『
『そうそう。例えば俺の愛を売って人生やり直せるようになったり、最高の仲間が手に入ったりする、そういう世の中』
『どこの唯物史観にも登場しないくらい素晴らしい世の中だね……』
『そうだな。待っててもやってこないだろうから、革命でも起こすしかないな』
『最後から2番目の革命家は政争で僚友スターリンに敗れて世界革命の萌芽も見出せずに死んだ。でも彼の不幸は隣にスターリンがいたことじゃない』
『隣にポール・マッカートニーがいなかったことだ。最後の革命家には——ジョン・レノンには、ポールがいた。幸運なことにね』
『だから、私の中で恋と革命と音楽は不可分なものなんだ。永続革命を推し進める力と、私だけのポールを探し求める力と、その想いを歌にして吐き出す力は、区別できない』
『先輩は欲張りだし、あきらめ悪いし、公私混同だし、本気でバンドメンバーと愛人の区別がついていないから、まだ待っているかもしれないけどね』
〇千晶と橘花
あれから彩夏さんもミンさんの手伝いに戻り、ついでにヒロさんも勝手口前(ニートたちのたまり場)に引っ張ってってくれたので、私たちは別のテーブルに伺った。
むしろ、主催バンドなのに挨拶が遅れて申し訳ないくらいだった。
祥子「響子さん」
脚を組んでイスの背もたれに腕をかけながらもう片手でグラスを口元へ傾ける響子さんは、流石に大人の女性として様になり過ぎていた。正直、そこらのホストより女性をひっかけられると思う。
本人の趣味嗜好もあって。
響子「やぁ。ずっと待っていたよ、きみたちと何の憂いもなく密着して語り合うのを」
そよ「あはは、響子さんはそういう冗談好きですねー」
響子「いや、私は本気だよ?」
我らがググリ担当による調査で女好きでもあるのは承知してますが、だからこそ冗談として押し通らせてもらいます。せっかくヒモっていう外敵を遠ざけられたのに、どうしてこのライブにはそんなのばっかりいるんだろう。
と、別のイスに座っていた、茶髪のボブで左側をサイドテールにした、元気な女性が声を張り上げる。
千晶「もー先輩! 未成年の年下相手なんだから、いつもみたいに見境なく行っちゃダメー!」
響子「そんな風に妬きつつも、同士相原だって橘花を侍らせているじゃないか」
千晶「侍らせてるんじゃなくて、橘花ちゃんがもう酔っちゃっただけですー」
千晶さんはフェケテリコのドラムで、響子さんの1つ下の女子大生。そして、彼女の肩に幸せそうな赤い顔を乗せてダウンしているのが、ベースの橘花さん。千晶さんよりも年下なショートボブの、やっぱり女子大生。でもこの人は正式メンバーではなく、サポートなんだそう。サポートにしておくのが勿体ない実力とルックスなのに。
フェケテリコというのは、メンバー全員がハードロック主体の曲を女子大生とは思えない演奏力で弾きこなし、聞き手を魅了させる実力がある。でもそれだけじゃなくて、ルックスまで非凡なレベルなので男女問わず人気なのだ。もしそれを狙ってメンバーを選んでいるなら、私如きが評するのも烏滸がましいのは百も承知で、それでも同じベーシストとして見ると、橘花さんは両方とも申し分ない。替えを探すのは困難だろうから、余所に奪られることを考えると正式メンバーとして囲っておきたくなるものだと思うけど。特に、唯我独尊そうな響子さんみたいなタイプの人は。
だから私は、なぜ橘花さんをサポートに留めているのか不思議だった。
橘花「う~~~ん……。ちあきさん、わたし、どーでしたー?」
千晶「ライブのこと? うん、よかったよー! 頑張ってたね、橘花ちゃん」
橘花「えへへ……。わたし、もっとがんばりますね。もっとがんばって、フェケテリコに、ちあきさんに……」
千晶「うんうん。頑張ってあたしたちを支えてね」
橘花さんは頭を優しく撫でられて、余計に顔を緩ませてた。ヨシヨシする当人の——絶妙な淡さの微笑みに、全く気付かないで。
その温度差が、疑問を抱えた私の胸中をくすぐる。
橘花さんはすぐそばの千晶さんの声しか聞こえない感じ。だから、私は響子さんに思い切って聞いてみた。
そよ「どうして橘花さんを正式メンバーにされないんですか?」
響子「へぇ。意外だね。
この人は。女性にだらしないかと思えば、まだそこまで話してもない私の、本質も考えも見抜くようなことを。
まぁ、一夜の冒険として割り切ろうか。たぶん今この瞬間この人に、顔色を伺うなんて防衛思考は必要ない。
そよ「
響子「そうだね……。誰かに私のものを奪われるなんて経験は久しくないから、それはそれで面白いかもしれない。もちろん、奪られたまま泣き寝入りなんてあり得ないけどね」
千晶「ていうか、先輩だって橘花ちゃんが余所に行くのあり得ないって分かってるでしょ? 毎日朝練に一番乗りして練習頑張ってるのにー」
祥子「それだけ熱心ということですわね」
立希「じゃあ、試用期間みたいなものですか? 1,2年くらいサポートで様子見して、正式メンバーに加えるかどうか考える、とか」
響子「いや、何年頑張ろうと関係ないよ。橘花は正式メンバーに加えない」
無慈悲な台詞で、辺りがしん、とした。勝手口の方から聴こえてくる馬鹿笑いが、耳に痛いほど。
拒絶? 嫌悪? 違う、そういう悪意的なものは、囁くような語末に一切こもってなかった。
変わりようのないものが、線引きになっている? だから、月日も未来も関係ない?
