのそれは日光などではなく、分厚い灰色の雲の中で断続的にうごめく雷光だ。眼下に広がる青白い鉄鋼都市は、まさに人ならぬモノが住む冷酷な要塞であり、このステージ属性を魔都と名付けた先人たちのセンスにとても共感できる光景だった。

 《混沌》属性。無制限中立フィールドの属性は、一定周期で変遷するためそう呼ばれている。今はたまたま魔都ステージの姿を取っているが、時間が経てばまた別の姿へと変貌を遂げるのだろう。

 シルバー・クロウの力で破壊することのできるオブジェクトが限定される魔都ステージは、移動するのにもあまり相性がいいとは言い難い。

 しかし、属性の中には陸地が完全に水没する《大海》ステージなるものが存在すると話に聞く。そんなものならメタルカラーであるシルバー・クロウは水没するほかなく、徒歩で陸上を移動することさえ適わなかっただろうから、最悪よりはずっとマシなのだろう。

 

「よし、いきましょう。先輩、ニコ」

 

 ハルユキはそう言って左右の手を差し伸べた。今から両手に異性を抱きかかえようというのだ。ライハの演出でテンションが上がっていなければ、とても自分から動くことはできなかっただろう。

 

「ン、よろしくたのむ」

「ああ……」

 

 そう言って近づいてきた二人のほっそりとした腰に腕を回し、しっかりと固定する。アバター越しなので少女特有の柔らかさを感じられないのは、果たして幸なのか不幸なのか。

 ハルユキは肩甲骨に力を籠め、しゃらんと涼しげな音を立てて十枚の金属フィンからなる翼を左右に展開した。必殺技ゲージはまだ一ドットたりとも溜まっていないので、振動して揚力を生み出すことはできない。

 しかし、空気を掴むイメージは翼ではっきり意識できた。

 

「いきます。タク、遅れんなよ」

「うん、大丈夫だよ。ハルこそマスターや赤の王をうっかり落とさないようにね? 後が怖いから」

 

 背後でタクムが冗談交じりに笑顔で答える。気持ちの整理はとりあえずここまでの短い道中で済ませたようだ。

 

「ちょ、おまっ、洒落にならないって」

「ふふっ。その慌てようだと、まるで私が落っことされたくらいで気を害するような意地悪で狭量な先輩に思えるな、ん?」

「いえそんなことはまったく無くてですね高所落下ダメージが入ってしまえばせっかくのライハさんたちの活躍を水泡に帰してしまうというプレッシャーが肩にのしかかってつい誤解を招くような発言をしてしまったわけでして決して先輩が怖いとかそういうわけでは」

 

 扇風機のように首を振り、現実世界なら確実に途中で舌が縺れるだろう怒号の言い訳するハルユキに、タクムと黒雪姫は声に出して笑った。そのおかげで、出鼻を挫かれたことにより硬くなっていた筋肉が少しほぐれた気がした。

 一方でにこりともしなかったニコがそろそろ心配になったが、今も地響きと共に足元が揺れ、背後から怪鳥の咆哮と激しい金属音、さらには甲高いモーター音に加え腹の底に響くような銃声が聞こえてくる。ライハは銃を扱っていなかったから、スノウが射撃武器を使用しているのだろうという推測はさておき、時間をあまり無駄にできないのも事実だ。

 

 ハルユキは背後を見てタクムとタイミングを合わせると、勢いよく建物の縁を蹴った。ふわり、と宙に浮いた身体が加速を始めるその一歩手前でタクムがそつなくハルユキの足に飛びつき、がくんと少し高度が下がる。

 そのまま風に乗り、翼に意識を込めて北東の池袋方面へと進路を調整するハルユキの視界に、自宅マンションだった鋼鉄の建築物に取り付いた百目鬼鳥の全体像が見えた。ハルユキを丸呑みにできそうなくらい頭部が大きいのだからどれほど巨大な鳥なのかと思えば、頭と胴体の比率が一対三程度であり、思っていたよりは大きくない。それでも十メートル以上は優にあるが。

 ふわふわとした丸い体はまるで雛のようであり、短い翼を懸命に羽ばたかせて空を飛ぶ姿はユーモラスに見えなくもない。頭部が腫瘍のように膨らみ、裂けたような無数の襞から目が飛び出していることを無視すれば、だが。

 一瞬ひやりとしたハルユキだったが、百目鬼鳥は何やら猛烈に激怒しており、盛んにオープンテラスとなった建物の東側に顔を突っ込んでは、奥にいるのであろうライハやユキカゼを攻撃していた。時折、その巨体を掠める形で銃弾と思しき閃光が建物内から発射され、空に軌跡を描く。

 ハルユキたちを気にする余裕はおろか、気づいた様子もなさそうだ。

 

「まったく、やつはいったい何をしたんだ……?」

 

 同じことを感じたらしい黒雪姫が、呆れた声でハルユキの思いを代弁した。

 

 

