プレイスピリット〜精霊がいるカードゲーム世界で普通のバトルがしたかった男〜 作:匿名S
「今日から転校してきました、黒川マシロです……よ、よろしくお願いします……」
緊張してこわばった挨拶はしかし、拍手をもって迎え入れられた。
白い髪に黒のメッシュ……ではなく、極度のストレスにより大部分が白く脱色した黒い髪の少女は黒川マシロ。
彼女はストレスにより
そんなマシロは転校数分にして、この学校でうまく馴染めるかどうかという心配を一瞬で吹き飛ばされることになった。
「俺は
「
「はじめまして!
いつもの小学生三人組がだれよりも早くマシロを仲間の輪に巻き込んだからだ。
「よ、よろしくお願いします……」
少しぎこちない返事は、まだ緊張が抜けていないがゆえのものなのか、初対面とは思えない距離感と勢いに驚いてのものなのかわからなかった。
「転校生って聞いたからまさかと思ったけど、シンイチお兄さんの言ってた通りだったな!」
「おい、それは別に言わなくていいだろ」
「ど、どういうことですか……!?」
タツキがしれっと言ってレイタに咎められた情報。それがマシロにとって、とても形容しがたい無二の存在である
「むしろ隠したまま関わる方がよくないだろ?」
「はぁ……お前ってやつは……」
「まあまあ、もう言ってしまったものは仕方ないですよ。実はですね……」
ユキがレイタをなだめるついでに簡潔に真相を明かす。
「シンイチさんが『今度きみたちの学校にマシロちゃんって子が転校してくるはずだから仲良くしてあげてね』って言ってたんです」
「そうだったんですか……」
マシロは申し訳ない気持ちになったが、すぐに『なるべく遠慮しないと決めた』ということを思い出して持ち直す。
二つ目の人格が暴走する以前のことは言うまでもなく、暴走をシンイチがおさめたあとも事後処理やその後の環境を整えるためにシンイチとテュールが協力してずっと動いてくれていたのだ。
申し訳なさを抱かずにはいられないが、それを望まれているわけではないことを理解しているマシロは心の中で感謝しつつも気持ちを切り替えた。
授業の開始まではもうあまり時間がない、マシロは時間割を確認して授業の準備をする。
そんなマシロにレイタが話しかけた。
「マシロ。変なこと聞くかもしれないけど、前にどこかで会ったりしたか?」
「……いえ、初対面だと思います」
以前シンイチとの修行中にニクスの好奇心によって意図せず乱入することになったレイタだが、バトルで決めた結果としてその時の記憶はテュールにより消去された。
おそらくは
「少し難しいかもしれませんが、ついてきてくださいね。『走れメロス』はメロスが頑張って強い信頼関係や友情を見せて王を改心させた話と捉えることもできますし、そういったなにかを信じることや友情のすばらしさを力強く描いた作品としての解釈が一般的だと思われます」
ある小学校の教室のひとつ、そこではキッチリとした
「ですがそれだけでない解釈をする人もまたいます。『鉛筆のドラキュラ』という評論集では『歩けメロス』と題してメロスの無神経さ・自己中心性・自己陶酔を批判しています」
そこで一度区切ると、黒板に要点を書き連ねて話を再開した。
「なんて言うべきでしょうね……『走れメロス』は言い換えると『メロスから見た走れメロス』と言ってもいいかもしれません。セリヌンティウスや暴君ディオニスの都合や背景が全く描写されていませんが。それはメロスから見た話だと考えると納得もいきますし、意図的に描かれていないと捉えることもできます」
もう一度区切り、また黒板に要点を書いて話を再開する。
生徒たちは板書をとると、教師の話に耳を傾ける。
「そうですね、試しにメロスのしたことを箇条書きにして見ましょうか。時間をとるので自分なりにメロスがしたことを箇条書きで思いつく限り書いてみてください」
そう言われた生徒たちは教科書に掲載された『走れメロス』を読み直しながら、メロスのとった行動をひとつひとつノートに書いていった。
「いいですか。思ったことではなく、したことですよ」
窓際の隅の席では、生徒が忙しなく教科書とノートへ目を往復させる。
「メロスが物語でなにをしたのかを、ひとつずつ書いてみてください」
廊下側の隅では、生徒が同じように教科書を見てノートにメロスの行動を書き出していた。
「…………さて、どうでしょうか。メロスはこうして行動だけを見るとまともなことをしていないように見えませんか?暴君ディオニスの凶行を聞いて『生かして置けぬ』とすぐに王城に突入し、捕まったら『命乞いはしない』と言いつつ『妹の結婚式のために三日間だけ見逃してほしい』と
教師はメロスの行動を冷静に
その苦笑はメロスの
「そして自分の身代わりに、自らが『無二の友人』と言うほどの友であるセリヌンティウスを差し出します」
教科書をたてにして熱心に物語を読み込む生徒を一瞥し、教師は堂々と授業を続ける。
「そしてセリヌンティウスを人質に村に帰ってきたメロスは、
一時限目、適度に暖房の効いた教室で行われる国語の授業は生徒に一定の人気がある。
単純に物語が読んでみると面白く、教師がただテストのための教え方をするのではなく、物語にまつわる様々な話をしてくれるこの授業は勉強を楽しむにはおあつらえ向きのものだった。
「それからはいくつかの困難を乗り越え、一度諦めそうになりながらもどうにか間に合ったメロスは王を改心させることに成功します」
換気のためにわずかに開けていた窓から
朝の寒気が、優しく生徒を覚醒させていた。
「冷静に考えるとメロスはこんなにやりたい放題しているのに、これだけ全てが上手くいったのはもはや羨ましいレベルですね……」
そういうと教師は天を仰ぐ。
その様は真っ当に生きてきた己の人生に対する充足感の不足を嘆くようでもあり、認めるようでもあった。
