東京湾に浮かぶ巨大な人工島「新台場ギガフロート」。
そこには、世界的大流行となっているガンプラのスペシャリストを育成し、様々な企業グループとも繋がりを持つ事から就活にも有利というマンモス校「私立 聖ドミニオン学園」がある。
中心区画に構えられている事からも、この学園の比重がギガフロートに於いてどれだけ大きいかは理解できるだろう。世間一般にはGBBBBというフルダイブ型のゲームが人気だが、ドミニオン学園ではGBBBBに加えて一世代前のバトルシミュレータが導入されており、生徒同士の問題解決手段は専らガンプラバトルとなっている。
狂気的なまでにガンプラ特化のドミニオン学園が有名だが、ギガフロートには大型ショッピングモール等のアミューズメント施設も存在し、個人で運営している喫茶店や模型店、果てはメイド喫茶すら営業している。
今回はその一つ、個人運営の純喫茶の日常を覗いてみよう。
▲▽▲▽▲▽
「おはよう」
「ん、おはよう。ご飯できてるから、適当に食べちゃってね」
居住スペースとなっている二階から、黒地に赤いリボンが特徴的な制服を纏った女の子が降りてくる。それなりに早い朝だが、階段を下りる足取りに眠気は混じっていない。
「ありがとう。いただきます」
「召し上がれ。他のみんなは?」
「ミキはもう起きていた。イツコはヨリを起こしに行ったらしい」
「こんな日でもヨリらしいね……」
青混じりの黒髪ストレートにライトブルーの瞳をした黒い制服の少女、名をカギウ・サエリと言う。保護者兼雇用主であるエプロン姿の男性と会話をしつつ、カウンター席に出されたカレーを食べ進める。表情は少し硬いが、スプーンを動かす手は鈍らない辺りカレーが好物らしい。と、そこで別の少女が下りてきた。
「……はよ。朝からカレー?」
「おはよう」
「おはよう、ミキ。頑張れるようにね」
普通に生活している一般人ではまず実物を見る事が無いであろう修道服。その上にフード付きのパーカーを羽織るという、若干チグハグな服装をしているのはシバウラ・ミキ。機嫌が悪そうに見えるが、これがミキの平常運転である。
「別にいいけど……いただきます」
「お、おはようございます!」
「おはよ」
ミキがカレーに口を付けた辺りで、ドタバタと階段を下りてきたのはツチダ・ヨリ。ドミニオン学園の一般生徒用制服にマフラーを巻き、学生鞄と一緒に帽子を抱えている。慌ただしいヨリに続いてゆっくりと、そして最後に下りてきたのはサジョウ・イツコ。フード付きなのはミキと同じだが、こちらは薄手のカーディガンを羽織っており、その下の制服はヨリの物ともサエリの物とも異なる形で、更に装飾が施された物だった。
「カレーは逃げないから、落ち着いて食べる」
「はっ、はいぃ」
「美味しそうだね。制服に飛ばさないようにしなきゃ」
彼女達四人は、血の繋がりも無ければ所属も異なるドミニオン学園高等部の生徒。だが、血よりも固く深く繋がった家族、通称「スクワッド」である。
「入学式というか、高等部の編入だっけ」
「あぁ。恐らく、式が終わり次第各生徒会の勧誘合戦が始まる。中庭は特に騒がしくなるだろうな」
「あ、アリウスには新しい人、来ますかね……わたしみたいなのと一緒の所属は、人生の汚点になるって考えたら来ませんよね……すいません……」
「ほっといてもドロップアウトは来るでしょ。わざわざ勧誘なんてしなくても」
「友達、増えるといいな」
今日は私立 聖ドミニオン学園の高等部編入学式と、中等部生徒の正式な進学が行われる日。オリエンテーションが終わり、校舎を出た瞬間からそこは戦場になるだろう。妙に不穏な単語を交えつつ、カレーを食べ進めるスクワッド四人娘。イツコが最後の一口を嚥下し、ちゃっかりお代わりしていたヨリが二杯目を食べ終わったのと同時に。
「おっはよー。ん、この匂いはカレーかな?」
