結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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棄てられた星

 その者は最後の扉のドアノブを回し、俯いた少女の姿を捉える。瞠目し、少し迷って、ひさしぶり、と困ったように笑いかける。 聞いた少女は顔を上げ、唇を震わせ、その者に縋り付いた。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 それにその者は微笑んで、ただ肩を抱いた。

 お前は強いなと、そう呟いた。

 

 

 ───────────────────────

 

 

 広いリビング、新型の薄型テレビ、掃除ロボットに、高い天井。部屋だって三部屋以上あって、大きな窓からは川が見える。そこに、(ステラ)の名を与えられた少女が暮らしていた。

 

 紅と紺碧のオッドアイに長い黒髪で、母親譲りの美貌を持っていた。

 

 両親は優しくて、少女は愛されていた。

 欠けているものなんてなかった。

 

 けれどある日から、両親の帰りが遅くなった。少女は不安だった。だから尋ねた。けれど、両親は笑って大丈夫だと繰り返す。

 

 少女はいい子だった。だからそれを信じ、待った。

 家具が次第に消えていくその部屋の様子に違和感を感じることも無く。

 例え、10日以上も、ふたりが帰ってこなかったとしても。

 

 彼女は待ち続けた。

 

 その後ようやくインターホンが鳴って、彼女は鍵を開け、けれどそこに居たのは顔も知らぬ男。

 

 

 嬢ちゃん、パパとママは? 

 いない。

 ちょっと上がってもいいか? 

 うん。

 

 

 男は少女の頭を少し撫で、靴を脱いでリビングに立ち入り、その光景を見てこう言った。

 

 お前さん、棄てられちまったな。

 

 これに少女は目を見開き、男の顔を縋るように見つめた。

 男は罰の悪そうに目を逸らして、部屋を出て誰かに電話をかけた。

 

 部屋に一人残された少女の心臓が、恐怖に怯えて肋骨を打ち始める。その感覚をいま初めて知る。助けを求めるように周囲を見渡すと、傍にあったゴミ箱の底に、かつて両親にプレゼントした星型の折り紙があった。それを手に取って、ようやく彼女は理解した。

 

 私は間違えたのだと。

 私は、きっとなにか悪いことをしてしまったのだと。

 そして、もう取り返しがつかないのだと。

 それが受け入れようもない、少女の現実だった。

 

 

 少女ステラは、「ひだまり寮」という児童養護施設に入ることになった。

 

 古くみすぼらしい建物。二段ベッドだけでスペースが殆どない自部屋。風呂もトイレも汚らしく、プライベートなんてなくて、ここで暮らすと知った彼女は、鬱屈とした惨めさで押しつぶされそうな気分だった。

 

 けれど、そこで住まう者達にとってそこは唯一の家であって、その空間に対する嫌悪感を滲ませる新入りを、彼等は快く思わなかった。

 

 彼女は時間と共に自尊心をすり減らしていく。両親との日々。自らの過ち。そればかりを胸に抱えて眠りにつく。再び喪うことに怯え、回避行動ばかり選ぶようになった。

 

 差し伸べる手に沸き立つ心も、すぐに恐怖が塗りつぶしていく。似通った境遇の子供達がそこに居るのに、自分は彼等とは違うのだと、自らの世界に閉じこもっていく。

 

「棄てられステラ」。

 ついにはそう呼ばれるようになり、誰も彼女に声を掛けなくなった。

 

 早くここから出られたら。

 居場所の無い少女は、そんな願いを持ち始める。その方法は、自立するか、引き取り手を見つけるか、そのどちらかしかない。だが、その時点で6歳を越えていて、後者はやや望み薄だった。

 

 そうして、一年が経過した頃。とある映画プロダクションから、子供たちの映像を撮りたいという取材が来た。

 

 “生まれてきてから、誰かの役に立ったことなんてない”

 

 そのセリフを、ひだまり寮のみんなが、オーディションのようにしてなぞっていく。

 

 そうしてただ一人選ばれたのが、さゆりという、ステラと同年代の少女だった。前髪の一部が白髪になっている、珍しい特徴を持っていた。そしてさゆりは一か月後、一人の監督に引き取られることが決まった。

 

 ステラは、さゆりという少女を、その時初めて認知した。ステラの少し前にひだまり寮に来た子で、今までずっと近くにいたはずの彼女の存在に、ステラは全く気付いていなかったのだ。

 

 ステラは、一か月の猶予の間に、さゆりという少女を観察し始めた。彼女を模倣すれば、まだ誰かに引き取られるチャンスがあるかもしれないと。そして、分かったことがあった。

