結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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あらすじ
天照大御神。その正体は、「世界の軸」となったある一人の人間の成れの果て。そして、倒すべき最後の敵は、彼女ではなく。


第五十一話 はたてにて果つる

 火。

 それは希望であり、生を育む光であり、同時に、果てなき死を呼ぶ災いでもある。

 

 余りにも純粋で、どうしようもなく美しく。そんな概念を司る役割を与えられた彼女にもまた、燃え尽きることなき焦がれるほどの思いがあった。

 

 思い──まさしく、原初の熱、と呼ぶべきもの。その為に、彼女はただ、燃やして、燃やして、燃やし続けた。

 

 天を贄とし、月をも滅ぼし、大地を薪に世界は溶け合う。果てに、地獄の門を開くが為。

 

 その、最後の障壁を、彼女は間もなく迎え撃つ。

 

「──」

 

 ぶつかり合う視線。

 その空間には、もはや炎、ただそれしかない。

 

 気体、液体、固体、その全てが、火炎という概念に塗りつぶされ、世界は一色を除いてすべてを忘れ始めている。

 

 だが。その絶対なる理から、ただ一つの生物だけが、独立して目前に立っていた。それの周囲の炎は乱れ、風に揉まれる様は、まさに紅蓮の竜巻のようで。

 

「お前が、天の神ってやつで……お前を倒せば、世界は、救われるってことだよな」

 

 嵐の目。炎のヴェールを寄せ付けぬそれは、そう、語りかけている。

 

 視線を下す。その片手に握られた、揺らめく剣。骨子である神器の銘は、天之尾羽張と呼ばれている。

 

 火は、母の命と引き換えに誕生し──そして、間も無く父によって殺された。死と共に産まれ、生と共に死に果てた、それが火であり。その在り方を宿命付けたのが、天之尾羽張だった。

 

「うれしい……こわい……かなしい……ゆるさない……」

 

 仮面を被った最後の天神は、吐息交じりにそう呟いて駆け出した。

 

 火の化身である彼女の限界は、その剣を打ち倒して、その時初めて消失する。

 

 辿り着いた喜び。恐怖との再会。絶望の到来。運命への怒り。今ある全ての感情を胸に、彼女はただ、真っ直ぐに燃え続ける。目前の天敵は回避を選ばず、歯を食いしばって、それを受け止めようと剣を構えた。

 

 衝撃。重なる神器。吹き抜けた鎌鼬が、空間を支配していた炎の全てに、あり得ざる切れ込みを生じさせる。

 

 天照大御神より譲り受けた天叢雲剣は、紛れもなく最強の剣である。災害の化身を切り刻んだ布都斯魂剣をも欠けさせた、大蛇の生き血を吸いし鋼の究極。神殺剣である天之尾羽張であっても、敵うはずのない到達点。

 

「こわい……こわい……こわい……こわい……」

 

 それを天之尾羽張は押し切り、縮こまった天神に、次々と叩きこんでいく。天叢雲剣はそれをなんとか捌いていくが、主である天神の首元から、届いていないはずの斬撃によって紅が噴き出し始める。

 

「こわい……こわい……」

「……ッ」

 

 天敵の振り上げた両腕が揺らぐ。それに気付いた天神は、躊躇なく神剣を振り上げた。

 

「……え」

 

 呆けた声。

 視線の先で回転する、腕。

 

 じゅっ、という音と共にそれは一瞬にして消滅し、残ったのは痛みとだらしなく流れる血液だけ。その血液さえも一瞬で蒸発し、傷口が焼けて塞がった。神剣の加護が途切れた一瞬、地神と接続されたその身体は、失ってはならない当たり前をあっという間にこぼれ落とし。

 

 意識がトンだ。

 許容量を超えた痛みは、無という救いに押し込まれる。何か問題があったのなら、やり直さなければならない。

 

 再起動。

 それは必要なもの。

 優先度の高いもの。

 それを踏まえて。

 

 この身体はなんだった。

 この身体はどうなった。

 この身体はどうなるべきか。

 

 ──この身体は必要か。

 

「うれしい……こわい……うれしい……うれしい……」

 

 脳に届かぬただの振動。記録しただけの物理情報。時間軸をずらして、修正される生命。

 

 再構築。

 

 決定的な何かが変わってしまったような、小指の先ほどの喪失感だけを残して、それは再び立ち上がる。

 

「こわい……かなしい……ゆるさない」

 

 その怒りは何故か。

 簡単なこと。切り落とした成果は置換された。

 

 木のような、肉のような、その中間のような。それでも、その腕は、確かにそこに付いている。

 

 燃やしてしまえ。そんなもの、燃えて消えてしまえばいい。

 だから、彼女はその腕を斬りつけた。しかし呆気なく天敵はそれを躱し、剣を目前の腹に突き立てた。

 

「……! かな……しい……かなしい……こわい……こわい……ゆるさない……ゆるさない……」

 

 天神は自らの身体に突き刺さった天之尾羽張を握り固め、そのまま天叢雲剣を低く薙ぎ払う。天敵の片脚はスッパリ切り落とされ、バランスを崩して炎の海に沈んでいく。それを見届け、天神は顔を歪めながら小さな腹に刺さった剣を抜き、指が通せそうなほど開いてしまった首の傷を押さえて膝をつく。

 

 直後、喪われたはずの蝋人形が二秒と経たず立ち上がる。焼け焦げた顔はもはや飾り物。見下ろす天敵は己が得物を拾い上げ、まともな予備動作も無しに振り落とす。

 

 決着はその一振りだった。刀身が天神の仮面を両断し、涙でびしょびしょになった顔が露になり。剣を捨て、耐え切れず両手で首を庇いながら、嗚咽を漏らして地に伏した。

 

 間もなく、勝者が剣を両手に構え、その首にあてがう。

 だって、この剣は、この身体は、そのためにあるものだ。

 だからそうするんだ。

 

 うん。

 殺す。

 殺す。

 殺す。

 

 ……なぜ? 

 それは必要か? 

 必要ない。

 だから。

 

「……?」

 

 この情報は何だろう。

 この目に映るこの顔は何だ? 

 

 ……ああ。そうか。

 

「お前……アタシとそっくりだな」

 

 呟く。

 この身体と、同じ顔。同じ体躯。同じ髪色。

 

 なんでだ? 

 さあ。

 でも、なんだか、この感じ。この涙。この泣き声は、どこかで。

 

 ──お……かあ……さん──

 

「……ああ、そうか」

 

 ──アタシがついてるぞ、須美──

 

「……お前、母ちゃんを、探してたのか」

 

 呟き、剣を放り投げる。

 目前の少女は泣きながら、困惑し、アタシを怯えながら見つめている。

 

「……ごめんな。痛かったよな」

 

 膝をつき、その頬に触れる。ああ、妹が居たら、こんな感じだったのかなあ。

 なんて考えてたら。

 

 剣を捨てたアタシの身体に火がついて。動かない身体は、目前の少女に覆いかぶさるように沈んでいく。

 

「結局……アタシは……」

 

 姉にも。勇者にも。救世主にもなれなかった。

 罪を贖うことも出来ず。

 あまつさえ罪を重ねるばかりで。

 託された世界さえも放り投げて。

 ただの一つも、うまくなんていかなくて。

 

 産まれてきちゃいけなかった。

 生きていてはいけなかった。

 ああ……だけど。

 

「なあ……会えると……いいな……」

 

 アタシは、その泣き顔に微笑んで、燃え尽きた。

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