結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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あらすじ
バスによって、化物からの逃走を試みる乃木若葉。しかし奴らの人智を超えた力は、クラスメートの命を根こそぎ奪っていった。若葉と幼馴染の上里ひなたの命もまた、風前の灯と思われたが──


第十七話 儀式

掛巻くも畏き根之堅洲國に大坐します素戔嗚之尊の廣前に白さく伊予之二名島を平けき安國と定め豊葦原の瑞穂の国を今も往先も弥遠久に守り幸はへ給へと慎み敬ひも白す

 

 仄暗い神社の社の前で、両手を合わせ祝詞を奏上する女が一人。黒い長髪を腰まで伸ばし、白い巫女装束を身に纏っている。足元には木造りの小さな空の木箱が置かれていて、女は何かを待っている。

 

 やがて社の中から、靄のような姿形をした何かが這い出て、女の眼前にて光を放つ。

 それは瞬きの後に消え、箱の中には苗木が入っていた。

 

「わかばちゃ──」

「ん?」

 

 突如耳に届いた高くか細い声。振り向くと、そこには黒髪に赤いリボンを身に着けた、中学生くらいの少女が、土の上にへたりこんでいた。

 

 奇妙だ。こんな時間にこんな場所に、女子中学生にどんな用事があるというのか。そもそも、誰一人としてこの近くに人はいなかったはずなのに。

 

「あ……あれ? ここは……?」

「なあガキ。お前いったい何しに来た。こんな廃れた神社に参拝か?」

 

 一応声をかける。女は気付いた。ああ、この制服には見覚えがある。丸亀中学の制服だ、あれは。だったら猶更不可解だ。ここは香川はおろか、四国ですらないのだから。

 

「い、いえ私は──」

 

 少女の瞳が一際大きく開かれる。指を天に指し、女に忠告しているらしい。女は即座に理解した。ああ、この状況、あの行動。考えられるのはひとつだ。

 女は箱を抱え上げ、陸上選手さながらのフォームで入り口兼出口たる鳥居の方へと直進する。

 

「来い!」

 

 少女の手首を掴む。こいつは使える。明らかに“素質がある”。奴等の気配は未だ女には分かっていない。だがこいつははっきりと指で指し示した。感じているんだ。五感以外の何かで、化物どものその位置を。

 少女を後部座席に乗せ、ヘルメットをその小さな頭に押し込む。続いて木箱を抱えたまま飛び乗った女は、片手でエンジンを点火し、県道276号に繰り出した。

 

 少し進んだところで、化物が石塀から頭を出しているのが確認できた。やはり推測は当たっていたらしい。

 

「さようなら」

 

 一気に加速し、黄昏時の路道を突き抜ける。奴らはもう追ってこれまい。

 

「ガキ。このまま瀬戸大橋まで向かう。化物がいない道を教えろ」

「え、どうして」

 

 どうして瀬戸大橋。どうして化物を探知できると知っている。両方の意味で言っているのだろう。

 

「話せば長くなる。とにかく四国には化物がほとんどいないんだ。それと、私はこの異変について確かな情報を持っている。お前のようなやつについてもな」

「……分かりました。化物に遭遇しないように四国に向かうお手伝いをすればいいのですね」

「……あ、ああ」

 

 女は思う。気味の悪いガキだ。物分かりが良いなんてもんじゃない。自分の立場と得られる情報、それを即座に精査し答えを導いた。

 予感がする。

 

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 *

 

 

「──は」

 

 呼吸が止まったかと、思った。

 

 今、コンマ一秒よりも短い一瞬で、視界が、その景色が、別のものに置き換えられた。

 バスも、化物も、ひなたも、何もかもが消えた。そしてきっと、私自身も。

 

 なぜならここは、どう見ても現実なんかじゃなかった。人の気配はなく、人工物と思しきものが皆無なのだ。ならばここは人の手の届かない秘境なのだろうと推測するのが当然の流れだが、しかし、現実にこんな場所が存在するはずがないのだ。

 

 色彩豊かな「根」の世界。

 

 辺りを見回す。草も花も葉も茎もない。虫はいない、動物もいない、ただ、「根」だけの世界。有り得ざる異界。

 

 であれば、次に考えられることは、ここは──

 

「私は、死んだのか」

 

 そうつぶやいた時だった。不規則に伸びていた「根」が寄り集まり、私の目の前で壁を構築し、

 

『お前は、死んではいない』

 

 そう、誰かが語りかけてくるのが分かった。直接脳髄を振るわせるような、奇妙な感覚だった。

 

『だが全くの見当違いというわけでもない。ここは一種の冥界でもある。お前は生きながらにして、ここに入り込んだのだ』

「勝手に入り込んだわけじゃないんだ。気付けばここにいて……」

 