響子さんが、人差し指を立てて自分の口元に添える。
響子「勿論、オフレコで頼むよ?」
睦「……当前です。こんなこと、口にしたくもありません」
むつみちゃんの声は、揺れ惑っていた。そんなことより問いたいことがある、でもこれ以上は踏み込んじゃいけない気がする。そんな、私と同じ迷いを感じる。
だから、ここで話を変えたようで変わらなかった彼女は、やはり天才的な感性があるのだと、どうしても思ってしまう。
燈「あの、きょうこ、さん」
響子「うん?」
燈「気になっていた、んですけど。どうして、
立希「えっ?」
何のことか、たきちゃんと同じく私たちも分からなかった。でも、千晶さんの目は大きく開かれたのを見て、私は驚く。
いつか、アリスちゃんが言ってたっけ。『きみは、踏み込まずにして踏み込むのか』。まさに、思わぬ形で踏み込まれた人の表情にしか見えなかった。
響子さんは目を伏せてお酒を飲む。そして、私たちに笑いかけた。いつもの余裕あるそれは、夜のせいとかじゃなく、明確に翳っていた。
響子「とりあえず、みんな座ってよ。立たせたままじゃ、私も羽を休められない」
〇クロウタドリと黒つぐみ
燈「グッズTシャツのロゴに描かれたのが、黒つぐみって教えてもらって。あの後、本で調べて。フェケテリコ……和名の、クロウタドリと、黒つぐみは、別種だって、知りました」
睦「……知らなかった」
響子さんの隣の面で、長椅子に隣同士で座る2人。同じ椅子に座る私も名前が似ているから同種だと思いこんでたけど、よくそこを調べようと思ったな、ともりちゃん。さきちゃんとたきちゃんはさらに隣の面、響子さんの対面のイスに座っていた。
燈「どうして、クロウタドリとして描かなかったのかなって。どっちをモチーフにしてるのか、こんがらがるのに」
立希「ま、まぁ、確かに……」
祥子「わざわざ別個体を扱う必要性は、感じませんわ。何かの名残、でしょうか」
そよ「名残り……あぁ、昔は黒つぐみをモチーフにしてたけど、途中でクロウタドリに変わったってこと?」
響子「いや、その逆だよ。クロウタドリから黒つぐみに変わったんだ。フェケテリコじゃなくなったからね」
睦「……メンバーが、抜けたから?」
千晶「睦ちゃんはある程度知ってそうだね。そうだよ、元々あたしたちは、高校のとき4人でフェケテリコを結成したの」
燈「……どうして、2人になっちゃったんですか?」
響子「流石にそこは勘弁してほしいな。せっかくの打ち上げがドロドロの面倒くさい話で台無しになる。正直、今振り返っても訳分からない仲違いだったしね」
千晶「あはは、ホントそうだよね。なーんであぁなるかなぁ」
笑ってるのに、泣き出しそうに上ずる声色。高校のときに掲げたバンド名を、当時の仲間たちがいなくなっても謳い続ける意味。やっぱり、戻ってくるのを待っているのだろうか。
だとしても、今もクロウタドリが決して癒えない傷を抱えているのは明白で。
燈「……もしかして、今はいなくなった、遠くにいる人って……」
響子「……それも、かな。といっても、フェケテリコの元メンバー
このライブ事件を通して、人の死にかなり触れていたつもりだった。それでも、やっぱり重い。なくなった人へ歌を届けようとする想い。例えフェケテリコが死別を辿ったわけじゃなくても。
響子さんが、意外にも深い溜息を隠さずについた。これからのために色々と整理して吐き出したみたいに、表情の翳が月光みたいな輝きで消えた。そこに在るだけで人を惹きつける、強い光。
響子「私たちはね、複雑だけれど前向きな理由で別れたつもりなんだ。例え、4人揃ってステージに立つ日がもうないとしても。やっぱり、亡くしたくなかったんだ」
燈「何を、ですか?」
千晶「……さぁ、なんだろね。つまんない意地を言葉にするのは、むつかしいよ」
響子「そうだね。いつか、きみも分かる日が来るかもしれない」
燈「……分かりたくないです」
