結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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あらすじ
乃木若葉の幼馴染である上里ひなたには、化物の位置を察知する能力が宿っていた。故に、エンカウントが避けられないことも事前に承知の上で、瀬戸大橋を烏丸久美子と共に進む。そこで、彼女は久美子という人間の一端に触れると同時に、他者の犠牲によって瀬戸大橋を渡り切ったのだった。


第二十話 出雲八重垣

「其の形は如何(いかさま)に」と問ひたまへば、「(それ)が目は赤かがち()して、身一つに(かしら)八つ、尾八つ有り。亦其の身に蘿及(こけま)檜榲(ひすぎ)生ひ、其の長さ谿八谷(たにやたに)峽八尾(をやを)(わた)りて、其の腹を見れば、(ことごと)(いつも)血に(ただ)れたり」と答白(まを)す。

「古事記」より

 

 

 それは、魔の山そのものだった。

 

 広々とした空間は既にその巨体で埋め尽くされていて、うねる頭部は青黒く、ぬめり輝く。覗く舌先は左右に分かれ、腹部は真紅に染まっている。酷く充血した眼球が光を求めてぐるぐる回り、遂に若葉たちを捉え、視線が固定された。

 

 冷や汗が頬を伝う。目の前にあるのは死だ。10数年の人生を終幕へと誘う、絶対破滅の化身だ。それが、確かにこちらの存在を認知し、定め、首をもたげている。

 

「本物に比べれば随分と小さいが、まあいいだろう」

「ふっ……ふざけんな!!! 勝てるわけねーじゃんか!!!」

 

 声を震わせ憤る球子。対して男は一切表情を変えないまま。

 

「待ってタマっち、これ……!」

 

 袖を引きながら呼びかける杏。これに二人は思わず瞠目する。視線の先、彼女の握る弓が、いつのまにか別物に変わっていた。弦は綺麗に張り直され、木造の弓幹は洗練されてどこか瑞々しい。若葉と球子も続いて、自らが握る得物を確認する。

 

「「変わって(ない)いる!」」

 

 若葉の化石のようだった鞘は白く美しい塗装が為されていて、シンプルながら一目で一級品であると分かるほどであった。対して球子の琴においては全く変化がない。酸化による変色部がくっきり残ったまま。なぜ球子の琴は目覚めなかったのか、若葉と杏との違いはどこにあるのか。しかし目前の巨体の前では、その疑問も今はとにかく後回しだ。

 

 大蛇の首のひとつが、痺れを切らして喉を鳴らし、大口を開き威嚇する。牙が塔のように果てしなく長く鋭い。心臓を冷気が飲み込んだような錯覚。恐怖と畏怖が全身を巡る。

 

 だが、そんなものはまやかしだ。若葉は生まれ変わった刀を握り直し、呼気を吐き出す。そんな機能は、自分には必要が無いはずなのだ。ああ、だから、私は動ける。戦える。立ち向かえる。未来の死と痛みが視界でチラつく度に、己を鼓舞してそう捩じ伏せる。疑問はない。余計な退路は自ら削り取るものだ。そうして始めて、人は何かを守る力を得られるはずだ。

 

「大蛇よ! 私の肉を喰らいたくば、首のひとつは支払ってもらうぞ!」

 

 そう唱え、若葉は剣を抜く。白刃が澄んだ天光を満たし、空間に解き放つ。奴が牙を見せるように、若葉は剣先を向けたのだ。無論、“お前を殺す”という宣戦布告である。

 

 くるるる、と奇妙な音とともに、中央の首が向かってくる。若葉は地を蹴り、左斜め後方に跳ねた。先程まで立っていた根の絨毯が食い破られ、砂塵が舞い踊る。ここに来て体の調子が非常にいい。跳んだ先で片手で地を押し、慣性に委ねながらバク転で距離を稼ぐ。イメージ通りに肉体が動いてくれる、そんな感覚が若葉を充たしている。これなら、まだやりようはあるかもしれない。

 

「こっちだ、唐変木!」

 