従業員用の出入口から一人の女性が現れた。上着を脱ぎ、BLACK VANGUARDのエプロンを着用しながらスクワッド達の朝食を当ててみせた日焼け肌が眩しい女性。彼女の名はカミヒメ・ヒジリ。BLACK VANGUARDのシフトリーダーである。
「朝から元気だねぇ。いやー、若いって羨ましい」
「アンタも充分若いでしょ」
「25過ぎたら無茶利かなくなってくんの。準備始めちゃうよ?今日は多めに来店見積っとかないと」
「うん、お願い」
厨房に入り、手慣れた様子で支度を始めたヒジリ。それを横目に、サエリ達は各々自分の荷物を手にして出入口へと向かう。
「ご馳走さまでした」
「……ごちそうさま」
「ご馳走さまでした!朝からカレーが食べれて、お代わりもできるなんて……今日は良い事が起きなさそうですね……この後はそこそこの不幸に見舞われ───」
「ごちそうさまでした。行こ、みんな」
「お粗末様。行ってらっしゃいー」
「気を付けてなー」
保護者兼店長の男性───サビネ・タカトとヒジリに見送られて登校していく四人。寮住みではない彼女らや、自宅通学者達がまず目指すのはモノレールステーションだ。
▽▲▽▲▽▲
『───に、なります。法に触れる行為と転売に手を出してはいけませんよ?いいですね?』
眠気を誘う校長の話に続き、追撃を仕掛けてきたのは理事長のありがたいお言葉だった。ドミニオン学園の名にちなんだのか、はたまた素で近い気質をしているのか、微妙にムルタ・アズラエルじみている学園理事長の言葉が編入生と進学生徒の間に流れていく。
「ふぁ……」
「大丈夫か、イツコ」
「うん……お腹いっぱいで眠くなっちゃった……」
そんな中に編入でも進学組でもないはずのイツコとサエリの姿。この場に居る理由は単純、二人はやや特殊な枠組みの中で在学しているから。サエリは学園内部の紹介と警備役も兼ねて出席している風紀委員の一人として、イツコはドミニオンに於ける特殊なシステムである三つの生徒会、それから外れた陰の生徒会の一人として。
「私たちを見てる人は居ないから大丈夫」
「そうだな……」
「ほら、ちょうどトリニティの番だし」
第一生徒会ミレニアムに続き、第二生徒会トリニティの代表が壇上で語り始めていた。ミレニアムもそうだが、生徒会長本人ではなく代理の生徒が立っているのは多忙だからか、それとも三生徒会の中でも特にややこしいトリニティだからか。
「退屈なパーティー、二人で抜け出しちゃう?」
「どこで覚えたんだそんな言葉……」
「ふふっ、ヨリの本だよ」
▲▽▲▽▲▽
「第一生徒会ミレニアムで学びを!」
「歴史と気品に満ちたトリニティで」
「ゲヘナなら自由だ!楽しくやろうぜ!」
式と各クラスでのオリエンテーション終了後。サエリの予想通り、校舎を一歩出た瞬間からこれである。利になる原石が居るならそれで良し、そうでなくとも数は力。異常とも言えるドミニオン学園の雰囲気に呑まれている編入組は、あっという間に勧誘の生徒に囲まれていた。
「まったく……そこ、強引な勧誘はしないように」
「大変そうですね……サエリ姉さん」
「風紀委員なんて面倒な所に入った自業自得。ヨリはこの後どうするの」
「わ、わたしはショップ巡りでもと……」
「ならまた会うのは夕飯の時か。それまで聖堂に居るから、何かあったら連絡して」
「あっ、はい」
そう言って中庭を後にするミキ。勧誘合戦が熱を帯びてきたのを見て、ヨリもまた巻き込まれない内にと喧騒から遠ざかっていく。そういえば、あのオプションセットの再販まだかなぁだとか、予定を変更してスイーツ巡りでも良いなぁだとか、授業という授業も無くほぼ行事だけで終わる日の自由を謳歌するつもり満々のヨリ。そんな彼女の聴覚が、特に興味も無い勧誘合戦の喧騒の中から大切な家族の声を拾った。
