結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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あらすじ
須美が消えたあの日。白髪の少女の影がそこにあった。
園子が訪れたのは、日輪宗の支部。偽名を使い、彼女の残穢を探す。 そこで思いがけず遭遇した少女。その名は「みろくゆみこ」、そして「こくどあや」であった。


第三十二話 選択

「今日はここまで! ミーティングも無し! 片付けも大社の人に任せていいから、速やかに帰宅するように!」

 

 地下訓練場に、鋭く響く少女の声。緊張の解けた衛士の皆々がその場を後にするのを見届けて、楠芽吹、三好夏凜、加賀城雀の三人はようやく帰り支度を始める。ロッカーの前で私服に着替えながら、いつものように会話が進む。

 

「ねえ芽吹、今日アンタんちの車乗せてってくれない? 兄貴、今日は残業だっていうから」

「ああ、そういえばお兄さん、大社の職員だったわね。勿論乗ってって」

「わあ、それじゃ今日は三人で帰れるね。でもお兄さんとバラバラで残念だね、夏凜さん」

「馬鹿言わないでよ。最近は衛士、やめてもいいんじゃな~い? とか寝ぼけたことしつこく言ってきてうざったいのよ。ったく」

「どこも一緒ね。めったに喋らないうちのパ……親父も、突然『やめてもいいんだぞ』とか言い出して。大社御用達の宮大工だから、いらないこと知っちゃったみたい」

「え~うらやましい。私は一度やったら最後までやんなさいってやめさせてくれないんだよう。最近色々やばいっていうのも、多分うちの親よく分かってないしさあ」

 

 着替えを済ませ、エレベーターに乗り込む。三人組の仲は良く、芽吹と雀に至っては家族ぐるみの付き合いがある。仕事が忙しい加賀城家は、楠家の厚意で雀の送迎を任せている。ただし、運転手は楠家で雇っている大社直属運転代理人である。

 

 やがて地神連宮敷地内の駐車場に到着して後、車に乗り込み、そのまま三人はヘッドライトが夜闇を割くのを眺めながら、話し始めた。

 

「そもそも、二人はなんで衛士になろうと思ったの?」

「私は……まあ、父親に認めてもらいたかったからかな。今となっては、どうでもいいことだけど」

「メブのお父さんすごい人って聞くよね。天才宮大工だって」

「そうね。だから私も何かすごい人にならないといけないって、思い込んでたのかもね」

 

 芽吹はそう呟いて、雀の頬を無感情につつく。へらへら笑う雀をよそに、夏凜の方を見た。

 

「夏凜は?」

「ん? あー……私もそんな感じ。兄貴が大社勤めじゃない? だからプレッシャーがさ。衛士のオファーが来たときは、運動好きだったし、ラッキー、程度に考えてたわ。今思うと私アホね」

「二人とも立派だよ。私なんかさ、あんたはなんも取り柄が無いんだから、今のうちに稼いどきなさーい! って親に言われて、まあ数年間だけって聞くし、実践もほとんどないって聞いてるしいっか~って考えてたらこれだよ。普通に訓練きついし、私恋愛の一つもせずに死ぬのかなあ」

「ちょ……変なこと言わないでよ。それに、やりがいならあるし。私辞める気ないし」

「そうね。夏凜の言う通り。国を守って死になさい、雀」

「わーんこの筋肉ドМ狂戦士どもぉ~! だったら私のこと守ってよ二人ともぉ!」

 

 涙目で腕を絡めてくる雀を見て、二人はクスリと笑う。雀の護盾隊としての能力は歴代トップと言ってもいいほど、素質、能力、全てにおいて秀でているのに、彼女はそのことに未だ気付いていない。衛士の兵装は人間のまま神の力を断片的にその身に宿し、霊力のパスが構築されている兵装を扱うというもので、『神』そのものを扱う勇者の概念武装ほど強力ではない。だが、衛士の兵装の力を引き出す能力もまた、生まれながらの適性に依存する。雀ほど『守る』ことが得意な者は、四国のどこにもいないのだ。

