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あれから6日間の猛特訓を経て。ミスが無ければ人に聴かせられるレベルまで、なんとか仕上げた。さきちゃんの伝えたいメッセージだって確立できた。
でも。その過程で、演奏とは別の気掛かりが生まれてしまっていて。
それは、古城先輩からもらったガーネットのアカペラ動画を、みんなで見てるときのことだった。手鞠沢高校の部室で演奏してるシーンが流れてる最中に、その子は疑問を投げかける。
『どうして古城先輩は、ここで手を差し伸べたのでしょう?』
歌唱中の意味深な行動について、私たちは意味を見出そうと考える。
この演奏は小牧さんが部活見学に来た時、彼女の煮え切らない態度に繭森さんが試しに歌えと言い出して、こうなったらしい。それを裏付けるように、小牧さんの歌い出しは迷いと不安でいっぱいだった。
けれど、彼女の表情と歌声は徐々に晴れていく。何度も見返すうちに、私たちは古城先輩の意味深な行動が境になってると気づいた。それはまるで、勇気づけられて楽しげな歌い方に変わっていったようで——
『大丈夫だよって気持ちを、届けたかったんじゃ、ないかな』
ともりちゃんの解釈に、私たちは納得した。柔らかな微笑で手を差し伸べる人から、小牧さんは想いを受け取ったのだと。言葉ではないものを介して。
そう。それは、素人の私たちが、たった1週間で挑もうとしてることそのもので——
「……
改善の手応えを感じつつも、あの人達と比較するとまだまだ未熟と痛感する練習中。彼女は動画の小牧さんみたいに不安気な表情を垣間見せるようになった。
始めたてのアカペラを、決して十分とは言えない準備期間で、初めてライブで披露する。その一発勝負で、伝えたい想いを、伝えたい人に届ける。
それがどれほど難しいことか、想像に難くないから。
珍しく弱気を見せる彼女のことが、私たちはずっと気掛かりだった。
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1月12日
アカペラ部の皆さんが前にもライブしたという手鞠沢駅前には、昨晩も降った雪がまだ残っていた。白い歩道の上には、ポツポツと立っている人が見受けられる。車道を隔てた対岸側の歩道にいる私は、そんな様子を横目に機材準備へ取り組んでいた。両手に抱えてるスピーカーがやけに重く感じる。
寒い中待ってくれている人を思うと、お粗末な出来は許されない。お客さんすら重荷に感じて、嫌な鼓動が胸を圧迫してる。スピーカーを設置し終えた私は、両手を揉み合わせて落ち着かなさを紛らわす。
いつものライブとは違うんだ。技量も準備期間も自信もナイナイづくし。それでもさきちゃんの願いも叶えてあげたくて。だから弱気になってる場合じゃないのに、上手くいくイメージが、浮かばなくて。
マズイ。今マイナス思考に嵌ると、喉が凍り付いて歌えなくなりそう。
嬉歌「と、トモリちゃん、みなさんも。き、緊張、してます、か……」
燈「う、うん」
何故か私たちよりカチコチな顔の小牧さんが話しかけてくれた。
ちなみに本当に
そして何より、さきちゃんもずっと表情が芳しくない。中学の初ライブから誰よりも溌剌としていた彼女としては、本来ありえないくらいレアだった。
まぁ。もっと言うと、一番緊張してるのがさきちゃんだと思う。それくらい背負ってるから。
そこまで重い覚悟で臨んでると知らず、話すのが苦手そうな熊井さんまで寄って来てくれて、小牧さんと並んだ。
クマ「えっと。私も初めて人前で披露したのがここの路上ライブだったけど。そのときは、自分は楽器だと思ったら気が楽になって……」
立希「いや、熊井さん。励ましてくれてるところ悪いんだけど、私ら声のことで緊張してるわけじゃないから、熊井さんの緊張とは違う、みたいな……」
クマ「あっ、そ、そうだよね。ごめんなさい、的外れなこと言って……」
立希「い。いやいや! 気持ちは伝わったから!」
慌てた顔でフォローするたきちゃん。なんだか立場がおかしいような。
しかし何故か加速していくあべこべの流れ。
