「初めまして、CRYCHICです。あっ、いつもは楽器バンドなんですけど、今日はアカペラでライブ、します……」
音響機材に囲まれた歩道で、私たちは横に並んでいる。私の左隣でセンターなともりちゃんがマイクを握り、車2台分の車道を挟んだ駅前へ、声を拡散させる。うん、いつも通りたどたどしいMC。慣れのおかげか逆に安心する。向かいに並ぶお客さんも、有り難いことに微笑ましい表情で見守ってくれてる。
「私たちは、最近アカペラ、始めました。とても綺麗なアカペラをする、アカペラ部……じゃなくて、テトテの、みなさんと、出逢ったのがきっかけです」
アカペラ部もテトテというバンド名があったのだとか。由来は部長とリードが大事にしてることなので、尋ねるまでもなかった。
燈「私たちが歌う曲は、そんなテトテのみなさんから教わった曲です。これは、元々アニメの映画に使われてた曲でした。曲の研究も兼ねて、みんなでその映画、『時をかける少女』を、見ました」
あぁ~、あれね。おぉ、懐かしいな。そんな反応が目の前の人集りから聞こえてきた。国民的アニメと言っても過言じゃないくらいだから、知ってる人は多い。
「主人公の女の子が、恋を知る物語でした。エンディングで流れるこの曲は、主人公が好きな人をずっと想い続ける、っていう曲かも、しれません。でも、私は違う風に、見ていて……」
ともりちゃんのエコーがかった語りと、車道を行き交う走行音だけが聞こえる。お客さんが静かに思い起こしてる曲のイメージはどんなものだろう。やっぱり一般的解釈通り、ラブソングかな。私たちの解釈は、納得してもらえるかな。
「私は、その物語みたいな恋なんて、したことなくて。それでも、序盤の主人公みたいに、仲の良い友達と楽しい毎日が送れていて、今が凄く幸せです。……いつまでも、続いてほしいくらい」
気の置けない男友達と、楽しくて充実した毎日を送っていた主人公の女の子。
しかし、その内の1人に恋していたことを自覚することになる。偶然手に入れたタイムリープ能力を乱用した果てに。
気づいたときには絶望的に手遅れで。深い後悔に打ちのめされるのだけど。
気づけなかったのは、夢中になるくらいそれまでの日々が楽しかったから。
「横にいるみんなも、きっとそうで。もしかしたら、今聞いてくださってるみなさんにも、そういう思い出があるんじゃないかな、って思います。自分を満たしてくれた、かけがえのない日々が」
お客さんはうんうん頷いたり懐かしむような表情になったり。共感してもらえてるようでよかった。
いつまでも変わってほしくなかった日々。ずっと続けたかった思い出。
誰にでも思い入れの強い記憶はあるよね。それがない人生なんて想像できないよね。叶うなら繰り返したいよね。
丁度走行車もいなくて、しんとした駅前に、ともりちゃんが残酷な現実を突きつける。
「でも。映画で悲しいくらい示された通り、本来時は止まらなくて。巻き戻ってやり直すこともできないまま、自分を取り巻く世界は、変わり続けます」
小学生くらいの子たちは、当たり前のことにキョトンとしていた。でもそれ以外の表情は、ハッとしたり、やるせなくなったり。
多くの人は、どれほど大切だったかを、失ってから思い知る。傷という形で、胸の内に刻まれ残り続ける。それは癒えないから、浸って、引きずって、悲嘆に暮れるしかなくて。……人によっては、そんなことを失う前から想像して、恐怖してしまう。
だからあの人は、この曲を自分に都合よく解釈して慰めていたのかもしれない。戻らない時の中で過去をいつまでも抱き締める歌に、自分が肯定されてるように感じるんだろう。そうしてやっと、微笑みを携えていられる。人前ではいつも平気なフリして、独り。
現実逃避と分かっていても、過去は終ったことだと、割り切れないから。そんなあなたに、伝えたいことがある。
「それでも過去は過去だからって、置き去りにしなくて、いいと思います。そんなことしなきゃ、未来に進めないわけじゃないって。そういう決意がこもった歌だって、信じてます」
私はともりちゃんを挟んで反対側にいる、水色髪の子をチラッと見る。
誰よりも力強く未来に突っ走る子は、過去の経験から、そのことを誰よりも強く魂に刻み込んで今を生きているから。とても黙って見過ごせない。だから必死に叫ぼうとしてる。
届くだろうか。いや、さっきの調子じゃ無理。1人抱え込んだままで、何を繋げて重ねるって言うの?