「パーツを賭けた私闘は禁止だ、と言った」
「ちょっとお話してただけだろ?トリニティの暴力装置だからって調子に乗るなよ」
「サエリ姉さん……?」
新入生が無駄に萎縮しないように、と風紀委員として目を光らせていたサエリが男子生徒と揉めている。サエリの後ろには、大事そうに自身のガンプラホルダーを抱えた少年。揉めている男子の隣には、大柄な別の男子が立っている。状況や互いの発した言葉から推測するに、パーツのカツアゲだろうか。
「目撃者が大勢居る中で大胆ですねぇ……わたしには無い度胸ですねぇ……それくらい度胸があったら、もう少しだけ世の中も生きやすいのでしょうか……」
「おい、風紀委員相手はさすがに分が悪いだろ」
「ビビったんなら引っ込んでろ。なぁ?俺ァ、バトルで親交を深めて記念にパーツを交換しようって言っただけだぜ?問題ねぇよなぁ?」
「それが事実ならな。……どうだ?ハバラ」
「違いますね。内容は確かに言った通りですが、ほぼ恫喝に近かったと」
ハバラと呼ばれた別の風紀委員が被害者から事情を聞いていたようだ。異様に鋭いハバラの視線を受けて怯む加害者の取り巻きだが、本人は何事も無かったように開き直っている。
「との事だが?」
「外野がピーピー喚くんじゃねぇよ。なぁ、やろうぜ?バトルをよぉ!」
「そんなにしたいのなら相手をしてあげなさい。サエリ」
一触即発の険悪な空気が流れる中、野次馬を掻き分けて現れた一人の少女。サエリと同じ風紀委員の黒い制服を纏い、その上に軍服じみたコートを羽織っている小柄な少女。名はヒナモリ・ソラ。
当代の風紀委員長である。
「……おい、風紀委員長まで出てきたぞ」
「チッ……」
「ソラ委員長……しかし、私闘に直接関与するのは」
「構わないわ。風紀委員長の権限により、事案解決の為の正当な手段としてバトルを許可する。それにここはガンプラエリートを育てるドミニオン学園。ガンプラのトラブルをガンプラで解決したとして、誰が文句をつけると言うの?」
ソラが取り出したのは生徒手帳も兼ねるスマートフォン型デバイス。それに特殊事案解決の方法として風紀委員長の名でバトルを許可する旨を入力、バトルそのものの申請は通り、後は空白となっている対戦カードにそれぞれの名前を登録するだけ。
「これで良いわ。サエリ、ファイター登録を。それとあなたも、ゲヘナ高等部二年……クツガミ・アスイ君?」
「……チッ」
まさか逃げないわよね?と暗に投げ掛ける風紀委員長ソラ。これだけ多くの証人が居る中で、親交を深めるバトルがしたいと言い切った手前、言い訳は通らない。そして何より、クツガミ・アスイに逃げるという選択肢は無い。
「上等だ。デケェ面するだけの風紀委員に一発入れたかった所だしなぁ……!」
「第5シミュレータ室が空いている。そこで始めよう」
「承認する。では立ち会いを───」
「それは俺がやる」
サエリとアスイの間に立ったのは壮年期を過ぎたかどうかといった外見の男性。アイネが異常なまでに目付きが悪いだけなら、この男性は纏う雰囲気そのものが年齢不相応に鋭いと言える。白髪をたくわえ、杖をついてなお弱々しく見えない気迫が周囲を威圧する男。これでドミニオン学園の非常勤講師、つまりカタギの人間なのだ。
「イヌカイ先生……」
「新しい高等部はどのようなものかと見に来てみれば、騒がしい事になっていたのでな。時間が惜しい、移動するぞ」
「はい」
「ケッ……」
そう言い、サエリとアスイを連れてバトルシミュレータ室へと歩き出したイヌカイ。三人の姿が校舎へと消えた所で、重圧を忘れたいのか野次馬たちが再び騒ぎ出した。中には二人のバトルはまだかとスマートフォンを頻りにチェックする者も居る。
「イヌカイ先生なら大丈夫か……ハバラ・アイネ、で良かったかしら?中等部から上がって早々に苦労させたわね」
