所変わって、凛は控え室にいた。
置いてある簡素な椅子に座り、合板の机に頬をつけてモニターを眺める。ちょうど、焦凍と出久の二人が入場してプレゼント・マイクの煽りにも似た紹介が終わった所だった。
闘志を漲らせる出久と、どこか遠くを見ているようにも見える焦凍。二人の様子を見つつ、凛は考える。
(……たぶん、絶対、また指とか腕とか壊すよね……)
トーナメントの勝利のため、そして焦凍に自分のことを見させるために。確かに、仕方のないことという考え方もできる。だが、個人的な感情としては自らを大事にして欲しいという思いもあるのだ。あと衆目の前であるし、あんな痛々しいのやめてほしい。
しかしまぁ、その願いも叶うことなく。
開幕直後の轟の素早い氷ブッパに対抗して、出久は中指一本を犠牲にして”個性”を発動させることによって生じさせた衝撃波で切り抜けた。
関節があらぬ方向に捻じ曲がり、変色した指からは血が滴り落ちている。
「はぁ……」
もうこの際、気にしないでおこうか。
そういえば、と凛は思い至る。やっぱり彼の個性は、オールマイトにそっくりだ。特に多用する衝撃波を発生させるデコピンはオールマイトの『デトロイト・スマッシュ』のリスペクトだろうし。
オールマイトの態度といい……あんま首を突っ込むことでもないのかな。
そんな考え事をしている間にも、試合展開は目まぐるしく動いていく。
定期的にフィールドを覆って出久に襲いかかる氷に、それを吹き飛ばす巨大な衝撃波。これぞ体育祭とでも言うような戦いに、観客席は大盛り上がりだ。ただ、出久の
出久の狙いは簡単で、焦凍が片側の氷の個性だけを使うことで訪れるキャパオーバーを引き出そうとしているんだろう。凛とやった対人戦闘訓練の時もそうだったが、彼は父との確執から戦闘において頑なに
だからこそそこに付け込もうと言うわけだが——それはまぁ、当然焦凍もわかってることだろう。
出久が右手の指を全て犠牲にしたところで、試合が動いた。
焦凍が氷を今までと同様にぶっ放したところまでは同じだが、今度はその氷に隠れて出久に接近している。二度三度と同じような氷ブッパに同じように対処してきたせいか、今回も衝撃波を放つ体制に入っていた出久は反応が遅れていた。
出久の焦ったような顔がモニターに映る。次の瞬間、先ほどよりもさらに大きな衝撃波が一面の氷を吹き飛ばした。
砂埃が晴れてみれば、そこには左腕全体を犠牲にして立っている出久の姿。
「……」
なんでそこまで、と問うのは野暮だろう。彼の目を見れば、確かな決意が読み取れるから。
全力でかかってこい、おそらくそう言ったのだろう。焦凍の目に微かな怒りが宿ったのが見えた。
そこからは互角だった。
焦凍が個性の限界に近づいていたのと、出久が気持ちで優っていたのもあるだろう。殴り合いの中でも個性を使っていたようだけれど、個性を使っても自傷していない様子を凛は何度か目にした。
あれがこの前出久が話していたセーブした個性の使い方というやつだろうか。あれを最初からやっていたらよかったのに。土壇場に初めてできるようになったとかだろうか?
