結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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あらすじ
目覚めた銀は、失意のまま大社本部敷地内を彷徨う。そこで出会った研究者、「伊予島柚希」によって、神の存在を知ることとなる。
その後、担任教師であった安芸によって、讃州への移住を宣告され、彼女はそれを受け入れたのだった。


第二十九話 弔えば夜

「園子様。本日の訓練は中止です。これから須美様のお家へ向かいます」

「え、あ、ええ?」

 

 エンジン再点火。悲鳴のような摩擦とともに凶器の如きUターン。適正速度もお構いなしに、四国の夜道をリムジンが駆ける。

 バックミラーに映るアルフレッドの目つきが、いつもよりも遥かに鋭い。振動に揺れる車内。なすがままの園子は、目的地に着くまで呆気に取られていた。

 

 

「ああ、いらっしゃい、アルフレッドさん、園子ちゃんも」

「こんばんは……」

 

 鷲尾邸にて、扉を開いて出迎える鷲尾母と、挨拶を交わす。様子から察するに、どうやらアルフレッドから既に訪問の連絡は入れていたらしい。

 

「突然お邪魔してしまい申し訳ないのですが、今、須美様はいらっしゃいますか」

「ええ、それが三ノ輪さんとこの奥さんが倒れたらしくって、夕方前あたりに須美からお見舞いに行くって連絡があったんです。だけどもう外も暗いし、こちらから連絡を入れたんですが、返事が無くて……」

 

 アルフレッドの表情が一層険しくなる。

 しばしお待ちを、と言って、少し離れて携帯を取り出す。連絡が済んだのか、また戻ってきてアルフレッドは言った。

 

「鷲尾様。何も言わず、迎えの者が来るまで園子様を預かってはくれませんか」

「え?」

 

 反射的に疑問符が音を鳴らす。

 

「ええ、それは構いませんが……須美に何か……」

「……分かりません。ですが一刻を争う。……どうか園子様をよろしく」

 

 翻り、アルフレッドは車に乗り込む。

 園子を置いて、車はあっという間に夜闇に呑まれていった。

 

 

 *

 

 

「……わっしーママ。ごめんね。突然こんな」

「ううん。今日は大社も出勤日じゃなかったし。旦那はまだ帰ってきてないけれど」

 

 ソファーに座る園子は、鷲尾母の入れた紅茶をぼんやりと見つめる。

 

 そろそろ、何が起きているのか推測くらいはできるだろう。

 

 大社は今、鷲尾須美を捜索している。アルフレッドの反応から察するに、園子が須美の夢について話をしたことが契機となって。

 

 もし、その須美の見た夢が、大社にとって大きな意味を持つ何かだったとしても、なぜ、今すぐに須美と接触する必要があるのか。

 

 紅茶を啜る。思考は巡る。しかし園子はそれらを鷲尾母に話したりはしなかった。いたずらに心配をかけるような真似はしない。そのくらいの気配りは出来る。

 

 もっとも、口に出すことで、何かが起こってしまいそうな、秒針と共に胸の内で膨らむ不安を、これ以上見たくは無かっただけなのかもしれないが。

 

「須美……学校では、どう?」

 

 ふとそう切り出す鷲尾母。しかしこの質問、園子にとっては考えものである。でも銀と友達になってからは、須美も園子も、前よりは明るく、優しくなれていた気がする。

 

「え、えーっと……成績は良いし、私とも変わらず遊んでくれて……」

 

 鷲尾母は微笑み、頷く。そして紅茶を啜り、壁に掛けられた、今より幼い須美の写真に目を向ける。

 

「あの子、昔に比べれば笑顔も増えたし、いつも家の中では元気だけど、学校のことは中々自分から話してくれなくてね。私……母親としてもう少し上手くやれないのかなって、よく思うの」

「そんなことないよ。わっしーママは誰が見ても自慢のママだよ。大丈夫、わっしーはもう、大丈夫になったんだから……」

「……ありがとう、園子ちゃん」

 

 そこからは、二人とも何も語らなかった。話せば話すほど、何か大事なものを見落としてしまう気がした。

 

 そうして並んで物思いにふける両者は、ただ須美との出会いを思い出している。手を取り合い遊ぶ親子を見つめながら、ブランコに座っていた少女の虚ろな瞳。そして託児所で顔を伏せて縮こまる、まだ娘で無かった彼女との会話を。

 

 ……そんな静寂は、インターホンによって数刻で断ち切られた。顔を見合わせ、二人で玄関からその人物に会いに行く。

 

「安芸先生……!」

「お待たせ、乃木さん。鷲尾さん、どうもありがとう」

 

 迎えの者とは、教師安芸その人。安芸は軽く挨拶を済ませ、来るや否や園子を車に乗せた。そして、シートベルトを着けながら、はじめに語り掛けたのは安芸の方だった。

 

