結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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あらすじ
容態が回復しつつあるという報告を受け、銀に会いに行く園子。しかし、銀は彼女を拒絶し、深い溝が浮き彫りになる。その根源にあったものを、国土亜耶という少女を通して見出した園子の瞳には、もはや輝きなど消え失せていた。


第三十四話 友奈と銀

「銀を、讃州に?」

 

 居間で教師安芸と対面する三ノ輪一家。動揺に顔を見合わせる三ノ輪夫妻と、何も言わないままの銀。弟の鉄男は幼い金太郎を抱きながら、不安そうに姉の顔を見つめている。

 

「どうか、ご理解を」

「そんな、やめてください」

 

 深々と頭を下げるその姿に、三ノ輪母は慎重に言葉を紡ぐ。

 

「大社に銀を救っていただいたことは既に承知しています。銀は私よりしっかり者ですから、大社のサポートがあれば生活は問題ないと思います。ですが……銀、本当にこれでいいの?」

 

 銀は頷く。

 潤む瞳で袖を引っ張る弟を見やり、微笑んで頭を撫でた。

 

 ──銀は、郡千景という西暦の亡霊と相対し、そして呪いを浴びた。幸か不幸か、銀はその呪いが完全に魂を澱ませてしまう前に、大社によって救出された。郡千景と明確に対峙してしまった銀が、また命を狙われる可能性は、否定しきれない。

 

 とはいえ郡千景、及び日輪宗の目的は巫女の根絶であるというのが、大社内の一部の派閥の共通認識となっている。当の銀には巫女の力が無い。既に大社に救出され、情報が知られているのであれば、リスクを許容してまで、一度逃し、警戒されている銀に再び迫るだろうかと、懐疑的な意見を持つ者も少なくなかった。

 

 それでも、大社は銀を讃州で護衛することを決定した。三ノ輪銀が生きている。少なくともその事実は、既に奴らにも知られている。たとえ両親の承諾が得られなくても、この決定が覆ることは無い。この訪問は儀式としての意味しか持たない。

 

 銀がそれを理解していたわけではない。銀は己の意思で、この三ノ輪宅を離れることを決めた。両親と、弟と、離れて生活することになる選択を躊躇わなかった。家族を巻き込みたくない。そんな綺麗な理由は、もしかしたら副次的なものだったかもしれない。

 

 

 そして、引っ越し前日。銀は荷物をまとめていた。

 

 思いのほか私物が少なかったため、大して時間はかからなかった。そもそも、必要なものは全て大社が用意してくれている。銀はリュックを玄関に置いて、靴箱の上の家族写真にそっと触れた。弟の笑顔。焦がすほどに焼き付けて振り向くと、すぐそばに鉄男が人形を持って立っていた。一年前のこの写真よりずっと大きくなっているのが分かって、なんだか、その場から動けなくなってしまう。

 

 これ、持っていきなよ。

 弟はそう言わんばかりに、こちらに突き出している。

 

 ──勇者仮面。

 

「これ……鉄男の宝もんだろ。姉ちゃんに……くれるの?」

「……こんど返しに来て」

 

 そう言って、すぐに居間に駆けていく。

 少し古びた赤い人形を見て、銀は苦々しく笑った。

 

「アタシ、あんたにはなれなかったよ」

 

 

 *

 

 

「……でか」

 

 日の射す午前9時。讃州の指定された住所に、大社の車から降りて初めて発された二文字。それは小学六年生が一人で暮らすには明らかに大きすぎる、その和風建築の屋敷の立派さから来るものだ。

 

 アタシはボロ家でも良かったんだけどな、とは言わない。ここまで準備してくれた大社の人に、そんな文句を聞かせるほど愚かではない。

 

「ここまでありがとうございます。また何かあったら連絡するんで」

 

 運転を務めた職員にそう告げて、車は去っていく。

 

 引っ越しとは言ったものの、実際、別荘に私物を持ってきたようなものだから、特に作業が必要というわけではない。護衛というのも、数時間おきに近所に住んでいる大社職員が見回りをして、アタシが現状報告を指定のスマホから行うだけだし、庭の手入れをするお手伝いさんがいること以外、ただのセキュリティ性の高い立派な家だ。

