プレイスピリット〜精霊がいるカードゲーム世界で普通のバトルがしたかった男〜 作:匿名S
俺の朝は平日だと早い。
普通に朝起きて、適当に昨日の残り物を朝食として詰め込んで、学校に行く。
なんで朝食にトーストや目玉焼きでもなく昨日の残り物を食べてるのかって?それはもちろん、母が料理するといつも結構な量を作るからだ。カレーなら鍋いっぱいに作る。そして母はそんなに量を食べないし、父はそもそもほとんど家にいないから俺が消化する必要がある。
まあたまに食べきれなくて残すんだけど、あの動く爆弾は低確率で料理を残されたことで『起爆』するからなるべく負け筋は減らしている。
でも、今日はラッキーデイだ。母が起きてこない日。
もう高校生だから学校に給食というシステムがないわけだけど、その代わり購買という機関が追加される上に買い食いが解禁されるため、最初は昼食を買って食べようと思っていたんだ。
でも母が『大事な息子に弁当を作りたい』と駄々をこねたために基本的に俺は弁当を持たされる。まあ内容は冷凍食品と残り物をそれっぽく詰めただけなんだけどね。
で、そんな謎のこだわりがあるせいで俺は昼食も自由に選べないわけだが、今日みたいに母が寝坊して弁当を作らない日は当然の権利として自分で昼食を購入して食べることができる。さらに静かに朝を過ごせるオマケつきだ。
こんなにいい朝は中々ない。せっかくだから今日の昼には購買の看板メニューのプリンパンでも買ってみようかな?
「つまり、どんなに日頃の行いがよくても悪いことを一度でもしたら喜助のように罪人になってしまうのでみんなも悪いことはしないようにしましょう」
相変わらずこの先生の授業は面白くないなあ。小さな子に教えてるのかな?ってくらい中身が薄い上に題材を見ていない。いや、見てはいるけど自分の見たいように見ている、という方が近いのかな。
世界広しといえど『高瀬舟』をただの勧善懲悪の話だったことにできるのはこの先生だけだと思う。『高瀬舟』といったら『知足と安楽死』じゃなかったっけ?
『足ることを知る』。簡潔にいえば大富豪の200万円と一般人の200万円は全然違うよね、だから同じ額を手にしても感じる幸福には差がある。案外、小さな幸せをこまめに見つける方が人生楽しかったりするものだ。
だから俺は『母が寝坊して静かに朝を過ごせた』『昼食を自分で選んで買える』ということに喜びを感じている。他の人なら普段からもっといい日常を送っているのかもしれないけれど、俺にとってはこれが幸せなことで、他の人はそれが当たり前だから幸せだと思っていないかもしれない。
なら俺の人生もそこまで不幸ではないのではなかろうか。それでええんか?と聞かれたら頷くことはないけど、人間欲張ると際限がないものだ。
それはさておき、作者が『高瀬舟』でなにを言いたかったのかを完璧に読み取ることはできないけれど、そうやって自分のことに置き換えてみると喜助がどんな気持ちだったのかというのは全くわからないってわけではない。もしかしたら共感というものは『相手の気持ちを考えて感じ取ること』ではなく『似た状況での自分の気持ちを思い出すこと』なのかもしれないね。
特定のケースのみを考えるのではなく、その状況が意味することを捉える。カードゲームでも大事なことだ。
『安楽死』について?うーん、人によるんじゃない?少なくとも俺は人間が生きてない時にどういう状態なのか知らないからなんともいえないよ。少なくとも無責任なことはいえない。
『生きるべきか、死ぬべきか』なんて他人に論じられるほどものを知ってはいない。いまの俺はただ生まれちゃったから生きてるだけだし、事故みたいなものだよ。
ほら、あの名作絵本だって『100万回死んだ』じゃなくて『100万回生きた』ってタイトルじゃん?だから人も死ぬんじゃなくて最期まで生きたといえるんじゃないかな。
……それにしてもこの先生、前も『舞姫』を主観で語って授業時間ギリギリまで豊太郎の批判をして最後に『こんな酷いことはしないようにしましょう』で話をまとめていたけど、なんで怒られてないんだろう?
