結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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あらすじ
復讐は終わった。生きる意味も潰えた。それでも、少女は生きるべきだと訴える。気力の果てた園子は、言われるがまま帰路に立つ。
一方、バーテックスから神樹を守る衛士達。まずは勇者伍号、結城友奈が出発し、大型を砕いていく。


第四十六話 精霊弾

「いよいよ終末イブニングですね、柚希さん」

「ああ、そうだな」

 

 敬精霊地神連宮、神力研究省研究棟入り口前。ビニール傘を差して曇天を見上げる伊予島柚希の両眼には、雲の向こうからぼんやりと輝く紅蓮の光が反射している。

 

「御覧の通り、既に月は太陽と見分けがつかないくらいの灼熱の星になってしまいました。核にも大穴を開けられてしまってまして、いやはや、デジャヴって怖いですよ」

「デジャヴ?」

「ああいえ。実は私、もともとこの世界の住人じゃないんですよ。故郷でも似たようなことがありまして。……まあ、やっぱり、慣れないですよ。世界の終わりというのは」

 

 柚希は重々しく息を吐いて、踵を返し、傘を畳んで、研究棟の中へと戻っていく。

 

「なあ歌野。お前、前に“手はある”って言ったろう」

「ええ。三ノ輪銀という少女と、概念剣・現世。あの神を倒しうるものは、それだけです」

「……なんとなくそんな気はしていた。あの剣のフレームと、月と神々を焼き尽くす煉獄。そして霊量が安定しなかった原因。天の支配者は、もはや“天照大御神”ではないな」

 

 柚希は、実験ホールに立ち入り、ガラスケース内で浮遊する炎の剣を見つめる。

 

 それは自らを縛り付け、駆り立ててきた歪みの権化。家族を奪い、少女の命を断った、忌まわしき罪の象徴。

 

 けれどその刀身の煌めきが、今はどうしてか、縋りたくなるほど暖かくて。

 

「柚希博士、貴方の憂慮は存じています。私としても、何が正しいのかは判断が難しいところです。ですが、これだけは言っておきます」

 

 柚希を案じ、歌野はそう切り出す。

 しかし柚希本人は、もう迷ってはいなかった。

 

 逡巡し、苦悩し、躊躇う仮面は、人間としての一かけらの良心の投影。けれどその魂は、無情にも、即座に答えを指し示していたのだから。

 

「……世界が滅びる景色というのは、本当に本当に悲しいんですよ」

 

 

 *

 

 

「痛いっ痛いいいいい!!!」

「ああ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!」

「はあっ、助けて、助けて隊長、無理、無理!」

「痛い痛い痛いああ、痛い、ああ、痛いいいい痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!」

 

 衛士隊、現在の陣形は“長篠”から“槍衾”へと既に変形している。星屑の侵攻は勢いを増し、戦線は護盾隊の霊壁まで既に押し上げられてしまっていた。

 

 霊壁を突破されてしまえば、残るは神樹の根による結界のみ。霊壁は実質的な最終関門である。

 

 故に。なんとしても突破させてはならない。

 

 護盾隊の足首は神樹の根によって地に縛り付けられ、手首は大盾に直接埋め込まれている。手首の骨が折れたとしても、彼女らに圧力から逃れる術はない。もし護盾隊が少しでも力を抜けば、人体はくの字にへし曲がり、無防備のまま星屑達に犬食いにされることになる。

 

『芽吹ちゃん、私、やっぱり、そっちに』

「友奈。あと何発撃てるの?」

『……キック二発、パンチ一発』

「てことは、あとキック一発だけか」

『……撃てるよ。一発や二発くらい、オーバーしたって』

「隊長の命令に背くことは許さない」

 

 そう言って、芽吹は通信を一方的に遮断する。

 銃剣を持ち直し、蠢く白い群体に向け弾丸を放つ。着弾し弾ける白い塊。当然、もはや何の意味もありはしない。

 芽吹は部下の叫びを浴びながら、無言で盾を展開し続ける加賀城雀をちらりと見る。

 

「雀。一番隊副隊長は別の隊のフォローに周っている。だから貴方に本隊の指揮権を委譲する」

『……勘弁してよ~断れるわけないじゃんか』

「ありがとね」

 