「あっ、い、いえ!これくらい大丈夫、です」
「あなたも、嫌な思いをさせてしまって申し訳ないわ。また何かあったら私……風紀委員長ヒナモリ・ソラの名前を出して構わないから」
トリニティもトリニティで面倒だからと、さりげなくミレニアムへ被害者の少年を誘導しておくソラ。手続きの方法を手短に伝え、この場をアイネ含む数名の風紀委員に任せて別の場所へと向かう。どこか哀愁の漂うソラの背中を見たアイネは───
「一番苦労しているのはソラ委員長じゃ……」
そう口にせずにはいられなかった。
▽▲▽▲▽▲
「ルールは1on1、タイム無制限。機体のダメージ限界かギブアップ宣言が出た時点で終了とする」
イヌカイが読み上げたルールを聞きつつ、生徒手帳とガンプラをシミュレータに読み込ませる。互いの愛機が、ロード完了と共にバトル空間へと飛び出していく。
「カギウ・サエリ、スクワッド・フリントで出る」
サエリの機体は、クロスボーンガンダムの簡易生産型であるフリントを改造した物。ハリソン・マディン専用F91のカラーリングを暗くしたような、深い青の塗装が特徴的だ。そんなスクワッド・フリントが降り立ったのは、ランダムに選ばれたバトルフィールドの一つである「ダム施設」。貯水池による高低差や、変電設備などの障害物も存在する立体的な地形となっている。
「む……探すまでもないか」
『逃げ隠れしなかった事は褒めてやるよ!』
一度接地してから敵機を探すつもりだったサエリ。センサー類を稼働させるよりも早く向こうから現れた。
「ティエレン……それも高機動型……!」
『くたばれ!』
両手に射撃武装を持たせたフリントと同じダブルトリガーのティエレン。カラーリングが通常の地上型に近い緑基調になっているが、凍結した貯水池に脚を着けず滑るように急接近してくる様は正に高機動型のそれ。ホバー移動に特化させたティエレン高機動型Bだ。
「狙いは絞らせない……!」
『チッ、うろちょろと!』
アスイのティエレンが使用しているのはマシンガンとリニアライフル。どうやらマシンガンで回避を誘い、反撃の為に足を止めた所をリニアライフルで撃ち抜く、というのがアスイの基本戦術のようだ。
(粗野な性格とは正反対の堅実なスタイル。それに、ティエレンの堅牢さも相まって削りが入れづらい。焦って接近戦を挑もうものなら直ぐに蜂の巣だ。後はバックパックの装備が何なのか)
幸いサエリのフリントには足を止めて使う武装は無い。機動せずして何が機動兵器か、とばかりにクロスボーン譲りの機動性を活かしてティエレンを翻弄してみせる。可能な限り敵方の手札を見てから仕掛ける算段のサエリ。フリントの右手に保持させたアサルトライフルから適度に弾を吐き出させ、致命傷には遠いが確実にダメージを蓄積させていく。
『クソッ……!』
「ビームシールドとミサイルポッドか。これで見えている分は把握できた」
同じ戦術を返されるとは思っていなかったのか、これ以上の被弾を嫌ってバックパック左側に増設した装備を起動したアスイ。形状からしてV2アサルトのメガビームシールドだろうか。更に、鬱陶しく飛び回るフリントを叩き落とさんと右側の武装も起動。サエリが口にした通りの連装ミサイルポッドらしい。
「後はトランザムやらSEEDやらのアビリティだが……流石にそこまでは切らせん……!」
『っ!?』
発射された四発のミサイルを限界まで引き付け、バレルロールによって全弾回避。胸部のビームガンを連射してティエレンの後退機動を咎めつつ、脚部を狙ってアサルトライフルを三点射。二発は装甲に止められたが、一発は見事に左脚関節を撃ち抜き、ティエレンの足を止めさせる事に成功した。
「貰う!」
『馬鹿がッ!』
