結城友奈・曲筆【本編完結】   作:おーたまー

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あらすじ
各々の自宅へと向かうリムジンの中で、須美、園子、銀の三人は、日輪宗という存在の暗部を耳にする。また、園子の執事アルフレッドと、彼女らの学校の担任教師である安芸にはどうやら接点があるらしい。ついでにお泊まり会が決定し、車両の行く先は、園子の家の屋敷に変更された。


第八話 乃木への追走─其肆─

「いいねー! いいよいいよー、決まってるよー!」

 

 現在、乃木家内の一室。その令嬢たる園子の声と、カメラのシャッター音がリズミカルに交差する。フラッシュの対象は鷲尾須美、三ノ輪銀の二人。園子の指示通りのポーズをとり、表情を変え、目線を合わせ、そんなことを、この屋敷にやってくるや否や、かれこれ二時間以上続けている。

 

「ねえそのっち、もう三十着目よ」

「え、まだ三十着しか撮ってないの!?」

 

 うへえ、と顔を顰める銀。最初は恥じらいもあった二人だが、慣れというものは驚異的で、どんな要求をされても、もはやいちいちリアクションを取るのすら億劫になってきた様子。

 

「大体さぁ、アタシたちだけじゃなくて、園子も着なよ、撮ったげるから」

「私はいつでも着れるからいいのさ〜、ほらほら、時間は有限だからね、次の服はこ」

「御免」

 

 こ、まで言いかけたところで、その二文字が、障子の向こうから放たれる。薄影のシルエットと低く響くその声からして、アルフレッド、例の専属執事だ。

 

「どしたのアルルン」

 

 がばっと障子を開く園子。

 

「誠に心苦しいことではありますが、これから園子様を連れて大社に赴かなければなりません」

「え、今から!? また今度じゃダメ?」

 

 あまりにも悲痛な声色。ファッションショーの中断は銀と須美の二人にとっては有難いことではあったが、それでもここまで付き合っていたのは、可愛らしい衣装を二人に着て欲しいという園子のたっての願いであったからだ。折角彼女の家に遊びに来たというのに、本人がいないとあっては本末転倒もいいところである。しかし、人の家の事情に友人とはいえ第三者が口を挟むわけにも行かない。

 

「残念だけど、しょうがないわね」

「申し訳ありません、須美様、銀様」

「いやいや、レッドさんが謝ることじゃないよ、とっとと済ませてきな園子」

「……うん」

 

 

 しょんぼり沈んだ顔の園子。その後、庭まで執事について行き、彼女に最後まで手を振って二人は見送った。今生の別れでもあるまいに、目尻をずんと下げてこちらを見つめる彼女の顔は、それはもう悲しげで悲しげで、そんな顔するなと励ます銀や須美の笑顔も、少し翳りを覗かせていた。

 

「──しっかし」

 

 そう呟いて、改めて乃木家の屋敷を見上げる銀。

 

「立派よね、分かる」

 

 須美も深く頷いて、目線を平行に並べた。

 

「こんな立派な家に住んでるのも、きっと園子が、この国を救った英雄の末裔だからなんじゃないのかな」

「うん、ここまで立派だと、そう考えるのが自然かも」

「でも、だったらやっぱおかしいよな。乃木若葉を、この国の誰も知らないなんてのは」

「うん……」

「なんで、隠さなきゃいけないんだ……?」

 

 

 *

 

 

「はぁ……わっしー、ミノさん……ごめんよ……」

 

 夕焼けに沈みゆく景色を眺めながら、呟く。これまで須美以外の友人を家に招くことが無かったというのもあり、ショックはやはり大きかったようで、あれからいくらか時間の経った今でも、鈍重な雰囲気は晴れない様子。いつの間にか窓ガラスに張り付いていた蠢くヒルが、彼女には嘲笑っているように見えた。

 

「まあまあ、そう落ち込まないで下さいませ。本日は園子様と同年代の子達に会いにいくわけですから。お友達ができるかもしれませんよ」

「え、どういうこと?」

「おっと、着きました。その話は歩きながらしましょう」

 

