最後の春、焦げ臭い校舎にて。   作:境 仁論(せきゆ)

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燃え盛る屋上

 そして、また何度目かの放課後がやってくる。

 

「あれ」

 

 海未香との約束通り屋上に向かっていると頑丈に閉じられていたはずの扉が開かれていた。海未香が強引に開けたのだろうか。

 

「……ばれたら、反省文だよ」

 

 どうやって鍵を確保したのかも気になるが、僕はこっそりと扉の向こう側に足を踏み入れたのだった。

 

 もうすぐ春の暖かさが帰ってくるんだろう。そう思わせてくれる陽の光がコンクリートの地面全てを照らしつけている。オレンジ色の寂し気な明かりが、一際濃い影を作っている。

 

 匂いはやっぱり薄い。見ると屋上の奥……柵の近くに、校庭を見下ろす海未香の後ろ姿があった。

 

「海未香。ここってそんなに匂う——」

 

 呼びかけながら近づくと海未香は振り向いた。黒い長髪をたなびかせて。

 

(あれ、海未香……?)

 

 彼女の顔がこちらを向く。でも、どうしてか、いつものようなハツラツな元気というか、太陽みたいなオーラを感じられない。今目の前にいる彼女からは、すぐにでも消えてしまいそうな薄さというか。小さな灯火のような雰囲気を感じる。

 

「こんにちは、先輩」

 

 挨拶されて我に返る——きっと病み上がりだからだろう。海未香がいつもより切なく見えるのは。後ろにある太陽のせいで、影も特段黒くなっているからだろう。

 

「……海未香。屋上が匂うって本当?」

 

「そうですね……今はまだ、ですけど」

 

「それは……時間によって変わるってこと?」

 

 海未香は返事をしない。屋上の周りの景色を眺めているようで、まるで僕の言葉が届いていないみたいだった。

 

「昨日はずっと、学校中を探してたんですか」

 

「……うん。匂いの強い場所を」

 

「どこでしたか」

 

「僕たち二人のクラスと委員長会議で使う教室。保健室と……裏庭」

 

「……そこまで」

 

 彼女は、僕からは遠い距離にいた。海未香の呟きがはっきり聞こえなくて、僕は数歩近づく。

 

「海未香は昨日大丈夫だったの。ずっと家にいて……」

 

「そうですね。少し、疲れました」

 

「……ねえ、やっぱり無理してるでしょ。ろくに眠れてないんでしょ?」

 

「そう、ですね」

 

「やっぱり、しばらく遠くのホテルとかに泊まったら……」

 

「臭い理由、考えてたんです」

 

 僕の提案を遮るように海未香は言った。

 

「ここまで焦げ臭さが酷くなるなんて、思ってもみませんでしたから。きっと念入りにやりすぎちゃったのかな……」

 

「やりすぎたって……もしかして海未香は、これが誰かが仕組んだものだって思ってるの?」

 

 海未香は、僅かに口角を上げる。

 

「どうしようもない放火魔のせいです。それで、あなたと……私、は、無視していられなくなってしまった」

 

「……もしかして、犯人に心当たりがあるの!?」

 

「犯人……そっか。そう、なるよね」

 

 なにかおかしい。海未香の言動にしてはやけに落ち着きすぎてるというか……別人と話しているような感覚だ。

 

「海未香……聞きたいことがある。昨日裏庭を探してた時、弁当が棄てられた跡があった。あれは……君が?」

 

「…………知らなかったことに、できない?」

 

 彼女は目を逸らす。

 

「アレを知ってるんだね。海未香、君は……いじめを、受けてたとか」

 

「そんなこと、ありませんよ」

 

 にっこりとしたいつもの笑顔で返される。

 

「人懐っこい子だったのでクラスメイトに意地悪されることはありませんでした。仮に自暴自棄になることがあるとしたら、きっと自分のことです。将来の不安とか、そういうの」

 

 その言葉には、確実に含みがあったように思える。

 

「……弁当を捨てたことは、否定しないの?」

 

「見ないでほしかった、が正解」

 

 じゃあやっぱり、裏庭は海未香にとって関わりが強い場所だった——

 

「じゃあ、ここは? 海未香にとって屋上は……」

 

「私は特に関係ないですよ……私は、そうでもないけど」

 

「……待って、どういうこと?」

 

 私は関係ない。私はそうでもない? まるで、違う意味合いの一人称を連続して使ったような……

 

(……あ)

 

 

 

『兄弟及び姉妹関係:なし(再確認の必要あり?)』

 

 

 

「……君は、海未香なのか?」

 

 そう聞くと彼女は……このとき初めて目線をこちらに合わせてきた。

 

「さっきから君の言うことに違和感がある。いつもの海未香じゃ言いそうにないような……君は、誰なんだ? この匂いの原因を知っているのか?」

 

 語気を強めに聞く。すると海未香だと思っていた女子生徒はようやく足を踏み出し、僕の元へと近づいていった。

 

「……私は、風早海未香です。そのことだけを、今日は覚えていてほしいです」

 

 耳元で。祈るかのように囁かれる。その声色に、僕はどうしてか懐かしさを覚えてしまった。

 

「いや、待って。君は違う。絶対に。君は……!」

 

「お願いだから」

 

 校舎へ戻って行こうとする少女は振り向く。その顔はどこか寂し気で、今にも泣いてしまうんじゃないかと思えるほどに、憔悴して、放っておけなくて————

 

「海未香のことだけを、大切にしてあげて。ユーヤ」

 

 

 

 瞬間、身体が、炎に包まれた。

 

「———————————————っ!?」

 

 叫び声はあげられない。声帯が焼かれ、四肢が崩れていく。

 

 熱い、暑い、アツイ……めらめら、ぼうぼう、パチパチと、骨が容易く砕けていく。

 

 焼かれた眼球にはもう何も映らない。見知ったはずの彼女の姿はもうない。

 

 海未香に見えた彼女の顔、素振り、話し方……そういったものから真っ先に忘れていって、僕は……。

 

 無へと、帰した。

 

 

 

 気づいたときには、いつの間にか、周囲が焼け焦げた匂いで充満していた。

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