なぜか一問一答形式の簡単な結論にしたがるんだよね。わかりやすくしてるつもりなんだろうけど、こういうことを教える時には悪手だ。
「ごめんね!プリンパン売り切れ!」
昼休みにひとまずは購買に足を運んだものの、既にできていた行列に耐えきった末に拝んだ購買のおばちゃんにそう言われてはさすがに諦めざるを得なかった。
まあ、プリンパンは昼食には向かないからね、買えなかったんじゃなくて買わなかったのさ。はい、こういうのを『すっぱい葡萄』といいます。いいますというかそういう寓話なんだけどね。
昼休みにまで学んじゃうなんて、なんて模範的な優等生なんだろう。急いで最寄りのコンビニ行こ。
「で、結局なんでプレスピを教えてくれないんですか?」
夜、バイトに勤しむ俺にレイタくんが問いかけた。前回でうやむやにできたと思ったんだけど、生活リズムを直したレイタくんは冷静であった。
ちなみに放課後は基本的にバイトである。高校の友達?そこになければないですね。
「レイタなんの話?」
「シンイチさんが昔大会に出てた強いプレイヤーだったからプレスピ教えてほしいんだけど、前回断られちゃったんだ」
あ、こらばらすな。
「え!?そうだったのシンイチお兄さん!?」
あーあ、どんどん伝わっていく……隣でバディチキを食べてるユキちゃんにも当然聞こえているから、もう三人にはバレてしまった。でも諦めない。
「実は昔、俺と同じ名前のプレイヤーがいてね……当時はよく間違われたんだ」
「嘘をつかないでください、ちゃんと調べましたから」
「……証拠はあるのかな?」
それを聞いたレイタくんは携帯端末に保存された画像を見せてきた。ふっ、俺の現役時代の試合中継は基本的に画角が遠いから決定的な証拠になんてならない。このままシラを切って……はい、どうみても俺の現役時代に現地の人が撮った写真です本当にありがとうございました。しっかり顔が写ってるから言い訳もできない。
「教えてくれない理由はまだ時間が取れないとかでもわかりますが、なんですごいことなのに隠してるんですか?それだけは僕にはわかりません」
……まあ、嫌な言い方になっちゃうけどレイタくんにはまだわからないよね。仕方ない、知らざあ言って聞かせやしょう。
「むかしむかし、ある国にとても有名な芸術家がいました」
「?」
「その芸術家の絵があまりに美しいため、弟子入りをしたがる人がたくさん現れました。芸術家は美しい絵を描ける人が増えるならと、弟子入りに来た人に自分の絵の描き方や心意気を教えこみました」
「……シンイチさん?」
悪いけど最後まで聞いてねレイタくん。少なくとも俺は話を終えるまで止まらないから。
「はじめは芸術家の指導に素直に従っていた弟子たちですが、やがてひとりが言いました。『こんなのは俺の描きたかった絵じゃない』」
「……」
「ひとりが言い出すと、ほかの弟子たちも次々と不満をこぼしはじめました。『自分の好きなように描かせてくれ』『自分の描き方がよくないと言われて傷ついた』『絵なんてしょせんは娯楽じゃないか』『自分のやり方でなにが悪い』」
黙って話を聞くレイタくん。申し訳ないけど、俺はこんな話をしてでも無責任に
「その不満は多くの人に伝わり、やがてこう言われるようになりました。『あの芸術家は才能があるだけだ』。そのうち芸術家は、描いた絵を人に見せなくなりました。そして最後には絵を描く気もなくなって、筆を手に持つこともなくなりましたとさ」
めでたしめでたし。ほら、拍手。
「シンイチさん……」
「ごめんね、変な空気にしちゃったね」
こんな回りくどい自分語りを最後まで聞いてくれた三人に拍手。
少しの沈黙ののち、レイタくんが口を開いた。
「言いたいことはわかりました、シンイチさんが本気でプレスピを教えたくないのも。改めて考えると僕は人に頼るには早すぎた、まだ自分で成長できる余地がたくさんあるはずでした。できるだけ自分で頑張るので、もしその気になったら教えてください」
大人だなぁレイタくん。俺よりよっぽど。
「ありがとう、レイタくん」
「いえ、むしろすいませんでした」
「謝るのは俺の方さ」
そう言うと、どちらからともなく苦笑した。