プレイスピリット〜精霊がいるカードゲーム世界で普通のバトルがしたかった男〜 作:匿名S
「彼は『いかなるものも彼より賢くない』という神託を受けて、疑問を抱いた。自分をそこまで賢いとは思っていなかったんだ」
ある高校の教室のひとつ、そこではくたびれたサラリーマンのような風貌の中年の教師が熱心に生徒に話を聞かせていた。
「だからその神託の真意を確かめるために色んな人と話をした。職人だとか政治家だとか、果ては詩人にいたるまで様々な人と話をして彼が気づいたのは、『世間一般に知恵者と言われる者たちですら、自分が知恵を持っていて多くを知っていると思い込んでいるに過ぎなかった』ということ、そして『彼は自分がものを知らないことを自覚しているという点で知恵者よりも賢い』ということだったんだ」
そこで一度区切ると、寝ている生徒の肩を優しく叩き『ほら、もう少し頑張ろう』と声をかけて授業を再開した。
「彼はそんな知恵者たちに問答をしていった。もちろん知恵者たちを論破して悦に入りたかったわけではない。知恵者たちが本当は自分の知識を理解しきれていないこと、彼らが全てを知っているわけではないことを自覚して理解させるために問答を行っていたんだ」
もう一度区切り、別の生徒を起こして同じように声をかけると話を再開する。
さっき起こされた生徒はまた机に突っ伏して眠っていた。
「けれど、それが真似されるようになって『若者を堕落させた』として罪に問われてしまったという。これは先人に続く若い世代の人が本質や目的を履き違えて、その有効性だけを見て手法を真似した弊害とも取れるけれど、本当にただ有力者を言い負かすために真似されたのか、彼の考えに賛同して無知を自覚させるために行われたのか、真実はわからないだろうね」
二人目に起こされた生徒も船を漕ぐ。
「それと、彼は財産を多く持たず、質素な生活をしていたといわれる。これは『魂の配慮』という思想のためといわれていて、例えばお金がたくさんあっても、そのお金を有効に使うためには『どんな目的で、どう使うのか』が重要になる」
窓際の隅の席では、生徒が机の影に隠した携帯端末をいじっていた。
「食べ物だって食べすぎたら身体を壊すし、水ですら中毒を起こす摂取量が存在するんだ。全てが手に入ることが幸せではない、善く生きるための『魂の配慮』が彼の思想のひとつだったんだ」
廊下側の隅では、生徒が同じように漫画を読んでいた。
「現在の学校教育は暗記と矯正ばかりだと私は思っているんだけれど、彼がいまの教育を見たら失望するかもしれないね。……いや、彼に勝手に私の考えを代弁させるようなことを言うのは失礼か、取り消すよ」
教師は自身の考えを授業の題材にしている哲学者の考えにしていると捉えられる発言を悟り、訂正して苦笑した。
その苦笑は己の未熟を恥じるものだったが、ほとんどの生徒は目線を下に落として見ていなかった。
「話を戻すと、彼は知識の暗記ではなく真理の探求を重視して、知恵や勇気、正義みたいな『なんとなく知った気になってしまう概念』に対して特に不備や矛盾を明らかにして、無知を自覚させようとしたんだ」
教科書を
「現代に生きる私たちですらいまだにほとんどのことを知らないし、教えてもらえていない。人にいじめられない方法だって、人が人をいじめる理由だって、授業では教わらないよね」
五時限目、窓から陽の射し込む教室で行われる倫理の授業は生徒に一定の人気がある。
一度は起こしてくるがしつこく起こしてはこず、教師が問題を解かせたり読ませたりなど、なにかをさせてくることがないこの授業は自由時間にはおあつらえ向きのものだった。
「それにもっと違う話でいうと分数の割り算だ。あれは『なぜそうなるのか』という過程を飛ばして『分数の分子と分母を反対にすればいい』という結果だけを教えている」
換気のためにわずかに開けていた窓から寒風が吹き込み、生徒が板書に忙殺されずに授業に集中できるようにと教師が夜なべして作ったプリントを一枚床に落とす。
昼の陽光が、優しく生徒を堕落させていた。
「そういったことを知らずに教師は『教師』たりうるのか……いじめ問題について立場が上なのをいいことに大人が自分なりの正義で介入するのも、分数の割り算の仕方を教えるのも、あまりいいこととは言えないのではないかと、私は思ってしまうんだ……」
そういうと教師は天を仰ぐ。
その様は己の力不足を嘆くようでもあり、認めるようでもあった。
◆
一度、カードゲームはなにが楽しかったのか考えてみたことがある。
否定的な意味ではなく、人はなにに快楽を感じてたまたま触れたカードゲームを続けるのか真面目に考えてみたくなったんだ。
メタゲーム・リソース管理・読み合い・コンボ……色々思ったけど、最終的にもっと広くてシンプルな視点でみっつの仮の結論にたどりついた。
