結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

14 / 62
あらすじ
園子の忠言により、須美は早退した。その帰り道で出会った老婆は、母である東郷美梁と縁があった。彼女の話によると、かつて通り魔に襲われた老婆は、東郷美梁と、三ノ輪銀に救われたのだという。銀の異変の理由を察した須美は、銀の家へと向かう。


第十三話 巫女狩り

「いやあ、迷った迷った……」

 

 乃木邸での迷いに次ぐ迷いの末、三ノ輪銀はようやくもといた寝室にたどり着いた。やれやれ、これから寝付けるだろうかと思いながらも、須美の隣に潜り込む。さてさて寝顔を拝見と、まじまじ白い顔を覗き見る。

 

「う……おかあ……さん……」

 

 うなされている。少しだけ唇を噛んで、目を閉じた。

 

「アタシがついてるぞ、須美」

 

 呟いて、小さな頭をそっと包み、背中をさする。

 

 ──ねんねん ころりよ おころりよ──

 

 

 *

 

 

 三ノ輪宅。それは須美たちが通う大社館小学校の一生徒の実家としては、やや離れた場所に建てられた一軒家だ。庭付きで、少々年季が入っていて、しかし体熱を持った人間が確かにそこで暮らしている。それが肌で伝わってくるような、控えめで暖かな存在感があった。

 

 広めの引き戸を前にして、ゆっくりと息を入れる。よし、と小さく呟いて、インターホンを遠慮がちに押してみる。

 

「……」

 

 すぐに返事は返ってこない。今は手が離せないのだろうと、少しだけ待ってから、もう一度プッシュ。

 

 ……変わりなし。

 

 そういえば、銀の両親は共働きなのか、それとも専業主婦なのか、在宅勤務なのか、そういった予備知識が皆無であったと思い出す。

 

 少々マナー違反かもしれないが、引き戸に耳を近付けてみる。遮音性が高い造りではないので、こうすれば人がいるかどうかは大体わかるはず……。

 

「……!」

 

 声がする。それも、幼い赤ん坊の泣く声が。奇妙なのは赤ん坊の声以外、一切の生活音が聞こえないところ。よりにもよって三ノ輪の家庭が、こんな未熟な声で泣く子供を独りで家に残しておくなんてありえない。なにかがおかしい、絶対、独りになんてしちゃいけないのに……! 

 

「ごめんください!」

 

 須美は意を決して引き戸を開く。返事はない。当たり前だ。

 

「失礼します!」

 

 革靴を脱いで、唯一この住家を支配している声のする方へとずんずん進んでいく。居間の奥、あの向こうから嘆き、訴えている。

 

 須美は進んでそれを開き、息を呑んで傍に寄る。

 

 赤ん坊は窓際、縁側の近くで小さな布団に寝かされていた。髪がしっかりと生えている辺り、既に一歳は過ぎている。清潔なベビー服が着せられているし、匂いが無いためおしめもきちんと変えられている。だとしたら、尚更不可解だ。いや、もしかしてただお手洗いに行っているだけなのではないか。しかしそれにしては長すぎるような気もするし。

 

 ごめんね、と呟いて、立ち上がる。この家に家族がいるのか、確かめなければ。

 

 居間を出て、玄関から正面を見る。ここ三ノ輪宅は二階まである一軒家。ひとまず、一階から虱潰しに探すのだ。

 

「……え!?」

 

 その時、何か軽いプラスチックのようなものが倒れた音が聞こえた。向かって右、須美はそちらに舵を切る。

 

 自然に倒れた可能性ももちろん否定できない。しかし、誰かがここにいて、それが三ノ輪家の誰かであるのならば、ここまで物音を立てず、泣いている赤ん坊を気にも留めないのはやはり不自然でしかない。最悪のシナリオとしては、空き巣に入り込まれ、母親に危害が加えられていること……そうでなければ良いのだが。

 

「あっ!」

 

 何かに気づき、速度を上げる。

 玄関から右奥、そこは台所。一方玄関から正面に進んだところには居間があって、そこと台所は繋がっている構造になっている。短い廊下と台所との敷居を跨ぎ、突如彼女は静止した。

