結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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あらすじ
友奈は銀を受け入れた。けれど銀は銀を受け入れない。
答えの見つからぬまま、天空の鳥居から讃州の街を見下ろす。そこに現れた同じ中学の先輩である犬吠崎風は、銀に一つの答えを提示するのだった。


第三十七話 柚希と歌野

「あっあの……柚希先輩、すっ、すすす好きです! こっ、今度デート、行きませんか!」

「……え、あ、え、うん」

「えっ、あっ、じゃじゃじゃあ、後でメールしますっ!」

 

 茹でダコみたいな顔で走り去って行く。立ち尽くす自分。死角からヒューヒューと揶揄う部下たちの声が聞こえてきていた。

 

 

「……好き。好きか。……うーむ」

 

 霊量シミューレーションでようやく安定して適正値を観測出来るようになり、我々はようやく山場を越えた。しばらくぶりに自家用車で帰宅する最中、その二文字を何度も反芻しては、あーとかうーとか、意味の無い唸り声が口元から漏れ出ていく。

 

 それにしても突然だった。いや、このタイミングを待っていたのかもしれない。

 

 告白してくれたのは、土居ちゃん。土居環ちゃん。近所に住んでいた三歳年上の私に、昔から懐いてくれていた彼女。同じ大学に来た時は驚いたけど、今にして思えば私を追ってきたのだろうか。それは考えすぎ? でも告白されたしな……。

 

 ……私はどうしたらいいんだろう。そもそも土居ちゃんのこと私は好きなのか? いやそんな風に思ったことは無いはず。じゃあ断るべきか? ダメだあ土居ちゃんが泣いてしまう。というか付き合うって何。何をすればいいんだ。て、手を繋ぐ……とか? 

 

 てか……私が……恋愛……? 

 ……なんか中学生みたいだな。私。

 

 なんて、しっちゃかめっちゃかな頭の中ではあるが、見えてきた自宅。久しぶりの運転で自信のなかった駐車も何とか済ませ、私はドアを開ける。

 

「お帰りなさいませ、柚希様。お荷物お持ちします」

「ああ、うん。いつもありがとね」

 

 とんでもございません、と微笑む使用人。私は荷物を預け、並んであの部屋の襖を開けた。

 

「ここんとこ帰れなくてごめんね、お母さん」

 

 使用人は荷物を置き、気を遣って静かに部屋を出る。私はベッドの横の椅子に座り、その手を握った。

 

 冷たい。当たり前だ。だって木なんだから。

 

 顔の人間の皮膚が残っている部分は半分にも満たない。全身の七割が木製のそれに置き換えられている。

 

 意識は無い。呼吸はしている。魂はそこにあるが、もう人間のものでは無くなっている。完全に木となった父は、地神連宮の一角に埋められてしまった。

 

 両親は共に神力研究者だった。その背中を追った私は、助手として研究棟でのアシスタントを任されるようになった。私は父に概念武装技術の前身となる理論を提案し、その次の年にはそのモデルがある程度出来上がっていた。驚嘆すべきスピードだった。

 

 私達は舞い上がっていた。だから止まれなかったし、誰も止めようなんて思っていなかった。長年蝸牛の歩みで行き詰まっていた神力研究に、ここにきて革命が起きようとしていたのだから。

 

 そして事故が起こった。少女を用いた実装フェーズで、致命的な欠陥が発覚した。

 

 気付いた両親は中止を指示し、しかし殆ど手遅れだった。自らの手で少女を剣から引き剥がそうとした二人は、少女諸共人間ではなくなってしまった。

 

「あのさ、ようやく仕事が纏まりそうなんだ。もし全部に片が付いたら、私、お母さんを戻せる方法を探すよ。だから、もう少しだけ待っててね」

 

 呟き、立ち上がる。着替えを持って浴場に向かった。

 

 

「しっかし……どうするかな」

 

 たはーと息を吐き、窓から夜空を見上げる。やけに立派な満月で、なんだか少し気分が良かった。

 

 ああ、実際、私は嬉しかった。

 

 両親を否定したくなくて、自分を否定したくなくて、脇目も振らずただ概念武装の完成だけを目指してこれまで走り抜けてきた。世界を救う為なんだからと、危うい理屈を背中に載せて。

 

 実際問題、私には三人もの命を奪ってしまった罪と責任があって、それもかなりの割合で自分に非があるわけで。

 

 だから、自分に誰かから好意を寄せられるなんて考えても来なかったし、そんなことが起きたとしても、その気持ちに応えることは出来ないだろうと決め付けていた。

 

 土居ちゃんはこのことを知っているのだろうか。いや、知らないわけは無いか。知ってて研究棟の自動ドアの前に立ったんだ。あそこで働くとはそういうことだ。

 

 ……なんだか。

 その信頼も好意も、私という存在が得るべきなのか甚だ疑問だな。土居ちゃん、可愛いしきっとモテるだろうに。

 

「……まあ、考えても仕方ないか」

 

 今のところ、自分にあの告白を断る気はないらしい。

 私は目の前にある幸せをわざわざ踏みにじるような馬鹿じゃないし、自罰的でも無い。意地汚く餌に手を伸ばす穢れた大人だ。それだけは何となくわかった。

 

 よし、とりあえず、デート、行こう。

 そう決めて、私は浴場を出た。

 

 

 そして夕食を平らげ、私は吸い込まれるようにベッドに潜り込んだ。ここ最近の疲れが一気に吹き上がってきたらしく、もう、抗おうにも困難を極める睡魔に、無心で身を委ねた。

 

 

