CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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番外編2番 ニート探偵団の事件簿

 

 

 〇はなまるスープ顛末

 

ナルミ「あ、来てたんだ。飲み物いるよね、何がいい?」

 

 やってきたのは、エプロンを巻いた藤島さん。この人って広報担当でライブ統括もしてた功労者だよね? まるではなまるのバイトみたいに見えるんだけど。

 

ヒロ「今日は彩夏とナルミ君交代でミンさんの手伝いするんだって」

そよ「あ、なるほど! そしたら彩夏さんも打ち上げ楽しめますもんね♪」

彩夏「ありがとね、藤島くん」

ナルミ「すっごい疲れてるから勘弁してほしいんだけど」

ミン「何か文句言ったかぁ、ナルミィー!」

ナルミ「いえ、何も!」

 

 この店じゃ誰もミンさんに敵わないのは目に見えてる。はなまるでバイトしてるわけじゃないのに、可哀そうに。

 と憐れんでいたけど、どうも完全な無関係ではないみたい。

 

ヒロ「懐かしいな。もう今年入ってからはナルミ君のエプロン姿見なかったし」

祥子「ラーメン屋でもバイトなさってたんですね」

ナルミ「一時期ね」

彩夏「私がいない間の代理らしいけど、使えないからってクビ切られちゃったんだよね」

ナルミ「そこまで言わなくていいだろ!」

燈「可哀そう……」

アリス「そうでもない。鍋の番を言いつけられたのに居眠りしてマスターの覗き犯を見過ごすくらいだからね。なるべくしてなった必然さ」

ナルミ「それ一番言わなくてよかったやつだよな!?」

ミン「ナルミ! 騒いでないで注文とってこっちの皿運んで空いた皿片して洗い物してまた注文とれ!」

ナルミ「僕はロボットじゃないんですよ!」

 

 そう喚きながらもキリキリ働き出した藤島さんを見送りつつ、私は聞き流せないフレーズを拾い上げる。

 

そよ「アリスちゃん? ミンさんの覗きって? ……犯罪っぽく聴こえるんだけど」

アリス「立派な犯罪さ。夜中に店の玄関から侵入して、マスターの風呂場を覗こうとしたのだから。2度もね」

立希「そんなことが2回も続くか! 絶対盛ってるでしょ!」

 

 1回は戸締りをうっかりしてとかで、そんなこともあるかもしれない。1度起きたら絶対そんなこと起きないように心が気を張るものだろうに。

 

ヒロ「少しも盛ってないよ。俺たち探偵団も一緒だったしね」

アリス「ナルミがつけている事件簿には、『はなまるスープ顛末』と書かれた、去年の4月頃の事件だね」

彩夏「聞き憶えないから、やっぱり私がいないときの事件だ。何がどうなったらそんなことになるの?」

ヒロ「ランジェリーショップのお偉いさんがミンさんをストーキングしてたんだ。ミンさんの恵まれたバストがさらしで雑に圧迫されてたのに胸を痛めてたんだって。『彼女に相応しいブラジャーを作って贈らなければ!』って執念を燃やしながら」

立希「馬鹿馬鹿しい……」

アリス「ウチには何故かそんな事件の縁が奇妙なほど多いんだ」

睦「……それで、どうなったんですか?」

ヒロ「とある偶然のおかげで2回目は事前に察知できたからさ。おびき寄せて、現行犯逮捕」

そよ「それで、ランジェリーショップの偉い人って分かったんですね。警察に突き出したんですか?」

ヒロ「ううん。すっごいキモかったけど目と腕は確かでさ。取引して見逃してあげた。でも、妙なんだよな……」

燈「何が、ですか?」

ヒロ「その覗き犯から、ミンさんブラ贈られたはずなんだ。でも一度も着けてる感じじゃないんだよな。いっつもさらしが見えてるし」

燈「……さらしの方が楽、とか?」

そよ「それはないかな」

睦「……そよが言うと説得力がある」

そよ「さらしできつく締めあげてあげよっかー?」

ヒロ「そのおっさんからの受け売りなんだけど、さらしは乳房を歪めて締め付けるからやめてあげてね。個人個人にあるべき下着っていうのがあるらしいよ」

立希「知らんけど」

祥子「どうも性根は真っすぐな変態らしいですわね」

燈「あの……ミンさんは、玄関の鍵、閉めないんですか?」

アリス「マスターもそんな不用心じゃない。でも鍵は開かれたんだ。正規の手段でね。そしてその鍵のセキュリティを強化するべきだったのに、彼女は拒んだ。だから2度目も起きた。そういう、喜劇だったってオチさ」

