プレイスピリット〜精霊がいるカードゲーム世界で普通のバトルがしたかった男〜   作:匿名S

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47話(閑話)『柄本トオルの湯治』

 

 

「はぁ……」

 

 青枝(あおえだ)レイタの持つカードの精霊に二度も氷像にされた後、柄本(つかもと)トオルは近くに秘湯(ひとう)があると噂される山奥の旅館に来ていた。

 

 トオルははじめこそボスに精霊カードを集めてくるように命じられていたが、曰く『装置の開発が思ったより上手く行きそう』とのことで計画を多少変更し、二回も氷漬けになったトオルには(ねぎら)いの意味を込めて湯治(とうじ)にでも行ってくるといいと旅費を出してくれたのだ。

 

 そういうわけで予約していた旅館の目の前に着いたものの、トオルはため息をついていた。

 

 その理由は単純で、元々苦手意識があったものの子供にプレスピで負けて、凍死しかけて青枝レイタの仲間に助けてもらって逃げ帰るという無様を晒した自分に嫌気がさしていた。

 ボスは同情してくれたが、だからこそ逆に申し訳なさや不甲斐ない気持ちも大きいものだった。

 

 既に失敗してしまったことは仕方ないからこれから挽回(ばんかい)しようという気持ちと、こんな自分がこれから挽回なんてできるのかという自己嫌悪(じこけんお)や不安感に挟まれながらもひとまず古びた日本家屋(にほんかおく)の戸を叩くと、優しげな面持(おもも)ちの老婆がトオルを出迎えた。

 

「あら、ご予約の柄本(つかもと)さんですね。ようこそお越しくださいました」

「ああ、はい……」

 

 先程この日本家屋を旅館と言ったが、実のところここは民泊であり、豪奢(ごうしゃ)な旅館やホテルをどうにも使う気になれなかったトオルが自分で決めた場所だった。

 

 

 それからは老婆に部屋の案内をされて荷物を置き、近くにある山奥の秘湯でひとりくつろぎながらも答えの出ない自問自答を繰り返していた。

 

 プレスピは苦手、白兵戦(はくへいせん)も中途半端。運良く()()()()の暗殺依頼を受けるのを後回しにしたことで白銀(しろがね)マリナの脅威を感じ、その依頼を蹴って今日(きょう)まで生き延びた。

 そして、白銀(しろがね)マリナの影響で同業者や殺し屋の(たぐい)が数を減らしたことで自分に回ってくる依頼が増え、そのおかげで今のボスに出会うまでやっていくことができたわけだが、そんな幸運がまた自分の弱さを浮き彫りにしているようで憂鬱だった。

 

 もちろん、青枝(あおえだ)レイタに敗北してその精霊に凍らされ、さらには彼の友人の精霊に助けてもらったこともトオルの憂鬱を助長する要因である。

 氷が溶けたからといって暴れられるほど心身が強くなく、そもそも暴れてどうにかなる戦力差ではないことを実感していたトオルは、溶けて水になった氷が奪っていく体温にただ震えながら撤退するしかなかった。

 

「どうしたらいいんだろうなあ……」

 

 もっと根本的な解決をしなければならないが、雇い主に何かしらの修行をつけてもらうだなんてできるわけがないし、そんな弱みを見せれば次は自分が食いものにされる番だろう。

 

 たまたま剣術家(けんじゅつか)の子に生まれ、剣道をかじった程度の武器で表社会のレールから外れた世界で今までやっていくことができていた幸運は、今になって真っ当な修行ができないまま行き止まりまで来てしまったという不運に転じてトオルに牙をむいていた。

 

「こんなことならもっとちゃんと勉強しとくんだったなあ……」

 

 トオルは比較的生真面目(きまじめ)(ほう)ではあったが、それはサボタージュや自発的な悪事をしないという程度の話であって、頭を使うことは生来(せいらい)苦手であった。勉強もプレスピも上手くできないので()()()()()()()()()()()ベストを尽くそうとしてしまう。

 

 つまるところ、限界だとか壁だとかいった、何かを超えるということは生まれてこのかた()()()()()だったのだ。

 

 だからというには残酷なことだが、仕事が上手くいかずに退職し、気づけば裏社会で純粋な殺し屋ほどではないにしろ後ろめたい仕事をして生きてきた。

 

 ハードルをくぐったところで超えたことにはならず、引き返してもそのハードルはなくなることはない。ネガティブになっているトオルは、今になってそのハードルに四方(しほう)を囲まれて追い込まれているような気になっていた。

