結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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あらすじ
戦線は崩壊。戦場は阿鼻叫喚。故に切り出す札は虎の子。
目覚めしその名は──


第四十八話 ひばりが鳴く

「解き放て──玉藻御前!」

 

 血塗れの少女に応じ、九尾は叫ぶ。同時に、練り上げられた大宝石が甲高い怪音と共に砕け、大雑把に飛散する弾丸と化す。

 貫く。抉る。叩き潰す。星屑の悉くを滅するその礫は、精霊弾による降霊が持続する限り止まることを知らない。

 

 深紅の呪塊、殺生石。その内に込められた符が、主命により捻じ曲げられた。生あるすべてではなく、ただ、星屑のみを、殺すべし、と。

 

 衛士たちの視界に映る景色は、まるで赤ペンキのバケツを世界に流し込んだようで、そこで何が起こっているのか、殆どの者には分からないほど。

 

 そしてわずか数秒の後、山頂は平野に回帰する。弾速、密度、そして威力。戦況を覆すには十分だった。

 

「芽吹!」

 

 総副隊長、三好夏凜は、役目を終えた総隊長に駆け寄り、即座に安否を確認する。脈はあるが、ほぼ虫の息といったところ。意識はとうに果てていた。

 

 精霊弾は、使用者の生命力を消費する。当然、本当に死んでしまわぬよう調整はされているが、これでは安全性なんてものは無いようなものだ。

 

「医療班、今の内に怪我人を治療! それと総隊長の樹海化適応を解除! 急いで!」

 

 夏凜は大声でそう命じ、詰まりきった息を吐く。芽吹の作ったこの時間を、無駄にするわけにはいかない。

 

『ま、まってください!!! 半径100メートル周辺、いやその先にも大量の星屑の気配があります!!!』

「い、いないわよ!? 第一今芽吹が倒したばかり──」

 

 直後、視界を花弁の暴風が覆い隠す。反射的に閉じた瞼を開くと、そこは七色の神界、樹海だった。

 

「完了した──っ!?」

 

 呟き、絶句する。

 周囲に広がる根の隙間に、ぎちぎちに詰まっている白き蠢く異物。その全てが。

 

「夏凜ちゃん!」

 

 友奈が、上空から夏凜のもとに着地。振り向き、その光景に眉をひそめる。

 

 間もなく、周辺が振動する。足元の根にひびが入り、世界そのものが軋み、鼓膜を揺さぶる。断続的に何かが破壊される破裂音と共に、白い巨大な複数の滝が天高く伸びゆく。それらは一つの交点で重なり、集約し、何か大きな球体が膨らんでいく。

 

『ごめんなさい、どうしてか、反応が樹海化完了の直前に……』

「きっと、“張り替え”の合間に潜り込んだのよ。理屈は分からないけど、脆弱性を突かれたのね」

 

 そう言って、見上げる。こうしている間にも、球体はその体積を倍加させている。

 

「……あの高さじゃ、銃剣程度じゃ届かないわ。友奈の拳だって」

「……」

「友奈?」

 

 友奈は黙ったまま振り向き、ひと蹴りで神樹の周囲の外壁を飛び越えた。そのまま着地し、片手を伸ばし。通信機器を傍らに置いて椅子に座る黒髪に、こう言った。

 

「お願い。力を貸して。須美……鷲尾、須美ちゃん」

 

 

 *

 

 

「また会えて嬉しいよ」

 

 黒い泥で靴を汚しながら、乃木若葉はそう語り掛ける。振り向いた黒髪、郡千景もとい、アマツミカ。その片眼は紅に、もう一方は紺碧に輝いている。

 

「質疑があれば応じるわよ。今更意味ないしね」

「お互いにな。まずは、その傷。如何様にして塞いだ」

「この子達よ」

 

 黒髪が開いた掌から、大量のヒルがぼたぼたと泥に埋もれていく。いずれも、太く長くよく肥えていた。

 

「私の車によく張り付いていたよ。迷惑なことだ」

「次は私……巫女なしでどうやって情報戦を出し抜いたの? 終占まではまだ時間があったでしょ」

「呪詛の強化による進行促進、バーテックスによる襲撃。それら全てを見越していたような衛士の配置。そちらからしたら不可解だろうな。しかし種はシンプルだ。鷲尾須美は辛うじて生きていた。それだけさ」

「……ありえないわ」

 

 郡千景は目を細める。若葉は淡々と続けた。

 

「彼女はいわゆる“救世主”だった。巫女と勇者のハイブリッド。神樹と直接双方向のやり取りを行える唯一の存在。その力を使って、彼女は間際に願ったそうだ。母の子守唄をもう一度聞きたい、とな」

「何よそれ……」

「似たようなやつがここにいるじゃないか」

「……ええ、そうね……300年前のあなたも……鷲尾須美も……直接、斬り殺してやればよかった!!!」

 

 刀を抜く。大鎌が舞う。刃は交差し、宿命の終わりが幕を開けた。

 

 

 *

 

 

 ──美森、美森……もう朝よ──

 

「おか……さ……」

 

 手を伸ばし、薄く開いた瞼から、光が差し込んで。

 そこに母はいなくて、腕に、何本も管が刺さっていた。

 少しして、安芸先生がやってきて、こう言った。

 

 どこまで、おぼえてるの? 