嬉歌「そ、そうだよクマちゃん! 私もあの時緊張してたけど、クマちゃんが励ましてくれたおかげでちょっと和らいだから! クマちゃんの優しさは伝わるものだよ!」
クマ「……ありがと、ウタちゃん。でも……」
睦「……私達を励ましに来たはずなのに、いつの間にか熊井さんが励まされてる」
嬉歌「ご、ごめんなさい! 私あんまりこういう機会に慣れてなくて、しかも誰より緊張しやすいヤツなんだから人のことより自分のことなんとかしろって心の中のムスブちゃんが怒ってて、でもでもこんなでも一応アカペラでは先輩だから何かしなくちゃと思ったけど声かけながらも実は励まし方思いついてなくて……」
燈「……ふふっ」
ゼンマイが壊れたロボットの如く挙動不審な小牧さんに、緊張しいだったともりちゃんがフワリと笑った。人は自分より取り乱してる人を見ると落ち着くのだ。たきちゃんむつみちゃんも柔らかい苦笑になる。
私も心身が解れたのか、口が自然と動く。
そよ「ちょっとリラックスできたよ。ありがとう♪」
燈「私、頑張るから。嬉歌ちゃんも、えっと……落ち着いてね?」
嬉歌「うわーん! 逆に心配かけてごめんねトモリちゃんー!」
立希「熊井さんも、ありがとう。後はそっちを気に掛けてあげて」
睦「……なんかしゃがみこんで頭抱え始めてるから」
クマ「う、うん。なんか、ごめんね……」
ブツブツ唱えながら陰気オーラ纏ってる小牧さん。彼女の処理は仲良しの熊井さんに任せて、私たちは機材の準備作業を再開した。
さっきの珍事でさきちゃんの表情は少しほぐれたみたいだけど。まだ憂いは残ってるみたいで、相変わらず口数は少なかった。
機材準備も終わって、いよいよライブの時間になってきた。アンプやスピーカーで囲まれたライブステージから離れた横っちょで、改めてお客さんの具合を見てみる。
アカペラなんてマイナー音楽の部活で、バンドとしてのSNSアカウントもない。その割には、駅前に人がゾロゾロ集まっている。目立つのは私たちと同じくらいの子や小学生連れの親子。
というのも、ボイパの宮崎さんが個人的に配信をやってるらしく、そこで部活動の様子を動画であげたり動画の詳細欄に今日のことも告知していたのだとか。その程度のささやかな広報で人が集まってるのだから、本気でやったらそれなりにファンも獲得できそうだけどな。
今から路上ライブすると思うと、改めて不思議に思うことがあり、口にしてみる。
そよ「考えてみたら路上ライブ自体初めてだったよね」
燈「そっか……。だからいつもより、緊張してたのかな」
睦「……楽器演奏でも、いつか路上ライブしてみたい」
立希「それな。てかなんでアカペラで先に路上ライブデビューしてんだろ?」
そよ「そんなよく分からないことばっかりじゃない? さきちゃんリーダーのバンドにいるんだし♪」
私はだんまりさきちゃんに無理やりでも話を振る。そろそろ放っておけない、ライブ前に少しは解してあげないと。
けど、返ってきたのはぞんざいな反応だった。
祥子「……えぇ……」
立希「えぇ、って。もうすぐライブするんだけど、いつまで気負ってんの」
睦「……立希。さっきまで自分も緊張してたくせに言葉悪すぎ」
燈「祥ちゃん……」
祥子「プレッシャーは、確かにあります。けれど、それ以上に成し遂げたい気持ちの方が勝ってますから。本番では力に変えるつもりですわ」
確かに表情は固めとはいえ、不安や緊張というより集中して引き締められてる、様にも見える。頼りなさそうな雰囲気は確かに無いんだけど。
『音を楽しむと書いて音楽です。私達の……CRYCHICの音楽を、楽しみましょう!』
お日様みたいな笑みでそう言ってきた彼女らしさが皆無で、引っかかる。私たち4人は顔を見合わせて、どう対処するか相談しかけるけど、声をかけられて中断された。
愛莉「CRYCHICのみなさーん。そろそろ準備できてるー?」
玲音「できてたら1番手、お願いね」
祥子「……丁度いいですわ。私が大丈夫という証と、覚悟を示しましょう」
先輩2人がやってきた。そちらに向き直って、さきちゃんは1歩前に出る。