 山中に拓かれた駐車場を後に、整備された山道を歩く二人。その先には嘘のように高い外壁があり、中の様子は遠目からではまるで伺い知れない。ただし、その周りにはいくつか鳥居の形をした門があり、そこから中に入ることができる。

 

「乃木家専属執事アルフレッドです。入社の許可を」

 

 大社に入るには、手首に刻まれた紋様を門の係員に確認して貰う必要がある。それは大社に係わる人間という証であり、入社許可証として機能している。それを持っている者の同伴があれば、園子のように紋様が無くとも中に入れる仕組みとなっている。

 

「確認致しました。どうぞ」

 

 軽く礼をして、進む二人。

 大社といっても、構造は一般的な神社のように平面な土地に建物が点々と建てられているわけではなく、言うなれば、一つの街のそれに近い。更に言えば、古き中国及び日本の都を形成していた長安や平城京を模倣して造られている。

 

 南北、東西、それぞれの方向に伸びる道は垂直に交わり、置かれた建物の位置がそこでの役割を表している。中央の最北には一際大きな社があり、その奥には見事な大樹が聳え立つ。

 二人が向かうのは、凡そ東北に位置する横長の建造物。

 

「え、あそこに行くの? 私行ったことない」

「園子様、あなたは今まで、造花や管弦、茶道、書道など、様々な習事に励んでこられましたね、槍術の訓練も、その一環として捉えていたのでは」

「えーっと……違うの?」

「実は、そうでは無いのです」

 

 話しながらその建物に入り、地下へと続く階段を降りる。

 

「え、地下に行くの? 上には行かないの?」

「上は武器貯蔵庫と整備室しかありませんよ」

「武器?」

「ええ、この先は訓練場ですから」

 

 武器、訓練、その二つの単語から、なんとなく自分が何をしに行くのか悟った園子。具体的にはまだ分からないが、思わず少し身構えてしまう。

 

「……それにしても、随分下まで行くんだね」

 

 螺旋状に続く階段。下を見てもいまいち距離感が掴めない。訓練場を地下に作ったのには理由があるはずで、地下に作る際の深さにもまた理由はあるはず。騒音対策だろうか、と園子は推測する。しかしそれだけの理由でここまで大掛かりな工事をするだろうかと、また分からなくなる。なんにせよ、見てみなければ分からないと、ひとまず思考を外に追いやった。

 

 

 ──そうして、辿り着いた地下訓練場。

 

「なんというか……殺風景だね」

 

 園子が拳で壁を軽く叩くと、高密な質量を思わせる低い金属音が鳴った。上を見上げると、何かがそこから出てくるのか、切れ込みのようなものが多々あり、一つだけ窓ガラスが付いている。その先にはなにやら精密そうな機械があるように見えなくもない。園子の目からはそれ以上の情報は得られなかった。

 

 さながら、鋼鉄のコロシアム。ここまで厳重そうな造りだと、かえって人間がいることが場違いだ。

 

「あら、早かったわね二人とも」

「先生、なんでここに!?」

 

 こんな所に、もう一人、何故か園子の通う学校の教師がやってきた。いよいよ何が始まるのか予想の付けようが無くなってきたが──

 

「おや、そちらもお揃いですね」

 

 教師の後ろから、鎧のような何か、それとまた銃剣のような何かを身に付けた少女達が、何やらぞろぞろと訓練場に入ってくる。一見、どれも園子と大して変わりない、年端もゆかぬ未熟な子供だ。しかしどうしてか、彼女らの装備を身に纏う姿は、不思議と違和感を感じさせない。立ち居振る舞いも妙に落ち着いていて、

 

「軍人さん?」

 

 口に出した自分自身に疑問が返ってくるほど、園子とって訳の分からない呟きだった。しかし、それ以外なんと形容したら良いのだろうか。

 

「ねえ、アルルン、もしかして私もあの子達みたいに」

「それはまだ分かりませんが、これからはあの子らと訓練を共にして頂きたいのです」

「え、え、でも何と戦うの?」

 

 それは、至極もっともな意見であった。今この“現在の世界”に戦う敵などいるはずが無いのだから。

 