 

 どうもストーカーだの下着だのって猥褻な話だけじゃないらしい。そういえば事件名と一致しない。なぜスープをタイトルに入れたんだろう。

 と不思議がっていたら、ミンさんが厨房から出て自ら小さな丼を運んできた。

 

ミンさん「あんな話、ほいほいするもんじゃないだろ。ほら、これでも食べてろ」

燈「やっぱり、ラーメンだ……」

睦「……でもすっごい少ない」

ミンさん「打ち上げ来たのにラーメンでお腹いっぱいになるのもアレでしょ。でもやっぱり、一口くらいはさ」

アリス「実によくできたタイミングだね」

ミンさん「完全に偶然だよ。お前らが余計なこと言わなきゃ何にも意味なんてなかった」

 

 ぶっきらぼうに去ってくミンさんを余所に、ともりちゃんが訊ねる。

 

燈「何の、話?」

アリス「つまりね。さっきの事件は、この醤油ラーメンが出来上がるまでのお話だったんだよ」

 

 ともりちゃんから麺1本分だけ貰って食べるアリスちゃんは、そんなことを言って締めるのだった。

 

〇探偵の愛した博士

 

祥子「下らない事件かと思いましたが、何か読み応えのありそうな匂いも感じさせますわ! 他には何かございませんか?」

立希「あんまり物騒な話は抜きで」

アリス「ナルミの事件簿だと、次の次ぐらいが丁度いいか。去年の5月にあったぼくが愛した博士が主人公の話さ」

燈「アリスちゃんが? 好きって、こと?」

アリス「ふふっ、そうだね。これ以上に愛しているものもそうないよ」

祥子「なんと、恋物語ですか! 探偵物として鉄板ですものね!」

睦「……ストーカー事件も鉄板じゃ……」

そよ「その話引っ張るのやめようよ」

ヒロ「お、噂をしてたら、主人公が来た」

「何の話だよ、ヒロ」

 

 最後のセリフは、お店の駐車場に停まった軽トラから降りて歩いてきた男性のもの。ミンさんと同じく20代中盤くらい……なはず。(理佳子さんの件で、しばらく自分の目に自信が持てない)

 その男性は、女性と一緒だった。

 

「ヒロくん、もしかしてその女の子たちが……」

ヒロ「えぇ、CRYCHICの娘たちです」

「ライブ見てたよ! あ、わたし達は岡林商店っていう酒屋の者。名前は由美ね」

「俺は友造。打ち上げ用の酒を配達しに来たんだ。ジュースも扱ってるから店にない飲み物あったらいつでも言ってよ、調達してくる」

そよ「いえ、お気遣いなく」

友造「有子も、いるだろうと思ってドクペは全種類揃えてるぜ。キンキンに冷やしてるから、いつでも言えよ?」 

アリス「ありがとう。後でナルミに運ばせるよ」

 

 聞き憶えのない名前にアリスちゃんが対応したことで、なるほど、と納得する。有子をそう読ませてるってことか。……なんで、ていうのは今さら彼女に訊けるわけない。訊けるのはウチでは1人だけだけど、どうも彼女は知ってたみたいに無反応だった。

 友造さんは苦笑いする。

 

友造「あんまナルミ君いじめんなよ? 大切な助手なんだろ?」

彩夏「探偵にいじめられるのが助手の業務なんでしょ?」

アリス「そう。つまり心配無用さ。本人も喜んで運び屋に殉じている」

 

 遠くから「喜んでねぇ!」という叫び声がうっすら飛んできたのはスルーして。アリスちゃんが愛していた理由がなんとなく見えてきたので、確かめてみる。

 

そよ「アリスちゃんが愛してるのは、珍しいドクペを揃えてるから?」

アリス「そういうことさ」

祥子「そうでしたの……残念ですわ」

アリス「何を期待してたか知らないが、応えられなくて悪かったね」

ヒロ「でも全く関係ないわけでもないんじゃなかったっけ? 丁度2人が結婚されるちょっと前の話だし」

睦「……新婚さんだったんですね」

由美「子どもも産まれたから、新婚っていうのはちょっと変だけどね」

友造「あぁ、あの時の話か。……お袋はトラックで待ってる、てさ」

アリス「……そうかい」

燈「えっと、どんな事件だったか、聞いてもいい、ですか?」

由美「あれだよね、ともくんの店のお酒に混ぜ物されたって」

祥子「混ぜ物、ですか?」

友造「あー……。醤油とか」

立希「傷害性はないけど立派な事件じゃん。悪質っていうか、陰湿だし」

 