 

 似ていた。ステラと。自分がもう一人そこに居るようだった。

 誰とも言葉を交わさず、そこにいる人間の視界の外に身を潜め、笑うこともなく、周りの変化に興味を示さず、ただ、そこで静かに呼吸をしているだけ。

 

 ステラはそれを見て安堵するのではなく、耐えがたい不快感に苛まれた。その生き方が、とてもおぞましいものに思えた。そして、それと全く同じことを自分がしていることが、酷く受け入れ難かった。

 

 そして、ステラはさゆりを一切見なくなった。元々いない人物として蓋を閉めた。

 

 その後、さゆりがひだまり寮を去って間もなく、里子を探す夫婦が訪ねてきた。目的はステラだった。

 

 何度か面会をした。愛想よく振舞った。一緒に住みたい意思を示した。本当はただここを出たいだけだった。眠れない日々が続いた。自分の本心が見抜かれている気がした。自分を引き取りたい人間なんて、この世に存在しないんじゃないかと常に考えていた。

 

 結果、ステラはその夫婦の下で暮らすことが決まった。それに伴い、『ひだまり』のある香川から離れることも。

 

 その後ステラは、夫婦の家へと向かう特急内で二人に尋ねた。なぜ自分なのかと。

 

 里母は言った。その白い髪を見て、可哀想だと思ったのがきっかけだったと。意味が分からず、ステラは里親の家の鏡を見て、唖然とした。

 

 そこに映っていたのは、ほとんどさゆりそのものだった。

 

 ステラはそこにあったハサミを手に取り、震える手で根本から刃を通し──里親の顔を思い出してやめた。

 それから、ステラは鏡が見れなくなった。

 

 

「はあ、ああ、ぐうううううう……うう、あああああああ……」

 

 シャワーを浴びながら、両手で長い髪を握り締める。

 綺麗な部屋、優しい二人、美味しいご飯。

 欠けているものなんてなかった。

 だから幸せでなくてはならなかった。

 

 だけど。里親の笑顔、頭を撫でてくる柔らかい掌。それが、どうしようもなく、気持ち悪かった。

 

 二人と話していると、ぐちゃぐちゃになった肉の塊が体の内側で暴れ狂い、全てを壊したくなる。出された料理を地面に投げつけたくなる。眼球を抉り出したくなる。その細い首を思いっきり締め上げたくなる。包丁で内臓を引きずり出したくなる。

 

 分からなかった。自分がおかしいということは分かるのに。

 なぜ、優しい二人がこんなにも憎いのか、どうしても理解できなかった。

 

 こんなことを考えている人間が、こんなことを感じてしまう人間が、周囲に存在するはずがない。

 相談なんて誰にも出来ない。

 

 化物だ。私は化物なんだ。

 人間にならないと。

 人間になりたい。

 

 

「子役になる」

 

 私はそう言った。

 少し前に、スカウトで渡された書類を見せながら。

 

 里親は目を丸くしていたが、やりたいなら応援すると二人は言った。私は泣き出してしまった。そうじゃないんだよと叫んだ。両親はわけも分からず慌てふためく。私にも分からなかった。

 

 子役になって間もなく。私は経歴なんてないのに、いきなりCMに出演することになった。生まれながらのオッドアイに一部の白髪。手っ取り早く話題を作るには、私の容姿は余りにも都合が良かったのだ。

 

 演技も並、愛嬌もなく、コネクションも持ち合わせていない。それら全てを、外見というひとつの要素で凌駕する。その歪さを理解していながら、私は、それにどこか安心していた。

 

 内容は、おむつのCMだった。姉である私が、慈愛に満ちた顔で妹におむつを履かせてやる。

 

「おやすみ、親指姫」

 

 私がそう言って、CMが終わる。

 新人にも関わらず、莫大なギャラが入った。美しすぎる小学生──そんなフレーズで、一躍有名人になった。

 

 私はそのCMを里親と見て、反応を期待しながら確かめた。

 

「すごい」「がんばったね」

 

 そう言って私を褒めた。誇らしげだった。

 いつもと同じだった。

 私は子役を辞めた。二人と一切会話をしなくなった。

 

 

 少しして、小学5年生の時、私は転校した。里父の転勤先は、古巣である香川県。

 

 前の学校では、私はヒエラルキーの中で頂点にあった。一挙手一投足が肯定され、教師たちも私の味方だった。物静かで受動的な私でも、勝手に人が集まってきた。それは、香川でも変わらなかった。

