CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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※前書き※
この章の地の文は全て一人称そよ視点です。


中学生時代の思い出② 紅葉登山、移ろう心傷
1番 合わせ鏡に映る私


 

 

 

 

 中学3年生の春に出会い、夏に思い出も作って、また新たな季節が巡った。

 その間も私達CRYCHICはいくつかライブにも出てそれなりに成功し、バンドとして順調な活動を積み重ねてきた。

 CRYCHICは、私が初めて大切にしたいと思えた、かけがえのない居場所。

 そこでみんなと仲良くお喋りして、バンド活動を重ねてより成長し、時には楽しく遊んで。

 

 そんな充実した日々に爪を弄る癖も忘れるくらい満たされていた、11月下旬。

 本格的な冬を迎える前段階のように冷え始めた月ノ森女子学園の廊下を歩いて、私はお手洗いに向かっていた。

 

 (今日はバンド練がある日だから、放課後さきちゃんやむつみちゃんと一緒にサークルに行って……あ、その前に頼まれてた宿題の手伝い、済ませないと……)

 

 今日の授業は全て終わって、この後のホームルームさえ終われば学校はおしまい。

 お手洗いの個室に入ってこれからの予定を頭に思い浮かべていると、話し声と共に誰かが入って来る。

 それだけなら別に気にしなかったけど。

 

「……ねー、長崎さんって本当に優しいよねー」

「うんうん! そよちゃんには部活でもお世話になっててー」

 

(えっ? 私の事話してる?)

 

 面食らいながら内容が気になる私は、考え事を中断し息を潜めて会話に耳を澄ませる。

 私が個室に入ってから彼女たちが入ってくるまで結構間があったから、私がここにいることは知らないはず。

 だから、そういう前提で話を咀嚼した。

 

「やっぱりそうだよねー。優し過ぎて、ちょっとわざとらしいくらいだけど……いい人なのは間違いないよね」

「うわひど、それ陰口だよー?」

「ち、違うくて、悪く言うつもりとかじゃなくて!」

「……まぁ、言いたいことも分かるけど? 何か、ああいう性格に拘ってるような……気もする、かな?」

「そ、そうそう! そういうことが言いたかったんだってー! でもなんか感じ悪いし、この話はここまでにしよ。それでさー……」

 

 (……)

 

 今の声には聞き覚えがある。同じクラスの子と吹部の子だ。

 特別仲良い子でもないけど、決して悪い仲でもない、普通の知り合いたち。

 その証拠に、話の口ぶりに悪意や敵意を感じなかった。

 それが分かってるのに、彼女たちがお手洗いから出て行った後も動けずにいた。

 

『優し過ぎてわざとらしいくらいだけど』

『ああいう性格に拘っているような』

 

 彼女たちの言葉が、図星だったから。

 私は確かに、いつも優しい自分を作ってた。みんなから受け入れてもらうために。

 自分の本音なんて棚上げしてた。そんなものより、相手に嫌われないことの方が大事だから。

 

 月ノ森に入ったのだって、本当は気が進まなかったけどお母さんがそう望むから。断ったら、失望されると思ったから。

 吹部に入ったのだって、クラスの子に頼られたから。大して乗り気でも無かったけど、断ったら反感を買って除け者にされると思ったから。

 CRYCHICに入ったのだって、似たようなもの。私のコントラバスの演奏を評価してくれた、ほとんどしゃべったことのないクラスメイト。

 その子が必要としてくれてるのに断ったりしたら、私の印象に悪影響だと思ったから。

 音楽祭で見かけたバンドの楽しそうな雰囲気に当てられたところもあったように思うけど。

 その時は、大体その程度の思いだった。

 

 私は自分の心を守るために優しくしていた。

 だから彼女たちに批判の意思がなかったとしても、その言葉が頭から離れる気がしない。

 

 薄々気づいてたけど、そんな自分を認めたくなかった。

 当たり前だ。本心とは別に優しく振る舞うよう、演技してるんだから。

 それは人から偽善と呼ばれるような行為だろう。

 だから今まで目を逸らしてきたのに。

 そんな醜い私を、まるで鏡に映すようにはっきり意識させられた。

 

 これからも続けるの?

 

 見えない鏡に映る私が、偽善な振る舞いを咎めるように見つめてくる。

 そんな中今まで通りにいられる気がしなかった。

 器用な方だと自負してるけど、偽善を自覚しながら平然と割り切れるほどではないから。

 お父さんとの別離から今日までずっと、偽善的に外面を張ることで私は人間みたいに生きてこれたのに。

 どうしよう。私はどうすれば……

 

「……私は……優しくすることでしか、受け入れてもらえないのに……」

 

 人の気配がない空間に、私の呟きが漏れる。

 声を出すことでいくらか正気を取り戻した私は、ようやく個室を出た。

 クラスに戻らなきゃ。そしたら……どうすればいい?