『信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わないは問題ではないのだ。』
マシロはその一文を見て物思いにふけっていた。
「マシロちゃん、どうかしたんですか?」
「ユキさん」
「ユキちゃんでいいですよ?友達なんですから!」
内気でいじめられっ子だったマシロにとってはこの距離感には慣れが必要だろうが、不思議と悪い気はしないものだった。
「それで、何かお悩みですか?」
マシロは少し考えたが、大丈夫と言うとむしろ心配になることを実感していたために多少ぼかして考えていたことを話した。
「『走れメロス』のこの一文があるじゃないですか」
「そうですね」
「それで考えてたんですけど、何か問題があったときに『なんとかなるかどうか』じゃなくて『なんとかする』って言う人がいるんです。でもその人は、誰かに信じてもらえているから頑張ってるような感じじゃなくて、なんというか……『辛くても自分がやらなきゃいけない』みたいな感じで、仕方なくやっているような気がするんです」
「そうなんですか……」
「はい。それで、その人はなんで頑張れてるのかなとか、どうしたらその人の助けになれるかな、って……」
「うーん……難しいですね……」
話を聞いたユキは子供らしからぬ真剣さで悩み、子供ならではともいえる単純な意見を述べた。
「なんで頑張れてるのかはわからないですが、まずはその人をちゃんと休ませてあげたら助けになるかなって思います!」
「休ませる、ですか?」
「はい!私の想像ですが、そういう人って上手く休むことができないような気がするんです。だから一緒に頑張るんじゃなくて、休ませてあげるのがいいのかなって思いました!」
マシロはシンイチの教えを受け、その行動を目に焼き付け、テュールに協力してもらって問題に向き合っているイメージを持っていた。
そのせいか、無意識にテュールのようにシンイチの行動をサポートすることで力になることを考えていた。
そんなマシロにとって、ユキの単純かつ視点の違う回答は目から鱗だった。
「なるほど……」
「よければ私のお姉ちゃんを紹介しましょうか?お姉ちゃんならきっと無理をしてる人を見たらすんなり休ませて癒しちゃうので、多分誰も抵抗できずに休んじゃうと思います!」
「えっと……考えておきます」
それはそれとして、唐突な提案はやんわりと断っておいた。
マシロの脳裏には、メロスが言った『もっと恐ろしく大きいもの』をシンイチがどう捉えているのか、恐ろしいと思っているのかどうかが気になる感情があった。
◆
「『走れメロス』は素晴らしい作品ですね。みんなもメロスのように誠実で信頼や友情を大事にする人間になりましょう」
ああ、そう……
俺からしたらメロスって結構なろくでなしなんだけどな。
世の中はどん底から這い上がった話が取り沙汰されがちだけど、そういう人が偉くないとは言わない。でも普通に頑張って普通に過ごしている人だって偉いと思うんだよね。
……まあでも、皮肉を込めていうけど自らピンチに陥って、無二の友と呼ぶほどの友人を人質に差し出して、しかもその友人には信じてもらえて、さらに王様が改心するというハッピーエンドにたどりついたメロスは本当にすごいと思う。
俺には到底真似できない。
そして『もっと恐ろしく大きいもの』だなんて崇高なもののために走るのもわからない。
既に薄汚れた俺にとって、それはあまりにも高尚なことだからむしろ気にならない。どれだけ自分が汚れたって、責められたって、問題が解決できればそれでいいんだから。
『間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。』と言っていたけれど、メロスの走る理由は俺から見るとそう言った通りで、間に合わせるためでも友の命のためでもない、まさに『もっと恐ろしく大きいもの』のために走っているんだ。
要するに自分が正直者で友を裏切らない、汚れなき人間であるために走っている。
俺からしたらそれを目的にした時点でもう汚れていると思うけれど、メロスはそんな崇高な理由で走り続けた。
繰り返しになるけど、俺には到底真似できない。
間に合うかどうかが重要じゃないことにだけは同意するけれど、俺が同意するのは『間に合わせるのが厳しいことを諦める理由にしない』ということだけだ。俺がなにかの間違いで同じような状況になってしまったのなら間に合わせることだけを考える。
それに、もうひとつ大きなポイントがある。
それは到着してセリヌンティウスに殴ってくれと言ったこと。これは俺からしたらあまりにも身勝手だ。
この作品は多分意図的に暴君ディオニスやセリヌンティウスの都合が省かれて、メロスの一人語りが軸になっているわけだけど。白々しいほどにメロスにとって都合がいい。
自分が然るべき罰を受けるために相手に殴ってもらうだなんて自分勝手だと思わない?
メロスは嫌な気持ちを、一度セリヌンティウスを裏切ろうかという考えが頭をよぎったことによる罪の意識を背負いたくなかったんだ。だからセリヌンティウスに精算してもらった。
メロス、きみはなんと愛されている人なんだろうか。その後ろ暗い気持ちは自分が背負っていくべき重荷のはずなのに、それをセリヌンティウスに殴り飛ばしてもらえて、王も改心した。
まるで世界がメロスのためにまわっているかのようだ。
メロスの軽率な感情と行動からはじまった物語は、メロスもセリヌンティウスも死なせることなくドラマチックなハッピーエンドとして幕を閉じた。
これが羨ましくないといったら嘘になるけれど、おぞましくも思ってしまう。
それにしても、中学でやってるはずの作品までやってるあたりこの高校すごいな。いや先生がすごいだけなのかもしれないけれど。