バイトの話の続きです

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続き書きたくなったので


貴方が為の前奏曲

「で、あいつの事はどう思ってるわけ」

「はて、あいつとはどなたのことでしょうか」

 

 学校、教室の前席。振り返る彼女は不機嫌そうに口にする。不機嫌なのはいつものことだが、今日の不機嫌さはどこか煩わしさすら覚える。

 

「私が名前言いたくないあいつ」

「加えて私と立希さん共通の知り合いといえば彼だけですね」

 

 舌打ちしつつ、私が頭に乗せたパックジュースを潰して飲む。直後、気管に入ったのか噎せ込む彼女を横目に、私はスマホのスケジュールアプリに目を落とした。

 

 赤い文字ではバンドの練習日、青い文字では彼から聞いたバイトの出勤日。名前を教えたあの日から、サポートバンドがない日と彼の出勤日が合えば顔を出すようにしている。彼の淹れるカプチーノを飲みに行きつつ、休みの日の話し相手を探しに行っている。

 

「海鈴、ずっとあいつと話してるじゃん」

「えぇ、気になるので」

「その……気になるって、どういう意味の気になるなの」

 

 口を拭った彼女は聞いてくる。目線は交わることなく、俯く彼女の頬は紅い。

 

「はて、どういう意味、とは?」

 

 こうなった彼女は可愛らしい。口も悪く、目つきも悪いから強気と勘違いされる彼女。実際強気なことに間違いないが、その本質は傷付くことを恐れながらも他人に関わろうとする。結果的に喧嘩やすれ違いになることが殆どではあるが、彼女は自身を拒絶した他人すらもよく見ている。そんな彼女は可愛らしいことこの上なく、数少ない私が気を許せる相手。

 

「ほら、その……恋愛的な意味、で」

「立希さんからそんな言葉が聞けるなんて思っても見ませんでした」

「っ、だから言いたくなかったのに」

 

 彼のことを恋愛的な意味では考えたことは無かった。正しくは、今この時、彼女に言われるまでは考えようとしたことは無かった。

 

「さぁ、どういう意味でしょうか」

 

 だからいつもよりほんの少しだけ、含みを持たせて言ってみる。

 

「あっそ。念の為、後悔して欲しくないから言っておくけど、先輩とか他の人とかにも結構人気になってるから」

「やはりカプチーノが美味しいからですか?」

「あいつ、無駄に顔がいい上に無口だからクールって言われてんの。ただ人付き合いが苦手なだけなのにさ」

 

 そうですか、とため息混じりの返事。今日の体調は問題ないどころか稀に見る好調なはずなのに、心臓の辺りから伸びる腕が喉に手をかけるような、形容し難い息苦しさを覚えた。

 

「確かに彼は人付き合いが苦手なようですね。兄弟はおらず家にもほぼ1人、趣味も年に似使わないものですから友達というのも少ないようですので」

「……なんでそこまであいつのこと知ってんの」

「私は彼が八週間かけて名前を覚えた人物ですよ?これぐらい聞く権利はあります」

 

 珈琲をかけられても忘れられたのがショックだったから、二度と忘れられないように話していたこと。副次的に彼のことを知るきっかけになったが、おかげでいい話し相手が増えた。

 

「まぁ、言うだけ言ったから。誘うなら文化祭とか誘えば」

「時期的にはまだ先ですが……そうですね、誘ってみます」

 

 誘う文化祭は今月末。彼から貰っているシフト表には出勤の文字はない。だけど念の為、今度彼にあったら予定がないことを確認しておこう。

 

「そういえば立希さん」

「なに」

「クラスの出し物、コスプレ喫茶らしいですね」

 

 ちょうど今しがたきた連絡の内容を伝えると同時に先生が入ってきた。話はここで一旦中止、焦る彼女も可愛らしい。

 

 

 

 

 

 時間は過ぎ、彼と顔を合わせられる日になった。文化祭に来てください、なんてド直球に誘っていいものか。立希さんに言われたあの日から変に考え込んでいる。

 

「こんにちは、いつものをお願いします」

 

 カフェテリアに入って彼を見つけて、目の前の席に座って注文をする。彼の仕事姿が1番見える特等席。その姿を見て、言葉を選び、また崩す。繰り返すうちに、目の前には湯気立つカップが置かれた。

 

「ありがとうございます。つかぬ事をお伺いしますが、月終わりの週末はお暇ですか?」

 

 ひとまず様子見で、分かっているはずの予定を確認する。予定は私が知っている通りと、心地いい彼の返事を耳にしながら、全細胞で次の言葉を連ね、口にした。

 

「それはよかったです。よろしければ文化祭に来ませんか?私のクラスで出し物をやるんです」

 

 結局、愚直、単調、飾りのない一言。私の知っている彼なら、変に取り繕わなくてもいい。むしろ、取り繕えば貴方は警戒してしまうだろう。

 

 返事は即座にOKの2文字。私と話しているのに立希さんの話をするのは些か心苦しいものはあるが、隣の彼女が戸惑っているから今回は良しとしよう。それはそれとして、彼が彼女と話しているのを見ると、また首元を締め付けられる。今度はさらに強く、苦しく、拳大の鉛を残して、絞り出す声すら許さない。

 

 

 その日の暮れ、立希さんの上がりの時間に合わせてRiNGに来た。遠目で見つけた彼はカウンターに立っている。その彼となにか言葉を交わす私の待ち人。少し妬いて待っていると、私を見つけてくれたのか駆け寄ってくれた。

