〇汚れた2億円
はなまるを出た私たちは、最初に座ったテーブルへ向かう。そこには彩夏さんがいた。エプロンも外しているので、今日はもう上がったらしい。
でも、もう1人女の子がいる。初めて見る子だ。日焼けとは違うカフェオレ色の肌、ロングヘアーを三つ編みにして左右に垂らし、Tシャツには見慣れないエスニックな文字プリント、下はデニムのショートパンツ。外国っぽい雰囲気を漂わせている。
彩夏さんが私たちに気付いて、紹介してくれた。
彩夏「あのね、この子はメオちゃん。前アリスたちに依頼したことあるんだって。私たちの2つ下だよ」
メオ「わぁ、わぁあ! 探偵さんの部屋に映ってた人たち! すっごく素敵な演奏だった!」
どうもアリスちゃんや彩夏さんと一緒に配信を見てくれたらしい。天真爛漫な笑顔で真っすぐに称賛されると、流石に照れがあった。
そよ「ありがとう、メオちゃん」
彩夏「ほら、座って座って! 女子会しよ!」
メオ「おぅ。メオ、年の近い女の子がこんなにいっぱいいるの、初めて!」
歓迎されつつ、やっぱり異彩を放つメオちゃんとどう接すればいいか迷っていると、彩夏さんがその辺りをフォローして話をしてくれる。
要約すると、メオちゃんはタイ生まれでお父さんと一緒に日本へ来たらしい。そのお父さんというのはお母さんの再婚相手らしいんだけど、もうお母さんも亡くなられているから唯一の家族なのだそうだ。そんなお父さんが突然いなくなったから、知り合いだったヒロさんの言葉を思い出してニート探偵を頼ったらしい。
睦「……あのクズヒモニート。まさか、中学生くらいの子にまで手を……」
メオ「ヒロさんには手ぇ出されてないよ。メオに手出していいのはお父さんと助手さんだけだもん」
祥子「お、お父様?」
立希「血は繋がってないからって……」
メオ「みんな、お父さんとの結婚反対する……」
そよ「う、うーん。じゃ、じゃあ……」
その助手さんとやらを勧めようとして、口が止まった。助手といえば? あの人だろう。勧めていい人物とは、思えなかった。
中学生くらいの子にまで、ねぇ……。
燈「えっと。お父さんは、無事見つかったん、だよね」
メオ「うん。やくざから取り返した」
祥子「ま、まさか……」誘拐? 身に憶えがあり過ぎる。
メオ「お父さん、攫われて。お父さんがメオに預けた2億円を返さないと、酷い目に遭わせる、って……」
立希「2億か。なんか大金って感覚しないな。どこぞの大財閥とはったり交渉担当のせいで」
睦「……普通なら金額に驚くところなんだろうけどね」
祥子「何だか私が責められているように感じますが、10億を何倍にも吊り上げたのはウチ自慢の交渉担当ですわよ?」
そよ「はったりはインパクトが大事なんだから仕方ないでしょ」
確かに2億くらいならふーんになっちゃったのは分かるけどさ。お金ってそんなに軽かったっけ?
