嫌顔至上主義   作:嫌至ξ紳士

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裏話
管理される覚悟


 あれ以来、私は彼とはまともに顔を合わせることができていない。

 

 屈辱的な賭けに負けたあの日から、彼とまともに顔を合わせられなくなってしまった。

 勝つべきだった。

 なのに、私は負けてしまった。

 私が、負けるなんて……。

 

 その思いが何度も心に刺さり、日常生活の中でふとした瞬間に私を追い詰める。目を閉じれば、あの日の光景が頭に浮かんでくる。

 彼の勝ち誇った顔、私が屈辱的な約束を守る羽目になった瞬間の自分――こんな感情は、今まで感じたことがない。

 

「はぁ……」

 

 部屋で一人、ため息をつく。

 この心の中のもやもやは一体なんだろう。私にとって彼はただの幼馴染。

 だが、あの出来事以来、私の心は少しずつ揺らいでいる。

 

 彼のことを思うと、胸の奥が締めつけられる。

 それが、怒りなのか、それとも別の感情なのか、自分でもわからない。

 ただ一つ確かなのは、彼が私に与えたあの屈辱が、心に深く刻まれているということだ。

 

 どうして、こんなにも気にかかるの……?

 

 普段なら、私は冷静さを失うことなんてない。

 彼のバカげた行動にも毅然と対応してきた。

 なのに、今はどうだろう。

 彼が近くにいると、無意識に視線を逸らしてしまう。

 自分でもこんな自分自身が信じられない。

 

「……鈴音、何考えてるのよ」

 

 ベッドに横たわりながら、私は自分にそう言い聞かせる。

 彼はただの幼馴染。あの一度きりの出来事で、私が変わる必要なんてない。

 ……そう思うようにしていたのに。

 あの日の彼の真剣な眼差しが、今も脳裏に焼き付いて離れない。

 

 その時、携帯が震えた。

 彼からのメッセージだ。

 中身はシンプルなものだった。

 

『話がある。いつもの場所で』

 

 いつもの場所――それは私たちが入学以来からよく会っていた学校にあるカフェのこと。

 彼は一体、今度は何を話すつもりなのか。

 心の中で嫌な予感がするが、同時に何か期待している自分がいるような気がした。

 

 まさかね……。

 

 私は制服に身を包み、いつもの冷静な自分を取り戻すように深呼吸をして、部屋を出た。

 

 

 

 

 カフェに着くと、彼がすでに待っていた。

 いつもと変わらない顔つきだが、その表情には少しばかりの緊張感が漂っているように見えた。

 私は彼に近づき、冷静に問いかける。

 

「話があるって、何の話?」

 

 彼は少しだけためらった後、口を開いた。

 

――あの日のことを、謝りたいと思って。

 

 その言葉を聞いて、私は驚きのあまり一瞬言葉を失った。

 まさか、彼が謝るとは。

 彼の自由な性格を考えれば、あんなふざけたことをしても、後悔するとは思わなかった。

 

「謝りたいって……本気で言ってるの? それで許されると思っているの?」

 

 自分でもなぜか声が震えているのが分かる。

 私はじっと彼の目を見つめた。彼がどこまで本気なのか、確かめるように――。

 彼は少し視線を逸らしながら、続けた。

 

――あの日、鈴音にあんな要求をして……本当に悪かった。

――冗談のつもりだったんだ。

――でも、鈴音がどう思ったか、全然考えてなかった。

 

 彼の言葉に、心の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚が再び襲ってきた。

 彼の真剣な顔を見て、私の中で抑えていた何かが崩れそうになる。

 

 冗談だった……そう、冗談で済まされることじゃない。

 

「……それだけ?」

 

 私は冷たく、そして短くそう返した。

 自分でも驚くほど感情を抑えきれていない。

 彼に対して、これまで感じたことのない複雑な感情が湧き上がってくる。

 

 彼は、少し戸惑った様子で私を見つめた。

 

――それだけ、じゃない。

――本当に悪かったと思ってる。だから、これからは……。

 

 彼が続けようとしたその時、私は無意識に彼の言葉を遮るようにして言った。

 