 

「何、待ってたの」

「ええ、彼と仲良くしていたようなので気になりまして」

「もうできてんのかよ」

 

 いつものように不貞腐れているが、それでも内容を話してくれた。シフトのこと、バンドのこと、学校のこと。ついでに彼が私のことを聞いてくれていたことも話してくれた。

 

「で、これで全部」

「それはそれはありがとうございます。喉のためにも飲み物はいかがですか?」

「いる。近くのコンビニ」

 

 当日までの楽しみと、少しの負担を抱えて私は彼女と近くのコンビニに向かった。

 

 

 

 

 文化祭の前日。バンドのサポートもなく、夜遅くまで残って教室を彩る。とはいえ私は衣装の着合わせ。三角さんと立希さんと私でコスプレ喫茶の看板娘をやるらしい。私と三角さんは慣れたもので、私は吸血鬼、三角さんは魔法使い。立希さんは自分には似合わないと抵抗したが、押し切られてアリスの格好をしていた。

 

「どうです?私の牙」

「……うっさい」

 

 和ませようと口を開いてみせるが、立希さんの口からは飛び出す反論。精一杯の抵抗と、隠しきれない羞恥心。やはりあなたは可愛らしい。

 

「そういえば、この間言ってないことあった」

「なんですか?」

「あいつの好み、ほとんど海鈴と同じだよ」

 

 落ち着きを取り戻したのか、フリルに溜息をつきながら、彼女はそう告げる。

 

「え、海鈴、大丈夫?」

「え、えぇ、問題ありません」

「今の、あんまり本気にするなよ」

 

 先日といい今といい、あなたはずるい。無駄に律儀で不器用に、彼への感情を再確認させて、彼の想いを耳にして。無自覚に私を追い詰めている。

 

「それは、遠回しに告白しろと?」

「勝手にして。私は別にあいつと海鈴が付き合おうがなんだろうか知ったこっちゃないし」

「そうですか」

 

 彼女はでも、と少し大きく息を吸って、私の方を向いた。

 

「私は、あいつにも海鈴にも、後悔だけはして欲しくないから」

 

 やはり、あなたはズルいです。

 

「お心遣い感謝します」

 

 私の親友、とでも付け加えればいいのだろうか。あなたのおかげで胸に溜まる鉛を吐き出せそうな気がする。

 

 

 

 

 翌日、当日。早朝から出し物の人気は好調。客の目当ては8割りか9割が三角さん。残りの1割2割がその他モブの私たち。

 

「いらっしゃいませ、お客様」

 

 マニュアル通りに接客から提供まで行うから、問題なく、全てが予定通りに滞りなく進んでいく。

 

 横目に見た立希さんは男性よりも女性に人気らしく、昨日の様子からは想像できないほど落ち着いていた。バイト先がバイト先ということを考えれば当然も当然であるに間違いはない。

 

 私の方はというと、彼を探していた。来ると連絡が来た時間まではあとわずか。迷っていないか少し心配ではあるが、それと同時に彼なら私を見つけてくれると高を括っていた。

 

「海鈴、ご指名」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 親友の口から聞く、待ち遠しにした、彼の到着。休憩直前ではあるが、そんな事はどうでも良くなった。

 

「いらっしゃいませ、お客様」

 

 自分でもわかる、明らかに他人とは違う声色での呼びかけ。彼は驚いたようだったが、似合っている、と微笑んでくれた。

 

 店の回転もあるから、そう長く話している訳にも行かない。悪いとはわかっているが、彼に頼まれたカプチーノを席に置き、近くに立ち止まった。

 

「差し出がましいのですが、夕方に校門前で待っていてくれませんか?」

 

 この間とは違う、皮を剥いだ真っ直ぐな言葉。彼の目を見て口にする。

 

 返事はまたOKの2文字。以前と変わらず、ほぼ即答。それ以降言葉を交わすことは出来なかったが、彼が教室を去るまで、視界に収めることをやめなかった。

 

 

 

 

 

 私の役割が全て終わり、約束の校門へ向かう。片付けに手間取って遅れたことを彼は許してくれるだろうか、呆れて帰ってしまっていないか、焦りと身体は同期して、足早に向かっていた。

 

「おまたせ、しました」

 

 息も絶え絶え、膝に手を付き呼吸する。みっともない姿で、彼の前に立つ。

 

 理由と謝罪を述べて、彼の顔を見る。いつか、私を見つけてくれた時のように笑って、ハンカチをくれた。彼は当然と言うその優しさに、私も気付かぬうちに惹かれていたのかもしれない。

 

「私は、あなたに言わないといけないことが……いえ、言いたいことがあります」

 

 あなたの同僚のように口下手な私。少しずつ、鉛を吐き出していく。

 

「立希さんに言われて、気づいたことがあるんです」

 

 カフェでのやり取り、気づけばあなたを探していこと、私からあなたへ向ける感情を語った。

 

「……とまぁ、年頃の乙女の戯言です」

 

 そう言っても、彼は私を見つめて離さない。

 

「あなたより時間がかかってしまいましたが、私も私に答えることにしました」

 

 自分でも何を言っているのか分からない。だけど、無様で滑稽な私でいい。

 

「どうやら私は、あなたの事が好きで好きでたまらない様です」

 

 吐き出した想いは吹き抜ける風に掻き消されたと思ったが、表情を見れば分かる。

 

 あなたは、いつものように笑ってくれていた。




八幡海鈴よ乙女であれ

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