 

 自己紹介の時点で教室が沸き立った。休み時間になると、殆どすべてのクラスメートが私を囲んでくる。

 

 いい気分だった。

 けれど、ただ一人、自席で項垂れている者がいた。

 私は立ち上がって、その子の顔を覗き込み──絶句した。

 

 さゆりだった。

 

 せり上がってくる液体が零れ落ちぬよう両手で閉じて、私はトイレへと駆け込んだ。ぼたぼたと朝食が流れていった。やがて視界が薄暗くなって、身体が動かなくなって、耳鳴りがして、全てが遠く聞こえて、眼を開けているだけで辛くて。私は便座に突っ伏して、休み時間が終わるまで動けずにいた。

 

 青い顔で教室の扉を開けると、まだ教師は来ておらず、授業も始まってはいなかった。そもそも授業どころではなかった。一人がさゆりの髪を引っ張り、罵詈雑言が彼女ただ一人に浴びせられていた。私は全てを理解して、声もなく笑った。口角が吊り上がっていくのが止められなかった。だから、すぐ隣で私を見ているその姿に気付かなかった。

 

 小麦色の髪、凛々しい眼に私を映す、身長の高い女子。明確に、静かに、怒りを見せていた。

 

 教師が廊下からやってきて、彼女はその場を立ち去った。

 翌日、さゆりは完全に終わっていた。

 机はズタボロ、椅子は棄てられ、ロッカーは虫だらけ。教室に入ってきた時点でびしょ濡れ。

 

 私は何もしていない。けど、私が引き起こしたことだ。だから爽快だった。私は何も言わず、ただ笑ってそれを見ていた。それを止められるのが私だけだということは分かっていた。だから愉快だった。

 

「小百合、タオル持ってきたぞ」

 

 そう言って、こちらの教室に入り込んでくる別クラスの少女。昨日、私の横に立っていた彼女だった。彼女は捨てられた椅子を戻して、さゆりの頭を包み込む。そのまま、教室の隅で固まる私達を思いっきり睨みつけた。

 

「乃木若葉じゃん」

「うっざ。別にあたしらじゃねーし。ね、ステラ様?」

「うん」

 

 適当に相槌を打つ。

 乃木若葉……か。

 

「あの子とさゆりって、どんな関係なの?」

「あー、なんか幼馴染らしいよ。てかずっとべったりなんだよねあの二人。さゆりが社不すぎて過保護ってかほぼ介護って感じ。ちょっと傍から見ててもキモイわ」

「……ふーん」

 

 

 その夜。ベッドの中で考えるのは、乃木若葉のことだった。

 幼馴染。今までずっと一緒。

 バスタオルで包み込むその両手。

 

 ……欲しい。

 あの子と私が、同じだというのなら。

 あれは、化物の私でもずっと一緒に居られる、この世で最も特別な存在。

 

 あの子が持っていていいはずがない。

 私があの子と同じでも。あの子より私はずっと上。

 私はあの子より偉くて凄い。

 

 だから。

 私を、あのバスタオルで、包んで欲しい──

 

 

「ねえ知ってる? 乃木若葉いるじゃん。あいつ、四組の男子殴って青アザ作ったらしいよ。さゆりがどうとか言って」

「ヤッバ。やっぱ頭おかしいんだ」

 

 朝礼前、沸き立つ取り巻きたち。私はこう切り出した。

 

「実は私も、乃木さんに……」

「「「えっ!?」」」

 

 そう言って、私は袖をまくる。痛々しい青アザがあった。当然、これはメイクで偽装した紛い物。

 取り巻きは気付かず怒り狂い、乃木若葉の凶行を真実としてばら撒いていく。

 

 

「油断しただけだ。次は勝つ」

「……若葉ちゃん」

「気にするな小百合。私は強いからな。だろ?」

 

 体育倉庫からそんな会話が聞こえてくる。

 乃木若葉は負けたのだ。私の人脈と信奉に。

 

 これは布石に過ぎない。さゆりと乃木若葉の仲を引き裂く、その一歩。いずれどちらかが気付くはずだ。二人は、一緒にいるべきでは無いということに。

 

「ひなたちゃん、私、ここ、片付ける」

「ひとりで大丈夫ですか?」

「うん。それより、早く若葉ちゃん医務室に連れて行ってあげて」

「分かりました。ありがとうございます、さゆりちゃん」

 

 そう言って、乃木若葉と誰かが体育館から遠ざかっていく。足音も完全に聞こえなくなったところで、さゆりはこう呟いた。

 