ひとつめは『したいことがしやすい・入力が反映されやすいこと』だ。
コマンド入力やアクションが苦手でも、カードを置いて行動を宣言するだけでそれが有効になる。
ルールを覚える壁はあるかもしれないけれど、他のゲームよりも判断を急かされないし、そもそも他のゲームもただキャラが動くだけの状態より先に行くためには結局ある程度ルールを覚える必要がある。
どうせルールを覚えるなら、操作が簡単なカードゲームの方がやりやすいのはたしかだろう。
ふたつめが『体験しやすいこと』。
例えばテレビゲームと違って家に集まるとか、高いゲーム機やソフトを用意する必要自体はない。カードがデッキ単位であればその辺の公園でもできるという参入ハードルの低さもそのひとつ。
そしてさっき言った『操作が簡単』という点もまた、他のゲームとは別種の『体験のしやすさ』を発揮して多くの人をこの沼に引きずり込んだんじゃないかと思う。
それに、ある程度までは勝つためのハードルも低いと思う。自分のデッキの回し方がある程度わかれば、あとは引きや状況次第。だから多少の試行回数でも勝てる見込みがある。
そうやって勝った時だとか、あとはコンボや思惑が上手くいった時の『成功体験』もまた沼への引力を強めていたと思う。これも他のジャンルのゲームとは違うと言っていい。
そしてみっつめ。
あえて悪いニュアンスを使わせてもらうけど、それは『得意げになりやすいこと』だと思った。
カードゲームは『理由付け』がしやすいゲームだと思う。採用カード、プレイング、デッキのコンセプト……あらゆる点で『自分なりの理由付け』をして遊ぶことができる。
そうして自分の考えを出力して戦って、上手くいった時に得意になることができるんだ。入力難易度の低さやカードを介して戦うことも相まって、多少の人間性能の差なら全然覆る。もちろん限度はあるけどね。それと、他の対戦ゲームよりもなにが戦況を変えて有利不利を作っているのかがわかりやすい。
極端な話、ベースは既存のテンプレート化した構築やコンボで補って、そこに自分の考えを織り交ぜればあとはバトルするだけで勝てば快楽を得られる機関の完成だ。
浦島太郎セットが流行った時に得意げにその強さと自分の考えや工夫を語る人を死ぬほど見たし、死ぬほど黒崎さんに処理されてた。俺自身も浦島太郎セットについて知りたくて試した時期があるけど黒崎さんに普通に負けたし。
まあ
……話がそれちゃったね。つまり、バトルやカードを介して自分が強く、その考えが正しいと他のゲームよりも思いやすいこと。それがみっつめの理由なんじゃないかと思った。
でも、そこから先に進めなくなる人は出てくるだろう。だれもがはじめは勝つために考えるんだと思う。でもいつの間にか勝つために考えるのではなく、自分の考えを尊重するために勝とうとしてしまうようになってしまった人も出てくると思う。
そういう時に彼の考えはよく身に染みる。
自分はそのデッキを回し慣れているだけで知った気になっていたのではないか、アドバンテージを取っても対策カードが効いても、それは本質的には勝ちに繋がっていないのではないかと考え直すきっかけをくれるんだ。
カードゲームとこの授業に直接的な関係はないけど、こんな授業を聞きもしないで単純な娯楽に時間と労力を割くなんて、周りの生徒たちはすごくもったいないことしてるよね。
仮にためになるかどうかを抜きにしても、単純に知って考えて、場合によっては自分から問題を解いていくのはやってみると案外面白いものだ。
それでも生徒たちは将来お金を払っても戻れないような時間と環境を娯楽消費にあててしまっている。あとから勉強したって時間を取るのは大変だろうし、ひとつひとつ質問に答えて熱心に教えてくれる先生はいないのに。
「明日朝から旅行に行くから、いい子で待っててね」
「うん」
学校のあとのバイトまで終えて家に帰ると、ちょうど荷造りをしていた母が旅行宣言をした。
まあいつものことだ。母は定期的に旅行に行く。
もちろん仕事とかじゃなくて本当にただ遊びに行くだけだ。今回は時期的に温泉旅館にでも行くんじゃないかな?
そして旅行に行くということは当然家にいないということで、それはつまり帰ってくるまでのあいだ俺の睡眠の質が上がるということだ。
それにストレスの発散になるような娯楽は定期的にしてくれた方が母も爆発しづらくなるし、個人的にはいいことづくめだ。
しかも朝から出るってことは多分明日の昼食は自分で買える。至れり尽くせりだ。
ちょうど明日はバイトもないし、学校が終わったら父が家に帰ってくるあいだは外で暇を潰して、ついでになにか買い物でもして帰ろうかな。
明日が少し楽しみだね。