 イライラした声的に、彼女がかなり嫌う類の事件らしい。まぁ、分からなくもない。ただの嫌がらせにしかならないだろうに、店側からしたら溜まったものじゃない。

 

ヒロ「亡くなったお父さんが個人経営してた酒屋で、友造さんとお袋さんの2人で切盛りしてたから、何百本って酒をそんな少人数で検品しなきゃいけなくてさ。テツも手伝ってたけど、3回くらいやってかなりやつれてたよ」

そよ「3回? やられたのは1回とかじゃなかったんですか?」

睦「……調子に乗った犯人が繰り返したって感じがする」

由美「でも2回くらいで終わったんじゃなかったっけ?」

友造「あぁ。知らん間にもうされなくなったよ」

立希「ん? 事件として記録したんでしょ。ってことはアリス、犯人知ってるんじゃないの?」

そよ「あっ、たきちゃんそれは……」

アリス「もう一度講義しようか。探偵にはね、守秘義務というものがあって……」

立希「うっ、便利な言葉だなチクショー!」

燈「でも、解決されたなら、よかった……」

友造「……そうだな。よかったよ」

 

 友造さんは一瞬だけ複雑な表情になったあと、由美さんへ「そろそろ行こう」と促して、私たちに向いた。

 

友造「ウチはさ、親父の頃から『客一人一人に相応しい一本を提供する』ってモットーでやってんだ。だからお前らも、成人したらウチに来い。特別価格で最高の酒を用意してやる」

由美「すっごく良い演奏だったよ! そうだね、今日のライブを思い出せるような1本をともくんと用意しとくから、是非来てね」

そよ「はい。楽しみにしてます♪」

 

 お店に入っていく夫妻を見送って、私たちは初めてお酒について語り合う。

 

祥子「その人に相応しい一本、ですか……。素敵ですわね」

立希「お酒なんて微塵も興味なかったけどさ。さっきのを聞くと、興味湧くよね」

睦「……みんなで飲むの、ちょっと楽しみ」

そよ「ねー! その時は岡林商店に行こっか♪」

燈「今日のライブを思い出せるような……。どんな味がするお酒なんだろう……」

 

 4年後なんてずっと先のように思うし、お酒の味なんて全然想像できないけど。でも、私たちにふさわしいお酒との出会いは心をくすぐるものがあった。

 

〇大馬鹿任侠入門編

 

立希「平坂組なんてやくざチックな絡みもあるし、物騒な事件ばっかかと思ったけど」

祥子「そういうわけでもなさそうですわね」

アリス「忘れられそうだが、ぼくは死者の代弁者。その名に恥じない事件を扱っている。きみたち向けに省いているだけだ」

ヒロ「死人はいないけど、誘拐事件だって解決してるしね」

睦「……誘拐……」

立希「ちょっと! 物騒なの禁止って言ったでしょ!」

ヒロ「まぁ攫われた本人からしたら溜まったものじゃない迷惑な事件だったけどさ。犯人たちが馬鹿な学生で、そいつらから電話受けた平坂組も馬鹿なおかげで事件なんて緊張感が全然なくてさ」

そよ「えーっと……なぜ平坂組にそんな電話が?」

ヒロ「平坂組が事務所構えているビルの大家さんの娘が誘拐されたんだ。デリ……えーっと、出張マッサージ業の仕事中に行ったホテルの中でね」

睦「……デリヘル嬢をラブホに誘拐したように聞こえるんですけど」

アリス「その通りだよ」

立希「くっだらな」

祥子「でりへるというのが、出張マッサージ業のことの?」

そよ「そうらしいね」よく知らない風を装う私。

燈「あの、それで、どうして大家さんじゃなくて、平坂組に……」

ヒロ「身代金を要求しようと電話かけたんだけど、手違いを起こして平坂組にかかったんだよ。で、むちゃくちゃなアンジャッシュやり取りがあって、平坂組員が誘拐された娘さんの弟ってことで話が通じちゃったんだ」

 

 意味が分からなかったけど、平坂組員の関わることで理解しようとするのは無駄が大きそうだから気にしないことにした。

 だから、意識して焦点を逸らす。

 