祥子「古城先輩。改めて、ありがとうございました」
愛莉「ライブのこと? あれは副部長さんが勝手に誘ったことだから、私は何も~」
玲音「あ、愛莉……認めてくれてたんじゃないの?」
祥子「いえ。ライブもそうですが、もっと言うとアカペラを教えてくださったことですわ」
2人のおちゃらけたやり取りに少しも構うことなく、さきちゃんは語り続ける。
前より堅苦しい彼女の雰囲気に、古城先輩たちもきょとん顔になる。
祥子「たった10日間ですけど、みんなと一緒に本気で練習に明け暮れました。それでも、あの日みなさんが披露されたアカペラに、遠く及びませんでした」
玲音「……そりゃね。そんな短期間で追いつかれたら、流石の私もショックかな」
祥子「そんな素晴らしいアカペラ演奏に出逢えました。あまつさえ、私達にその技術を教えてくださいました。おかげで私達も、本当のハーモニーを知ることができました」
さきちゃんは胸に手を当て、思い出すように目を閉じる。そこで少し、柔らかい表情になる。
祥子「歌で考えを、思いを交わし合う。それほど深い繋がりで声を重ねる合唱が、どんなに気持ちいいもので、楽しいものか。今まで楽器でしか作らなかったハーモニーに、まだ先があったことを実感しました。私はまだまだ、音楽の知らない楽しみがあるのだと思えました」
正直、ここ6日間はそういう方向で熱中してるように見えなかったのだけど。彼女は音楽のことで嘘をつかない。きっと不安や重責のずっと奥で息づいていたのだろう。
今それが一瞬だけ露になり、また重苦しいものに蓋される。再び表情を強く鋭くさせるさきちゃん。
祥子「これも、古城先輩のおかげです。思い出話という心揺さぶる曲を作られ、演奏にも深く感動させられました。私に不躾な申し出をされても指導をして下さった。アレンジも快く許してくださいましたし、それどころか参考動画もくださいました」
愛莉「……そう聞くと大したことのように聞こえるけど。ほとんどは豊川さんのためってわけじゃないんだけどねー」
祥子「それでも構いません。私が勝手に感謝したいだけなのでしょう」
いきなり始まった感謝の連続に、たまらないと言わんばかりに茶々を挟まれても、はにかみもせず真剣に返す。彼女が本当に伝えたいことはここからだから、余裕がないんだろう。
その必死さが伝わったのか、古城先輩は真顔を戸惑いで曇らせながらも、さきちゃんに向き合う。
祥子「アカペラで気持ちを通わせることの大切さ、教えてくださいましたわね。私達が、私ができる恩返しは、まさにそれだと思っております」
愛莉「どういう、こと?」
祥子「お世話になった貴女に、私の伝えたい想いが伝わるよう、精一杯歌います。どうかご静聴のほど、よろしくお願い致します」
愛莉「豊川さん……」
古城先輩はしばらく目を泳がせて黙ったままだった。元々アカペラに挑戦したい、から始まった勢いばかりの軽率な動機が。今比べ物にならないくらい重く力んだものに変わっていて、心境の変化に困惑してるみたい。
それでもやがて、もう一度さきちゃんと目を合わせて。真っすぐで切実な視線を受けとめながら、困った表情のまま頬を緩ませる。
愛莉「分かった。……期待、してる」
祥子「はい」
玲音「……そよたちも、準備できてる?」
私は3人を見回す。自然体な頼もしい頷きを3つ貰えた。もうこうなっては仕方ない。下手な言葉は捨てて、ダイレクトな手段で調子を取り戻させますか。やっぱり、今のさきちゃんは違うからね。
5分の4大丈夫なら、今のCRYCHICは土壇場でも何とかなる自信があった。それが、今回のアカペラで得られた私たちの、新しい繋がり。
私は近衛先輩にニコッと微笑む。
そよ「OKでーす♪」
玲音「よし。行っておいで」
愛莉「……頑張ってね」
CRYCHIC「はい!」
私たちは気合の入った返事を残して、ライブステージへと歩き出した。
※後書き※
「すいません、近衛先輩。もしかしたらチューニングで、
「……分かった。そのときはアイコンタクト送って」
アレで通じるんだから。やっぱりみなさんも、要所要所でやってたんだろうな。
円陣、みたいなものだもんね。