「……ステラちゃん、出てきなよ」

「……!」

 

 その呼びかけに応じて、私は物陰から顔を出す。

 どうして分かった? いつから? いい気味ね。ざまあみろ。惨め。全部あなたのせい──

 そんな言葉が頭の中でぐるぐる巡っているのに。

 声が全く出なかった。

 

「思い出したんだ。ひだまり寮のステラちゃん。私と同じ、『棄てられた子』のステラちゃんでしょ?」

 

 お構い無しで続けるさゆり。私はただ立ち尽くす。

 

「私ね……あの後、またあの寮に戻ってきたんだ。引き取り手の二人の、私を見る目がね。どうしようも無く気持ち悪くて。少なくともひだまり寮の人達は、私達のことなんて見てなかったからさ、そっちの方がマシだった」

「……なんっの、はなし」

「私さ。こうしてまたステラちゃんを見た時、思ったんだ。“この子、私と一緒だ”って。ステラちゃんもそうだったんだよね。だから虐めたんでしょ? 気持ち悪いもんね。この世で一番嫌いな人間が、もう一人、同じ空間にいるなんてさ。分かるよ。私も気持ち悪かったもん。人間の出来損ないが、必死で優れた何かのふりをしているのを見るのはさ。不快だったよね。鏡を見続けるのは。怖かったよね。自分の本質を見抜いている人間がすぐそこにいるのは。……だからさ……死んだ方がいいんだよ。私達みたいなのは。そうでしょ? だって人間じゃないもん。みんなの当たり前が理解できないもん。それでみんなを傷付けてしまうもん」

「……だから、ばらすの?」

 

 全身が、氷のように冷え、震える。

 さゆりは私の全てを見抜いていた。その上でただ黙って現状に身を任せていた。

 

 何を考えているのか分からなかった。ただ、私が何を恐れているのかをきっとさゆりは分かっている。

 

 私が化物であると知っているのは、この世に私とさゆりだけ。だから、私は今まで人間の世界で生きることが出来た。

 もし、それがみんなに知られてしまったら。

 

「え? 違うよ。私はお礼を言いたいんだよ」

 

 さゆりは笑った。

 

「私の命に、意味をくれてありがとう」

 

 含みのない、純粋な笑顔だった。

 

「私は悪者だから、ひどいことされるのは当たり前……でも主人公の若葉ちゃんに酷いことするあなたたちも、悪者だよね」

 

 さゆりはしゃがんで、若葉のものと思われる血の滲んだマットに静かに触れる。

 

「若葉ちゃんが負けるとこ、初めて見たんだ」

 

 立ち上がり、血に汚れた指先を唇に当てる。恍惚に満たされたその顔は、確かな幸せを抱く者のそれだった。

 

「私ね……若葉ちゃんだけは、気持ち悪く見えないんだ……だってさ……若葉ちゃんが私を助けてくれるのはね、私だからじゃない……私が『弱くて可哀想な何か』だから……それだけで一緒に居てくれる……最高の友達なんだ……」

 

 さゆりは私の瞳を覗き込む。

 その気持ちまでも暴き。そして彼女は勝ち誇っている。

 乃木若葉は、渡さない。

 そもそも、あなたの物になんてなるわけがないと。

 

「今までお荷物だった私が、一番最初に、若葉ちゃんを助ける人になれる。私は、やっと、悪者じゃなくて、正義の味方になれる。ああ……産まれてきて良かったあ……」

「……っ!」

 

 突き飛ばす。目の前にある鈍色の瞳が、次第に輝きを帯びていくことに耐えられなかった。

 常軌を逸している小百合が。そんな小百合を理解している自分が。

 

 彼女を羨んでいることが。

 おぞましくて、おぞましくて。その場から私は逃げ出した。

 

 

「先に行くね。ステラちゃん」

 

 ──死んだ方がいいんだよ、私達みたいなのは──

 

 翌日、屋上に立つ小百合の目は、こう語りかけてきていた。

 当然、そんなこと、認めたくはなかった。

 でも、自分はもう、一線を越えたのだ。否定することは出来なかった。

 

 さゆりは死んだ。それが化物であったとしても、クラスメートを私は死に追いやった。

 

 この時、異常者が生を許される条件だったものを、破ってしまった。

 

 私は引きつった笑顔をぶら下げて帰宅する。学校で起きた出来事を既に知っているらしく、二人は心配そうに私を出迎える。

 

 ランドセルを外し、お茶でも飲みなさいとリビングに立ち入り、手を引いてくる。

 

