結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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蛇足編
─1─ 開花・曲筆


「おつかれさま、うたのん」

 

 涙を流しながら、確かにそう言って彼女は笑った。最期にその声が聴けて良かった──

 

 バキリ。

 

 傍らで響く終わりの音。諏訪の結界の要であった御柱が、星屑達の牙に砕かれていく。

 もう、化物達を止める術はない。この地域に住まう人々は、当たり前の日常を、津波に流されるように一挙に奪い去られていくのだ。

 

 けれど、ここで生じたのは壊滅のみではない。全ての転換点はここにあった。これこそが全ての始まりだった。

 文字通り──世界が分裂するきっかけだったのだ。

 

 諏訪の勇者、白鳥歌野。彼女の遺体は、本来()()()()()()。月光は照らされず、勇者は沈み、やがて大地に溶け合う。土は鮮血を吸い、涙は大気に混ざり、その存在を事実として世界は記憶する。

 

 だが。その先の、更に先にある出来事を、捻じ曲げようと目論んだ一柱の神の時渡りによって。

 

白鳥歌野の遺体が存在する世界と、存在しない世界が産まれてしまった。

 

 天地開闢に等しいこの神事を、“世界の基盤”は認めない。

 禁忌を犯した月の滅びは、この時点で運命付けられていた。

 

 これは()()()()()()()が偽りの分岐点に向かうまでの、“最初の歴史”を辿る物語である。

 

 

 *

 

 

 九月初旬。

 丸亀城にて、私乃木若葉は、仲間の勇者たちと共に授業を受けていた。

 

「バーテックスに対抗できるのは勇者のみです。あなたたち勇者の力が必要なのです」

 

 自衛隊とバーテックスとの交戦映像を見終え、担任教師はそう告げる。次に口を開いたのは郡千景だった。

 

「どうせなら……土地神が戦えばいいのに」

 

 これに対し、土居球子が答える。

 

「多分、戦ったんだと思いますよ。ほら、バーテックスが攻めてくる前に、地震とか災害とか起こってましたし。あれ、土地神がやりあってたせいだったんじゃないですか」

「……」

 

 郡は口を噤み、それ以上は何も言わなかった。私はそれを横目で見つつ、思策する。

 

 今、諏訪地域を守護している白鳥歌野。もし、諏訪の唯一の勇者である彼女が敗北したならば、諏訪の土地神は、攻撃手段の一切を失う事になるのか。

 

 勇者と土地神の間には神威を流す霊的なパスがあると同時に、勇者そのものもまた土地神のエネルギー源となりうる可能性がある。勇者としての機能を失った時、そのリソースを用いて若干の時間を稼ぐことは可能なのか。

 

 土地神は私達人間を守る結界を張っている。だが、守るべき人間達が居なくなったその時、ただバーテックスの進行を何もせず許すことになるのか──

 

 ……そこまで考えて、頭を振った。

 仮に人間達が消え、土地神が代わりにバーテックスを滅ぼしたとして、そこになんの意味がある。

 

 私は勇者だ。この身に宿るのは、人々を守る為に授かった力だ。戦う前から敗北した後のことなど考えるな。それこそ、今戦っている白鳥さんに対しても申し訳が立たない。

 

 

 しかし。数週間後、運命は既に、我々の目と鼻の先にまで迫っていたのだと思い知らされる。

 

「……諏訪からの連絡が途絶えた。何度もこちらから発信し直してみたが、もう回線自体が使えなくなっていた……」

「……長野地域は……終わってしまったんですね」

 

 刀を握りしめる。思い出されるのは、三年前の惨事だ。

 目前で命を食い破られたクラスメート達。直前まで笑い合っていたその笑顔が、肉片となって散らばっている光景。そして白鳥さんも、また──

 

 ……三年。

 無駄にしてはならない。その奮闘を。その勇猛を。

 

「……バーテックスの移動速度は計り知れない。恐らく我々四国勇者の初陣はもう間もなくだ。ひなた。他の勇者達に言伝を頼む。武器も持ってくるようにと」

「わ、分かりました!」

 

 スマホを開き、グループ通話をかけるひなた。

 十分程経過し、高嶋友奈と郡千景が丸亀城本丸に集う。

 

 

「若葉ちゃん、聞いたよ。いよいよなんだね」

「ああ。ところで、土居と伊予島はまだ来ていないのか?」

「……自覚が足りないわね。勇者として戦う為に、私たちはここに居るというのに」

「……」

 

 私は、それに対して何も答えない。三年もの間出撃が無かった以上、これも仕方ないといえば仕方ない。

 だが……その三年は、白鳥さんの戦いの上にあった猶予。託された私達は、常に戦場に身を置く覚悟でいなければならない。

 

 いつ樹海化が始まるか分からないため、私は一足早く友奈と郡さんに作戦を話す。友奈と郡さんの仲がいいことは承知していた。それがチームワークに良い影響を与えるだろうと考えていた私は、二人が一組となり、カバーし合いながら戦うことを提案。二人は反対しなかった。

 

 その後、十分と少しが経過したあたりで、話し合う私達の耳に声が届く。

 