「あなた、本当にバカね。」

 

 彼の言葉が全部聞きたかったわけではない。

 ただ、私は彼の謝罪がどこか心に響いていた。

 私は少し息を整えてから、静かに続けた。

 

「……冗談にしても、私は本当に驚いたわ。でも、もう気にしてない。だから、謝らないで。あなたがそんな顔してるのを見ると……なんだか、変な気持ちになるから」

 

 そう言った後、私は彼に視線を向けた。

 彼は驚いた表情を浮かべている。

 私も、自分が何を言っているのか分からなくなりそうだった。

 

「もう、二度とあんなことを言わないで。次は本当に後悔させるから。」

 

 彼は小さく頷いた。

 そして、静かな沈黙が私たちの間に訪れる。

 どこか心が軽くなった気がして、私は少しだけ笑みを浮かべた。

 

「さ、これで終わりよ。……また、何かあれば呼んでちょうだい。」

 

 私は彼に背を向け、去ろうとした。

 だが、その瞬間、心の中でほんの少しの未練が湧き上がるのを感じた。

 

 これが、終わり……じゃないかもしれない。

 

 彼と過ごした日々、あの賭けの記憶、そして今日の謝罪。

 何かが変わったのは確かだ。私はその変化を受け入れようとしている自分に気づいたが、あえて気にしないことにした。

 背中越しに、彼の視線を感じながら私は歩き続けた。

 その日はどこか、いつもよりも涼しく感じられた。

 

 

ξ

 

 

 そんな翌日のことである。

 私はとある噂を聞きつけて、彼を急いで自分の部屋に呼び出していた。

 

 あの日、私は彼の謝罪を受け入れた。

 彼が真剣に謝ってくる姿を見て、少しだけ許してもいいと思った。

 ……でも、それは間違いだったのかもしれない。

 

「……どういうことか説明してもらえるかしら?」

 

 私は、じっと彼の顔を見据えた。

 彼はいつものようにどこか気楽な表情をしているが、私の問いかけに少し緊張した様子を見せている。

 

 部屋にはもちろん私たち二人しかいない。

 ドアは閉められ、静寂が支配している。

 だが、私の心の中は嵐のようにざわめいていた。

 

「他の子にも、同じことをしていたって、どういうこと?」

 

 つまり、彼に関する学年中に広がっている噂である。

 今日、隣の席の友人から聞いた話が頭の中で繰り返されていた。

 

 それは、彼が他の女子生徒にも、同じように下着を見せてもらったという噂。

 そんな彼の噂話を知ったとき、私は怒りよりもまず、信じられない気持ちが強かった。

 

 彼は冗談半分だと言っていた。

 だが、それが本当ならば、なぜ他の女子生徒たちにも同じことを頼む必要があったのか?

 私はその理由を知りたかった。

 

………

 

 彼は黙っていた。

 私の視線から逃げようとしているのが明らかだった。

 ゆえに私は、さらに言葉を強めた。

 

「私だけじゃなかったってこと? ふざけないで」

 

 彼の顔に微妙な表情が浮かぶ。

 言葉に詰まっている。

 

 私は一歩前に踏み出し、彼の顔を真正面から見つめた。

 まるで彼の心を見透かすように、その目をじっと捉えて離さなかった。

 

「他の人にも同じことを頼んで、それをどう思ってたの? 私だけじゃなくて、みんなに同じことをしてたのね」

 

 彼は視線を彷徨わせながら、ようやく口を開いた。

 

――いや、それは……ちょっとした、冗談で。

 

「冗談?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は無意識に手を握りしめた。

 心の中で何かが爆発しそうになるのを感じた。

 

「他の人たちにも、冗談で頼んだっていうの? ふざけたこと言わないで。あなた、本当にそれが冗談だと思ってるの?」

 

 冷たい声が自分の口から出るのを感じた。

 私は彼に怒りをぶつけるつもりはなかった。

 ただ、真実を知りたかった。

 

 なぜ、私だけじゃなかったのか。

 

 その理由を聞かなければ、この感情が収まらない気がした。

 彼はうつむきながら、しばらく何も言わなかった。

 私は静かに、しかし語気を強めて問い詰めた。

 