 何より、今日もバンド練習がある。私にとって一番大事なCRYCHICでは、どう振る舞うべきなんだろう。

 不安と迷いに心も体も支配される。苦しいくらい嫌な鼓動に圧迫されながら、クラスに向かって足を運ぶ。

 その間、呼吸するようにずっと爪をこすっていた。

 

 

 

 放課後になって、私は月ノ森3人組でサークルに向かった。

 その道すがらも、スタジオで5人揃ったときも、練習中も。

 私はなるべく会話せず、さりとて雰囲気を悪くしないようニコニコしていた。

 不自然に思われないよう、必死に雰囲気に溶け込むことで逃げる。

 振る舞い方を見失った私は、そうすることしかできなかった。

 

 

  

睦「……立希。さっきのところ、最後にもう1回合わせよう」

 

立希「さっきって、サビ入るところから?」

 

睦「……(コクン)」

 

 そして、そろそろスタジオの利用時間が終わるから練習もお開きになったところで。

 どうやら不完全燃焼らしいむつみちゃんが話しかけていた。

 『さっきのところ』で思い至るたきちゃんも、何か通じ合うものがあるらしい。

 私はベースのストラップを肩にかけたまま、ボーっと会話を眺めた。

 

立希「睦って大人しそうな見た目の割に、えげつないくらいの速弾きが好きだよな」

 

睦「……立希もそういう激しい系が好きだと思って、誘った」

 

立希「まぁ、分かりやすくアガるしな。好きって言えば好きだな。あそこ叩いて終わるとスカッとしてイイかも」

 

祥子「夏の合宿前まではほとんど話さなかったのに、2人も随分打ち解けましたわね。まぁ? 睦と一番の仲良しは幼馴染であるこの私ですが?」

 

立希「何幼馴染マウント取って来てんの。バンド組んでそろそろ半年、これくらい普通でしょ。ねぇ睦」

 

睦「……普通って言えば普通」

 

立希「何か地味に真似された気がするけど、まぁいいや。カウント出すよ、睦」

 

睦「……いつでもいいよ」

 

そよ(……2人も出会った頃から変わったなぁ。むつみちゃんは自分から誘うような子じゃなかったし、たきちゃんだってもっとトゲトゲしかったのに……)

 

 いつもなら喜ばしいやら、ほっこりするやら、温かい感情になるところなのに。

 お手洗いで盗み聞ぎした会話がフラッシュバックして、どうしても自分と比べてしまう。

 

そよ(みんなはメンバーとありのままで向き合ってるのに。私だけ、取り繕ったまま……偽善的な私のまま……)

 

 ドロドロした感情で昏い思考に取りつかれる。

 爪をなぞる感触が心地良くて、それが私の自我を守ってくれた。

 

燈「……よちゃん。そよちゃんっ!」

そよ「……えっ?」

 

 ともりちゃんの声にハッとして顔を上げると、いつの間にかみんな撤収準備を終えていた。

 演奏してたはずのたきちゃんやむつみちゃんまで。

 片付けが終わってないのは、私だけだった。

 

祥子「そよ。貴女放課後から口数も少なくて、ずっと変でしたわよ? 大丈夫ですか?」

睦「……体調悪い?」

立希「そよが片付けもせずボーっとしてるのは珍しいし、確かにそれはありそう」

燈「そよちゃん、気持ち悪かったり、辛かったりしない? あ、お水持ってこようか?」

そよ「……ううん、体調は悪くないよ。気にしないで——」

 

 私はいつものように笑顔を作ろうとした。

 でも頭の中にあの会話が再生されて、表情筋が強張る。

 わざとらしい、拘ってる。……嘘っぽそう、偽善者。

 偽善な振る舞いを監視する見えない私が、あの会話を攻撃的に変換させる。

 

そよ「……」

 

 私はどうしたらいいか分からなくて、控えめな笑顔を作った。

 それがみんなにどう見られてるかなんて、考える余裕もなかったし考えたくもなかった。

 

燈「そよちゃん……?」

睦「……そよ……どうしてそんな顔するの……?」

立希「体調悪くないんだとしたら、また別の意味でヤバそうなんだけど」

そよ「……そんなことないよ? あ、片付けすぐ済ませちゃうから! 先にカフェ行ってていーよー?」

 

 サークルの練習後は決まってスタジオに併設されてるカフェテラスでお茶している。

 だからみんなに先に行ってもらう体で、今は1人になりたかった。

 

祥子「……分かりましたわ。行きましょう、みんな」

睦「……祥」

立希「ちょっと、放っておいていいわけ?」

祥子「みんな残っていたら、片付けを急かすみたいになるでしょう? それなら、カフェでそよの分までドリンク頼んで待ってましょう」

燈「わ、わかったよ……。それじゃ、先に行ってるね、そよちゃん」

そよ「……うん」

 

 バタンとスタジオの扉が閉まり、部屋に1人残される。

 さきちゃんに助けられちゃった。私の本音を察してくれたのかな。

 私はスタジオの利用時間いっぱいまで時間を使って片付けを済ませる。

 せめてお茶する時間くらいはいつもみたいに振る舞えるよう、心を殺してでも落ち着かせたかった。

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