「戦うかどうかは分かりません。しかし、備える必要はあるのです」

「アルフレッド、先に話を済ませておく?」

「待ってください」

 

 遮ったのは、兜の奥に、透き通る黒髪、それに強い意志を感じさせる瞳を携えた、凛とした少女だった。

 彼女は無言で園子に近付いていき、目の前で立ち止まっては、静かに問いかけてきた。

 

「“乃木若葉”って、あなたでしょ」

「え……」

「……違うの? あの、ハンマー叩きの名前」

 

 ハンマー叩き──

 そのフレーズが、園子の記憶を刺激した。

 

「え、いたの? イネスに」

「ええ、その名前を目にした後、その場を後にするあなた達を見たの。聞けばあなたも乃木、らしいから」

 

 どうしてその事を、と聞こうとして、口を噤む。

 これから訓練を共にするわけだから、名前くらい伝えられていてもなんの違和感も無い。問題は、何故この子が乃木若葉という名に興味を持ったかということ。

 

「どうして、そんなことを聞くの?」

「……スコア1000だからよ」

「……えーっと」

 

 話が見えないが、要は、スコア1000を取れる人が凄く珍しかったから……とかだろうか。園子はとりあえずそういうことにして、納得することにした。

 

「実は、私じゃないんよ」

「……あなたじゃ、ない?」

「う、うん……」

 

 頷きながら恐る恐る呟く園子だったが、なにやら、様子が変だ。

 というより、不機嫌なオーラがとてつもなく、物凄く己が肌を刺してくるような。

 

「私は毎日あのマシンを叩いている。あの名前がスコアに乗ったのはあの日が初めてよ。そこに乃木という名を持つ者がいて、違うなんて……私は信じない」

 

 ……これは結構不味い雰囲気。

 園子は青い顔で冷汗をかきながら、これ以上の否定も肯定も出来ない状況で愛想笑いをすることしか出来ずにいる。助けを求めるようにアルフレッドを見ると、何故かこっちも青い顔で明後日の方角に視線を投げやっていた。

 

「ちょっと芽吹、何いきなり喧嘩ふっかけてんのよ」

「あなたは黙ってて、夏凜」

「なっ……」

 

 仲裁に入った茶髪の少女が一蹴される。

 これは……修羅場ってやつである。

 

「安芸さん、ひとまず一試合させて下さい。彼女は私達の命運を文字通り左右するかもしれない立場にいる。私達には彼女の力量を見定める権利がある」

「ちょっと芽吹、乃木さんってまだ対人訓練してないらしいじゃない、そんなのただのいじめよ」

「黙ってて」

「なっ、コイツ〜!!!」

 

 顔を真っ赤にして地団駄踏む夏凜という少女。周りの少女がすかさずまあまあとなだめる。

 

「……まあ、今日は私が監督しているので、乃木さんが良ければ特別に許可しましょう。私の方もあのバカ執事に話があるので」

 

 えー、馬鹿とか言われてる、なにやったのアル、と執事を見ると、彼は相変わらずよろしくない顔色のまま項垂れている。人の心配している立場でないことを思い出した園子は、助けを求めるように安芸先生を見て、夏凜をはじめとした少女達を見て、またアルフレッドを見て、芽吹という少女を見て……

 

「は、はい……」

 

 そう答えるしか無かった。

 

 

 ──そして、条件を対等にしようということで、園子も彼女らと同じ鎧を身に纏い、銃剣は使用したことがないので訓練用の槍を用いることに。

 ルールは簡単、決定打を食らわせた方の勝ち。

 

「分かってると思うけれど、手を抜いたら」

「わ、分かってるよー」

 

 やるしかない。大人二人と少女達に見守られ、無骨な闘技場で黒髪の武人と対峙する。

 

 今まで誰かに本気で槍を振るうことは無かった。幼い頃から訓練は積んでいたが、こうして本格的に実践形式で挑むのは、訓練の延長として挑むアルフレッドやその他槍術の先生との模擬戦だけ。それも性別の違いや体格、年齢差から、本気で打ち合う形になったことは無く、故にこのピリピリとした緊張感は、初めて味わうものであった。