「なぜ、私だけじゃなくて、他の人にも同じことを頼んだの?」

「私にとって、あの約束は……もっと特別なものだと思ってたのに」

「……あなたにとっては、ただの遊び心だったのかしら?」

 

 彼が何も答えないことに苛立ちを覚えた。

 私はさらに彼に近づき、もう一度強く言い放った。

 

「本当の理由を教えてちょうだい。なんで、私だけじゃなかったの?」

 

 目元が熱くなってくるのを感じる。

 その時、彼はゆっくりと顔を上げた。

 そして、静かな声で言った。

 

――ごめん、そんなつもりじゃなかった。

――ただ、なんていうか……調子に乗ってしまったんだ。

 

 彼の言葉を聞いて、私は一瞬、息を飲んだ。

 彼の真剣な表情を見て、何かが胸に引っかかる感覚があった。

 

 怒りが少しずつ消えていくのを感じたが、それでも納得はできなかった。

 

「調子に乗ってしまった……? それだけ?」

 

 私の声が震えるのを感じた。

 彼の言葉は謝罪の形をとっているけれど、それだけで全てを許せるわけじゃない。

 

 私の中には、もっと複雑な感情が渦巻いている。彼が他の人にも同じことをしたなんて、どうしても許せない部分がある。

 でも同時に――どうして涙が出そうになるのか、私は自分でもわけがわからなかった。

 

「あなた、本当に……バカね。なんで、なんでそんなふざけたことを……!」

 

 言葉を続けようとしたけど、涙が溢れ出して、言葉がつまる。

 どうして泣いているんだろう? 私は泣きたくなんかないのに。

 

 屈辱だったはずの出来事が、いつの間にかもっと違う何かに変わってしまったようで、自分の気持ちがわからなくなっていた。

 

 彼は私の涙を見て、焦った様子で一歩近づいてきた。

 

――鈴音……ごめん、本当に悪いことをしたって思ってるんだ。何も考えずに冗談半分で、皆にそんなこと頼んでしまって……。

 

 彼の手が私の肩にそっと触れた。

 驚くほど優しいその手の感触に、私はさらに涙が止まらなくなる。

 悔しい。

 彼に対してこんなにも揺さぶられてしまう自分がどうしても情けなくて。

 

「あなたって……ほんとにバカ……」

 

 涙声でそう言った瞬間、彼は少しだけ微笑んだ。

 そして、静かに私を見つめながら言った。

 

――鈴音、他の誰でもない、鈴音が本当に特別なんだ。だからこんなふざけたことしてしまって、本当に後悔してる。だから……許してくれないか?

 

 その言葉が、まっすぐ私の心に届いた。

 彼の顔には嘘がなかった。

 それがわかって、私は少しだけ笑いがこぼれて、涙を拭った。

 

「特別って……そんなの、今さら言われても……でも、もう許してあげるわ。あなたのことだから、またバカなことをやらかすんでしょうけど……」

 

 私がそう言うと、彼は安心したように微笑んだ。

 

――ありがとう、鈴音。本当に、ありがとう。

――これからはもう、ふざけたことはしないよ。約束する。

 

 その言葉を聞いて、私は小さく頷いた。

 そして、もう一度、少し涙の残る目で彼を見つめる。

 心の中のもやもやは、少しだけ晴れていた。

 彼の謝罪が本物だと感じたからだ。

 

「……わかった。でも、もう一度言うわ。もう二度とこんなことしないでよね。次は本気で許さないから」

 

 彼は真剣な顔で頷いた。

 私はそれを見て、心の中にほんの少しの安らぎを感じた。

 

「じゃあ、もうこの話は終わりね」

 

 

 そして別れの挨拶を彼がしようとして……。

 

「何を言っているのかしら?」

 

――え。

 

 

「あなたは今日、私の部屋で泊まるのよ? あなたから目を離したら、あなたが何をしでかすか、もう一人では信用できないの。だから、これからは私がしっかり“管理”してあげるわ。逃げられないと思いなさい」

 

 そう言い放ちながら、私は冷たい笑みを浮かべた。

 

―END―

 




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