そよ「とにかく、最初から誘拐なのは分かってたんでしょう? 警察に通報しようとか考えなかったの?」

アリス「ぼくもまともな神経を持ち合わせているつもりだから、そう言ったのだけど。エセ任侠集団から返ってきた答えが、仁義だった」

燈「仁義?」

ヒロ「娘が親に黙って風俗で働いてたなんて知ったら親御さん、つまり大家さんが悲しむ、って」

祥子「風俗でしたのね……」

立希「また1つ勉強になったな、世間知らず」

祥子「立希ほどエッチな知識に長けていないだけですわ」

立希「私だって詳しくないし! デリヘルくらいは一般常識だよ!」

燈「そ、そうなんだ。知らないと、マズい、かな……」

立希「燈は知らなくて大丈夫。教えようとするやつは私がぶっとばす」

アリス「過保護なことだね。最低限知っておかないと、ぼくみたいに下品で愚劣な助手からセクハラを受けることになるよ」

彩夏「藤島くんに!?」

燈「な、何されたの? 大丈夫だった?」

ナルミ「な、なんでもないよ。ちょっと場を和ませるための冗談だったんだよ」

 

 藤島さんが飲み物や食べ物を持ってきた。その人から守るようにともりちゃんがアリスちゃんを抱きしめ、セクハラ助手をキッと睨む。ともりちゃんの珍しい敵対姿勢だ。なかなかレアだったので、むつみちゃんにもせっつかれたのもあって私は写真に納めた。

 

アリス「人を傷つける冗談を吐く人間はみんなそう言い訳するのだよ。ぼくにあんな恥ずかしい検索をさせるなんて」

ヒロ「で、ナルミ君は実際なんて言ったんだ? このままじゃ女性陣の印象最悪だよ?」

ナルミ「ヒロさんに言われたくないですけど。あのときは確か……アリスが南極を持って来てくれっていうから、南極なら持って来れるよ、って」

そよ「南極?」

祥子「立希、どういう隠語ですの」

立希「私をエロ方面に強い扱いすんな。私だって本当に知らないんだよ」

睦「……私の出番」

燈「え、エッチなことはググらなくてもいいんじゃ……」

 

 むつみちゃんは珍しく自分にだけ画面が見えるように調べる。そして、スマホを静かにしまった。

 

睦「……えー……。乙女の口からは少々説明しづらいです」

燈「そんなことアリスちゃんに調べさせたんだ……最低」

燈以外のCRYCHIC(燈の口からひっくい最低が飛び出すなんて……!)

 

 少しゾクッとしたのは、なんだか変な扉を開きそうだったから、頑張って流そうとした。

 

ナルミ「だから、夏バテしてるアリスを和ますつもりの冗談だったんだって! たぶんぼくも暑さで頭がどうかしてたの!」

ヒロ「まぁアリスは博識だからダッチワイフのことくらい知ってるって思うしね」

彩夏「とりあえず下ネタはこの辺にしよう? あと藤島くんには後で話があるから」

アリス「しかし助手がそんな品性を活かして有名になることもあるんだ。せっかくだから次のファイルと関わりのある話をしようか」

ナルミ「何話す気だよ」

 

 アリスちゃんへ寄ろうとして、彼女にしがみつくともりちゃんに「ちっ、近寄らないでっ」と牽制された藤島さんは、居心地悪そうに佇むのであった。

 

〇あの夏の21球

 

アリス「パワレボという野球ゲームがあったんだ。家庭用じゃなく、ゲームセンターでプレイするものだよ」

立希「あー、ゲーセン専用のレースゲームとかシューティングみたいなもんか」

アリス「そのゲームでは、自分で作った野球選手のユニフォームに絵を張り付けられたんだ。そこでナルミは、いやらしいユニフォーム絵を描いて貼り付けていたというわけさ」

燈「えっと……そういう絵を描くのが、好き、なんです、ね……」

ナルミ「いや、そういうわけじゃなくて……」

彩夏「好きじゃなかったら楕円だけでエッチな女の子描けないよ」

睦「……楕円、だけ?」

立希「どういうこと? 全然意味が想像できないんだけど」

アリス「楕円は2つの径の長さを変えればどんな直線も曲線も掻けるんだ。つまり、理論上は人体なんて複雑な絵も作成できる」

燈「どうして楕円だけで描こうとしたの?」

アリス「そのゲームが用意した描画ツールがそうだったんだ。著作権侵害対策に、あえて貧弱なシステムにして、そこから作成されたものしか貼れないようにした。これなら問題になるような精巧な絵はゲームで扱われないだろう、っていう思惑でね」