 

 

 

 旅館に戻ると見覚えのない老爺(ろうや)が背負っていた(かご)を老婆に渡しているところで、トオルは老夫婦の夫が山菜採りでもしていたのかと察した。

 

「む?お前さん……」

「な、なんでしょう」

 

 こちらを見るなり急に話しかけてきたどこか(けわ)しい顔の老爺(ろうや)。思わずたじろぎつつも平静を装って返事をすると、老爺はたった一言。

 

「ついてこい」

 

 とだけ告げてどこかへ歩き出した。

 

 

 

「ほれ、これ持って構えろ」

 

 小さな道場のような部屋に来るなり、両手に持った竹刀(しない)の左手に持った方を投げ渡して構えを催促(さいそく)する老爺(ろうや)に、トオルは戸惑いつつも構えて見せた。

 

「面倒だから道着(どうぎ)はつけんが、まあ怪我しない程度にしてやる。かかってこい」

 

 なんだか小馬鹿にされている気がして、困惑しながらもトオルは竹刀を振りかぶった。内心、今までの感情をぶつけるような八つ当たりじみた剣戟(けんげき)であることは自覚していた。

 

 

 

 しばらく攻撃をいなされ、疲弊したところに一閃。まるでツッコミを入れるかのような頭頂部への一撃と、溜まった疲労にトオルは思わず床に横たわる。

 

「少しは悩みも薄れたか」

「……!」

 

 亀の甲より年の功というべきか、老爺にはトオルが悩んでいること……それも、悩んだってどうしようもないことに(さいな)まれているのを見透(みす)かされたらしい。

 

「お前さん、頭を回したって仕様(しよう)がないたちだろう。それならいっそ身体を動かせ。生きてさえいればそのうち折り合いもつこう」

「折り合い……」

 

 老爺は長い人生経験からトオルを『悩みを抱える若者』と捉えたのかそう言った。だが、それで納得がいくほどトオルは大人になってはいなかったし、少年でもいられなかった。

 

「ただ折り合いがつくだけじゃダメなんだ。お爺さん、俺に修行をつけてほしい」

「……ほう?」

 

 修行と聞いた途端、老爺は笑みを浮かべてトオルを見る。

 

「今の俺はプレスピも、剣の実力も全然足りない。どうか俺に、戦いを教えてください」

 

 

 

 それからは修行と湯治の日々だった。

 

 毎日朝昼晩の食前に老爺と一回打ち合い、秘湯で疲れを流して眠りにつく。なぜか老爺はついでにプレスピも相手してくれたので何度か手合わせをしたが、トオルのデッキがあまりにシンプルだったのでそこについては難航(なんこう)した。

 

 いや、難航という点では戦闘も同じだった。

 

「お前さんの戦いは真面目すぎる。実直(じっちょく)だけでは世の中やっていけんぞ」

「師匠が強すぎるんですよ……」

「まあ、(わし)は柔道も空手もやっとったからな。お前さんはまだ何でもありの戦いには慣れんか」

 

 そう、トオルは剣に固執(こしつ)していた。

 

 それしか知らないからそれを一生懸命にやる。苦手なことは苦手だから、今できる範囲でベストを尽くす。『身の程をわきまえる』といえば聞こえはいいが、そういう美徳じみた悪癖(あくへき)がトオルの道を(ふさ)いでいた。

 

「師匠はなんでそんなに色々強いんですか……」

「若い頃やんちゃしてたもんでな、とにかくなんでも強くなりたくて修行に明け暮れたものよ」

「そんなに色んなことして、中途半端にならないんですか?」

「なる者はなるだろうな。だがな、深さには広さがいる。ひとつのことだけをやり続けると、上手くいかない時はもがくしかない。そういう時に他のことをしていればそれに打ち込めるし、そうやって色々なことを高めていればそのうち()()()()()()()になっている」

 

 この老爺(ろうや)とトオルは対極の存在と言ってもいいものだった。

 

 たくさんのことをやる中で得た知識や経験を別のことに活かして問題を解決できるようになった老爺と、剣だけを持って剣の知識と経験ばかりを得たにも関わらずそれでは解決できない問題に直面しているトオル。

 

 剣だけの話をするならそれでも良かったのだろうが、こうしてルール無用の戦闘をする時の弱さや、生きていく中で直面した問題に悩んでいるのは後者(トオル)だった。

 

