立希「だからって、どうしてそうなるんだよ!」
睦「……いくらそよのためとは言え、流石に大反対」
祥子「いーえ! これが一番良いに決まってます! 完璧に名案ですわ!」
燈「さ、祥ちゃんはどんなときも祥ちゃんって感じだね……」
なんとか心を切り替えた私は、みんなが待ってるカフェテラスに向かう。
でも何だか不穏な雰囲気だった。……さきちゃん属性な不穏を感じる。
私が来たことにともりちゃんが気づいて、ドリンクを手に呼びかけてくる。
燈「そよちゃん、おかえり。はい、そよちゃんがよく注文してるので、よかった?」
そよ「ありがと、後でお金渡すね。ところで……みんなは何話してたの?」
ドリンクを受け取りながら座る私は、早めに不穏要素を明らかにしようと尋ねる。
祥子「そよ、来ましたわね! ところで明日は予定通りバンド練に来れそうでしたか?」
そよ「う、うん。大丈夫だけど……?」
祥子「ならいいですわね。明日の練習はなしにして遊びに、否、気分転換に行きましょう!」
普通なら楽し気な流れなのに、不穏な予感は強まる一方だった。
さきちゃん曰く、夏の合宿で死闘なバーベキューを経験して、みんなで何かを乗り越えたり成し遂げることに感銘を受けたらしい。
それ以降、彼女は何かと青春熱血くさい提案をするようになっていた。
そよ(……その内みんなで店を立ち上げよう、とか言い出したりして……)
流石にナイよね。私達ただの学生バンドなんだし。
それはともかく、気分転換の中身に触れていかないと。……聞くのが若干怖いけど。
そよ「わ、わ~! ……ちなみに、どこに行くのかって、決まってるの?」
祥子「えぇ。高尾山ですわ! 高尾山を登って、紅葉を見るんですの! 山頂からの紅葉の景色が素晴らしいと聞きしまたのよ!」
不穏の正体が姿を現した。たきちゃんとむつみちゃんが険しい顔をしてる時点でお察しだったけど、案の定暑苦しい系の遊び(?)だった。
おそらく私に気を遣っての提案なんだろうけど、それでどうして登山になるかが全く理解できない。
別に私は登山になんて興味ないし、そもそもアクティブなタイプじゃない。
しかも高尾山といえば、下手な初心者が登って痛い目に遭うなんて噂も聞いたことがある。
……つまり、慣れてない私達にはそれなりにしんどいということ。
そよ(なのに……このキラキラ目を輝かせてるさきちゃんは、名案って信じて疑わないんだろうな……)
思い立ったら一直線なのが、良くも悪くもさきちゃんだった。
とりあえず、気になって仕方ない疑問点は突っ込ませてもらおう。
そよ「そっかー。……ところで、どうして紅葉を見るために山登るの? 別に登らなくても綺麗な紅葉が見れるところなんていっぱいあると思うけど……」
立希「ほら祥子、至極ごもっともな質問だよ」
睦「……納得いく説明してみせて」
祥子「お黙り2人とも! ……そよ。体調が悪くないなら、明らかにいつもと様子の違う貴女は心の調子が優れないことになりますわ」
そよ「……そんなこと、ないと思うけど……」
つい否定してしまうけど、これが誤魔化しにもなってないのはみんなの心配そうな顔を見れば明白だった。
祥子「いーえ! そんなことありますわ! でも、どうも今のそよから私達に話してくれそうな気配を感じないので……自然の力で心をリフレッシュするのがいいと考えましたの!」
そよ「自然の力なら、紅葉狩りか登山どっちかで十分じゃないかな?」
立希「そーだそーだ!」
睦「……もっと言うと登山が要らない」
立希「興味ない!」
睦「……疲れるだけ」
息の合ったテンポのいいコンビネーション。
こんな連携ができるほど、2人は気が合ってるらしい。
まぁ2人もこういうの好きそうじゃないもんね。
祥子「シャラップですわ! ただ紅葉を見るより、苦労して登った先に見る絶景の方が心に良いはずですわ! 絶対感動間違いなし! ですわ~!」
さきちゃんがテーブルをバンバン叩いてダダをこねる。
派手なアクションに、当然周囲から注目を集めていた。恥ずかしい。
……暴れるさきちゃんに引いてる人たちは、まさかこの子が富豪のお嬢様だとは思うまい。
燈「祥ちゃんの言うこと、分かるかも。頑張った後に見た景色って、凄く心に残るよね……きっと、ライブの光景に似てる、と思う……」
立希、睦「燈!?」
祥子「燈~! 燈は分かってくれると思ってましたわ~!」
さきちゃんはともりちゃんに抱きつき頬擦りする。
それにイラッとしたのか、たきちゃんがすかさず引きはがした。
立希「燈が賛成しても、そよが嫌だったらこの話は没。そういう話だよね?」
睦「……そよに決定権がある。個人的には大反対だけど、そよがいいなら……呑む」
なるほど。さきちゃんが言い出し、2人が反対して、今こうなってるわけだ。
賛成2、反対2。……完全に割れている。
なら……
そよ「……私はいいよ?」
さきちゃんの好みが入ってるとは言え、私を気遣っての提案をできれば断りたくなかった。
……断らないのが本来の私なのか、それとも取り繕った判断なのかは、分からない。
祥子「そうですか! えぇ、きっと素晴らしい体験になりますわ! 楽しみにしてくださいまし♪」
満面の笑みでウンウン頷くさきちゃん。……元気なお嬢様だなぁ。
