結「アカペラ素人のくせに、難しいアレンジに手出し過ぎ。そのせいで演奏のバランスがギリギリ紙一重って感じ。いつ崩れるかヒヤヒヤした」
立希「あ、アンタな……」
路上ライブが終わり、機材も片付け終わった夕暮れ時。手鞠沢駅前にて、お互いのライブを称え合う予定調和の空気を、繭森大先生は平気で読まない。私たちはありがたーい酷評を賜り、呆れ顔と苦笑いを浮かべるしかなかった。周りのアカペラ部もまたやってる、って顔。
話はそれで終わるかと思ったけど、続きがあった。
結「……けど、その紙一重なハーモニーから、純粋な想いが素直に伝わってきた。だから……悪くないんじゃない? アンタらのアカペラ」
……。
あれ、聞き間違いかな? 褒める機能なさそうな人から褒められた気が……。
けどみんなも呆気に取られてるところを見ると、幻聴ではないらしい。
カラスのカァカァという鳴き声だけがこだまする空間に耐え兼ねて、繭森さんが狼狽えた声をあげる。
結「な、何? 黙られると気持ち悪いんだけど」
閏「おむすび風邪か?」
嬉歌「今の時期だとインフルエンザもありえる……」
クマ「繭森さん、熱ありそう? 体ダルくない?」
結「アンタたちまで、私をなんだと思ってんの!?」
閏「いやおむすび、滅多どころか褒めたことなかったでしょ。プロレベルにしか聞いたことない」
熊井さんまで小さく頷いてるところ見ると、本当に初めて褒める機能使ったんだ。
いや、小牧さんは妙に含みのある愛想笑いしてる。もしかしたら、2人だけの時間で何かそれっぽいこともあったのかも。想像しづらいけど。
結「私は音楽についてはガチだって言ってるでしょ。初心者が短い期間でここまでの演奏したのは、称賛に値する。絶対たくさん練習しただろうし」
閏「おむすびが……人を思い遣ってる……! 成長したなー! よーしよしよしよし」
結「だからそれヤメロッ!」
宮崎さんが繭森さんの頭を犬なでして、乱暴に振り払われてる。やっぱり楽しい集団だな、このアカペラ部……テトテのみなさんも。
和やかな雰囲気にあてられて、私たちもこれまでを振り返る。
そよ「確かに、泊まり込みで練習したよね」
立希「喉酷使できないから休憩挟まなきゃいけない分、録画見直して、アカペラ動画参考にして」
祥子「合宿みたいで楽しかったですわ!」
睦「……家にスタジオあったのが幸いした」
結「へー。羨ましい」
燈「繭森さんも、遊びに来る?」
結「不要な慣れ合いしない主義なんで」
閏「素直じゃないわー」
睦「……素直じゃない」
結「正直な気持ちだっつーの!」
2方向にツッコミする繭森さんを、温かな笑い声が包んだ。
斜陽の光で黄昏色に染まる私たちの間を、真冬の冷たい風が吹き抜ける。あまり駅前で長々たむろするわけにもいかないし、そろそろお別れの時間みたいだった。気づけば自然と挨拶を交わし合う。
まずは一番打ち解けた、両バンドの顔組から。
嬉歌「トモリちゃん。いいリードだったし、素敵なMCだったよ。いつかCRYCHICのライブも、見たいな」
燈「うん。私も、嬉歌ちゃんに見て欲しい……」
嬉歌「本当? 今度また教えてね」
ほっこりするやりとりの余韻を受け継ぐように、今度はむつみちゃんが上品に微笑みながら、案の定ふざける。
睦「……それじゃあ。そっちの立希をよろしく」
閏「任せたまえむっつん! そっちのおむすびもよろしくなー!」
立希「お前らこそいい加減自重しろ!」
結「苦労してんの私らだっての!」
立希「あと熊井さん!」
クマ「は、はいっ」
ツッコミの勢いそのままに熊井さんへ向き直らなくてもいいでしょ、たきちゃん。グルンッて回る首のスピード含めて怖いよ。彼女身構えちゃったじゃない。
でもその激しさに反して、たきちゃんは思い遣りが籠ったメッセージをぶつける。ちょっと不器用だけど。
立希「その声絶対武器だから! 熊井さんにしかない、珍しい才能だから! そのままベース極めた方が絶対いいよ、それこそ一番になれる!」
クマ「えっと、私は別に……」
結「クマにはクマのペースがある」
立希「いやだから、私が言いたかったのはこう……もっと胸張っていてもいいっていうか……」
クマ「……うん。ありがとう、椎名さん」
出会った当初はあまり笑顔を見せてくれなかった熊井さんは、今はもう可愛い顔を綻ばせてくれる。まだまだ声のコンプレックスを克服しきってはいないだろうけど、こういう素敵な笑顔でこれからもいて欲しいと、願わざる得ない。
それを言葉にして伝えた優しいツンデレちゃんは、素直な感謝で照れに照れて、そっぽ向いて頭をかいてる。あからさまな反応に、向こうの絡みたがりがニヤニヤした顔でたきちゃんに肘てつ入れてきた。
閏「おむすび激似のタッキーにも優しいところあるじゃん」
立希「タッキー言うな」
睦「……ウチのタッキーは、儚い系に弱い。燈や熊井さん、それに薄幸の美少女こと私」
立希「自分のこと薄幸って悲劇ぶるな美少女って自称すんな私がお前に弱いとか諸々己惚れんなそもそも誰に弱いとかないしタッキーやめろって言ってるでしょ!」
結「アンタ、ツッコミ大好きか」
立希「せめてお前は同情しろ同類!」
最後の最後までやかましいやり取り。まぁ湿っぽいよりかはずっと合ってるけどね。
私はこのメンツよりも挨拶したい人は別にいる。そちらに向き直ると、向こうも同じだったのか既に近くまで寄って来てくれた。
玲音「立希はツッコミ凄いなぁ」
そよ「ウチの担当ですから」
玲音「そよ。……本当はちょっと、気掛かりだった」
そよ「え?」
玲音「愛莉に似てるとこ、感じてたから」
そよ「……」
玲音「でも、見てて分かった。そよは、CRYCHICのみんながいれば大丈夫だって。ウチの愛莉ほど頑固じゃなさそうだしね」
そよ「そう……ですね」
頑固。頑固、かぁ。
一歩間違えば、1つ奇跡が起きなければ、私もそうなってたから。簡単にしょうかできないだけの蓄積が、あの人にもあるんだろうけど。
でもそれは、もう過ぎ去った傷。そしてその過去からずっと一緒にいてくれた人が、これからも隣にいてくれるのだから。
だから……。
そよ「……古城先輩を、宜しくお願いします。あの寂しがり屋には、近衛先輩が必要です」
玲音「お任せあれ。……共依存じゃなくて、正しい意味で隣り合うから」
今までで一番力強い笑み。かつて誰かに指摘されたらしい間違いを正そうと、この人は信じて歩み続けるんだろうな。