一息に格闘戦の間合いに飛び込んだサエリ。その迂闊なムーブを待っていた、とサブアームを突き出しメガビームシールドの叩き付け───シールドバッシュを狙う。ティエレンでは出力が足りないのか、本体の左半身を防御する通常展開しか出来ない様子のメガビームシールド。だが、高出力のビームを纏った部位を叩き付けられれば大抵の機体は体勢を崩す。そこにチャージしたリニアライフルを叩き込めば、至近距離被弾も手伝って即ゲームオーバーだ。
『なっ!?ぐあっ!?』
そうはならなかったのだが。
フリントが右手のブランドマーカーを展開、それをメガビームシールドに押し付けて数秒だけ相殺。その間に強烈なドロップニーをティエレンの胸に見舞い、逆に体勢を崩させたのだ。
「クロスボーン・ガンダムは、接近戦に強く調整されている……恐れるな……!」
『テメェ───』
ティエレンのモノアイが最後に捉えた映像は、左手のハンドガンを向けるフリントの姿。直後、凄まじい衝撃が機体を襲い、HPゲージ代わりの機体コンディションが一気にイエローへと突入した。更にサエリの猛攻は続く。
「はぁッ!」
左の足裏から刀身を展開したヒートダガーによる刺突。それを引き抜くように、今度は右脚によるキック。絶え間無い攻撃によってティエレンの制御負荷は限界を迎え、ロクな防御姿勢も取れないままサエリのフィニッシュムーブを許してしまう。
「虚しい……全てはただ、虚しいだけだ……!」
アサルトライフルから一射、立て続けにハンドガンから三射、ダメ押しのハンドガン一射の計五発。それら全てをコックピットブロックのある胸部に受け、武器を取り落としながら背後へ倒れていくティエレン。完全に機能を停止し、勝者はサエリで確定したのであった。
▲▽▲▽▲▽
「良い勝負だった」
「……クソッ!こんなトリニティの犬に……!」
バトルに限らずマナーは良く、と手を差し出して握手の姿勢のサエリ。その手を払いのけ、アスイは悪態をついている。トリニティと因縁を付け合う仲のゲヘナらしく、飼い主であるトリニティに尻尾を振るしか能の無い風紀委員との握手には応じないようだ。が、アスイはサエリの次の発言に驚愕する事となる。
「先程から気になってはいたが。私はトリニティ所属ではない」
「あぁ?」
「本来の所属はアリウスだ」
「……は?」
補生徒会アリウス。
ミレニアムでもトリニティでもゲヘナでもない、三生徒会を補佐する為の陰の生徒会。各生徒会の何れにも属さない事を選んだ生徒が振り分けられる生徒会なのだが、一部の生徒には「落ちこぼれが最後に流れ着く吹き溜まり」というイメージが定着しており、実際にそのイメージ通りの生徒も居る為、アリウスに良い印象を抱く者はそう多くない。
このクツガミ・アスイのように。
「アリウスに……俺が、負けたってのか……!こんな、こんな野良犬にッ!」
「…………」
「クツガミ、その辺にしておけ」
荒っぽい手つきで生徒手帳とガンプラを回収し、その足でシミュレータ室から出ていくアスイ。彼にとっては余程認められない事だったのだろう。
「……カギウ、お前も戻って休め。何かあれば直ぐに相談しろ、生徒の自主性を重んじる校風を盾にする日和見主義の教員は、この学園には居ない」
「ありがとうございます。では、失礼します」
退室していくサエリを見送ったイヌカイ。既に見えなくなったその背に、彼は一抹の危うさを見ていた。
「全てはただ虚しいだけ、か……人を教え導くというのは、儘ならないものだな」
▽▲▽▲▽▲
所変わって、大聖堂から最も近い空き教室のバトルシミュレータ。サエリとアスイのバトル終了とほぼ同時に、こちらも決着がついたようだ。だがホロウィンドウに表示されている開始から決着までの時間は、サエリのバトルよりも短い。つまりサエリより遅く始めて、サエリと同じタイミングで終わったという事だ。
「馬鹿な……!」
「その志はご立派だけど。イツコに勝てないようじゃ、お話にならないと思うよ」