 体勢を戻し、刃と半身を向けながら、根の密集地帯に走り込む。大蛇の標的は杏と球子ではなく、完全に若葉に絞り込まれたようで、真っ直ぐにこちらに向かってきている。

 

 視界を一気に覆いゆく太い太い森。根を刈り取りながら、付かず離れず大蛇との距離を保つ。大蛇は巨体ながら、左右に尾を揺らし器用に地を滑っていき、根の網は次々と破壊され、それを露ほども意に介さず、ただ真っ直ぐに獲物を追う。

 

 視界はあまり良いとは言えない。根の密度は進めば進むほど高くなっていく。しかしここで奴を見失う訳にはいかない、追いつかれてもダメだ。若葉がここに入ったのは、球子と杏を守るためであり、戦闘の際に有利な場に誘い込むためでもあるのだ。ここから抜け出すまでは、この距離を保たなければならない。

 

 だが、未だ根の森を抜けぬまま、大蛇の姿が何故か遠のいているのに若葉は気付いた。彼女は速度を一定に保っている。つまり奴が進行を遅らせていることになるが、若葉を見失ったのか、それとも体力的な問題なのか。

 

 ──違った。

 

 赤外線のような光が大蛇のいる方向からこちらに伸びている。若葉は思索する。あれは奴の瞳の反射か? いや、であれば一つだけであるはずがない。なら、一体あれは……

 

「──!?」

 

 視界の色相がひとつに塗り替えられる。これはトンネルに入った時によく似ていた。赤い蛍光灯、それが染み込んだオブジェクト。ただひとつ違うのは、とてつもなく高温の熱気が、同時に迫ってきていたということ。髪が熱風ではためく。炭が頬を舐めていく。どう考えてもあれはまともに食らってよいものではない。それなのに、信号が電子回路に到達する迄に、魔砲は既に若葉の退路を殆ど奪い切っている。それは余りにも速すぎて、速すぎるが故に絶対だった。どちらに避けるか。そんな判断すら消し炭にされるような錯覚。もはや回避は到底間に合わない。それでも、いや、ああ、くそ──

 

「若葉ッ!」

「球子!?」

 

 横から飛び出してきた球子が、琴を縦に構え、光線と対峙する。間もなくして、衝撃が閃光とともに疾走。五感が吹っ飛ばされ、時間が消し飛ばされ、世界が消失して再構築される。 

 

 コンマ数瞬の後、残存していた意識が目を開く。そこにあったのは耳鳴りのような不快音と、そして猛火のパレードが全てを支配する炎の嵐。

 

 全身が焼け狂う感覚。髪紐が焼き切れ、毛髪が風に呑まれる。だが、神器の加護故か、まだ人の形を保っていられる。私は球子の背を両腕で支え、地に足を突き刺して耐えていた。

 

「な──ぜッ、こんなッ……無茶をッ……!」

「へ……人のこと言え──言えね……だろっが……!」

 

 球子は唯一武器が目覚めていなかった。若葉も杏も比較してはいないが、恐らく戦闘能力はほぼ皆無だっただろう。

 だが、土居球子は若葉を守るためにここに来た。はっきり言って無謀で無茶だ。

 

 若葉が何よりも避けたかったこと。それは自分の生を、他の誰かのもので置き換えることだ。若葉にとって己の命は歩兵であり、他人の命は王将だった。自らに価値を見い出せず、近しい誰かの幸せになることも出来ない、そんな人間が、他人の人生を侵していいはずがない。耐え難かった。価値の天秤を狂わせるのが。だからこそ、一人で戦おうとしていたのに。

 

「若葉……お前さ……死にたがって……る……だろっ!」

「……!」

 

 怪音と置き換えられるように、球子の琴が焼き潰されていく。だが、なにか、なにかが“来ている”。それが分かる。何故だか、少しだけ懐かしいような、そんな感覚が指先に灯る。

 

「けどタマは違うからな……タマは……ただ見逃せないだけだ。タマにとっては、これが生きるってことなんだ!」

 