 

「泣きつかないの護盾隊員。それはアンタの役目でしょうが」

 

 そう言って振り払う夏凜。しかし雀はブレずに纏わりついていく。

 

「ひ~ん。夏凜さんの腕、腕ぇ~」

「だーもう、好きにしなさいよ……そういえば、今日も園子来なかったわね」

「そうね。来る頻度も減ってきてる。忙しいのは分かるけれど、要の勇者がいないと、訓練の幅も狭まって困るわ。ここんとこ衛士の訓練の後に地下で概念武装の実装試験をやってるって言ったじゃない? あれ、早く終わらないかなって。訓練時間も減ってしまうし」

「いやいや。訓練は今くらいの長さでいいと思うっす。でも、新しい勇者、どんな子だろうね」

「誰だっていいわよ。強ければ。ね、隊長さん」

「そうね……雀、いい加減離しなさい」

 

 とうとうデコピンが発射される。ちゅん、という鳴き声が車内に響いた。

 

 

 *

 

 

 その日。

 私はゲロをぶちまけていた。

 母による“罰”。それを身に受け職員に運ばれる最中、意識を喪うことが出来なかったからだと思う。

 

 仰向けの体勢で揺れる身体の実感と、脳内で蠢く死霊の声が交互に入り乱れ、胃からせり上がってくる汚物は気管を塞ぎながら顔を湿らせた。

 

 現実を認識すると、驚くほど時の流れが遅く感じた。だけど、もう、「苦しい」なんて思う心は擦り切れて干からびかけていた。

 

 ベッドに寝かされてなお、私には眠る体力さえも残っていなかった。惨めだなあ、と胸の中で独り言ちて、ただ目を閉じて日が昇るのを待った。

 

 その翌日のことだ。ホームルームを始める前の安芸ねえの顔は、どこまでも無機質で、どこまでも普段通り然としたものだった。だけど、私だけは、それが普通じゃないと知っている。指先から呼吸まで彼女は自然体で、目線も揺らがず、発声は淡々としていて──安芸ねえが、そんな“完璧な振舞い”をするのは、決まって、何か悪いことが起こった時なのだと。

 

「ホームルームの前に、みなさんに残念なお知らせがあります」

 

 鷲尾須美が死んだ。

 

 そう、彼女は言った。

 

 私はあの子の顔を見た。安芸ねえと同じ顔をしていた。私は怖くなった。殺されるんだと思った。私が、あの子のことを、嫌いで、気に食わなくて、いなくなってしまえばいいと、そんな風に思っていたから。

 

 それから……銀が転校すると知った。

 私は、なんだかよく分からなくなってしまった。

 生きている意味が。

 

 その日は一言も喋らなかった。その次の日も。その次も。気付けば三月になっていて、私はもうすぐ卒業することになっているらしかった。他人事のように感じた。

 

 私は何のために呼吸をして、何のために頑張って、何のために耐えているんだっけ。

 

 ──巫女になるため? 

 巫女。なんで巫女にならなきゃいけないんだっけ。

 天の神に出し抜かれないようにするため。未来の大社と世界を担うため。世界を、守るため。

 

 ああ、世界を守るため、か。

 でも、どうせなれないし。私は、惨めで、他人を妬んで、呪い殺すようなクズだしな。そんな人間が、世界を守るって、そんな馬鹿な話、ないよね。

 

「今日も、存在価値の無い木偶の坊の上里ひかげは、神樹様のお声を聞くことが出来ませんでした」

「あら、そう」

 

 花が咲く。もう、それを見ようとも思わなかった。

 お母さんもさ、きっと、私が嫌いになったんだよね。いつまでも巫女になれなくて、薄汚れた性悪のゴミだから、あの日に、愛想を尽かしてしまったんだよね。おばあちゃんも、そんな私だから、助けてくれないんだよね。

 

 じゃあしょうがないよ。だって、私、生まれてきたのが間違いだったんだもん。

 

 

『上里さん』

 

 鷲尾須美がいた。

 笑っていた。

 笑った顔が溶けていた。血濡れた肉の屍だった。

 

 あなたは私が嫌いなのね。紅の泥でうがいをしながら、そう言って首を傾げた。

 あなたが私を殺したのね。蠅の湧いた眼窩から、黒く濁った涙が垂れていた。

 

『ひかげ』

 

 銀がいた。

 睨んでいた。

 明確な敵意があった。お前が心底気に入らない。そんな顔をして、語り始めた。

 

 お前はアタシが孤立してから、何を感じていた? 

