ともりちゃんがMCを終えると、真っ暗なライブスペースでステージだけが白く照らされる。静寂を埋めるホワイトノイズが、私の肌と思考をヒリつかせる。
次の曲はいつもと違う演奏を加える。そう考えて緊張したのか、それとも集中したのか、意識がひんやり冴えていく。ライブの熱気が籠った密閉空間にいるのに、冷え切った夜の公園で外灯を浴びてるみたい。
ロマンティックな気分で、さきちゃんとアイコンタクトしながらベースのボディを4回叩く。キーボードの白鍵が、しんと降り始めた。
——キラキラな our STARLIGHT
降り注ぐ our STARLIGHT——
穢れのないオルガンの和音。それが通気性に欠ける薄闇へ流れ、ともりちゃんが紡ぐ歌詞で星が散らばる夜空となった。
どこか夜闇が深いように感じるのは、他に鳴ってるのが下降音型を辿る私のベースだけだから。残りの2人は、伴奏していた私たちと入れ替わるようにそっと参入して、同時に歌が詞に同調していく。
——静かな 夜空に
溶けていくうたごえが
なんだか 切なくて——
むつみちゃんのギターがクリーントーンのアルペジオをひっそり巡らせる。歌のアクセントに合わせて霜を踏み固めるようなザクザクしたプリッツミュート。それにさえともりちゃんの息遣いは埋もれて、独白はひっそり途切れた。相反して演奏は全員揃い、バスドラとスネアを交互に叩く躍動的な8ビートで活気づいた。
——今日が終わらないでと
心の中で何度も
願ってしまう——
賑やかな演奏の中、ボーカルが心の翳を剥き出しにしてマイクに吐きかける。そこに私が心拍みたいな低音を脈動させて、響き合う想いが歌に息づく。私たちは、幸せだからこそ曇る同盟。結局はあの人と、同じ穴の貉。
だからこの曲は、そんなネガティブに優しい曲だった。さきちゃんが差し込むオブリガードによって、明るい流れは中庸に収束し、ピタッと変わる。
——まるで時が 止まってるみたいで——
周りの音を吸う影なき白。動かない綺羅星を映す澄んだ空。冬の夜天光に目を奪われる幻想的な心象は、ボーカルの旋律をキーボードがキラキラとなぞることで、ライブハウスに広がっていく。ともりちゃんは噛みしめるように、少しの間だけ瞑目した。そして、仰ぎ見ていた幻想の光から真正面の現実に向き直る。
——ふと見上げた あの星が
これからも 消えないでほしい——
時間は本当に止まったりはしない。星に重ねた私たちの輝きは、願うものじゃなく私たち自身で守るものだと、重みの込もった歌声が誓う。
だから私は弦の端から端まで軽快にスライドし、エンジン音を唸らせて、バンドのアクセルを全開にする。
——きらめくあのSTARLIGHT 私たちみたい
ひとつひとつは 小さいけれど——
透明な音色の歌声は芯からあつく力強い。それは背中に煌びやかなストリングスのメロディを受けて、翼になってるからかもしれない。天上の光へ手を伸ばすともりちゃんは、今にも飛び立ちそうだった。
——みんなが一緒だから
輝ける場所を見つけられたんだ——
私はともりちゃんの声に、柔らかい声で心晴れやかにコーラスしながら、思い出してることがあった。
あの日見上げた小さな星たちは、元々1つだったんじゃないかな。それが5つに割れて、かけらとして瞬いてる。
だから、集まれば輝きを取り戻すのは必然で。ううん、別れたからこそ繋がりが弦になって、光のハーモニーを奏でてるのかもしれない。
なんていう作詞担当の語りが、私は気に入っていた。だってそれこそが、私たちという——
——星の煌めき——
間奏に入って再び曲調が落ち着く中、ボーカルが曲名を口ずさむ。1番終わって一段落、でもまだまだこんなものじゃないから。
私とたきちゃんは、テンション上がった笑みでアイコンタクトする。快速なリズムが、暖かい日常を走っていく。
——ねぇ次の週末は
どこにいく?そんなことを
話し合いながら
毎日がこんなにも楽しいんだ——
今度は鈴の音みたいなソプラノボイスがコーラスする。フレーズに反して一番目立たんと、目まぐるしい指使いで16分音符塗れのパッセージを弾き散らす魂胆はよく分からなかったけど。楽しそうだからいいか。
そう、いいんだ。しょうがないなって苦笑なたきちゃんも、楽しくて仕方ないって破顔するさきちゃんも、無邪気に笑うともりちゃんも、勝手に笑顔が溢れてくる私だって。歌詞の通りに満たされてるんだから。