 ずっと黙りこくっていたニコが口を開いたのは、ハルユキが滑空を終え、道中で見つけたコンビニが変貌したと思しき祭壇に供えられた石像を砕いている最中だった。

 

 異形の彫刻群はエネミーなのではと疑わせるほど生々しく、内心ハルユキはビビッていたのだが、池袋までは残り五キロ以上ある。飛行という移動手段がありながら黒雪姫やニコを延々と歩かせるわけにもいかず、背に腹は代えられないとハルユキは必殺技ゲージを補充するため石像に近づいた。

 意を決して近づいてみればやはりそれらはただの石像で、少し拍子抜けしながら手慣れたパンチで一つ目を砕く。その時だった。ニコが口を開いたのは。

 ハルユキは作業を中断して耳を澄ませる。約一キロを滑空してきたというのに、いかにもはしゃぎそうなニコがずっと黙り通しだったのは気になっていたのだ。

 

 ハルユキにもっとコミュニケーション能力があれば「どうしたの?」と聞くこともできたのかもしれないが、今回討伐する予定の五代目クロム・ディザスターがニコの親であるという事実が判明している。当人の口から直接聞いたわけではないが、ほぼ確実だろう。

 親殺しを目前にして気が落ち込んでいると考えれば、納得できないこともなかったので、無理に聞き出すだけのモチベーションが得られなかったのだ。

 むろん、違和感はある。直前の直前になれば知らないが、弱みを見せることを嫌うニコの性分と、王の一角たる自負からして、それまでは平然とはしゃぐ姿の一つでも見せそうなものなのに。

 

「……なあ」

「どうしたニコたん、トイレか?」

「ニコたん言うな。つーかアバターがトイレ行くか、バカ」

 

 黒雪姫の軽口を受け流したニコは、深々とため息をついた。まるで胸の奥に溜まり言葉を塞いでいた何かを、一気に吐き出すように。

 それが成功したのかは当人のみぞ知ることだが、ニコの言葉はぽつりぽつりと続いた。

 

「なあ、アレは……本当に、バーストリンカーなのか?」

 

 ハルユキはその言葉の意味が掴めなかった。『アレ』とは十中八九、ライハことマーブル・ゴーレムを指すのだろう。

 確かにマーブル・ゴーレムはF型アバターらしからぬ外見で、一般的なデュアルアバターのデザインから逸脱している。しかしそんなもの、加速世界では個性の範疇である。赤の王になるまでにハルユキとは比べものにならない数のバーストリンカーと対戦してきたであろうニコが、その程度で疑問を呈すとは思えない。

 それに、ニコの言葉といい態度といい、どこかで見覚えがある。

 ライハに弱さを引きずり出されたときとは少し違う。確かに恐れや嫌悪の感情は見受けられるが、それ以上に何というか……。

 

「ありえないだろう……情報圧がマイナスとか……強いとか化け物とか、そういう次元の話じゃねえぞ……本当に中身は人間なのか、アレ?」

 

 思い出した。ハルユキが先代クロム・ディザスターのリプレイを見た時の反応にそっくりなのだ。強いとか怖いとか以前に、本能で絶対的捕食者に対する畏怖を感じた、あの時と。

 ニコは、ライハを畏怖している。

 しかし何故? いったいどこにその要素があった?

 

「――ああ。あれもバーストリンカーで、あれでも人間だ」

 

 凛とした声で黒雪姫はニコの言葉を肯定した。その迷いない口調の根底には、透き通った理解の色がある。

 まさかと思って親友の方を見れば、タクムの目にも神妙な色が浮かんでいた。怪訝そうな様子は一切ない。

 ついていけてないのはハルユキだけのようだ。

 

「マジかよ……なんで零化現象(ゼロフィル)も起こさずに動ける……いや、それ以前になんで生きてるんだ……なんで、ああなってまで生きていられるんだ?」

 

 聞きようによってはかなりひどい言いぐさである。しかし、ハルユキは周囲に遅れることようやくニコが何に圧倒されていたのか、理解し始めていた。

 

「ああなってまで人間は生きていけるってのか……ああなってもまだ、生きていかなきゃいけねーのか?」

 

 赤の王として十全の状態になったニコには、見えてしまったのだろう。

 

 人間の悪意にさらされ続けた人間の、一つの行き着いたなれの果てを。

 

 半年以上近くにいるハルユキだってまだ断片しか理解できない、ライハが過負荷(マイナス)と自称するものの本質を、ニコはその王の視線の高さゆえに垣間見てしまったのだ。

 王であるが故の理解力と器の大きさが裏目に出た。いや、裏目を()()()()()

 しかし同時に、ニコは小学五年生の少女である。今のニコが抱いている恐怖は、単純にライハのみに向けられたものではない。

 堕ちるところまで堕ちた人間と、落とすところまで落とした社会全体に対する恐怖。漠然とした靄の中に一片の光が差し込みあらわになった、最悪の未来展望を畏れているのだ。

 