 

 よく分からない。分からないけれど。私は、息が出来なくなった。

 分からないのに、どろりとした涙が出てきて、頭の中に、黒く、赤く、ぐちゃぐちゃの何かが、湧いて溢れてきた。布団が崩れて、管がぶちぶちと外れていって、たくさんの人に押さえつけられた後に、また、眠くなった。

 

 その後、だんだん、思い出してきた。

 苦しくなるけど、分からなくなることは無くなっていった。

 だけど、漠然とした不安が、どこまでも纏わりつくようになった。

 

 影。音の無い部屋。自分の背後。お肉。血。暗い部屋。シャワー。お墓。夜。一人。

 怖いものが増えた。

 

 先生から、色々な話を聞かされた。

 天の神。勇者。巫女。神樹。お婆さんから聞かされたように。

 

 鷲尾さんは、どうしたい? 

 

 先生は、そう言った。

 私は巫女でありながら、勇者でもある。世界を守る勇気を、問われていた。

 

 大社館に対面通学を始める前にも、先生にこう尋ねられて。確か私は言った。

 変わりたいと。

 

 私は、そのっちと、銀と、お義母さんと、お義父さんと、お母さんを、思い浮かべて。

 守りたいと、そう答えた。

 

 だけど、だけど。私の概念武装、概念弓・隠世は、ただの一度も、その姿を見せてはくれなかった。

 戦う覚悟。勇者の武器は、その闘志に呼応する。

 私に、戦う強さは、終ぞ宿ることは無かった。

 

 

「お願い。力を貸して。須美……鷲尾、須美ちゃん」

「……そう、言われても」

「私、見てたよ。ずっと、ずっと、訓練頑張ってたでしょ。百発百中。私、見蕩れちゃったもん」

「だけど、隠世は、まだ……」

「だいじょ────────ーぶ!」

 

 友奈さんは、そう叫んで、にしっ、と笑う。

 似ている。

 ──銀。

 

「戦うのは怖いよね。私も正直、出陣前は震えてた」

「友奈さんが?」

「うん。でもね。そういう時は、思い出すんだ。大事な人のこと。大好きなみんなのこと。その人たちの笑顔の為なら、何倍でも、何十倍でも強くなれるって。見て、これ」

 

 言いつつ、友奈さんはスマホを取り出し、その画面を見せる。

 そこに映っていたのは、矢をつがえ、引き絞り、標的を睨み、放つ、私の動画。

 

「なんだか、必死ですね……」

「うん。かっこいいでしょ。怖いものを真正面から見て、辛くて、それでも歯を食いしばってる。そんなに頑張れたのは、きっと、須美ちゃんにもあるからだと思う。勇気の象徴、みたいなものが」

「……勇気の、象徴」

 

 胸の内に、ぼうっと、暖かいものが集まっていく気がした。

 銀みたいになりたい。そのっちみたいになりたい。友奈さんみたいになりたい。みんなみたいになりたい。

 お母さんみたいに、なりたい。

 でも、それは、どうして。

 

「わっ」

 

 友奈さんは私を背負い、神樹様の外壁の上に着地する。上空の球体は、巨大な満開の花の姿に似たものになっていて、その大きさは、十二宮とはもはや比較にもならない域にあった。

 

「絶世の力を使えば、きっとかなりの高さを稼げると思う。須美ちゃんは、私の背中から、全開のやつであれを狙う。完璧な作戦!」

「でも、友奈さん、あと一回しか」

「大丈夫。世界とみんなの為だもん。何回だって飛ぶよ。神様になったっていい」

 

 そう言って、友奈さんは笑った。

 私は、どんな顔をすればいいのか分からなかった。そんなのは、ダメだ。でも。

 

 こんな時なのに、まだ、自信が持てなくて。

 そんな自分が、情けなくて。

 でも、まだ、任せて、って、言えない。

 だから。

 

「私の代わりに、私を、信じて、ください」

 

 友奈さんは力強く頷き、正面に向き直り、そのまま片足に光を収束させ。

 

「勇者ああああああ、キ──────────ック!!!」

 

 爆発する外壁上部。砕かれた根の砂塵から、一筋の白桃の光となって突き抜ける。

 

 真っ白な、恒星のようなその標的を睨み、強烈な風圧を正面から受け止める。

 

 隠世はまだ目覚めない。それでも、私は、ありもしない弓を構え、存在しない矢をそこにつがえる。

 

 私は東郷美森、そして、鷲尾須美。

 弱くて、ダメダメで、どうしようもないくらい、怖がりで。

 

 でも。そんな私を、愛してくれたみんな。

 友達になってくれたみんな。

 守ってくれたみんなを。

 私も、守れるくらいになりたいと、抱き続けたこの想いは。

 

 嘘じゃない。

 嘘じゃない。

 嘘じゃない──ッ!!! 

 

「私は、生きてる……生きてるって、ここにいるよって、伝えるまでは……!」

 

 両手に、確かな感覚がある。

 遅くなって、ごめんね。

 

ああああああああああああっ!!!

 

 全てを込めて、私は放った。隠世は全てを燃やし尽くすように、虹色の光となって砕けた。

 

 指先から離れていく、蒼く蒼く、眩く、疾く、その一矢は。時と共に大きく、熱く、鋭く。

 

 まるで朝を告げる鳥のように。

 天空に咲いた一凛の花を、中心から貫いたのだった。

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