プレイスピリット〜精霊がいるカードゲーム世界で普通のバトルがしたかった男〜 作:匿名S
耳がちゃんと聞こえるようになったある日の週末。
「昔、シンプルなデッキで練習試合をやってた時にアニマを並べられるだけ並べて全体デバフでまとめて処理されちゃったことがあったね。でも、逆に戦力を小出しにするよりも一気に出した方が処理されにくいこともあるんだ」
「そうなんですか?」
「相手が単体除去と全体除去、どっちの方が得意なのかにもよるけれどね」
某有名DCGのあのカード、手札でコストが下がって、手札を入れ替えながら出てくる魔女さん。
あの人は多くのプレイヤーに『戦力を小出しにして各個撃破されるよりも、我慢して一気に出した方が相手の処理が追いつかなくなりがちで強い』という発見を与えた。
大抵一緒にデッキに入ってる目玉を0コストになったからって1体ぽんと出すんじゃなくて、魔女さんと一緒に出した方が相手の処理能力をパンクさせられたんだ。
あの魔女さんが展開の緩急というものを意識するきっかけになった人は結構いるんじゃないかな。人気カードだったし。
そうそう、それとただ1枚ドローするだけのスペルを『手札を全部入れ替えちゃう魔女さん』を出す前に使うか否かの問答も起きたよね。
その1枚ドローで魔女さんの手札入れ替えよりも先にほしかったカードを引いちゃったら、入れ替えの効果で捨てなきゃいけない。
だからもしそうなったらめちゃくちゃ損した気分になるけど、いらないカードを引けたらデッキ圧縮になるって議論になった記憶がある。
それで、TCGの始祖のあるカードにまつわる理論が注目されたりした。
それは『バトル終了時にデッキが残るようなら、その残りのデッキは使わなかったのだからカードの効果で多少削れたって問題ないよね』という考え方だ。それの応用でこの問答自体は解決した。
もちろんサーチカードとかがない前提ではあるけど、この理論は要するに『デッキが削れることを気にしすぎるな』って意味でもある。
例えば《焼畑》でデッキの上から墓地に落ちる3枚のカード、あれが墓地落としじゃなくて消失だったと仮定しよう。
そうしたらデッキの上からカードが3枚消失して完全に再利用できなくなるわけだけど、それでもバトル終了時にデッキが残ってるなら《焼畑》を使ってデッキが削れたってなんの問題もなくない?ということだ。
……マシロちゃんの理解とメモも済んだようだし、せっかくだからその話もしておこう。
「マシロちゃん、『燃焼』でデッキの上から墓地に置かれるカードが再利用できなくても、バトル終了時にデッキが残るなら恐れることはないんだ」
「たしかに白だと『燃焼』で墓地に置かれたカードって再利用しづらいですよね、そういう心構えでやった方がいいということですか?」
「実はこれはただの心構えじゃない。サーチカードがない前提で、いまから出す問題について考えてみようか」
いま、デッキから特定のカードをどうしても引きたいきみは《焼畑》を使おうとしている。
《焼畑》は『燃焼』3で3ドロー……つまりデッキの上からカードを3枚墓地に置いて、カードを3枚引くスペルだ。きみはこれでほしいカードを引こうとした。
しかし《焼畑》を使う寸前、金髪のショートヘアに赤い雷みたいなメッシュを入れたボーイッシュな精霊さんが宿ってきみに提案した。
『この《焼畑》の『燃焼』3を0にしてあげよう。そうしたら引きたいカードがデッキの上から墓地に落ちる心配がなくなるよ』
そうしたら今度は黒髪ツインテールに赤いインナーカラーを入れた、地雷系の格好をした精霊さんが宿って、きみにこう言った。
『そんなことをしたらデッキが3枚しか圧縮できないわ、まず『燃焼』で3枚墓地に落として、それからカードを3枚引いたらデッキが6枚減るのよ、引きたいカードがあるならその方がいいに決まってるじゃない』
さらに、くろさ……地雷系の精霊さんはこう提案した。
『そうだ、『燃焼』を6に増やしてあげるわ。そうしたらデッキが9枚も圧縮できるんだから、引きたいカードを引ける確率が上がるわよね』
さて、これできみにみっつの選択肢が与えられてしまった。
1.ボーイッシュな精霊さんの提案に乗る。
デッキの上からカードを墓地に落とさずに3枚引く。
2.地雷系の精霊さんの提案に乗る。
デッキの上からカードを6枚墓地に落としてから3枚引く。
3.どちらの精霊さんの提案も断る。
デッキの上からカードを3枚墓地に落としてから3枚引く。
きみはどうしても引きたいカードがあるから、もっともそれを引ける確率が高くなるようにしたい。そんなきみならこの中でどの選択肢を選ぶかな?