 ハルユキにも覚えがある。

 進級してクラスが変わるとき、進学して小学校から中学校に変わるとき、怖くてたまらなかった。その恐怖は大半が、漠然とした見えない未来に対する恐怖というよりは、いじめのターゲットにならないかというより具体的で卑近なものに対する感情だったが。

 それでも覚えている。時間という誰にも覆すことのできない流れの中で、いくら頭をひねっても、いくら逃げ出そうとしても、逃れられない残忍な未来が手ぐすね引いて待ち構えている予感がする、あの心の芯が破綻しそうな嫌な感じを。

 否、今のハルユキとて例外ではない。むしろ小学生のニコより、中学生のハルユキの方が深刻だろう。

 ハルユキは今、中学一年生。残された中学校生活は、あと二年と三か月足らずだ。少子化極まった今の時代では人材不足ゆえに低年齢層の社会進出が押し進められ、十六歳からフルタイムの雇用に就くことが可能なよう法整備がなされている。

 社会的身分で言えば、今の中学生は二十一世紀初頭の高校生か、下手すれば大学生程度に相当するかもしれない。果たすべき社会的責任は、背負うべき未来の重荷は着実に増量しつつある。

 私立梅郷中学は進学校だ。去年までのハルユキは、卒業後も高校に進学するのだろうと、漠然と考えるまでもなく、そう無意識のうちに信じていた。

 今の自分はどうだろう。

 ブレイン・バーストという出会いによって完膚なきまでに破壊され、再構成されたハルユキの価値観は確かに変わった。根本的なところで自分からは逃れられないが、希望や意欲といったものが日常を彩りつつある気がする。

 

 先輩は、どうするのだろう。

 

 敬愛する先輩と同じ場所に無条件に所属できる期限が、一刻一刻と無情に迫りつつある単なる事実を、ハルユキはこのとき初めて直視した。

 

 曖昧模糊とした見えない未来は恐怖だ。しかし、それ以上にいくら考えても打開策が見当たらない、中途半端に見えてしまった未来は心を腐らせる猛毒だ。

 逃げたいのに逃げきれない。誰かに助けを求めようにも、いったい誰に、具体的にどうして欲しいと頼むというのか。

 未来が怖いから取り除いてほしい? できるわけがない。

 代わりの未来を教えてほしい? 別の場所に逃げたって、別の破綻が用意されているだけだ。

 ゲームならばゲームオーバーすればそこで終わりだ。コンティニューを選んでやり直すか、やりたくないのならタイトルに戻るを選択して電源を切ればいい。しかし、人生には破綻(ゲームオーバー)はあっても巻き戻してやり直し(コンティニュー)はない。生まれなかったことにする(タイトルに戻る)はもとから存在しない。リセットボタンなんてあるわけない。

 わかっている。みんなが多かれ少なかれやっていることだ。人類社会を継続するためには必要な負担で、社会に所属して利益を得ているのなら、人類の一員として還元する義務がある。

 しかし、その最低単位でさえまともに果たせない欠陥製品はどうすればいいのか。

 

 死ぬしか、ないではないか。

 

 ライハの存在は、そんな漠然とした甘えを根こそぎ吹っ飛ばした。

 失うことに終わりも底もないということを体現していた。どれほど失っても死という救済措置は自動で働かないのだということを、身をもって証明していた。

 欠陥製品でも、失い続けても、間違いだらけでも、それでも人間以上にも人間以下にもなれず、ただ人間として生まれた以上は人間として生き続ける以外無いという当たり前の事実を、この上なく単純明快にその小さな背中で教えてくれた。

 

 ニコが怯えているのは、要するにきっと、そういうことだ。

 未来に対して子供が抱く、漠然とした恐怖。言葉に仕立て直せば、そんなレポートのテーマにでもなりそうな、ありふれたものになるだろう。あえて無神経で稚拙な言い方をすれば、人生の先輩の背中を見て、心底ブルっちゃったわけなのだ。

 

「小娘、言ったはずだ。あいつは理解できないと拒絶するか、理解できないことを受け入れるかの、二択しかないと。理解しようとするな。理解してしまうことは、きっと幸せなことではない」

 

 黒雪姫は静かに断言した。その声には経験に基づく芯が通っている。

 ニコはまるで先輩に相談する後輩のような態度で、恐る恐る問いかけた。

 

「でもよ……それって、逃げじゃないのか?」

「ああ、逃げさ。逃避だ。現実なんていくら逃げてもいいものなのだということを、私はやつと過ごした二年半で学んだ。どうせ逃げきれないのだから、それまでは目を逸らしたって同じことだとな」

 

 なんじゃそりゃ。

 そう思ったのはハルユキだけではないだろう。実際、タクムもニコも、呆気にとられた表情を晒している。

 レベル9になるまで気の遠くなるような重厚で高潔な経験を積み上げた王ゆえに語れる、誰もが納得できる正しいご高説が聞けると、無意識のうちに期待していただけにギャップは激しかった。

 