「悪い悪い、良かった間に合って」

「タマちゃん、こっちこっち!」

 

 土居がようやく現れる。しかし、何故か伊予島はぐったりと土居の肩にもたれかかっている。

 

「どうした、伊予島」

「若葉さん……」

 

 駆け寄る私は、その顔色を見て目を細める。

 三年の猶予の間、大社はただ手をこまねいて状況を眺めていた訳では無い。

 

 言うなれば勇者システム。神の力を宿した戦装束を、ボタン一つで身に纏うことが出来るという、人類の叡智の結晶。

 そしてその起動には、戦う意思が必要。

 

 だが──

 

「……伊予島さん……この期に及んで、戦えないなんて……言わないわよね」

「わ、私……は……」

 

 土居は伊予島を心配そうに見やり、郡を鋭く一瞥する。

 

「わざわざそんな言い方することないんじゃないですか」

「……そう……? 伊予島さんが変身出来なかったら……私達は伊予島さんを守りながら、欠けた戦力をカバーしつつ戦わなければならない……私達の命が、この人のせいで脅かされるのよ」

「やめてください」

 

 割って入る。

 私はリーダーだ。この世界の命運は私達にかかっている。だというのに、仲間割れなんて冗談では無い。

 

「伊予島が戦えないのなら、私が二人分、いや三人分敵を屠る。土居が伊予島を守ってやれ。それでいいだろう」

「待ってくれよ若葉。まだ戦えないって決まったわけじゃ──」

 

 瞬間。ポケットのスマホから、甲高い警報が鳴り響く。

 傍らにいたひなたは、心配そうな顔のまま固まり。私達五人だけが、何もかもが凍り付いた世界で瞬きを繰り返す。

 

 樹海化警報。

 奴らは、私たちを決して待ってはくれない。

 

「話は後だ。今こそ勇者としての責を果たす時……!」

 

 

 唱えて間も無く、目前に吹き荒れる花弁。視界が晴れたその時には既に、世界は結界と同質の植物に覆われていた。

 息付く間もなく、若葉はスマホのUIをタップ。桔梗を思わせる戦装束に身を包み、勇者達に向き直る。

 

「作戦通り、友奈は郡さんと一組になって動いてくれ。土居と伊予島は待機。私は単騎で奴らを屠る」

「ま、待ってくれよ。少し経てばあんずも落ち着くかもしれないだろ。まだバーテックスはあんなに遠くにいるんだし」

「土居。忘れたのか。樹海化は神樹の霊力を消費し、受けたダメージは現実世界にフィードバックされる。長引けば最悪、人命が失われるかもしれないんだ」

「う……」

 

 たじろぐ球子。若葉は仲間に背を向け、白い化け物の群れに照準を定める。

 

「みんなも変身を急げ。この戦に猶予は無いんだ」

 

 返答を待たず地を蹴り、若葉は単身バーテックスに向かっていく。そう急く若葉の頭には、白鳥歌野のことがあった。

 

 自分達四国勇者は、五人。なおかつ、装備は三年前とは比べ物にならないほど性能が向上している。だからたとえその中で戦えない者が出てきたとしても、絶対に弱音を吐いてなどいられないのだと。

 

「せああッ!」

 

 鞘から閃く輝き。横一文字に放たれた刃は、バーテックスを見事上下に分かつ。

 

 まずは一体。返す刀で二体、突き破って三体、刃を返して四体、そのまま五体、六体──その戦いぶりは、一騎当千の武者の如く。

 

 そんな様子を眺める、残された四人の勇者達。

 

「いくらなんでも急ぎすぎだわ……戦力が五分の三になったというのに、リーダーが真っ先に戦い始めるなんて」

「でも、やっぱり凄いね。本当に三人、いや私達全員分倒しちゃうよ……うう! こうしちゃいられない! いこ、ぐんちゃん!」

「え、ええ……」

 

 友奈は球子と杏に任せて、と親指を立てつつ、千景と手を繋いで戦線に走る。千景は右手の大鎌を握り締めながら、バーテックスの白いシルエットを注視する。それが近付き、大きくなるにつれ、心拍は上がり、両脚が言うことをきかなくなっていく。

 

「た、高嶋さん……」

「え、どうしたの、ぐんちゃん」

 

 友奈は立ち止まり、心配そうに千景を見る。千景は真っ直ぐ立っていられないくらい下半身を震わせ、それは今にも転んでしまいそうなほど。

 

 友奈は化物がこちらにまだ気付いていないことを確認した上で、千景の両肩に両手を載せる。そのまま、千景は怯えながら呟き始める。

 

「わ、わたし……伊予島さんの気持ちが、やっと分かった……いざ、こうして戦うのは……安全な場所で考えている時に、想像するよりも、ずっと、ずっと……怖い……」

「ぐんちゃん……」

 

 口を開いて直後、友奈はこちらに迫っていたバーテックスに気付き、千景の前に立ちはだかる。

 

「大丈夫。見てて」

 

 友奈は拳を握り固め、両足を開き、腰を捻り、回避なんてもう少しも考えちゃいないとばかりに、思いっきり突き出す。

 