彩夏「というか、どうしてお父さんは2億円持ち出したんだっけ?」
メオ「えっと、マネーロンダリングしてたけど、綺麗にしきれなかったからアテを探してたんだって。助手さんが言ってた」
燈「まねー、ろんだりんぐ?」
祥子「ロンダリングは洗濯、という意味ですわ。つまり、文字通り資金洗浄を指します」
立希「んな解説がスラッと出てくるってことは、豊川さんよ……」
祥子「人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださいまし。……まぁ、絶対とは言い切れませんが」
睦「……大財閥ほどの資金を持ってて、ヤクい金が紛れてないはずがない。グレーなことはしててもおかしくない」
いくら豊川の身内になったとはいえ、生々しくて危険な事情を知りたいとは思いません。
なので、なんとか軌道修正を図る。
そよ「何にしても、お父さんとまた一緒にいれるようになってよかったね♪」
メオ「うん! 探偵さんたちには、いっぱいいっぱい感謝してる」
燈「うん。
誇らしげに、嬉しそうに噛みしめるともりちゃんに、彩夏さんが首をかしげたのでこれまでを話した。
アリスちゃんに友達ができたことを、彩夏さんは純粋に喜んでくれた。まぁ、彩夏さんも友達みたいなものだとは思うけどね。
〇『内側から読むの。
そよ「——へぇ~。2人は、去年の夏頃に出逢ったんですね」
メオ「うん。お父さんが野球の審判するっていうからついて行ったら、議長さんに出逢った」
燈「ぎちょう、さん」
そよ「あたしのこと。学校で中央園芸会議っていう委員会の、議長してるの」
祥子「なかなか風変りな名前ですわね……」
立希「普通に園芸委員会でいいんじゃ?」
彩夏「それは昔あったんだけど、廃止になってね。だから新しい名前をあたしがつけたの」
睦「……なるほど。で、どうしてそんな名前にしたんですか?」
彩夏「フッフッフ……よくぞ聞いてくれました。今日持って来てたんだー」
彩夏さんはポケットをごぞごそして、布みたいなのを取り出した。
広げられたそれは、腕章だった。3重の円みたいなマークがついてる。
「これは円じゃなくて、アルファベットでね」彩夏さんが解説してくれる。そう言われると、Cの中にG、その中にMって書いてある。
彩夏「
立希「なるほど。これが元になったってことですか」
燈「これ、彩夏さんが、作ったんですか?」
彩夏「ううん。藤島くん」
睦「……なるほど」
祥子「なるほどですわっ」
そよ「さきちゃんのなるほどはどうも色恋っぽいよね」
胸の前で両手を合わせる彼女の頭の中では、きっとロマンティックな物語が展開されていることだろう。彩夏さんが藤島さんを特別に想っている、という情報を元にしてだろうけど。
メオ「議長さんは凄いんだよ! 議長さんが学校いくとね、お花たちがお辞儀するんだから!」
彩夏「ふふん、まぁね!」
燈「学校中のお花が、お辞儀……すごい……」
立希「ンなわけ……」
そよ「たきちゃんメッ!」
微笑ましいジョークを壊さないの。どうもメオちゃんは外国生まれらしく、ともりちゃん的純粋さがあるんだから。
彩夏「あたしは昔っから花が好きだったみたいだから。土いじりしてると、落ち着くんだぁ」
そよ「そうなんですね。なんだか彩夏さんとお花は似合うから、イメージ通りですよ?」
彩夏「ありがと、そよちゃん」
睦「……けど、藤島さんも園芸部……中央園芸会議の人っていうのは、イメージ違い」
立希「パソコンで卑猥な絵描いてるぐらいだからね」
彩夏「藤島くんはパソコン部だったらしいから。で、園芸部もパソコン部も1人しかいなくて、いずれ潰れちゃうからお互い部活に入って存続させようって話になったんだって」
祥子「なるほどなるほどぉ~」
私とたきちゃんが同時にさきちゃんの頭を軽くはたいた。なんでもかんでもそっち方向に解釈しないの。ちなみに中央園芸議会も園芸委員会も園芸部も同じ存在を指すだろうになぜそんな名称がいっぱい分かれているかは、勿論触らないでおいた。
多分某ニート探偵のいう、守秘義務に入るだろうから。