睦「……それを覆したのが、藤島さん」

アリス「楕円だけで肌色の多い美少女を作成しようなんて、無駄に技術と根気と時間を持て余す暇人を想定してなかったんだ。そんな少数の少数のそのまた少数のことなんてね」

そよ「そうやってニートになるわけだね」

ナルミ「まだなってないよ!」

 

 そのまだは火葬後に生命保険を営業しに来る保険屋ぐらい意味がないと思う。

 

燈「藤島さんが、そういう絵に凄い執念を燃やせる人ってことは分かったけど。それが、どうして事件に繋がるの? まさか犯罪な絵を、描いて……」

ナルミ「書いてないわ!」

アリス「きみのように美しい絵を描いていればいいのにね。それはともかく、事件のきっかけになったのは絵ではなく、パワレボという野球ゲームだったんだ」

祥子「どうしてゲームが事件に発展するのでしょう?」

アリス「世の中にはライト向けのゲームを毛嫌いする人間もいる、ということさ」

 

 何か言いづらいことなのか、迂遠な言い回しを続けるアリスちゃん。

 と、その時。また新たな来訪者がやってきた。もう見分けがつくのではっきり言うと、やくざである。

 

「おーおー。打ち上げやっちゅーのに鬱陶しい話しとんのぉ」

 

 この男性はアロハシャツがはち切れそうなほど筋肉が盛り上がっていて、頭髪も眉毛も綺麗に反り上げられた、スキンヘッドな40代くらいのやくざ。タコ坊主、という言葉がぴったりな人相だった。

 その人の連れとしては違和感ありまくりな、眼鏡をかけてなよっとした20代中盤の男性もやくざ、なのかな? いや、その要素は見当たらない。

 

ナルミ「ね、ネモさん……。西村さんも?」

西村「根本さんに引っ張られてね。根本さん、女子高生もいるんですから……」

根本「分かっとるわ。けんど思い出したら腹立ってきたわ。丁度あれから1年やろ。記念にどないや、ナルミ」

ナルミ「な、何で僕にいうのか分からないし何のことかも分からないですけど。あー、裏にテツさんいますよ、僕じゃなくて……」

根本「何ほざいとる。ワシからサヨナラ逆転決勝打かましたヤツに返さんと意味ないから釘さしとるんや。エェか、やる時は逃げんなや。な」

 

 ひさしの深い眼窩で濁り目がぎょろりと藤島さんをねめつける。だからこの人は、どうして高校生でやくざとばっかり親しい(?)の? あれかな、やくざの友達100人作れるかなチャレンジしてるのかな。

 

西村「ほら、根本さんっ。その話はまた今度しましょうって。今は空気読みましょうよ」

根本「1イニング投げただけで勝ち投手掠めとったエース様は言う事が違いまんな」

西村「1イニングしか投げれなかったのは根本さんのせいでしょ。言っときますけど、根本さんとピッチングでも勝負したかったですよ」

根本「抜かせ、クソガキが。——で、嬢ちゃんたちがCRYCHICか?」

祥子「…………は、はい」

 

 喧嘩腰なやくざの雰囲気に、縮こまっていた私たちの中でさきちゃんだけが辛うじて反応できた。いくらあの経験値があっても、根本さんが放つプレッシャーはかなり怖いものがあった。

 

根本「ライブ、聴いとったで。観客も湧かせとったし、えぇもんもっとるバンドやんか。デビューするんやったらワシんとこ相談に来ぃ。雛村のガキにできるんやったらワシにもできるやろ」

祥子「……せっかくですが、今のところそういったことは考えておりませんので」

根本「ほうか。まぁ気長に待っとるで」

 

 そういって根本さんは店脇のスペースを進み、勝手口の方に消えていった。

 西村さんが申し訳なさそうな顔で話しかけてくる。

 

西村「ごめんな。ここに来るまでも、きみたちの話ずっとするくらいにはなんか気にっててさ、あの人。まぁ気にしなくていいよ」

立希「そう、ですね」

睦「……デビューの方向性として怖すぎる」

そよ「どっちみちその気はないからいいんだけどね」

ナルミ「ネモさんは警護として関わってたから来るのは分かるんですけど、というかなんで西村さんまで?」

 

 なぜやくざに警護を頼むの。そんなに人手足りなかったの?