 

「あなたは……」

 

 視線が交差する。瞳に移るのは白髪の少女の不安そうな表情、そして意識を失い横になっている、黒い花を胸に咲かせた女性の姿。

 

 

 *

 

 

 四時間目。体育を終え、体力を消費した生徒たちにとって、正念場ともいえる授業。活気もなく、多くの生徒の朧げに開かれた瞼が重力に抗う。教師の教科書の朗読は、まるで眠りを誘う子守歌のよう。しかし、その呪文を気にも留めず、物思いにふける少女が一人。その表情は、どこか落ち着かない様子で、しきりに瞬きを繰り返す。

 

『~♪』

 

 眠りの結界を打ち破る音が教室に響き渡る。前かがみになっていた生徒たちが、のっしりと体勢を戻した。

 

『六年一組、三ノ輪銀さん、至急職員室までお越し下さい』

 

 短い文句とともに、締めの効果音が鳴った。

 

「先生、職員室に行ってきてもよろしいですか」

「はいはい、いってらっしゃい」

 

 三ノ輪銀は軽く一礼して、後ろのドアから教室を後にする。背中でひそひそ声を受け止め、怪訝な視線を感じながら。

 

 

 *

 

 

「母が、運ばれた……?」

 

 担任の安芸は呆気にとられている銀に、静かに頷いて答える。

 

「ええ、つい先ほど四国第三病院に運ばれたと連絡が入りました。私の車で送っていくけど、大丈夫?」

「は、はい……よろしくお願いします」

 

 意気消沈、そんな熟語がぴったりな様子だった。安芸としては、この子はもう少し声を上げて反応すると思っていたのだが。

 

 

 黒塗りの車に乗り込んで、シートベルトを装着。運転手はそれを確認してエンジンをかけ、走らせる。

 

「……三ノ輪さん、最近随分とおとなしいのね」

「あ……あはは、そんなことないっすよ」

 

 バックミラーに映る教え子は、誤魔化すように笑っている。こんな風に笑う生徒がまた一人増えてしまったかと、少しだけ目を伏せる。

 

 教師として、自分に何が出来るか。安芸は人知れず思索する。教師は生徒に対し正しい道を教え、導く仕事。それでも、一人の人間が遍く子供たちにとって正解となる答えを知ることなんてできないし、そんなものはそもそも存在しない。それなのに、どうして導くことができるのだろう。

 

 教師と生徒は、どうしても立場上の優劣を孕む間柄で、時に教師はその強権を用いて生徒を操作しようとする。そういった教育が正解とされている時代もあった。しかし、所詮は他人と他人。仮にも安芸は公務員である。公平性を欠く度を越えた介入は社会的に是とは見なされない。それでも、生徒の力になりたいと願い、寄り添うのは、果たして許されないことなのか。

 

 三ノ輪銀、明るく朗らかで優しいムードメーカーだった。控えめな鷲尾須美とも関係を築き、最近では一緒にいることも多かった。個々の性質を理解し、受容し、笑い合えていた少女が、どうしてこんなにも暗く沈んでいるのか。今この子をそのままにしておくことが、教師の仕事だとでも言うのだろうか。

 

「三ノ輪さん、辛かったら誰かを頼ってもいいのよ」

「え、な、なんすか、別に大丈夫ですって! 心配性だなあ、安芸センセー」

 

 ……これ以上は、パワハラか。

 無理やり話を引き出すなんて、取り調べ紛いのことをしてしまったら、かえって心を閉ざしてしまうかもしれない。

 いっそのこと、自分も小学生になれたら。本当に必要な時に力になれない教師なんて、なんの価値があるというのか。

 

 

 *

 

 

「「……」」

 

 

 四国第三病院、待合室。二人の少女が、横に並んで座っている。

 

 あれから、二時間は経っただろうか。

 

 倒れていた女性は三ノ輪母で、須美は発見後手持ちの携帯電話で即座に119にコールした。両親に連絡した後、紅白の四輪に同乗。今はこうして回復の報せを待っているのだ。

 

 隣に座るのは、台所で三ノ輪母の傍にいた白髪の少女。須美とほとんど変わらない年齢と思われ、大社館小学校の制服を身にまとっている。

 

 “どうして、銀の家に来ていたの?”