響子「それもそうだ」
カラカラと笑う響子さんに、ともりちゃんが最後にインタビューする。
燈「別れたのを、後悔してないですか? 戻りたいって、思わないんですか?」
響子「そう思わないために、私たちは生きている。離れ離れでも、その想いで今も繋がっていると、信じているんだ」
インタビュアーは悲し気に、弱々しく俯いたまま、微笑んだ。痛々しいくらい強烈な光から目を背けるみたいに。
そうだね。そんな風に思うためにはきっと、たくさん傷ついて、たくさん泣いて、たくさん乗り越えないといけなさそうだから。私も今はまだ、分かりたくないかな。
真ん中に座る私は、左隣のともりちゃんの背中に手を添える。ともりちゃんは、弱々しいまま、私に笑いかけてくれた。
〇カワルミライについて
響子「今度はそっちの話を聞きたいな。特に、ライブで演った最後の曲はさくらが作曲したものだろう?」
祥子「さくら、ですか?」
そよ「あ、SNSで聞いたことあるかも」
睦「……人気のソウルシンガー、でしたっけ?」
立希「そういえば、プロに監修してもらったんだっけ」
燈「じゃあ、有子ちゃんの曲作りに協力してた人ってこと?」
響子「さくらとは旧知の仲でね、彼女のトラブルについて、ここの探偵を紹介した経緯があるから。多分そうだろう」
へぇ、芸能界の人からも依頼受けてるんだ。思っていたよりも認知度高いのかも。
響子「でも、どうして彼女の曲をきみたちが、と思ったけど。色々合点がいったよ、やっぱりきみたちを誘った私の目に狂いはなかった。ちゃんとライブを盛り上げてくれたしね」
燈「で、でも……。お客さんのために、頑張ったのとは、ちょっと違うくて……」
響子「合点がいったのはそれも含めてだよ。あの曲をくれた子、たった1人に届けたかったんだろう?」
燈「はい。でも、それって、あんまりよくないのかな、って。他に聴いてくれる人たちも、数えきれないくらいたくさんいたのに」
ともりちゃんは純粋だから、どうしてもそういうところが気になってしまうのだろう。分からなくはないけど、答えが出なさそうだから考えてこなかった。
それに、プロの人が答えてくれる。
響子「数えきれないのに、その人たちのことを思い浮かべて歌えるの?」
燈「え?」
響子「私だって、歌うときはそんなにたくさんの人のため、なんて考えてないよ。その時々で、たった1人でいいんだ。事実、きみたちの音楽は、3000と十数万にちゃんと伝わっただろう? 間違っていないよ」
燈「そ、そっか。なんか、誠実じゃないって思ってたけど……たった1人でも、いいんだ」
響子「多分、その方がきみたちのスタイルにも合うよ。そうだろう?」
祥子「えぇ! 響子さんにそう言って頂けると、より自信が持てますわ!」
立希「確かに、有難いです」
5人で笑い合う。たった1人のことを考えた方が、想いも洗練させて音楽に込めやすい。本当に得るものが大きいライブになっちゃったな。
〇高校時代のフェケテリコ
睦「……でも、高校時代から伝説だったフェケテリコにここまで認めてもらえるなんて、なんだか信じられない」
燈「そんなに凄かったの?」
睦「……文化祭か何かのライブで、画質も音質も悪い海賊版……違法ビデオが、オークションで10万とかって値段ついてた」
立希「マジか……いや、プレミア価値つくのは分かるけどさ」
響子「持ち上げ過ぎだよ。バンドの完成度としては、当時の私達よりもきみたちの方が上さ」
祥子「当時を聴いていないので、何ともいいづらいですが……」
そよ「いやー、真に受けるのもどうかと思うよ?」
正直謙遜にしか聞こえない。大したことないのに悪質な海賊版に10万もつかないし。高校時代から凄かったからこそ、まだCDも出していないインディーズバンドが連続商業ライブで即完売させ、メジャーバンドとしてもロケットスタート切れたんだろうし。
と、ここでともりちゃんが思いついたように言い出す。