彩夏「で、あたしがバイトしてたこのはなまるに連れてきて、みんなと出逢ったんだって。藤島くんの色んな噂はそこから始まったんだよ」
メオ「じゃあ、メオが助手さんに出逢えたのも、議長さんのおかげだ! 結婚したら議長さんにスピーチして欲しい!」
彩夏「前も言ったでしょ。藤島くんは1人しかいないからダメなの」
メオ「ぶぅー」
なんだかすっごい拒否しませんでした、彩夏さん? 流石にこう、聞いてるこっちの顔がドキドキして顔が火照るっていうか。さきちゃんなんて顔覆ってのけ反ってるし。大興奮である。
睦「……そういえば。藤島さんって、そんなにモテてるんですか?」
祥子「聞いてしまいます? それを聞いてしまっていいんですの!?」
立希「そよ。私らもコイツ用に猿轡持ち運ぶか」
そよ「あのときのこと思い出したくないからせめてマスクにしてあげようよ。バツ印書いたやつ」
燈「あの人の、どこがそんなにいいんだろう」
ともりちゃんは心底理解できないみたいに顔をしかめる。実際好いてる人の前ではあんまりよろしくない反応だった。
でも、彩夏さんも困ったように笑う。
彩夏「あたしもそう思うんだけど、藤島くんっていっつも女の人と出逢ったらなんか仲良くなってるから」
メオ「ヒロさん言ってたよ? 『ナルミくんは俺以上にジゴロの才能がある』って」
ジゴロというのは要はヒモのことだった。女に養われている男。女に貢がれている男。
ヒロさんならまぁ分かる。爽やかイケメンで細かい気遣いもそつなくこなす。分かりやすいモテ要素をフル装備して女性に貢がせることに生涯を費やしているから。是非はともかくね。
でも藤島さんって見た目冴えないし、デリカシーないところもあったし、変な噂ばっかりあるし。女性としてどこに惹かれるんだろう。
立希「ぶっちゃけ分からん。分からなくていいだんろうけど」
睦「……もう少し、藤島さんの毒牙にかかった人らでもいれば信憑性も増すけど」
祥子「そんなことになったら修羅場になってしまいますわ!」
燈「祥ちゃん、嬉しそうだね……」
そよ「嬉しそうに言う事じゃないのにね」
けれど。こんな会話をしてしまったから。本当にそんな方向に進んで行くのであった。
〇エントリ№3、依林。№4、薫子(もちろん№1は彩夏で、2がメオ)
「あ、メオいたー」
メオ「あ、
こちらへ飛んでくる声の方を向いて、私たちはギョッとした。メオちゃんがはいてるショートパンツぐらい短いスカートの女性が歩いてきたから。ここに来る前理佳子さんが着てたような大胆な衣装。やっぱりどう見てもお水系の人だと勘ぐってしまう。
依林「草壁さんが心配してたよー? わたしこれから仕事だったのに、代理立ててメオんところに向かわせるくらいにさー」
メオ「うぅ、お父さん、メオが助手さんのところ行こうとするといっつも心配するんだから……」
彩夏「ま、まぁ夜だし、藤島くんも男だから、お父さんとしては心配しちゃうんじゃない?」
メオ「助手さんになら手ぇ出されてもいいのに……」
とりあえずメオちゃんの貞操観念が心配な私だった。
依林さんは彩夏さんの方を向いて訊ねる。
依林「えっと、確かヒロくんとか
彩夏「彩夏です。で、こっちの子たちが……」
と、お互い自己紹介し合う。依林さんはメオちゃんやお父さんと同じ社宅で暮らしている中国人の方だった。まぁ人種はどうでもよくて、要はメオちゃんのお姉さん代わり、って感じかな。
で、なぜか藤島さんを中国読みしている。理由は分からない。
その依林さんが、キョロキョロし出した。
依林「あれ、これ
そよ「えっと、中で、まぁ……家族団欒、的な?」間違ってはないはずなのに違和感がすごい。
依林「ふーん? いたらお店に同伴しようと思ったのに」
あなたのお店、パブって言ってましたよね? 18歳未満は……年齢的にはギリいいのかな。いやいや高校生はアウト……高校生の枠に収まってない、かぁ。
まぁ裏の世界に両足突っ込んでるあの人だし、でスルーされそうな気がしなくもない。
彩夏「あはは、藤島くんお金ないし、口下手だから楽しめないと思うけどなぁ」