 気が付けば、熱風は止んでいて、球子は振り返って笑った。焦熱で頬が赤く染まり、炭で少し汚れていた。彼女は凌ぎきったのだ。今ここにある命を繋ぎ止めたのは、ひとえに球子と、その腕に備えられた、彼女の新たな神器のおかげだった。

 

「球子、それは……?」

「これ、昔じいちゃんちにあった飾り物によく似てるんだよな。なんで今タマが持ってたのかは分からんけど」

 

 一見して花に似た、刃のついた楯のような。琴を廃して手に入れた彼女の神器は、命を守るものだった。何はともあれ、助かったからにはもう一度戦わなければならない。だがその前に、球子の無茶は目に余る。一度釘を刺しておかなければならない。例え彼女の武器が楯であったのだとしても、もう二度と、あんな守られ方をされたくはなかった。

 

「ありがとう球子、だがもうあんな無茶は」

「お前もそうするならいいぞ?」

 

 ニヤリと笑う球子。これでは埒が明かない。

 

「二人とも、大蛇が来てます!」

 

 杏が後方から呼んでいる。大蛇は開通させた隧道を意気揚々と直進してきていた。

 このまま進んだ先にあるのは、高い高い根の崖だ。高所を取れば、奴の攻撃は簡単には届かなくなるのではないか。若葉と球子の二人は杏と合流し、崖へと向かっていく。併走しながら、杏は球子の後頭部をべしべし叩く。

 

「タマっち何考えてるの!? 自分の命をなんだと思って」

「うるせーな、無事だったんだからいいだろ」

「良くない!!! 若葉さんも一人でどっか行かないで!!!」

「……崖、登れそうか?」

 

 答えず、若葉は杏に訊ねる。杏は鋭く一瞥した後、頷いた。

 

「ええ、今の私たち、スピードもジャンプ力も、何もかも人間離れしてますから。きっと崖だって走れます。タマっちも今、問題なくついてこれてますし」

「なんかムカつく言い方だな……」

 

 自家用車を優に超える速度で走行しながら、杏と球子は全く息切れしていない。身体能力の向上は、若葉だけに見られたものでは無かったらしい。思えばあの刀を拾った時から既に、若葉は強靭な肉体へと変わっていた。そうであれば、武器を手にしている二人も同様、人智を超えた力を身に宿しているのだろう。

 

「しっかし走りっぱなしだとあっちーな。パーカー脱いどきゃよかったぜ」

「……?」

 

 球子が妙な呟きを発する。若葉も杏も走行程度では全く疲れはしないし、体温が急激に上がるということもない。そういえば、と、なんだか嗅ぎなれぬ刺激臭を感じる二人。直後、まさか、と若葉は目を丸くする。

 

「球子お前酒臭いぞ」

「はぁ!? いやいや、タマは飲んでないぞ!?」

「あ、もしかして、あのうどんに入ってたんじゃ」

 

 タイミング的にそれしかありえない。あの店主、球子のうどんにだけ酒を仕込んでいたらしい。それに気付かなかった若葉達も大概だが、何故こんな悪質なことをするのだろう。

 

「……八岐大蛇を、須佐之男が如何にして退治したか、知っていますか」

「え? いやタマはわからん」

 

 球子を尻目に、若葉は思い出す。天よりやってきたスサノオノミコトは、アシナヅチ・テナヅチ老夫婦から、クシナダヒメとの婚姻を条件に八岐大蛇討伐を依頼され……戦地に赴き、クシナダヒメを櫛に変え、身につけ、そして──

 

「……酒を飲ませて酔わせ、そこを刀で切り刻んだ」

「そうです、つまりあの方が意図していることは」

「……タマ分かったぞ。タマにだけ役立たずの武器を寄越したのは、そういうことだったんだな」

 

 そう。土居球子には武器が無かった。故に戦闘能力も皆無だっただろう。真っ先に捕食されるとしたら、それは彼女だ。もしかしたら大蛇は、途中から若葉ではなく、そばに居た球子を追っていたのかもしれない。

 

「……許せない」

 