 お前は、鷲尾須美のせいにしただろう。

 お前は、アタシ達の仲が悪くなってよかったと、少し喜んでいただろう。

 お前は、結局、アタシの心配じゃなくて、構ってもらえない自分が可哀想だと、そう思っていただろう。

 

 お前のそういうとこ、嫌いだよ。

 ……そう言って、銀は去っていく。

 

『ひーちゃん』

 

 あの子がいた。

 見下して笑っていた。腹を抱えて悶えていた。

 私は何も悪くないのに、勝手に比較して嫉妬するの、いい加減キモいって。

 もう早く死ねば? そう言って背中を向けた。

 

『ひかげ様』

 

 安芸ねえ。

 やめて。やだ。それだけは。それだけは嫌だ。

 出して。お願い。なんでもする。殺してくれたっていい。本当に、全部あげるから、私から、何を取っていってくれたっていい。でも、それだけは嫌なの。お願い。ごめんなさい。私のせいです。私が悪いんです。許してください。死にますから。今死にます。死んでみせます。首を絞めて死にます。腹を裂いて死にます。火だるまになって死にます。窒息して死にます。眼球を潰して死にます。四肢をもいで死にます。だから、だから、嫌だっ、嫌だあっ!!! 

 

 

「あっ──」

 

 天蓋、光、身体、視界、音──酸素。

 

「ひかげ! 大丈夫!?」

 

 安芸ねえがいた。心配そうな顔。目元が歪んで息が荒い。ひかげって言ってくれてる。

 ああ──もう、ダメだ。

 

「うああああああああああああ!!!」

 

 もう何も考えられないよ。恥ずかしい。恥ずかしいけど、止められないよ。縋りつく身体が離せない。漏れて叫ぶ声が収まらない。震える身体も崩れる顔も、流れ続ける感情も、もう、これ以上は我慢なんてできるわけがない。

 

「私……もう嫌だよ……もう限界だよ……私が悪いって、分かってるけど……もう、頑張れないよ」

「……そうよね」

 

 長い腕が、小さな頭をそっと包む。

 

「でも、ひかげは悪くない。悪いのは全部大人だから。あなたに頑張ってもらうために嘘を吐いて、私達は何も語らないままだった。だから、ここから先はあなたが選びなさい、ひかげ」

「え……」

 

 身体を離して、安芸ねえは私の瞳をじっと見つめる。

 

「私は教師で、大社職員で、守るべきなのは一人じゃない。あなただけを救うことはできないわ。だから、あなたが選ぶの」

「……よく分からないけど、選択肢をくれてる時点で、安芸ねえは私の味方だよ」

 

 私は安芸ねえの手を取って、握り締める。父も、母も、友も、今はもういない。だけど、私にはこの手だけあればいい。最初から最後まで、私の傍にいてくれた優しいぬくもり。それが例え、仮面を被った組織の手足であったとしても、私にとっては、もう、現実を越えた真実だから。

 

「安芸ねえは私に何をして欲しいの。何でもする」

「……」

 

 安芸ねえは目を伏せて、呟く。

 

「ごめんなさい」

 

 震えていた。安芸ねえのそんな声は、生まれてはじめてのものだった。だけど、なぜなのかはよく分からなかった。

 私は安芸ねえに連れられて、大巫女屋敷から、闇夜の地神連宮敷地内に出る。向かう先には、巨大な樹木の林冠が見えた。

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