「いいか。見えるものに対して思考停止することは、褒められることではないが悪いことでもないんだ。

 今の自分にできないことは当たり前だ。なぜならそれは、経験を積んだその時の自分が為すべきことだからな。それなのに今の自分にできないからと言って、うじうじとその場に留まり悩み続けることほど無駄なことはない。

 どうせ時間は流れるし、時が来れば否応なしにやるしかなくなるんだ。だったら何とかなるさと開き直って、今は今できることさえやっておけばいい。それで時が来てどうにもならなくても、すべてが破綻しようとも、生きていくことはできるさ。あいつみたいにな。

 たとえそれで死んだところで、いつかは死ぬんだ。どうせ死ぬんだ。人間である以上、それは変えられない。だったら、今の自分のできることだけを精いっぱいやるだけやって、何が悪い?」

 

 しかし、黒雪姫の言葉には、自分の言葉を信じるが故の重みがあった。経験者が積み上げた歴史があった。

 ああなんだ、案外そんなものなのかと、横で聞いていたハルユキがつい納得してしまうほどに。

 どう聞いても普通に開き直った普通の言葉なのに、何故だか普通に格好よく感じる。

 

「……ハッ、なんだそりゃ。ガッコの先生が教えていることとはまるで違うじゃねえか。そんなふざけた妄言聞いたら泡吹いて怒るぞ、やつら」

「それは仕方がない。学校の教師というのは正しいことを教える職業だからな。正しくなんてないこの世界に対する最適解は教えられないのさ」

「学校でやっている倫理道徳の授業なんて無駄だってか?」

「それは違う。この世界は正しくなんてないが、正しさを尊び守ろうとしている。

 何が正しいとされて、何が間違っているとされているのか、その基準を学んでいくことは間違いでも無駄でもない。その基準が共通していれば少なくとも、それが原因の無駄で無意味な争いは減るだろうからな」

 

 どこまでもシニカルな黒雪姫の言葉は、否応なくその影響を与えたであろう彼女を彷彿させた。適当に斜に構えているのではなく、自分を守るためにおざなりに対応するのではなく、自分のすべてをかけて全力で捻じれている彼女のことを。

 まるで、歪んだ世界に真っ向から正面向かって合わせた結果、自分もまた歪んでしまったように。

 

「ふん、それがお前がアレを教材に学んだことってか?」

「あいつを利用できる奴なんて、この世界のどこにもいないだろうさ。私が勝手に自分で学んだだけだ。少なくともあいつは、そう言ってへらへら笑うだろうな」

 

 蓮っ葉な調子でニコが問いかけ、肩をすくめて黒雪姫が応える。そこにはもう、対等な二人の王だけが存在していた。

 ニコは身体をほぐすように首を軽く回す。

 

「あーあ、らしくもない態度を取っちまったな。せっかく空を飛ぶなんて貴重な経験ができたっていうのによ。おいクロウ、とっととゲージ溜めてひとっ飛びしようぜ」

「えっ……ええっと、はえっ?」

 

 いきなりこちらに向かった矛先に、ハルユキはなすすべなく戸惑うばかり。

 

「何が、はえっだ。今度はたっぷり満喫すんだからさ。ほら、グズグズすんなよ」

「わ、わかったよ」

「いや、それはやめた方がいいだろう」

 

 急かされるままに石像砕きを再開しようとした腕が、ピタリと止まる。命令する以上、上の意向は統一しておいてほしいと文句を言いたいところだが、もちろんハルユキにそんな意気地があるわけない。組織の下っ端はただ黙って涙を呑み込むのみだった。

 

「んだよロータス。この距離を歩いていくなんて冗談じゃねーぞ。ピクニックして楽しい背景じゃねーし」

「私もハルユキ君に運んでもらうことについては賛成だ。ただ、『下』でライハが言った『前哨戦』が気にかかってな」

 

 噛みつくニコに、黒雪姫が冷静に返す。

 手持無沙汰になったハルユキは、とりあえず石像の前に身構えたポーズを維持しながら二人の王のやり取りを見守った。

 

「あくまで状況から逆算した推測だが、おそらくやつは――」

 

 

 そしてハルユキは狙撃を躱す。

 四人分の重量を抱えた飛行に普段の敏捷性は欠片もないが、覚悟していたから反応できた。それでも至近距離を銃弾が掠めていく緊張感はチリチリと神経を焼く。

 場所は南池袋公園上空。オレンジの光線を旋回して避けたハルユキは、次弾が来る前にそのまま羽を折りたたんで急降下に入った。もとより障害物をショートカットする必要最低限の高度にとどめていたため、最悪この場から飛び降りてもデュアルアバターの身体能力なら高所落下ダメージが入るだけで済む。

 一瞬だけ翼を大きく広げ右に移動。間をおかずハルユキたちの残像を、今度は青い閃光が貫く。

 最後は翼で大気を掴んで急ブレーキをかけ、慣性の重圧を感じながらクレーターのように変じた公園内に素早く着陸した。

 シアン・パイルが重量級アバター特有の地響きを立てながらもそつなく着地し、王二人は空中でワルツを踊るように華麗に体勢を整えて舞い降り、ハルユキだけが足をもつれさせて前のめりにずっこける。

