結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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あらすじ
須美の家を訪れてから、銀は二人を避け始めた。原因は分からずとも、須美は暗く沈んでいる。その心労故か、体育の時間に須美は気を失ってしまった。しかしすぐに目を覚ました彼女は、園子にノートを取ってきて欲しいと言う。最近似たような夢を見ていて、それを記録しているとのこと。その後、ノートを確認する園子の目に映るのは、二つの隕石と、薄紫色の一輪の花だった。


第十二話 昔話

「はい、どちら様?」

 

 丁度午後二時を過ぎたころ、ある家屋のインターホンが響く。引き戸を開いた先には、白髪の少女が一人。

 

「これ……」

 

 そう言って、小さな髪飾りを手渡す。

 

「あら、これって銀の? わざわざありがとう、よかったらあがっていって、お茶、出すから」

 

 にこやかにそう言って、女は髪飾りを受け取る。少女は少しだけ頭を下げて、その敷居を跨いだ。

 

 

 *

 

 

「わっしー、取ってきたよ」

 

 入室し、ベッドの上の須美にノートを手渡す。

 

「ありがとう、わざわざごめんね」

 

 それを受け取り、パラパラとページを捲る。その様子を見つめつつ、遠慮がちに口を開く。

 

「わっしー、白い髪の子と、知り合いなの?」

「……白い髪? うーん、多分面識ないかな」

「そ、そっか」

 

 頷いて、須美の顔を見つめる。

 一見何事もないように見えるものの、さっきの様子は明らかに異常だった。あの白い髪の少女といい、急変した銀といい、須美の周りによくない流れができているような。虫の知らせというか、なんというか。あの気絶も、ストレスが原因の一端ではないのか。しかし、今の園子には須美を守り続ける自由がない。この状態の彼女を、このまま一人で学校に残しておいて良いのだろうか。銀があてにならない今、放課後、ちゃんと帰宅できるのか──

 

「……わっしーさ、今日はもう早めに帰ったほうがいいよ」

 

 やはり、こうするのが最善だろう。大袈裟かもしれないが、何もないならそれでよいのだから。

 

「え、でも……両親に心配かけたくないし」

「ここにずっといるよりはいいよ。ちゃんとお医者さんに診てもらお」

 

 引き下がる須美に対し、少しだけ語気を強める。少なくとも今日一日は、須美に何かあってほしくない。心配で訓練もきっと手につかなくなるだろうし。

 

「……そうね、また倒れちゃったら、みんなに迷惑になってしまうもの」

 

 申し訳なさそうに目を伏せて、呟く。元気になったらまた来ればいいよと、園子は頭を優しく撫でた。

 

 

 *

 

 

 目の前で赤く変色した信号。それを確認し、須美は静かにスマホを取り出す。

 

『夢占い 隕石』 『夢占い 花』 『夢占い 同じ夢』

 

 スマホの検索履歴は、それでびっしり埋まっている。

 いつからだったか、確か、乃木邸に三人で宿泊したあの夜からだ。

 ──あれから、そろそろ一か月が経とうとしていた。仲良しだった、楽しかった、今までで一番煌めいていた短い日々。一体、何がいけなかったのか。

 

「予期せぬ変化、秘めた思い、強い感受性……」

 

 小さくため息をついて、首を振る。こんなことを調べたところで、何が変わるというのか。スマホをポケットに戻し、また横断歩道を渡る。ふと顔を上げると、昼下がりの空は、雲に覆われて薄暗い。その下で、須美は一人で両足を動かしている。

 

 ……ああきっと、罰が当たったんだろうな。胸の中でそう呟く。勝手にお社の奥の神殿に入り込み、見てはならないものを見てしまった。あの夜からが夢の始まりで、あの翌日に銀は須美から離れていった。悪いのは全部自分で、その過ちの大きさを、あの生きた亡霊が示しているのだとすれば、もう、納得せざるを得ない。そもそも、鷲尾須美は、生まれてきて何をしてきたのか。人を幸せにしたことなんてない。喜びを与えたことなんてない。園子にも、クラスメイトにも、先生にも、両親にも、自分という存在が、プラスとして働いたことなんてない。ああ、すっかり忘れていた。自分が、どんな人間だったのか。

 

「なにかの、間違いだったんだ」

 

 いままで、三ノ輪銀という人間が、自分の隣で歩いていたなんて。そうだ。悪いのは自分なんだ。誰のせいでもない。私が、私が全部悪い。私が原因で、私が悪で、私の存在が狂わせた。私が、私こそが──

 

「あ……」

 

 見下ろした狭い地面に、赤く丸い何かが転がっている。拾い上げるとそれはリンゴ。前を向くと、一際廃れた古本屋の目の前で、膝をついた老婆がそこに。

 

「あ、だ、だいじょうぶですか」

 

 慌てて駆け寄る。散らばった果物を拾い集めて、古くなっている買い物袋に詰め込んで……ああ、こんなシチュエーション、私は知っている。ずっと前から、己が心を掴んで離さなかった、あの銀色の記憶。

 そう、私は、こんな生き方がしたくて──

 

「ああ、どうもすいません……おや、貴方は……」

 