こっちで無表情から絶望の表情になってる、お人形みたいなお嬢様とはえらい違いだよ。
立希「……こうなったらしょーがない。覚悟決めよう、睦」
睦「……遺書用意しとく」
立希「それは覚悟決めすぎ」
祥子「もう、睦ったら大げさですわね~。子どもでも登れるくらいの難易度ですのよ?」
睦「……逆にどうして祥は苦労したがるのか分からない」
燈「登山……。面白い石とか、落ちてるかな?」
立希「いや登山しながら石収集するとか。流石にロックすぎるよ燈」
睦「……石だけに? それともバンドマンだけに?」
立希「どっちにもかけてないから!」
最近、こんな感じのノリも増えてきたなと思いながら、私はドリンクをすする。
それから解散するまで、私は碌にしゃべらずニコニコお茶を濁していた。
そんなこんなで、明日は急遽登山することになった。
そして追い打ちのように、さきちゃんから「ルート選考や持ち物などの連絡は任せてくださいまし~!」と張り切って宣言されてしまった。
無難に選んでくれなさそうで激しく不安だけど、何言っても譲らなさそうなのはみんな分かってたから。泥船に乗ったつもりで任せるしかなかった。
そよ(……でも、さきちゃんに丸投げもよくないよね。少しくらいはフォローしなきゃ)
決してさきちゃんを信頼してないからでも、音楽以外では勢いに任せがちで心配なわけでもない。断じてね。
私は家に帰って早々、高尾山での登山のポイントと必要そうな持ち物を調べる。
さきちゃんもチラッと言ってた通り、大した標高じゃないし上級者ルートでなければ難易度も高くない。ルートだけ警戒しとこう。
持ち物も靴さえ気をつければとりあえず問題なし。スニーカーならみんな持ってるかな。
ただ明日の天気予報を見ると、雨マークまではつかなくても少し怪しい。でもカッパは大げさな気がする。
みんなに靴と折り畳み傘についてメッセージを飛ばした。
ここまで自然にやりきって、ふと考える。
(……何かあったときフォローして役に立ちたい、とは思ったけど。こういうのも、自分が受け入れてもらいたいがための、偽善なのかな……)
今の行動だって受け入れてもらうために自然と染みついたものだから、偽善でやってるのかどうかがよく分からない。
ただ一度偽善を意識してしまった心は再び淀み、出口が見つからない迷路に戻ってしまう。
それでも何か答えがないかと必死に考え込むけど、やっぱり分からない。
いい加減疲れたのか頭が痛い私は、自室のベットに倒れこんで目を瞑った。
(……分からないのも当然だよね。ずっと目を逸らし続けてた私は、偽善と本当の優しさの違いすら、よく分からないんだから……)
その日。久々に両親が離婚した頃を夢に見て、跳ね起きた。
いなくなった父親が恋しいんじゃない。同じようなことになるのが、たまらなく怖かった。
CRYCHICのみんなまで離れて行ったら、どうしよう。
絶対嫌だから優しい自分を演じ続けたいけど、それは裏切りじゃないんだろうか。それが引っかかってたから、今日はまともに振る舞えなかったんじゃないのか。
偽善を張らなければ、いつか見捨てられそうで怖い。
偽善を張ろうとすれば、罪悪感でまともに振る舞えない。今日みたいな私に、いつかみんな嫌気がさすだろう。
偽善を張ろうが張らなかろうが、嫌な未来が頭を過る。
嫌われたら、疎まれたら、1人だけ浮くようになったら。……追い出されたら。
私はそれ以上考えるのが嫌で、真っ暗な世界に逃げようと目をギュッと閉じ布団を被った。
でも。恐ろしい想像は悪夢と変わるだけで、結局私は一晩中脅かされた。
翌日、お昼過ぎ。
高尾山の最寄駅で、CRYCHICの5人は待ち合わせた。
ここからスタート地点である山の麓まで、バスで移動する。
祥子「さぁ、高尾山を登る心の準備はできてまして!?」
睦「……出来てません」
祥子「なら麓に着くまでには済ませておきなさい」
立希「そんな冷たくあしらうならなんで聞いたんだよ……」
燈「そよちゃん。目の下にクマ見えるけど……寝れなかった?」
そよ「う、うん。ちょっと……その、楽しみで寝付けなかった、かな……」
嘘である。ということは、目を輝かせるさきちゃん以外にはバレてるんだろう。
祥子「そうでしょう、そうでしょうとも! 気持ちは凄くわかりますわ! そうだ、ここで高尾山における登山のポイントを説明しましょう! まず……」
睦「……この1人で張り切ってるお嬢様はもう放っておいて、バス停に行こう」
立希「異議なし」
燈「さ、祥ちゃん。置いてかれない内に早く来てね」
祥子「……ってみんな居ませんわ! リーダーを放置するなんて何事ですの〜!?」
こうして、私達はバスを使いながら高尾山の登山開始地点まで移動した。
みんなはやいのやいの騒ぐけど、私は相変わらず会話に混ざらない。
そんな私に気を遣ってか、みんなも私に話を振らないでくれて、それがまた助かった。
だから登山が始まってからも、私は会話に混ざらず最後尾でみんなの写真を撮る。
1人しゃべらずに登山なんて退屈でつまらないかと思ったけど、杞憂だった。
それくらい、登山中のみんなの会話は賑やかで楽しいものだったから。
※後書き※
次回はシーンタイトルをつけたショート会話集になります。