もちろん、デッキはまだたくさん残ってるからデッキ切れの心配はないよ。
加えて言うなら墓地に落ちて嬉しいカードもデッキに入ってないから、たくさん墓地に落とすことに他のメリットはない。
「さあ、どうする?」
「えっと……考えます」
いいよ、じっくり考えてね。考えてくれるなら答えが出るまでいくらでも待つからね。
……それにしても、この問答を真面目に聞いて考えてくれたのはマシロちゃんがはじめてだ。
なんだか感動してしまう、これに真面目に向き合ってくれる人と出会えるとは。
マシロちゃんはノートに考えを書いてまとめて、しっかり時間をかけて悩んで答えた。
「私はどちらの精霊さんの提案も断ります」
そう言うと、マシロちゃんはこういう時に俺が必ず理由を聞くのを知っているから聞かれずとも理由を答えてくれた。なんていい生徒なんだ。
「感覚なんですけど、デッキのカードを1枚も墓地に置かないのは圧縮率が低すぎて引ける確率が低いと思って、6枚も墓地に置いたら今度は引きたいカードが墓地に落ちちゃう確率が高くて危ないと思いました。だから3枚落として3枚引くのが一番いいのかな、って思いました」
うんうん、真剣に考えてくれたんだね。本当に嬉しいよ。
「真剣に考えてくれてありがとうマシロちゃん。不正解だ」
「えっ……」
「でも真面目に向き合ってくれて嬉しいから撫でちゃう」
「えへへ……」
よーしよしよし。えらいぞー、かっこいいぞー。
「答えなんだけど、実はこれ、どの選択肢もほしいカードが引ける確率は同じなんだ」
「えっ?そうなんですか?」
確率をわざわざ計算しなくてもわかるようにとても簡潔に説明してあげよう。
「ちょっとノートと鉛筆借りていい?」
「どうぞ」
「ありがとう。選択肢1から3をこういう言い方に置き換えてみようか、そうしたら多分わかるよ」
1.デッキの上からカードを落とさずに3枚引く。
→デッキの上から1・2・3枚目を引く。
2.デッキの上からカードを6枚墓地に落としてから3枚引く。
→デッキの上から7・8・9枚目を引く。
3.デッキの上からカードを3枚墓地に落としてから3枚引く。
→デッキの上から4・5・6枚目を引く
「こう置き換えたらどうかな?」
「……あ!どこから引くかが変わってるだけです!」
「その通り。見落としがちだけど、確率が変わるのは《焼畑》を使って墓地に落ちたカードを確認してからであって、《焼畑》を使う前の確率はどれも変わってないんだ」
だからほしいカードが墓地に落ちる心配ってあんまりしなくていいんだよね。
もちろんサーチカードがあったり、デッキ切れの心配がある時なんかは別だけど、今はそれらがない前提で考えてもらったからこうなる。
落ちたカードが一切再利用できなくてもデッキが残るなら問題ない。
デッキの上から数えて何枚目から何枚目までを引くのかが変わるだけだからね。
1枚目から10枚目までを引いても、代わりに11枚目から20枚目までを引いても確率は同じだ。
実質的にデッキの底に残るカードが変わってるだけに過ぎないし、むしろデッキの底に残るのと違って墓地に落ちたカードは見ることができるから、落とせるなら落としちゃった方がいいことが多い。
つまりそのぶん『なにが使えなくなったのか』という情報アドバンテージを得られるわけだ。まあそれは相手にも確認する権利があるけど、この世界の人たちって相手の墓地あんまり見ないからね。
「すぐわかってえらいぞー、かっこいいぞー」
よーしよしよし。いつもより多めに撫でてあげよう。
「明日、決着をつけようと思います」
俺の膝の上に座るマシロちゃんがそう言った。