 

西村「さっき言ってただろ? あの試合から1年、って」

ナルミ「本気だったのか……」

アリス「ちなみにその試合というのがパワレボの事件と繋がっているんだ。こちらのゲームセンターの店長が、さっきのやくざに賃上げを要求されてね。払えないなら店を畳めと言われて、対抗策に出たのが草野球なんだ」

立希「なんでだよ。どうなったらそんな少年漫画みたいな展開になんの」

アリス「だ、そうだが。何か申し開きはあるかい、ナルミ」

ナルミ「ありません……」

祥子「藤島さんが噛んでたとなると……そういう交渉をされた、ということですか?」

アリス「話し合いの場はパワレボの置いてあるゲームセンターだった。で、根本喜一がゲームの筐体を指して野球を提案した。愚かな探偵団たちはパワレボというゲームで決着つけるものだと思って提案を飲んだ。野球をゲームだと勘違いしたんだ」

睦「……食わされた、ってやつ?」

ヒロ「そういうことだね」

そよ「でも、向こうはそんなに野球に自信あったの?」

アリス「自信しかなかっただろうさ。根本喜一は昔、甲子園で何勝もしていた投手だ。それも、ピッチングで得点差をコントロールできるほどの実力でね」

睦「……得点差を、コントロール?」

立希「その意味は分かんないけど。甲子園で何度も勝てるってことは、プロ行ってもおかしくなかったってこと?」

アリス「おかしくなかっただろうが、その未来はあり得なかった。野球賭博に絡んで八百長した嫌疑が持ち上がり、自主退学したからね」

 

 なるほど。やくざになるべくしてなった人だと伺える。

 というのは、早合点だったみたい。

 

燈「有子ちゃん。ピッチングでコントロール、って……」

アリス「そう。彼は八百長をしていたんだ。わざと負けるのではなく、わざと1点差で勝つように試合をコントロールしてたんだ。ピッチング以外の子細工なしにね。だから、決定的な証拠はあがらなかった」

 

 私たちは野球に明るくない。でも、彼が野球人として非凡であり、真っ向から野球に取り組んでいるのは伺えた。

 事情次第では他にどうしようもなかった、たった1つの生きる道、だったのかもしれない。

 

アリス「懐かしいね。いつも知的に依頼を解決してきたこのぼくも、あのグラウンドに立ってバットを振り駆け出したものさ」

燈「有子ちゃんが、野球!?」

そよ「スポーツなんてして、体は大丈夫だったの?」

睦「……バット振れた?」

立希「そもそも本当に走れたの?」

祥子「あぁ、パワレボというゲームの話ですのね!」

4人「あぁ、なるほど」

アリス「現実の野球の話だ! ゲームセンターの存亡がかかった草野球で、ぼくはプレイングマネージャーとして活躍したんだ、あの甲子園経験投手から2塁への進塁を成し遂げたんだ! このぼくが!」

そよ、睦、立希、祥子「またまた~」

アリス「事実だ! うぅ、信じてくれ~」

燈「う、うん……」

ヒロ「引きこもりのアリスしか見てなかったら、そう思われるのも仕方ないだろ」

 

 ピーピー喚くアリスちゃんを、ともりちゃんがよしよしして宥めるのだった。

 

〇ミンさん結婚騒動

 

立希「ねぇ。もうさっきのやくざみたいな人来ないよね。心臓に悪いんだけど」

 

 ナイス確認。ここにニート探偵団も集まっているし、滅多な事ないと思いたいけど。少なくとも顔面兵器みたいな人はできればご遠慮願いたい。

 

アリス「どうなんだいナルミ」

ナルミ「ん……どう、かな。やくざ絡みで来るとしたらメオ繋がりで草壁さんくらいだけど。あとはこの件で関わったやくざなんてあの人だけだけど、流石に打ち上げなんて来るガラじゃないし……」

そよ「あの人って?」勿論つっつく。

ナルミ「あぁ、みんなも()()()見かけたと思うけど。ほら、オールバックで、20代中盤くらいで、深紅のシャツにグレーのスーツ来たやくざ、っていうか……」

ヒロ「紅雷(ホンレイ)のこと? マフィアの跡取り様が確かに来るもんじゃないよね」

祥子「マフィア? やくざではなく?」

アリス「香港マフィアだよ。ちなみに、香港のは日本なんておままごとに見えるくらい容赦がない。気を付けることだね」

そよ「死んでも関わり合いになりませーん」

 

 教訓。こっちがどれだけ警戒していても、相手次第では避けられない。交通事故とはそういうもの。

 

彩夏「その紅雷(ホンレイ)って人、ミンさんと結婚しようとした人だよね?」

CRYCHIC『ミンさんと結婚!?』

ミンさん「コルァラお前ら! 余計なこと吹き込むなよ! ぶん殴るぞ!」

 