 杏は走りつつ、強烈な怒りの表情を浮かび上がらせている。若葉にとっても、このやり方は不快なものだった。仮にも、球子は若葉を身を呈して救ってくれた命の恩人なのだ。もっと他にやりようはあるはずなのに。

 

「タマもすげぇムカつく。でも、あいつ“神話の再現”って言ってたよな。だから、やっぱタマが食われないとダメなのかも」

「そんなのダメだから!」

 

 杏が声を荒らげる。当然そんな選択はありえない。それに球子にはもう武器がある。きっと彼女は元々、生贄になんてしてはいけなかったのだ。

 

 しかし、“神話の再現”。酒を飲ませて大蛇を眠らせることが出来ない以上、どうにかしてその再現性を高めなければならないのかもしれない。

 

「なあ、八岐大蛇の神話について、他になにか“再現できそうなもの”はあるか?」

「ええと……若葉さんの剣は天羽々斬剣じゃないだろうし、都牟刈は倒した後に手に入れるものだし……あ、クシナダヒメの櫛はどうですか?」

「櫛……櫛か……」

 

 ポケットを探る。……何かがある。

 

「……御守り? 若葉それ、出雲大社のやつか?」

 

 取り出したのは、厄除の御守り。若葉にはこんなものを買った覚えはない。そもそも、若葉は神楽殿にしか行っていない。行ったのは、恐らく──

 

「あ、おい! 大蛇がすぐそこまで来てるぞ! どうする、もう崖に登ってる暇ないぞ!」

「そうだな。杏。この御守り、私の髪に結いつけてくれないか」

「え? あ、はい! えぇ、どうやったらいいんだろ!?」

 

 大蛇が焼けた森を抜け出でる。はい、多分大丈夫です! という杏の声を聞きながら、刀を握り締めた。垂れた毛先に御守りが結つけられている。器用なものだ。

 

 神話の再現──

 

 顔を上げる。これでそれが出来ているのかは皆目分からない。しかし若葉にもはや迷いは無い。彼女にとって“上里ひなた”は、クシナダヒメなのだから。

 

 彼女は大蛇に向け、地を蹴って駆けた。

 

 次々と迫り来る八つの頭部。避け、避け、避け、走り続ける。大蛇はあまりにも大きく、距離感が掴みにくい。だからとにかく走るのだ。その懐に潜り込むまで、決して立ち止まりはしない。

 

 悉くを躱し、垂直に跳び上がる。若葉は刀を納め、ただひとつの核に狙いを定める。

 

 間もなくして、四方から襲い来る複数の首。

 それを──一筋の矢と六枚刃が貫き、切り裂いた。

 

 見事。ならば応えよう。

 

 刀を抜き、霞の構えを取る。

 彼女は大蛇の首を思いっきり蹴りつけ、酷く尖った弾丸と化し──

 

「はあああッ!!!」

 

 確かに、其の心の臓まで刃を縫いつけた。

 天を裂く咆哮。苦痛に跳ねる巨体。若葉は振り落とされるまいと刀にしがみつき、そして一際大きく揺れた時、その反動、重力、そして己の全てをのせた万力が、大蛇の肉体から命の奔流を引きずり出した。

 

 そのまま数十メートルも吹き飛ばされたが、なんとか受身を取り、少しずつ頭を上げる。

 大蛇はまだのたうち回っている。その振動が地面へと流れ、足の先から、心臓まで伝わってくる。だが、急所を抉り取ったのだ。もう、勝負はついたはずだ。

 

「若葉、大丈夫か!?」

「怪我ありませんか!?」

 

 杏と球子がこちらに駆けてくる。緊張と弛緩の狭間で息を震わせながら、なんとか苦笑してみせる。

 

「ああ、これで終わりだといいんだが」

「……ちょっと待ってください、何か変ですよ」

「お、おいおい怖いこと言うなよ……何が変だって」

 

 三人の視線。その先に大蛇がいない。七色の小さな玉の様なものが、空に立ち上っているだけ。

 代わりにそこにあったのは、大蛇の、真紅に染まったズタズタの心臓。それが、少しずつ少しずつ、カタチを変えていく。

 やがてそれは完全な球体となり、揺れ、揺れ、振れ、振れ──

 