 

 須美はそう打ち込まれた携帯のメモ帳を白髪に見せる。何故か、この少女は須美に対して口頭でコミュニケーションをとろうとはしなかった。しかし、こうした電子上の筆談では、反応を返してくれた。それでも、名前だけは執拗に返答を拒んでくる。困った須美は気まずい間を埋めるため、果敢に携帯に打ち込んでは見せ、反応を引き出していた。

 

「……」

 

 一瞥し、白髪も携帯を操作する。

 

 “三ノ輪の髪飾りを拾った 届けた”

 

「……そっか」

 

 ぎこちなく笑って、また次の文を記す。

 なんだか、反応が返ってくるのが、凄くうれしい。

 

 銀や園子と話しているときとも違う、穏やかで痛みのないコミュニケーション。須美はこの白髪の少女に、どことなくシンパシーを感じていたのだ。

 

 まだ銀と仲良くなる前、須美は生粋の引っ込み思案だった。園子以外の誰かと意思疎通を図ることがとても怖くて、泣きそうなほど恐ろしくて、でも、そんな自分が嫌でしょうがなくて。今でもあまり仲良くなかったり、初対面の人に対しては、足が竦んでしまうこともある。それでも、この白髪の少女とだったら、あの時の自分だって、仲良くなれただろうと、そう、自然に思えてしまう。

 だから、きっと、大丈夫。

 

 “もしよかったら、ともだちになりませんか”

 

 ──アタシと、ともだちになろうよ──

 

 あの時の銀のように、須美は大きく歩み寄る。憧れだったあの姿。あんな風に笑って、銀と園子と一緒に、この少女と並んで歩きたい。そう思っても、いいよね──? 

 

「……」

 

 白髪はその文字列を、ぼうっと見つめている。初めて火を見た、古代人のように。

 

「あうっ……!」

 

 突如白髪から声が漏れる。高く、控えめで、そして苦痛を示す音色が。白髪は頭を抱えながら立ち上がり、ふらふらとどこかへ歩き始める。

 

「えっ、ど、どこにいくのっ」

 

 須美も慌てて白髪を追う。明らかに様子がおかしい、両足の運びがちぐはぐだ。それなのに、白髪は歩みを止めようとしない。それどころか、どんどん速度が上がっている。とうとう白髪は走り出し、階段を駆け下りていく。訳も分からず、須美は息を切らしながら追いすがる。気づけばそこは病院の外、来訪者用の駐車場。須美は膝に手をつき、寒空の下、ぜえぜえと白く息を吐く。

 

「……悪いな」

「え?」

 

 顔を上げると、気弱そうな少女の姿は消えていた。顔を隠していた前髪はかき上げられ、真っ暗な寒空の下、外灯がその瞳に反射する。黄金色の宝石が、無感情に須美を映している。

 

 そして、掌が須美に向けられる。未だに腑抜けた顔をして、白髪を見つめていた。

 

 それを前に白髪は瞼を歪ませ、歯を強く食いしばる。

 

「……咲け」

 

 白髪は何か酷く詰まっていたものを吐き出すように呟く。そのまま動きを止め、彼女はぴたりと静止した。

 須美は怪訝に手を伸ばし、一歩だけ近付く。

 

「だいじょうぶですか──」

 

 発して後、須美は電池が切れた機械のように昏倒した。倒れた胸に、真っ黒な紫陽花のようなものが潰されていた。

 

 ポケットから携帯が零れ、アスファルトに衝突してガラスがひび割れる。それを見つめる白髪を、タイヤの摩擦音とともにヘッドライトが激しく照らす。

 

 人形は荷台に担ぎ込まれ、間もなく四駆は去っていく。白髪はそれを背中で受け止めながら、寝そべっている携帯を拾い上げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。