 そう言って通信を切る。ポケットに入れていたリボルバーに、足元の箱から取り出した紫色の弾を込めた。

 

 この戦はタワーディフェンスである。追い詰められ、戦線をこれ以上ない所まで後退させられてしまった時、起死回生の何かを用意しておくのは当然。

 

 芽吹は霊壁を乗り越え、星屑のクラスターに単身飛び込んだ。空中で銃剣を乱射し、無理やり作り出した空間に片腕をついて着地。即座に星屑達はぎゅるりと向きを変え、立ち尽くす少女を取り囲む。

 

 芽吹はそれを意に介さず、己の頭蓋に銃口を押し当て──トリガーを引いた。

 

 鳴り響く銃声。血飛沫を巻き散らし、ばたりと倒れる鎧の少女。直後、その身体から異常な量の煙が噴き出し、禍々しい巨大な九尾狐の化身が空間を支配する。

 

「芽吹……」

 

 二番隊隊長にして総副隊長、三好夏凜は、固唾を飲んでその様を見つめている。

 

 かつては芽吹と総隊長の座を競い、敗れた彼女。もしそれが逆の結果になっていたら、あれを使用していたのは夏凜だった。

 

 精霊弾。

 

 そう銘打たれた弾丸は、かつて研究が進められていた“精霊降ろし”を用いたもの。

 

 精霊降ろしは、高い攻撃力をもって大型を討つ、勇者に適用されることを想定していた。しかし、魂の汚染に加え、肉体への多大な負荷という致命的な欠陥があり、概念武装の実現によってたちまち時代遅れとなってしまった。

 

 だが、精霊による高い制圧力には使い道がある。勇者ではなく、量産型である衛士が、一時的にも、勇者並みの力を発揮することが出来たなら。

 

(私は、本当は勇者になりたかった)

 

 動かない身体で、ぼうっと胸の内で呟く。

 別に、衛士が嫌ってわけじゃない。ただ、私は、唯一無二の、他とは違う何かになりたかった。

 

 自分にはその能力があって、それに対する努力だって惜しまない。だから、勇者になるべきは私で、それが当然だと、そう思っていた。

 

 でも、それはただの我儘だ。

 勇者としての能力は、実際、私よりずっと優れている人が何人もいて、私は、ただの平凡な一般人だった。

 

 井の中の蛙大海を知らず。私は父のような選ばれた優秀な人間ではなく、努力は全てを覆せる魔法では無く。

 

 それなら、私は一体、何者なのだろうかと。何になら、なることが出来るのだろうかと。

 衛士の仲間と訓練をしながら、常に考え続けてきた。

 

 結論として、私はどこまでいっても、無駄にプライドが高いだけの、承認欲求の塊でしかないのだった。

 

 何故勇者になりたいのか。選ばれし者だから。優秀さの証だから。一番強いから。

 

 父の隣に立てると思ったから。

 

 だから、勇者以外は全部無意味で、誇れるわけがないのだと。

 今ならわかる。それがどれだけ幼稚だったのか。

 

 車輪の下敷きになるな。誰かが言ったその言葉を胸に秘め、駄々をこねていた。

 

 車輪。それは自分自身だった。偉くなりたい。尊敬して欲しい。自分を凄い奴だと思いたい。そんなくだらないものに押し潰され、点数や肩書という、誰かが用意したハリボテに振り回されて。

 

 本当にくだらない。

 

 でも。

 それでも。

 意味なんてないと分かっていても。

 

 私は、勇者になりたいという、その空っぽの思いを、何故か捨てきれなかった。

 

「あ……あが……」

 

 全身の孔という孔から、命そのものが漏れ出ていく。霊鎧は深紅に染まり、視界の全てが炎に包まれている。塞いだ蛇口から噴き出すように、口元から血飛沫が舞う。精霊弾によって拡張された生命力が、無尽蔵にも思えるほどの血液を次々と生成していく。

 

 そして、その全ては、九尾の化身の眼前に集約し、固まり、やがて一つの巨大な石となる。

 

「砕……き……殺し……! 全ては、人の生の為に……!」

 

 震える右手で、俯せのまま、顔を覆いながら叫ぶ。

 

「解き放て──玉藻御前!」

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