コンソールに両手をつき、項垂れているのは眼鏡を掛けた男子生徒。それに対して声を発したのは対面で観戦していたミキだ。そして男子生徒のバトル相手を務めていたのが───
「うーん……多分、私を無傷でやっつけられるくらいじゃないと、どの生徒会長にも勝てないんじゃないかな」
サジョウ・イツコ。
何故、別行動を取っていたミキの元にイツコが居て、しかもバトルまで行っていたのか。
事の顛末はこうだ。
ミキの日課となっている大聖堂での礼拝中、どこで聞き付けたのか男子生徒が現れた。孤立しているアリウス生徒が居る、とでも聞いたのだろう。彼もまたアスイと同じくアリウスに拒否反応を示す一人であり、初等部、中等部からエスカレーター式に進学してきた高等部の生徒。トリニティ優先の思考に染まりきっており、手近なアリウス生を足掛かりにトップを潰してアリウスそのものを排除しようとしたらしい。それに偶々選ばれてしまったのがミキという事なのだが、ここで二つの誤算が起きた。
一つはイツコが現れた事。もう一つは、そのイツコが想像を絶する強さを持っていた事。ドミニオン学園らしくバトルを絡めたアリウス廃絶策を練っていたようだが、本丸に手を伸ばす前段階で思わぬ躓きに遭ってしまったらしい。
「こんな一般生徒に……この僕が!」
「……?あぁ、知らないのか。あんまり表立って名前売ってないから、知らなくても仕方ないけど。でも、潰そうとしてる所のトップくらい調べといたら?」
「何を……まさか!」
「えーっと、はじめまして、で良いのかな?」
「補生徒会アリウス生徒会長代理、サジョウ・イツコです。よろしくね」
「なっ……!?」
絶句する男子生徒。それもそのはず、正に計画の最終段階で引き摺り下ろそうとしていたアリウスの代表と戦っていて、おまけに惨敗を喫したのだから。
(アリウスの生徒会長は不在、二年生が代理を務めているとは聞いていたが……この女が……!)
次から次へと誤算が起きる事態に思考が纏まらない様子。もう良いかな、とミキを連れて帰ろうとしているイツコ。どこかポワポワとした天然気味な性格をしているようだ。
「僕を……!無視して───」
「実力行使に出るつもりなら、看過できないな」
いつの間にか教室に入り込み、男子生徒の背後を取っていたのは比較的若い人物。黒寄りの緑色をした髪をショートに切り揃え、スーツとも学生服とも違う変わった意匠の制服を着用している。
「エティナ先生だ」
「……何の用?」
「自分の職場に関係のある話が聞こえたからな。改めて話を聞こう、アリウスの教員として」
イツコが手を振り、ミキが面倒そうに溜め息を吐いた人物の名はビレスト・エティナ。ドミニオン学園教員の中でも数少ない、アリウス専任の教師である。さすがに旗色が悪いと察したのか、これで終わったと思うなよと三人を睨み付けながら退室していくトリニティ生徒。彼の気配が完全に消えたのを確認し、堅苦しい雰囲気を崩してイツコとミキに話し掛けるビレスト。
「珍しいな。サジョウがバトルとは」
「うん、ちょっとイラッとしちゃって」
「後始末は自分がしておく。君らは帰っていい」
「分かった。また明日、エティナ先生」
「一応、礼は言っとく」
二人を見送り、シミュレータの電源を落とそうとした所で手が止まる。ふとバトルログを確認してみれば、如何に一方的な戦いだったかだけでなく、各々が使用していたガンプラもしっかり記録されていた。
「イラッとして、ね……」
男子生徒が持ち込んだのは、最終形態デビルガンダムをベースに改造したガンダム・ドミニオンという大型機。いずれトリニティのトップとしてドミニオン学園を纏めあげる気でいたのか、学園と同じ名を冠している。
対してイツコが使用したのはデミトレーナー。それも何らかの改造を施したカスタムタイプという訳ではなく、キットをそのまま組んだノーマル仕様だ。
