結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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外挿 銀色の記憶・曲筆

 三人が図書室で初めてともだちになった、その翌日。朝礼前、須美と園子の二人は向かい合って談笑している。

 

「でねでね、そしたらお家に入れてもらっちゃって」

「えーっ、そのっち家に上がったの!」

「そうなんよーっ! それでそれで、そこで私のご先祖さまの本が出てきたの! でもその本には検閲漏れがあって、ミノさんも興味津々でね!」

「そのっちのご先祖……ねえそれ、私も見てみた──」

はよーっす!

 

 遮るように響く快活な少女の声。クラスメート達は集まって、次々にその主に声を掛けていく。挨拶を返しながら、彼女は真っすぐに、窓際の二人の元に向かってくる。

 

「おはよ、二人とも」

「うん、おはようミノさん」

「あ……お……」

 

 まるで要領を得ぬまま、口を開閉する須美。これに銀は瞬きし、何を思ったか、瞳が渦巻きになっている須美の頬を両手で挟み、ぐりぐりと圧迫し始めた。須美は恥ずかしいやらどうしたらいいか分からないやらで、頭頂部から湯気を吹き出している。銀はお構い無しに白い歯を剥き出しにして笑っているだけ。園子はその光景をじっくり目に焼き付けている。

 

「うぇえ……?」

「あ、そういえば園子」

「え、う、うん」

 

 銀は須美の頬に掌を当てたまま、突如真面目な顔で園子に向き直り。がばっ、と頭を下げる。

 

「ごめん。あの本失くした」

「え」

 

 ええー……。

 二人は、胸中でそう呟くのだった。

 

 

 そして、本が見つからぬまま、一ヶ月が経過。あっという間に秋も深まり、冬の寄る足音が近付いてくる。

 

「んーむむ……」

 

 ある平日の夜、自部屋にて唸る銀。不思議そうにその様子を見つめる弟の鉄男。

 

「姉ちゃん、どうしたの」

「ん? ああ、ちょっと考えごと。この年になると、色々あんのさ。なんせ小学六年、つまり最高学年、だからな……」

「へえー、そうなんだ……」

 

 なんて真に受けている弟を尻目に、また瞼を閉じる。

 粗方探した。家中ひっくり返したようなものだ。それでも見つからない。もう闇雲に動いたところでどうにかなる段階では無い。

 

 思い出すんだ。

 あの時、園子がやって来た時までは確実にあったわけで。その後、それを一体どこに置いたんだったか……。

 

「ん」

 

 スマホから通知音とバイブレーション。手に取り、内容は三人組のグループから。

 

 乃木園子:ねーミノさん、まだ見つからない? 19:48

 乃木園子:スタンプ(腹筋をするサンチョ) 19:48

 

「そーだよなあ……」

 

 ドサッと大の字に寝そべり、返信を送信。

 

 三ノ輪銀:このへんまで来てる 19:49 既読

 三ノ輪銀:このへんまで 19:49 既読

 鷲尾須美:どういうこと……19:49

 鷲尾須美:そういえば、銀って誕生日そろそろじゃなかったっけ 19:50

 乃木園子:えーっ、何日!? 19:50

 三ノ輪銀:10日っす 19:50 既読

 乃木園子:招待状、待ってるZE…… 19:50

 鷲尾須美:ぜ…… 19:51

 

「……」

 

 銀はスマホから顔を離し、携帯ゲームをしている弟に声をかける。

 

「なあ鉄男。姉ちゃんの誕生日に姉ちゃんの友達が来るのって、鉄男的にはどう? ちょっとやだ?」

「うーん。変な人じゃないならいいよ」

「……うはは」

 

 とりあえず、微妙な顔で笑っておいた。

 

 

「銀ー? お友達来たわよー」

「はーい」

 

 返事をし、玄関に立ち、引き戸を開く。

 そこには、水玉のパーティキャップ、それから鼻眼鏡に、つけ髭をした変質者二人。

 

「準備……バッチリ……だな」

「おうともさ!」

 

 ガッツポーズの園子。それに追従する須美。

 

 すまん、弟よ。

 なんて思いながら、二人を居間へ上がらせる。そこで、おんぶ紐に幼子を乗せたままの銀の母が、こちらに笑顔を向けてくれていた。

 

「いらっしゃい。わざわざ来てくれてありがとね」

「いえいえー! って、もしかしてミノさんママですか!?」

「きれい……」

「うん。アタシもそう思う」

「ちょっと三人とも、いきなりなんなの〜?」

 

 恥ずかしそうに笑って、台所へと引っ込んでいく三ノ輪母。それを見届けつつ、談笑に入る三人。

 

「褒められ慣れてない……親子ね」

「可愛いのう……。あ、ミノさんお父さんは?」

「夕方までには来るってよ? 去年かーちゃんとなじりまくったんだ、今年は無理にでも帰らせないとな」

 

 ニタリ、と笑う。

 これにお父さん大変だね〜なんて言いながら、園子は襖に隠れながらこちらの様子を伺う少年を目に留める。

 