依林「……ふーん。流石
彩夏「あたしまだそんなんじゃないですけど、言いたいことには同意しますよー」
フフフフフフッと笑い声がハモる。不気味なハーモニーだった。さきちゃんですら引きつった笑み。あなたこういうの期待してたはずでしょ。
……イメージ以上にドロドロしてる感じなのは、分からなくもないけども。
メオ「むー。助手さんと結婚したら、大変そうかも。お父さんみたいに一途だったらいいのに」
依林「あ、そうだ。そろそろ
彩夏「ダメー! 藤島くんにはまずアリスって相棒がいるんだから!」
盛り上がってきてしまった女子会(私たちは蚊帳の外)。なんとなく居心地悪くて、テーブルに乗ってた瓶のオレンジジュースらしいのを手に取ってコップに注ぐ。みんなも無言で見てきたので注いであげた。
うっ、なんかこのオレンジジュース苦い。でもこの修羅場空気から気を紛らわせるには丁度いい味わいがある。そのままチビチビ飲んでいると、さらにまた女性が増えた。
「あれ? この賑わいは、はなまるで打ち上げしてた感じかな」
「じゃああの子、やっぱりいないんじゃない? 打ち上げってガラに見えないし、帰ったとか」
「流石薫子ちゃんは藤島くんのことよく分かってるね。その分見てるからかな」
薫子「香坂、デタラメ言わないでっ! だっ、誰もあんなやつのことなんてっ意識してないわよ!」
お店玄関手前、つまり私たちのテーブル付近でその女性2人は話していた。なかなかタイムリーな内容で。
彩夏「えっと、もしかして……M校OGの、香坂先輩と、羽矢野……薫子先輩ですか?」
香坂「あ、篠崎さん久しぶり! 今日藤島くんが手掛けたすっごいライブがあるって聞いたから、近くに寄りがてらお祝いしようと思って。ね、薫子ちゃん」
薫子「香坂が引っ張ってったからでしょ。わたしは別にどうでもいいのに」
香坂「うそだー。あんなにライブのイベントサイト見たり、ネットの評判チェックしながらニヤニヤしてたくせにー」
薫子「してない! してないったらしてないんだから!」
顔を真っ赤にして香坂さんに噛みつく薫子さんは、セミロングの髪にカチューシャをつけた、気の強そうな女性だった。どうも大学生っぽい。「どうどう」と苦笑いな香坂さんは、眼鏡をかけた小動物っぽい愛嬌のある女性。
そこに、依林さんが妙に据わった目を向けながら割り込んでくる。
依林「
依林「ってことで、アンタたちの話も聞かせなさいよ。なんでわざわざ
薫子「だっ誰があんなのと付き合うっていうの! 冗談も休み休み言って! しかも勝手に別れた設定にしてるし!」
香坂「そこに怒ってるの?」
彩夏「えーっと、確かこのお2人は、園芸部が潰されそうなときに藤島くんが関わってて……」
薫子「勝手にあのときの話しないでよ! あなた細部まで知ってる人でしょ!」
余計なことをベラベラ話されたくないためか、ズンズンテーブルに寄ってかなり省略した話をされた。生徒会長として予算確保のため弱小部の削減を狙ったけど、藤島さんに横やりを入れられた、っていう話。
薫子「わたしは喋ったわよ。で、アンタは何なの?」
この人は藤島さんなんて気にしてませんーって風装ってたのに、どうして喧嘩腰で依林さんに突っかかってるんだろう。
依林「わたしはメオの保護者」
薫子「夜のお店の人みたいな恰好して? もしかしてあの子、そういう店もついに……」
依林「ずーっと同伴誘ってるんだけど来なくってさ」
薫子「未成年の学生を誘うなー!」
ここに来て正論突っ込み役が現れた。もうたきちゃんの役目も要らなそうである。安堵のため息が聞こえた気がした。
そして、付き添いなのか発起人なのか、香坂さんが外野的な感じでさらに燃料を投入する。
香坂「薫子ちゃんはねー、あの件の後も藤島君のためにって無茶なお願いを何度も聞いてねー」
薫子「違うわよっ、確かあのときは……そう、タイミングがよかったから都合よく利用したの!」
香坂「受験で忙しい時期に、わざわざ? 生徒会長引退した後なのにー?」
薫子「香坂ー!」