 私はその手を振り払い、深く息を吸い込んだ。

 

「私はね……お母さん、お父さん。クラスメートをいじめ殺したの。人殺しなの。その子の机の上に花瓶が置かれていたり、罵詈雑言が描き殴られていたり、頭を踏まれていたり、便所で水を被されたり──そんな所を見て、見下して、安心して、なんの憂いもなく笑っていられる人間なの。その全ての原因が私にあったとしても、それをむしろ悦んでしまうような、最低の穢れた人間なの。本人が死んだ今、その子を悼むよりも先に、それを知った自分の両親やクラスメートの顔を思い浮かべてしまうような、下劣な人間なの!!! どう!? どう思う!? ねえ!? 酷いよね!? 私なんかを引き取って、後悔してるでしょ!? そうなんでしょ!? そうなんだよねえッ!?」

 

 私は叫んだ。

 もう終わりだと思っていた。

 だから、全てをさらけ出してしまわずには居られなかった。

 

 この家に来てから、ずっと抱えてきた肉の塊。

 人間の皮を被った化物としての本質を。

 だが、両親はステラを責めなかった、自分たちのせいだと言った。何があっても、ステラの味方だと言った。

 

 それはきっと嘘じゃない。

 でも、それを信じられるのだとしたら、そもそも私は化物になんて、なっていなかった。

 

「は……何よそれ……意味……わかんない……」

 

 里母は震える私の手を握る。途端に肉の塊がのたうち回る。

 

「触んなよッ!!!」

 

 私は思いっきりその身体を突き飛ばす。里父は里母に駆け寄り、それでも、心配そうな目で私を見つめ続ける。

 それで肉の塊が破裂した。

 自分の身体からそれがはみ出して、ヒトの皮が破られていく。

 

「はーっ……はーっ……! 死ねッ……! 死ねや……! 生きる価値の無いカス共ッ……! 地獄に落ちろ……はーっ……! ……この世からっ! 消え失せろッ!!! カス共が!!!」

 

 私は衝動のまま家を飛び出す。

 目的も無く、ただ細い両足を動かし続けた。

 両親が悪くないのは分かっていた。生きてる価値の無いカス。それはまさしく自分自身だということも、嫌という程理解していた。

 

 両親は、確かに自分を愛していた。その愛が、私には余りにも複雑だった。そんな難解なものを、この世の多くの人間は理解出来ているという事実が、どこまでも受け入れ難かった。

 

 だって、それじゃあ、悪いのは全て七夕ステラ。

 七夕ステラは、この世のお荷物。お邪魔虫。

 だったら、誰に文句を言えばいい。

 誰に縋って前を向けばいい? 

 

 違う。その権利は自分にはもう無い。私は、自分自身で地獄の門を開いてしまった。それに、やっぱり、私は今も、私のせいでこの世から消えた命に、微塵も憐憫や哀悼も抱いてない。

 

 そんな気色の悪い塊を、自分自身の中に留め置け無かった時点で。恩情で与えられたものを、自ら捨て去った時点で。

 

「……」

 

 いつの間にかたどり着いたプラットホーム。私は線路を見下ろして、そこに飛び込むシミュレーションを始めた。

 列車が来ている。これで終わりにする。肉の塊を轢き潰して、もう二度と、蘇ることのないように。

 

「……?」

 

 直前、腕に奔った鋭い痛みに気を取られ、私はタイミングを逃した。

 目の前を通り過ぎていく車両。袖をめくると、赤黒いヒルが私の皮膚に食いついていた。

 

「……はは。私のでもいいんだ」

 

 ヒルを取り除くことはせず、私はその車両にそのまま乗り込む。

 私は、ヒルがどこかに行きたがっているように感じた。

 私は人間じゃなくて、ヒルなのかもしれない。いっそ、ヒルになれるのなら、なってしまいたい気分だった。

 

 スマートフォンに、両親とクラスメートからのメッセージ通知が次々と送られてくる。私はそのsnsアプリをアンインストールして、ただ、ヒルの声に従って進み続けた。

 

 それで。誰も居ない島に辿り着いて。

 そこにただ一匹、力無く這いずっていたヒルを、本能のまま口に放り込み、咀嚼した。

 

 その瞬間に、私は文字通り、人生を終えて。

 新しい過ちを重ねていくのだった。

 自分は人間よりも優れていて、人間は死ぬべきなんだという、都合のいい言い訳を貼り付けて。

 

 だって私は、神なんだから、と。

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