 慌てて飛び起きたそのころには、もう三人は陣形を整えて身構えている。忸怩たるものを感じながら、ハルユキもゆっくりと腰を下ろして似非空手の構えをした。

 現実世界では南池袋公園だったクレーターはまるで古代の闘技場のように広いが、それ以外はサンシャインシティ周辺の雑多な建造物に占められ、視界はとても悪い。分厚い雲に覆われた魔都ステージではなおさらだ。

 その建物の影の中から、一体のデュエルアバターが現れた。あれが狙撃主かとハルユキが思う隙もあらばこそ、次から次へと人影が湧き出し、クレーターの縁は耳障りな足音と共にバーストリンカーに埋め尽くされる。

 

 その数――およそ五十。

 

 最後に、その中心からゆらゆらとした足取りで一つの影が進み出た。そのどこかで見たような動きに、ハルユキはとっさにライハを連想する。

 もちろん別人だということはすぐにわかった。シルエットが小柄なマーブル・ゴーレムとは違いひょろっとした長身だし、つるりとした装飾の少ない彼女と違い、左右に湾曲した一対の角の付いた帽子を始め、まるで道化装束のようなデザインが全身に施されている。

 

 そしてその色は、この薄暗い視界の中でもはっきりそうとわかる、毒々しいまでに鮮やかな黄色。

 

 全身から立ち上る鮮烈なオーラは、この広い加速世界でたった七人しか存在しないレベル9の頂に至った者のみに許された凄味だ。

 

「んっ、んー! おやおや、これは皆さまお揃いで。御機嫌よう、奇遇ですねぇ」

 

 純色の七王が一人、黄色の王イエロー・レディオは、慇懃無礼の教本に載れそうな声と態度で一礼した。

 それはまるで、今から演目を始める劇団一座の団長のように恭しく作りこまれた仕草。

 

「うふふ、普段から善行は積んでおくものですねぇ。普通ならこんな大規模な演目はやりたくてもやれないのですが、本日は白と灰色に彩られた天使のささやきに導かれまして。

 日常的にカーニバルをしていればローテーションを組んで三十人が限界だったでしょうが、ピンポイントで日時が予言されたためにこの人数を集めることができたのですよ」

 

 ハルユキはごくりと息を呑んだ。『白と灰色に彩られた天使』がいまさら誰のことを指すのか、想像するまでもない。

 ライハは裏切ったのだ。

 

「イエロー・レディオ……てめぇだったのか、災禍の鎧を隠匿していたのは」

 

 そう口を開いたニコの口調は、静かだった。

 声に秘められたのは、灼熱。

 今の彼女は真紅に燃え盛るのではない。

 音もなくすべてを灰燼に帰す蒼炎が、高純度の怒りと憎悪を湛えて圧縮され続けている。解き放たれるそのときを、ただ待ち望んで。

 

「赤の王が何を言っているのかさっぱりわかりませんねぇ。隠匿? さてはて、何のことやら。

 私はただ、卑劣にも不可侵条約を破って襲ってきたプロミネンスの『暴食』に、哀れにも全損させられてしまったうちの団員達の敵を取ろうとしているだけですよ」

 

 大げさにレディオはその細長い腕を広げると、やれやれと肩をすくめてみせる。

 

「そう――私たちは被害者です」

 

 その瞬間、ハルユキはニコが爆発するのではないかと思った。超新星にも匹敵する莫大な熱量がスカーレット・レインから発せられ、黄のレギオン『クリプト・コズミック・サーカス』の面々が剣呑な空気で身構える。

 平然とした態度を崩さないのは黄色の王くらいだ。

 一瞬だけ空間に広がった灼熱は再びニコに取り込まれ、冷気すら感じさせる声で再びニコは言葉をつむいだ。

 

「……なら、この状況はどう説明するんだ? 健気に五十人近くも揃えやがって。これだけの数があれば、王を狩れるとでも思ってんのか?」

「いえいえ、そんな。誤解ですよ。私はただ、かつて純色の王の間で結ばれた、高潔にして神聖な条約に従い動いているだけです。貴女もご存知でしょう? その場にいなかったとはいえね。

 目には目を、歯には歯を、全損には全損を。くくく……。何とも野蛮で稚拙な取り決めだ。実に単純でわかりやすい。しかも身分によって不公平を認めていたハンムラビ法典と違い、この条約は相手が王であろうと適応されるのですよ。これは素晴らしいことじゃありませんか」

 

 話している最中にもレディオは大仰な動作で何度もポーズを変え、時に喜色を隠し切れないと言わんばかりに小刻みなステップを踏む。何とも相手の神経を逆なでするツボを心得た行動だった。