 

 貴方を倒す。そう目前の少女の瞳が訴えている。

 自分を打ち倒す戦略を広げ、思考回路を戦闘に特化したものへと練り上げている。

 

 これより突撃せんという意思を感じ、園子、そして園子と戦う芽吹という少女以外、何者も立ち入ることの出来ない世界が、否応なしに形作られていくのが分かった。

 

 もうあれこれ考えるのはやめよう。

 私は、この戦意に応えなきゃいけないんだ。

 

「開始!」

 

 

 *

 

 

「すー……すー……」

 

 静かな寝息が、月光の射し込む乃木家の寝室に響く。

 これは須美のものである。

 

「ね、寝れねえ……」

 

 客人用のベッドの寝心地は最高だった。しかし、家に置いてきた弟達の安否が、夜になって急に気になってきた銀は、可愛い須美の寝顔を見つめて気を紛らわせるも、なかなか寝付けずにいる。

 

「お花……摘み摘みしたくなってきたな」

 

 呟くや否や、銀は須美を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、障子を開閉し寝室を後にした。

 

 

 *

 

 

「開始!」

 

 安芸の声と共に、突貫する芽吹。

 槍と銃剣、その使途はよく似ている。訓練用なら尚更。なぜなら、銃剣も槍も刺突、殴打、袈裟斬り、そして横薙ぎ以外攻撃手段がないからだ。無論銃剣は銃としての機能も持つが、訓練用のものには弾を込められない。

 

 そして、なんといっても間合いの広さ。極端な至近距離や、長射程に対してはめっぽう弱いものの、両者共に中距離では最強の武器である。つまりお互いに中距離を維持して戦うことがセオリーとなるのが必然。

 

「はあっ!」

 

 芽吹はリーチを活かして園子を刺しに狙う。刺突は言わば渾身の一撃である。決まれば必殺であるが、そこから体勢を戻すには伸ばした腕を引かなければならない。そこを即座に叩かれてしまえばひとたまりもないのだ。

 

 初撃でこれを繰り出してくることにやや驚いた園子だが、彼女は見逃さなかった。

 

 芽吹は銃剣を長く持っていた。つまり根元のあたり。こうすることで銃剣及び槍は最大限のリーチを発揮するが、その分武器の重さという負荷が通常よりも掛かってしまう。更に突きという大きなアクションをとっていれば、尚更体勢を戻す際に厄介になる。その上相手は自分と変わらない年齢の少女。園子が反撃を繰り出し、勝負を決めるには十分な隙が生まれている。

 

「貰ったよー!」

 

 振りかぶる園子。狙うは袈裟斬り。

 まだ芽吹は銃剣を引ききっていない。

 勝った──

 

「!?」

 

 硬い木造りの長物どうしが衝撃を生み、鈍い音が鋼鉄の訓練場に響く。

 

「なんて筋力──!」

 

 すかさず身を引く園子。

 あの状態から、最速の反撃を切り返してきた。こんなの、並の少女にできる芸当じゃない。

 

 

 *

 

 

「……あれ、銀……?」

 

 眠い目をこすりながら、異変に気付いた須美は、次第にこの状況がどれだけ「やばい」のか、現実感と共に実感が押し寄せてきて、

 

「探さなきゃ!」

 

 ベッドから這い出ては、寝室を出て、早歩きで渡り廊下を進んでいく。

 

「ちゃんと言っておけばよかった……」

 

 銀がこの屋敷に来るのは、今日が初めてである。無論ここの構造は知る由もないわけで、夜にトイレに行きたくなった時、彼女の性格からして須美は寝かしたまま、何とかなるだろうと無謀にもこの暗い中屋敷内を探検し始めるであろうことは必至。トイレをしに出たのかどうかは定かではないが、それしかこの真夜中にベッドを出る動機がない。

 

 ひとまず須美はトイレもとい御手洗に向かう。乃木家の御手洗は個室ひとつでは無い。何人も従業員がここで働いている為、かなり広いスペースが用意されている。焦燥からか思っていたよりも早く到達した須美は、すかさず彼女の名を唱えた。

 

「銀? いる?」

 