「私たちはこの曲を、思い出を大事に抱きしめて生きる人たちに向けて、叫びます。聴いてください。ガーネット……変わらない友愛を込めて」
変わっていく世界で、変わらないものがあることを伝えるときが来た。
さきちゃんが円形の笛を取り出す。ピッチパイプという、半音階ごとに13個の音を取れるチューニング用の笛。これで基準の音を出して、声のピッチを調整する。
でも笛の音は予想通り不器用に揺れ惑っていた。そんなに気負って力んで、歌が混ざるわけないから。ステージ横の近衛先輩に視線を投げる。
私は他3人からマイクを回収し、来てくれた先輩に渡す。こちらの様子に気付いた、自らの不調に四苦八苦顔のさきちゃんにも笑みで促した。素直に従ってくれるから、何をするかは察してるのだろうけど。打ち合わせになかったから飲み込めてないのか、彼女の表情は晴れない。まぁいいよ、思い出させてあげる。
1列だった私たちは、円になり手を繋いだ。みんなでいつものようにさきちゃんを見る。ぎこちなく頷く彼女は、この6日間散々やった発声練習を始めた。
1音伸ばされるシラブルは、やっぱり音も響きもブレてる。4人で参入しても、培ってきたハーモニーにはならない。さきちゃんだけが焦った顔。
でも私たちは顔を見合わせ、手を握り直し、歌声を変えない。だって、通じ合ってないのは彼女だけだから。祥ちゃん、私たちも、いるよ? ……いつまで1人で伝えようとしてるの? 共有した意味ないでしょ。
私はらしくない大好きな友達へ、一心に視線をぶつける。私たちを信じて欲しい。1年前私に伝えてくれた想い、さきちゃんのために返したかった。
滅多にない私の厳しい視線に、彼女は目を見開いた。そこから徐々に徐々に、私たちを取り戻し始める。さきちゃんは脱力しきった笑みに変わった。気づかない内に見失ってた大事なものを、やっと見つけられたみたいに。
ごめんなさい。情けないですわね。ありがとう。今度こそ、一緒に歌ってくれますか。
5声が混ざる。今までで一番綺麗な、境目のないハーモニーが広がった。5人で1つの上位存在へ融合したような一体感が、運命共同体らしくて誇らしい。ハモる気持ちよさで胸がいっぱいになる。躍起になってまで追い求めてよかった。歌声に溢れるこの喜びを、みんなと笑顔で交わし合えてるから。ほら、さきちゃんの目にも、いつもの光が戻ってる。アイコンタクトし合い、歌い終わりまで綺麗に揃えた。
図らずも過去最高の状態になった私たちは、近衛先輩に会釈しながらマイクを受け取り、センターと両隣が微妙に下がって1列に並んだ。少し弧を描くことでほら、全員の勝気な笑みが見えるから。不思議な万能感が私たちを覆っていて、何者にも止められる気がしなかった。
私たちは正面の駅前を見据える。少し準備が長くなったけど、それでもお客さんが減ってないことに安堵する。それどころか、こちらに顔だけ向けて立ち止まった歩行者がチラホラ見えた。ステージ横で聴いてるだろうあの人も、本当に期待してくれてるだろうか。
予感を裏切らないよう、届けたい。湧き上がる決意を胸に抱きながら、演奏は始まった。