「本当に強くなりたいなら『浅く広く』でも『深く狭く』でもそのうち手詰まりになるだろう。焦らなくていい、深さと広さをある程度両立して、自分自身のレベルを上げるべきだと儂は思う」

「そんなの理想論ですよ師匠……」

「否定はせんが、世の中にはそれを現実にしている者もいるだろう。トオルよ、お前さんは手詰まりだと思っとる(くせ)に自分の慣れ親しんだ武器である剣から離れられずにいる。新しいことをして上手くいかないのが怖いか?それとも恥をかくのが怖いか?」

 

 トオルは老爺の指摘と質問に、何も言い返せなかった。

 

 ぼんやりとわかっていたことだった。剣しかやってないしできてなかったのだから他のことができるわけないと思いつつ、そう理由をつけて剣だけを持つことに安心している自分がいることなんて、わかっていたことだった。

 

「剣は十分にできている。プレスピも基礎的なやりとりは問題ない。『深く狭く』ができれば次は少しずつ広げる段階だ。お前さんは今までやってきたことという名の(から)に閉じこもっていないで、近いことからでも新しいことを始めた方がいいと思うぞ」

 

 トオルが透明の凡庸(ぼんよう)なカードしか使わなかったのは、各色の難しいことで悩みたくなかったからだった。

 

 剣以外の戦闘手段を持たなかったのは、剣だけでなんとかできていたから、他の戦い方を覚えたり活用したりすることに悩みたくなかったからだった。

 

 悩みたくないことに向き合わなかった結果、悩みから逃げられなくなってしまった。

 

 そして、その悩みと向き合う時間すら、なくなってしまった。

 

 

 

 

 

 老夫婦と一緒に食卓を囲むトオル。

 

 シンプルなおひたし・沢庵(たくあん)・味噌汁に白米・あとは老爺がとってきた山菜の天ぷらといった若者が不満がりそうな献立(こんだて)はしかし、案外トオルの心に安らぎを与えていた。

 

「お前さん、もう帰るんだろう?」

「はい……すみません、修行つけてもらったのにあんまり成長できなくて……」

「仕方あるまい。(さいわ)いお前さんは剣さえ振れれば十分強い。規格外の強者(つわもの)でも相手するか、複数人に囲まれるかでもしない限りは大丈夫だろう」

「ごめんなさいね、うちのが散々振り回したみたいで。休みにならなかったでしょう」

「いえ!自分が望んだことですので!」

 

 実際に最初の一回以外はトオルが望んで修行をつけてもらっていたが、老婆からすれば客人を無駄に疲れさせるなという気持ちだろう。

 

 

 

 食事を終えて老婆が皿を洗っている頃、茶をひとくち飲んだ老爺がおもむろに口を開いた。

 

「湯がある山の奥に、伝説のカードが眠っておる」

「伝説?」

「ああ。日本のもの(伝説)ではないがな。山奥に剣の刺さった台座があって、その剣を抜けば台座の中から取り出せるようになっている。それをお前さんに託そう。使いこなすのは難しいかもしれんが、簡単な使い方だけでも十分に強いじゃろう」

 

 伝説を託すという言い方に引っかかりを覚えていると、皿洗いを終えた老婆が叱りつけに来た。

 

「あなたったら、昔使ってたデッキを使ってほしいだけでしょう!」

「わははっ!ばれたか!」

 

 老爺はそんなお叱りを笑い飛ばし、どこ吹く風で話を続ける。

 

「若い頃は西洋の騎士にも憧れてやんちゃしたものだが、これでも(わし)はプレスピの(ほう)も中々のやり手でな。決して弱いデッキではないぞ。よければ持っていけ。あわよくば儂のことを語り継いで……」

「お客さんに変なことさせるんじゃありませんっ!」

 

 気づかぬうちに、トオルは少し笑っていた。

 

 

 

 老爺が遊び心で自作の台座に封印したというデッキの場所が記された地図を貰い、トオルは老夫婦の家をあとにする。

 

「久しぶりに身体を動かせて楽しかったぞ!またいつでも来いよ!」

「今度はゆっくり休みに来てくださいねー!」

 

 手を振って見送る老夫婦に手を振り返し、柄本(つかもと)トオルは独りごちる。

 

()い、人たちだったな……」

 

 眠れるデッキへ続く道は、肌寒くもどこか澄んだ風が吹いていた。

 

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