フードコートにて、乃木若葉の伝記についての調査報告を行う須美、園子、銀の三人。須美は、彼女の家に届いていた「日輪宗」という名の宗教勧誘のチラシを取り出し、そこに掲載されていたロゴと、伝記の挿絵が酷似していたことを指摘する。そんな中現れた日輪宗の営業。果敢に情報を引き出そうとする園子を遮るように現れた、彼女の執事であるアルフレッドが、営業を撃退。彼の申し出により、三人は自宅に帰ることに。
「リムジン! 存在したのか! すっげえ!」
「いつ見ても
イネスから出て屋外駐車場。大きすぎる車体は一般自家用車の数台の面積を占有してしまう。故に黒い高級車はバス・トラック用の場所に駐車してある。
遠目に見ても別格の存在感。間近で見ればその無駄に美しく無駄に多い座席、ネコ目や駱駝の如く、無駄に長いその造形はともすると冗談そのものだった。
「わっしー、最初和製か外国製かすごく気にしてたよね」
「なんだその着眼点」
「い、いいでしょ別に」
言いながら、アルフレッドが執事さながらに開いた車扉に、失礼しますと乗り込む三人。シートベルト確認を済ませた後、執事はいつものようにアクセルを踏む。
平日の日中、横切る車の量は控えめで、車内は嘘のように外音が聞こえない。
座席は空席ばかりで、仲良し三人は須美を中心に並んで座り、例の本を開きながら会議を始める。
「つかぬ事をお聞きしますが……その本はどこで?」
信号の変色を待ちながら訊ねるアルフレッド。
「アタシの家にあったんです。たまたま」
本から視線を上げ、運転席のバックミラーに映る執事を見て答える。
「アル、この人について何か知ってるの?」
「……いえ。私も詳しくは無いのです。園子様の先祖であることは確かなようですが」
青信号と共に再度進み、三人は少しだけ残念そうな顔でうーんと唸る。
「ねえ、アルルンは日輪宗のこと、知ってるの?」
そういえば、と園子は思い出したように口を開く。
日輪宗という組織の人間と接触したところで、アルフレッドは姿を現した。いくら過保護な彼といえど、誰彼構わず他者との接触を黙認しない訳では無い。アルフレッドはあの男が日輪宗の人間であったが為、こうして三人の保護をしているのだ。それはつまり、日輪宗という存在をこの執事は認知しており、その上多かれ少なかれ好ましがらざる対象と定めているということでもあった。
「ええ、あれは約三百年前、既存の宗教を統一し、かつては“月光の福音”として生まれた巨大組織でした」
約三百年前、それは西暦と神世紀との境界の過去。すなわち、乃木若葉が生きていたとされる時代と丁度重なる転換期だった。これに三人は真面目な顔で耳を傾ける。
「しかし何故か数年前に名前を変えました。日輪宗、と。それ以来、不審死や行方不明など暗い噂が表面化しています……近づかない方がよろしいかと」
「「「……」」」
ぞっとして目を見開く三人。
確かあの男は、自分たちとそう変わらない子供達までも組織に在籍していると言ってはいなかったか。
不審死、行方不明。不穏なフレーズと宗教組織。思考を待たず、暗く鬱々とした、言語化し難いイメージが各々の胸に浮かび上がる。
神樹を象ったロゴ、検閲された乃木若葉の書──自分たちはもしかしたら、想像以上に歴史的なタブーとされる何かに手を伸ばしているのではないかと考えてしまうのは、早計……なのだろうか。
そうして高度の下がったテンションを元に戻そうとするように、時代劇風の着メロが流れ出す。
「素敵な曲調!」
「わーお、着信だよ、ベイビ〜」
「誰のだ? 須美? じゃないのか」
「あ、すみません、私です、アルフレッドです」
「ちゃんと停車してから出るんだよアルルン〜」
「心得ております」
アルフレッドは慣れた様子で道の脇に停車し、素早くスマホを耳にくっつけた。
「はいもしもし。乃木家専属執事、アルフレッドです」
決まり文句なのか、淡々とした口調でスラスラと応じる。
『私。今平気?』
車内に、落ち着いた女性の声が響く。
「ん? この声は〜」
「先生!?」
紛れもなく、三人が所属する六年一組、その担任安芸先生その人であった。
「おお!? レッドさん安芸先生とどういう!?」
『……こんにちは、三人とも。悪いけど、ちょっとだけアルフレッドを借りるわね。ほら、早くスピーカー切りなさい』
「申し訳ございません。少し出ます」
やや苛立ちか、或いは呆れのような、どちらともつかない何かを含んだその声色に、アルフレッドはええ〜つまんない〜だだ〜だだ〜とDADAをこね始めた園子を他所に、そそくさと車扉を閉めた。
「別に恥ずかしがらなくてもいいのに〜」
柵の向こう、民家の前でたなびく庭草を見つめ、こちらに背を向け口を開閉している自分の執事を見つめながら、園子はぶーたれている。
「でもアルさんってかなり歳いってるだろ?」
「歳の差なんて関係ないって〜! 私はすっごくお似合いだと思う〜」
これを聞いて察した須美。担任と親友の世話役とのラブロマンスのワンシーンを想像しかけたのか、やや頬を赤らめている。
「ちょ、ちょっと、そうと決まったわけじゃ」
「でもさ須美、他にどんな用があるんだよ」
「そ、それは……」
「いいね〜教師と執事の恋〜! これは! 書くしか!」
園子の趣味。いや悪癖と言うべきか。
彼女はこういった他人の色恋沙汰に敏感で、……というかよだれを垂らして飛びつくほど目がなく、そのまま趣味たるWeb小説執筆活動、そのネタにしてしまうという、当事者にとっては断固阻止したい、そんな一面があったりする。そして本日の被害者はアルと安芸。
既にその忌まわしき習性を理解していた須美と銀は、通話中の二人を思い無言で同情の念を送った。
「って銀、あなたも乗っかってるじゃない」
「アタシは自分じゃなければいーんだよ」
「全く……まあ私もだけれど……」
そう言って、ぶふっと吹き出す。
そこには血も涙もなかった。
──暫くして、窓の向こうの長身が踵を返した。
「……お待たせ致しました」
通話を終えたのか、そう言って静かに運転席に戻る執事。間髪入れず、「ねえ、二人はどんな関係なの? どっちが受け? 責め?」とお嬢様は最悪の言責めを繰り広げる。
「はは、ただの顔見知りですよ」
なんということも無く受け流すアルフレッド。もはや日常の域にある園子の暴走に動じる世話役では無かったらしい。えーほんとっすかーと悪ノリしてつつく銀は、私も銀様の甘く切ない恋模様、是非聞きたいですねと返され、あえなく撃沈。
「あ、アル、私達さっきおうちに電話して、そのっちの家に泊まる許可を出して貰ったの。そのっちの親御さんもいいって言ってくれたみたい」
須美ーアタシを貰ってくれーと脇腹の辺りに抱きついてくる銀を片手で押しのけながら、須美はそう伝えた。
「おお、それは重畳。園子様の大切な御学友、全力を尽くして歓迎すると致しましょう」
これを聞いて思わず破顔し、やったあとハイタッチ。楽しい楽しいお泊まり会の到来に、三人は希望全開で笑顔を咲かせている。