どうやらもうじゅうぶん成長を実感できたようで、いじめっ子をプレスピで倒していじめをやめてもらうらしい。
今はテュールがこっそり
ちなみにいま膝の上に座ってるのは多分だけどやっぱり少し怖いんだと思う、なんかお願いしてきた。後ろから抱きしめるという注文つきで。
でも『《焼畑》と精霊の問答』に真剣に向き合ってくれたのがあまりに嬉しかったのですんなり承諾しちゃった。俺はもしかしたらめちゃくちゃチョロいのかもしれない。
「明日月曜日じゃない?」
「今週の土曜日が授業参観だったので、月曜日がお休みなんです。呼び出されたので多分バトルになると思います」
なるほど、まあ大丈夫でしょ。もうマシロちゃんかなり強くなったし。
「今のマシロちゃんならプロレベルとかじゃないと負けないと思うよ。大丈夫、頑張ってね」
そう言うと、マシロちゃんはそれに頷いてから少し恥ずかしそうに話を続けた。
「もし……私が勝っても、まだ私にプレスピを教えてくれますか?えっと……もし嫌だったらプレスピじゃなくてもいいので……」
本当に今更だけど、ずいぶんと懐かれてしまったものだなあ。でも、マシロちゃんはいい子だし賢いし、できのいい妹みたいに思ってる自分がいるのは否定できない。
マシロちゃんを撫でてあげながら返事をする。
「大丈夫、もし勝ってもさよならなんてしないし、プレスピをやらなくなってもそれで会わなくなったりしないよ」
少なくとも、テュールが人払いしてくれる限りは。なんて思ってしまうあたりろくでなしだけど、さすがに事案は避けたいからなあ。
手を差し伸べた責任をどこで取り終えたとしていいのかわからないけれど、少なくとも今こうして毎週会えてるのはテュールのおかげだから、もしテュールがいなくなってしまったらさすがに会う頻度は落ちてしまうだろう。
まあ、もしいつかテュールが精霊界に帰ったり、あるいは自然回復が間に合わないくらいの緊急事態になって、存在維持のための霊力が尽きて消滅してしまうとしても、それよりかは俺が死ぬほうが早いだろう。そんな先の心配より今は明日の心配をしよう。
「『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』という有名な言葉があるよね」
倫理の授業、二年から選択科目でなんとなく取った授業だけどやっぱり面白いな。
この少しくたびれたサラリーマンみたいな先生の授業がいいのもあるし、内容自体も面白い。
「これは『善悪の彼岸』という本に出てくる言葉なんだけど、この言葉の前には『怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物にならないように気をつけろ』という
……強い霊力を感じる。
「これは一般的には『乗り越えなければならない敵だとか問題だとかに夢中になっているうちに、いつしか我を失って、悪い方向に影響を受けたりだとか、自分が悪者になったりしてしまう恐れがあるから気をつけなさい』という意味で知られているんだ」
こっちに向かって来てるな。
「『怪物』や『深淵』が具体的になにを指しているのかは明確にはわからないけれど、これはあらゆる問題に当てはまるよね。とにかく我々に言いたかったのはさっき言ったことだと解釈されている」
……もう少し聞きたかったんだけど、仕方ないか。
「先生、お腹がすごく痛いのでトイレに行ってきます。そのまま保健室にいくかもしれません」
「大丈夫?まあ無理しないで行っておいで」
「失礼します」
さて、ばれないように急いで靴を履き替えて外に出なきゃ。
「さて続きだけど、悪にとっての悪が善であるとは限らないし、自分が観察してなにかを
それにしても、なんの用なんだろう?