 何か珍しいものでも見たかのように、見開いた瞳に須美の顔を映す。

 

「まあよく似ていらっしゃる。失礼ですが、もしやお嬢さんは東郷様の娘さんではありませんか」

 

 東郷、それは紛れもなく須美のかつての苗字。それを知っているということは。

 

「……母のお知り合いですか?」

 

 恐る恐るそう返答する。老婆はこれに難しい顔をして、少しだけ黙り込み、

 

「少々込み入った話になりますが……」

「構いません! 時間ならあります」

 

 食い気味に応えて、買い物袋を持ち上げる。母について知っていることなんて、大社に勤めていたことくらい。知りたい。どんなことでもいい、母がこの世界に生きていたのだということを、確認したい、感じたい、確かめたい。自分という存在を、自分自身が感じ取れるように。

 

「……そうですか、ではそちらにお掛けください。この古本屋は、私の家ですので」

 

 四阿の前に置かれた自販機の横、腰の低いベンチが設置してあった。老婆が腰かけ、どうぞ、と須美に示す。両手で買い物袋を抱えつつ、頭を下げて横に並んだ。

 

「何よりもまず私は貴方様に謝らなければならないのです。貴方様の御母堂、東郷美梁(みはり)様が逝去の原因は、私なのですから」

「どういう、ことですか?」

 

 怪訝な顔をして、老婆を見る。

 

「それを語るには、幾何か遠回りをしなければなりません……ええ、しかし貴方様には知る権利がある」

 

 老婆は使命感に溢れているようだった。自らに課せられた何かを、ひたすらに果たそうとしている。須美は縋るようにそんな老婆の瞳を覗き込んで、その話し始めるのを待った。銀に拒まれ、希望を見失った自分にも、まだ亡き母の生きた証が残っている。それは、きっと今の鷲尾須美の全てになるはずだと。

 

「私はかつて、貴方様くらいの年齢の頃、お国を守るためのある御役目を担っていました。そして、その御役目につく者には、大社内でも限られた者しか知ることのない、この国の秘密が明かされたのです」

 

 老婆は須美の表情を確認してから、流れるように話し始めた。一言一句に意味を含ませ、この一瞬に全てを注ぐように。しかし須美は早くも疑念を感じ始める。遠回りが必要とは言うが、なぜこの国の話にまで飛躍してしまうのだろう。だが、老婆を包む冷たい熱気がこの自我を眠らせる。聞かなければならないのだ、鷲尾須美、いや東郷美森がこの人と出会ってしまったからには。

 

「……約三百年前のことです。この国は未曾有の天災に見舞われました。それを引き起こしたのは……所謂『神様』だったらしいのです」

 

 三百年前、天災。そして神。

 

 聞いたことのある話だった。仲良し三人を象徴する葬られた幻の神話。乃木若葉の伝説そのもの。

 

 この人は知っている、多くの人々がその一端にすら触れることのない、不可思議な神話の存在を。

 

「信じられませんか?」

 

 きっとそんな顔をしていたのだろう、はっとして何か返そうとするも、息が詰まって何の言葉も出ては来ず。

 

「いいんですよ、それが普通です。無理に信じようとする必要はありません、こういう話があるのだと思ってくれれば」

 

 老婆はそう解釈し、また話し始める。

 

「この国に古来から伝わる、八百万信仰というものがあります。物に、木々に、大地に、この世のすべてに神々が宿ると、大昔から考えられてきました。そして、無数に存在する神々において、私たち人間の存在を是としない者も多かったのです」

 

 なんだか、思考がぐらついて仕方ない。この人の話は途切れさせることなく、聞き漏らさず、最後まで自分の中に収めなければいけない。なのに、どうしても邪推が混じる。この人はあの乃木若葉の話を、事実として解釈しており、それ自体になんの躊躇いもない。母はどうだったのか。乃木若葉の話は真実なのか。全ての疑問は、この先に本当にあるのか。それでも、とにかく聞き続けなければならなかった。

 

 

『天の神』と呼ばれるその神々こそが、この国を破滅に追いやろうとした黒幕でした。天の神は意図的に作り出した人を殺すための生物を地上に放ち、人類の根絶を画策したのです。しかし、人類側の土地神たちは『乃木若葉』という少女に力を与え、これに対抗しました。最終的にこの少女は全国の土地神の集合体である化身にとある宝具を捧げることで、四国にのみ結界を貼り巡らせ、人類の保全に成功します。ただ、土地神の加護を失った四国外の全ては形を失い、『幽世』という虚無の世界と成り果ててしまいました

 

 

 それじゃあ、国土と人口の損失はウイルスが原因ではないんですか……? 