ついに取っ組み合いに発展した。どうも薫子さんが藤島さんを特別視しているのは確からしい。
あれ、なんだか楽しい気分になってきた。修羅場感が一周回ってきたからかな。私こんな下世話趣味してたっけ。飲めば飲むほどふわふわしてくるジュースをクピクピ飲む。
依林「……よく分かった。
薫子「だからそんなんじゃないって言ってるでしょ!」
祥子「盛り上がってきましたわぁ! 他にもいらっしゃらないのでしょうか!」
立希「シャっ、祥子。言えばフリになるってジンクス明らかに利用してるでしょ」
しゃっくりしながらいうたきちゃんの台詞こそフリになったのか知らないけど、女性はまた増えた。
〇№5?、小鈴(この人は花田勝に恋愛感情があったんじゃないかなぁ)、№6、ユイ
「ちょっとあなたたち! 夜なのに騒いでたら近所迷惑でしょう!」
これまた気が強そうな声が飛んできた。怪訝にそちらへ向くと、淡いベージュ色のパンツスーツを着た、ショートカットの美人さんがいた。年的には20歳過ぎくらいな依林さんよりさらに上、たぶんミンさんくらいの人。
依林「アンタは確か……ミンさんの披露会にいた、
小鈴「……あのとき
祥子「なんと! 花嫁を攫ったのは依林さんでしたか! これはいわゆる、マリア様が見ていらっしゃるような……」
睦「……百合じゃないんじゃ。だって依林さんは藤島さん狙いだし」
依林「そーいうこと。で、確かアンタも未婚、だったよね。やっぱアンタも
小鈴「ミンハイ……
依林「男はみんなロリコンだからね。確かにそのアリスって子が一番の強敵そうだけど……」
香坂「お風呂から出た探偵さんの髪乾かしたりしてたなー」
薫子「そっ、そんなことしてるのっ!? もう一緒に住んでいるようなものじゃない!」
燈「むー……。有子ちゃんと、あの人がぁ?」
凄く気に入らなそうに目を細めてぶーたれるともりちゃんだった。怒っているのか、頬もかなり紅いし。
小鈴さんは依林さんの、丈の短いスカートを睨む。
小鈴「あなたはあなたで、未成年の子もいるのになんて恰好してるの?」
依林「パブに出勤しようと思ったら急にこっち来ることになったの。
小鈴「未成年にちょっかいかけないの!」
薫子「ていうか、なんてはしたない真似で誘惑してるの! 恥ずかしくないの!?」
依林「男はみんなエロに弱いの。年じゃ勝てないんだから、こういうところでリードしないとね」
小鈴「不潔よ! あなたも中国の生まれでしょ、夫以外にみだりに肌を見せるんじゃないわよ!」
依林「そういう固いこと言ってるから男できないんでしょ。せっかく美人なんだから、その気になったらよりどりみどりなのに。生まれもいいんでしょ」
小鈴「生まれはどうでもいいでしょう。あんな、政略結婚が未だに染みついた家のことなんて持ち出されたくもないわよ!」
祥子「そうですわよね! 結婚相手は、心から愛した方と以外したくありませんわよねっ!」
小鈴「まともな感性を持った子もいるようね。安心したわ」
「まともぉ~?」と、ともりちゃん以外の3人でハモった。「まともですわよ!」と顔を真っ赤にして怒鳴ってくる、破天荒系お嬢様。
あと
依林「ま、いいとこのお嬢様にはさっさと他のいい男でも見つけてもらいたいよ。ホント、
小鈴「わたしは少しもそんなのじゃないけど、一応世話になったと言えなくもないから面倒見る義理があるわ。あなたみたいな軽そうな人はやめときなさいって忠告するくらいにはね」
依林「はぁ?」
薫子「何よ、あなたもなんだかんだあの子に構うんじゃない。どうでもいいなら放ってたらいいじゃない」
小鈴「あなたこそ何なの。あの子と付き合っているの? あの探偵には了承とってるの?」
薫子「なんであんな子供に許可取らなきゃいけないの!」
ぎゃいぎゃい罵り合う女性陣。いつの間にこんな増えたんだろう。しかも、全員同じ人を特別視してる。
騒ぎに入れずにいたメオちゃんが、コップを両手で抱えながら唸る。
メオ「う~。助手さんはメオのなのに。こんなにたくさん女がいるなんて……」
彩夏「……」