「これから乃木邸に送るけど、その前に、話しておかなければならないことがあるの」

「う、うん」

 

 エンジンをかけ、発進する前に、安芸は小さな木製の箱を園子に手渡す。開けてみて、という安芸に従い、中に入っていたのは小さなガラスのような球体。園子はそれを手に持って、尋ねる。

 

「なに、これ?」

「まず、それに自己紹介して」

「え?」

 

 自己紹介? なんで突然。怪訝に思いながらも、園子は素直に口上を述べる。

 

「乃木園子です。小学六年。好きな食べものは、うどん」

 

 そうして訪れる沈黙。ねえ、なんなの、と言おうとしたところで、その球体は粉々に割れ、透明な破片となって大気に消えた。

 

「それは概念武装。乃木さん専用の概念槍、『創世』」

「概念武装? それってバーテックスと戦う武器でしょ。なんで今渡すの?」

 

 車道に入り、直線をゆっくりと走りながら、安芸は続ける。

 

「最初の合同訓練の日に話したこと、ちゃんと覚えてるのね」

「うん。私のご先祖様が、天の神と戦ったこと。そして今も、天の神の脅威は消えていないこと。いつか来る襲撃に備えて、私たちは戦う力をつけなければいけないこと」

 

 その記憶は鮮明にして克明。何しろ、その使命は乃木としての責務であり、そして世界が己の双肩にかかっているという重すぎる真実。

 

 ただ。

 乃木家の次代当主として、まだ明かされていない事実が無数にあるということも、彼女はよく分かっている。

 

「あなたは、これから国を担うもう一つの頭とならなければならない。だから、いずれは知らなければならないことが沢山ある。でも、本当は、学生のうちくらいは、楽しく過ごして欲しかった。だけどそうも言ってられないの。もう、来年の今には、この世界は消えてなくなっているかもしれない」

「……」

 

 世界が消える。普通に考えたら、突飛な戯言と捉えるべきだ。けれど、彼女が本気であるということは、もう十分伝わっていた。だから、園子は覚悟を決めている。乃木若葉という存在に辿りついたその日に、園子は一人の少女としての通過儀礼をほぼ終えていたのだから。

 

 安芸は語った。

 時は神世紀元年。神々の代理戦争を経て、なお種としての存続を勝ち取った人類には、新たな秩序の形が必要だった。

 

 大社。神代から続く最古の組織。現存していた英雄神の協力もあり、それは確かに、確固たる地位を築いたかのように思われた。

 

 そこで立ち塞がったのは、しかし神ではなく人間だった。

 

 神を根拠としたルーツを持つ大社の統治体制は、既存の宗教組織の全てを敵に回すことになった。

 

 宗教連合、月光の福音。巨大勢力となったそれは、大社の出鼻を悉く挫くことになる。

 

 英雄乃木若葉の認知、既存の宗教活動の規制、そして“月光”と通ずる組織への介入。全て、全て、未だ実現していない。

 

 なぜなら──大社の、人類の立ち向かうべき敵は、天にある。

 

 もし、月光との争いによって分断が起き、国内が混乱に陥った時、多くの民を切り捨てなければならない。

 

 もし、月光との争いが長期化し、軍事的なリソースが必須のものとなった時、天に突き立てる刃を、より十全に研ぐことは難しくなる。

 

 それに、何よりも。天の襲撃がいつ訪れるのか、誰にも予測が出来なかったのだ。

 

 生大刀の力による四国の異界化。これがいつまで続くのか。これがいつまで十分な効果を持つのか。また、天の神が異界化を突破する可能性も否定できない。

 

 

「つまり月光の福音は、大社のコントロールの外にある。神世紀の歴史は、まさに月光と大社の冷戦のようなものだったの……あ、ついたわね」

「え、ここで終わり?」

 

 安芸は車を出て、後部座席のドアを開けた。乃木邸の前で、安芸はおもむろに、手に持った鞄からタブレットを取り出して、園子に手渡した。

 

「後は、この中にあるデータを読んでおいて。それと。概念武装。それは常にあなたと共にある。もし、一人で戦わなければならないような状況になったら、躊躇うことなく使いなさい」

「……う、うん」

 

 安芸はその後、おやすみなさい、とだけ言って、また車に乗って去っていく。

 

 園子は右手のタブレットをちらりと見てから、玄関から自部屋に向かった。職員を労いながら、ようやく辿り着き、ベッドに腰掛けて電源を点ける。

 

 表示される文字の羅列。どうやらそれは、大社内の出来事をまとめた書類を、引用したものらしく。

 

 

 神世紀293年 10月9日 地神会目録

 

 9月10日、四国外調査『幽世遠洋』により、273日間行方不明となっていた上里御影様の御遺体が地神連宮正門付近にて発見される。

 