 

 

 ええ、それは大社が作り上げたカバーストーリーに過ぎません。しかしこれにはとある事情があったのです

 

 

天災の直後、国を統治した大社は、救国の英雄である少女“乃木若葉”を祀り上げ、シンボルとすることで、国全体をまとめ上げようとしました。しかし、そううまくはいきませんでした。人々は乃木若葉の奮闘を直接目にしたわけではなかったからです。そのため、突如として四国全域の実権を掌握した得体の知れない組織に、現実味のない神話を押し付けられていると感じる者がほとんどでした。また、こうした話を広められることで、損失を被る業界があったことも大きな要因です。

 

そう、宗教団体です。大社のプロパガンダは事実上の宗教弾圧とも捉えられます。これに対し全国の宗教団体は統一宗教『月光の福音』を結成し、世論に追い風を吹かせました。巨大勢力となった“月光”と世論の情勢を鑑みて、大社は“乃木若葉”の名諸共この神話を闇に葬らざるを得ませんでした

 

 ──つまり、この老婆が言うことには、乃木若葉は真に神の軍勢に立ち向かった救世の英雄であり、しかしそれは世間に認められなかった。故にあの本は黒く塗りつぶされ、歴史の闇に消えた。そういうことなのだろうが……

 

「あの、でもこの話と母に何の関係が?」

 

 問いに対し老婆は静かに目を閉じ、ぎこちなく息を吸う。……彼女は震えていた。巨獣に睨まれた羊の如く。心配になって立ち上がろうとするが、即座に手を上げてそれを制する。最後まで話させて欲しい、そう眼光が訴えていた。

 

「……先ほどの天災にて、土地神は乃木若葉という人間を利用しました。同様に、天の神も一人の人間に神造生物を従えさせます。名は『郡千景』。黒い長髪の美しい少女でした」

 

 拳を握り合わせ、また口を開く。乾いた肌に血のような汗が滲み、目元は酷く歪んでいる。

 

「終末戦争にて、乃木若葉は確かに彼女を討ったと伝えられています。しかし……私はこの目で、彼女を認識しました。……五年前のことです。丁度夏が過ぎ去り、涼しさを感じられるようになった頃。既に空は黒ずんでいました。……その時、買い物帰りの私は、鈍い落下音のようなものを耳にしました。ふとあたりを見回すと、外灯に照らされ、立ち尽くす……血に塗れた少女が、そこにいました。私は慌てて駆け寄り、大丈夫ですか、と声を掛けました。しかしこちらを向いた少女の顔は、昔見た乃木若葉の伝記に掲載されていた、郡千景のものだったのです。切り傷のような穴の空いた外套を着て、巨大な鎌を携えた、伝説上の姿そのままでした。私は腰を抜かして倒れこみました。彼女の片目はルビーのように真っ赤に染まっていて、立ち居振る舞いも含めどこかこの世のものではないようでした。無抵抗の私を見下ろしながら、彼女は鎌を抜き、私の首にあてがいました」

 

 速射砲のように捲し立てる。伝えなければ、しかし、脳裏で目を覚ます悪夢が首をもたげ、這いずる。この魔が己を食い破ってしまわぬうちに、終わらせなければならない。

 

「そうです。ああ、私はここで死ぬんだと、全てを諦めんとしていた時、現れたのが貴方の母、美梁様でした……まだとてもお若かった……それなのにこんな老いぼれが、生き残ってしまって……」

「そう……だったんですか」

 

 ため息混じりに呟く。束の間の沈黙が辺りを包む。

 

 ……老婆の首筋には、痛々しい古傷が残っていた。きっと、本当のことなのだろう。神話の真偽がどうあれ、母は人の為に逝ったのだ。この老婆こそが、母が生きた証だった。この人は、母の死に責任を感じ、今この時までこうして過去を溜め込んできたのだ。

 

 会えてよかった、率直にそう思った。

 

 弱々しく涙を零す老婆を見て、須美はハンカチを取り出し、手渡す。老婆はそれを恭しく受け取り、目元をなぞりながら、先ほどより落ち着いた様子でまた話し始める。

 

「私は何もできず、すぐそばにいた少女に支えられながら、振り返ることもなく逃げました。美梁様の訃報を聞いたのは、翌日の大社治安維持局での事情聴取でのこと。……そうです、美梁様は私とあの少女の命と引き換えに、その生涯を……」

「え、女の子がいたんですか?」

 

 夕暮れ時だったこともあり、てっきり老婆一人がその殺人鬼と遭遇したのだと思い込んでいたが。

 

「ああ、そうでした。あの子は美梁様が来る直前、刃を向けられた私を見て、郡千景に立ち向かったのです。無謀な行動でしたが、彼女が来なければ、私はすでにこの世には居られなかったでしょうね。ええと確かあの子は……三ノ輪さんのとこの娘さんだったかと……」

「……お話ありがとうございました。これからもお体ご自愛下さい」

「え、ああ……」

 

 呆然と腰かけたままの老婆をそのままに、鷲尾須美は駆け出していた。目的地は三ノ輪の家。真偽を問い、学校に戻り、連れ出して……どうしよう、殴ろう。グーでいく。許せない、私が東郷って分かった途端、くだらない気遣いして避けて離れて、誰がそんなこと頼んだって話よ。もう、バカなんだから、もう、まったく、ほんとうに──

 涙が風に吹かれて、横に逸れて落ちていく。何の涙だか分かったもんじゃない。悲しいし、悔しいし、凄く腹が立つ。それなのに、なんでか、私は笑っていた。

 

「ぜったい、ゆるさないんだから!」

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