 店内から怒鳴り声が飛んできて、ヒロさんが爽やかに投げ返す。

 

ヒロ「打ち上げでディープな話なんてしないって、せいぜい文化祭の程度に収めるよ」

燈「ぶんかさい?」

睦「……マフィアのトップとの結婚から落差酷くて脳の処理が追いつかない」

 

 確かに。繋がりも感じないし事の大きさが全然違う。

 

彩夏「去年ウチの文化祭でね、出店で1日目はラーメン、2日目にはアイスの屋台やったの。その都合でミンさんを学校に呼ぶことになったんだ」

 

 都合というのは、彩夏さんたちはアイスを売る申請をしたら『直前に加熱するもの以外は出せない』と学校側から言われたらしい。しかし抜け穴として調理師免許持っている人が責任者になればOKらしい。

 でもラーメンとアイスの監督をミンさんがやったら、それはもう……。

 

そよ「なんだかはなまる出張店みたいですね」

祥子「なるほど。デリバリーサービスですわね」

立希「祥子、もうこれ以上デリバリーって単語使うなよ? 今のは合ってるけどなんか怖いから」

燈「でも、学校にお店の人、呼んでいいんですね」

彩夏「ちょっと手違いがあってね、特例で呼んでいいってことになったんだ。そしたらね、当日はミンさんがゴージャスなドレス着て学校に来たんだよー! もう学校が大騒ぎ!」

睦「……そうはならんやろ」

立希「なっとるからしょうがないんじゃない? でもなんで……」

「俺との婚約披露会から抜け出した足で、そんなもん行ってたとはな」

 

 鉈みたいな声で談笑空気が切り裂かれた。さっきの根本さんですら声にフレンドリーさはあった。でも今のには欠片もない。もっと言うと、その真逆だ。

 振り返ったら、あの日と同じ身なりの人がいた。猛禽みたいな目がヒロさんに突き刺している。

 

ナルミ「ホ、紅雷(ホンレイ)さん! 来るなら連絡してくださいよ!」

紅雷(ホンレイ)「この日この時間なら、お前が確実にいるのは分かってるんだ。こっちとしては何も問題ない」

ナルミ「……今回の契約の話ですよね? 裏でしましょう」

紅雷「店でラーメン食ってからでもいいだろ」

ヒロ「今日は貸し切りなんだ。部外者に出すラーメンはないよ」

紅雷「作戦には協力してやった。部外者ってもんでもねぇだろ」

ミンさん「紅雷! お前今度は何しに来たんだよ」

紅雷「明麗(ミンリー) !」

 

 途端に声色が怖いくらい弾ませる紅雷さん。ものすごくわざとらしく髪書き上げるし、気があるのを隠そうともしていない。自分との式から逃げられたのに……。

 

紅雷(ホンレイ)「冷たいじゃないか、こいつらの件には俺だって手ェ貸したんだ、ラーメンくらい食わせてくれ」

ミンさん「よく言うよ。この店潰そうとしたくせに」

紅雷「フン。……おい。確か、CRYCHIC、だったか」

祥子「は、はい。あの、私達デビューなどは特に……」

 

 さっきのデジャブだったので、私もさきちゃんと同じ思考だったのだけど。どうも違うらしい。

 

紅雷「何の話だ。お前らが攫われたのは、雛村やこいつらに関わってるからだ」

燈「……え」

紅雷「あんな目に遭いたくなかったら、縁を切れと言っている。——お前がアリスだな? お前らみたいなのは無責任に恨みを買いやすいんだ。無関係のくせに好き勝手出しゃばって、他人の問題を引っ掻き回す。その結果が今回の件だ。そのくせ自分は何も傷つかないんだからな、タチが悪いなんてモンじゃない」

 

 アリスちゃんは狂気みたいな視線で串刺しにされ、黙って閉目した。その体が隣の友人に抱きしめられる。

 

燈「あなたが有子ちゃんの何を知ってるんですか? あなたは他人に何も迷惑かけずに生きてきたんですか? マフィアなのに?」

紅雷「……お前らのために忠告したんだがな」

燈「有子ちゃんに酷いこと言うのはやめてください」

 

 敵意すら隠さず、ともりちゃんがまっすぐ言い放つ。純粋な怒りを、相手は挑発と受け取ってしまった。

 