燈「そういえば。結局、どうして私たちをライブに誘ったんですか?」
千晶「可愛いからでしょ?」
響子「当然それもあるよ。でも、真面目な方はあのとき確かにお預けしてたね」
丁度1か月前、ライブハウスの楽屋に響子さんが訪れたときの会話のことだった。あのとき、最後に何か漏らしたような気もするけど、結局私たちに何を見出したんだろう。
響子「さっきの話と繋げようか。高校生バンドなんてね、所詮大したことないんだ。当時の私達も、きみたちも含めてね。それは数字と実績が証明している」
確かにそう。それに関して
響子「それでも、きみたちは今の私たちや他のバンドより劣っていると認めるかな?」
CRYCHIC「いいえ?」
さきちゃんが当然のように。たきちゃんは目つきを鋭くして。むつみちゃんは無表情のまま淡々と。ともりちゃんはどうしてそんなこと聞くんだろう、ってきょとん顔で。
私も、それだけは簡単に譲れなかったから。にこやかに愛想よく断言した。
響子「そういうことだよ。無傷の無敵感。あの頃の私達がもがれたもので、今の君たちが絶対と信じられるもの。それが演奏に籠っていたから、選んだんだ」
千晶「聴いてて懐かしくなっちゃったぐらいだからね。自分の出番なかったらヤバかったかも」
響子「私もさ。できることなら、何にも縛られず真正面からあの音楽を浴びたかった」
そよ「そう言って頂けると、正に光栄です♪」
すこーしだけ敵対的な回答で空気が気になっていた私は、にっこりスマイルで相槌うつ。まぁ、羨ましそうな顔で微笑む2人には無用の気遣いみたいだったけど。
〇蛯沢真冬
睦「……高校時代といえば。あの蛯沢真冬がフェケテリコのギターだって噂を見かけたんですけど、本当ですか?」
祥子「蛯沢真冬? 睦、まさかとは思いますが……」
睦「……祥が思い浮かべている人だよ。若干12歳にしてデビューした天才ピアニスト」
祥子「貴女が今おっしゃったとおり、ピアニストですわ。どうなったらギターを弾くというのですか」
響子「ところが本当に彼女はギタリストで、私達『民族音楽研究部』に入部した4人目なんだ。噂は本当さ」
祥子「な、なんですってぇええ!?」
彼女が素っ頓狂な声を上げている横で、私は千晶さんに部活名らしき謎の用語を訊ねる。民族音楽というのはロックのことで、早い話が学校を騙して部の設立を認めさせる方便なんだとか。こういう奇抜な手段を誰がとったかなんて、聞くまでもなかった。
たきちゃんがうっさいなっていう顔を、さきちゃんに向ける。
立希「私そのピアニスト知らないけど、そんなに凄いの?」
祥子「12歳という史上最年少で国際ピアノコンクールを優勝した御方ですわ。私も、お母様と一緒にレコードを愛聴してます」
そよ「12歳? 出場しただけじゃなく、優勝?」
響子「彼女は紛れもない天才だよ。だから、その技術をギターにも転用できた」
千晶「今思うと、真冬がいたから私もドラマーとしてもここまで来れたかな。ついてくのに必死だったよ」
立希「千晶さんが、そこまで言うんですか……」
千晶さんのドラムには当然私たちも圧倒されていた。繊細かつ大胆なスティック捌きで、雲を突き破るような激しさから海の底まで叩き落されそうな深さまで、ダイナミックなビートを作り出していた。バンドとしては縁の下の力持ちなポジションなのに主役を喰うくらいの存在感。そこらのギターじゃパーカッションに埋もれて、華どころか添え物にもならない。
そんな人にそこまで言わせるのが、蛯沢真冬という天才音楽家らしい。
睦「……響子さんたちがそこまでいうギタリスト、私も聴いてみたかった」
祥子「ギターは仕方ありませんが、今でも彼女はコンサートに出演してレコードも出しています。みんなで蛯沢真冬のピアノを浴びましょう! 素晴らしいですわよ!」
立希「はいはい、機会があったらね」
「そう。ならチケットが余ったら、響子にあなたたちの分も渡しておく」