 霊的医療局及び神力研究局の解析の結果、天に由来する呪詛に侵されていたことが判明。呪詛は分御霊をヒトの霊魂に貼り付け、汚染するものである。第一に接触した上里ひなみ様の容態から、呪いはひなみ様に移転している可能性が高い。

 

 アメノイハクスフネは汚染され、現在は浄化の目途が立っていない。

 

 御遺体発見の同日、大橋市にて天の神、『郡千景』の目撃情報が挙がる。郡千景は大社香川第二支部歴史研究室職員である東郷美梁氏を殺害の後、逃走したものとみられる。現在も調査は続いている*。

 

 9月13日、宗教連合『月光の福音』が『日輪宗』に改名。以降満15歳までの少女の不審死及び行方不明が頻繁に発生。9月中に被害件数は15件に及ぶ。

 

 一連の出来事は、御影様帰還後間もなく連続しており、大巫女の神託によると日輪宗は既に天の介入を受けているとのこと。

 

 御影様死亡後、ひなみ様の容態は回復せず、楔を媒介とした神樹の汚染及び大社存立の危機を回避することを目的に、大巫女は大巫女の間に自ら隔離し、楔の縁を一時的に凍結することを通告。楔の代替として『巫女』を早急に見出す必要がある。巫女は楔と異なり、言語化した神託を受けることは出来ず、曖昧な夢のようなイメージを受信するものである。

 

*徳島県にある成海公園でそれらしき女性を見たという情報アリ。検証を要する。

 

 

 神世紀298年 9月21日 地神会目録

 

 周知の通り大社内には既に日輪宗(月光)の人間が数多く入り込んでおり、派閥を組み法整備を妨害している。満15歳までの少女の不審死及び行方不明に関して、日輪宗の関与は必然。目的は巫女の根絶であると地神会会議で一致。巫女の保護に向け政策案をいくつか設けたが、大社内の日輪宗会員を把握しきれていない以上、かえってリスクを高め巫女の減少に拍車をかける恐れがあると結論付けた。大社としてではなく、地神会会員が各々巫女を探し、保護しなければならないが、巫女の覚醒時期には個人差が──

 

 

「……え」

 

 園子の脳髄が冷水を浴びたように痺れて弾ける。

 

「“満15歳までの少女の不審死”? “日輪宗”、“巫女”?」

 

 瞳孔が開く。

 なんだこれは。

 

 日輪宗、満15歳までの少女の不審死、巫女。

 巫女は曖昧な夢を受信。

 

 “最近、不思議な夢を見るの”

 

 15歳までの少女の不審死。

 

 “わっしー、今日はもう早めに帰った方が──”

 

 巫女。

 

 “また倒れちゃったら、みんなに迷惑に”

 

 日輪宗。

 

 “そのっち”

 “そのっちったら”

 “よろしくね、そのっち──”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──なんなのこれ。

 

「なんなのっ! これはぁっ!!!」

 

 投げ飛ばしたタブレットが棚の上の壺を叩き割り、乃木邸に悲鳴が響き渡る。

 

 手足が震える。喉が絞められたみたいに息が甲高い。動き回る両足。焦点が定まらぬ視界。

 

 現実が、事実が、真実が、理性が映す可能性が、少女を崖際へと追い詰めていく。

 

「それじゃっ、それじゃっ、まるで……!」

 

 文脈が思考から消える。湧き上がるは彼女の名前だけ。

 

 純真たる恐怖。魂を分けた己の依り代。

 

 鷲尾須美は、乃木園子にとっての生きがいだった。自身よりも、大切だと胸を張って言える存在だった。他の何を喪っても、彼女さえこの世界で笑っていてくれれば、もう、それだけで良かったのに。

 

 ──だから、そんなわけない。そんなわけないんだよ。嘘だよ。こんなの。どうして、こんなもの、こんな時に読ませたりするの。変な冗談よしてよ。ふざけないでよ。それじゃ、まるで。

 

 

「須美様は、先ほど息を引き取りました」

 

 翌朝、玄関で縋りつく園子に、執事は淡々と告げた。

 

 望みはもはやほぼ無に等しく。

 

 彼らが選んだのは、残された者に覚悟を迫るという選択だった。

 

 その後、園子は呼吸を失い、生と現実を否定して、病室で目覚め──やがて、心を鉄にした。幸せを求める動機と根拠を取りこぼした少女の、絞り粕の如き道標。

 

 “躊躇うことなく使いなさい”

 

 うん、分かってる。そう、胸の内で呟く深淵。自衛のために託された神の化身は、復讐心に握られた、ただの凶器へと成り下がる。

 

 喪失を埋めることは出来ずとも、零れ落ちた日常は刃と化す。友の死に報いる為か、それとも、定められた運命をなぞる為か。いずれにせよ、乃木園子はもう、少女のままではいられない。

 

 いっそ、囚人であってもいい。これまでを捨て。これから始まる。

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