 まて、なんだか妙だ。いや、それを言うなら全てが奇妙ではあるが。私はなぜ、弁解をしなければならないと理解しているのか。なぜ、こんなにもスラスラと返事が出せるのか。私はこんな世界知らないし、この声の主も知らない。そのはずだ。なのになぜ、この世界に、この身体は、脊髄は、脳は、適応しているのか。

 

 私は何を知っている? この身体は何を覚えている? そもそも私はどんな人間だった? ああもう、なんだか酷く気分が悪い。目に見えるすべてが万華鏡のようにブレる。まるで自分自身の魂の形そのものが、己の形を捉えられず、震えているような、そんな感覚がするんだ。

 

『ひとつ質問をしよう。お前は、世界を救いたいか』

「なに……?」

 

 なんだ、それは。

 いや、なるほど、それはそうだよな。

 

 あれは、あの黒い化物は、そしてそれがもたらした絶望は、現実。既に、本当に起こってしまったことなんだ。

 

 私のクラスメートは、残らず食い尽くされてしまった。ひなたは、無事だろうか。もし彼女までもが死んでしまったのなら、私は自ら命を絶とう。私を止める者も、生きる理由も、それで潰える。だが、もし、もし私に世界を救う力があるのなら。この手でも、汚れきった私でも、絶望を反転させることができるなら。そんなことができるのなら。

 

 ──それが、間違いじゃないというのなら。ああ、そんなもの、決まっているだろう。

 

「救わせてくれ、世界を。誉はいらない。責務を、力を、託してくれ。例えそれでどうなったって構わない。あなたがなんなのかは知らないが、きっとそれが出来る存在なんだろう」

『……なるほど、それが答えか』

 

 壁を構築していた根が、八方に分離していく。その先に広がる、円状の空間。一際太く、長い長い根の柱が、その縁に沿って伸びている。

 そして、その中心に鎮座する、社と……

 

「や、屋台?」

 

 紺色ののれんに記された、『うどん』の三文字。かつおだしのめんつゆの香りが鼻腔を刺激し、空きっ腹の私は思わず一歩近づいてしまう。いやいやまてまて、明らかに場違いだろう。こんな異質な空間に、あんな俗っぽいものがあっていいのか? どう考えてもありえないだろう。だがうどんというチョイスは悪くない。うどんはどこにあってもいいはずだ。いや、それにしたっておかしいものはおかしい。なんで屋台なのかも分からない。とはいえうどんは食べたい。いやいやそれにしたって──

 

 

「あの……」

「なんだ?」

「ここはどこなんだ?」

「神社だが?」

「あなたは誰なんだ?」

「見ての通り、うどん屋の店主だ」

「なぜ神社に出店を?」

「悪いか?」

「……」

 

 結局、私はのれんをくぐり、うどんを食している。食してしまった。屈してしまった。情けない。うまい。店内が少し酒臭かったけど、そこは気にしない。

 

 それとここには先客がいた。まず一人、ふわふわとしたボリュームのあるクリーム色の長髪に白い肌、それにスタイルも抜群で、なんだかいいとこのお嬢様といった印象の少女だ。名は「伊予島杏」というらしい。

 

 続く二人目は、短く結ばれた明るい茶髪の、元気な猫のような少女。一見少年かと勘違いしたが、よく見るととても可愛らしい顔をしていた。それに言及したらなんだか怒られてしまったが。名は「土居球子」。

 

 そしてうどん屋の店主だが、こいつがさっぱりわからない。白い髪に無精ひげを伸ばした壮年の男性に見えるが、半袖エプロンという出で立ちと、そこから見える琢磨しい筋肉は、なんだか年齢と見合わない。二人の少女はこの店主に導かれ、ここに辿り着いたというが……

 

「この人、うどんを食い終わるまではなんも教えてくれないんだってさ。タマ達も気になることいっぱいあんだけど。あ、おかわり!」

「ふん」

 

 即座にサーブされたほかほかのうどん。ちょっとまて、既に作って置いてあったにしては全く冷めている感じがしない。おかしい。一体どんな魔法を使えばそんな奇跡みたいなことができるんだ。うらやましい。

 

「うっひょ〜!」

 

 勢いよくすする球子。美味そうに食うな、こいつは。

 

「タマっち先輩、そんなに食べて大丈夫?」

「なーに言ってんだよ、うどんは二杯目からが本番だろ」

「……じゃ、じゃあ私もおかわり」

 

 また即座にうどんが出された。

 ちなみに私は既に三杯目である。

 

 

 

「「「ご馳走様でした、あ」」」

 

 全く同時。お互いに顔を見合わせて苦笑した。こんな時だが、同年代の人間が一緒にいるというのは安心できる。

 いや、何を寛いでいる場合か。私に、こんな安らぎなんて……

 

 はっとして顔を上げる。

 二人が心配そうに私を見ていた。

 