紅雷「俺はいずれ『黄同盟(ファンタオメン)』の龍頭(ロントウ) になる男だ。一族の顔役として、舐めた真似する奴は女子供だろうが容赦しな——」

アリス「黄紅雷(ファンホンレイ)。きみの指摘はもっともだよ。今回のことで身に染みて理解したさ。それでも、この子に1ミリでも危害を加えていい理由にはならないはずだ。その気になったらぼくはこの命と引き換えにゾディアック・グループも、黄同盟(ファンタオメン)の傘下にある風俗業も、全て奪える。まさか()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ともりちゃんの腕の中で、アリスちゃんが冷たく機械的な声色で言い放つ。紅雷さんはアリスちゃんを、そしてまたヒロさんを忌々しそうに睨んだ。

 

紅雷「……忠告はしたからな。——おい藤島」

ナルミ「え、えぇ。行きましょう」

 

 厄介な来訪者が藤島さんと一緒に店の裏に消えていった。

 

アリス「もう大丈夫だ、tっ、……」

燈「有子ちゃんは、違うよ。あの人が言っていたことは、絶対違う、あんなのただの言いがかり……」

アリス「分かっているよ。あんな嫌味よりもきみが、きみたちがくれたライブの方が、ずっと重い」

 

 ともりちゃんの手を握りかかえて、噛みしめるように微笑む。ともりちゃんは辛そうに笑って、解放した。

 彼女は人よりずっと多く戸惑いを繰り返す。そういう不憫な生き方をしている。それを私たちが支えることも守ることも癒すことも救うこともできない。

 ただ、刻みつけた傷が癒えないことを祈るだけ。その痛みが、いつまでも彼女を見守って、すくいあげてくれることを願って。

  

〇お別れ

 

「あ、アリスちゃん。外で待っててくれたんだ」

 

 また新たな来訪者が現れた。でも女性で、しかも見覚えがある。会ったことはないのに。

 日も暮れたというのにサングラスと帽子をかけた、毛先がふわふわと広がる茶髪の女性は、至る所で目にしたアイドルだった。

 

立希「あの、もしかし……なくても。夏木ユイ、さんですよね?」

ユイ「えっあっ、その、違い、ます……よ?」

睦「……スルーしようと思ったけど、バレバレならしょうがない。サングラスと帽子で変装しても、誤魔化せてないです」

ユイ「うぅ、だから知らないフリしてくれると助かるのに……」

 

 駅だのビル街だの公園だので、夏木ユイのポスターを飽きるほど見た。それこそネットも繋げずに引きこもらないと、彼女に気付かないのは不可能だと思う。

 でもなんでそんな有名アイドルが、と思っていたら。理由はアリスちゃんが答えてくれた。

 

アリス「彼女はぼくの同好の士なんだ。豊川祥子からの報酬で迎えた友人たちを見たいというのでね、来るのを待つ意味でも、外にいたんだ」

燈「そう、だったんだ……」

 

 アリスちゃんはここまで、ということに残念そうな顔のともりちゃん。なんだか見てるこちらが悲しくなるほどの落ち込みようだった。

 

ユイ「そうそう、だから今日すっごい楽しみにしてたんだ。あ、でも少しなら時間あるから、そんなに急がなくても……」

アリス「きみが忙しくしている多忙な売れっ子アイドルなのは分かっている、無用な時間はとらせないさ。ぼくも、そろそろ()()にかからないといけないからね。行こう」

 

 アリスちゃんが席を立って、夏木ユイと歩いていく。「またね、有子(アリス)ちゃん」という声に、ピタッと止まった。アイドルが「私、先行って藤島さんに挨拶してるね」と勝手口の方に消えていく。

 こちらに背中を向けたまま、彼女は名前を呼ぶ。

 

「燈」

 

 たきちゃんが短くため息をつく。私だってつきたかったんだけどな。さきちゃんやむつみちゃんと、やれやれって顔を見合わせる。

 

 

「四代目曰くね。彼が助ける線引きは、身内の友人まで、と決めているそうだよ。ぼくも、それに倣おうと思う」

「? えっと……」

「分からなくていい。大事なことだけ伝わっていれば、それでいいんだ。……通じているかな、燈」

「……ホントはね、それだけがずっと、気になってた。嬉しい、有子ちゃん」

「燈。きみのことは、何があってもぼくが守る。だから、いつでも頼ってくれ。……おやすみ、良い夢を」

「うん。色々、ありがとう。おやすみなさい、有子ちゃん」

 

 アリスちゃんは歩き始める。これから何度外に出て世界の流れに傷つき、それでも探偵として真実に立ち向かうかは分からない。それでも。

 彼女の未来に、幸あらんことを。精一杯の祈りをこめて、私たちは小さな背中を見送った。

 

 

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