 ……返事はない。予想していたことではあったが、彼女は今、このだだっ広い屋敷をぶらぶら歩き回っていることになる。

 下手をすれば、明日も彼女を捜しまわることになるかもしれない。

 

「もー、どこいったの銀ー!」

 

 いない、いない、いない、いない、いないいないいないいないいない、いない──

 

 

「あれ、どうしました」

 

 浴場にいる用務員は、入浴を終えた後、つまり夜に働いている。手詰まりの須美は、彼らの力を借りることにしたのだ。

 

「いや、その、えと、友達が御手洗を探して迷子に……」

「え、それは不味いですね。園子様のご友人の方でいらっしゃいますよね?」

「は、はい……」

 

 もじもじと受け応える須美。

 

「とりあえず、こちらでも探して周ります。本日のところはお休みになっておいてください」

「すいません、どうぞよろしくお願いします……」

 

 浴場を後にして、とぼとぼと帰る須美。

 

 これから誰も居ない寝室に戻るのが、少し辛かった。銀、困ってないかな、寂しくないかな、不安じゃないかな。困りかねた銀が屋敷内で自分の名前を呼ぶ姿が、須美の目に浮かんだ。

 

 なんでちゃんと教えておかなかったんだろうと、自分を責めた。

 

「あの時、ちゃんと言っておけば……」

 

 ふと、俯いた顔を上げた。

 

「あら?」

 

 おかしい、考え事をしながら歩いていたせいか、自分でも全く見覚えのない場所まで来てしまっていた。どうやら、自分まで迷子になってしまうという、酷く間抜けな状況に陥ってしまったらしい。

 

 ここは寝室のある棟とは別の棟のようで、なんというか、まるで──

 

「小さな、お社?」

 

 賽銭箱の無い、神社の本殿のような。乃木家にはこんなものまであったのかと、少し感嘆してしまう。

 

「まさか、銀がここに居たりは……」

 

 ……有り得なくはない。あの性格なら、暗がりで社と気付かず、神が住まうという神殿の場所まで入り込んでしまっていても。

 

「……罰、当たるかな」

 

 でも、ここに銀がいるとすれば、誰かがここに入っていかなければならない。だったら、ここに来てしまった自分が入るしか無いだろう。

 

 念の為、拝をして、一礼。一方的に許可を取り付けた。

 

「失礼、します……」

 

 靴を脱いで、侵入。暗くてよく分からないが、どうやらまだ先がある様子。

 進んでいく中で、須美は気付いた。

 

「下って……る?」

 

 お社の中に階段があるなんて、そんな話聞いたことがない。もしや、これはお社と見せかけた、別の目的を持つ建造物なのではないか。

 

 常人なら普通、本殿ならいざ知らず、奥の神殿まで入り込んでしまうような精神は持ち合わせていない。だとすればここは、限られた者しか入ることが出来ないような、秘匿されなければならない何かがあるのでは。

 

 やっぱり引き返そうか、と思ったところで、最奥に辿り着いてしまった。

 

 なんと、そこには鳥居があり、鳥居の奥に扉があった。

 流石にこの扉は閉まっていると信じたい。もしそうならば、銀がこの中にいるという可能性を完全に排すことが出来る。

 ドアノブを握る須美。一瞬の葛藤、そして。

 

「……」

 

 そこ、開いちゃいますか──

 

「はぁ、なんで隠してるのに鍵かけないの……」

 

 ここまで来たら仕方がない。余計な詮索はせず、銀がいるかいないかだけ確認してさっさと出よう。そう決めて、扉を完全に開いた。

 

 

 *

 

 

「あの芽吹という子、凄いですね」

「ええ、隊長ですからね」

「ほお、あの子がですか」

「それより、私が言いたいこと、分かってるわよね」

 

 レンズの奥の瞳が、軽蔑の色と共に執事を睨む。アルフレッドはその目線とねじれるように微妙に視線を避けつつ、申し訳なさそうな顔をした。

 

「無意識だったんだ……キャンセルもできず……」

「……そもそも、いい大人がああいうのやらないでしょ」

「そ、そうだな……いや、そうですね」

 