 全く何をしているんだ私は。とりあえず大丈夫だと示すために笑いかける。ああまったく、自分が嫌になる。

 

「……さて、本題に移ろう」

 

 切り出したのは店主だった。

 私たちは出店から出て、広い空間に並んで立つ。

 

「うわっ!」

 

 飛び上がる球子。突然、空から何かが降ってきたらしい。いや、投下されたというべきか。爆音と煙がまき散らされる。“それ”にはどうやら根が巻き付いているらしいが、煙が邪魔でよく見えない。しかし煙が晴れるにつれ、そのシルエットが浮かび上がっていく。

 

「お前たちが聞きたいのは“これ”だな」

「「「……!」」」

 

 間違いない。根に絡まれて自由を失っており、なぜか色が白くなっているようだが、これはあの“黒い化物”だ。決して見間違えはしない。誰だって一度目にすれば簡単に忘れることなんてできないだろう。

 

「これは“殺神器(さつじんぎ)”と呼ばれた神代の兵器を、天津神が対人類用に改造したものだ。さしずめ“殺人器(さつじんき)”ってところか。このままではお前達人類は、こいつらに滅ぼされる」

「……これを寄越したのは、神ということか?」

 

 嫌な汗が滴り落ちる。こいつを目にすると、恐怖よりも怒りが自分を支配して、なんだか冷静じゃいられない。私は店主に尋ねるが、その声はひどく震えてみっともなかった。

 

「正確には天津神。地上を治める国津神と対立してきた、天に住まう神々だ」

 

 そして、何かを指さす店主。その先にあるのは、私が握っている古びた剣。球子は風化して黒ずんだ琴を、杏は弦の腐り千切れた弓を持っている。二人は食事中、ここに来た時に店主に渡されたものだと言っていたが。

 

「そしてお前らが持っているそれは、かつて神が用いた神代の武器。こいつらへの唯一のカウンターとなる」

「えーっと、てことはつまり……タマたちって」

「そうだ。お前らは人類を救う英雄にならなければならん」

 

 確信した。この店主は、この男、御方は──

 

「……それを知っているあんたは人間じゃないんだな」

「その通り」

「……なら、あなたがやっつければいいじゃないですか!?」

 

 杏が声を荒げて言う。大人しそうな彼女だが、この時はとても激しく見えた。だがそれはもっともな話だ。私はともかく、ここにいるのは全員普通の女子中学生。いきなりこんな世界になって、戦う責任を押し付けられたところで、はいわかりましたと受け入れることなんて、そう簡単にできるわけがないんだ。

 

「勘違いするな。こいつは無尽蔵に地上に送られてくる。たった三人で人類を守りきれるわけが無いだろう」

「? じゃあタマたちはどうすればいいんだ?」

「四国だ」

「四国?」

「ああ。四国に結界を貼る。それだけが人類が生き残る唯一の道」

 

 言いながら、店主は私に目を向ける。

 

「そしてその為には、お前の持っている生大刀を、これから四国に顕現する土地神の集合体──神樹に接続しなければならない」

 

 神樹。神の樹。土地神の集合体。そしてこの武器は生大刀というのか。

 ああ、ようやく分かった。一つの時代が終わったんだ。ここが転換期なんだな。そして、その先があるのかどうかは、私たち次第というわけだ。

 

「今や肉体を留めている神は俺一人。そしてその武器を用いるには、肉体が無ければならない。俺がやればいい。確かにそうだ。だがその剣の魂はもう決して俺に応えてはくれない」

 

 その時、杏がはっとして店主を見たのが分かった。私もようやく気付いたぞ。あの店主の正体に。

 

「それに……俺は人類を救うべきか迷っている」

「ちょ……おい!」

 

 化物──捕えられた数百にも及ぶであろう“殺人器”が、空から次々と降り注ぐ。まるで爆弾を投下されているようだ。煙が一切の視界を奪い、私たち三人は背中を合わせ寄り集まる。そして、数十秒が経過し、煙の奥に見える影は、もはや先程とは掛け離れた“なにか”だった。

 

「俺の分霊を与えた。お前はこいつに勝たない限り、一生その刀をまともに扱うことは出来ない」

 

 蠢く殺人器の群れ。それは押し合い、重なり、新たな何かを生み出そうとしている。ようやく煙が晴れ、そこにいたものは……ああ、こいつは参った。化物数百体を肉体に変えた、八つの首と八つの尾を持つ、日本神話最大級の怪物。全く、いきなりこんなものと戦わせる気だというのか、この神とやらは──! 

 

「おいおい冗談きついぞ……」

「ああ……どうみたってこいつは」

八岐(やまたの)……大蛇(おろち)……!」

 

 刀を構え、二人もそれに続く。自信なんてない。だがせめてこの二人は守り通さなければ!

 

「これは儀式、神話の再現だ。“資格”を掴め、人間達よ」

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