立希「いやそこまでじゃないんで。……?」
祥子「何て勿体ないことを吐き捨てるんですかっ、って……」
千晶「あれ、真冬? 来たんだ」
響子「来れるとは思わなかったけど、連絡しておいてよかった。会いたかったよ、同士蛯沢」
真冬「ライブ、お疲れ様。あなたたちのも配信で聴いてた。いい演奏だった」
祥子「え、え、え、えぇ~~び沢真冬~~~!?」
立希「だからうっさいっての」
栗色の長髪に、蒼い碧眼。むつみちゃん的なクールな印象を漂わせる女性が、響子さんの隣に座った。
さきちゃんがファンらしく、興奮した様子でわたわたし出す。
祥子「さ、サイン! 何か、サインして頂けると……」
立希「お前でもそんなミーハーなことするんだな」
睦「……そういえば。色々あって、響子さんにサインもらうの忘れてた」
響子「勿論、喜んでするよ。代わりに私は睦ちゃんの口づけをもらおうかな」
千晶「もー! 先輩の浮気者ー!」
立希「いや、それなら私は千晶さんから欲しいんですけど……」
祥子「立希だってミーハーに走ってるじゃないですか!」
立希「庶民はいいんだよ、お前腐ってもイイトコのお嬢様だろ」
祥子「キ~~~! 差別ですわ、貴族差別です!」
そよ「コラさきちゃん! 地団駄したら足下の土が舞い上がるでしょ、食べ物に乗ったらどうするの! ……あの、私は橘花さんに……」
燈「そよちゃんも欲しいんだね」
そりゃせっかくだもん。フェケテリコと共演した証としても欲しいよ。……千晶さんの肩でグースー寝てるところを見るに、諦めるしかないけど。
〇フェケテリコとの別れ
蛯沢さん(この人はなんだか下の名前で呼びづらい)から、丁度手元にあったというCDにサインして渡してもらったさきちゃんは上機嫌でかばんにしまっていた。
そんな彼女に、蛯沢さんが真面目な顔で言う。
真冬「あなたは感情で弾き過ぎてる」
祥子「えっ?」
真冬「バンド演奏がキーボードのサウンドありきだから、あなたが崩れたらどうにもならなくなる。1人で全部まかなうピアニストのつもりだと、いつか破綻する」
顔をひきつらせたのはさきちゃんだけじゃない。私たち4人もだった。
グループとして、バンドとして、楽器隊として。さきちゃんがリーダーとして中心で、重心で。彼女が主体となって、旋律もリズムもハーモニーも進行していた。それに寄りかかっている自覚があったから、私たちも耳が痛い。
もしかしたら、私たちにも言い聞かせているのかもしれない。
真冬「キーボーディストっていう1パートの自覚が足りない。周りにもっと耳を澄まして、委ねること」
祥子「委ねる……」
さきちゃんは言われるほど独りよがりに演奏していない。ちゃんと私たち各パートが生きるよう曲を構成して、変に干渉しないよう弁えて弾いている。はずだった。
逆かもしれなかった。彼女が自由に演奏できるよう、私たちが無意識に引いていた。その可能性も、ある。
真冬「今はちゃんと周りと噛み合っているから、いいけど。上手くいかなくなったとき、思い出して」
祥子「……貴重なご指摘、誠に感謝いたします」
さきちゃんが神妙な顔でお辞儀する。蛯沢さんは「別にいい」とぶっきらぼうに言ってさきちゃんから顔をそらした。
……打ち上げとしては微妙な空気を、千晶さんたちが晴らしてくれる。
千晶「それバンド結成したてのまふまふじゃん。1人で突っ走って、全然練習にならなかった頃の」
響子「懐かしいね。見かねた私が彼女を抱き寄せながら矯正したんだった。あのときの耳たぶの味は今も鮮明に覚えているよ」
真冬「せ、せっかく先輩として決めたのに! 台無しにしないで!」
千晶「せんぱいぃ~?」
響子「ウチが共演に誘うバンドも珍しいから、後輩バンドのように思ったんだろうね」
隣の響子さんにポコポコハンマーを喰らわせる蛯沢さんに、さきちゃんも苦笑いだった。どうも先輩風吹かせたかっただけな節がある。やっぱり話半分でいいかも。