 言葉の端々に含められた陰湿な棘も相まって、横で聞いているだけのハルユキも腹が立ってくる。状況的に、イエロー・レディオが災禍の鎧をチェリー・ルークに渡して今回の騒動を引き起こした可能性は非常に高い。あくまで状況証拠であり、物的証拠がないので逮捕立件は難しいが。

 しかし、腹立たしいことこの上ないのは事実だが、なぜかそこまで憎んだり嫌ったりする気にはなれなかった。

 なんだか、すごく身近な先輩を彷彿させる箇所が多いのだ。

 

「私たちはそれに従って、ルールを遵守するために、プロミネンスに所属するバーストリンカーを探しに来ただけですよ。それが、まさか最初の一人目が赤の王だったとは、お互いに不幸なことですけどねぇ」

「不幸だと思ってんなら今すぐ消えな。お帰りはあちらだぜ?」

 

 ニコは、すいっと右手を上げて池袋駅の方角を指す。たったそれだけの動作にハルユキは背筋が凍りそうな迫力を感じた。

 しかし、レディオは笑顔に固定されたマスクの奥から、くっくっくと含み笑いを漏らすのみ。

 どちらも化け物だ。

 

「それには及びませんよ。不幸中の幸いで、今の私には正義をなすために集めた武力があります。他の王なら難しいでしょうが、純色モドキの未熟者なら頑張れば何とかなりそうなだけの数の力がねぇ。

 正直気は進みませんが、ええとーっても進みませんが、私も王の一角。正義を保つ義務と責任があるのです。困難だからといって、退いちゃいけませんよねぇ。だって私たちには、この加速世界の平和を保つ使命があるのですから。その使命を我らは担わんと、二年前のあの日に誓ったのですから。

 ああ、貴女はいませんでしたし、そっちの黒の王はその誓いを破る側でしたっけ?」

 

 言葉を向けられた黒雪姫の方に、反射的にハルユキは目を向けてしまった。

 ブラック・ロータスは答えない。ただ、だらりと脱力しているようにも見える姿で、黙って立ち尽くしているだけだ。

 

「…………」

「ふふっ、だんまりとは寂しいですねぇロータス。せっかく久しぶりの再会じゃないですか。何の運命のいたずらか、私たちの道は分かたれてしまいましたが、かつては肩を並べてお互いを高め合った関係。ここは思い出話に花を咲かせるのも一興じゃないですか?

 ほら、そう言えばここに、次に貴女と会ったときに渡そうと思っていたささやかなプレゼントが……おっと、うっかりこぼしてしまいました」

 

 そう言ってレディオはどこからともなく取り出したトランプサイズのカードを、限りなくわざとらしい仕草でピンと弾いてみせた。

 くるくると回転しながらこちらへと飛んでくるカードの正体がつかめず、ハルユキは困惑する。相手の思惑通りに進むのは不安だが、危険な代物なら真っ先にニコが遠距離攻撃で対応するはずなので、下手に動けないのだ。

 やがてハルユキのすぐ目の前の地面に刺さったカードは、その表面に三角形の文様を浮かべると、空中に立体映像を再生し始める。

 

 そこで上演されたのは、過去にハルユキが聞いた黒雪姫の罪の一部始終。

 その装甲を情熱で真っ赤に燃え上がらせたレッド・ライダーの言い分を、聞き入れたふりをしたブラック・ロータスが彼を抱き寄せ、卑怯にも騙し討ちで一つ目のレベル9の首を狩った、まさにその現場だった。

 

 交差した剣の上に乗ったレッド・ライダーの首に、ブラック・ロータスがそっと頬を寄せるのを見ながら、ハルユキは背筋に冷たいものが走るのを感じる。

 映像の中のブラック・ロータスに圧倒されたことは否定しない。しかし、それだけではない。

 黒雪姫が先代の赤の王を騙し討ちにしたことを、どれほど悔やんでいるのか、ハルユキはこの三か月で嫌というほど見てきた。

 黄の王がこんな隠し玉を持っていたなんて予想外だ。

 そのイエロー・レディオはいつの間にか大判の水玉模様のハンカチを取り出し、流れてもいない涙をぬぐっていた。

 

「うう、何度見ても痛ましい。友情を信じ、正義を信じ、そして貴女を信じたレッド・ライダーが無残にも討たれる姿は……。無念だったでしょうねぇ、悔しかったでしょうねぇ。

 彼には愛する恋人さえ加速世界にいたのですよ。同じ男として、恋人を置いて先に逝ってしまった彼には同情を禁じえません。せめて真っ向からの一騎打ちの結果であれば、納得して舞台を降りることが、彼にならばできたでしょうに」

 

 先輩、聞いちゃだめです!