 だって私達は、この化物よりも、ずっと強いんだからと。

 当然とばかりに粉々に粉砕して、振り向いて千景に笑いかける。しかし、その笑顔に迫るもう一体。千景は目を見開き、気付けば、大鎌を思いっきり振りかぶっていて。

 

「……ッ……やった……!」

 

 両断されるバーテックス。両腕に残る手応えがその悦びを後押しし、これに友奈はにっこりと頷いた。

 

 

 かくして順調に実戦を積んでいく若葉と友奈、千景に対し、その様子をただ眺めることしか出来ない球子と杏の二人。杏だけでなく、球子の焦りもまた、目に余るほどだった。

 

「……ごめんね、タマっち先輩……私のせいで」

「気にすんな。見た感じみんな問題無く戦えてる。タマたちは……次頑張れば、いいんだよ」

 

 そう笑ってみせるが、杏の目に映る、球子の歪む瞼は、悔しいという気持ちが強く滲み出ている。

 

 杏はよく分かっていた。一緒に訓練を積んできた仲間達の戦いをただ眺めているだけ。それは球子が最も嫌がることなのだと。そして、それを表に出さないよう堪えているのは、ひとえに杏の為なのだということを。

 

 足手まといになりたくない。タマっち先輩の足枷になりたくない。杏は、何度も、何度も変身ボタンをタップする。それでも衣服は変化せず、表示されるのは『勇者の精神状態が安定しない為、神樹との霊的経路を生成出来ません』という文字列だけ。

 

「私……ダメだ……悔しいのに……情けないのに……変身出来ないことに……安心、しちゃってる……」

「……」

 

 球子は何も言わない。ただ、杏の頭を優しく撫でていた。

 

 

 戦力を大きく欠いた勇者達。それでも、戦闘に慣れていく友奈と千景、奮闘する若葉の働きで、バーテックスはかなり数を減らしてきている。客観的に見て、勇者はかなり優勢だった。

 だが、バーテックスという名を宛てがわれた所以。その真髄は、まだこれから。

 

「始まったな、進化……!」

 

 星屑のうちの何体かが、一箇所に寄り集まる。そうして成形されるのは、棒状の板のような異形。

 

 三年前、若葉が初めてバーテックスと相まみえたその時、複数の星屑を斬り伏せた若葉に対抗するように、奴らは融合し、姿を変えた。今回もまた、戦況を不利と見たバーテックスらが、ゲームチェンジを起こそうとしている。

 

「白鳥さん……これが、あなたに託されたバトンの証だ!」

 

 神樹の概念記録にアクセス。

 抽出する精霊、その名は。

 

「力を貸せ……義経ッ!」

 

 源義経。人の身でありながら、人智を超えた身体能力を宿した伝説の武将。

 

 進化体がいかに規格外なのか。星屑とどれだけかけ離れた力を持っているのか。それは、他の勇者達よりもずっと分かっている。精霊の力は強大だが、ノーリスクという訳では無い。身体への負荷は、当然大きくなる。

 ならば。リーダーたる若葉が、その担い手となるのが道理。

 

「斬れろォッ!」

 

 飛躍的に向上した脚力。地を蹴り、風を切りながら進化体に突貫する。

 

 しかし──若葉の生大刀は、甲高い金属音と共に弾かれる。

 

「……ならばッ!」

 

 源義経、その逸話で最も有名なのは、やはり『八艘飛び』。

 彼は舟から舟へと、弾むように踏んでは跳び、踏んでは跳び、まるで宙を舞うように移動したという。その精霊の力を宿す若葉にもまた、その能力は発現している。

 

 進化体の周囲に散らばる星屑、それを足場とするように、踏み、切り捨て、踏み、切り捨て、繰り返すごとに速度は増す。やがて傍からは一筋の青い線としか認識出来なくなるほど素早くなった若葉は、見切りをつけて進化体に再び迫る。

 

「これでどうだあっ!!!」

 

ギイイイイィィイイッ!!! 

 

 気合十分、しかし唸るような高音が、蒼雷を阻むように樹海に響く。

 極まった勢いはすぐには死なず、しかし赤き壁は未だ貫けず。

 

「あああああああっ!!!」

 

 拮抗する。剣と盾では相性が悪い。見切り発車で発動した精霊の力。しかし敵の性質上、若葉の『義経』ではあと一歩届かない。

 

「はあっ!!!」

「郡さん!?」

 

 そこで現れた郡千景。

 彼女だけでは無い。友奈、そして球子までもが、背後からそれぞれの武器を、進化体に向け全力で放つ。

 

 勇者四人、うち一人には精霊の力を加算されている。あまりの圧力に、進化体に奔るヒビ。間も無くその亀裂は端にまで広がり、勇者四人はその壁を完膚なきまでに打ち破った。

 

 

 そして数体の残党を狩り尽くし、四国勇者の初陣は終わった。

 結果だけ見れば、上々といえよう。樹海へのダメージは少なく、勇者の消耗も抑えられている。

 しかし、課題は明確に浮き彫りとなり。曲がり始めた歯車は、少しずつ、歪みを広げていく──

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