当作品は、樽見京一郎先生の著作『オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』の二次創作作品です。
当作品はフィクションであり、実在する出来事、人物、組織等は関係なく、またそれらを貶める意図は一切ありません。
「公使様、本日はお越しくださりありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ視察の受け入れをしていただきありがとうございます。実を言うと本国の教育省から情報を早く送ってくれ、とせっつかれていたもので」
挨拶を交わしているのは、エプロンを着込んだオークと、キャメロット式の正装をした人間族の男性だった。
彼らがいるのはオルクセン王国の首都・ヴィルトシュヴァイン郊外にある施設…より具体的に言えば、幼稚園だ。
結論から言ってしまうと、オークはこの幼稚園の園長先生。そして人間族はキャメロットのオルクセン駐箚公使であるクロード・マクスウェルだ。
で、なぜオルクセンにおけるキャメロット外交官の最高位たるマクスウェルが幼稚園なんぞにいるのかというと。
オルクセン王国では、教育が重視され、義務教育も存在している。だがそれは教育を受ける機会が義務教育しかない、という意味ではない。それ以降に入れる大学はもちろん存在している。そして、後があれば先もある。
その「先」こそが、ここ十数年で増えてきている「幼稚園」だ。小さい子供を教育し、子供が育つのに適切な環境を整え、心身の発達を育成することを目的としたこの施設は、実はオルクセンが発祥である。で、今回マクスウェルは幼稚園先進国であるオルクセンの幼稚園をキャメロットにも導入できるかの検討資料を作るべく、この幼稚園を視察させてもらうことになったのだ。本国の教育省はなかなかにこの存在に興味津々であり、外務省からなるべく早く、そして充実した調査とその結果を求められていた。そのようなわけで、彼の配下の外交官ではなくマクスウェル本人の出馬となったのだった。
あくまでも今回は視察であり、訪問という形ではない。また、マクスウェルとしても取り繕った姿ではなく幼稚園の普段の姿を見ておきたかったため、歓迎式典や紹介の類は行われなかった。先生はともかく園児たちにはマクスウェルの存在も知らされていない。そのため、園児たちの部屋を窓越しに覗き込んでの観察という形になる。
「今は…お遊戯の時間ですかね」
「そうですね、ただ、そろそろお歌の時間です」
部屋の中では先生の指揮のもと、ぞろぞろとオークやコボルト、ドワーフの子供たちが並んでいく。なんでも今度開催される合唱コンクールへの出場を目指しているんだとか。
歌われる童謡は、マクスウェルも知っているものだった。
「おや、この曲は…」
「コンクールの課題曲になる予定の歌ですよ。ああ、そういえば元々は御国の歌でしたかな?」
「正確にはセンチュリースター発祥だそうですが、モデルになったのはわが国での出来事だと聞き及んでいますね。キャメロットでも広く歌われていますよ」
低地オルク語に翻訳こそされているものの、キャメロットでも広まっている童謡だった。祖父の持っていた時計の歌だ。
十数年前に亡くなったマクスウェルの祖父は、この歌の『おじいさん』と同じく100まで生きた。そのこともありどうしても『おじいさん』と重ねてしまい、少しばかりセンチメンタルな気分になる。
歌は、『おじいさん』が大きな古時計とお別れする3番に入っていた。
『お別れのときがきたのを みなにおしえたのさ』
そして、おじいさんは天国へ上っていく…
『ついに止まった古時計 おじいさんの手で外され』
あれ?
おじいさん生きてる?