そうやって、窮地を乗り越えられてしまうことが彼の危なっかしさを加速させるのだけれど。
やがて出久の拳によって焦凍が吹き飛ばされる。場外には出なかったが、もう個性も限界だろうし、さて、どうするのか。
と、思っていたら。
モニターの中で、なぜかトドメも刺さずに叫ぶ出久がいた。
声は聞こえないが、口の動きだけでなんと言っているかわかってしまう。
『君の、ちからじゃないか!』
……まぁ、彼の性格上、勝負の行方よりも自分の納得できないことの解決を優先するのはわかるけどさ。だからと言って、今じゃなくてもいいじゃないかと、凛は思うわけで。
案の定、焦凍がその言葉を聞いて、何かが吹っ切れたような、そして少し悲しげな顔をした後——炎を爆発させた。
そして、勝負はクライマックスへ進んでいく。
全身に自壊しないよううまく調整された個性を発動させた出久の拳と、氷で移動しながら炎をまとった拳を向ける焦凍が、先生たちの制止もものともせずに衝突し——フィールド上で爆風が発生した。
噴き上げられた砂煙で、フィールド上が何も見えなくなる。
それを尻目に、凛は支度を始める。今度は、自分の番だ。
モニターの向こうでは煙が晴れ、フィールド上に残った焦凍と場外へ弾き飛ばされた出久が映っていた。
どっちも後でお話があるけれど……
ひとまず焦凍は吹っ切れて、出久は個性が成長して、実りの多い良い試合だったと凛は振り返りながら刀を手に取った。
◆ ◆ ◆
セメントスによるフィールドの補修工事が終わった後、凛はスタジアムの入り口に立っていた。次の相手は天哉だ。こう言ってはなんだが、おそらく電気よりも戦いがいのある相手だろう。
『サァサァド派手なバトルで盛り上がってるかー!?お次は第二回戦第二戦!!こちらもA組対決……ってやっぱA組多いなオイ!』
プレゼント・マイクが話し始めたところで、ゆっくりとフィールドの登っていく。ちょうど向こう側からも同じタイミングで天哉が現れたところだった。
『まずは青コーナー!今回の体育祭大活躍中の人物の一人、剣閃無双の可憐なサムライ少女、霧崎凛!!』
『いつから赤青コーナーができたんだ』
『対する赤コーナー!こちらも要注目、縦横無尽にフィールドを駆け巡るまさに韋駄天、飯田天哉!!』
やがて正体し、会話ができる程度の距離になった。
「よろしくな、霧崎くん。例え君が相手だろうと容赦はしない!」
「ん……で、天哉」
「ああ、なんだ?」
「
「……いったいなんのことだか、よくわからんな!」
少し目線が逸れている。
それを見た凛は、さらに言葉を重ねた。
「ん、レシプロバースト、だっけ……騎馬戦の時に使ってたね。あれ、全力でしょ?」
「……」
「全力でかかってこないと……私、すぐ勝っちゃうよ?」
「……さすが、凄まじい自信だな」
まあ、すぐ勝てる、なんてのは嘘だけどね。電気の時と同じく、全力をわかりやすいタイミングで切ってくれるようにこちらで調整するためのブラフだけど……正直、乗ってくれるかはどっちでもいい。
できれば、全力の天哉とやってその上で勝利したい、というのは凛の勝手な願望だ。
『両者位置について……START!!!』
瞬間、天哉が視界から消えた。
全く視線で追えぬほど、唐突に——
(っ……右斜め後ろ!)
直感の囁きをほとんど本能とリンクさせて、瞬発的に木刀を動かした。
ガァン、と天哉の足が咄嗟に防御用に繰り出した凛の木刀と衝突する。
予想以上に重い。先ほどの昼休みの時に祖父から新しく木刀を支給しておいてよかった。この木刀は中に鉄芯を組み込んで頑丈に作られた特注のものだ。そうそう壊れない——と信じたい。
そう思っている間にも、天哉はレシプロバーストで加速させた脚部での蹴り技のコンボを繰り返してくる。
(お望み通り全力さ!確かに霧崎くんは強い……だからこそ、集中力の高まっていない開幕で全力を賭しての超短期決戦!!)
がん、がん、がんと音が鳴り響くたびに凛は後退していく。
このままではジリ貧でしかない。
(……一旦、仕切り直し)
がん、と一際強い蹴りが入るとともに、凛は蹴りの勢いに乗ってわざと吹き飛ばされることで距離をとった。
「逃がさん!」
「逃げ、じゃない!」
逃走じゃなくて転身だ。……この言い訳は少し見苦しいか。彼我の距離は5mほど、十分だ。
通常こう言った間合いを詰める時というのは一直線に詰めることはない。というのも、そうしてしまうと飛び道具を受けやすくなってしまったり、迎撃されやすくなってしまうためだ。
だから基本、少しでも弧を描くようにアプローチするのだが……おそらく、天哉の場合は別で……
そんな凛の予想通り、レシプロ状態で満足に小回りの効かない天哉は真っ直ぐに突撃してきた。
「予想、通り……!」
左腕から『葉霆』を取り出し、振りかぶって天哉の進行方向上の地面に投げて突き刺した。
距離を取り、刀を投げて足を止めさせて、そこにこちらから切り込んでいく。こちらが何度も受けに回っていたことを逆手に取った策……ではあったのだが。
「……っ!」
「こちらも想定済みさ!」
ザッと天哉の速度が緩まったところに斬りかかろうと一歩目を踏み出していたところで、天哉は凛の想定とは違う動きをした。それも、上空に飛んだのだ。
どこか見たことあるような動きで……
(……ああ、走り幅跳びの)
個性把握テストの時と同じ感じだ。おそらくあの時にアイデア自体は得ていて、真面目な彼のことだからずっと頭の片隅に戦略の一つとしておいていたのだろう。それをここで使われたわけだ。
攻撃への一歩目を踏み出していて、すごさま反転などできようもない体勢の凛の後ろ側へと天哉は回り込む。そのまま体を捻りながらレシプロを噴かして減速・反転加速からの蹴りを繰り出してきた。
凛はそれを体勢を崩しながらもなんとか受け止める。
「っ……!」
再び、剣戟と蹴激の応酬。しかしながら、此度は先ほどよりも遥かに凛の分が悪い。どんどん通されていく。このままでは決定的な一撃が入るのも時間の問題で——先ほど天哉への質問で効果時間を聞き出せていない以上、消極的な受けは悪手中の悪手。
(……なら、賭ける!)