 ハルユキは声を大にして叫びたかった。しかし、それはできない。本当に彼女がレベル10の高みに到達したいのであれば、いずれは乗り越えなければならない傷だ。ここでハルユキ程度が口出ししてはならない。

 何より、目の前のこれは純色の七王のみに許された舞台だと、ゲーマーとしての本能がささやいていた。そんなことに従うのはバカバカしい、間違ったことなのかもしれないが、ブレイン・バーストをこの上なく刺激的なゲームとして愛するハルユキにとって、それは譲れない一線だったのだ。

 

「それまでは貴女も加速世界の平和を守るために粉骨砕身してきたというのに、いったい何が貴女を変えてしまったというのか。

 ほら、思い出してください。たとえば三年前、私たちは加速世界を揺るがしかねない重大な罪を犯したモノクローム・シアターの頭首、初代『怠惰』であり『人操り人形(マスターパペットマスター)』と呼ばれていたモザイク・マリオネットを断罪したじゃありませんか? 彼女が首を刎ねられた時の団員の悲痛な叫びを踏み越えてでも、それでも守りたいものがあったのでしょう?

 おや、そう言えば。今のネガ・ネビュラスの唯一の同盟相手も似たような名前だったような……」

「――――」

「んん、何か今おっしゃいましたかロータス?」

 

 わざとらしく耳に手を当てて、黒雪姫に向けて大きく上半身を傾けたレディオの動きが、初めて止まった。

 

「……くっくっく」

 

 ブラック・ロータスの身体を細かく震わせるそれは、嘲笑。

 風に紛れる程度の音量だったそれは、段階を踏んで周囲をビリビリと打ち付けるような哄笑へと変化した。

 

「くっくっく、フフフ、アハハハハ、アーハッハッハッハッハッハッハ!」

 

 その姿は何というか……。

 周囲の背景が魔都ステージの青ざめた鋼鉄製の建造物群であったり、上空を蒼黒い雲が薄巻いてあったり、ブラック・ロータスのカラーリングが漆黒だったり、すべてを断罪するような美しくも残酷に攻撃的なデザインだったり、さらにはタイミングよくひときわ大きな雷鳴が轟いたりするものだから――

 

 すごく、魔王っぽかった。

 

 そう感じたのがハルユキだけはない証拠に、イエロー・レディオが王二人の討伐を念頭に置いて掻き集めてきたはずの精鋭部隊が、たじろぎ気圧されているのを感じる。

 

 もし先輩が魔王なら、僕はその配下その一とかなんだろうなー。ぎりぎり幹部待遇だけど、ストーリーの序盤とかに主人公の前とかに登場して、中盤以降のパワーインフレにまったくついていけないやつ。

 中盤以降に登場した幹部キャラは仲間になったりして人気者扱いなのに、ストーリーが完結したあとに、「え、そんなキャラいたっけ?」とか言われたりするんだろう。

 きっと最後死ぬときに「申し訳ありません……様……!」とか肝心の名前がよく聞き取れない遺言を残して自爆とかして、主人公たちと読者に敵がこれで終わりではなく、むしろ始まりであるというメタファーを与えるくらいの役割しかないんだろうな。

 

 あまりにも違和感のないその想像が悲しくなってきたので、ハルユキは考えるのをやめた。

 

「……ふう、久々に笑わせてもらったぞレディオ。あまりにも予想通りの行動をとってくれるので、ついな。失礼した。いや、相手がピエロのこの場合、笑いは拍手と同義なのかな?」

 

 いまだ肩をかすかに震わせながら魔王――ではなくブラック・ロータスは悠々と言葉を発する。

 

「実を言うとな、レディオ。私はお前のことが大っ嫌いだったんだ。初めて会った時から、生理的に受け付けなくてな。知り合ってからもその印象は覆らなかった。陰湿に策を練り、小細工を好む嫌なやつ、とな」

 

 いや、まったく若かった、と独白するブラック・ロータスに、クリプト・コズミック・サーカスの面々も、ハルユキも、タクムも、あるいはニコやイエロー・レディオでさえ飲まれていた。

 軽快な口調で語り続ける黒の王に、誰もが口を挟めず身動き一つせずに彼女を見守る。

 

「しかし、よくよく考えてみれば黄色が間接攻撃であるという今の加速世界の常識は、レディオ、お前が創り出したんだ。取扱説明書などないこの世界で、火力もなく装甲も弱い黄色系統は間接攻撃によって他の色系統と対等足り得ると、レディオ、お前が身をもって証明したんだ。

 お前は演出過剰なまでに卑怯な手を使うことによって、黄色系統はこう戦うべしという手本を加速世界中の黄系アバターに伝えたんだ。純色の王(ピュアカラーズ)があそこまでするんだから、黄色が卑怯な手を使っても仕方がないという風潮を、黄系アバターたち自身の心理的抵抗を下げ、敵対するバーストリンカーたちを納得させる、お前が黄色に対する許容を加速世界に生み出したんだ。

 だから、現実世界で二年越しに、加速世界で幾星霜を経て再開した友に、初めて言おう――」

 

 黒雪姫は、まるで迎え入れるようにだらりと力ない動作で刃と化した両手を広げる。

 

「お前、案外いいやつだったのかもな」

 