「どうしたの?テュール」
「緊急事態のため、事情は飛びながら説明」
そう言うとテュールは俺を横抱きにして勢いよく空を飛んだ。はやっ。でも気をつかって耐えられる速度にしてくれてるし、なにかしらのステルスをしてくれてるのか
「簡潔に説明。マスターの
「二つ目の人格?」
「マスターは
まじか……
「貴官の影響で二つ目の人格は
「本来ならどうなってたの?」
「おそらくはその場にいた人物を全員殺害しているかと」
「えぇ……」
「しかし、繰り返すと貴官の影響により本来の凶暴性は失っており、まだ軽度の暴行で済んでいます。まもなく現場に到着するため、どうか対処を懇願」
とんでもない問題児を教え子にしちゃったもんだなあ……
まあ……
「任せてよ、テュールにはお世話になってるからね。なんとかするさ」
「……感謝」
その瞬間、いつもの公園についた。
そこにはプレスピでバトルをする時に出てくる壁が普段より大きめに展開されていた。
その中に気を失って倒れてるっぽい大人が一人、おびえるあまり涙を流して震える女の子が三人。
そして、高笑いをあげながら二人の大人の首をそれぞれ片手で掴んで締め上げている
「力づくで一瞬壁を破り突入します、衝撃に注意」
「うん」
俺は簡潔に答えると舌を噛まないように口を閉じる。するとテュールはさらに加速し、バトルの時に出てくる壁を突き破った。
え、あの壁こんな硬かったの?結構衝撃あったよ。しかもすぐ塞がったし。これじゃ出られないわけだ。
「シンイチ様!!!」
「見てください!私は悪を!人の形をした化け物を打ち倒す力を手に入れました!!これも全てシンイチ様のおかげです!!!」
ちょっ、力つよ……
「わかったから一回離して、骨が折れる……」
ふたつの意味で。
すると、彼女は少し残念そうに腕を離すと俺に問いかけた。
「シンイチ様、どういったご用でいらっしゃったのですか?」
「あー、ひとつ確認したいんだけど、きみは黒川マシロちゃんでいいんだよね?」
「はい!
そっかぁ……
テュール、これ俺はどうしたらいいの?
『マスターとのプレイスピリットによるバトルを要請。精霊と同じく、勝てば平常時の人格に主導権が戻ると予測』
なるほど、なら簡単だな。あとありがとね、怪しまれないように脳内に直接語りかけてくれて。
……それにしても、なるほど。事情はある程度察した。
経緯は知らないけど、多分大人がよくない介入をしたんだろうな。これだから叱って謝らせるだけの大人は……
大人が叱れば表面上は終わるからっていじめられないための教育をせず、対症療法しかしないからこういう子が生まれるんだ。
こんな連中の尻拭いをするのは心底めんどくさいが、マシロちゃんにとっては俺も大人だ。
不甲斐ない大人のためでも、情けないいじめっ子のためでもない。あどけないマシロちゃんのためだけに、あと一回だけ本気でバトルしてあげよう。
「マシロちゃん、特別授業だ。俺と本気でバトルしよっか」
「本当ですか!?光栄です!!」
マシロちゃんは長く黒い前髪の隙間から、いつもよりはっきりと見える目を輝かせた。
この状態のマシロちゃんは目元だけ髪をわけたみたいになってて、真っ黒な目がよく見えるんだね。
「私、シンイチ様と同じ色のカードをデッキに入れました!!新しいデッキで、本気の貴方様とバトルができる光栄に感謝いたします!!!」
あ、これカード変わったやつだ。嫌な予感がするけどやるしかない。
大丈夫だよマシロちゃん、なんとかするから。
「そっか。それじゃあ、はじめようか」
「はい!!!」
どこかで見たことのある真っ黒な目。
どこで、なんて考えるまでもない────
「バトル」
「バトル!!!」
────俺と同じ、世界の汚さを見て黒く濁った目だ。