まず一歩、左足を大きめに引く。大丈夫、感覚的には
こちらの怯んだ様子を見て取ったのか、天哉の攻勢がさらに強まった。ガガガガと、もはや鉄以上に固いもの同士がぶつかっているのではないかと錯覚するような音が響いてく。
天哉が一歩踏み込んでくる。まだだ、見極めろ。一番のタイミングを。
一つ、二つ、三つとなんとか凌いで——遂に、下から蹴り上げるような、一際強烈な天哉の右足の蹴りの兆候を凛は捉えた。
絶好。ここしかない。
蹴りが、木刀を直撃し——
「く……あっ」
——そのまま遠くへと木刀はクルクルと飛んでいった。
「もらった——!」
そのまま攻撃と攻撃の間を途切れさせることなく、今度は左足での後ろ回し蹴りだ。左の腕を胸の前でクロスして、なるべく衝撃を軽減するような姿勢でその回し蹴りを受け入れ——
そのまま、右手で体の後ろの地面に刺さっていた刀を掴んで、
「なっ!?」
左腕からのズキズキと痛む悲鳴を無視して、攻撃の姿勢に入る。
天哉は左足での大振りの蹴りを振り切った直後で、防御は不可能。
そんな天哉の顎へ、凛の回し蹴りが直撃した。
「がっ——!?」
刀を弾き飛ばした時点で、天哉の思考回路はトドメをさすというそれ一色に染め上げられていたのだろう。まさかカウンター気味に、しかも刀以外の攻撃手段が飛んでくるとは夢にも思わなかったのではないだろうか。
どさり、と顎を通して脳を揺さぶられた天哉が地面に倒れ伏す。
ミッドナイトが高らかに勝者を宣言した。
「飯田くん行動不能!勝者、霧崎さん!!」
『うおー!!またもクレバー、鮮やかな、鮮やかすぎるカウンター!!つーか体術もできんのかよ、反則だな!!』
『あいつは個性の影響で刀に触れていると身体能力が上がる。少し前に体内に刀を収納できるようになってからの伸びは凄まじいな』
『ウヒョー!これからも楽しみってわけだ!』
実際、これは大分危ない賭けだった。そもそもあそこに刀が刺さったままだったのだって、自分の元々の策が甘かった故に生まれただけの偶然の産物だし。
一回刀を手放して戦力が下がったように見せかけるのは脳無と戦った時に思い付いてはいたんだけれど、体術の方は本当に成功するかわからなかった。
あの蹴り——体術だって、ここ二週間で何かに使えるかもしれないと尾白に師事して覚えただけの付け焼き刃もいいところなものだった。
けれどまぁ、こういう時に用意していたわけだし、きちんと支えたのはよかった。
歓声の響く観客席に目を向け、A組がいるあたりを探すと、すぐさまその尾白と目が合う。
向こうもこちらと目が合ったことに気づいたのか、少し嬉しそうな表情でサムズアップを返してくれた。
ちなみに勝己は気に入らなさそうな感じでこちらを睨みつけて、他の面々は笑顔で拍手を返してくれた。
ふと、さらに視線を上げてみると。
なんだか満足げな顔をした、養父がそこにいた。おそらく会場警備の関係であそこにいたのだろう(多分きっとおそらくサボっていたわけではないはずだ)。
笑顔で手を振れば、彼の方も振り返してくれて。
凛にはそれが、何よりも嬉しかった。
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