記憶と違う歌詞に混乱するマクスウェル。そんな彼をよそに、歌はどういうわけだか彼の記憶にない4番に突入した。
『新しい時計がやってきた おじいさんの時計』
新しい時計が来てしまった。
『これから百年よろしく頼む きれいで立派な時計』
これから100年と来た。
『うれしいことも悲しいことも この先一緒に見ていく』
なるほど1番の歌詞に合わせているらしい。誰が4番の歌詞を作ったのかは知らないが、うまい事考えたものだ。いやそもそもなんで4番があるのだ。
『きっと百年 動いてく その時計』
1番から3番までと違い、締めのフレーズが動かなくなった古時計から新しい時計へと変わっている。やっぱり本格的に2つ目の新しい時計が稼働している…
なんか違う3番と未知の4番に混乱している間に、合唱は終わった。歌声は申し分ないと思うが、歌詞が謎だった。
「ここ1週間くらいで声がみんな揃うようになりましてね、合唱と言えるくらいになってきました。どんなことであれ、子供の成長を見るというのは嬉しいものですよ」
「え?え、はい、なんの、ええ…そうですね。素晴らしかったと思います…」
「おや、何かございましたか?」
「へ?あ。いえ、その…なんだか、私が知っている歌と、少しばかり違ったもので」
不思議そうな顔をする園長。が、すぐに合点がいったらしい。解説してくれた。
「おお、そのことですな。確かにあの歌は、もともとは3番までだったと聞いております。それにおじいさんも亡くなる、と」
「ええ、おっしゃる通りなのですよ」
「ただ…公使殿もご存じかとは思いますが、我ら魔種族の寿命は長いのです」
「そうですね、確か国王陛下も150歳ですか。人間族では長寿を通り越してあり得ないご年齢ですね」
「ええ、ですが150というのは我らの中では結構若い方でして。そんな感じですので、100歳で死んだとなると、相当若くして亡くなる悲劇という事になるもので…」
「ははあ、お国柄というか、種族柄とでも言うべきですかね、そういうのが反映された結果ですか」
「実のところ、100歳と若いのに孫までいる、というのもそうそうないですが。まあ…まったくいないというと嘘になりますし、なによりちょっとそこは改変が追いつかなかった格好ですね」
「なるほど、面白いお話をありがとうございます。大変興味深いですね…歌のほうも、この幼稚園のほうも」
「そう申していただけるとありがたい限りですな」
その後も幼稚園各所を案内してもらい、視察は終わった。実に有意義な視察となった。
その後。
マクスウェルの報告資料作りは順調に進んだ。
オルクセン教育省関係者との面談や、幼稚園の視察などから得られた情報は報告書にまとめ、教育省から提供された資料も添付してある。
あとはこれを封筒に詰め、本国へ送るだけだ。
「ほぼほぼ完了、今回の件は順調に進んだな。あとは…」
資料の横に置いてある、無地の便箋を手に取る。こちらは私信用だ。
宛先はサー・マーティン・ジョージ・アストンとなっている。マクスウェルの前に駐オルクセンの駐箚公使を務めていた人物だ。赴任前には引継ぎやら何やらでかなりお世話になったし、今でも何かと相談に乗ってもらっている。
そしてそんな彼はキャメロット外務省の高官というだけでなく、魔種族の研究者という顔も持っている。その範囲は魔種族という生命体に関することだけでなく、彼らの文化にも広がっている。せっかくなので、きっと興味を持つのではなかろうかという事で今回の事も追伸として伝えてみることにしたのだった。
追伸
先日、ヴィルトシュヴァイン近郊にある『キンダーガルテン』に視察へ行ったところ、なかなか面白いものを聞くことができました。
我が国においても広く歌われている童謡ですが、オルクセン国民、というより寿命が長い魔種族に合わせ、歌詞の内容が改変されていたのです。
具体的には元の歌ではお爺さんが亡くなっているのが、存命となっているばかりではなく新たに作られた4番で新しい時計を購入するなど、なかなかに大胆な改変となっていました。
詳細な歌詞は園長先生から頂いた歌詞カードを同封いたしましたので、そちらを参照していただければ。
私が気づいた限りでは種族の特性に合わせた改変はこの歌しか見つけられませんでしたが、探せばもっとあるかもしれません。
もしかするとアストン卿はとうにご存じかもしれませんが、なかなかに興味深い事例だと思いますので、末筆ながらご紹介させていただきました。
この手紙がきっかけとなり、アストンの弟子筋にあたる研究者の1人が本格的に人間族の文化の魔種族への伝播と、その際少なからず起きる改変について研究し始め、最終的には比較文化学の権威と呼ばれるまでの立場に上り詰めることになるのだが…それはまた、別の話となる。