でもむつみちゃんはまだ彼女の批評が聞きたかったらしい。
睦「……あの。私は、ギタリストとしては、どうでした?」
真冬「……あなたは……」
さきちゃんみたいにキツいこと言うかと思った。でも、一度響子さんをチラりと伺った蛯沢さんは、響子さんに「ん?」と微笑まれてから俯き間を置いたあと、意を決したような顔をむつみちゃんに向ける。
かなり意味深なセリフだった。意味分からないくらい。
真冬「
睦「……え」
祥子「どういう、ことですか?」
真冬「今は特に言うことないってだけ」
立希「にしては只事じゃない言い草でしたけど」
響子「……まだ、語るべきときではないんだろう。そういうこともある」
まるで探偵物によく使われるセリフを使い、困ったような笑みで響子さんは擁護された。
そのまま、不自然に流れをもっていく。
響子「そして同士蛯沢が来た以上、私たちはこれから嬉し恥ずかしなガールズトークにしゃれこむ。きみたちも参加する?」
真冬「だ、駄目!」
千晶「ってことでさ。せっかくだし、旧交をあっためさせて? ライブの打ち上げなのに申し訳ないんだけど、ウチのお姫様は我儘だから」
真冬「いつまであの頃の呼び名持ち出すの」
そよ「ま、まぁそれならお邪魔するのも悪いし……」
祥子「えぇ、お店の中で5人でゆっくりしましょうか」
睦「……蛯沢さん、その……一応、ありがとうございます」
立希「響子さん、千晶さんも。今回のライブ、一生の思い出にします。ありがとうございました」
響子「また誘ってもいいかい? なんだったら今度はライブ後にホテルで打ち上げを……」
そよ「そういうのは遠慮しますが、ライブでしたら是非♪」
千晶「うん! 楽しみにしてるね」
燈「えっと、じゃあ、ごゆっくり……」
ともりちゃんの、何の話かよくわかってなさそうな声で、私たちは席を立って店の中へ向かい出した。ガールズトークといえば恋だけど、やっぱりみなさん持てるだろうしそれぞれ恋人がいて、その話で盛り上がるのだろうか。
睦「……意外とあの3人で同じ人を取り合った仲、だったりして」
立希「なんちゅう下世話な妄想働かせてんのお前は」
そよ「あはは、そんなドロドロ関係だったら確かに解散するのは自然かもだけどね」
祥子「恋絡みでバンドを潰すなんて、醜くて嫌ですわ」
燈「私たちは、そんなことならないから、安心だね」
って落着できるんだから、ガールズバンドは平和でいいと思う。改めて、この5人でバンド組めた幸せをかみしめる私だった。
真冬「響子。あのギターの子に、何も言ってないの?」
響子「……きみの忠告がなかったら、はっきりと気づけなかったぐらいだからね」
千晶「睦ちゃんに何かあるの?」
響子「分からない……。ただ、プレイにブレーキのようなものを感じなくもなかった。正確にいうとブレーキとも違うんだけど……上手く言語化できないから、ついさっきまで気のせいだと思っていたんだ」
千晶「手加減ってこと、じゃないんだよね? 真冬みたいに、指かどこかが悪い、とか?」
真冬「多分、違う。本当はもっとのめり込めるのに、意識して今のステージに留まっている。そんな感じ」
千晶「演奏しているときはノってるように見えたけどなぁ」
真冬「そこが気になった。楽しそうな演奏として、お手本みたいに違和感がない。もしかしたら本人も自覚してないけど、まるでそう在ることに固執してる、みたいな……」
響子「精神的な問題かい?」
真冬「私のとは別だと思うけど。……いや、根っこにある感情は、同じ……?」
千晶「何それ?」
真冬「何か……怖がってる、みたいな……」
響子「……なるほど。それで、さっきはあぁ言ったんだね」
真冬「バンドが壊れるかどうかは分からない。でも、あの子たちなりに上を目指すとき、いつかぶつかると思ったから」
千晶「……あの子たちには、壊れて欲しくないなぁ」
響子「そうだね。叶うならずっと見ていたいくらい、奇蹟的な5人だ」