隣の彩夏さんは、オレンジジュースをチビチビ飲みながらずーっと黙りこくっていた。俯いているから前髪で目が見えないのが、誰よりガチ感を伺わせて爆弾的な気配を放っている。
この爆薬塗れな空気がどうなるのかウキウキと見守っていると。今度は勝手口方面から女性が現れるのだった。
ユイ「わっ、なんかすごい女の人増えてる!」
アリスちゃんのところにいた、夏木ユイだ。流石に初対面の人にも説明不要で、訝し気になぜいるんだ的視線をぶつけた後、その矛を収める。
薫子「まったくあの子は。芸能界にまで手を広げてるなんて」
小鈴「そっち方面でも名前が売れてるらしいわよ。それにしても……」
依林「アイドルにまで手出すなんて見境なさ過ぎ!」
ユイ「わ、私はナルミくんとは
全員『もう!?』
今までは、好意を寄せてる、という範囲の話だった。まさか、本当に恋人関係を結んでいる人がいたなんて。
しかも、トップアイドル級の女性と? ホントに規格外だなあの人。
メオ「あの、助手さんと付き合ってたんですか!?」
薫子「過去系なのよね。もう違うのよね!?」
小鈴「過去の話だとしてもよ。よりにもよってあの子と付き合うなんて、アイドルとして危機意識が足りないわ」
ユイ「た、確かに過去の話、ですし、見せかけでしたけど~」
全員『だと思った』
いくらなんでもね。釣り合わないからね。たぶん依頼の一環なんだろう。
ユイ「……でも、アイドルやめたら……なんて……」
小鈴「あなた今が売り時でしょう」
依林「ってことは、もう何年かは無理ね。その前に流石にとられるよ」
薫子「そもそも釣り合わないわ。どうせ見せかけのときから上手くいなかくて解消したんでしょう」
ユイ「そっ、そんなことなかったよ! わたしは、その、楽しかったし……マネージャーも認めるようになったし……」
睦「……それはもう、成り行き次第では公認になりそうだったのでは?」
祥子「なるほどっ。別れはお互い惜しみながらも立場と未来を鑑みて切なく離れた、というシーンが思い浮かびますわ!」
ユイ「そ、そんなんじゃないよ……。せいぜい、仮マスタリングした新曲を一番に聴いてほしくて贈ったくらいで……」
テレテレとほっぺを抑えながら左右にフリフリするアイドル。テレビにこんなとこ見せたら炎上では済まない。最悪藤島さんのことが特定されて、殺害予告に平坂組が騒ぎ出して、アイドルオタクと自警団気取りの不良たちによる戦争に勃発しかねない。
あの冴えない高校生のせいで。
ちなみに藤島さんにホの字な女性陣はグヌヌだった。そりゃそうだ。いくらフリとはいえ一番関係が進んでいるし、アイドルという超強いステータスに曲を一番に贈るなんて、一般人には真似できないことをしたのだから。
だからこそ。一番古くて近くにいた彼女が、ついに爆発した。
彩夏「もー怒った! 黙って聞いていればみんな好き勝手言って! あたしが一番最初に藤島くんを見つけたの! あたしのなの!」
そよ「本命キター!」
睦「……そよは純愛幼馴染ポジが推しらしい。私はー、ん、アイドルおし」
ユイ「あ、あはは……アイドルやってる限りは、難しい、のかな、やっぱり……」
立希「親近感かぁ? 私は……一番早く結婚すべきな、
小鈴「合理的に私を憐れまないでくれる!?」
祥子「燈はっ、燈は誰を推してますの!?」
燈「有子ちゃん以外なら、だれでもいい」
祥子「友達が盗られないかと妬いてますわねー。私は一番まっすぐで純粋なメオさん!」
メオ「ありがとーお嬢様!」
香坂「じゃあ私は薫子ちゃんの味方してあげるー」
薫子「べっ、別に頼んでないわよ!?」
依林「わたしの味方誰もしてくんないのー!?」
彩夏「静まれ、静まれぇい! この紋所が目に入らぬか!」
彩夏さんがガヤガヤ騒ぎを大声で断ち割る。そして、スマホを掲げた。
テンションが勝手に上がっていく私は、考える前にテレビで見かけたノリをノリでのっかっていた。ていうかもう頭はたらかせる気にもならない。
そよ「こちらにおわす御方をどなたと心得る! 畏れ多くも、件の殿方と一番長く深い関係にあらせられる乙女ぞ!」
睦「……図が高い、図がたかぁい!」