 空気が漂白された。

 自分を狩ろうと目論み、罠にかけて挑発してきた相手に対して、親しみさえ感じさせる黒の王の態度に、誰もが息を呑んだ。

 呼吸の間隙が生まれる。

 その一呼吸の間にブラック・ロータスは、二十メートル以上あった距離を詰めイエロー・レディオのパーソナルスペースまで侵入していた。

 力みがまるでない、まるで地面と平行に落ちるような独特な動きにハルユキは息を呑む。視界に白と灰のまだら髪の先輩が重なった。

 

「っ! くう!」

 

 ブラック・ロータスの漆黒の一閃を、レディオは持ちっぱなしだったハンカチから手品のように取り出したバトンで受け止める。

 ガチンッと聞く者に寒気を感じさせるような音と共に火花が散った。

 

「ほう、防いだか。見覚えがあるだろう、レディオ? あいつが『揚げ足』と呼んでいる歩法だ。筋力によらず動き、呼吸の合間を縫ってくるものだから初見でなくとも対応は難しい。

 この二年で完璧に対応することはついぞできなかったが、真似することくらいなら何とかやれるようになったよ」

「くっ、ロータス!」

「この二年、加速世界から退場していた私も決して失うばかりではなかったということだ。

 こんにちは、久しぶりレディオ。そしてさようならだ。

 お前が案外いいやつだったとしても、やっぱり私はお前が嫌いだ。へらへら笑いながら相手を策にかけるような奴は好かん。特に、私を狩ろうとしたことと、赤の親子の絆を弄んだことは許しがたい。

 ここで我が糧となれ。もよや嫌とは言うまいな!」

「嫌に決まっているでしょうが!」

 

 こればかりはハルユキもレディオに全面同意なやり取りを最後に、二人の王は加速した。

 

 もはや後ろで見ているハルユキには目で追えない。校内のバーチャル・スカッシュ・ゲームで並ぶ者のない高得点を叩き出し、デュアルアバター自身もスピード一極特化型であり、速さこそが自分の最大の武器であると自負するハルユキが、だ。

 ただ黄と黒の閃光が瞬き、二人の王の間にある空間がズタズタに破壊され、周囲にあるものすべてが耐えかねたように吹き飛ぶ。

 加速世界始まって以来の、レベル9同士の一騎打ち。

 そこで繰り広げられる積み上げられた歴史の衝突に、ハルユキは呼吸さえ忘れて見入った。いや、それはハルユキだけでない。

 普段は冷静で頼りになるタクムも、同じ王の一角であるニコも、至近距離にいたために余波に巻き込まれた黄の軍団の面々でさえも、息を呑んで観客に徹している。

 横槍を入れることなど考えられない。ただ、人の手によって築き上げられた加速世界の伝説を余すところなく見ていたい。

 敵も味方も関係なく、ただ頂を目指す全てのバーストリンカーは、頂に限りなく近づいた存在を前に等しくそう思った。

 

 ある種それは感動と言えるものだったかもしれないが、二人の王の桁違いの力の前に思考を狂わされて、彼ら以外の誰もが戦闘を忘れるという奇妙な現象が発生していたことも事実だ。

 

 ハルユキなどは、

 

 やっぱり先輩のセリフって悪役っぽいなー。主人公たちが黒幕のイエロー・レディオの喉元まであと一歩のところまで迫ったけど逃げられちゃって、ついに次で決戦かと思いきや、突如として現れてばっさりレディオを殺しちゃう真ボス臭ハンパない感じの……

 

 などと働いていない自覚がある思考回路で、ほわほわとそんなことを考えてしまったくらいだ。

 

 しかし、停滞を生み出したのが王ならば、均衡を崩すのもまた王であった。

 

「おい、ネガ・ネビュラスに小娘! 何をぐずぐずしているっ、とっととサーカス気取りのならず者たちを一人残らず駆逐してしまえ!」

「むっ、いけません!? さあ、お前たちっ、あの赤の小娘をやっておしまいなさい! なあに、あれは時代遅れの固定砲台です。近づいてしまえば、どうということはありません。

 チーム・ブランコ突撃! チーム・ジャグリングはその援護に回るのです!」

「小娘小娘ってうるせえっ! 来いっ、強化外装(インビンシブル)――!」

 

 あれだけの剣戟を交えながら黒の王と黄の王は配下に支持を飛ばし、赤の王が不服気に吼える。轟っ、と燃え盛り、不動要塞(イモービル・フォートレス)の形を取りつつある紅焔に遅れて、ハッと我に返った配下たちが動き出した。

 

 王の数では二人を配する赤黒同盟有利、しかし兵の数では黄の軍団が圧倒的有利。

 

 かくして加速世界初となる、王同士の戦争の火ぶたは切って落とされた。

 




負篇に続く。

もうちっとだけ続くんじゃ。

……いえ、ね。
どう考えても四万字以内に収まりそうになかったので、適当なところで区切って投稿した次第であります。
次で終われば、いいなぁ(願望)

今回は黄の王が一番書いてて楽しかったです。
悪いキャラって、どうしてあんなに魅力があるんだろう。
レディオかわいいよレディオ

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