「「「──!?」」」

 

 最後に、パキッ、という奇妙な音が鳴り響き、瞬く間に大爆発が起こる。

 それとともに大量に放出されたのは、赤く染った血の激流。

 あっという間に三人の足元は浸水し、あまりの勢いによろめきそうになる。

 

「……き、聞いたことがあります! 八岐大蛇は田を破壊する川の象徴、でもあったと──!」

「おおおい、これどうしたら止められんだ!? このままだと流されちまう!」

「……」

 

 これは神話の再現だ。

 奴は言った。あの大蛇に勝たない限り、一生この刀を扱うことは出来ないと。

 

 あの大蛇に勝つことが、試練であり、儀式であり、それが神話の再現ということ。だが、これは原典の通りに進んではいない。球子を奴に喰わせていないのだから。

 

 だから、その埋め合わせをしなければならない。儀式はまだ終わっていないのだ。

 

 若葉は歯噛みし、額を拳で叩きつける。考えろ。神話を。神が認めるシミュレーションを創るには──

 

「──なにか、なにかないのか」

 

 考えれば考えるほど、須らく零れ落ちていく。智略も戦略も、焦りと紅き河川が尽く流し去ってしまう。

 

「やばいぞ……あんず、タマもう立ってられねぇ……!」

「さ、三人で支え合うんです!!!」

 

 苦し紛れに身を寄せ合うが、ほんの少しだけ死期が遠のいたに過ぎないだろう。数秒置きに水位が上がり、もはや自分たちの膝から下は確認不能となっている。例え身体能力が上がっていたとしても、ここまでの強大な質量の前では為す術もない。

 

「あ……あぐっ……」

 

 突如、若葉の視界がぐにゃりと歪む。

 肩が痛い。痛い痛い痛い痛い。何か酷く熱いものが押し付けられている。誰だ。誰がやっている。そこに居るのは誰だ。なんなんだ。熱い。いたい。くるしい。頭が、頭を、締め付けるのは、やめてくれ──

 

 ──若葉の脳裏に浮かぶ、神代の一幕。

 大蛇の首を切り落とす、一人の若い男神。死とともに吐き出された鮮血が山から流れ落ち、大地を濡らす大いなる呪い。稲田は生気を失い、途方に暮れる人間達。それらを救ったのは、生贄の運命から逃れた、一人の女神だった──

 

 

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を

 

 

 一番最初の、最古の和歌。

 須佐之男が八岐大蛇を退治したのち、クシナダヒメの住居たる八重垣を作ろうと意気込む、勝利と想いを叫ぶ歌。

 

「は──」

 

 呟いたのは、歌ったのは、誰なのか。見覚えのない根の壁が、堂々と若葉の目前で立って、いや──これは堰堤だ。

 

 瞬間、なにかが再起動して、若葉の記憶が一気に混濁していく。これを出したのは……私……だ……? 

 

 耳鳴りがする。高い高い高周波の電波音。揺らぐのは若葉の意識と、そして“根の世界そのもの”。赤みがかった銀河の様だった異界の天井に、いつからか歪な亀裂が入っている。

 

 どっしりとした無数の根から深い碧の霧が漏れ出ていて、今はどこか弱々しく見える。

 

「八雲、発」

 

 呟く。

 

「八重垣、空」

 

 三人の眼下に張り巡らされていた地面の根が円状にくり抜かれ、エレベーターの如く持ち上がっていく。瞬く間にそれは根の異界のいずれの根も越える高さとなり、それでも尚上昇は止まらない。

 

「お、おい、若葉だよな、これやってんの!? ちょっと高すぎるんじゃねえのか!?」

「もうここに用はない」

「ど、どういうことですか!?」

 

 根の世界、その極点。ひび割れた空は、三人を迎え入れるように一気に()()した。

 

 根の大地を見下ろす若葉はこちらを見上げる老人を一瞥し、頷き、二人を生者の国へと連れ戻すのだった。

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