依林「知ってるし、今更何なの」
薫子「クラスメイトだからって、そんなの関係ないわよ」
小鈴「何があるかは分からないけど、夏木ユイ以上のエピソードがあるとは思えないわ」
メオ「そうだそうだ―! 助手さんはメオと結婚するんだー!」
彩夏「もーメオちゃんはお父さんと結婚してて! 他も藤島くんは諦めて! なっていったって、藤島くんは……あ、あたしに告白したんだからっ!」
全員『なっ、何―!?』
ここに来て核爆弾が落とされる。偽装恋愛だの曲を一番に贈るだのよりよっぽど強い、それこそ既成事実をでっちあげれそうなものだった。
そよ「も、もしかして、その証拠がそのスマホにっ!?」
彩夏「ふっふっふ、ごめーとー。遠からんものは音に聴けぇ! 近くば寄って、目にも見よぉ!」
小鈴「語感だけで叫ばないで。『遠くにいる者はこの声を聴け。近くまで寄って我が姿を見よ』と言う意味よ」
立希「そーだそーだぁ! この突っ込み力を見たかぁ!」
小鈴「あなたはどこを擁護してるの!?」
そよ「こまかぁいとこなんでどぉーでもいいのぉ! ささ、彩夏前!」
彩夏「うむ!」
スマホがタップされる。なんだかポヤポヤした頭で初めて告白なんて聞くけど、確かに告白の文言だった。スマホから流れる声はうなされてるようにも聞こえるけど。
『僕には、彩夏しかいなかった。彩夏が手を貸してくれなきゃ、ずっと1人だった』
『彩夏が僕に怒って、いなくなりそうになったとき、凍えそうなほどさみしかった。実際にいなくなってしまったら、もう抜け殻だった』
『そんな感情が自分にもあるなんて信じられなかった』
キャー! 私とさきちゃんが黄色い感性をたまらずあげる。こんなの愛の大告白以外に聞こえないって!
メオちゃんの「お嬢様裏切ったー!」という声をおさえながら、私たちは最後の言葉に耳を傾ける。
『——彩夏に逢えて、よかった』
そよ「これはもう! これはもう、この後言ったんですよね!?」
祥子「ここまで言っておいて言い切らなかったら腑抜けですわ! 男性失格ですわ! 睾丸がついてらっしゃいませんわっ!」
立希「アッハッハ、お嬢様がキンタマなんて言うなってぇ!」
睦「……ヒック。いったのたき」
燈「それで、それで、どうなったの?」
他女性陣「ぐぬぬ……」
彩夏「えーっと……ここまでですぅ」
立希「ガクゥ!!」
みんなずっこけたりずり落ちたり、コントみたいな反応をする。そりゃそうだ、どうなったらここで終われるの? なんで告白したの?
彩夏「で、でもぉ! 藤島くんにここまで思われてるってことは確かなの! だからあたしの! これはもう決定事項!」
メオ「メオだって! メオだって、お父さんしか知らない本当の名前、助手さんに教えたもん! メオの方が特別なものあげてるもん!」
ユイ「と、特別なら、私のCDだって……それに私は、いちおぅ、恋人……」
依林「それはもう今のですっかり流れたから、もうだいぶイーブンだよ。やっぱり、手頃で近くにもいてしょっちゅう会うこともあって大人の魅力も知識も経験もあるわたしが強いよね。いざとなったらもうホテル連れてって骨抜きにしちゃえばいいし」
小鈴「そんなふしだらな結ばれ方なんて駄目よっ! やっぱり私が細目に監視しないと! あぁもう、紅雷が来たっていうから心配になって様子見に来ただけなのに、どうしてこうなったの!」
香坂「薫子ちゃん! だいぶ出遅れてるよ、ここは女子大生っていう、若さも経験もバランスいいところをアピールしてグイグイいかないとダメだよ!」
薫子「うぅ、友彦のことで無理矢理踏み込んできたあいつに、どうして私がこんな翻弄されなきゃいけないのよー!」
燈「なんか、かわいそうだから、よしよし……」
立希「ともりぃ! わたしもよしよししてぇ!」
睦「……キモイ。キモタキだぁ」
祥子「あっはっは! キモくてたのしいですわねぇ!」
そよ「なんかふわふわしてキモチワルクてきもちーねー! アハハッ!」
馬鹿騒ぎに気持ちよく浸ってお笑いする私たち。なんか途中で「これオレンジジュースかと思ったらお酒じゃない!