 睨み続ける安芸。しかし、青い顔で愛想笑いをしている執事の姿が先程の園子に重なり、視線を戦う二人に戻し、呟く。

 

「あの子に、話、私がしようか?」

「君が?」

 

 思わず聞き返すアルフレッド。

 

「乃木さんあなたのこと凄く慕ってるし、あなたからするの、ちょっと嫌なんじゃないかなって」

「ま、まあ……いや、しかし……」

「それに、私からも色々言っときたいことがあるから」

「……」

 

 しばしの逡巡を終えて、執事は頷いた。

 

「そうしよう。余計なことまで言ってしまいそうだ」

「そう、分かった。あっちも終わったようね」

 

 槍と銃剣、交差しながら、お互いの顔を睨んで二人は制止していた。どちらが動いても、武器が胴体に当たってしまう。事実上の引き分けだった。

 

「つ、強いねえ、芽吹ちゃん」

「ふう……対人戦を積んでないとは思えないわね。でも……一撃の重みは、まだ夏凜の方が上だわ。あなたじゃスコア1000は取れないわね」

「だから違うって言ってるのに……」

 

 武器を下ろして、大気の緊張が緩む。お互い全力を出し切って、汗を滴らせながら息を切らしている。

 

「でも、楽しかったね、芽吹ちゃん」

 

 笑顔を浮かべ、握手を求める園子。芽吹はしばしの無言の後、無表情のまま、言った。

 

「私は、まだあなたを勇者と認めたわけじゃない。私くらい軽く捻ってもらわないと、貴方に衛士のみんなの命を託せないから」

 

 握手には応じず、踵を返して少女達の元に戻っていく。

 園子の心中は木枯らしの吹く冬の夜のようだった。

 

「乃木さん」

 

 ずーん、と涙目で沈む彼女の元に、安芸がやってきた。

 

「終わってすぐで悪いんだけど、話があるの」

 

 

 *

 

 

「なに、ここ……」

 

 真っ白な長方形の巨大な何かが、中心の出張ったガラスの様なものを取り囲むように屹立している。そのガラスから伸びる、地に描かれた線は蒼く輝き、まるでパソコンに繋げるケーブルのようで。

 

「あ、これって……」

 

 実際に見たことはないが、これは「量子コンピュータ」というやつなのではないかと、須美は考えた。詳しい事は分からない彼女であったが、通常のコンピュータでは不可能なほどの膨大な情報処理能力を有する、とても値の張る凄い精密機器だと言うことは知っていた。

 

 この部屋には他にも自動開閉式の扉があり、ここの他にも何か部屋があるということが分かる。恐らく、ここのコンピュータを動かす際に必要な何かがあるのだろう。

 

「なぜ、お社の地下に……?」

 

 とりあえず、中心のガラスに向かって進む。

 地に張られたこの線がケーブルとして埋め込まれているものだとすれば、あのガラスの中には電源があるのだと思われるが──

 

「え……」

 

 見間違えだろうか。さっきまで寝ていたし。

 目を擦り、頭を振り、瞬きを繰り返し、また恐る恐る中を覗く……

 

「……なによ、これ」

 

 中に居たのは、乃木園子そっくりな顔立ちの、小麦色の髪で、白絹で出来た十二単を着た、少女。

 つまりは──

 

「乃木、若葉……?」

 

 腰を抜かして倒れ込む。

 不味い。不味い気がする。絶対これ、見てはいけないやつでは無いのか。

 即座に周りを見渡す。防犯カメラは見当たらない。しかし、ここにいてはやはり不味い。

 

「失礼しました!」

 

 小声で叫び、階段を駆け上がり、そして、もう何が何だか分からないまま、気付けば寝室に戻り、ベッドに潜り込んでいた。

 

「どういうこと、どういうこと?」

 

 何故あんなところに乃木若葉がいるのか。そもそもあれは本当に乃木若葉であったのか。だとすれば、だとしなくても、あんなところに人間がいるのはおかしい。そもそも乃木若葉は300年前の人間だったはず。今の今までずっと少女の姿でいられるはずがない。

 

「わからない、わからない……」

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