けれど私たちは、演奏に浸りつつも流されない。伴奏は暖色から寒色へ移ろい、リズムは淑やかにブレーキをかける。
——変わる季節 1年前よりも
夢みたいな 空間が
大好きで ここにいたいよ——
時間感覚までゆっくりになった私の頭は、2年前じゃ想像もできなかった思い出の数々を遡っていく。
そんな私をよそに、ステージではギターが分散和音のリフを、キーボードがトリルを小止みなく降らし、音がしんしんと積もっていく。それはともりちゃんが純粋な叫びを伸ばしたときには、世界を白く染め上げていた。
——広がるあのSNOWWHITE
真っ白な世界に
1人1人の色を足していこう——
私たちは出逢う前まで、冷たい冬に生きていた。それが流れ星みたいに現れた子のおかげで、混じり合っていくことになる。
最初はみんな余所余所しかったのに、今では好き勝手に自分の音をぶつけている。それでもステージは色鮮やかに彩るのだから、少し不思議。
——みんなで作りだした
虹色のハーモニー
もう誰にも止められないんだ
もう誰にも止められないんだ
——
一人で七色作り出せる子なんて、ウチには一人もいない。だからこそ、出来上がった光の層は余計に綺麗で眩しい。
勝ち気な笑みを滲ませる鋭い声のコーラス。その勢いのままに激烈なドラミングを炸裂させ、ギターのグラデーション豊かなグリッサンドが鮮烈に駆け上がり、キーボードは虹よりも夢見心地なパッセージで調を一段高める。
ボーカルの歌も引っ張り上げられ、熱がこもる。そこには、この曲と出逢うきっかけになった思い出が凝縮されていた。
——繋ぎたい想いも 重なる想いも
ど れ も 大事 なの——
アカペラ部から学んだこと。自分達の音楽を創るため、今までだって大切にしてきた。でも、もっと先があったんだ。
こうしてCRYCHICは、1つの出逢いを機に、また1つ成長していく。運命が巡るごとに喜びも悲しみも分かち合い、それが音楽に落とし込まれては洗練され、また1つ新しい誇りを共有する。それが私たち。
その証を、本命前にまず1つ。リーダーの、気品あるクリアボイスが吸気される。
——
やっとこの手で 集められたよ
やっとこの手で 集められたよ
——
清流な重複旋律。それは楽音と声が混ざってると分かるのに、境目が分からない不可思議な和音。お客さんの驚き顔が見えた。その反応に、アカペラ部のライブを思い出しながら共感する。私も知らなければ、ともりちゃんとアコースティックピアノとさきちゃんでハーモニー作ってるって、分からなかっただろうな。
けれど、ハーモニーの高音を担ったともりちゃんには負担が大き過ぎた。1拍後にオクターブ下げるのは音程を見失いやすい。だから1節、私たちのユニゾンでフォローする。
——守りたい
この瞬間を——
最後のフレーズには準備できたともりちゃんが、全身を振り絞って吠える。
たきちゃんのクラッシュシンバルが演奏と照明を断ち切った。ついに本命だ。残響が暗闇にたなびていく中、私たちは楽器から手を離す。
あの日写真に切り取った星空は。このときのために。
——きらめくあのSTARLIGHT 私たちみたい——
1人だけ淡い白光を浴びるともりちゃんが、マイクに囁きかける。
そこへ4人のシラブルが混ざって、うたごえという光が広がる。
麗しく澄み切った、無伴奏のハーモニーが響き渡る。
客席中が静かなまま総毛だつのが感じられた。音楽が伝わる瞬間というのは、何にも代えられない歓喜が湧き上がる。脳が刺激的に痺れて止まらないくらい。
アカペラの成功を確信して、たきちゃんがむつみちゃんと笑顔を交わしながら、シンバルを派手に爆発させる。さきちゃんはシンフォニックサウンドを光の雨みたいに降らせながら、私に満面の笑みを向けてくれる。私も心のままに応えて、最後のアクセル音を鳴らした。
——みんなもきっと同じ 気持ちでいたらな
あの流れ星に願い込めるんだ ——
ともりちゃんは泣き笑いみたいに目を細めてスポットライトを見上げ、再び手を伸ばしていた。
昂った叫びが、高く遠く強く迸る。耳に響いて目が眩み、振動で体が震え心が上気する、この瞬間の輝き。永遠に薄れる気がしなかった。楽器で手が塞がってる私たちは、みんなで見上げる星の光へ、ともりちゃんの伸ばす詩句と一緒に音楽を投げかけた。
夢みたいな時間が終わりを迎える。名残りを惜しむように、5人で歌う。
——STARLIGHT——
永遠の輝きに願いと誓いを込めて、噛みしめるように終止和音を残響させた。
重ね字です
重ね字です