大社の会議に出席するも、煮え切らない大人達に見切りをつけた園子。会議を抜け出して手に入れた資料を見て、彼女は目を細める。
その後の訓練で振るわれる槍さばき、その切っ先に向けられたものは、やはりバーテックスか、或いは。
「適正神の選別は大体これでいいか……あとは霊的経路の構築が六日後までで、その次に蛇の比礼の自動装備システム構築と霊量シミュレーション、一カ月後には実装テストで……そんで隠世の再調整を並行して進めないと……後は衛士の霊鎧のアップデートもあったし……ブツブツブツブツ……」
真っ暗な部屋に、モニターの灯りがぼうっとひとつ。念でも唱えているかのような、生気の無い呟きが停止寸前の頭蓋に響いている。やがてそれらが意味を持たなくなった時、ついに彼女は頭を机に擦り付けた。
「……ぐう」
──その、意識が飛ぶ瞬間。
研究室の小窓を、文字通り、一筋の流星が突き破って、ついでに鼓膜をぶち破った。ばりーん、そして、ずがーんであった。
「ずがっ……!? あひぇ? さぶ……あんだあもう……」
差し込んだ夜の冷気に肩をさすり、緩んだ鼻をティッシュで押さえながらライトを点ける。大社、神力研究局の局長である伊予島柚希は、無残に砕け散った窓を呆然と見つめた後、煙を上げながら足元に転がっている無骨な石に気付いた。
「隕石? ばかな。箱舟である四国に降ってくるはずは……」
拾い上げる。首をかしげる柚希。奇妙な形だ。細長い棒に、薄く平べったいものが乗っているような。どこか、鍬にも似ているような……
「これは……緊急性のある案件かなあ。天の神の仕業である可能性も無くは……あれ?」
視界が揺らぐ。なんだこれは。頭が……馬鹿になっていくみたいだ。足元がおぼつかないぞ。ああ、ダメだ。身体が言うことを聞かん──
「……なんだ、これ」
気付くとそこは、見知らぬ神社。その敷地内。見たところかなり立派だ。しかしこんな神社、四国には無かったはず。怪訝に思いながら、とりあえず目の前のお社に上がり込む。
「ん、これは……」
床に置いてあった、黒く四角い謎の機械、そしてマイク。怪しい。見るからに怪しい。神社の中に安置されている場違いな電子機器。ともあれ、とりあえず触ってみるのが研究者。意を決し、適当にボタンを押してから……
『……誰か聞いてい』
「グ~ッド、イブ二────────ン!」
黒い機械のスピーカーから、少し荒い音質で、やけにテンションの高い少女の声が飛び出てきた。眉をひそめる柚希。マイクを握り締めて、再度ボタンを押した。
「どちらさんだよ、お嬢さん」
『ああ、ごめんなさい。警戒させたくなかっただけで。おほん。改めて、私は白鳥歌野。月に居候している、元人間です』
「……ほう?」
月。意外な言葉が聞こえてきた。
大社において伝わる月の情報、それは、謎である、ということ。そして天とは全く別の存在であるということだけ。人間の味方だったことは無いし、その逆も無い。月の神が地上に降りてきたこともない。最後の国津神、素戔嗚でさえ、面識すら無かったという。
「仮にあんたがお月様だったとして、あんたは私ら人間のなんなんだ? いきなり人の仕事場荒らして、ついでに意識まで奪うなんて、宣戦布告だと思われてもしょうがないと思うんだが」
『あ~……いやまあ、確かに窓から入るのは良くなかったですよね……でも、意識を奪ったりはしてないですよ!』
「……じゃあこれはなんなんだよ」
『ほら、あなたは今月の石を持っているじゃないですか。夜で、晴れた満月で、さらに分御霊が零れやすい寝てる間なら、それでお話できるんですよ。地上の異界化も大分不安定になってますからね』
「……」
寝てる間? じゃあなんだ。ただ疲れてぶっ倒れただけ……?