「あ、柚希さん。今日は早めにご就寝なされたんですね。蕎麦食べます? 諏訪の蕎麦は絶品ですよ」

 

 気づいたら、またあそこだった。既に神社の中にいて、目の前で見知らぬ誰かが蕎麦を啜っている。この声は、確か、白鳥歌野とかいうやつの。

 

「電話じゃなくてもいいのかよ」

「ああ、あれは私のノスタルジーですよ。知ってます? 蕎麦の花言葉。『懐かしい思い出』だそうですよ」

 

 何言ってんだかさっぱり。まあ、立ってるのもなんなのでテーブルに向かって座る。ご丁寧に座布団まで敷いてあり、少しイラっと来た。

 

「そんな顔しないでくださいよ、別に嫌がらせで来てるんじゃないんですから」

「……」

 

 じと。そんな目で顔を見てから、少し驚いた。

 どこからどう見ても中学生かそこらだ。まさかここまで若いとは思っていなかった。……なんて目を丸くする自分をよそに、ずぞぞーと啜って満面の笑みを浮かべる。こいつ……しかし……。

 

 目線を降ろす。諏訪の蕎麦と言ったか。薄く濁った細い麵。しかしそれでいて艶やか。鼻腔をくすぐる少し塩気のある麵つゆの香り。傍らに添えられた数多の天ぷら。

 

 諏訪……確かタケミナカタが住まう神代よりの大社があった場所だったはず。地力に恵まれ、山の幸に富んだ豊かな地域と名高い──

 

 ……食ってみるか。

 

 箸を手に取る。麺を少しつまんで、浸し、うどんの如くいざ──

 

「……うまいな」

「ふっふっふ……麵はうどんだけじゃあないんですよ」

 

 満足げに、しかし当然とばかりにそう言い放つ。この敗北感も今となっては些事だ。既に夕飯を済ませているはずの私は、ざるが軽くなるまで箸を決して手放さないと誓う。

 

「あ。そういえば、私お前のことすっかり忘れてたんだ。ここに来るまで」

「そうでしょうね。見た夢は大体忘れるものです」

「それでいいのか? お前この間何か言いかけてたろ」

 

 咀嚼の合間に投げかける疑問。あの変な石を御守り代わりに持ち歩いていなきゃ、こうして話だってできないって言っていたはずだ。

 

「良くないですよ。でもまあ、最低限大事な時に思い出してくれれば、とりあえずそれでもいいんです」

 

 箸を置き、少し真剣みを帯びてこちらを見る白鳥。私は構わず天ぷらに嚙り付く。

 

「約三百年前、西暦の終わりの終末戦争の際、人間達は疑問に思ったはずです。なぜバーテックスは神樹を攻めなかったのか。そうすれば、地上なんて簡単に制圧できたはずなのに」

「……神樹とて全く自衛出来ないわけじゃない。だから先に勇者を潰すってことじゃなかったか」

「そう。神樹はあくまで、根之堅州国という依代を借りている神々の群衆。それは人類を守るための一形態であって、その気になれば槍にも剣にもなれる」

「……何が言いたい?」

 

 ざると皿を空にし、箸を置いてその目を見る。白鳥は蕎麦湯の入った湯飲みを二口どこからか取り出し、ひとつを私の前に置いて、ゆっくり飲みながらまた語る。

 

「私たち月は約三百年の間、つまり終末戦争の時から天と戦争をしています。敵はたった一柱の神。どれだけ痛めつけようと、やまびこのように帰ってきて、気付けば裏側まで戦線を上げられてしまっている。月が滅ぶのも、もう時間の問題です」

「……それは……なるほど」

 

 どう返せばいいのか、変に言い淀んでしまった。

 大社はもちろん、神代から月について知っている神は地上にはいなかったらしい。だからそこで争いが起こっていても、そうなのか、としか言いようがない。

 

 要するに、月は人間のせいで地上の神々の援軍を受けられなかったってことだろう。神が人間の犠牲になるなんて、きっと向こうからしたら業腹ものだろうし。

 

「別に柚希さんが落ち込まなくたって良いんですよ。私だって月だって、人間のことは結構好きですし。私もともと人間ですし。だけど私たちが踏ん張れなくなったら、きっと天は次に地上を狙うでしょう? だから、私たちはあなた達に気を付けて、って言いたくて、欲を言えば仇を討って欲しいんですよ」

 

 ほう、と息を吐いて、湯飲みを戻す白鳥。

 そんな様子を見ながら、しかし私の眉間は険しくなった。

 

「仇か……神でも太刀打ちできないやつに、私たちが勝てるとは思えないが」

 

 言い終えたところで、ふと空間がゆらぐ。前と同じで、きっと時間が来たんだろう。

 

「手はまだあります。月が消えるその間際に、もう一度だけお話が出来るはずです。ですから、月の石、肌身離さず持っていてくださいね」

 

 白鳥は立ち上がり、微笑む。その顔も声も、既に油絵みたいに判然としない。

 

「なあ……蕎麦、ありがとな」

 

 聞こえているか分からないし、そう言えているのかも怪しかった。でも、伝えるべきだと思った。

 

 今の話が本当なのかは確かめようがないけれど、その麺の味は真実だった。そんなんで、と他のやつは感じるかもしれないが、それ以上に信じられるものなんてこの世のどこにもないんじゃないかって気がした。暴論だってのは分かるが、そこまで的外れとも思えない。

 

 で、私は人間なんだから、そこはちゃんと感謝しとかなきゃだろ、と。

 

「お互い、頑張りましょう!」

 

 そこまでの意図が白鳥に届いたのかは知らない。けれど、その溶けゆく笑顔に、少しだけ許された気がした。

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