「恐ろしいな……生徒会長の苛立ちというのは。いや、まだ代理か……」
▲▽▲▽▲▽
「いただきます」
「いただきまーす」
「いただきますぅ」
「……いただきます」
時刻は18時30分、BLACK VANGUARD二階の居住スペースにて。諸々の所用を片付けたスクワッド四人娘が夕飯を食べていた。ヨリの強い要望によって本日の献立はカルボナーラである。
「ヨリのだけ量多くない?」
「下はまだ営業中でお代わりできないので……」
「予め多くよそってもらった、と」
抜け目ないなと今日何度目かの溜め息が出るミキ。そういえば、とサエリが別の話題を振ってきた。
「そちらもバトルを行っていたらしいな」
「姫がね」
「姫ちゃんと戦うなんて、不幸な方ですねぇ」
「ミキに酷い事言ってたの聞こえちゃったから」
「私はいいよ……それより、あのデミトレーナーは何なの?アレ見せに来たって言ってたよね」
「あの子はね、親切な新入生から貰ったんだ。丸くて可愛いって言ったら、実際に作ってみてください!って渡されたの。それでね、工作室で一緒に作って、上手く出来たからミキに見せに行ったんだ」
「だから急にこっち来たのか……」
名前聞き忘れちゃったなぁと少し寂しげなイツコ。同じ高等部の生徒なのだからまた会えるさ、とカルボナーラが冷める前に食べる事を促すサエリ。ちなみにヨリは食べ終わっている。
「あっ、新学期早々に凄いバトルが二回も起きたんですし、話題になってるかもしれないですね」
「あー……いや、そうでもないらしい」
「別のバトルでもあったの?」
「確か報告が上がってきていたな。何でも、トリニティのサザキを倒した新入生がバトル後に吐いたとか」
「吐いたって……」
「い、インパクト凄いですね……上には上が居るという事ですね……わたしみたいなのが舞い上がるなんて二万年早いって事ですね……」
イツコが天然ボケをかまし、ミキが溜め息混じりにツッコミ、ヨリが予想の斜め上を行くネガティブ発言をする。昔からは想像も出来ない程に明るく、騒がしくなった食卓に笑みを溢しながら、サエリは件の新入生の事を考えていた。
(新しい風が吹いてきたのかもしれないな。ただの吐瀉物女で終わってくれるなよ……)
───カミナギ・ヨツバ
ようこそ。
これがカオスの坩堝、ドミニオン学園。
【カギウ・サエリ】
純喫茶BLACK VANGUARDの看板娘にしてスクワッドのリーダー。
補生徒会アリウス高等部2年生。
やや融通の利かない不器用な面もあるが、自らに課せられた仕事はやり遂げる生真面目ちゃん。
壮絶な過去の経験からスクワッドメンバーを仲間、家族として大切にしている。
現在はその生真面目さとバトルの実力を買われ、第二生徒会トリニティの風紀委員に出向中。
使用ガンプラはフリントをベースに改造を施した「スクワッド・フリント」。素体は他のメンバーも共通だが、サエリ機は指揮官用として通信能力などが向上している。
【サジョウ・イツコ】
BLACK VANGUARDの看板娘その2。
補生徒会アリウス高等部2年生にして、現在空席となっているアリウス生徒会長代理。
どこか世間知らずな感覚が抜けないお姫様。天然気味な面が目立つが、心根の芯は非常に強い。
スクワッドメンバーを特に大事にする母親代わりのような存在でもある。
代理とはいえ生徒会長に相応しい実力を持ち、初めて操作する機体でも並みの生徒相手ならノーダメージバトルで完封する程度は楽にこなす。
【シバウラ・ミキ】
BLACK VANGUARD看板娘その3。
補生徒会アリウス高等部2年生。
以前は厭世的な性格だったが、現在はダウナーな雰囲気くらいには改善しつつある。常に不機嫌そうにしているが、それがミキの平常運転であり、困っている人が居れば普通に手助けもする。