「ねね。弟くん紹介してよ」

「あ。そか。鉄男、来なー」

 

 鉄男は銀を見つつ、恐る恐る居間に立ち入る。そして姉のすぐ隣に正座し、目の前の二人を凝視し、耳元で囁く。

 

「姉ちゃん、めちゃ変だけど……」

「……とりあえずなんか聞いてみ」

 

 渋々、鉄男は姉から謎の少女二人にフォーカスを合わせ、警戒しつつ頭をぺこりと下げる。

 

「あ、私は須美っていうの。こっちはそのっち。それでええと、鉄男くんは、今何歳?」

 

 須美は慌てて鼻眼鏡と付け髭を外し、そう問いかける。園子もはっとして鼻眼鏡を外すが、付け髭については忘れているようだった。これで完全に、園子だけはやべーやつなのだと認識されてしまったのだった(このせいで、その日、鉄男が園子と目を合わせることはなかった)。

 

「5歳だよ。ねえねえ、姉ちゃんって学校でどんな感じなの」

「なあにを聞いておるのだマイブラザー……」

 

 銀は露骨に渋い顔をしながら、小さな頭に軽くチョップをかます。

 これに須美は微笑んで、語り始める。

 

「かっこいい、みんなのヒーロー、かな」

「……!」

 

 鉄男は目を見開き立ち上がっては、大慌てでどこかへ駆けてゆく。残された三人がなんだなんだと顔を見合わせている内に、彼は何かを握り締めて戻ってきては、須美に対してそれを差し出す。

 

「これあげる!」

 

 受け取ったのは、勇者仮面のキラカード。そこにはしわ一つなく、5歳の子供が管理しているにしては、随分と大事にされているものだと分かる。

 

「おいおい、本当にいいのか~? 激レアじゃん」

「須美姉ちゃんならいいよ!」

 

 鉄男は、まるで銀みたいに、にしっと笑っては須美に無理やり握らせて、三ノ輪母に走らないのーと軽く叱られつつ、またどこかへ去っていく。須美はカードを見て、そして二人と顔を見合わせて、恥ずかしそうに笑った。

 

 銀も苦笑しつつ、口を開く。

 

「実はさ、例の本見つかったんだ。どこにあったと思う?」

「えっ!?」

「えーっと、うーん……」

「あいつのランドセルの中だよ。もうすぐ鉄男も小学生だから。使い方を教えるときに、中に入れたのを忘れてたってわけ」

「そうだったんだ……」

 

 まあ、ともかく見つかって良かったと三人は笑い、銀はよいしょと立ち上がる。

 

「うし。ま、そいつは貰っときな須美。さあて。アタシもなんか作ってくるかな」

「それなら、私達も」

「お客は座っとくの」

「ミノさんが作るとこ見たーい」

「うん見たい」

「だーもう、来い来い、こきつかってやら」

 

 ということで、三人は銀と共に台所に立ち入り、銀は母に声を掛ける。

 

「なんかやることある?」

「ううん。大体出来たよ。追加で何か作るなら空けるけど、ついでに洗い物お願いね」

「ぐえ。まいいや。母ちゃんはテレビでも見てなよ」

 

 やったあ、あなた達は無理に手伝わなくてもいいからね、と手を振って、三ノ輪母は金太郎を背負ったまま居間へと戻っていく。

 

「んでんで、何作るの?」

「ちょっと考えたんだけど、焼きそばかな。ハレの日に食うもんじゃないかもだけど、アタシの十八番、お前らに食わせたいと思ってたんだよ」

 

 語りつつ、調味料やら食材やら、てきぱきと並べていく。フライパンに火をかけ、その間にキャベツを切り、瞬く間に工程が進んでいく。

 

「凄い手際。職人みたいね」

「弟が喜ぶもんで。これに関しちゃ店にだって負けない自信あるね」

 

 じゅうじゅう焼ける音と、二人の会話が混じりあう。具材を先に焼き、取り分け、麺を入れ、フライパンを引いて押して、ひっくり返し、ソースを流して色味が付いて。そうやって台所が香ばしい匂いに包まれる。そこで、やけに静かな園子に気付き、銀は彼女を肘で軽く小突く。

 

「なんだよ園子。お前見たことないくらい真剣な顔してんぞ」

「え。うん。なんだか、目が離せなくて。私今、すごく大切なものを見てる気がするの」

「はは。前世の記憶ってやつかな。焼きそばと因縁でもあんのかねえ──」

 

 

 

 

 

「──いただきます」

 

 そう呟く、黒いフードを被った少女が、プラスチックの器に敷き詰められた焼きそばを口に運ぶ。ひび割れたアスファルトから顔を上げて、渦を巻く暗雲を反射する鉄の瞳。

 

「なんか違うなあ」

 

 寂しげに呟いて、箸を置く。

 どんなに一生懸命理解しようとしても、同じ味にはならない。それは、彼女が彼女で、自分が自分だからなのだと。

 そんなことしか、分からなかった。

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