柚希は項垂れ、溜息をついて、欠伸をしながらまた話し始める。
「で、なんなの」
『聞いてください! 今、月は大変なんですよ! 三百年前の襲撃……時、天の……は神樹を攻……しなか……ね、それは月……今はもう裏……持ちこた……あちょっ……ノンレム睡……次の満……』
「んが」
眼を開く。外から差し込む直射日光。小鳥の声が、間抜けに足を広げた彼女をクスクス笑っている。硬い床と後頭部を擦りながら、右手に収まった小さな石をぼうっと眺めていた。
*
ランドセルを自室に放り投げ、揺れる携帯をそのままポケットに突き刺して。机の上に開かれた複数の書類を一瞥して、園子は乃木邸を飛び出した。昨日、時計の針が頂点を越えてなお、読み耽った内部情報の数々。第一回概念兵装実装試験の事故、行方不明となった霊的医療局所属局員の一人娘の“夢”について等々。結局そこに知りたいものは無かった、けれど、向かう先は既に示されている。
どろりとした影を纏いながら、手提げを持って街を歩く。思考の縁に反響するは、担任の教師の声。
『あの日、倒れた三ノ輪さんのお母さんを発見したのは、大社館の制服を着た、白い髪の女の子だったらしいの。でも、名簿を確認したけど、そんな子一人もいなかった。乃木さん、心当たりある?』
白い髪の少女。間違いない。須美が体育の時間に倒れた時、教室で彼女の日記を盗み見ていた人物だ。その目的が、今ならわかる。
白髪は大社館に潜り込んでいた日輪宗のスパイだ。日記を通し須美に巫女の力があることを知り、それが大社に知られる前に、存在ごと抹消したのだ。巫女の力を持つのは、満15歳以下の少女のみ。巫女が存在する可能性は小学校、中学校において最も高いということについて、間違いは無いだろう。
園子は冷温の怒りを瞳に宿しながら、しかし悦びが同居する。
喪い、朽ち、開いた孔。その感情の切っ先が、ようやく定まったのだから。
「……」
無言で立ち止まり、見上げる。“日輪宗大橋市北集会所”。そう、記されている。
園子が昨日、銀の病室で目にした「未申請施設調査表」。それは、日輪宗の各拠点の情報ファイルでもあった。
親友を奪った奴等が、一体どんな顔をしているのか。確かめてやろうじゃないか。
「あれ? 君、会員だっけ?」
背後から届く若い男の声。
振り向く。どこか見覚えのある顔だ。しかし、その記憶の源流の行方は判然としない。
「あ、君、結構前にイネスで会ったよね。もしかして入会希望?」
イネス、という単語でようやく分かった。
須美と銀、三人で初めてイネスに行って、乃木若葉本について話していた時、話しかけてきた日輪宗の営業だ。
「……興味があって」
にこりと笑って答える。感情にはひとまず蓋をした。
「うんうん、そっかそっか。丁度今日は定期集会だからね、いいタイミングだよ。ささ、入って入って」
扉を開き、手招きされる。靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、そのままボールペンと用紙を手渡された。
「強制じゃないんだけど、アンケート。氏名年齢住所、あとは諸々答えていってくれれば」
「……分かりました」
自分が乃木大国公社の次期当主だと伝えてやったら、どんな顔をするだろうか。まあ、ここは適当に書けばいい。空き家の住所に偽名、そのくらいは用意してある。ここで個人情報を引きずり出して、あとはチラシやら訪問やらで、入会まで根気強く勧誘をしてくるのだろう。
無表情のまま、記入済みの用紙を男に手渡す。
「うん、ご協力ありがとう。ま、気楽にね。集会って言っても、大したものじゃないから」
聞きながら、男に続き集会部屋に入室。中には老若男女、様々な世代の人々が、机を囲んで談笑している。お菓子に飲み物を広げて、まるで小さなパーティのようだ。
「うちの家内と娘です」
「あら、はじめまして。ゆっくりしていってね」
愛想よく歓迎する男の妻、そして不安気にこちらを見上げる、幼い少女。小動物のような小さな口、目尻の下がった柔らかな碧眼、そして小麦色の淡い髪。どこかシンパシーを感じる。人見知りなのだろうと、園子は静かに笑いかけ、頭を下げる。
「ありがとうございます。木野菜乃華です。日輪宗について、いろいろ知りたくて」
「あらあら~いいわよ教えてあげる。座って座って」
空いた椅子に手を向けて、楽し気に女は促す。
「あ、木野さんごめんね。支部長に呼ばれているんだ。じゃ、よろしく」
そう言って男はその場を後にする。女は彼に軽く手を振って、話し始める。
「もともと、ここは日輪宗じゃなくて、月光の福音っていうグループの中の、“こもれび”っていう小さなサークルみたいなものだったの。だけど何年か前に月光の福音が日輪宗になってから、どこも日輪宗の支部ってことになってね。だけどやることは変わらない。たまにお菓子を食べながら集まって、町の清掃活動とかして、新聞を読んで、祈りを捧げて、寄付をする。それだけよ」
「へえ~、なんだか楽しそう」
「でしょ~? だから、その気になったらいつでも入っていいのよ、菜乃華ちゃん」
両手で掌を包まれる。園子は笑顔を崩さず、しかし何も答えはしなかった。
「ところで、ここに白い髪の女の子って所属してますか? 友達なんです」
「白い髪? いやあ、居ないと思うな。菜乃華ちゃんくらいの子、あんまり多くないし。あ、ごめんなさい。夫が呼んでるみたい。よかったら、娘と遊んであげて」
「分かりました。お気になさらず」
席を立つ女。
奥へと消えていくのを見届けてから、園子は女の傍らにいた少女に向き直る。
「名前、なんていうの?」
何気なく尋ねた一言。されど少女は目を見開き、ぽろぽろ涙を流し始める。園子はまばたきをして、ゆっくりと少女の手を取った。
「お手洗い、行こう」
周りに悟られぬよう、自然を装って席を立つ。廊下に渡り、周囲に人がいないことを確認する。全身を警戒させながら、園子は膝を曲げて少女の頭を包んだ。
「安心して。お姉ちゃんは泣いてる女の子の味方さ。落ち着いたら、話してごらん」
「その……私……名前が、本当の名前は、違うんです……」
「違う方の名前は?」
「みろく、ゆみこ」
「……本当の方は?」
「……こくど、あや」