 

 必要なことなんてない。新生活に胸を高鳴らせる意味も無いし、気合を入れてこの町に適応する意味だってない。アタシはここから学校に通って、日常を送ればいいだけだ。そう胸の内で呟いて、敷居を跨ごうとした。

 

「こんにちはー!」

 

 そこで、何やら朗らかな少女の声が耳に響き、アタシは振り返る。

 

「もしかして、あなたがここの家に住むの?」

「あ、うん」

 

 そこにいたのは、赤い瞳に、赤い髪を後ろで束ねた、同い年くらいの少女だった。なぜか、赤い仮面の勇者の姿がチラつく。そのハツラツとした笑顔を見ると、なんだか魂が照らされたような、言いようのない暖かな心地がした。

 

「じゃあ新しいお隣さんだ! あ、私は結城友奈! よろしくね!」

 

 そう言って右手を差し出される。アタシは促されるまま、その手を取った。

 

「三ノ輪……銀」

「銀ちゃん! かあっこいいなまえだね!」

「あ、ありがと」

「そうだ! この辺よく分からないでしょ、なんだったら案内するよ! まかせて!」

 

 アタシは握った手を見て、目の前の少女の笑顔を見て、瞬きして、自分でも気付かぬまま頷いていた。

 

 後にして思ったことだが、移動して直後のこの流れるような誘導、日輪宗の刺客である可能性もあっただろうに、そんなこと露ほども考えなかった。結局アタシは荷物を玄関に置いて、友奈と讃州に繰り出していく。

 

 赴いた先は、七弦公園という、讃州のちょっとした観光スポット。満開の桜が、出会いを祝福するように楽しげに舞っている。

 

「そうか、もう桜の季節なのか」

「そうだね! 桜っ! て感じ! あ、そういえば銀ちゃん、卒業は向こうでしたの?」

「一応ね、式は出られなかったけど」

「そっかあ、大変だったね」

「……そうでもないよ」

 

 途端に歯切れの悪くなったアタシに、友奈は少し首をかしげて、また笑った。

 

「銀ちゃん、讃州中学だよね!」

「うん、そう聞いてる」

「やったあ! じゃあ、一緒に登校出来るね! 楽しみになってきたなあ、中学校!」

「……うん」

 

 アタシは笑顔を無理やり捻り出して笑った。

 焦りに似た何かがあった。

 

 アタシは、既に友奈が好きになっていた。出会って数時間しか経っていないのに、もう、傍にいるだけで安らぎを感じてしまうほどに。これから一緒の中学で、同じ時間を過ごすということに、喜びを感じてしまうくらいに。

 

 ──でも、それってなんなんだ? 

 

 まだ幼かった鷲尾須美という少女の母を死なせ、危機を知りながら彼女を救うことも出来ず、乃木園子という無二の絆を切り捨て、家族から目を背け、偽りを隠す為に姉であることを放棄し、あらゆる責任を果たせぬまま、そして、移り住んだ別の町で、新たな友人と楽しく中学生活? 

 

 そんなの、狂ってる。

 

 でも……でも、それを、移り住んできて右も左も分からないアタシのために手を差し伸べてくれた友奈に、それを言って、遠ざけて、友人との通学を夢想して胸躍らせているこの笑顔を裏切ることが、本当に正しいのか? 

 

 違う。アタシは、友奈と一緒にいる言い訳が欲しいだけだ。友奈は何も知らないんだ。アタシがどんなやつかなんて。だから、これは違う。これは違う。違う。違う。違う違う違う違う違う違う違う違うちが──

 

「あ」

 

 その声とともに、ぐぎゅるる、という奇怪な音色が聞こえて、アタシは現実に引き戻される。

 

「あへへ。お腹鳴っちゃった。もうお昼だし、帰んなきゃね」

「あ、そ、そうだな」

 

 しどろもどろに返答する。

 結局、何も言えやしなかった。

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