基本的に学園内の大聖堂にて礼拝を行っているが、彼女の信じる神とは何なのかを知る者は居ない。
【ツチダ・ヨリ】
BLACK VANGUARD看板娘その4。
補生徒会アリウス高等部2年生。
他の面々と同じく薄暗い過去を持ち、その影響か元々の気質がそうなのか、妙にネガティブな性格。だがそれ以上に面の皮が厚く、自分を卑下しながらサラッとお代わりを要求したり等は日常茶飯事。抑圧されていた過去の反動と思われるが、ネガティブ気質と同じく元々こうだった可能性も否定できない。
現在は「ネットが使いやすいから」という理由で第一生徒会ミレニアムに入り浸っている。
【純喫茶BLACK VANGUARD】
ギガフロート内に数多く存在する飲食店の内の一つ。クロスボーン・ガンダムをこよなく愛する店主「サビネ・タカト」が個人で運営している。
2階部分はスクワッドの居住スペースとなっており、彼女らも店を手伝う事がある。それ以外のシフトに関しては頼れる姐御「カミヒメ・ヒジリ」と数名のスタッフが回している。
イチオシメニューは、タカトがとある喫茶店の物を食べて舌で覚え再現・我流で改良したカレーとコーヒー。客からは大好評だが、本人曰く「オリジナルの足元にも及ばない」との事。
【ヒナモリ・ソラ】
第二生徒会トリニティ高等部3年生。
当代の風紀委員長。
生徒を取り締まる冷徹無慈悲な女、という印象が先行しやすいが、本人は至って普通の感性を持つ年頃の女子生徒。後の面倒を回避する為に今、面倒事に首を突っ込むタイプ。取り締まりは面倒だけど、目を瞑って見逃せるほど不真面目でもないという典型的な苦労人気質。
普段は他の風紀委員らに任せ、プライベートでも機会が無い為に披露する場が少ないが、バトルの腕前はそれなり以上で各生徒会長にも匹敵するレベル。
【ハバラ・アイネ】
第二生徒会トリニティ高等部1年生。
風紀委員所属の女の子。髪色や体格は一般的な女子高生といった所なのだが、異常なまでに目付きが悪いのが特徴。警察官として表彰された事もある父に憧れ、風紀委員に入った経緯がある。それと同時に優秀な父と自分を比較してコンプレックスを拗らせてしまってもいる。
「人を殺した事がある」「目が合うと金縛りになり心臓が爆ぜる」「睨まれると一週間後に死ぬ」等々、その目付きの悪さから様々な風評被害を受けている。現状、それを気にしていないのはサエリとソラのみ。
【イヌカイ・ホムラ】
ドミニオン学園非常勤教師。
「ティターンズに居た」「アロウズ所属だった」等と噂される程に鋭い雰囲気を纏った、壮年期を越えた辺りの男性。素人でも分かる「明らかにカタギの人間じゃない」オーラを発しているが、実態は不器用ゆえに本来の優しさを覆い隠してしまっているだけの男。
実際、ドミニオン学園には彼の親衛隊のようになっているバトルチーム「ハウンドパック」が存在しており、その暖かさを知る者は意外と多い。
【ビレスト・エティナ】
ドミニオン学園補生徒会アリウス教員。
学園の中でも珍しいアリウスの専任教師。
中性的な美形で、一部の生徒を狂わせていたりもする。性格はどこか無機質だが、それもまた「ミステリアス」で「クール」として受け入れられているようだ。
というか、性別はどっちだ……?
【親切な新入生】(原作:守次 奏 様)
イツコにデミトレーナーのキットを渡したという高等部からの編入組。いったい何イデ・何カなんだ……
【カミナギ・ヨツバ】(原作:守次 奏 様)
高等部編入組。
サエリやイツコより後にバトルを行い、そしてそのバトル終了後に吐いたという女子生徒。
何があったかは原作の物語にて↓
https://syosetu.org/novel/355397/1.html
https://syosetu.org/novel/355397/1.html