〇ピリオド~It's the only NEET thing to do.~
どんちゃん過ぎる騒ぎを店の中から遠巻きに見ながら、錬次さんが薄く笑う。
「よー騒ぐ女子どもやで」
「ウチの馬鹿どもといい勝負だ」
四代目と一しきり馬鹿にした後、沈黙が流れる。四代目の横で椅子に座っている僕には、この静寂が心地よくさえあった。
隣り合う2人。錬次さんは、その間に置いてあった日本酒を取って、四代目の盃に注ぐ。四代目が一升瓶を取り上げて、錬次さんが差し出した盃を満たす。
2人は、しばらく自分の盃をじっと見つめていた。透き通った聖水みたいな、濃い御神酒。
それから、お互い向き合う動作は、寸分の狂いなく同時だった。何も言葉を交わしていなかったのに。
そして、もう何年も前から決まってたみたいに。2本の腕が交差する。けど、絡めない。
自分の盃を、相手の口元まで運び、お互い飲ませ合う。自分のに溜まっていた中身が、相手の中に流れこんでいく。
僕の兄貴分たちが2度目の儀式を交わしているのを見ながら、僕はいつかアリスが話してくれたことを思い出す。
想いは不確かで、言葉はそれを確かなものに形作る剣だ。言葉では想い全てをそのまま伝えきることはできない。そういう風に人間はできていない。
だから。言葉を交わさない。
2人の中に息づいている悲しみも絶望も歓びも救いも、全てを交わし合うために。お互いの全てを、赦し合うために。
血よりも濃い酒よりも馴染んだ言葉を渡し合った2人は。その言葉すら要らないほどの、義兄弟だったんだ。
それが今、戻った。数年間の何もかもを隅に追いやって。鎖で縛り合わない関係へと変化していたとしても。
それでも僕は。言葉にし尽くせないくらい、嬉しかった。言葉が出ないから、代わりにまた涙が滲んでしまう。
「あ~恥ずかし! なんやこの飲み方、今時ホモでもやらんそ、誰や言い出したんわ」
「てめぇ以外に誰がこんな酔狂言い出すんだ」
「ね、錬次はナルミ君とも儀式したの?」錬次さんの隣でヨシキさんが訊く。
「おー、あの時はコーラやったけど。せっかく酒あるんやったら今やり直しとくか」
「い、いやいや僕も未成年ですって!」
「何つまらんことほざいとんねん! 壮とは盃交わすのに俺とは交わさんゆーんか、あぁ!?」
「ヒナと錬次の兄貴分ってことで、せっかくだから交ぜてよ」
「あんた内臓いくらかないんだろうが!」
「あはは、やっぱりナルミ君はこうやってつっこんでくれないとね」
「お前ら、外の連中馬鹿にしてたくせに静かに飲めねぇのかよ」
「なに1人スカしとんねん、さっさと盃空にせえ壮!」
結局バカ騒ぎに戻ってしまう。でもこれでいい。涙なんてアルコールと一緒に蒸発させて、馬鹿みたいに言葉を交わして、ただこの瞬間に浸っていればいいんだ。
そして夜が明ければ、2人はまた離れていく。
それが、たった一つのどうしようもない結末。
※後書き※
このあと、泥酔したCRYCHIC5人は、友造たちによってそよの家に密かに運ばれました。